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陶歯とメタルセラミック用の 長石系ポーセレン 陶歯とメタルセラミック用の 長石系ポーセレン
技術レポート 技術レポート
Vol. 2
Vol. 2
匠から科学へ、そして医学への融合
1. はじめに 2. 人工陶歯
3. ジャケットクラウン
4. 陶磁器におけるカリ長石とリューサイト結晶問題
5. メタル焼付け用「低融ポーセレン」
-Weinsteinらの発明 5.1 原料5.2 ポーセレン粉末の作製方法と物性 5.3 メタル用のポーセレン粉末とその特性
2 3 4 5
7 7 7 10
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目 次
図1 SiO2-Al2O3-K2O系相平衡 13)
SiO2
クリストバライト
石 英
リューサイト トリジマイト
カリ長石
ムライト
コランダム
(Al2O3) 六方
斜方
K A
B
E D
F
L
90
20 80
20 10
30
30 40
40 50
50 780℃
770℃
1000 1200 1400 1600
1040℃
976℃
60
60 70
70
60
50 1810°
40
30ムライト K2O・4SiO2
K2O・2SiO2
K2O・SiO2
カリ長石 KAlSi3O8
リューサイト KAlSi2O6
K2O・Al2O3・2SiO2
3Al2O3・2SiO2
Al2O3
K2O wt%
陶歯陶磁器
1. はじめに
2005年現在,歯牙の治療は人工歯,修復歯冠,インレーなどで行われているが,それらの主流は審 美修復である.従来の人工陶歯は生体安全性や耐用性に優れていたが,その連結の手段と強度に問題が あり,現在では義床材との接合が容易な硬質レジン歯又はメタアクリル系レジン歯に変わっている.
審美修復歯冠はセラミックとレジンによって行われている.両材料ともメタル製のフレーム上に築 盛し,焼成あるいは重合により修復物を作製している.我が国における審美修復歯冠に限った場合,
通常の硬質レジン(保険適用)とハイブリッドレジンタイプ(非保険)の合計(本数)が約70%
で,セラミックタイプは約30%に過ぎない.しかし,欧米では,セラミックタイプが90%以上で,
レジンはほとんど使用されていない.セラミックタイプは,生体安全性と変色,摩耗,溶解などで耐 用性に優れているが,その修復歯冠作製に高温度焼成を要すること,及び我が国では非保険材料であ り高価なために使用率が低い.欧米では,摩耗性と重合収縮に基づくメタルフレームとの間の巨大な ひずみ応力がレジンタイプへの嫌疑とも考えられる.
以上のように,審美修復歯冠にはメタルセラミックシステムが世界的に汎用されている.これに使 用されるセラミック材は,人工陶歯に使用されていた長石系ポーセレン(磁質)に由来するが,画期 的な高熱膨張性-低融ポーセレンがWeinstein1,2)によって開発され,鋳造作業性(低融性)と高熱膨 張性のフレーム合金(Ni-Cr,Ni-Co,Au-Ag-Pd)との組み合わせにより,現在の隆盛に至った.
他方,リューサイト結晶に由来する高熱膨張性は,著者らの開発3,4)した「リューサイト質高熱膨 張性ガラスセラミックス」(日本特許No.748463号,特許出願1969.5.16)に始まる.その後 変遷5,6)があったものの,この度の高性能セラミックスの開発7-9)(米国特許No.6797048号,日本特 許 特開2001-192262,出願2000.1.7)でほぼ完成を見た.
以上における長石系の陶歯からリューサイト系高熱膨張性ガラスセラミックスに至る経過は,
「Dental Ceramics」の国際シンポジュウムにおいてBinns10)(第1回,1983年)及びJones11)(第4 回,1985年)によって詳述されている.以下にその経過の概略を紹介する.
2. 人工陶歯
欠損歯の治療に天然歯の外観再現は早くから課題であった.つまり,咀嚼などに耐える摩耗と機械 的強度と共に半透明性と色調が求められた.他方,長石系の陶磁器製品は,半透明性,且つ表面光沢 を持ち,顔料の添加で着色できる.この長石系陶磁器による人工陶歯の作製は,18世紀の終わり頃 と言われている10).
代表的な陶歯用の原料配合例を下記する.
カリ長石 70~80%
石英 10~30 カオリン(粘土) 0~3 顔料 0.1~5
カリ長石粉末に少量の粘土,石英粉末,顔料及び有機物を混練してペースト状とし,金型成形―乾 燥―真空焼成により陶歯が造られる.この焼成において,先ず長石はガラス化し,石英粒子はガラス に溶解するが若干の粒子は残留し,粘土の一部はムライト(Al2O3・2SiO2)化する.生成ムライト 量と残留石英量が増大するとガラス化体の透明性が減少する.つまり,一般の陶磁器は,粘土(カオ リン鉱物など)が最も多く,石英と少量のカリ長石の配合によってによって造られ,生成ムライト量 と残留石英量が多いために照射光が散乱反射して白濁体となっている.
図1は,セラミックスにおいて重要なSiO2-Al2O3-K2O系相平衡13)を示したものである.カリ長石
【脚注】Porcelainは,本来熔化(ガラス化)が進んでおり,緻密組織で半透光性を示す磁質を指し,不透明で吸水性 のために施釉した陶質(earthenware)と区別されていた.従って,欧米では,dentalporcelain(磁質歯)であり,メタ ルセラミック用の粉末についてもporcelain powder(磁質粉末)と呼称している.我が国で慣用されている「陶材」
は,陶歯を造る粉末材から来たのであろうが,陶歯が誤りで,dental porcelainは磁質歯であり,「陶材」は「磁質 材」と呼称するとはっきりする.JISはメタルセラミックと規定しているので,セラミックを使用すべきと考えるが,
本稿は陶歯から長石系ポーセレンに至る歴史的経過を記したものであり,その元本との忠実性からポーセレンを使用す る.
ついでながら,セラミックス(窯業材料)は,元来「窯,現代では炉」の中で焼かれたものの意で,陶器,磁器,ガ ラス,セメント,レンガ,・・・・・・が含まれる.最近になって,これらセラミックスに従来からの耐熱性,耐食 性,機械的強度に加えて,エレクトロニクス,ホトニクス,マグネテック,イオニクス・・・・・等の機能が発現さ れ,注目されてきた.
また,ガラスセラミックスは慣用語となっている.ガラス(非晶質体)を結晶化して磁質化(主として不透明化)し たものであり,ガラスが元々セラミックスの範疇であることと違和感がある.
陶磁器は粘土鉱物と石英を主原料とするが,80wt%内外のガラス相を含んでいる12).つまり天然原料を混合し成形 して焼成により磁質化,つまりガラス化を進行させたものである.
― 2 ― ― 3 ―
陶歯とメタルセラミック用の長石系ポーセレン
山本貴金属地金株式会社 工 学 博 士 星 川 武
表1 ジャケットクラウン用ポーセレンの基本組成例 10)
図2 KAlSi2O6-SiO2系の相平衡図 14) の理論組成(KAlSi3O8)はF点に,またリューサイト結晶の理論組成(KAlSi2O6)はL点に対応する.先
に述べたように,陶歯はその大部分がカリ長石で,少量の粘土(カオリン:Al2O3・SiO2・2H2O)と 石英(SiO2)が添加された原料配合から造られる.従って陶歯の組成域(図中青)は,一般の陶磁器 の組成域(図中黄)よりリューサイト結晶生成領域に近くて熔化(ガラス化=半透明性)し易く,ま たムライト組成からずいぶんと離れているので,ムライト結晶が生成し難いものである.なお,陶歯 の組成がリューサイト領域に近いが,後述するように原料粉末の混合-焼成と言う陶磁器製造工程下 ではリューサイト結晶は生成しないものなのである.
以上,陶磁器に使用される粉末原料は何れも天然産であり,その構成する成分の含有率がまちまち であるために,できあがる陶磁器の組成と物性もまちまちであるのが通例である.
3. ジャケットクラウン
金属製前装歯冠はその外観の不自然さが課題となり,着色ポーセレンを焼成したジャケットクラウ ンが1880年頃出現した.
表1は,ジャケットクラウン用のポーセレン基本組成10)を示したものである.
当初のジャケットクラウンは,長石系の陶歯材(porcelain)を粉砕し,着色顔料を添加して用いたも ので,高融タイプであったようである.つまり,Pt又はPt-In箔で歯形を造り,その上部にポーセレ ン粉末を塗布・築盛し,真空焼成して作製した.天然歯に見られる半透明性には,残留石英粒子と気 泡の除去が要件となる.しかしながら,脱泡(=透明性)に必要な真空焼成を高温(1250~
1300℃)で行うことが困難で,高融ポーセレンによるジャケットクラウンは汎用されるに至らな かった.
そこで,ソーダ長石(NaAlSi3O8)やフラックス成分(CaO,ZnO,B2O3)の添加が行われ,
1250~1300℃から900~980℃への低融化が図られた.表1に示した中融,低融ポーセレンは,共 に半透明性を示し,審美性に優れたジャケットクラウンが得られるが,それらの熱膨張係数は8ppm
/℃以下である.これら低熱膨張性のポーセレンに適応できるメタルは,高Pt合金に限られ,この 種の合金は高価で鋳造性に難がある.さらに,このシステムによるジャケットクラウンは,貴金属泊 による裏打ちに過ぎず,機械的強度に課題が残った.これらの機械的強度は,貴金属箔に換えて,肉 厚の鋳造フレームを用いると改善できる.しかしながら,ポーセレンとメタルとの良好な熔着は,メ タルの熱膨張係数がポーセレンの係数より0.1~0.5ppm/℃程度大きい場合に得られるのであって,
表1に示した低膨張性のポーセレンに適応できるメタルは開発されなかった.従来から,Ni-Co,
Ni-Cr,Au-Ag-Pd合金は安全性と鋳造性から歯科用に汎用されているが,熱膨張係数は何れも約 14ppm/℃と大きく,表1のポーセレンは適用できない.
つまり,フレーム用メタルには低融性と低膨張性が求められたが,困難であった.他方,ポーセレ ンにおいて,安全性,透明性に加えて低融性且つ高熱膨張性を解決出来れば,審美性と実用性を併せ 持つ歯冠修復が期待されることとなった.
4. 陶磁器におけるカリ長石とリューサイト結晶問題
前記,陶歯及びジャケットクラウンの項で述べたように,カリ長石は古くから陶磁器原料として汎 用されて来たという経緯がある.
図2は,KAlSiO2O6-SiO2系の相平衡図14)である.左端はリューサイト結晶組成であり,右端はシ リカである.図中,F 組成はカリ長石の理論組成(KAlSi3O8)を示し,この組成は1530℃が液相温 度で,1530~1150℃間はリューサイト結晶と液相の共存域,1150℃以下ではカリ長石が共晶するこ とを示している.ここで,理論組成のカリ長石を1200℃で長時間保持するとリューサイト結晶が析 出し,その析出の最大値は図中のb/aで示され,44wt%となる.そのとき共存する液相は56wt%
で,その組成は図中 F'点で示され,8.56 SiO2・Al2O3・K2Oである.平衡図によると,F'点から E点に至る組成は約1000~1150℃においてカリ長石が晶出することを示している.しかし,高粘性 であるために,長石の晶出には実に10~21日を要し,実質的に析出しないと見なせるものなのであ る.
呼称 高融 中融 低融
(℃)
焼成温度 成分(%)
1250~1300 1060~1100 900~980
(ppm/℃)
熱膨張係数
7~8 6~8 5.5~7 SiO2
70.6 63.7 67.3
Al2O3
17.7 19.5 10.8
K2O 9.4 8.2 7.9
Na2O 2.8 2.2 4.6
CaO
2.2
B2O3
8.8
MgO CeO2
1800
1600
1400
1200
1000
800 20 40 60 80
温 度(℃)
1685℃
a F’
b
E 液相 1150℃
1713℃
1470℃
990℃
リューサイト
(KAlSi2O6) + 液相
トリジマイト + 液相 クリストバライト
(SiO2) + 液相
リューサイト
(KAlSi2O6) シリカ
(SiO2) リューサイト
+ カリ長石
カリ長石 + 液相
カリ長石
wt%
カリ長石 + トリジマイト
(KAlSi3O8) (SiO2)
5. メタル焼付け用「低融ポーセレン」
-Weinsteinらの発明1,2)メタルポーセレンの本格的な発展は,Weinsteinら(1962年特許出願,パーマデント社)による高 熱膨張性の低融ポーセレンの発明に始まると言っても過言ではないであろう.その製造システムの ベースは,従来からの長石系ポーセレンを詳細に研究した結果であると見なせる.即ち、カリウムを 多く含む長石の溶融で得られるガラス状物質の熱膨張係数は、その組成の加成則から求めた係数より はるかに大きな係数を示すと言われおり16,17),Weinsteinらはこの高熱膨張現象を発展させたものと考 えられた。
この低融ポーセレンを用いたメタル焼付け修復歯冠システムは,先ず米国で広まり,我が国へは1964 年に持ち込まれている.現在(2005年)も全世界のポーセレンの過半がこのシステムによって製造さ れていると考えられる.以上のように,Weinsteinらの仕事は,リューサイト結晶に言及していない が,実質的にリューサイト系ポーセレンを創製した価値ある内容であるので,以下に詳しく述べる.
5.1 原料
原料粉末の種類と組成を表3に示した.表中のカリ長石は,天然産としては最高品位のカリ長石 で,ソーダ長石を16.17%と正カリ長石 83%から成っている.さきのカリ長石とリューサイト結晶の 項で述べたように,カリ長石については,単なる加熱によってリューサイト結晶は実質的に析出しな いものである.フリット(1)は,K2O成分を多く含み,熱膨張係数の増大(=リューサイト結晶量 の増大)を目的としていると推測できる.炭酸リチウム(=Li2O成分)は,融点を下げるフラックス の役割とカリ長石からリューサイト結晶への固相反応を促進する鉱化剤(mineralizer)としても作用 する.フリット(2)はNa2O成分を多量に含み,融点を下げるフラックスの役割である.
5.2 ポーセレン粉末の作製方法と物性
図3は,ポーセレン粉末の作製手順を示したものである。
表2 天然原料としてのカリ長石の組成
成 分 (%) 名 称(産地)
石川(福島県)
三雲(滋賀県)
インド長石 カリ長石の理論値 インドソーダ長石
備 考 浜野先生15)が実験に使用 カリ及びソーダ長石,石英 微斜長石
正長石 Fe2O3
0.16 0.09 0.08 0 0.13 MgO 0.53
0.06 0.03 0.01 0 CaO 0.28 0.12 0.24 0 0.81 Na2O 4.29 3.08 2.03 0 11.1 K2O 9.8 6.31 13.1 16.9 0.16 Al2O3
19.5 14.1 18.3 18.4 19.8 SiO2
64.7 74.7 65.5 65.8 66.9
表3 原料粉末の組成
カリ長石 シリカ フリット(1)
フリット(2)
炭酸リチウム
原料 SiO2
65.6 100 50 70.0
-
18.4
7 5 - - Al2O3
13.2
20 -
- - K2O
2.6
8 16.5
-
- Na2O
0.1
10 5
-
- CaO
0.1
5 3.5
-
- MgO
40.4 - - - - Li2O 成 分(%)
カリ長石粉末
K2Oリッチフリット粉末 又はLi2CO3
カリ長石粉末
混合 ガラス化 ガラス化
粉砕 粉砕 混合
Na2Oリッチフリット粉末
高熱膨張性 ポーセレン粉末
低熱膨張性 ポーセレン粉末
混合 製品
ポーセレン粉末 顔料
図3 ポーセレン粉末の作製手順 即ち,「陶磁器には必ずカリ長石が使用されること,並びにカリ長石組成物は陶磁器の焼成温度域
(1000~1300℃)においてリューサイト結晶が析出する」ことから,実際の陶磁器においてリュー サイト結晶の生成が問題となった.
つまり,陶磁器―長石―リューサイト結晶の生成は元来連動した関係にある.陶磁器研究の権威で ある浜野先生15)は,この問題について詳細な研究を行い,「カリ長石溶融物は,1100~1450℃(相 平衡上リューサイト結晶が析出する温度域)における粘度が非常に大きく,リューサイトの結晶核と その成長が極めて小さいので,リューサイト結晶の生成は観測されない」と結論されている.さら に,先に述べたように,実際の長石系ポーセレンには石英と粘土が加えられており,従ってリューサ イト生成域から遠く離れた組成となっているので,リューサイト結晶に加えてカリ長石の析出も起こ らないものとされている.
浜野先生が実験に使用した石川(福島県)カリ長石の分析値を表2に示した.石川と同様に我が国 の代表的な三雲カリ長石の分析値も併記した.石川カリ長石はK2O含有率が約10%で,理論組成の K2O含有率16.9%より大幅に小さい.又,何れの天然カリ長石にもNa2O成分が含まれており,ソー ダ長石を固溶したものとなっている.表2に,世界的に高準度とされているインドカリ長石の分析値 を併記した.Al2O3含有率は18.3wt%で,理論値に近似するが,Na2O成分を2.03wt%,即ちソーダ長 石を約20%固溶していることに対応する.同様に石川カリ長石は約40%のソーダ長石を固溶したも のである.他方,三雲は,長石と約33wt%の石英が混合されたもので,その長石には40%のソーダ 長石が固溶していると見られる.以上のように,一言にカリ長石と言ってもその組成はまちまちであ る.換言すると,天然のカリ長石は純粋カリ長石にソーダ長石そして/又は石英が混合された組成で あり,リューサイトの理論組成(KAlSi2O6)から遠く離れた組成であるので,陶磁器の焼成温度約 1200~1300℃で加熱してもリューサイト結晶が析出しない.さらに,図2から明らかなように,低 融ポーセレンの焼成温度である900℃前後の温度は長石が安定相であり,リューサイト結晶の析出は 考えにくい.現在汎用されている低融陶材(焼成温度900~950℃)におけるリューサイト結晶の存 在は,別項で後述する著者らの研究成果3, 4)によるものである.
― 6 ― ― 7 ―
表4 ポーセレン粉末の作製方法
表5 ポーセレン粉末の組成と物性
図4 カリ長石(KAlSi3O8)-ソーダ長石(NaAlSi3O8)系相平衡5)
ポーセレン 粉末
No.1
原料粉末の種類 ガラス化焼成
2
2
2
2
2
2 時間(hr)
混合率(wt%)
No.2
No.3
No.4
No.5
No.6
1316
1204
1204
1204
1204 温度(℃)
85 1316
75
50
95
30 カリ長石
カリ長石
カリ長石
カリ長石
カリ長石 90 カリ長石
15
25
50
5
70 シリカ
フリット(1)
フリット(2)
炭酸リチウム
フリット(2)
5 フリット(1)
-
-
-
-
-
-
-
-
- 炭酸リチウム
5
-
1600
1400
1200
1000
20 40 60 80
(℃)
リューサイト: KAlSi2O6
KAlSi3O8
長石 : K-Na 長石
リューサイト
+ 液相
液相
長石
カリ長石 (mol%)
NaAlSi3O8
ソーダ長石
1150±20° a 1118 ±3°
b Fw
長石
+ 液相
リューサイト
+ 長石
SiO2
63.4 73.50
67.8 64.3 63.4 68.7
成 分(%)
14.19 10.00 6.6 12.9 13.3 3.96 K2O
1.50 0.25 2.55 0.11 0.35 3.53 CaO
0.80 0.10 1.8 0.11 0.35 2.48 MgO
1093 1316 899 982 899 982 融点
(℃)
3.41 1.75 9.55 2.5 2.84 12.33
Na2O 16.70
14.40 11.7 18.1 17.45
9.02 Al2O3
ポーセレン 粉末 No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6
17 8.5
17 17 85 熱膨張係数
(ppm/℃)
- 2
2.06 Li2O
-
-
-
-
表3に示したカリ長石にフリット類の粉末を混合し,高温でガラス化(陶磁器的には熔化=磁質 化)し,冷却後粉砕してポーセレン粉末とする.原料粉末の配合とガラス化の焼成条件を表4に示し た.
表4から明らかなように,ポーセレン粉末の主原料はカリ長石である.又,ガラス化焼成温度は 1204~1316℃と高温で陶磁器焼成温度に近似する.これらの原料配合と焼成で得られたポーセレン の組成と物性を表5に示した.
表5から,ポーセレン粉末No.1, 4及び5は大きな熱膨張係数(=17ppm/℃)を有していること が判る.他方、ポーセレン粉末No.2,3及び6は何れも8.5ppm/℃前後の熱膨張係数を示している.
従って,前者の高熱膨張性ポーセレン粉末に後者の低熱膨張性粉末を配合することによって,熱膨張 係数が8.5ppm/℃から17ppm/℃の範囲のポーセレンを自由に調整できる優れものである. 前者 の高熱膨張性ポーセレンNo.1,4及び5はカリ長石粉末を85wt%以上含んでいる.このカリ長石は,
先に述べたように16wt%(約18mol%)のソーダ長石を固溶している.この組成をカリ長石
(KAlSi3O8)-ソーダ長石(NaAlSi3O8)系相平衡18)に適応すると図4が得られる.
図4の左端はカリ長石の理論組成で,この理論組成の液相温度は1530℃で,1200℃における リューサイト結晶の最大析出量は先に述べたように44wt%である.カリ長石へのソーダ長石の固溶量 の増加とともに液相温度が降下し,固溶量が約50mol%においてリューサイト結晶の生成が起こらず 液相温度も約1100℃に低下する.図4中,Fwの組成は表1に示したWeinsteinらが使用したカリ長石 組成に対応する.従って,Fw組成のカリ長石を1200℃で保持すると,リューサイト結晶が24wt%
(=(a/b)×44wt%)析出することになる.
つまり,Weinsteinらは,その特許において高熱膨張性の原因及びリューサイト結晶に関して何ら の記述もしていない.しかし,高熱膨張性のポーセレンNo.1,4及び5は,1200~1300℃でガラス 化処理を行っており,それらに使用したカリ長石(組成Fw)を図4中のリューサイト結晶生成領域 で熱処理を行っている.又低熱膨張性のポーセレンNo.2,3及び6は,カリ長石(組成Fw)にNa2O 成分の多いフリットを添加しており,1200~1300℃でのガラス化処理によってその全てが液相化
(ガラス化)されていることを示している.
なお,フリット(1)はK2O成分を多量に含み,このフリットのカリ長石への添加はリューサイト 結晶の析出量の増大をもたらすことは容易に推察できる.他方,Li2O成分は,先に述べたように,鉱 化剤(触媒的作用)としての役割は容易に推察できるが,リューサイト結晶生成に与える影響19-21)は 複雑で,別項で詳述する.
図5 低融点ポーセレンの模式図
899℃で焼結後の状態 粉末を充填した状態
表6 ポーセレンの組成と物性 ポーセレン
の種類
高融点
中融点
低融点
ポーセレン粉末の No.
混合率(wt%)
成 分(%)
Al2O3
15.55
15
14.1 K2O
12.10
9.3
9.55 Na2O
2.55
6
6.46 CaO
0.90
1
1.8
MgO
0.5
1
1.2 Li2O
-
-
1.2
融点
(℃)
1149
954
899
熱膨張係数
(ppm/℃)
12.5
14
13 SiO2
68.45
65.7
65.5 No.1
50
50
60 No.3
No.5
50
50
40 No.2
No.4
No.6
No.5
融点:899℃ No.6 融点:982℃
No.5
No.6 5.3 メタル用のポーセレン粉末とその特性
Weinsteinらが例示したメタル用のポーセレンにつき,その粉末配合と物性を表6に示した.表6 の配合はほんの数例であるが,先に述べたように,表5のポーセレン粉末の配合率を調節すること で,熱膨張係数が8.5~17ppm/℃の範囲内のポーセレンを自由に調製できるものである.従って、
Pd-Ru合金(熱膨張係数=15.2ppm/℃)やCo-Cr合金(熱膨張係数=16.5ppm/℃)などの高熱膨張性 の歯科用合金に対して,その熔着被覆ポーセレンとして使用できる.
表6に示した低融点ポーセレン(熱膨張係数:13ppm/℃,融点:899℃)は,表5に示した高熱 膨張性の粉末No.5(熱膨張係数:17ppm/℃,融点:899℃)と低熱膨張性の粉末No.6(熱膨張係 数:8.5ppm/℃,融点:982℃)を混合したものである.両粉末の混合比率が50wt%につき,粉末 の充填並びに焼成体の状態を図5に示した.
図5に示した焼成体の模式図のように,高融点粉末(融点:982℃)は,899℃での焼成によって 融解が起こらず,元の粉末の形状が保持される.つまり,低膨張性粒子を高膨張性のマトリックス
(引っ張り応力下)が取囲んだ状態で,マトリックス部位に微少クラックの発生とそれによる機械的 強度の低下が推測される.
さらに,この低融点ポーセレンには,①焼成温度(899℃)が元の粉末作製の焼成温度(1204℃)
と異なる,②熱膨張係数が異なる粉末の混合体である.③先に述べたように融点が異なる粉末の混合 体であるなどの疑問点が考えられた.即ち,両粉末間の反応や焼成温度(899℃)が元の粉末作製の 焼成温度(1204℃)より低いことによる長石化など,元の粉末の熱膨張係数の変動を指摘できた.
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《参考文献》
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編集者 安楽 照男 発行者 山本 隆彦
印刷所 株式会社 ウラノ 大阪 発行年月日 2009年2月25日
《技術レポート 既刊》
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Vol.2 陶歯とメタルセラミック用の長石系ポーセレン(2004年12月)
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