巾上健次﹃鳳仙花﹄
論1︿賂地﹀
の風景と風仙花
中根 隆行
はじめに 榊鳳仙花﹄は、一九七九年︵昭和五四年一四月一五日から半年に渡り﹁東京新聞﹂に連載された長編小説である。中上 健次の作品群のなかで新聞小説として編まれた小説は、 門鳳仙花﹄と九一年﹁朝日新聞﹂に連載された門軽蔑﹄の二作品 がある。 門鳳仙花﹄は、一方で秋幸三部作、他方で﹃千年の愉楽﹄という、申上健次の代表作が次々に発表されてゆくこ の時期にあって、現在あまつ論じられることのない小説である。一−一その理由としては、発表メディアが新聞であること、 設定された主人公がフサという女性であることの二点が挙げられるだろう。しかし、これまでの中上研究が、たとえば、 秋幸三部作と﹃千年の愉楽﹄を彼の残した作品の中心に据えるのであれば、それらの作品が次々に紡がれていった中期と 呼ぶしかないこの時期に、中上健次がどのように小説を書いていったのかという軌跡をこそ省みるべきではないだろうか。 一2一 そこで、中上作品の文学的凪土の温床でもあるく路地Vという場について考えてみたい。 ﹃地の果て 至上の時﹄を発 表してまもなくの八四年、中上健次は、 ﹃鳳仙花﹄を秋圭二部作とともに配列し、 ﹁これらの作品群はたえずなにかを発 見してゆく過程しであったと述べている。 同鳳仙花﹄で見いだされたのは﹁それまで傍役だった母親フサの一生﹂なのだ が、﹁人物とかできごとの価値をたえず発見してゆく過程﹂とは、旧来の﹁価値﹂を相対化しその都度乗り越えてゆく﹁過 程﹂でもある。もちろん、この言葉が、テーマ・登場人物といった周知の事項のみならず、その言説空間をも射程として 捉えられているのは、 ﹁物語の機能じたいを自覚したのは、 一中略一﹃鳳仙花﹄のときだ﹂ったという発一一吝からして正鵠を 射ているだろう。一3一﹁物語の機能﹂を、つぶさに︿路地﹀の機能と置き換えてみるならば、﹃千年の愉楽﹄を待たずとも、︿路地﹀の構築が門枯木灘﹄から門鳳仙花﹄への展開をもってなされていったことも明らかではないだろうか。 ﹃鳳仙花﹄という小説をく路地Vの構築という観点から論じるものである。 ︵肯阿ま、 オ禾−岳 一、水仙と鳳仙花、 そして夏芙蓉の香り 物語内容の時問軸に従えば、やがて作家の作品群においてもっとも代表的な人物となる秋幸の、その母フサの半生を編 年体で猫く門鳳仙花阻は、英雄誕生講としてだけでなく、家系年代小説の一代記として、また昭和という時代の激動期を 描いたものとしても、もっともオーソドックスな小説形態をとっているのだといえよう。なるほど物語の随所には、 ﹁満 州事変﹂、﹁盧溝橋事件﹂、﹁真珠湾攻撃﹂といった、昭和史にそのまま準えられるような世相が散りばめられている。一4一 く賂地Vの歴史というのであれば、この世界のネガティヴな側面を体現している佐倉の存在も、大逆事件という歴史的な 事件を背後にして描かれもいる。しかし、﹃鳳仙花﹄において指摘したい事項は、秋幸の母なるフサの物語が、珊枯木灘﹄ の後にいかにして綴られているかということである。そこで、 ﹃鳳仙花蜴の冒頭を引用してみたい。この場面は、フサの 誕生旦二月七日の四日前である。この三月三日という日付は、 珊岬㌧枯木灘﹄において幾度なく記されていた、フサが最 初に生むことになる子、西村郁男が二十四歳で白殺する□付でもある。 一199一 紀州の海はきまって三月に入るときらきらと輝き、それが一而に雪をふリまいたように兇えた。フサはその三月の海をどの季節の海よ りも好きだった。三月は特別な月だった。海からの逆を入ってフサの家からすぐそばにある寺の梅が咲ききり、溢い日を受けて桜がい まにも破けそうに蕾をふくらませる頃、フサがいつも使い走りにする度に眼にする石垣の脇には、水仙の花が咲いている。今年もそう だった。その水仙の花を兇つけた時、近所の湯屋の内儀から﹁はよ走って行って来てくれ﹂と喬いつけられた小閥使いを忘れて、 のを止め、屑で息をしながらしばらく見つめていた。その内い花弁の清楚な花が口にあたっているのをみつめていると、腕の辺りが締 めつけられて切なくなリ、涙さえ山た。 O09 刊鳳仙花﹄ は、 昭和六年三月三日、フサが十五になる年の古座から始まる。 この数行からも明らかなように、まだ、 一汁 莱
宮の佐倉に奉公に出る前のフサの隠楡として作用しているのは﹁白い花弁の清楚な花し、水仙であり、この﹁、石垣の脇﹂に 咲いている水仙の白を間近なものとして導いてくるのは、雪景に準えられる﹁きらきらと﹂光輝く眩い古座の海なのであ る。この美しい場面が、すべて視覚によって描写されている点にも注目したいのだが、フサがまだ生まれ故郷の古座で母 トミと暮らしている時点では、水仙がフサの隠楡として働いていることを強調しておく。母のトミの不倫の子として、他 の兄姉の誰とも容貌がそぐわないフサの造型は、もうすでにその行末が暗示されるものの、 ﹁近所の誰よリも色が白く、 目鼻立ちの整った器量よし﹂の彼女には、水仙の花によって示唆されるように、その暗い影はまだふりかかってはいない。 ただ、 ﹁自い花弁の清楚な﹂水仙の花や﹁きらきらと輝き﹂﹁雪をふりまいたよう﹂な海によって代表される自とは対照的 に、フサの兄吉広から贈られた﹁緋色の和櫛しが、主導的な色彩のなかにあってこそ、その色を際立たせているといって もよいかもしれない。 では、吉広からもらった﹁緋色の和櫛﹂は何を示唆するのであろうか。いうまでもなく、それは表趣ともなっている鳳 仙花である。鳳仙花がはじめて登場するのは、吉広の口利きから新宮の佐倉で女中として奉公しはじめてからまもなくの、 フサが初潮を終えた頃である。︵5︶ ムm所に引き返そうとしてふと塀の脇に鳳仙花が一本丈低く生え、三つほど花をひらいているのをフサは兇つけた。 スズに向かってその花弁でまだ子共の頃、母に凧を染めてもらった事があると箒おうとした。ふとフサは思った。ミツはあんなにきら って悪□一を一一一、口っている木馬引きを、好きで、恋しいと思っているのかもしれなかった。フサは胸がしめつけられ息苦しくなった。フサ は熾を思った。フサが四歳の頃の母の齢と、今のミツの齢格好は似ている。そうなら、その時の母も、恋をするのに遅すぎる齢ではな かった。古座の家の前に生えたその花の花弁を集め、指でつぷし、フサの小さい爪に塗る。爪は薄い桃色に染まった。母はフサを孕ら ませたその錫、フサの男親を、憎いとまだ思っていたのだろうか。フサの努糊には妻子がいた。その男が孕ました子供であるフサに鳳 仙花の赤い花弁で爪を染めながら、何を考えていたのか、母の気持を知りたかった。井戸の水を汲みながら、フサは新寓に来ては じめてつらいと思った。 066 この引用文については四方田犬彦氏の言及がある。 ﹁台所へ向かう塀の脇という、 屋敷のなかで周縁的な空間に肉生す
る鳳仙花とは、まさにフサそのものに似た存在であるといえる。この植物は、母親から娘へと伝えられる性的なリビドー と、その結果生じる宿命的な物語を表象している。爪に染られた薄い桃色の液体は、この引用の直前に語られているフサ の初潮と連関しながら、時間を超えて継承できる女系の親和力を示し、主人公の前に男が硯れる日が遠くないことを予感 しているL一6一。鋭い指摘である。しかし、やがてフサの最初の夫となる西村勝一郎は、命名こそされないものの、すでに ﹁どことなく吉広に似ていたし一059︶若衆として登場している。フサが初潮の痛みを訴えたのは、勝一郎らしい若衆が いなくなった直後なのだ。そのとき、フサは痛む下腹部を抑えながら、故郷古座の石垣の脇に咲いていた水仙を思い浮か べながら、いまの時期なら、あの﹁水仙は咲き萎れ﹂、﹁桜が代わって満開かもしれな﹂いと想像するのである。 四方田氏の指摘に付け加えていえば、トミとフサの﹁宿命的な物語﹂とは、トミが不倫の子としてフサを孕んだ折、□口 の射さない土間の片隅で七ヶ月になるその腹に木層を打ちつけていた過去と、やがて、イバラの龍一浜村龍造一の子秋幸 を孕んだときのフサの心境を重ね合わせてのことである。フサが当時の母のことを知っているのは、児幸一郎がそのとき の母を目撃していたからであるが、まだ産声をあげてもいない当時の状況を、 ﹁フサはその光景を思い出す度にしと記さ れている点は、 門枯木灘﹄での出来事の表象形式と一致し、また﹁宿命的な物語を表象しするという四方田氏の指摘を裏 付けるものである。 しかし、確かに、鳳仙花がフサの半生の隠楡となっているのは事実であるのだが、 ﹁時閉を趨えて継承される女系の親 和力﹂は、ただの娘による母の反復ではない。問題なのは、母の物語を継承することによって、フサが﹁女系の親和力し をよリ強固なものとして構築してゆく一方で、鳳仙花が水仙の花を、そして、 ︿賂地Vが故郷古座の原風景を、どのよう に浸食してゆくのかという観点である。先に引用した鳳仙花登場の直前の、盆休みのために帰省したフサが、吉広と一緒 に遊んだ古座の夜の川口の場面において、 ︿路地﹀を表象する想像上の樹木、夏芙蓉の一語が書き記されている。
197一
筏に上がり、吉広は、 ﹁フサ、ここまで泳げるか?﹂と.どなった。その背広の声に誘われ、誰も兇ていないから一㎜だけ子供じみた娘 らしくない振る舞いをしようと、フサは漏れた服のまま水につかり、蒲物が足にまといつくのをかまいもせず泳いだ。川uから潮が満 ちているらしく、水に塩の昧がする。 親牛の千綱を背広が持ち、フサが仔牛を皿い立てた。漏れそぽったフサの髪が夏災蓉の喬よりも強く匂った。 064鳳舳花が、フサの半生の隠楡として、物語の展開に欠かせない草花として配置されているとすれば、果たして夏芙蓉と いう樹木は、どのような作用をこの物語に及ぼすのだろうか。吉広は、兄というだけでなく、フサの男性像の原型である。 その吉広に誘われて、盆のある夜、満ちた潮が河口にまで押し寄せてくる古座川の川辺で、着物のまま水に浸かリ、その 兄のもとまで泳いでい一﹂うとする十五のフサ。しかし、そんな﹁子供じみた娘らしくない振る舞い﹂が、八月の盆の夜の 出未事として郷愁を醸しだす以上に、また官能的でもあるのは、水遊びをして漏れてしまったフサの髪が﹁夏芙蓉の香よ リも強く匂った﹂という表現からである。 確かに、ここでの夏芙蓉は、実際、古座の風景としてそこに書き込まれたものではなく、漏れた髪の匂いがどれほど独 いのかを語るための比較の要素でしかない。だが、この﹁夏芙蓉の香﹂は、初潮を迎えた後のフサの、 ﹁一回だけの子供 じみた﹂行動とは相容れないシンボルとして働いている。引用部分の直前には、 ﹁水の匂いをかぎ、月の柔らかい光を映 した水面を見て﹂、吉広とともに泳いでみたいという﹁むずむず﹂とした気持ちとともに、すでに﹁古座から新宮へ奉公に 行く時のフサではな﹂いことが明記されている。また、水遊びをした二人が家に戻った後、 ﹁いつまでも子供と違うんや ど。もう月のものもある娘の身になってきたのを知らんのかしと母に言われ、フサは﹁白分の漏れた体からも髪からも差 かしさの炎が立ちのぽるような﹂気持ちを訴えることになるのだ。フサが川口で﹁夜の中で月の光を浴びた吉広だけを﹂ 見つめていた光景は、そのまま、月の光に照らされて、憧れる吉広のもとへ泳いでゆくフサのイメージに重ね含わされて いるのだ。いうまでもなく、ここでの夏芙蓉は、性の隠楡である。 つまり、フサをめぐる隠楡としての三つの植物は、純潔という花言葉をもつ水仙から、夏芙蓉を経て、そして鳳仙花と いう順序で登場している。それも、新宮から古座、そして新宮へという舞台の移動に絡めて、それぞれの花が配置されて いるのだ。加えて、古座での吉広との幻想的な水遊びの光景とともに何気なく付け加えられている夏芙蓉は、視覚描写で はなく、 ﹁夏芙蓉の香﹂という嗅覚描写であり、水の匂いの強烈さを示す比較項として用いられているのである。前述の 引用箇所で、実■際、夏芙蓉の香りが匂いたってくるという描写がなされないのは、フサがまだ︿賂地﹀の住人として登録 されていないからであろうか。 ここで整理しておきたいのは、フサの隠楡としての花が、水仙から鳳仙花に移行したこと、そして、その鳳仙花への移 行にともなって、 ︿賂地Vを表象する﹁夏芙蓉の香﹂が、漏れたフサの髪の官能性を示唆する語として書き込まれ、やが
てフサが︿路地﹀という場に引き寄せられてゆくことを暗示していることの二点である。新宮の佐倉で語られることにな る鳳仙花の花弁をつぶして幼いフサの爪に塗ってくれた母との思い出は、 ﹁女系の親和力﹂とともに、その思い出が古座 ではなく、新宮の佐倉で回想されるということ、すなわち、新宮でのフサの隠楡H鳳仙花が、生まれ故郷古座の思い出と して映写されているのだ。 二、 ︿路地﹀ の刻印、吉広から勝一郎へ 月明かりに照らされながら、身に纏いつく着物さえ気にかけずに兄のもとへと泳いでゆくフサ、そんな十五の夏の故郷 古座での出来事が指し示しているように、兄の吉広は、フサの理想の男性像として、彼女がめぐり逢う男惟たちの規範た りえる存在である。たとえば、フサの最初の夫となり、五人の子の父となる西村勝一郎は、﹁どことなく吉広に似ていた﹂ 若衆として、その固有名が明示されないまま物語に登場することになる。また、その勝一郎の死後に出逢うイバラの龍な る男性は、フサに先立って歩いてゆくその後ろ姿が﹁勝一郎にも吉広にも似ていない﹂ことが、逆に、彼女に﹁世帯を持 ち直して暮らしていけるかもしれない﹂という思いを抱かせることになるのだ。 第一節で述べたように、西村勝一郎は、フサが初潮を迎える直前に﹁どことなく吉広に似ていた﹂若衆として登場して いる。しかも、フサが﹁朝から下腹がしくしく痛んだ﹂その日は、 ﹁吉広が帰った次の日﹂なのである。だが、 ﹁朋輩﹂ という非常に親しい間柄で、一緒に北海道の夕張へ出稼ぎにいった仲だとはいうものの、﹃鳳仙花﹄では、吉広と勝一郎 は、一度とすら顔を合わせることはない。フサにふたりの関係が語られるのは、それぞれが口にする話を通じてだけであ る。物語のなかで、吉広と勝一郎は、微妙にすれ違うのみなのだ。しかも、彼らが似ていることは再三フサの眼を通して 語られるとはいうものの、どこがどう似ているのかについては明確にされてさえいない。では、勝一郎は、フサの前にど のように現れるのだろうか。以下、フサが佐倉の屋敷の塀の片隅で鳳仙花を見つけた後の引用である。 一195一 一瞬、フサは書広がそこにいるのだと思った。 フサを見ている若衆は吉広に似ていた。フサは眼をこらした。空いっぱいに広がった夕焼けの黄金と朱色の光を上半身微の体に浴びて、
若衆はフサにみつめられて息づきはじめたように、フサをみつめたまま井戸のポンブを片乎で抑す。朱色に浮かび上がった腕が動く。 井戸の水はあふれ出、若衆はそれでもフサから眼を離さずに水に直かに唇をつけて飲んだ。 一申賂一 ミツがその若衆に気づき勝手口から身を乗り出して声をかけると、若衆は笑みを浮かべた。 ﹁すりむいてしもたんじゃし その若衆の声まで吉広に似ているとフサほ思い、つられるように、笑みを浮かぺた。 069 勝一郎が再びフサの前に現れたこのとき、フサは、勝一郎が、 ﹁どことなく﹂ではなく、まるで﹁吉広がそこにいるし かと思えるほど瓜ふたつであると思っている。フサはそんな彼を凝視する。夕映えの景色や傾いたBが峰りそそぐ光とと もにフサの眼に映る勝一郎の肉体は、彼女に見つめられていることから、さらに﹁息づきはじめたように﹂躍動する。吉 広にそっくりだと記されているその事実が、あたかも上半身裸のまま井戸の水を汲む勝一郎の姿を、このうえもなく美し い男性像にしつらえているかのように。その果てには﹁すリむいてしもたんじゃ﹂という声まで﹁吉広に似て﹂しまう始 末なのである。 ﹁フサが先にその若衆を見つけたのか、若衆が、その辺リに縄を張っている若い者特有のめざとさで目にしたのか分か らない﹂というように、結局、どちらが見っめ、どちらが見っめられていたかは定かではないのだが、いずれにせよ、フ サの視線に映った勝一郎の姿は、彼女の脳裏にある吉広の残像を通して美化されてしまうのだ。ここでは、兄の残像と黄 昏どきの風景とが、相まって勝一郎の美化を肋長しているのである。 フサの男性像が、古座の兄吉広から勝一郎へと転換するのは、吉広の死が語られた直後からである。勝一郎の口から、 吉広と彼とが以前から﹁舳輩﹂であったことが告げられてまもなく、北海道に行く途巾の吉広が、新宮に立ち寄り、フサ に手を出そうしたことを白慢げに話した勝一郎を殴リ倒したことをフサに語る。その吉広には、勝一郎のことを﹁好かん わ﹂というものの、すでに、吉広と勝一郎の位置関係は、転換の前兆を呈しているといえるであろう。 そう言ってミツがまだ残っている花火を兇せた時、フサは一瞬、n分の乳班に概いて力をくわえた勝一郎の子を思い川した、 つけられた。茄かしさではなく後悔する気持ちが独かった。 一巾略一 胸がしめ
﹁フサちゃん、兇さんが来とる﹂ スズの声に流しで立ち働いていたフサが顔をあげ、非戸の脇に真顔で立った吉広を兇て、初めて︷分の気持ちがどうしてなのか分かっ た。沓広の顔をみつめると、沓広は乎招きする。脇に来たフサに、 ﹁ゴタゴタにしたたど﹂ ぷっきらぼうな怒ったような声だった。音広の耳の下に汚点のように血の跡があるのを児つけ、兄の許広が勝一郎に何か仕山かしたと 分った、背広も草むらを歩いてきたたようなにおいがした。 088 この吉広の体に漂う﹁草むらを歩いてきたようなにおい﹂に、何故﹁も﹂という助詞が付与されているのだろうか。海. 辺近くの川口に誘われた夜の﹁自分の乳房に置いて力を加えた勝一郎の手を思い出した﹂フサにとって、その夜の山来事 が﹁差かしさではなく後悔する気持ちが強かったしのは、吉広に対するフサの配慮からである。折しもちょうどそこに尋 ねてきた吉広を見て﹁初めて自分の気持ちがどうしてなのかと分かった﹂フサは、けれども、他方で、その吉広の匂いを、 勝一郎の体臭と比較して、 ﹁吉広も草むらを歩いてきたような匂いがしたしと語ってしまうのだ。 勝一郎の匂いとは、﹁芙蓉の葉をちぎったようなにおい﹂や﹁芙蓉のの葉のにおい﹂という形容をもって記されている。 それは、 ﹁遠くから革の生い茂った野原を歩いてここに立って、今フサの体をかき抱き髪を撫ぜおろし背巾を撫ぜおろし ている気﹂がしてしまうような匂いであった。 吉広が北海遭の炭鉱で事故死したという知らせが、フサの耳に屈くのはこの直後である。その吉広の形だけの葬儀に山 席するために、フサは、勝一郎とともに、吉座に帰郷することになる。もう二度と兄が戻ってくることのない故郷古座の 瓜景のなか、 ﹁川口の家﹂への道すがら、またもやフサは﹁勝一郎が吉広に似て優しいのを改めて﹂感じる。 一ユ93一 フサはい分の前を歩いている勝一郎が夏芙蓉の葉のようなにおいがしたのを思い山し、兇の★広も勝一郎もそんな日を受けた山から生 れ山たと思うのだった。光を椴ねて風に擬れるのを眼にしていると、また桃色の乳首がツンと張り、納のじゅぱんにこすれて揃くさえ なる。 099
吉広の亡きあとに、それまで﹁芙蓉の葉のにおい﹂としてしか記されていなっかた勝一郎の体臭が、ここでは﹁夏芙蓉 の葉のにおい﹂に転写されている。 ︿路地﹀を表象する樹木、夏芙蓉が、性の隠楡として作用していることはすでに触れ たが、それは、やはり﹁光を機ねて風に揺れるのを目にしている﹂フサに対して、甘美な匂いとして回帰し、彼女の嗅覚 に作用しているのだ。 この後、フサの吉広との思い出は、勝一郎とのそれに重ね合わされてゆくことになる。まず、古座から新宮に帰り着い たフサは、降り立った新宮駅から﹁吉広と行った臥龍山の際の杉革ぶきの家が並んだ路地﹂に向かう。それは、 ﹁見知っ ている者に会うかもしれないと思った﹂からであるが、まだく路地Vの主人と面識がないフサにとって、 ﹁見知っている 者﹂とは勝一郎以外に考えられまい。﹁勝一郎に出会ったのはその路地ではなく、佐倉にもどった次の臼だったし。そして、 フサが、 ﹁勝一郎と一緒に入ったのはいつか吉広と来た遊廓際のうどん屋だったしのである。勝一郎とフサが結ばれるの はその夜なのだ。 いまはじめてわかったように、勝一郎が吉広だった気がした。吉広が一瞬に味わった痛みが勝一郎の苦しげな重い体からフサの休に流 れ込む気がして、勝一郎の爆い胸板に涙の顔を擦り寄せ、アイヤ、アイヤ、とフサは声に出さずに呼んだ。 104−105 つまり、 ﹁勝一郎が吉広だった気がした﹂とは逆に、吉広が勝一郎に取り替えられたのだ。吉広に連れられてはじめて 新宮の町を歩いたように、フサは、兄との想い出をたどり﹁臥龍山の際の杉革ぶきの家が並んだ路地﹂に赴き、次に、勝 一郎と﹁いつか吉広と来た㌧うどん屋﹂で食事をとることになる。亡き兄との想い出の場所は、生きている勝一郎との想 い出として塗り替えられてゆくのである。そして、ついに、フサは﹁いつぞや吉広と通った山際へ曲がる道に来て﹂、その 先にある︿賂地﹀の勝一郎の家へと至ることになる。死んだ兄吉広とは登ることができなかった︿賂地﹀の山際へと続く 坂遭を、勝一郎とともに登るのである。その後、たとえば、フサが、初めて︿路地﹀の勝一郎の住む家に泊まったときに、 ﹁勝一郎の蒲団は夏芙蓉のようなにおいしがするのはいうまでもなく、ほどなく勝一郎の子を身ごもったフサが、再び勝 一郎と古座を訪れた折、 ﹁葉がすっかり落ちた夏芙蓉﹂が、海からの風に吹かれ梢を鳴らしているという描写がなされる のも、︿路地Vの住人としてフサが登録されたからである。︿路地﹀の重力は、古座の吉広から︿路地﹀の勝一郎への転
換を促し、フサを 至るのである。 ︿路地Vの住人として登録することで、 その表象のレヴェルにおいても、それ以外の場所を浸食するに 三、 ︿路地﹀の表象 これまで述べてきたように、﹃鳳仙花﹄は、フサが勝一郎と仰言をあげ、晴れてく路地Vの住人となる前に、水仙から、 夏芙蓉を経由して、鳳仙花へ、古座の吉広から、新宮の勝一郎へと、彼女白身の隠楡と男性像の転換を伴わせながら、フ サをく路地Vへと導いてきたのだといえる。 二月十七日に勝一郎の養父の家で祝言をあげ、フサはその日から賂地の家に住んだ。次の臼、まるで随分背からそうやって慕らしてい たように朝早く勝一郎は川仕寮に出かけた。それで、所在ないので日が舳てきてからその家の微の共同介戸にたらいを持ち込んで洗濯 をした。 ﹁・疋、わい茶一い嫁当﹂んやねL 脇地の女が金たらいをフサのそばに置き、外芦水を汲み上げながら言った。 121 一19!一一 椚枯木灘﹄における︿賂地﹀表象が、 ﹁共同井戸﹂を中心にして描かれていたのを受けて、フサも、その﹁所在ない﹂ 一日を﹁共同井戸﹂での洗濯から始めている。そこで演じられる︿路地﹀の女性たちの噂話によって、フサも、勝一郎に 右手が﹁獣のひづめのように二つに大きく裂けているし弦という名の弟がいることを知り、勝一郎の死後、内縁関係にな るイバラの龍との噂も、たちまち広がってゆくことになるのだ。では、 ﹃鳳仙花﹄のなかで、 ︿路地﹀という場は、どの ように描かれ、いかに物語に影響を与えているのだろうか。 最初に考えてみたいのは、確固たる物語の舞台として描かれる以前に、先験的なものとして暗に物語空間に影響を施す ︿路地﹀の作用についてである。この一例として、古座での盆の夜の出来事のなかに夏芙蓉という一語が書き添えられて いたことは、第一節ですでに触れた。しかし、それよりも以前に、 ︿路地Vの影響カは、フサの兄吉広の表象のなかに兇
受けられるのではないだろうか。吉広は、フサの男性像の原型として存在する一方で、彼女を過酷な半生へと導いてゆく 人物としても重要な役割を担っている。いうまでもなく、フサの奉公先である新宮の佐倉を、十和㎜屋からの口利きで探 してきたのは吉広である。では、フサがはじめて母のもとを離れて奉公することになった新宮という町は、どのように描 かれているのでだろうか。兄に連れられて、フサは、古座を離れ、勝浦までを船で行き、まだ勝浦−新宮間しか開通して いなかった汽車に乗って新宮にやって来る。まだ日の高い午後の駅前の広場に、綜欄の木が葉を揺らし光を浴ぴて鋒えた っていた。 吉広は腹が減っていないかとフサに訊ねた。フサはその音広の顔つきが、古座にいる時とも汽碓に乗っていた時とも違うのに気づいた。 フサが言い迷っていると、 ﹁よっしゃ、佐倉に行く前に、児に行くとこあるさか、そこへ寄ってから一緒に食べよ﹂と善㎝い、フサの両屑をポンとたたき、先に立 って人が変わったように屑をゆすって大股で歩き出した。 先に立って歩く兄の沓広は駅前通りから、遭を左に折れて小高い山の麓に山た。麓には杉革ぷきの小さな家が立ち並ぷ賂地になってい る。その家と家の閉に出来た山につづく細い坂遭をのぽりかかって、ふと後から従いて行くフサに気づいたように、 ﹁フサよ。兇、そこの上の小屋まで行てくるさか、下で待っておれ﹂ と言う。 046−047 ﹁佐倉に行く前に、兄に行くとこあるさか、そこへ寄ってから﹂と楓爽と歩きはじめる吉広の姿には、さながら田舎から 町に出て来たばかリの若者の意気揚々とした様子が描かれているといってよい。しかし、町の雰囲気に浮かれていたとし ても別段何の不思議もない兄のその素振りが、フサの目には平生の兄とは違ったものとして映っていることに注目した い。 ﹁フサはその吉広の顔つきが、古座にいる時とも汽車に乗っていた時とも違うのに気づい﹂ているのである。 ﹁先に 立って人が変わったように屑をゆすって大股で歩き出した﹂吉広が向かうのは、駅の近くの﹁小高い山の麓﹂である。そ の﹁麓には杉革ぷきの小さな家が建ち並ぷ賂地になってい﹂た。この表現のなかにみられる﹁賂地﹂という語は、ここで は一般的な意味で使われているといってよいのだが、﹁駅前遜リから、道を左に折れて小高い山の魔に山山た﹂その場所は、
まぎれもなく︿路地﹀である。 一7一その小さな山へと続く道の脇には、西村勝一郎の住む家があリ、後に、彼の弟弦に よって、この時吉広と一緒にいたフサの姿を記憶していることが語られることになる。新宮で一番最初にフサが吉広に連 れてゆかれたのは、 ︿路地Vなのだ。 では、そのく路地Vがあるとされる物語の舞台、当時の新宮とは、どのような町なのだろうか。フサが奉公することに なった佐倉の屋敷は、熊野川の河口、 ﹁新宮の一等端しにあった貯木場のそばにあった。次の引用は、そこから﹁新宮は 一望できた﹂という佐倉の屋敷内にある女中部屋から眺めた風景として記されている。 ﹁駅はあそこやなし ミツは指さした。そこから小高い山に重ねるように確かにそれらしい建物が兇えた。さっき眼にした株欄の木をさがしたが兇えなかっ た。その駅の建物に璽なってみえる小高い山の裏にも人家が立ち並ぷwがある。新宮を真印からさえぎるようにある小商い山の裏側を、 町といい、こちら側を熊野地というとミツは教えた。岬の向うにあるのはもう果てしなくつづく山だった。一番新宮寄りの山は平穂ガ 峰と呼ばれ、二月六日の御燈祭りはその千穂ガ峰の一つの柳倉山で行う。日がちょうど新宮を収り巻くようにあるその干穂ガ峰にさし かかリ、ほんのりと赤く色がついていた。 049 一ユ89一 新宮を一望できるという佐倉の屋敷は、そのまま佐倉の権力が暗示されているといってよいだろう。この佐倉から見た 新宮の地理的な位置関係から推察すると、 ﹁小高い山の麓﹂にある︿賂地﹀は、ちょうど大王地という繁華街などがある 町一新宮︶と駅から海寄りにある熊野地との境に位置していることになる。短編集﹃化粧﹄に収められている﹁浮島﹂に 従えば、︿路地﹀の一帯は、雨が降ると浮島の水が溢れて押し寄せてくるような低地の湿地帯なのである。一8一つまリ、 フサが吉広に連れられて行ったく路地Vは、江藤淳氏の指摘するような、民俗学的な土地としての性格を有しているのだ。 一9一 前述した吉広の態度の異変といい、﹁古座とは随分違う﹂という印象といい、何気なく綴られてはいるものの、︿賂地V の重力とでも呼べるような作用が、すでに表象のレヴェルで働いているとは考えられないだろうか。 兄吉広の死後、フサと結ばれることになる西村勝一郎は、︿路地﹀に生きる代表的な男性である。その勝一郎にく賂地V
の刻印が押されることになるのは、フサとの間に郁男と命名される子を孕んだと告げたときである。 フサはごく自然に、nを受けて細かい光をまいている山の方から川を徴切り渡って膚分の腹に勝一郎の予が入った気がした。母のよう に大仰にではなくマツのようにこだわリもせず、勝一郎に子を孕んだと言った。 ﹁一緒に暮らそら﹂ 勝一郎はそう、一、一二た1、 一印略︶勝一郎の元々の姓は巾本だった。姉が二入、弟が三人いたが幼い頃勝一郎一人養子になって子供のいな い西村に行き、その養子先で錫の子が生まれ、賂地の家と二つほどの山をつけて戻された。だが籍は西村のままだった。 ユー8 フサの最初の夫西村勝一郎は、 ﹁元々の姓は中本だった。﹂と記されている。 ﹁中本しという姓は、中上健次の作品群の なかでは、 ︿賂地﹀の特権的な一統の名称として用いられている。その最も顕著な事例が、短編集門千年の愉楽﹄なので あるが、それに先行する榊鳳仙花﹄では、中本の一統たる勝一郎はどのように描かれているのだろうか。まず、考えてみ たいのが、フサと勝一郎の最初の性交渉の場面である。 勝一郎の唇がフサの唇に抑しつけられ、帯から着物のすそをめくり手がフサの太腿に触った。それが差かしい事だと分かっていたが、 フサは唇に触れた勝一郎の唇、薦物のすそをはだけようとする勝一郎の手が、草むらの印を何日もかかって歩きつづけくたびれ傷だら けの人間のもののようで、愛しくさえなった。勝一郎は草のにおいがした。 ユ04 熊野川河口近くの夜の海浜で、フサの体を愛撫する勝一郎の﹁唇﹂と﹁手﹂は、 ﹁草むらの中を何日もかかって歩きつ づけくたびれ傷だらけの人間のもののよう﹂だと記されている。フサはその﹁唇﹂と﹁手﹂を﹁愛ししいと思っているの だが、注意すべきは、引用の直前にある﹁夜の巾で白い波を見っめていると、船に乗って北海遺へ発っていった吉広が漏 れそぽった休で歩いてくる気がする﹂という一文が挿入されていることである。つまリ、再三反復される吉広と勝一郎の 杣以作用によって、北海遭で死んだ吉広の亡霊が、 ﹁草むらの中を何日もかかって歩きつづけくたびれ傷だらけの人間﹂ というような勝一郎の比楡表現を可能にし、この異様な愛撫の形容の効果を高めているといってよい。果たして、フサは、
押しかかってくる勝一郎の体を﹁自分を呑みつくす潮のように﹂感じることになる。その行為の後、フサは、命度は白分 が﹁草むらを歩いてきたような気が﹂し、勝一郎も、吉広の亡霊のごとく﹁潮につかり盛れそぼ﹂つことになるのである。 一珊一 生前の吉広と勝一郎の近接関係は前述したが、フサの目を通してのふたリが相似しているのだとすれば、勝一郎の死の 時期に、死んだ吉広の残像が現れてくるのも当然である。それが、吉広との想い出であれ、亡霊であれ、生と死あるいは 聖と穣がこよなく還流し合う空間が、やがて﹃千年の愉楽㎏の︿路地﹀空間を用意するで所以でもあるからだ。 一11一︿路 地﹀の住人となり、勝一郎との間に男二人、女三人をもうけているフサにとって、おそらく一番幸福だった時期にして、 やがて訪れる夫の死は、けして突然襲ってきた事件ではなかった。 すぐ脇に寝入り込んでいる子供らを起こさないように声を殺し汗を体申から吹き舳しながら、フサは勝一郎がその初めての時とは違い 優しさがあふれるほどになっているが、わけもなく怖くとらえようがないほど遠いところにいると思った。その時の痛みはもうひとつ もないのが不思議だったが、すぐに体が軽くなりきらきら輝く雪のように勝一郎を埋めつくす。汗をかいた勝一郎に習って棄てずに置 いてあった冷た風呂をあび、肌冒の細かい肌が水を弾いているのを見て、一瞬、白分が古座の昏い土閲で木澱を腹に打ちつけていた母 に産み落とされ育てられたから、勝一郎の体の下で炎を噴きあげるように燃えたと思い、フサは﹁勝一郎しと呼んだ。 ユ49 87 1 、 珂鳳仙花﹄の冒頭の一文を思い出してみる。 ﹁紀州の海はきまって三月に入るときらきら輝き、それが一面に雪をふり まいたように見えた﹂。まだ、古座で母とともに暮らしていた十五のフサは、三人の兄たちが出稼ぎに行った他所の土地で 見聞きした風景を、そのまま眼前にせまる海の風景に重ね見る少女であったのだ。 ﹁すぐに体が軽くなりきらきら輝く雪 のように勝一郎を埋めつくす﹂彼女がその一方で手繰り寄せるのは、故郷古座の原風景なのである。このく路地Vでの性 愛描写にみられる原風景の回帰は、フサの外傷ともなっている不倫の子としての罪悪感の温床ともいえる母の記憶をも肯 定してしまうのだ。 ﹁わけもなく怖くとらえようがないほど遠いところにいると思﹂うような勝一郎は、先の引用の﹁草 むらの中を何日もかかって歩き統けくたびれ傷だらけの人間﹂と相まって、肌触れ合うほど傍にいるものの、その実、実 体のないような希薄な存在として勝一郎という人物を造型している。吉広の死後、その彼に取って替わった勝一郎の存在
は、今度は、死んだ吉広にの残像のなかに禰曲されてゆくのである。 その最初の性愛描写から﹁草むらの中を何日もかかって歩き続けくたびれ傷だらけの人間﹂という比楡を施され、フサ に﹁わけもなく怖くとらえようがないほど遠いところにいると思﹂われてしまうように、勝一郎には、その若く美しい容 貌の持ち主にしては、勢いたつ生命力に欠ける印象が拭えないのは何故だろうか。それは、彼が、吉広に取って替わった 存在として、吉広の残像と成リ代わってゆくからであるのだが、これとともに、何気なく配置される︿賂地﹀の凪景に、 やがて死に至る勝一郎の行末や、それ以後、フサに押し寄せる過酷な運命を暗示させるような描写が、書き添えられてい るのである。 その山際の路地では、潮嶋りと梢のこすれる山の音が人り混って聴こえるのを不思議に思った。手を仰ばし、勝一郎が女陰の谷閥を醐 っているのに呆けたようになりながら、あれは潮鵬り、あれは葉が風に震え榊がこすれあって立つ音、と聴き分けてみた。 116 これは、勝一郎に連れられて、フサが、初めて彼の︿賂地﹀の家を訪れたときの引用である。この時点では、まだ、フ サは、熊野地の方から聴こえて来る﹁潮鳴リ﹂とく賂地Vがその麓にある臥龍山の木々の﹁梢のこすれる﹂音が共鳴し含 っているのを﹁不思議に思﹂うだけである。共同井戸とともに、︿賂地Vの表象には、共同井戸とともに、この﹁潮鳴り﹂ と雑木の﹁梢のすれあ﹂う音が異様なほど繰り返されて、その﹁不吉な﹂効果を助長しているのだ。 賂地が背にした山の雑木がくもった空を乎で差し示すようにフサの眼には兇えた。風を受けて左桁に揺れた。それは勝一郎が起き舳し て犬気をみる山の雑木だったが、フサはその儒れる木がなんとなく不吉なもののように思えて、勝一郎に﹁なんやしらん、気色悠い﹂ とつぷやいた。 ﹁雨に濡れたら、腹が冷える﹂と勝一郎は傘をさす腕をフサの首に廻し、雨が背貨った仏、蝸や前すじに坐たるのか﹁冷たいなア﹂と身 をすくめた。フサは勝一郎の腕のぬくもリを感じて、 ﹁何んで死ぬんやろかなア﹂と独りご 126 フサが勝一郎との結婚後、 ︿路地V の家で暮らすようになった頃の引用である。フサの気持ちを察し、 死んだ吉広のた
めに﹁仏壇しをふたリで買い求めたその帰途のくだリである。その兄を偲んで﹁なんで死ぬんやろかなア﹂と﹁勝一郎の 腕のぬくもりを感じ﹂ながらひとり言をいうフサ。この捕写において、曇天の空を指しているような﹁路地が背にした山 の雑木﹂に対して、彼女は、 ﹁不吉なもの﹂を読み取っている。 そんな︿賂地﹀での生活を営みながら、やがて、長女の美恵が肋膜を忠い、勝一郎は肺病で血を吐いて死んでしまう。 美恵の胸の手術のために、唯一の財産でもある西村家からもらった山を売ってしまった後の夫の死は、子供五人とともに 暮らしていかなければならないフサにとっての苦難の始まりでもあった。その後のく賂地Vの描写に重ね合わされるのは、 先に述べた性愛描写のなかに比楡として書き込まれていた、得体の知れない人物の気配なのだ。 兇の脊広とも勝一郎ともつかぬ人間が、荒い息を吐く内分のすぐうしろに歩いてくるような気がする。振リ返っても雛もいないのは分 かっていた。その共胴介戸からはあるかないかの風を受けて揺れる賂地の山の雑木が兇えるぱかりだった。 1711172 ﹁荒い息を吐く向分のすぐうしろに歩いてくる﹂人物の気配は、その実、吉広でもあり勝一郎でもあるのだろうが、そ のような亡き人の気胴をフサのもとに運んでくるのが、 ︿賂地﹀の裏山、臥龍山の雑木の風景なのである。何気なく書き 添えられているく賂地Vの風景は、薄幸な女性フサの物語を暗示し導いてゆくかのように配置されているのである。もち ろん、この意昧で、 ︿路地﹀が、その十全な物語の場として確固たる力を発揮するのは、短編集門千年の愉楽﹄を待たな ければならないのであるが、 笥枯木灘﹄の後の︿賂地﹀が、物語の時間軸を遡行して秋幸の母フサの半生から綴られてゆ くとき、その臥龍山の麓にある︿賂地﹀は、その場所が描かれる以前から、物語の進行に影響を与え、そこが表象される やいなや、異様な場としての位置を確保してゆくのである。 一一185一 四、鳳仙花の若葉、あるいは︿路地﹀の雑種として これまで述べてきたように、 門鳳仙花﹄は、薄幸な女性フサの半生を描く一方で、 ︿賂地Vを十全な物語の場として整 備してゆく小説でもあった。フサの兄吉広や西村勝一郎の人物造型、共同井戸、裏山の雑木にみられる風景描写などによ
って、︿路地﹀がその特権的な位置を揺るぎないものとして確立するのが、この門鳳仙花﹄という小説であった。しかし、 表題ともなっている鳳仙花は、この︿賂地﹀の物語のなかにあって、一貫して主人公フサの隠楡として物語空間の節々に 花ひらいている草花である。この草花が、 ︿路地Vの表象作用を全く受けていないというわけではない。そうではなく、 むしろ、 ︿路地Vの影響力を行使されながらも、鳳仙花の咲きみだれている空間は、独自に、フサの血で結ばれている者 たちを繋ぎとめる場所として、生命力豊かなその花のごとく、形成されているのである。 子供らは家の前に幾種類か花をつくっていた。美恵は古座でのフサのように花に水をやり、花がまるで言葉を聴き分けでもするように 話しかけていた。行商の途申で心配になって家に立ち寄ると、芙恵はきまって﹁母さん、あの紅いの、幾つも咲いたよ﹂と大事な秘密 を打ちあけるように耳元で言うのだった。そこには何本もあの鳳仙花が杣えられていた。フサはそんな美恵の頭を勝一郎がしたように 撫せてやり、 ﹁可愛い、よ﹂と勝一郎が肴うように言う。 167 次女の美恵が﹁母さん、あの紅いの、幾つも咲いたよ﹂とそっと眩いたように、鳳仙花の花は、まだフサが佐倉の屋敷 で奉公していた時点から、引用箇所の夫勝一郎の死後まもなくの時点まで、物語には登場していない。仕事の合間を縫っ て子供たちの様子を見に舞い戻るフサに、美恵が﹁きまって﹂﹁大事な秘密を打ちあけるように﹂その草花のことを告げる ごとく、鳳仙花は、ずっとフサの隠楡として花開いていたのである。まだ、彼女が佐倉に奉公していた折の一場面を引用 してみたい。 水が莱に当り、勢いよく機ね、顔にかかった水滴を千で拭い、ふと見るといつか榊えかえた貧弱な鳳仙花が兇違えるほど育ち幾つも花 をつけている。何の気なしに乎をのぱし、凶分で何のためそんな事をするのか分からぬまま身を燭めて鳳倣花の茎ごと折り、それを活 ける播をさがしている肖分に気づき、フサは帝広が本当に死んだと気づき、息が詰まった。 095 この﹁貧弱な鳳仙花しは、 のである。それが、ほんの 夏の終わリには、 ﹁花も葉も泥土に埋もれかかった形で﹂﹁根をむきだしにして倒れてい﹂た 、二ヶ月のうちに﹁児違えるほど﹂になったその草花の生命力に注目したい。佐倉の屋敷の
裏木戸であれ板塀の横であれ、植えた場所に根をはリ成長する鳳仙花の旺盛な生命力こそ、フサという人物像に相応しい のではないだろうか。この鳳仙花が再び登場する勝一郎の死後、その花を他の植物とともに育てているのは、そのフサの 子供たちなのである。この物語の後半、その花が強靭な生命力で根づき芽吹くのは、 ︿賂地Vの片隅、勝一郎の遺した家 の傍らにある花畑なのである。 ﹃鳳仙花﹄の末尾近くを引用してみたい。 障丁戸を開けて﹁どうしたん﹂とフサが訊くと、芙恵は茶の水の茂みに身をかくした秋*を指さし、 ﹁人の邪魔ぱっかしするんよ﹂と 一喬った。春の柔かいnが茶の木の幾つもの緑の葉にあたっていた。秋幸がフサの眼から逃れるようにその茶の木の茂みから家の築側に 走るのを兇て、フサは外の閉るさに誘われるように外に舳た。 風が麦畑の方から麦の青い葉を傾がせて吹いてき、二衙が麦に撒き敵らした光でかすんだように恩い、フサは美恵の指さす花畑を兇た。 撮初それが、春になって芽吹いた雑草の若葉だと思って眼をこらしてみて、花畑一而に隙閉なく生えたそれが鳳仙花の若葉だと伽リ、 ﹁どうしたん?﹂と声をあげて芙恵を見た。 ﹁秋幸がやったや﹂ 美恵はベソをかいた。存になってから蒔こうと昨年の冬に沢⋮舳来た楠を袋に取っておくと、秋宰は芙恵の如らないうちに袋の駆を花 畑に蒔いた。仏壇に切って生ける金塞花もナデシコの種もいっしょくたに狭い花塘のLに蒔いたので、雑凍が一度に芽吹いているよう になっている。 ﹁気特ち悠いわア﹂葵恵はそう一.肖って、どう予をつけてよいかわからないと一一.、nい、フサの顔を兇る。 299 つJ
8
ユ この風景描写は、すべて視覚からなっている。こ一﹂に登場している秋幸は、龍造との間に生まれた子供である。イバラ の龍こと浜村龍造の子を宿してまもなく、龍造は刑務所に服役してしまい、その後に、フサは、龍造が、彼女の他に二人 の女に子を孕ませていたことを知り、龍造と別れる決心をする。白分と同じように、不義の子、私生児として生まれた秋 幸を、フサは﹁その子になら今、フサの耳に昔のように響いている賂地の山に生えた草や木のざわめきと潮鳴りの音を分 かってもらえるかもしれなしいと思っているのだ。ここに、ともに兄姉のなかで唯一父親の違う子として生まれ育った、 フサから秋幸へという私生児の系譜が窺えるだろう。その秋幸が、美恵たちが﹁春になってから蒔こう﹂と取っておいた 数々の植物の種を、春にならないうちに勝手に蒔いてしまったのだった。四方㎜犬彦氏は、 ﹁彼一秋幸一こそは鳳仙花の種に誤って悪戯心から紛れこんでしまった雑種、すなわち金警花かナデ ンコの種なわけであるが、この雑種の混交によって、他ならぬ鳳仙花の花畑はふたたび生命を取り戻したと言える﹂と解 釈している一η一。しかし、表題となっている鳳仙花は、確かに、この物語の主人公の隠楡であるけれども、その花は、 ひと知れず片隅に咲いていた花ではなかったのか。それは、 ︿路地﹀の住人として、他所から登録され、中本の血を受け 継いでいる勝一郎の死後も︿賂地﹀で暮らしてゆく、フサの隠楡なのである。性別こそ異なるものの、 ︿賂地﹀の正統で はなく、出所来歴の定かではない浜村龍造の血を引く私生児としての秋幸は、いうまでもなく、フサの隠楡である鳳仙花 を冠されるべき最たる人物ではないだろうか。ここではむしろ、雑種とは鳳仙花のことである。加えていえば、この意昧 で、 ︿路地﹀に﹁誤って悪戯心から紛れこんでしまった﹂、鳳仙花という雑種がフサであり、秋幸なのである。 おそらく、兄吉広や勝一郎の位牌が置かれてある仏壇にたむけられる花、金隻花やナデシコが、本来の花なのである。 フサも最初﹁春になって芽吹いた雑草の若葉だと﹂見間違えたもの、佐倉の屋敷の片隅にひと知れず咲き、美恵たちが密 かにその花が開いたと告げる鳳仙花こそ、 ︿路地﹀の世界にあって、雑種としてその生命力をいきいきとあふれさせてい る植物なのである。美恵が﹁どう手をつけてよいかわからないと﹂いうように、本当なら、種類をわけて整然と植えられ ているはずなのに、 ﹁雑草が一度に芽吹いているようになってししまった﹁花畑一面に隙間なく生えた㌧鳳仙花の若葉﹂ は、勝一郎の中本の血を引き継ぐ郁男や美恵ら児姉のなかにあって、唯一父親の違う秋幸の後の物語をみごとに表現して いるといってよいのかもしれない。この場面にあっては、 ︿賂地Vの裏山の雑木の梢がこすれあう音も、海の方から聴こ えてくる潮鳴りも、描かれてさえいないのだ。そのかわリに、 ﹁茶の木の茂みから家の裏側に走﹂ってゆく秋幸の目で遺 うフサの槻界に現れたのは、 ﹁一而に麦が撒き散らした光でかすんだような﹂光景なのである。 ︿賂地﹀の正統というならば、 判鳳仙花﹄の一年後に執筆が開始される﹃千年の愉楽﹄の六つの中本一統の天折謂がそ れに相応しいだろう。しかし、中上健次は、八一年には、 ﹃岬㌧枯木灘﹄以後の秋幸を描く﹃地の果て 至上の時﹄の一 部を韓国で発表している。︵H一笥鳳仙花﹄の物語は、その秋幸の母フサの半生を綴リ、秋幸の幼少時代までを語って終わ ることになる。この小説の意義とは、ひとつに﹃枯木灘﹄の後に、 ︿路地Vという場を先験的にそこに在った空間として 構築することにあったといえる。本稿の第二節で述べたように、もともと古座で生まれ育ったフサの兄吉広を、 ︿跨地﹀ の中本の一統の血をひく勝一郎へと似せ換えてゆくことがその第一歩である。また、 ︿賂地﹀の表象という観点では、聴
覚や嗅覚による風景描写に加えて、夏芙蓉というく路地Vを象徴する樹木の挿入を筆頭に、 ︿路地Vでの吉広の造型、勝 一郎との性愛描写において、 ︿路地V的な比楡の活用が散リぱめられていた。しかし、その一方では、フサの隠瞼として 働く鳳仙花が、フサとその子供たちの生活の節々に配置され、最後には、その花弁の紅ではなく﹁鳳仙花の若葉﹂として、 秋幸の隠楡といってもよいほどの効果を発揮するに及んでいるのだ。 ﹃枯木灘﹄において、︿路地Vの私生児であることを白負するに至る秋幸にとって、︿路地Vは、その﹁鳳仙花の若葉﹂ が﹁雑草が芽吹いたようになっている﹂空間でもあったのだ。すなわち、 珊鳳仙花﹄では、 珂干年の愉楽﹄を準備するよ うな中本一統という︿路地﹀の正統の物語を用意するとともに、 ﹃枯木灘㎏の物語時間をその誕生の起源へと遡行して、 正統にはなリえないもうひとつの物語の開花をも書き記していたのではないだろうか。先の引用部の後に、フサの母トミ の危篤の如らせが伝えられることになる。物語の結末近く、その母の四十九日の法事のために、子供たちを連れて古座に 戻った折の一節を次に挙げる。 フサは、不段まで歩き、そこに立って、秋幸が夏茱蓉の木蔭に身をかくして笑いをこらえかねているのを兇た。川を映った向う雌のあか りがぽんやりと葉と秋幸の屑の形を浮き上がらせていた。法築はまるでフサになど無縁なように進んでいるとフサは思い、いつか沓広 がそんなふうに悪戯っぽく、母に叱かられるだろうが水につかれと誘ったと気づき、フサは涙を流した。秋幸と二人、死んでしまえば なにもかも解決した。 309 一18ユ あの十五の頃の盆の水遊びの光景がフサの脳裏をよぎる。結局、故郷の海で﹁秋幸と二人、死んでしまう﹂というフサ の目論見は、この後、秋幸がフサの腕を振り切リ、逃げてしまうことで未遂に終わる。しかし、悲哀の色調が濃い物語の 終末にあって、 ﹁夏芙蓉の木蔭に身をかくして笑いをこらえかねているしこの秋幸の姿は、まことに印象的ではないだろ うか。雑草のように映った﹁鳳仙花の若葉﹂が秋幸の隠楡であるならば、ここでの秋幸は、 ︿賂地Vに生まれたその雑種 として、 ﹁夏芙蓉の木蔭﹂に身を寄せて、こみあげてくる﹁笑い﹂を抑えながら、フサとの﹁カクレンボしに興じている っもりなのである。
緒 び 本稿では、 門鳳仙花﹄という小説を、 ︿路地﹀の構築という観点から論じてきた。 ﹃枯木灘﹄発表の後、物語空間の時 間軸を遡行して、秋幸の母フサの反省を描くこの小説は、 ︿路地﹀を構築するという意味で、巾上健次が、周到に編んだ 作品だということができるであろう。この点に関していえぱ、 ﹃枯木灘﹄において私生児たることの根拠を︿賂地﹀に見 いだした秋幸を、事後的に、その誕生の起源を描くことによって埋め合わせてゆくという作業が、この小説の執筆意図の ひとつであったのだ。それが、実父浜村龍造ではなく、母フサの物語であったことは興味深い。 中上健次は、この門鳳仙花﹄を執筆するにあたって、 ︿跨地Vという不確定であった場を、冒頭から、すでに先験的な 場として描いている。新宮の駅近くにある臥龍山の麓にある︿路地﹀を描くうえで、フサの生まれ故郷古座の風景をも、 その︿賂地﹀に重ね合わせてゆくという作業である。つまり、新宮の︿路地﹀が表象される以前に、古座も︿路地﹀とし て綴られていたのだ。このく賂地Vという場の設定を、確固たるものに描き込めたのは、フサの兄吉広と西村勝一郎を相 似する人物として造型したからである。だが、厳密にいえば、勝一郎が吉広に似ていたのではなく、吉広を勝一郎に似て いる人物として造型したのだ。西村勝一郎は、中本の一統として設定されている。その巾本一統の原型は、フサの最初の 子、秋幸の異父児である西村郁男である。一μ一 しかし、 ︿賂地﹀には、もう一方の系譜があった。表題に据えられているものの、裏木戸や庭の片隅の花畑に咲く鳳仙 花は、フサの隠楡であった。ついには、 ﹁鳳仙花の若葉﹂として秋幸にも準えられるこの草花は、物語空間のなかで、雑 草のような力強い生命力を発揮していたのである。 ﹃枯木灘﹄を受けて、 ︿賂地Vを先験的な場として起源に遡って構築 したのが﹃鳳仙花蜴であるならば、フサから秋幸へと私生児の系統を紡いでゆくように継承される鳳仙花の隠楡もまた、 ︿賂地﹀の系譜なのではないだろうか。 ︿賂地﹀の風景は、おもに、聴覚や嗅覚による描写をもって表象されていた。だ が、鳳仙花が芽吹き花ひらいている凪景は、視覚によるものであった。その視覚描写が、近代小説の表現披法として、い かに・壬導的な描写表現であっても、聴覚や嗅覚描写が多用されるく賂地Vの風景の巾では、鳳仙花の生命力さながら、級 景豊かな表現たりえているのではないだろうか。以上のように、 ︿賂地﹀の構築という観点から述べるのであれば、中上 健次の門鳳仙花﹄には、一方では、非視覚感覚系による拡散的な場として、他方では、槻覚感覚系による非拡散的な場と
して、相異なるく路地V が書き込まれているのである。 一﹂J 中上健次﹃鳳仙花﹄についての底本は、 ﹃中上健次全集4﹄一集英社、一九九五年一とした。尚、本稿の引用文末尾に 示した頁数は底本に拠るものとする。 門鳳仙花﹄が刊行された八○年、この時点では概ね商い評価を受けている。その多くは、書評、文芸時評の体裁をとっているものの、栗坪 良樹氏の﹁﹃鳳仙花﹄の泄界−続中上健次論﹂一﹃早稲醐文学﹄、一九八O年三月号一では、男性登場人物の類似関係の棉摘など、詳細にわたる作 品分析がなされている。また、初期作品が門鳳舳花偏にいたる作品滞の軌跡をまとめた川西政明氏の﹁﹃日本語について﹄から﹃鳳仙花﹂一ま でi巾上健次L︵同すばる﹄、一九八O年五月号︶や、作家の物語観から﹃鳳仙花﹄を考察した高僑恩努氏の﹁死と再生の秘儀﹂一﹃文学界﹄、一九 八○年五月号一などがある。 門鳳仙花﹄は、発表当初において、 ﹃枯木灘﹄が父と子の物諦であったのに対して、柑の物諮として、それま での申上作口㎜の双壁に位置づけられていたといえよう。 大橋健三郎氏は、 ﹁時の力、母の力;中上健次﹂︵門群像﹄、一九八○年四月号一において、この視点から﹃枯木灘﹄と﹃鳳仙花﹄の関係を以下 のように述べている。 ﹁この作品が前作﹃枯木灘﹄の現在の泄界を踏まえて、その現在の世界、特にその泄界における最も現実的な人閉で ある竹原秋幸を生みだした過去の世界を掘り起し、その底深い過去の世界を秋幸の母フサ、誇い換えれば女の性と措性を集約する一人の女 性像に収鰍し得ているからであろう﹂。本稿では、大橘氏が﹁﹃柿木灘﹄の現布の世界を踏まえて㌧過去の世界を揃り起﹂こした﹃鳳仙花﹄と いう作品を、 ︿絡地Vという場をめぐって論じるものである。 巾上健次、スガ秀美、渡部直巳、﹁︿中上健次﹀俺はここにはいない﹂一﹃粁﹄三号、一九八四年一での対談における墾一一蘭。尚、 門鳳仙花﹄執筆 における﹁物語の機能﹂の﹁自覚﹂については、 ﹁多様化する現代文学−一九八○年代に向けて﹂︵﹃新潮﹄、一九八○年一月号︶での大江健三 郎氏との対談のなかでも述べられている。 一九三〇年代から四〇年代にかけて日本の行った侵略戦争についての用語の間題に関しては、その名称の遼択によって使用者のイデオロギ ーが間われることになるのだが、作品中でのこの用諮の選択には、中上健次の棉当な配慮が認められる血これについては、 門文塾﹄二九八 ○年五月号一の﹁読書蛾談しで磯㎜光一氏が指摘している一他の山席者は加賀乙彦氏と黒井千次氏一。また、この設定された時代の社会状況 と主人公フサとの関わりについては、前掲した一訣ご茱坪氏の指摘がある。 本稿では、その存在に関しての詳述は避けることにするが、佐倉の叔父に当たる人物は、一九一〇年の大逆事件に連座した新宮グループの 一179一
10、 ひとり、大石誠之助として設定されている。これについては、高澤秀次氏の﹁中上健次論−臥龍山解体﹂一門すばる﹄、一九九六年五月号一を引 用してみたい。 ﹁大石誠之助の長兄で、新宮に初めてキリスト教金を作った余平もその長男で文化学院の翻立者となった西村伊作も、彼と 親交のあった新宮出身の作家・佐藤春夫も、全てみな権力を挑発するほどのブルジョア的新思想の洗礼を受けた者たちだったのである﹂。す なわち、大逆事件が、いわばく路地Vの負の歴史として中上作品のなかに描かれているのは、けして、虚構ではなかったのである。当時の 新富では、大逆事件に連座した人々と、 ﹁ブルジョア的新思想の洗礼を受けた者たち﹂が、大石誠之助や西村伊作の資本と密接に閥わって いたという。高澤氏は、高木顕明一真宗大谷派︶の連座が、オリュウノオバの夫で毛坊主のレイジョさんの誕生一に深く関係していたことに ついても指摘しているのだが、 ︿脇地﹀の世界が、このような歴史的背景に基づいて摘かれてきたという事実は、注口すべきであろう。 四方困犬彦﹁重力の秋し一﹃新潮﹄、一九九六年四月号一。この﹁重力の秋﹂は﹃軽蔑﹄論として蕃かれている。このなかで、四方㎜氏は、ともに 女性が主人公に設定されている二作品の関連性を詳細な作品分析から論じている。 門鳳仙花﹄にみられる新宮の地理的な位置関係については、ほぽ、作品の舞台になっている当時の和歌山県新官市の地図と一致している。 中上健次が幼少の頃まで幕らしていた現在の存日町にあった生家は、 ﹁小高い川﹂こそないものの﹁駅前迦りから、逝を左に折れ﹂たとこ ろにあった。尚、当時の資料に関しては、 ﹁大n本織薬別明細闘・新宮市﹂︵昭和八年頃一を参蝋した一新宮市立図警飾蔵一。 ﹁浮島﹂一﹃青春と読書﹄、一九七、五年八月一には、以下のように記されている。 ﹁浮脇の水は、流れていないせいか、腐り、よどんで、におっ た。雨が峰るたびに、水は長屋までやってきた﹂?︸上健次全集3﹄五〇頁︶。浮島とは、上m秋成﹃雨月物諮﹄でも知られている、 ﹁おい の伝説﹂が伝えられる﹁浮島の森﹂一和歌山県新恵市浮島胆と呼ばれている沼地閥辺の地名であるむこの付近には以前遊廓があった。この 浮島とく脇地Vとは近接している。また、 ﹁浮島﹂のなかで、木馬引きの錫が住んでいる家は、 ﹁長屋しとされているものの、 ︿蹄地Vの 一郭と考えてよいであろう。 江藤淳﹁﹃賂地﹄と他弊し一﹃文塾﹄、一九八三年一一月号︶。このなかで、江藤氏は、 ﹃→年の愉楽﹄を論じるにあたり、 ﹁一﹂の︿賂地﹀という趨 遣徳的な場所は、 ︿城下町Vの世俗性との対比において、いきおい濃厚に宗教的な空間とならざるを得ない。つまり、それは、 一印酪一生 者の声と死者の声とが重なリ含って、文字に欝き記された腿、史を否定しつづける、共時的なパラダイムの十、に構成された空閉であるLと述 べている。江藤氏は、そのく賂地Vを、 ﹁単に被差別という社会学的な要閃だけによって仕切られているわけではない﹂として、 ﹃千年の 愉楽﹄におけるオリュウノオバの諮リを強調しているのだが、聖と機が環流し含うく賂地Vの空閥のひとつの原型となっているのは、 ︿賂 地﹀の有する民俗学的な性質である。 このような性愛描写にみられる亡肯のイメージは、この﹃鳳仙花﹄に眼ったことではない。たとえぱ、 ﹁璽力の都﹂一﹃新潮﹄、一九八一年一月 号︶のなかの南明と女との性愛描写では、 ﹁肉が溶けて腐っていた御人の体が痛み統けてこらえたあげく腐った肉が精気をとりもどし溶け た肉が閥まり元にもどって今汕㎎としてこ一﹂にいて㌧﹃巾上健次全茱!0﹄二〇頁一とある。御人とは、伊勢の菓に理、弊された亡者である。こ
の﹁重力の都﹂のブレ㍉テクストについて、渡郁直己氏は折□信夫﹃死者の蕃﹄を指摘し一﹁叛意について﹂、﹃批評空閲鳳、一九九四年一月一、 リヴィア・モネ氏はこれに谷崎潤一郎司寿琴抄﹄を加えている一幽霊的な女たち、置き換えられた女性性、そして兇性家族小説−中上催次 の二つのテクストにおける暴力、ジエンダー、そしてセクシャリティの政治学L、同批評空閉﹄、一九九六年十月︶。もとよりこれは、特に短編 集﹃璽力の都﹄が、先行する物諮を意識して綴られた作口㎜であるからだが、引胴簡所のような件愛柑写を巾上健次が好んで州いていたのは、 ︿賂地﹀の空閥、ひいては紀州熊野の地そのものを伝える古文審や民間伝承などに触れることによって鼓舞された産物とみるべきであろう。 u、前掲一訣9︶とも関連するのだが、 門鳳仙花鮎の翌年、八O年から断続的に発表されてゆくことになる短一編集門千年の愉楽﹄は、次々に天 折してゆく葵男の系諦、巾本の一統を、 ︿賂地﹀の語リ都オリュウノオバが諮る物諮として成立する。渡部直己氏は、この作品の︿蹄地﹀ を﹁まさに郁男の場所として成立させ﹂、彼を﹁︿中本の一統﹀の芙勇の天折者のひとりとして描﹂いているのだと指摘している︵﹁真近さにつ いて﹂、﹃新潮﹄、一九九三年一〇十月号︶。﹃鳳仙花﹄で、中本の一統として登場するのは西村勝一郎であるが、事後的に考えるのであれば、 勝一郎は、すでに物語の当初から若死にする運命にあるのだ。つまリ、 ﹃千年の愉楽﹄の六つの短繍の下敷きにされているのは、 ﹃鳳仙花﹄ であるともいえるであろう。 犯、前掲︵詑6一引用書。 13、審き下ろしで﹃地の果て 至上の時二新潮社一が発表されるのは、一九八三年四月であるが、巾上健次が、この作品を起筆したのは、八一 年、韓胴のソウルに腸依していた頃である。この年の六月に、 門文塾印火﹄︵韓困、印央日報祉一誌上に李浴哲訳で同地の果て 至上の時﹄ の一都が掲載されている。 14、漱掲一訣9一引用蕃参考。つまり、初期作舳からみられる兇の造型やその死のエピソiドと、 ﹃岬﹄﹃林木灘﹄で語られる秋幸の異父比郁努 の向殺から推察しても、 岡鳳仙花﹄における西村勝一郎の造型は、先行作品の郁男の造刑十が下地になっていることは閉違いないだろう。ま た、勝一郎と柚似関係に掘えられている吉広についても同様である。尚、初期作舳における兇一郁兇︶についての論考には、長野秀樹氏の ﹁横み璽ねられるものの力−巾上健次初期作品ノートー﹂︵﹃綾説μ、一九九四年一月︶が参考になる。 77 ユ