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お笑い芸人として活躍する横井あかりさんを訪ねて──

Dalam dokumen Socially (Halaman 60-65)

面談者

横井 あかり(2019年社会学科卒業)[写真左]

※プロフィールは本文後ろに記載 取材・構成・編集

石岡 里佳子(社会学科2年)

大川 恭子(社会学科2年)

インタビュー日時:2019年8月17日(土)

         10時~10時40分 場所:中目黒駅前カフェ

ますね。

─芸能人に会うというのは他の形でもできると思 うのですが、そこでお笑い芸人にした理由はあ るのですか。

お笑いって自分の苦手なことを笑いにできる んですよ。例えば、絵が下手だったらそれを笑い にできるじゃないですか。私はあまり得意なもの がなかったので、自分の不得意を活かしたいなと 思ってお笑いを選びましたね。

─仕事のやりがいはありますか。

 

自分が頑張ったことが直結で反応が返ってくる のがやりがいですね。あとは、友達とか家族から 見たよという連絡がくるとやっていてよかった なーと思います。

─やっぱり身近な人からの反応って嬉しいですよ ね。

 

そうですね。目に見えて反応しているのが分か るのが嬉しいですね。

─TwitterとInstagramもやっていますよね。そう いう反応も見ますか。

 

はい、やっていますね。コンビ名がフタリシズ カというんですけど、コンビ名で検索して、エゴ サーチっていうんですけど、そういうのをやって 二人で喜んでいますね。厳しい意見はまだ今のと ころなくて、そういうのがあるっていうことは売 れているっていうことなので、そこは考えていく ところですね。

─お笑い芸人をやっていて苦労することはありま すか。

それは、めちゃくちゃあります。逆に苦労しか ないかもしれないです。一瞬笑わせるためだけに

めちゃくちゃ苦労しなくてはいけないっていう苦 労がある職業だと思います。

─ネタを作るときと人に披露するのとではどちら の方が苦労しますか。

ネタを作るのは長い時間がかかるので大変なん ですけど、私は考えたりするのが好きなタイプな ので舞台で披露する方がどちらかと言うと苦手で す。やっぱりめちゃくちゃ緊張します。大学でも 大教室での授業ではあまり発言をするほうでは なかったです。でも、ゼミとかでは自分の考えを 持ったら言うようにはしていました。自分の考え を伝えることからスタートだと思うので発言する ことは大事だと思います。

─憧れだった嵐には会えましたか。

 

会えました。目の前で鼻リコーダーをやらせ ていただいて。もう会えてしまったんですけど、

もっといろんな人に会ってみたいなという意欲は 湧きましたね。

─お笑いの仕事は自分でどのように活動していく か決めていくことが出来るのですか。

 

そうですね。マネージャーから仕事がきたりす るんですけど、ライブとかは自分で単独とかでき るし、YouTubeとかもやろうと思えばけっこう自 由にできますね。

─今後どのように仕事をしたいと考えていますか。

 

今は割と現在やっているお笑い番組をけっこう 一周した感じなんですよ。テレビじゃ生きていけ ないというのは分かっているんですけど、爆発的 に人気になる人もいて。私たちの場合はネタで売 れていきたいと思っているのでライブをして稼い でいくために、まずライブに人を集めるためにテ レビにも出るという方法も考えていかなければい けないなと思っています。

─ここからは大学時代についてお聞きしていきた いと思います。まず、明治学院に入った理由は ありますか。

 

高校の頃は、お笑いに入りたいと思っていなく て、養成所に入ってからお笑い芸人になりたいと 思っていたんですね。なので、最初はイベントプ ランナーとか楽しい企画を考えるという仕事をし たかったので、それで社会学部は人とのつながり やそういうことを学べると聞いて受験しました。

─大学時代はどのような学生でしたか。

 

大学時代は、周りからは忙しいと思われていま したね。私の中では両立が大変で授業に出れな かったこともあったし、でもサークルには入って いましたね。割と挑戦している方ではあったのか なと思う学生でしたね。

─友達には自分はこういう活動をしているという ことは言わなかったのですか。

 

1年生の秋から養成所に入ったんで、周りには 言わなかったですね。周りから見るとただサボっ ている奴でした。

─養成所はどのように通っていたのですか。

 

まず、オーディションを通過して入学して、毎 日コース、土曜日だけ日曜日だけコースなどいろ んなコースがあって、私は土曜だけのコースに 通っていました。欠席を絶対にしてはいけないと いうルールがあったので、休まずに1年間通いま した。でもワタナベは学業を優先してくれるとこ ろだったので、うまく工夫して卒業できるように はしてくれました。卒業後は事務所に所属するた めのオーディションがありました。実際に芸人に なれるのは100組いたとしたら10組以下くらいで すかね。少ないですね。

─何のサークルに入っていたのですか。

MusikSpiel(ムジークシュピール)っていう、

Мスピです。アカペラサークルです。アカペラっ て少人数でやるじゃないですか。なので活動とか 自分たちがやりたいときにやるっていう点で融通 が利くっていうだけでやりました(笑)。

─歌が得意だったから選んだという訳ではないん ですね。

全然歌は得意じゃなくて、ボイパ(ボイスパー カッション)をやっていました。それで、芸にあ るリコーダーボイパというのをできるようになり ました。だからやっててよかったなーと思ってい ます。

─印象に残っている授業はありますか。

 

ゼミはやっぱり思い出に残っていますね。坂口 ゼミと斎藤ゼミに入ってました。4年の時は5人 くらいしかいなかったですね。お二人ともすごく 理解のある先生で、私がお笑いやっているという

のを分かっている上で、お笑いをやっていく中で 大事なことというか、お笑いでも役に立つ社会 学っていうのを教えてくれたりしたのでありがた いと思ってました。

─ゼミではどのようなことを学んだのですか。

 

ゼミではまちづくりとか、地域との関わりとか 環境とコミュニティコースだったので、そういう ことについて学びました。4年の時はけっこう卒 論にかけていたので、卒論に没頭という感じでし たね。

─両立で忙しいのに卒論も書いたんですね。

 

そうですね。正直単位が足りなくて取ったとい うのもあるんですけど、卒論って形にのこるじゃ ないですか。今後もどのような卒論を書きました かっていうことをお笑いでも聞かれるんですよ。

その時の証明が欲しいなと思って。「現代のモテ る女性について」という卒論を書きました。

─大学で学んだことがどのように仕事に活きてい ますか。

 

社会学とは違うんですけど、心理学で。けっこ うそれがネタに活きたというか、恋愛のネタでつ かえたりしました。社会学の授業だと、普段自分 が人とどう関わっていくかというのに役に立って いると思います。全部手につけたことは役に立っ ていると思いますね。Мスピもそうですし、サー クルの友達もライブに来てくれたりとか。割と やったこと全部やって後悔したことはないです ね。

─大学とお笑いの両立って大変だと思うんですけ ど、辞めたいと思ったりしなかったのですか。

 

そうですね、大変ではあったんですけど、一度 手をつけたことって辞められないので、大学時代 に辞めたいと思ったことはないですね。授業とか

でもこれ諦めようかなとなったことはないです ね。もったいないなという感覚がけっこう大きく て。ここまでやったのにここで辞めちゃったら全 部無駄になるなと思って。

─大学時代にやっておけばよかったと思うことは ありますか。

 

めちゃくちゃありますよ。目に見える資格は 取っておけばよかったなと思いますね。資格って やっぱりお笑いだけじゃなくて就職するときもこ ういうことできますって言えるじゃないですか。

なので、なにか資格はとっておいたほうがよかっ たなと思いますね。友達とかは世界遺産検定を 取っていて、面接とかで印象に残そうとしていま したね。でも、普通にTOEICとかは持っていても 損はないと思いますね。

─3年とか4年になると周りが就活をすると思う のですが、その時は…?

でも、私も就活したんですよ。経験しておこう と思って。

─そうなんですね。どういう系の職にしたのですか。

 

本当に自分が興味のあったブライダル系とか、

遊んでる訳ではないんですけど、なにかエピソー ドとして話せるようなサンリオを受けてみたりは しましたね。インターンシップも行きました。2 年生の時に興味のあったブライダルのインターン シップに行きましたね。3、4年はちょっと忙し くて行けなかったんですけど。

─就活する面でインターンシップに行ったことが プラスになったことはありますか。

 

まず、行ったということがプラスになります し、やっぱり専門的な事とか、ブライダルだった らブライダルの知識とか。専門的な知識をあらか じめ持っていると面接のときに答えやすいとかは

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