電流を用いる1分子シークエンサーは究極のシークエンサー と期待されている.この1分子シークエンサーは,1分子の 電気抵抗の違いを電流で直接読み出すため,色素修飾や酵素 反 応 を 必 要 と し な い.現 在,DNAとRNAの 塩 基 配 列 決 定 と,ペ プ チ ド の 部 分 ア ミ ノ 酸 配 列 決 定 に 加 え,エ ピ ジ ェ ネ ティック修飾や翻訳後修飾の1分子識別が実現されている.
さらに,これまでのDNAシークエンサーにはない特徴的な 機能として,配列決定と同時に,その配列をもつ生体分子の 存 在 比 が わ か る 定 量 解 析 の 可 能 性 が 示 さ れ て い る.本 稿 で は,1〜3世 代 目 の シ ー ク エ ン サ ー と 比 較 し な が ら,4世 代 目となる1分子シークエンサーの現状と可能性について解説 する.
個別化医療に向けたシークエンサー開発
2003年,13年と約3,000億円をかけてヒトゲノムを解 読したプロジェクトが終了した.世界中を巻き込んだ壮 大なプロジェクトの終わりは,遺伝情報を元に画期的な 薬や治療法を開発する新たな競争の始まりと認識されて いた.ところが,ゲノムを解読する費用と時間が大きな
足かせとなり,ゲノムに基づく個別化医療の実現には,
低コストで高速なDNAシークエンサーの開発が必要と なった.このような状況を突破するため,ヒトゲノムプ ロジェクトを主導した米国立衛生研究所(NIH)は,ヒ トゲノムプロジェクト終了の翌年から,ヒトゲノムを
$10,000,$1,000で解読する,$10,000ゲノムプロジェク ト,$1,000ゲノムプロジェクトを次々と打ち出した.こ のプロジェクトは,大学と企業の全米体制で行われ,米 国内におけるDNAシークエンサーの開発を強く後押し した.その結果,DNAシークエンサーは,この10年間 で第4世代まで進化し,新たなシークエンサーが医科学 や分子生物学に革新的なインパクトを与え続けている.
1・2世代目のシークエンサー
1・2世代目のシークエンサーは,PCRで増幅した DNAを蛍光分子で標識して,光を検出プローブとす る(1)
.一人のゲノムを解読するのにかかるコストと時間
は,1世代目で$1,000万と3カ月,2世代目でも$10万と 2カ月である(表1
).高い試薬とPCRによる増幅操作が
高コストと低スループットの主な原因になっている.1日本農芸化学会
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【解説】
1分子シークエンサーの 現状と可能性
谷口正輝
Progress and Perspective of Single-Molecule Sequencers Masateru TANIGUCHI, 大阪大学産業科学研究所
世代目(ABIジェネティックアナライザなど)の代表的 な塩基配列決定の原理を見てみると,DNAを断片化し た後,増幅して,4色の蛍光色素でDNAを修飾する
(図
1
A).最後に,電気泳動で鎖長の短いDNAが早く
流れてくるのを利用して,色素を光で検出し,塩基配列 を決定する.2世代目(イルミナなど)では,断片化し た後,アダプターを付加させ,油滴の中にアダプターで 修飾されたマイクロビーズとアダプター付DNAを入れ て,高い効率で増幅を行う(図1B).この後,4つのデ
オキシリボヌクレオチド三リン酸を順次,サンプルに入 れていくと,相補対を作るヌクレオチドだけがピロリン 酸を放出し,ピロリン酸とATPが反応して発光する.
図1Bの場合は,dCTPを入れたときのみ相補対を作り 発光するので鋳型の配列をグアニンと決定できる.
3世代目のシークエンサー
3世代目のシークエンサー(ライフテクノロジー Ion Protonなど)と1・2世代目の大きな違いは,塩基分子 の検出方法が,光から電気に代わった点にある(1)
.3世
代目は,塩基分子を電流変化で検出するため,蛍光修飾 が不要で,原理的には検出対象となるDNAが1分子あ ればよくPCRを必要としない(表1).このため,低コ
ストとハイスループットが期待されている.市販されて いるシークエンサーの原理を見てみると,直径数μ
mの 穴の中に,テンプレートDNAで修飾したマイクロビー 表1■DNAシークエンサーの比較世代 1世代 2世代 3・4世代
検出プローブ 光 光 電流
増幅操作 必要 必要 不要
標識 必要 必要 不要
スループット* 3カ月 2カ月 1日 コスト* $1,000万 $10万 $1,000
*一人の全ゲノム解析にかかる時間とコスト
図1■1〜3世代目のシークエンサーの代表的な
原理
(A)1世代目,(B)2世代目,(C)3世代目のシー クエンサーの原理.
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ズが固定されている(図1C)
.穴の底にある金属酸化物
表面に存在するプロトンの量に応じて,電極1と電極2 の間に流れる電流が変化する.このシークエンサーで は,4つのヌクレオチドを順次,検出デバイスに加えて いき,ポリメラーゼによるDNA伸長反応で生成される プロトンを検出している.図1Cでは,相補対であるA を加えるとプロトンが生成されるが,ほかの3つのヌク レオチドを加えたときにはプロトンが生成されない.このように,1・2世代目と3世代目の検出原理は光と 電気で大きく異なるが,共通点は,塩基分子を直接識別 していないこと,検出原理に酵素反応が含まれているこ とである.直接塩基分子を識別できれば,現在のDNA シークエンサーでは直接識別できないメチル化シトシン などのエピジェネティック修飾の検出が期待される.一 方,酵素反応が化学反応である限り,その速度制御には 限界があるため,スループットを上げるためには,検出 デバイスの集積化が有効な手段となる.事実,すべての DNAシークエンサーで,検出デバイスの集積度を向上 させる戦略が取られている.スループットを革新するに は,酵素反応をシークエンサー原理に含まないことが理 想的である.
4世代目のシークエンサー:ナノポアシークエン サー
電流で分子情報を直接読取るのが,ナノポアシークエ ンサーである(2〜4)
.ナノポアシークエンサーには,3つ
のデバイス構造があり,ナノギャップナノポアは究極の DNAシークエンサーと考えられている(図2
A-3).バ
イオナノポアは,ナノポアを流れるイオン電流変化で,塩基分子を識別する原理をもつ(図2B)
.デバイスに
バッファーなどのイオンが溶けた水溶液を入れて,脂質 二重膜を挟む形で1対の電極を設置して電圧をかける と,ナノポア内を大きなイオン電流が流れる.ナノポア 内に塩基分子が入ると,分子の体積に応じて,イオンの 流れが阻害されるので,大きな体積をもつ塩基分子ほ ど,大きなイオン電流変化が得られる.特殊な計測条件 下では,4つの塩基分子がイオン電流変化により識別さ れるが,開発の進むバイオナノポアシークエンサーで は,4個の塩基分子をひとまとまりの分子としてイオン 電流変化を計測している(5)
.このため,単純計算で,
4×4×4×4=256分の1の確率でひとまとまりの塩基配 列を情報科学で決定する方法が用いられている(5)
.
バイオナノポアは,チャネルタンパク質を用いるた め,機械的耐久性や安定性に課題があると考えられてい る.この課題を解決するために開発されたのが,バイオ ナノポアと同じ直径をもつ固体ナノポアである(2〜4)
.半
導体材料で作られる固体ナノポアの検出原理は,バイオ ナノポアと同じであるが,1塩基分子の識別はこれまで 実現されていない.これは,バイオナノポアの最も狭い ナノポア部分の厚みが数Åと1原子レベルであるのに対 して,固体ナノポアの厚みが数十nmあるため,1分子 解像度が得られていないと考えられている.ナノギャップナノポアは,機械的耐久性と安定性をも つ固体ナノポアに,1分子を識別するナノギャップ電極 を融合させた構造をもつ(2, 3)
.ナノ電極間の距離が,一
つのヌクレオチドの大きさに対応する1 nm程度である とき,ナノ電極→1ヌクレオチド→ナノ電極の経路で電 流が流れる.この電流は,トンネル電流と呼ばれる量子 力学で説明される電流で,1塩基分子の僅かな電子状態(電気抵抗)を読み出す.トンネル電流は,電極間に存 図2■4世代目のシークエンサーの代表的な原理
(A)シークエンサーデバイスの構造.(B)バイ オナノポアを用いた塩基識別の原理.脂質二重膜 を挟んで設置された電極間を流れるイオン電流の 変 化 が,4つ の 塩 基 分 子 で 異 な る.(C) ナ ノ ギャップナノポアを用いた塩基識別の原理.ナノ 電極間を流れるトンネル電流が,ナノ電極間に存 在する1塩基分子の僅かな電子状態(電気抵抗)
の違いを読み出す.4つの塩基分子の電気抵抗が 異なるため,4つの塩基分子は,トンネル電流に より識別される.
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在する分子種の電子状態を読み出すため,塩基分子のみ ならず,修飾塩基分子やアミノ酸分子の識別も可能であ る.
1分子を計測するナノギャップ電極
ナノギャップナノポアシークエンサーは,究極の DNAシークエンサーであると期待されているため,
$1,000ゲノムプロジェクトのターゲットとなり,全米体 制で研究開発が行われてきた.しかし,最先端の半導体 技 術 を も っ て し て も,1 nmの ギ ャ ッ プ を も つ ナ ノ ギャップ電極を作ることができなかったため,夢のシー クエンサーと考えられていた.ところが筆者らは最近,
3点曲げの要領で金属細線を破断する方法を用いて,
1 nmのナノギャップ電極を実現した(6)
.
金属板に成膜した絶縁体上に,金属細線を微細加工技 術で作製する(図
3
A).この金属細線の真下に数 μ
mの 切れ込みを入れて,ピエゾ素子を押し上げると,金属細線が破断してナノギャップが作られる.次に,ピエゾ素 子を引き下げると,ナノギャップがなくなり,金属細線 が再び形成される.金は,室温で非常に柔らかい金属な ので,電極間に電圧をかけて金属細線の破断と接合を繰 り返すと,徐々にナノギャップの先端が先鋭になり,最 後は,ナノギャップに1個の金原子が接合される状態が 作られて,破断する.つまり,ナノギャップ電極の先端 は,1原子レベルでとがっている.この現象は,透過電 子顕微鏡で観察されている(7)
.このナノギャップ作製法
は,機械的破断接合(Mechanically Controllable Break- Junction; MCBJ)と呼ばれており,1個の原子や分子の 電気伝導度を計測する1分子手法として知られている.電気伝導度で1分子を識別
MCBJを用いて,1ヌクレオチドが溶けた水溶液の電 流の時間変化を計測すると,多数のスパイク状のシグナ ルが観察される(図2C)
.このスパイク状のシグナル
は,最大電流値( p)と電流の持続時間(d)の2つの パラメータで特徴づけられる(図3B).電流持続時間
は,1ヌクレオチドがナノ電極間を通過する時間に対応 する.4つのヌクレオチドの水溶液の電流‒時間プロ ファイルを計測し,pのヒストグラムを作成すると,図 3Cが得られる.ヒストグラムのピーク電流はグアニ ン>アデニン>シトシン>チミンの順であり,この順序 は各ヌクレオチドの酸化還元電位の順序と一致している(6, 8)
.この一致は,トンネル電流の理論から予測され,
得られた電流がトンネル電流であることを示している.
電流のヒストグラムの分散を用いて,ある電流を示す ヌクレオチドが何であるかを決定するには情報科学を用 いる.たとえば,大きなトンネル電流①が得られた場 合,グアニンであることがわかる.ところが,トンネル 電流②〜④は,シトシンとチミンがある確率で混ざって いるため,その確率を情報科学で求めて塩基種を決定す る.このような確率的な解析は不安を感じるかもしれな いが,実は,すべてのDNAシークエンサーは,同様の 解析を行って,確率的に塩基配列を決定している.
DNAとRNAの塩基配列決定
TAT(A:ア デ ニ ン,T:チ ミ ン) の 配 列 を も つ DNA水溶液の電流‒時間プロファイルを計測すると,
TATのシグナルのほかに,部分配列であるTA, T, Aの シグナルが観察される(8)(図
4
A).理想的には,上から
下への等速運動を想定しているが,現実には1分子 図3■ナノギャップの作製法と,1塩基分子の計測(A)絶縁膜に作製された金属細線が,ピエゾ素子の上下運動によ り,破断・接合を繰り返す.(B)1塩基分子の電流‒時間プロファ イル.1塩基分子のシグナルは,最大電流値(p)と電流持続時間
(d)の2つのパラメータで特徴づけられる.(C)4つの塩基分子 の電流のヒストグラム.①の電流が得られると,グアニンである ことがわかるが,②〜④の電流のときは,確率的にどの塩基分子 であるか決定される.
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DNAの受けるブラウン運動の影響が大きいため,ラン ダムな動きが観察される.たとえば,TATからナノ ギャップ電極に進入した後,遠ざかる場合には,Tのシ グナルしか得られず,異なる立体配置からナノギャップ 電極に近づき,遠ざかる場合には,Aのシグナルしか得 られない.DNAの塩基配列を頭から尻尾まで一筆読み
するためには,1分子DNAの運動を制御する1分子技術 が必要となるが,このランダムな読み方を利用すること ができる.
DNAやRNAの水溶液の電流‒時間プロファイルを測 定すると,ブラウン運動の影響を受けた階段状のシグナ ルが得られてくる(8)(図
5
).この階段状のシグナルは,
DNAやRNAの断片配列であり,断片配列を組み合わせ て,最終的な塩基配列が決定される.たとえば,図4B のような塩基配列を計測すると,異なる断片配列が得ら れる.この断片配列の共通部分を抜き出し,のりしろ部 分を見つけて,確率的に全塩基配列を決定することがで きる.トンネル電流による1分子シークエンサーは,1 塩基分子の電子状態の違いを電流で読み出すので,化学 処理や逆転写などを必要とせず,DNAだけでなくRNA の塩基配列も直接決定することができる.
修飾塩基分子の識別
トンネル電流は,1分子の僅かな電子状態を読み出す ため,既存のDNAシークエンサーでは直接識別できな い修飾塩基分子を識別できると期待される.1分子の電 子状態を理論計算すると,シトシンとメチル化シトシ
図4■DNAの電流‒時間プロファイルと,断片配列から全配列
を決定する方法
(A)TATのDNAを計測するときに得られる電流‒時間プロファ イルと,対応する1分子の運動.(B)断片配列の中から,共通部 分配列を抜き出し,のりしろ部分で張り合わせる方法.
図5■ナノギャップナノポアシークエンサーの 解析機能
現在までに実験で実証されている解析機能.
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ン,グアニンと酸化グアニンの間には,僅かなエネル ギー差が示唆される.メチル化シトシンと酸化グアニン の水溶液の電流‒時間ファイルを計測すると,ヌクレオ チドと同様なスパイク状のシグナルが得られた(9)
.これ
らの修飾ヌクレオチドを流れる電流のヒストグラムを作 成すると,一つのピーク電流が得られ,ピーク電流の大 きさは,メチル化シトシン>シトシン,酸化グアニン>グアニンの順番であり,理論計算結果と一致している.
ペプチドのアミノ酸配列決定と翻訳後修飾の識別 ペプチドとタンパク質のアミノ酸配列決定法は,化学 反応を用いるエドマン法,質量分析法,これらの複合解 析法などがあるが,DNAシークエンサーのようなアミ ノ酸シークエンサーは存在しない.また,DNAは,
PCRにより,少量のサンプル量から計測可能なサンプ ル量まで増幅されるが,ペプチドとタンパク質には PCRに類似した増幅法がないため,少量サンプルで解 析可能な計測技術の開発が求められている.トンネル電 流による1分子識別技術は,1分子の僅かな電子状態を 読み取るため,異なる電子状態をもつアミノ酸の配列も 決定できると期待される.
まず,アミノ酸20種類の1分子に流れる電流を調べる ため,1種類のアミノ酸分子水溶液の電流‒時間プロ ファイルを計測した(10)
.DNAとRNAを構成する塩基
分子が,ほぼ同程度の大きさをもつのに対して,アミノ 酸分子の大きさには違いがある.このため,塩基分子の 計測では,ナノ電極間の距離を0.7〜1 nmの間の1点に 固定して計測を行ったが,アミノ酸分子の計測では,0.5と0.7 nmの2つの異なる電極間距離を用いた.得ら れた電流‒時間プロファイルから電流のヒストグラムを 作成したところ,20種類中12種類のアミノ酸分子で ピーク電流が得られた.また,ペプチドの機能をオン・
オフする翻訳後修飾でよく知られるリン酸化チロシンを 計測したところ,ヒストグラムに一つのピーク電流が得 られ,チロシンとは異なるピーク電流をもつことがわ かった.
12種類のアミノ酸と1種類の修飾アミノ酸が1分子で 識別できたので,ペプチドの部分アミノ酸配列の決定 と,修飾・非修飾ペプチドの識別の実験を行った.用い た ペ プ チ ド は,成 長 増 殖 因 子 を 制 御 す る ペ プ チ ド
(IEEEIYGEFDとIEEEIpYGEFD: Iイソロイシン,Eグ ルタミン酸,Yチロシン,pYリン酸化チロシン,Gグ リシン,Fフェニルアラニン,Dアスパラギン酸)とし て知られており,チロシンがリン酸化されると機能がオ
ンになる.それぞれのペプチド水溶液の電流‒時間プロ ファイルを0.7 nmのナノギャップ電極を用いて計測する と,DNAやRNAと同様な階段状のシグナルが得られた
(図5)
.これらのシグナルはペプチドの部分アミノ酸配
列であり,DNAとRNAで開発した方法を用いて解析し たところ,チロシン,フェニルアラニン,リン酸化チロ シンが明確に識別された.修飾・非修飾ペプチドの定量解析
トンネル電流による1分子識別技術は,ナノ電極間を 通過する1分子のDNAとRNAの断片塩基配列と同様,
1分子のペプチドの断片アミノ酸配列を決定できる.こ の計測では,一つの断片配列=1分子,という関係が成 り立つため,ある断片配列をもつDNA, RNA,ペプチ ドの分子数を推定することができる.たとえば,先の非 修飾・修飾ペプチドについて考えてみる.非修飾・修飾 ペプチドには,それぞれ,チロシンとリン酸化チロシン がそれぞれ1分子ずつ含まれている.したがって,この 2種類のペプチドを,非修飾:修飾=1 : 5で混合した水 溶液の電流‒時間プロファイルを計測すると,チロシン とリン酸化チロシンを含む断片配列のカウント数の比が 1 : 5になると期待される.つまり,ある特定のマーカー を基準にすれば,アミノ酸配列とともに,その配列をも つペプチドの存在比が求まる定量解析が可能になると考 えられる.非修飾・修飾ペプチドを1 : 5のモル比で混合 した水溶液の電流‒時間プロファイルを計測し,チロシ ンとリン酸化チロシンのカウント数を比較すると,
1 : 4.3の混合比が得られた.
おわりに
究極のシークエンサーと期待される,トンネル電流を 用いた1分子DNAシークエンサーの現状と課題につい て解説してきた.トンネル電流は,1分子の僅かな電子 状態(電気抵抗)の違いを読み出すため,塩基分子とア ミノ酸分子を1分子で識別でき,DNAとRNAの塩基配 列とペプチドの部分アミノ酸配列を決定することができ る.また,現在のDNAシークエンサーでは直接識別す ることはできないが,エピジェネティックマーカーやガ ンマーカーとして知られる修飾塩基分子も1分子で識別 することができる.さらに,ペプチドの翻訳後修飾も1 分子で識別できるとともに,配列決定と同時に,その配 列をもつペプチドの存在比がわかる定量解析の可能性が 見えてきた.この定量解析は,DNAとRNAにも拡張す
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ることが可能であるため,今後,ガンマーカーとして注 目を集めているmiRNAの定量解析に応用可能である.
高い読取精度,速いスループット,さらに長い読取長 を実現するためには,1分子識別技術に加え,1分子の 流れる向きを制御する速度制御技術の開発が必須とな る.長いDNA, RNA,ペプチドを1本鎖の状態にして,
1分子を一つの方向に等速で流すことが理想的である.
現在,世界中で1分子速度制御技術の開発が盛んに行わ れているが,数nm領域では,水がさらさら流れるので はなく,固い球がぶつかり合うイメージに近いので,こ れまでの流体技術とは異なる技術の開発が必要である.
一方,ナノデバイスを作る半導体技術は,ナノ電極を高 度に集積化することを得意とし,大量生産すればするほ ど,デバイス価格を安くできる特徴をもつ.したがっ て,1分子識別技術と1分子速度制御技術が一つの半導 体チップの上に集積されてしまえば,読取価格は破壊的 な安さになることが予測される.
文献
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バンストメソッド ,秀潤社,2012.
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10) T. Ohshiro, M. Tsutsui, K. Yokota, M. Furuhashi, M.
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プロフィール
谷口 正輝(Masateru TANIGUCHI)
<略歴>1996年京都大学工学部石油化学 科卒業/1998年同大学大学院工学研究科 分子工学専攻(修士(工学))/2001年同大 学大学院工学研究科分子工学専攻(博士
(工学))/同年大阪大学産業科学研究所,
日本学術振興会特別研究員/2002年大阪 大学産業科学研究所助手/2007年同大学 産業科学研究所助教/2008年同大学産業 科学研究所准教授/2011年〜現在,同大 学 産 業 科 学 研 究 所 教 授/2007〜2011年 JST-さきがけ研究員兼務<研究テーマと 抱負>1分子科学と1分子技術.1分子でし か見えない現象の発見を目指す<趣味>ラ ンニング,子どもと遊ぶこと
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.396
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