はじめに―モディ政権の誕生
2014年4―5月の総選挙でインド人民党(BJP)が圧勝し、友党を加えた国民民主連合
(NDA)のナレンドラ・モディ政権が誕生した。10年ぶりの政権交代であり、安定政権の樹立 に世界の期待が高まった。特に強調されたのは、グジャラート州首相時代(2001―14年)の 実績である。モディ州首相は、徹底した親ビジネス路線を採用し、インフラ整備と外資誘致 に成功した。「グジャラート・モデル」と称されるようになったモディの手腕はそのまま NDA政権下に引き継がれ、国民経済レベルでの「モディノミクス」の展開が期待された。
1 モディ政権の成長戦略―「メイク・イン・インディア」とビジネス環境の改善
モディ政権の基本的な成長戦略は、ビジネス環境を改善し、投資を阻むさまざまな障害を 取り除き、そのことによっていっそうの工業成長と経済成長を促すことにある。
とりわけ基本戦略の中心に据えられたのが、「メイク・イン・インディア・プログラム」で ある。2014年9月には着手された。その目的は、「インドを製造業、デザイン、イノベーショ ンのグローバルなハブにする」というものである。この目的を達成すべく、商工業省の工業 政策促進局(DIPP)は内外からの投資を促進することによって、2020年までに国内総生産
(GDP)に占める製造業の比率を25%にまで高めるという戦略を打ち立てた。雇用創出と技能 向上を目的として25業種に焦点があてられた。すなわち、自動車、自動車部品、航空、バイ オテクノロジー、化学、建設、国防工業、電気機械、電子産業、食品加工、情報技術・ビジ ネスプロセスマネジメント、皮革、メディア・エンターテインメント、鉱業、原油・ガス、
製薬、港湾・船舶、鉄道、再生エネルギー、道路・高速道路、宇宙産業、繊維・縫製、火力 発電、旅行業・接客業、ウエルネス、の25業種である。そして前政権下の2011年に策定され た「全国製造業政策(National Manufacturing Policy 2011)」で示された構想を継続して、2022年ま
でに1億人にのぼる製造業部門における新規雇用創出を目指す、とした。
そしてビジネス環境の良さ、デジタル・インディア、技能開発(スキル・インディア)、工 業回廊(インダストリアル・コリドー)の推進、スマートシティーの建設、外国直接投資(FDI)
の自由化、財・サービス統合税(GST)の導入、などがメイク・イン・インディアの成功を 助ける措置として位置づけられた(NITI Aayog 2017a, pp. 6–10)。
「ビジネス環境の良さ(Ease of Doing Business)」とは、規制および行政手続きの簡素化を目
指す改革である。企業は事業を開始するにあたって数多くの煩雑な規制をクリアする必要が ある。ガバナンスをより効果的・効率的にするためにIT(情報技術)が導入された。2015年 の世界銀行の「ビジネス環境の良さ」調査によるとインドは189ヵ国のうち134位であった が、2016年の同調査では130位にまで、さらに2018年の同調査では100位にまで改善した
(World Bank Group 2018)(1)。
「デジタル・インディア」は2015年7月2日に着手されたキャンペーンである。インド市民 が政府の提供するサービスをオンラインで利用可能とするプログラムであり、目的のひとつ はデジタル化の推進によって、汚職を根絶することである。また、このプログラムのなかに は、農村地域をハイスピードネットワークに結びつけるという計画が含まれている。
「スキル・インディア」は2015年7月15日に着手されたキャンペーンで、2022年までに異 なった技能をもった4億人に上る人々を訓練することを目的としたプログラムである。イン ドでは正式の職業訓練を受けた労働者は全労働者のわずか2%にとどまっている。スキル・
インディアのために、政府は、技能開発・起業促進省(Ministry of Skill Development and Entre-
preneurship)を新設した。実際には、なんらかの職業訓練を受けた人数は多く見積もってもせ
いぜい年間400万人未満にとどまっている。
「工業回廊(インダストリアル・コリドー)」にはデリー・ムンバイ工業回廊(DMIC)と貨物 専用回廊イニシアチブ(DFC)がある。後者には、ベンガルール・ムンバイ回廊、アムリッ ツアー・コルカタ回廊、チェンナイ・ベンガルール回廊、チェンナイ・ヴァイザック回廊が 計画されている。
「スマートシティー」イニシアチブは、州政府・中央直轄領との共同で行なう都市開発プ ログラムである。中核となるインフラ(十分な水、電気、衛生、公共運送、住居、IT、良い統治、
持続可能な環境、安全と安心、健康と教育)と見苦しくない生活の質を市民に提供することを 目的としている。
外資の自由化については、次のような措置がとられた。2014年8月に国防および鉄道イン フラへのFDI開放策が発表された。国防部門への外資出資比率の上限は従来の26%から49%
へ、また鉄道インフラ部門の場合には0%から100%へとそれぞれ引き上げられた。保険部門 への外資の自由化については、2014年12月に大統領令を発布し、外資出資比率の上限を26%
から49%へと引き上げた。建設部門に関しても、100%の外資出資比率の引き上げが行なわれ た。また外資開放政策に関して特筆しておきたいのは、前政権下で実施に移された小売業分 野での開放策をそのまま継続したことである。1991年以降、経済自由化が進展するなかで、
小売業分野での外資開放措置は一大政治争点となり、許可されたのは唯一単一ブランド(専 門小売業)での51%を上限とする合弁設立だけであった。それがようやく2012年1月になっ て単一ブランドを取り扱う小売業については100%の外資出資が認められ、続いて2012年9月 には複数ブランドの小売業(総合小売業)に対しても51%までの外資出資を許可することが 決定された。ただし、①100万人以上の大都市に限定する、②商品の30%以上を地場の中小 企業から購入することを義務づける、などの条件がついた。モディが率いるNDAは、選挙キ ャンペーンでは前政権下で行なわれたこの決定を「見直す」と公約していたのであったが、
実際には「見直す」ことはなかった。こうした動きのなかで、わが国から無印良品が出店を 決めたが、ユニクロはいまだ出店を控えたままである。のみならず、2010年にキャッシュ・
アンド・キャリー(現金払いの卸売店)業態でインドに進出し5店舗を展開していたフランス のカルフールが2014年9月にインドからの撤退を決めた。
もう1点、投資を促進するために必要な措置として長い間議論されてきたのが修正土地収 用法の策定である。2014年12月31日に6ヵ月間のみ有効な時限立法としての大統領令が発布 された(その後、2015年4月3日に大統領令はさらに修正を加えられた)。その内容は、農民の同 意なしに、また社会的影響評価なしに土地を強制収用できるというものである。その後、恒 久法とすべく国会で議論されたが、結局、そうはならなかった。したがって、この大統領令 の1年前に成立した「土地収用法2013」が現行の制度であり、その内容は、①国の支援の下 で土地を収用する際には70%の土地所有者からの同意が必要、②土地購入者は、市場価格の
2倍から4倍の価格を支払うとともに、立ち退き者に移住先や代替的な職場を提供しなければ
ならない、である。この法律の下では、どんなにスムーズに事柄が進んだとしても土地収用 が終了するまで少なくとも5年が必要であるとされており、実際にも現行法の下で土地が収 用されたケースはほとんどみられない。
2017年7月1日、「独立後最大の税制改革」と呼ばれるGSTが導入された。GSTは従来の一 般消費税(Excise)、サービス税、州付加価値税、入州税、その他の州政府が課す税金(州ご とに異なる税目で課してきた全部で15を超える既存の間接税)を全国統一したものである。従来 の煩雑な税体系から生じるコストを削減し、税率を引き下げ、タックスベースを拡大し、税 収を増加させ、ビジネス環境を大きく前進させる措置としてつとに期待されてきた措置であ る。1200を超える品目が、0%(88品目)、3%(金・宝石)、5%(173品目)、12%(200品目)、 18%(521品目)、28%(229品目)と6段階の税率に分けられることになった。またアルコー ル、石油・エネルギー、電気、土地・不動産、教育、健康はGSTから除外された。GST導入 がどのようなコストとベネフィットをもたらすのかを正確に判断するのは時期尚早であるが、
タックスベースの拡大効果と州間の輸送コスト削減効果が認められている(Ministry of Finance 2017, Vol. 2, Chapter 1, Chapter 2)。
2 貧困問題へのアプローチの変化と主要な貧困対策プログラム
成長戦略と並んで、モディ政権による経済政策を特徴づけるものとして貧困対策が注目さ れた。
モディ政権下で、貧困問題に対するアプローチが大きく変わった。従来の手法はまず所得 を基準として貧困線を設定し、貧困線に達しない人々を貧困層とみなし、貧困層にさまざま な補助金を供与するというものであった。インドの場合、こうした手法で得られた貧困に関 する最新の利用可能なデータは2011年度のものである。それによると、2004年度から2011年 度の7年間で、貧困比率は37.2%から21.9%へと減少した。特に農村の貧困者数は3億2630万 人から2億1650万人へと大きく減少した、とされた。
これに対し、新政権は貧困線を推計することも、集計値として絶対的貧困者数を推計する
こともしないとした。その理由は、①貧困線を決定するうえで何が「必須」財・サービスを 構成するかについての合意が得られない、②貧困は「多面的」な現象であることが広く認め られるようになり、所得を唯一の基準とすることが適切でない、が挙げられる。そのため新 政権は貧困が多面的なものであり、そして貧困に関連する諸条件を直接改善すること(直接 便益移転制度〔DBT〕)が有効であるとした(NITI Aayog 2017a, p. 10)。こうした新しいアプロ ーチを体現するものとして「JAMナンバー三位一体」が提唱された。
JAMナンバー三位一体とは、「Jan Dhan, Aadhaar, Mobile」という3つの言葉のそれぞれの頭 文字をとったものである。「ジャン・ダン(Jan Dhan)」の正式名称はPradhan Mantri Jan Dhan Yojana(Prime Minister’s People Money Scheme)である。2014年8月に導入されたもので、すべ ての人の銀行へのアクセスを確保する計画である。計画発表当日に、1500万の口座が新たに 開設された。2015年1月28日までに1億2580万口が開設され、1059億ルピー(170億米ドル)
が預金された。①口座保有者には、デビットカード付きの預金額ゼロの銀行口座が提供され るとともに、10万ルピーの傷害保険が提供される、②2015年1月26日までに10万ルピー以 上の口座を開設した人には、3万ルピーの生命保険が供与される、というスキームである。
「アーダール(Aadhaar)」は前政権下で導入された個人識別番号のことである。「モーバイル
(Mobile)」は携帯電話のことである。この3つを組み合わせて普及させることによって、政府 からの貧困関連補助金(現金)を貧困層に直接・適切に提供できることになるというアプロ ーチである。いわゆる「ターゲティング」(貧困層に無駄なく効率的に補助金が届くかどうかと いう)問題を改善する仕組み作りである(Ministry of Finance 2015, Vol. 1, pp. 21–25; Ministry of Finance 2016, Vol. 2, Chapter 3)。
貧困対策プログラムとしてとりわけ大きな注目を浴びたのは、マハトマ・ガンディー全国 農村雇用保障法(MGNREGA)、サルヴァ・シクシャ・アビヤン(SSA: Sarva Shiksha Abhiyan=
The Education for All Movement)、そしてスワッチ・バーラート・アビヤン(Swachh Bharat Abhiyan=Clean India Mission)である。
① MGNREGAはそれまで全国農村雇用法(NREGA)と呼ばれていたもので、前国民会 議派政権下の2006年に導入されたプログラムである。政府(農村開発省)自ら「世界で最 大かつ最も野心的な社会保障・公共工事プログラム」と評価したもので、モディ政権はこ のプログラムを継承した。すべての農村家計に対して、年間100日の賃金雇用を提供する ことによって、農村地域の生活保障を向上させることを目的とした法案である。賃金雇用 は、成人の家族成員が自発的に未熟練の肉体労働に従事するという形態をとっている。
NREGAのもうひとつの目的は、道路・運河・池・井戸といった農村の耐用資産を作り出 すことである。実施主体はグラム・パンチャヤート(村レベルでの行政機関)である。
② 2011年センサスによると、インドの識字率は73%であった。うち男性は80.9%、女性 は64.6%であった。10年前の2001年と比較すると、女性の識字率は10.9%上昇したのに対 し、男性のそれは5.6%の上昇であった。これはSSAによって達成された成果である。SSA は、6歳から14歳までの子供の基礎教育の無償化プログラムである。ヴァジパイ政権下の 2000年度から実施され、2010年4月1日には教育権利法(The Right to Education Act)が発効
した。その結果、現在では小学校登録率はほぼ100%を達成した。しかし教育の質には問 題がある。経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査PISA(Programme for International
Student Assessment)2009+の結果によると、この調査に参加したタミル・ナードゥ州とヒ
マーチャル・プラデーシュ州は、読解、算数、および科学の3つの分野で、参加国数74の うちそれぞれ前者は72位、72位、72位、また後者は73位、73位、74位であった(Walker 2011)またASER 2014(Pratham Education Foundation 2015)では、2005年以降学習レベル(国語、
算数)にほとんど改善がみられないことが報告されている。特に農村では、2014年時点で も5年次生で2年次の国語が読める生徒の割合は48.1%、3年次生で2桁の引き算ができる 生徒の割合は25.3%、また2年次生で9までの数字を認識できない生徒の割合は19.5%であ ったと報告されている。
③ スワッチ・バーラート・アビヤンは、2014年10月2日に導入されたナショナル・キャ ンペーンである。マハトマ・ガンディーの生誕150年にあたる2019年10月2日までに完遂 する予定であるとされた。4041の政令都市の道路およびインフラ清掃に向けてのキャンペ ーンである。このプログラムには、貧困線未満の家計が衛生的なトイレを建設する場合 80%までの補助金を出すなどが含まれている。ただし衛生プログラムには長い歴史がある。
最初は1986年に導入されたCentral Rural Sanitation Programme(CRSP)、ついで1999年に導 入されたTotal Sanitation Campaign(TSC)である。その後、TSCはニルマン・バ−ラート・
アビヤン(Nirman Bharat Abhiyan)として引き継がれた。2017年までに「屋外排泄の根絶」
を目的とし、トイレを建設した家族には1万ルピーが供与されるとしたキャンペーンであ る。スワッチ・バーラート・アビヤンも、こうした既存プログラムを継承したものである。
3 高額紙幣の廃止―ブラックマネー対策とデジタル経済への移行
ただしモディ政権が行なった経済にかかわる措置で世界を最も驚愕させたのは、政権3年 目に入った2016年11月8日の夜8時に、何の前触れもなしにモディ首相が突如発表した、500 ルピーと1000ルピーという2つの高額紙幣の廃貨措置である。双方合わせると、流通通貨の
86%を占めていた。そして代わりに新500ルピー札と2000ルピー札を発行するとした。そし
て、こうした高額紙幣は12月30日までに銀行に預金可能であるとされたが、現金の引き出し は制限されるとした。廃貨の目的は、汚職の抑制、偽造通貨の抑制、テロリスト活動への高 額紙幣の使用の抑制、そして「闇通貨」(脱税)の抑制、の4点である、とされた(Ministry of Finance 2017, Vol. 1, Chapter 3)(2)。
あまりにも突然の政府発表は、市民の間に大きなとまどいやパニックをもたらした。正し い情報が得られず、また準備不足による欠陥も露呈した。しかし、まもなく混乱は収まった。
現時点では、廃貨措置は短期的には犠牲を払ったが、長期的にはインド経済に便益をもたら すであろうと論じられている。短期的には、廃貨によってマイナスの影響をとりわけ大きく 被ったのは、現金決済に大きく依存しているインフォーマル部門である。多くの人が所得と 雇用を失った(3)。しかし長期的には汚職を減少させ、経済のデジタル化を促進し、金融形態 での貯蓄フローを増加させ、経済の公式化を促し、ひいてはGDP成長率を押し上げ、税収の
増加をもたらすであろうと期待されている。しかし同時に、ブラックマネー(脱税マネー)の 根絶に対しては、ほとんど効果がないであろうとされている。いずれにせよ、廃貨の経済に 与えるインパクトを精査するには、いま少しの時間が必要であろう。しかし事前通告なしの 廃貨がモディ首相にとってきわめて危険な政治的なギャンブルであったことは間違いない。
こちらのほうは「脱税によって不正な金をため込んだ金持ちに対する戦い」であると認識さ れたことによって大衆の支持を得ることに成功し、モディ首相は大きな政治的勝利を収めた と言える。
4 モディ政権下での経済パフォーマンス
以上、モディ政権の基本的な経済政策を概観してきた。こうした政策運営下で、どのよう な経済パフォ−マンスがみられたのであろうか。モディ政権の基本的成長戦略、メイク・イ ン・インディアは期待された成果を上げることができたのであろうか。
まずは経済成長率をみたいところだが、中央統計局(CSO)が2014年にGDP推計の方法を大 きく変更したために、旧推計による成長率と比較するとかなり高く推計する結果になった(4)。 この大きな相違は、次の3点によるものである。①基準年が2004―05年から2011―12年に 変更された、②法人部門、金融企業、地方公共団体、独立法人に関して、より信頼度の高い データによって置き換えられた、③GDP推計にあたって、旧来のように要素価格(ほぼ生産 者価格と等しい)ではなく市場価格(ほぼ消費者価格に等しい)が使用された、である(NITI Aayog 2017a, p. 1; Ministry of Finance 2015, Vol. 2, Chapter 1)。
また同時に、要素価格での粗付加価値(GVA)が推計されるようになった。
GDP基準で実質経済成長率をみると、モディが政権を奪取した2014―15年は7.5%、つづ
く2015―16年は8.0%と上昇し、はじめて中国の成長率を抜いた。前政権最後の年となった
2013―14年度のGDP成長率が6.4%であったので、目覚ましい成長率の回復はモディノミク
スの成果であると宣伝された。しかし2016―17年は7.1%へと下落すると推計されており(第 1図)、2017年度に入ってからはさらに減速している(2017年4―6月の成長率は5.7%と推計さ
9 8 7 6 5 4 3 2 1 0
第 1 図 GVAとGDPの成長率
(%)
Ministry of Finance 2017, Vol. 2, p. 40.
(出所)
2013–14 2014–15 2015–16 2016–17 (年)
GDP
GVA
れ、モディ政権下で最低の成長率となった)。またGVAの成長率をみると、2013―14年から 2016―17年の4年間にかけて、6.1%、7.0%、7.9%、6.6%となり、GDPと同様の傾向を示して いる。2014―15年から2015―16年にかけての高成長は、新政権成立による改革の機運、原 油価格の下落(インドは原油の80%を輸入に頼っている)、海外からの潤沢な資金流入によるも のであった。この2年間はインフレ率も6%未満に維持され、ルピー為替レートも安定してい た。2014―15年と2015―16年の2年間の高成長は消費に支えられたものであった。また2016
―17年に入ってからの成長の減速の主要因は、粗固定投資率の急落に求められる。2011―12 年から2015―16年にかけて、粗固定投資/GDP比率は34.3%から、33.4%、31.3%、30.4%、
29.3%へと一貫して減少を続けている(Ministry of Finance 2017, Statistical Appendix Table 1.9)。 次にFDIは増えたのであろうか。2014―15年のFDI流入額は309億ドルとなり、インドは アメリカ合衆国と中国の両国を抑えて世界第1位のFDI受け入れ国となった。インドへのFDI 流入額はその後も目覚ましく増加し、2015―16年には400億ドル、2016―17年には435億ド ルとなり、インド史上最大の流入額を記録した。モディノミクスの成果と言えそうである
(第2図)。
最後に、1990年代にみられたような「雇用なき成長」は、モディ政権下で改善の兆しをみ せたのであろうか。2009―10年から労働雇用省・労働局が実施している「雇用・失業サーベ
50,000 45,000 40,000 35,000 30,000 25,000 20,000 15,000 10,000 5,000 0
第 2 図 外国直接投資流入額の推移
(100万米ドル)
*2017年4月1日から2018年6月30日まで。
(注)
Department of Industrial Policy & Promotion(DIPP), Fact Sheet on Foreign Direct Investment
(FDI)from April , 2000 to June, 2017.
(出所)
(年)
2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18*
第 1 表 雇用・人口比率
(注) UPSS基準による定義。
(出所) Kapoor 2017.
EUS 2013–14 894.5 53.7 74.3 71.4 35.1 17.5 480.4
EUS 2015–16 926.0 50.5 75.7 67.1 30.2 14.8 467.6
農村 都市 農村 都市
合計
男性 女性
15歳以上の 予測人口数
(100万人)
雇用・人口比率(%)
雇用総数
(100万人)
イ(EUS)」によると、残念ながらそうとは言えないようである。2014年3月1日時点(第4回 雇用・失業サーベイ)と2015年7月1日時点(第5回雇用・失業サーベイ)とを比較してみると、
この間に常雇い労働者の総数は4億8038万人から4億6765万人へと減少し、15歳以上の人口 に対する常雇い労働者比率も、53.7%から50.5%へと大きく減少した(第1表参照)(5)。とりわ け製造業の常雇い労働者数は5140万人から4810万人へと大きく減少した。同様に、建設部門 における常雇い労働者数も5620万人から5420万人へと減少した。唯一常雇い労働者数が増加 したのは卸売り・小売り部門で、そこでは4370万人から4810万人へと増加した(Labour Bureau 2016; Kapoor 2017)。
おわりに―モディ政権の経済運営の評価
モディ政権の船出時点では大いに期待された経済改革の進展であったが、前政権からの懸 案であったGSTの導入を例外として、それほど実質的な進展はみられない。むしろ前政権か ら引き継いだプログラムを着実に実行しているようにみえる。特に貧困プログラムはそうで ある。違っているのは、「スローガンだけ」という印象を受ける。ただし外資導入の促進とい う点ではかなりの成果を上げている。しかしその手法は必ずしもシステマチックなものでは なく、モディ首相個人の「努力」によるところが大きい。安倍晋三首相との緊密な関係によ って大きく動き出したDMICへのわが国の協力などは、その典型例である。また高額紙幣の 廃止というかつてない大胆な措置も、経済的というよりも政治的効果を狙ったという面が強 い。
また残念なことに、メイク・イン・インディアの眼目のひとつである労働集約産業の競争 力強化と雇用の創出という目的はほとんど達成されていない。労働集約産業の代表であるア パレル産業や皮革産業の国際競争力が強化されたという兆候はまったくみられない(Ministry
of Finance 2017, Vol. 1, Chapter 7)。雇用創出のために不可欠とされる労働改革にほとんど手がつ
いていないためである。
モディ政権の経済政策とその効果を正確に評価するには、3年という期間は決して十分な 長さではない。経済政策の効果がただちに表われるとも限らない。しかし、政権奪取時点で 期待されていたほどモディ首相は大胆な改革者ではないこと、しかし政権奪取後、年平均で 7%を超える経済成長率を記録したことはかなりの成果であると評価されよう。
(1) インド政府自身も「ビジネス環境の良さ」調査を実施している。世銀調査と異なる点は、①デリ ーとムンバイに立地している企業だけでなく全国規模での企業調査である、②「組織部門」(労働者 数10人以上の民間企業または政府機関・準政府組織など公的セクターを指す)の製造業企業だけを 取り上げている(世銀調査ではサービス部門企業も調査対象となっている)、③企業からのヒアリ ングをベースにしている、④ 州別のランキングは作成しない、という点である(NITI Aayog 2017b)。
(2) 2016年11月8日の廃貨発表から2017年3月13日までの政府・中央銀行の一連の対応については、
佐藤(2017)が詳細な情報を提供している。
(3) 黒崎(2018)による、デリー市の零細・小規模企業の調査結果をみられたい。
(4)『2014―15年経済白書』の記述によると、2012―13年および2013―14年の固定市場価格でのGDP
成長率は旧推計ではそれぞれ4.7%、5.0%であったが、新推計では5.1%,6.9%とそれぞれ大きく増 加した(Ministry of Finance 2015, Vol. 2, p. 4)。この数値はその後さらに改訂された。
(5) 常雇い労働者の数値はUPSS基準である。UPSS基準とは、“Usual Principal and Subsidiary Status” のこ とであり、「過去1年間の大部分において経済活動に従事したもの」と、労働を求める、あるいは労 働できると報告された労働力のうち「多少なりとも規則的な経済活動に従事したもの」を含んでい る。
■参考文献
黒崎卓(2018)「インド零細・小規模企業の銀行利用と『廃貨』政策」『経済志林』第85巻第4号。
佐藤創(2017)「インドにおける高額紙幣の切り替えについて(1)」〈http://www.ide.go.jp〉。
Kapoor, Radhicka(2017)Waiting for Jobs,Working Paper, No. 348, Indian Council for Research on International Eco- nomic Relations(ICRIER).
Labour Bureau, Ministry of Labour & Employment(2016)Report on Fifth Annual Employment-Unemployment Survey
(2015–16).
Ministry of Finance(2015)Economic Survey 2014–15, 2 vols.
―(2016)Economic Survey 2015–16, 2 vols.
―(2017)Economic Survey 2016–17, 2 vols.
National Institution for Transforming India(NITI)Aayog(2017a)Appraisal Document of Twelfth Five Year Plan 2012–17.
―(2017b)Ease of Doing Business: An Enterprise Survey of Indian States.
Pratham Education Foundation(2015)ASER 2014: Annual Status of Education Report: Main Findings.
Walker, Maurice(2011)PISA 2009 Plus Results: Performance of 15-year-olds in reading, mathematics and science for 10 additional participants, Australian Council for Educational Research〈http://reseach.acer.edu.au/pisa〉. World Bank Group(2018)Doing Business 2018: Reforming to Create Jobs〈www.worldbank.org〉.
また、Hindustan Times, Live Mint, The Economic Times, Business Line, Business Today, Business Standardなどの各 紙・各誌のホームページを参照した。
えしょ・ひでき 法政大学教授 [email protected]