はじめに
ここ数年のアメリカ政治における最も顕著な変化のひとつに、連邦議会での共和党と民 主党両党の間の各種立法をめぐる対立がきわめて激化している点がある。過去に例がない ほどの両党の対立激化の背景には、南部の政党再編成といった政治変動のほか、保守とリ ベラルとの分極化という国民世論そのものの変化もある。
本稿では、現在の第112議会(2011年
1
月から2013年 1
月)における予算関連の立法過程を 例にとり、連邦議会での共和党と民主党の対立激化で困難をきわめる立法過程について論 じる。対立のなかで成立した「2011年予算管理法」では、軍事予算の大幅削減も盛り込ま れており、今後の展開次第では日本の安全保障にも大きな影響が出てくる可能性もある。さらに、保守とリベラルとの「2つのアメリカ」化がますます進むなかで、2012年選挙(連 邦議会選挙、大統領選挙)がどのような展開になるのかについて展望する。
1
進まない連邦議会での諸立法現在のアメリカの連邦議会における共和党と民主党とのイデオロギー対立の激しさは未 曾有と言っても過言ではない。重要法案の賛否で両党は自分たちの立場を譲らず、法案審 議が膠着してしまうことも頻繁に起こっている。特に、現在の第112議会をめぐっては、そ の特異性が大きな話題となっている。共和党と民主党との対立で、後述する予算関連以外 の主要法案の審議はまったくと言っていいほど進展しない。例えば、オバマ政権が最重要 政策と位置付けている「雇用創出法(The American Jobs Act of 2011)」についても、両党対立の なか、共和党の反発で法案審議入りがままならない状況にあり、本稿を書いている2012年1 月下旬現在、オバマ政権と民主党は、法案を細分化し個別の項目に分けて、個々の法案とし て早期可決を目指すという大型法案としてはかなり異例の方法で事態の打開を図っている。
実際、2011年(第
112議会第 1
期)に公法として成立した法案数は90であり、過去 30
年間の年平均
256に比べるとその 4
割にも満たない。法案の生産性の低さでは、法案記録がしっかり残っている第
2次世界大戦後、史上最低の法案成立数を記録した議会会期だった「ギン
グリッチ革命」直後の第104議会(1995年1
月―1997年1
月)第1
期(1995年)の88とほぼ同
じである。2012年の動向次第では、「法案数で史上最低の議会会期」となる可能性すらあり、立法機関としての機能そのものが問われる事態になってしまうかもしれない(1)。
(1) 短期的要因:分割政府とティーパーティー運動
第112議会での法案審議は、なぜ進まないのであろうか。それには、短期的な理由と長期 的な理由が考えられる。まず、短期的な理由としては、第112議会が「分割政府(divided
government)
」である点が大きい。分割政府とは、連邦議会の上下両院のいずれかの多数派政党が大統領の所属政党と異なるねじれ型になっている状態である。第
111
議会(2009年1月 から2011年1
月)では、民主党が大統領府と上下両院の多数派を制し、「統一政府(unifiedgovernment)
」だったが、2010年の中間選挙では共和党が躍進し、下院で多数派を奪還したため、第112議会では分割政府になった。そのため法案審議が非常に困難な状況に至っている。
分割政府の場合、当然のことながら議会と大統領の関係が対立的になるのが一般的であ り、成立する法案も少なくなる傾向にある。実際、共和党と民主党のイデオロギー対立が 特に激しくなった過去
11
年間(2001年1月から2011
年12月)の連邦議会の法案成立数を分析 すると、統一政府だった第111議会、第109
議会、第108
議会のそれぞれ2
年間、および第107議会の 4
ヵ月(2001年1月から5
月)(2)の計76ヵ月の法案成立数は1378
で月平均は18.1だっ たのに対し、分割政府の第112議会(2011年分)、第110
議会、第107議会の 2001
年6
月から2003
年1
月までの56ヵ月の法案成立数は 912、月平均 16.2
と、月平均で統一政府の時期が2
法案ほど多くなっている(3)。月平均ではこの差は大きくはみえないが、2年間の議会の会期 なら46法案の差となり、統一政府のほうが分割政府よりも圧倒的に多くの法案が成立する 傾向にある(4)。現在の第
112
議会の立法活動は停滞しているものの、直前の第111議会は民主党の統一政 府だったこともあり、大型景気刺激策(「2009年アメリカ再生再投資法(ARRA: AmericanRecovery and Reinvestment Act of 2009)
」)、医療保険改革(「2010年患者保護・医療費適正化法(PPACA: Patient Protection and Affordable Care Act)、および「2010年医療保険教育予算調整法
(HCERA: Health Care and Education Reconciliation Act of 2010)」)という2つの歴史的な政策を立法 化させることができた。いずれの法案も民主党が多数派工作を進め、なんとか大統領の署 名までこぎつける形で成立させたものである。この第111議会と、法案審議が動いていない 第112議会とを比較すると、統一政府と分割政府が生み出す差は大きいと言わざるをえない。
また、第112議会をめぐっては、2010年選挙の結果に大きく影響したティーパーティー運 動の存在も、両党対立の激化の短期的な原因であろう。同運動は「小さな政府」をスロー ガンに減税、財政規律を求める保守運動である。ARRA成立直後の
2009年春以降、自然発
生的に大きくなっていった草の根運動であり、2010年3月の医療保険改革の成立前後から、
選挙への関与を強めていった(5)。運動は全米規模に広がり、自分たちの主張に近い候補者
(ティーパーティー候補)を共和党予備選、同年11月に行なわれた中間選挙でも多数、当選さ せた。これによって、連邦議会では共和党のなかでも急進的に「小さな政府」を求める動 きが顕著となり、第112議会では民主党側と共和党の対立がいっそう激化する結果となった。
(2) 長期的な要因:共和・民主両党の党内結束強化とその背景
より長いスパンで分析すると、第112議会でとりわけ顕著な共和党と民主党との対立は、
一時的なものではなく、長期的に形成されてきたことがわかる。
日本などの議院内閣制をとっている諸国とは異なり、アメリカでは議会内の法案投票の 際の党議拘束が弱く、かつては、政党内の結束に従わず自由に投票するケースも少なくな かった。例えば、主要法案投票について、政党内が賛否で同調する度合いを示した「政党 統一スコア(party unity score)」は1960年代から
1970
年代には5割から 6
割程度だったことも ある。重要法案でも同じ党で賛否が大きく割れているのは日常茶飯事だった。1950年代頃 には同じ政党というラベルの議員が立法活動でバラバラであることを憂えた政治学者たち が学会で「より責任ある政党になるべきだ」と声明を出したほどであった(6)。しかし、後述するいくつかの要因が複雑に関連し、政党の結束は1980年代から強まって おり、特に近年一気に共和党は共和党で、民主党は民主党でまとまるようになってきた。
実際に、ここ数年は主要法案の賛否では、上下両院ともに過去最高の
9割前後の「統一スコ
ア」になっている。政治専門誌『CQ』の分析では、2011年は上院では民主党92%、共和党
が86%、下院は民主党87%、共和党が 91%
で、上院民主党、下院共和党はいずれも同誌が調 査を始めた1954年以来で最高の数値を記録している(7)。研究者の各種分析でも議会内の民 主・共和の党派対立は近年未曾有の激しさを示している(8)。さらに、主要法案について、大統領の賛否の意向と、政党内が賛否で同調する度合いを 示した「大統領支持スコア(presidential support score)」については近年、大統領と同じ政党
(与党)の議員の場合、きわめて高くなり、大統領と異なる政党(野党)の場合、一気に低く なるという長期的な傾向にある。例えば、オバマ政権になって以降、民主党の大統領支持 スコアは上下両院で9割前後となっているのに対し、共和党のスコアは上院で
5割前後、下
院で2、3
割と著しく低い。このうち、2010年の上院民主党(94%)、2009年の下院民主党(90%)はいずれも民主党では過去最高、一方で、2011年の下院共和党(22%)は共和党下院 で過去最低となっている。逆に、ブッシュ前政権では
2001年と 2003年の上院共和党
(いず れも94%)
、2003年の上院共和党(89%)はいずれも共和党では過去最高、2008年の上院民主 党(34%)、2007年の下院民主党(7%)はいずれも民主党では過去最低となっている。この2007
年の下院民主党の数字は1956
年以降、両党ともに最低の数字となっているほか、翌年 の同16%もそれに次ぐ低さとなっている。下院の場合、野党でも1970年代までは大統領支 持スコアが4割を超えることが一般的だったことを考えると、近年の野党の大統領支持スコ アの低さは群を抜いている(9)。オバマ大統領は保守とリベラルの融和を掲げて当選したもの の、そのレトリックとは裏腹に、当選後、最も議会が分断しているのは事実である。このように党内の結束の度合いは、現在、議院内閣制の政党にかなり近づきつつある。こ れは有権者に対しては「責任がある」ことを示すものではあるものの、議院内閣制とは異な り、アメリカの場合、議会と大統領との権力分散的な傾向が強いため(10)、重要法案がいっ そうまとまりにくくなる「グリッドロック(gridlock)」傾向に至ってしまう。しかも、アメ リカの場合、近年、民主・共和両党の議席数は拮抗しており、圧倒的な差とは言えないレベ ルで推移している(11)。それがいっそう、長期的な傾向である、共和・民主両党の党内結束の 強化を促進させていることもあり、議会内での妥協がまったく進まない状況になりつつある。
こうした共和・民主両党の党内結束の強化にはさまざまな理由がある。まず、第1の理由
として挙げられるのが、1970年代からの南部の共和党化による政党再編成である。保守的 な南部選出の民主党議員(サザンデモクラット)の数が年々減る一方、東部からはリベラル な共和党議員の数が少なくなっていった。「保守=共和党」対「リベラル=民主党」という 構造ができ、各政党内でイデオロギー的に緊密に凝集しただけでなく、民主・共和両党間 のイデオロギー距離が拡大している。
第2の理由として、下院における選挙区割りの影響がある。選挙区割り見直しは
10年ご
との国勢調査の結果を経て、全米の435人の下院議員について、各州に割り当てる数を見直 す制度である。人口の変動による調整という当たり前の制度ではあるものの、アメリカの 場合、具体的な選挙区割りはきわめて政治的なものになっている。議席数が増えた州にお いては、州議会で主導権を握る党が増加分の議席を自分の党の候補者が獲得できるように、政治的に偏った区割り案を作成することも頻繁にある。なかには選挙で有利になるように これまでの行政単位を無視し、郡や市の特定の地域だけを切り取って選挙区を作るような ゲリマンダリング(多数党に有利な恣意的な選挙区割り)が行なわれるケースも少なくない。
政治的に偏った区割りが増えれば増えるほど、保守・リベラルのいずれかのイデオロギー に特化した候補が選出されることになる。その結果、連邦議会下院のイデオロギーが分極 化してしまう形になっている(12)。
第3の理由は、国民世論のイデオロギー分化である。国民が「保守」と「リベラル」に大 きく分かれつつあるという「2つのアメリカ」的な世論の状況が2000年頃から目立ちつつあ る。自分のイデオロギーを「保守的」であると思う人は共和党に、「リベラル」だと思う人 は民主党に投票する傾向が1970年代から徐々に強くなっており、その結果、2010年選挙な らティーパーティー運動に受け入れられるような極端なイデオロギーをもった候補が予備 選で勝利しやすくなり、議会内のイデオロギー対立に影響しているという見方である(13)。
国民世論のイデオロギー対立を拡大する要因はほかにもいくつかある。例えば、政治に 関するメディアからの情報そのものが保守・リベラルの双方に大きく二極化する「政治報 道の分極化(メディアの分極化)」が進んでいる点も、世論の分断を推し進めている。政治報 道が明確に保守とリベラルに分かれているのは、ケーブルテレビのニュース専門局に顕著 だが、政治ブログなどを中心にインターネットでも保守系のサイトとリベラル系のサイト が対立しながら、保守とリベラルの政治的言説が作られている。リベラル派の国民はリベ ラル派のメディアから、保守派は保守派のメディアからそれぞれ優先的に情報を求める傾 向が目立ちつつある。つまり、政治に関する情報の分極化は、国民をますます分断させ、
国民世論のイデオロギーの分極化を促進しているという見方もできる(14)。
さらに、選挙産業の隆盛に支えられた徹底的な政治マーケティングで、「保守」と「リベ ラル」ごとの選挙戦略が立てられていく点も世論のイデオロギー対立、そして議会内の政 党間の対立に関連しており、複数の要因が現在の両党対立の理由となっている。
2
第112議会における予算関連争点と軍事予算への影響
議会内の民主・共和両党の対立のあおりを受けたのが、第
112議会における予算関連法案
の審議である。第
112議会開始から春までの2011
会計年度予算(2010年10月から2011年9月)、 そして夏の連邦債務の上限引き上げ問題のいずれの審議においても、両党は激しく対立し た。政治的な混乱は米国債の格付け引き下げにつながってしまった。(1)
2011
年度予算審議アメリカの場合、日本と異なり、10月1日の新しい会計年度に入っても、予算は成立しな いケースが近年では一般的になっている。新年度に入る際、政府の機能停止を避けるため に継続決議を出し、新会計年度に入った
2、3ヵ月後の年末から年明け最初に歳出法案
(予 算案)を成立させるという手法がかなり前から定着している。1月末から2月はじめにすで に10月からの翌会計年度に向けた大統領の一般教書演説と予算教書の提出があることを考 えると、不思議な制度ではあるものの、この手法が続いている。2011年度予算についても、2010
年10月から新会計年度に入ったものの、例年どおり、歳
出法案が可決、成立しないまま越年した。ただ、2011年度予算の場合、「年末から年明け最 初」に決まる状況ではまったくなく、予算審議は
4月まで大きく紛糾した。というのも、前
述のように、共和・民主両党の党内結束強化という長期的背景に加え、2010年中間選挙で「小さな政府」をスローガンにしたティーパーティー候補が多数当選し、予算審議で財政規 律を強く求めたためである。
ティーパーティー運動は、予算審議の期間中、連邦政府予算の削減のための集会を何度 も全米規模で行なったほか、フェースブックやツイッターといったソーシャルメディアを 通じて、予算削減を積極的に訴えた。さらに、ティーパーティー運動とは一線を画してい たものの、財政規律を強く主張し続けていることで知られているポール・ライアン議員が 下院予算委員長に就任し、2011年度予算案の通過を阻んだことも大きい(15)。
共和党側が予算削減を求める強い姿勢を崩さなかったため、予算協議は何度も紛糾し、
連邦政府機関の一部閉鎖も現実味を帯び始めた。結局、2011年
4月 8
日深夜、暫定予算の期 限切れまで1時間を切ったところで両党が合意し、約15年ぶりの政府機関の閉鎖は回避され、
2011年度の残りの 6ヵ月に政府予算案から歳出を約 390
億ドル削減する内容で妥協となった。4月 14日の下院、上院での可決、15日のオバマ大統領の署名を経て、立法化された。最終的
には民主党との妥協で390億ドルの削減にとどまり、目標としていた
610億ドル削減には至
らなかったが、それでも先に成立した2回の短期暫定予算ではすでに100億ドルを削減して
おり、税制保守派は大きな成果を上げたと言える。この予算審議の過程は、アフガニスタン、イラクでの多額の戦費や景気回復のための政府支出の増大など、「大きな政府」に動いてい たアメリカ政治が「小さな政府」にかじを切った、歴史的とも言える大きな転換点になった。
(2) 連邦債務の上限引き上げ問題と超党派特別委員会の決裂
2011
年度予算案がようやくまとまった直後、民主・共和両党の戦いの舞台は連邦債務の 上限引き上げをめぐる攻防に移った。2011年度予算案以上に、連邦債務の上限問題は第112
議会の最大の焦点となった。というのも、連邦政府機関が閉鎖を強いられる可能性や社会 保障などの支払いが滞る恐れのほか、アメリカ政府がデフォルト(債務不履行)に追い込ま れてしまう可能性もあり、アメリカ国内だけでなく、世界各地の米軍の動向、さらには世界の金融市場にも大きく影響することは確実で、国際的な問題になりかねなかったためで ある。国債の発行残高は2011年
5
月半ばに法律で定めた上限(14兆2940億ドル)に達し、年 金基金などから資金を流用する綱渡りの財政運営が続いていた。限度額引き上げが同年8月 2日までに議会で承認されなければ、これ以上、国債を発行できない状態だった。
連邦債務の上限については、これまでほぼ自動的に引き上げられてきたが、今回は、共 和党内の財政保守派にとっては財政再建に向けた今後の方向性を決めることができる絶好 のチャンスだったため、限度額引き上げに強硬に反対した。また、米国債最大のスポンサ ーが中国である点も安全保障上の観点から懸念を示す声も少なくなかった(16)。ティーパー ティー運動も共和党の税制規律派を支持する集会を各地で開いて、引き上げに異を唱えた。
徹底した歳出削減を促す共和党に対し、民主党は財政再建の必要性は理解したものの、財 政再建の手段としては増税を主張し、両党の差は埋まらなかった。
結局、連邦債務の上限引き上げ問題は論戦の末、民主・共和両党がなんとか妥協し、上 限の引き上げと財政再建の道筋が定められた「2011年予算管理法(Budget Control Act of 2011)」 が期限当日の
8
月2
日に成立した。同法では、今後10
年間で2.4
兆ドルの財政赤字削減と、同規模の債務上限引き上げを2段階で実施することが決められた。2段階とは、まず、0.9兆 ドルの歳出削減を進めることで、債務上限を同額分、引き上げる。次に民主・共和両党の 議員各
6
人から構成される超党派特別委員会(Joint Select Committee on Deficit Reduction、略称super committee)
が2011年内に社会保障制度や税制などの改革を通じ、1.5
兆ドルの財政赤字削減策をまとめ、それと同額の債務上限を引き上げるというものである。
米国史上初のデフォルトが回避されたことで、市場の混乱は避けられたが、格付け会社 のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は「2011年予算管理法」が成立した
3
日後の8 月5日、米国債を最高水準の「トリプルA
(AAA)」から「ダブルAプラス(AA+)」に1段
階引き下げた。すでに2011年度予算が成立した直後の 4
月18
日にS&Pは米国債の格付け見 通しを「安定的」から「格下げ方向」へ引き下げており、連邦債務の上限引き上げ問題を めぐる政治的混乱を通じ、史上初めての米国債の格下げが実行されることになってしまっ た。世界で最高水準である米国債の信認が大きく揺らぐ形になっている。その後、「2011年予算管理法」に基づき創設された超党派特別委員会の協議は、3ヵ月近 くにわたって続いたが、民主・共和両党の対立でまったく進まなかった。財政再建という 目標では両党が同意しているものの、歳出削減とともに富裕層向けの増税を主張する民主 党側の6人と、小さな政府を掲げて大幅な増税に反対し、社会保障の抜本的な改革を訴える 共和党側の6人の溝は大きかった。共和党側委員でティーパーティーが支援するパット・ツ ーミィ上院議員に代表されるように、そもそも超党派の特別委員会のメンバー12人の人選 をみると、明らかに両党のイデオロギーを体現する人物ばかりが任用されていた。両党の 委員の議論は真っ向から対立する形で膠着し、財政赤字削減策の取りまとめ期限だった
2011年 11月末に超党派特別委員会は決裂した。
委員会の決裂を受け、歳出自動削減である「トリガー条項」が発動され、強制的に
10年
間で約1.2
兆ドルの削減が始まる(そして、同額の債務上限を引き上げる)。ただ、トリガー条項の発動期限は2013年1月であり、連邦議会が条項の修正などを行なう可能性もある。
(3) 軍事予算への影響
財政赤字削減問題は、アメリカの軍事予算にも大きな影響を与えている。連邦債務の上 限引き上げ問題解決の際に立法化された「2011年予算管理法」での
2
段階の歳出削減のいず れも、国防費の大幅削減が盛り込まれている。まず、第1段階の今後10
年間での0.9兆ドル
の歳出削減のうち、国防費については約4500億ドルの削減が求められており、そのため陸
軍や海兵隊を段階的に削減することも決まっている。さらに、第2段階の超党派特別委員会 の協議は決裂しており、トリガー条項が発動された場合には、1.2兆ドルに上る削減対象の 中核に軍事費はあり、その約半分が国防費削減に向かう。このトリガー条項分を含めると 国防予算からの削減分は1兆ドルを超すこととなる。イラク、アフガニスタン戦費を除いた
国防予算は年間5000億ドル規模であり、単純計算でも毎年2
割(1000億ドル)以上の大幅な カットを強いられることになる。そうなると、陸軍、海兵隊、海軍、空軍の人員とその兵 器も相当に縮小される可能性がある(17)。冷戦後の基本戦略だった「二正面作戦」を放棄するとした2012年
1月初めのオバマ大統領
が発表した新国防戦略(「米国のグローバル・リーダーシップ確保―21世紀における国防の優 先課題」)は、国防費の大幅削減を議会から迫られているなかの苦肉の策と言える。それほ ど、国防予算にとって財政赤字削減は差し迫った問題になっている。コスト削減による国 防力の減退については、ハイテク兵器の駆使などで機動性や即応性を高めることでカバー するとオバマ大統領とパネッタ国防長官はこの新国防戦略で明言している(18)。テロ掃討作戦 ではドローン(無人機)を多用するようになっていくであろう。人的資源の投入が不可欠な 場合、最低限の特殊部隊を投入するような形になっていくものとみられる。ハイテク兵器 の駆使は、ブッシュ前政権の初期にラムズフェルド国防長官の打ち出した米軍の再編(トラ ンスフォーメーション)の路線を進めていくものと解釈できる。また、リビアで2011
年に行 なったように同盟諸国との共同作戦はこれからの新戦略を展開するうえで必要となる。確かに、同時多発テロ以降のアフガン報復とイラク戦争で、軍事費はテロ以前の倍以上 と飛躍的に増大しており、イラク戦争の終結で、何らかの予算的メスがようやく入れられ ることになると言える。ただ、その予算カットのペースは非常に早く、北朝鮮とイランの 両方で核開発関連などの交渉がもつれた結果、大規模な紛争が同時に発生してしまう場合 の対応など、安全保障上の懸念材料になりかねない。新戦略指針では、アジア太平洋から インド洋に至る地域は米国の国益と不可分とされている。これは、2011年秋にヒラリー・
クリントン国務長官が『フォーリン・ポリシー』誌に寄稿した論文に示されているように、
アメリカ外交のアジア重視の姿勢(19)を反映したものと考えられる。ただ、国防予算が大幅 に削減されていくなか、アジア太平洋関連の予算縮小もありうるが、現時点では明確では なく、日本の安全保障にとっても不安はぬぐえない。
3
予算審議と2012
年大統領、連邦議会選挙第112議会における予算関連法案をめぐる混乱が
2012
年選挙に与える影響について、政治アナリストのチャーリー・クックが『ナショナルジャーナル』(2011年7月30日号)で非常に 示唆的な指摘をしている。クックは「今の議員の写真を取っておいてほしい。この顔は今 後3つの選挙サイクルで一変するであろう」と指摘する。今回の連邦債務上限引き上げ問題 の進め方が非常に稚拙であり、下院なら2012年の選挙、6年任期で
3
分の1
ずつ改選の上院なら
2012、14、16
年の選挙でかなりの議員が落選するというのが、クックの見方である。また、クックは「これまでいろいろみてきたが、こんなにワシントンの政治が機能不全に なったことはみたことがない」「自分たちではわからない複雑な財政政策という問題を議会 は議論し、失敗している」と指摘し、「議会は笑い草で嘲笑の対象だ」「あるジャーナリスト は『ルイジアナ州がバナナ共和国の北限だ』と言ったが、いまはアメリカ全体が政争を繰 り返す統治能力がないバナナ共和国になっている」と厳しく締めくくっている(20)。
実際、債務上限に関する審議の前後から、国民の議会に対する不満は非常に強くなって いる。2011年
8
月上旬の議会に対する支持率は各社いずれも10%台がほとんどであり、調査
が始まって以来、最も低い数字を記録している。ギャラップが行なった8月中旬の調査では、支持率は13%、不支持率は
84%
でいずれも過去最悪を記録している。この数字は2011
年末 にかけてほぼ同じレベルで推移し、2012年1月の調査では支持率は 10%、不支持率は86%と
過去最悪を更新した(21)。オバマ大統領の支持率も40%台半ば(ギャラップの2012年 1
月平均46%)
と就任後最低レベル(22)だが、それ以上に連邦議会への嫌悪感とも言える雰囲気がある。アメリカ国民の政治に対する信頼そのものが、大きな危機に直面している。
(1) 大統領選挙
言うまでもないが、2012年
11
月に行なわれる大統領選挙を現時点で占うのは、かなり難 しい。前述したようにオバマ大統領の現在の支持率は40%台半ばであり、不支持率のほう が上回っている。景気も2011
年11
月の失業率は8.6%
と前月よりも0.4
ポイント大きく改善 し、翌12月も8.5%、2012
年1
月も8.3%と8%
台にとどまったが、過去にこれだけ失業率が 悪い段階で大統領選当日を迎えて再選された大統領は第2次世界大戦後存在せず、あえて言
えば、7%強で再選された1984
年のレーガンが例外として挙がるだけである。しかし、2011 年のデータをみると資金力でオバマは圧倒的であり、これまで集めた選挙献金は共和党候 補の全員を合わせた額よりも上回っている(23)。組織作りもオバマがかなり先行している。2012
年1
月中旬の現時点で共和党の指名争いを争っているのは、経済面でも軍事面でも「強いアメリカ」の再生を主張するミット・ロムニー元マサチューセッツ知事や、元下院議 長のニュート・ギングリッチ、元上院議員のリック・サントーラムらがしのぎを削ってい るほか、リバタリアンの立場から海外に駐留する米軍の大幅削減などを主張するロン・ポ ール下院議員もいる。どの候補が勝ち抜くかで、オバマと戦うことになる本選挙では連邦 予算健全化についての争点も大きく変わってくるであろう。
(2) 連邦議会選挙
連邦議会選挙についても、予断が許されないような状況がさまざまある。上院の場合、
改選となる33議席のうち
23議席が民主党
(そのうち2
議席は民主党との統一会派を組む無党派)であるほか、前回が2006年という民主党への追い風が吹いた年に当選した議員であること
を考えると、民主党にとっては逆風下での選挙となる。改選のうち、民主党は2012年2月中 旬現在まで
7
人の現職(民主党との統一会派を組む無党派1
人を含む)が引退を決めており、共和党の引退が2人であることを考えると、民主党にとっては分が悪い。以上を総合すると、
上院では共和党が健闘する可能性が高いが、それでもまだ予断は許さない。
また下院のほうは、現在の112議会では、2010年の国勢調査を基にした選挙区割り改定を 行なう各州の議会で共和党が多数を占めるところが多いため、共和党に有利な選挙区割り で選挙が運営される。また、2011年
12月に入って民主党のベテラン有力議員であるバーニ
ー・フランク(当選16回)
、チャールズ・ゴンザレス(当選7
回)が相次いで引退を表明した。この
2人を合わせて民主党の下院では 2012年 2月中旬現在まで、上院への転出などを含めて、
20人が引退を表明している
(共和党は同15人)
。この流れから、共和党が多数派を維持する可能性も大きいが、一方で、前述のクックの指摘のように、現職そのものに対する風当た りが非常に強いため、状況は読めなくなっている。
オバマ大統領が再選され、上下両院のいずれかで共和党が多数派となり、分割政府とな った場合、2013年からの第
113
議会(2013年1月から2015年 1
月)は第112議会と同じように、法案審議が動かないような状況になるかもしれない。そうなった場合、連邦議会に対する 国民世論は厳しくなり、政治に対する不信感もより深刻になる可能性もある。
一方で、2011年の債務上限審議以降、2012年1月中旬現在まで、ティーパーティー運動の 動きは比較的目立っていないものの、もし、選挙に向けて財政保守的な候補を応援し、テ ィーパーティーが推す候補が再び多数当選した場合、予算や財政問題が、2013年からの第
113議会でも大きな争点になってくるであろう。民主・共和両党の議会でのイデオロギー対
立が鮮明になるなか、予算をめぐる膠着状態が悪化し、軍事予算にも大きな影響を及ぼす ようになった場合、東アジアを含む安全保障上の問題にもなりかねない。その意味でも2012年の大統領選挙、連邦議会選挙の動向は大いに注目される。
(1月22日脱稿)(1) 成立した法案数は連邦議会のサイトであるTHOMAS(http://thomas.loc.gov/home/thomas.php/)で確 認した。THOMASの場合、現在、さかのぼれるのが1973年までであり、1973年から1947年までは Rozanne Barry, Bills Introduced and Laws Enacted: Selected Legislative Statistics, 1947–1992, Congressional Research Service Report, Jan. 15, 1993を参照した。
(2) 第107議会の場合、2001年1月から5月末は上院が共和党50、民主党50だった。法案投票で賛否
同数となった場合は、上院の議長であるチェイニー副大統領(共和党)がキャスティングボート を握ることになったため、上院の多数党は共和党だった。5月末に共和党の上院議員1人が離党し たため、民主党が多数派となった。また、正確には2001年1月5日の第107議会の開始からブッシ ュ大統領の就任の1月20日までは、前政権のゴア副大統領が上院議長だった(ただし、1月5日か ら20日までに成立した法案はなかった)。
(3) 法案数はTHOMASのデータを基に筆者が確認した。
(4)「分割政府」が立法活動に与える影響については研究者の議論が続いており、数ではなく提出さ れた法案の成立率で比べると「分割政府」と「統一政府」の法案の成立率は大きくは変わらない ため、いずれであっても差異はないというデービッド・メイヒューの分析もある(David R. Mayhew, Divided We Govern: Party Control, Lawmaking and Investigations, 1946–2002, 2nd ed., New Haven, CT: Yale
University Press, 2005)。ただ、「分割政府」では大統領との対立を恐れて法案数そのものが少なくな
る傾向がある。廣瀬淳子・前嶋和弘「議会と外交政策」、信田智人編『アメリカの外交政策』、ミネ ルヴァ書房、2010年、141―174ページを参照。
(5) ティーパーティー運動が「草の根」運動であるかどうかという論議や、運動の拡大の過程につい ては、前嶋和弘「ティーパーティ運動とソーシャルメディア」、久保文明編『ティーパーティ運動 の研究―アメリカ保守主義の変容』、NTT出版、2012年、130―147ページを参照。
(6) “Toward a More Responsible Two-Party System: A Report of the Committee on Political Parties,” American Political Science Review, Vol. 44, No. 3, Part 2, Supplement, 1950.
(7) http://media.cq.com/media/2011/votestudy_2011/graphics/
(8) 議会内の民主・共和の分極化状態を示すDW-NOMINATEスコア(議員のイデオロギー位置)を 使った研究が代表的である。Nolan McCarty, Keith T. Poole, and Howard Rosenthal, Polarized America:
The Dance of Ideology and Unequal Riches, Cambridge, MA: MIT Press, 2006.
(9) Sam Goldfarb, “Learning Curve,” CQ Weekly, Jan. 16, 2012, pp. 98–107.
(10) 例えば、Charles O. Jones, The Presidency in a Separated System, 2nd ed., Washington, DC: Brookings Institution, 2005が詳しい。
(11) 例えば、現在の第112議会開始時点で、民主党と統一会派を組む無党派2人を除くと上院が民主
51、共和47であり、数議席差しかない。下院の場合は、上院よりは差があるものの、民主193、共
和242と、民主党が25議席増やせば、多数派が交替する。下院選挙の場合は、この程度の議席数の 変化は、過去10年間、頻繁に起こっている。
(12) Jamie Carson, Michael H. Crespin, Charles J. Finocchiaro, and David W. Rhode, “Redistricting and Party Polarization in the House of Representatives,” American Politics Research, Vol. 35, No. 6, 2007, pp. 878–904.
(13) Sean M. Theriault, Party Polarization in the Congress, New York: Cambridge University Press, 2008, Chap. 5 and 6.
(14) メディアの分極化については、前嶋和弘「複合メディア時代の政治コミュニケーション―メデ ィアの分極化とソーシャルメディアの台頭で変わる選挙戦術」、吉野孝・前嶋和弘編『オバマ政権 と過渡期のアメリカ社会―選挙、政党、制度、メディア、対外援助』(仮題)、東信堂、2012年
(近刊)を参照。
(15) 2011年度予算成立直前の絶妙なタイミングを狙って、4月5日には本格的な高齢化社会の到来を 見据え、医療保険の関連費用を大幅に削減する(10年間で5兆8000億ドルの歳出削減を行なう)
案を発表するなど、ライアン委員長のリーダーシップに注目が集まった。
(16) 例えば、http://economix.blogs.nytimes.com/2011/07/19/the-debt-limit-and-national-security/を参照。
(17) Mackenzie Eaglen, and Diem Nguyen, “Super Committee Failure and Sequestration Put at Risk Ever More Military Plans and Programs,” Backgrounder, Heritage Foundation, Dec. 5, 2011(http://www.heritage.
org/research/reports/2011/12/debt-ceiling-deal-puts-at-risk-ever-more-military-plans-and-programs).
(18) http://www.defense.gov/speeches/speech.aspx?speechid=1643/
(19) Hillary Clinton, “America’s Pacific Century,” Foreign Policy, Nov. 2011(http://www.foreignpolicy.com/
articles/2011/10/11/americas_pacific_century/).
(20) Charlie Cook, “Congress Becomes a Laughingstock,” National Journal, July 30, 2011.
(21) http://www.gallup.com/poll/151628/Congress-Ends-2011-Record-Low-Approval.aspx/
(22) http://www.gallup.com/poll/151025/Obama-Job-Approval-Monthly.aspx/
(23) 連邦選挙管理委員会(FEC)のデータを基にproject vote smartがまとめた2011年の献金額
(http://www.opensecrets.org/pres12/index.php/)。
まえしま・かずひろ 文教大学准教授 http;//www.bunkyo.ac.jp/faculty/human/human/contents/staff.html [email protected]