高齢者顔面における常在真菌マラセチアのフローラ
―脂漏性角化症との関連について 伴 野 朋 裕
筑波大学人間総合科学研究科、六町皮フ科クリニック
目的・背景
脂漏性角化症(老人性いぼ)は黒褐色のいぼ状外観のため老人様顔貌の象徴と もなっているが、脂漏性角化症を予防ないし治療したいと希望する高齢者は少な くない。最近、脂漏部位のマラセチア( )族がアトピー性皮膚炎や脂 漏性皮膚炎の増悪因子であることが明らかとなってきた。本研究では、脂漏部位 において脂漏性角化症が多発することに着目し、高齢者の顔面におけるマラセチ ア族のフローラを rRNA 遺伝子解析によってタイピング(菌相解析)するとともに、
老人の顔面にみられる脂漏性角化症とマラセチア族の関連を調
べた。また、DNA マイクロアレイを用いてマラセチアと共培養したケラチノサイト の転写プロファイリングを行った。
顔面片側に脂漏性角化症が6個以上多発する60歳以上の男女 17 名を対象とし た。対照群として60歳以上であるが顔面に脂漏性角化症が少ない 17 名に協力い ただいた。顔面頬部生え際付近から滅菌シールにより皮膚表層の常在真菌を採取 してDNAを抽出した。現在まで知られている11種のマラセチアのうち動物の みに検出される と を除く9種のマラセチアについて、
r R N A 遺 伝 子 の I G S ( intergenic spacer ) あ る い は I T S (internal transcribed spacer)領域に設計した各種マラセチアに特異的なプライマーを用い て nested PCRを行った。
結果・考察
脂漏性角化症が多発している高齢者からは と が検出され ることが多かった。しかし、対照群にあっても入院患者の場合は な いし が検出される率が高く、その要因を検討していくうちにこのふた つの菌種については、年齢、洗顔の頻度、石鹸使用の有無が重要な因子であるこ とが示唆された。顔面に両菌種が検出されるのはほとんどが 70 歳以上であり、洗 顔の頻度が低く、洗顔の際に石鹸を用いない場合が多かった。
DNA マイ ク ロ アレ イ によ る 解析 に は菌 量 が 優位 で ある こ とを 考 慮して を選択した。 とヒト正常ケラチノサイトを 24 時間共培養 し 、 ケ ラ チ ノ サ イ ト の 遺 伝 子 発 現 を 転 写 プ ロ ファ イ リ ン グ し た と こ ろ 、
感染ケラチノサイトは細胞周期関連遺伝子や DNA 合成に関わる遺伝子 Malassezia
M. pachydermatitis M. nana
M. slooffiae M. obtusa
M. slooffiae M. obtusa
M.
slooffiae M. slooffiae
M.
slooffiae
の発現をいっせいに増加させた。一方、細胞周期抑制性分子の発現は低下した。
どちらの変化もケラチノサイトを増殖性にするものと思われる。ケラチノサイト の角化関連遺伝子群は発現増強した。一方、主に基底層のケラチノサイトが産生 するコラーゲンなどの細胞外マトリックスは発現低下した。各種ケモカインや炎 症性サイトカインであるインターロイキン 1 や TNFα、およびインターフェロン 関連遺伝子の発現が増加した。脂質代謝に関する遺伝子は発現増強した。特に角 化にともなう細胞間脂質の産生に関連した分子の発現増加が特徴的であった。脂 質要求性の高いマラセチア族にとっては、脂質を豊富に含む角層は格好の棲家と なる。 はケラチノサイトの遺伝子発現変化を介して表皮増殖、角化、
脂質代謝のすべてを亢進させることで自らの生育環境を有利に導いているのかも しれない。
以上の結果から がフローラの優位菌種となってその状態が長期に わたって持続した場合は、表皮の増殖と角化が同時に亢進する腫瘍である脂漏性 角化症の発生に結びついていく可能性が示唆された。もしそうであれば石鹸を用 いた洗顔の励行や抗真菌成分の外用により脂漏性角化症の発生を予防できるかも しれない。
M. slooffiae
M. slooffiae