文部省委嘱研究(平成10,11年度)
「教職課程における教育内容・方法の開発研究」(報告書)
「幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程(障害のある幼児 児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)」
に関する科目の教育内容・方法の開発研究
平成12年3月
は じ め に
今日,学校では,不登校,いじめ,学級崩壊,学業不振,非行などの問題が増加す るとともに,深刻化してきており,その対応が注目されている。また一方では,通常 の学級における障害のある子どもへの対応が望まれている。このような状況の下,学 校では,一人一人の子どもに対応した指導がますます重要になってきているところで ある。しかし,それぞれの子どもが抱える問題は,学習,発達,進路など多岐にわた っている。しかも顕在化した問題ばかりでなく,それぞれの子どもに潜在する問題も 多い。このような問題を理解し,対処する能力,あるいは望ましい発達を促進するこ とができる資質能力が,現在の教師には求められているのである。そしてまた,この ような問題に対処できる教師の養成が,社会的要請となっている。
教員養成段階で身に付けるべき資質として,教科指導に関する知識が重要であるこ とは言うまでもなかろう。しかしながら,それだけでは,学校を巡る様々な問題への 対応が十分にできないことは,今日の状況から明らかである。教科指導はもとより,
様々な課題に適切に対応できる力量のある教師を養成することは,教育改革の中で教 員養成大学・学部に課せられた重要課題の一つである。本研究は,この課題に答える べく,平成10年9月に文部省より研究委嘱を受け,教員養成大学・学部における授業 内容とその教育方法の開発を目指すものである。
子どもがその発達期において出会う様々な問題に適切に対応するためには,子ども の理解が出発点となる。その理解のためには,学習の仕組みや発達のメカニズム,そ の特徴などについての心理学的知識が必要不可欠である。学校における児童・生徒理 解の基礎となる知識,さらには問題を解決するための援助ができる実践的指導力の基 礎となる技能は,心理学の中でも特に,学校心理学と呼ばれる領域である。
教職に関する科目のうち,「幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程(障害のある 幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)」に関する科目は,このような学校 心理学の知識・技能の習得を目指すうえで,基礎となる科目である。
教員養成課程の学生に,様々な問題を理解し解決する能力の基礎・基本となる内容 をいかに身に付けさせるか。そして,単に専門的な学問研究の成果についての知識の
を用いればよいか。この課題に対して,本研究では30回分の授業のシラバス作成を通 して,より効果的な授業内容とその教育方法の試案を提示した。
ところで,「幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程」に関する科目は,従来,
「教育心理学」や「発達心理学」という授業名でその講義が行われてきた。その内容につ いては,今回の免許法改正に伴い,障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の 過程を含むこととされた。世界的なインテグレーションやインクルージョンの流れや,
我が国における交流教育の一層の推進よって,通常の学級を担当する教師も特殊教育 について理解することが求められているのである。しかしながら,教育心理学や発達 心理学の講義を担当してきた大学教官は,必ずしも特殊教育に関する知識が豊富であ るとはいえない。とまどいを感じている大学教官も少なくないと思われる。そこで,
障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程に関して,どのような内容を含 めればよいか,この点に関して試案を示すことも本研究の目的の一つである。
今日の学校教育の場で必要とされる実践的指導力を育成するための授業内容と教育 方法を開発するため,本研究ではその開発を,学校心理学や障害児心理学を担当して いる教官のみで行うのではなく,文部省初等中等教育局特殊教育課及び福岡県教育セ ンターの連携と協力をいただいて行った。文部省初等中等教育局特殊教育課及び福岡 県教育センターの皆様にここに記して謝意を表する次第である。
心理学を研究するものとして,今回開発研究を行った,授業内容や授業方法が,実 践的指導力の育成に関してどのような効果があるのか,実証的に検討していくことが 今後の課題となる。その意味では,この研究はまだ緒についたばかりである。多くの 方のご支援とご批判をお願いしたい。
平成12年3月
研究代表者 福岡教育大学 岡 直 樹
目 次
はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
研究組織 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ i 開発研究の基本方針 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ iii 利用の仕方 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ v
Ⅰ 幼児児童生徒の心身の発達・学習及び教師の指導性 ・・・・・・・・・・・・
1.本授業で学ぶこと ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 2.発達
(1) 認知 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 (2) 言語・コミュニケーション ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 (3) 情緒・社会性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 (4) 身体・運動・発育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 (5) 知能 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 (6) 読み書きの発達 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 3.学習
(1) 学習の基礎−1 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 (2) 学習の基礎−2 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20 (3) 理解 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 (4) 動機づけ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24 (5) 学習面の不適応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 (6) 個別指導 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30 (7) 学習の目標と評価 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32 (8) 学習指導の方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34 (9) 授業の評価と改善 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36 (10) 総合的な学習の時間 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38 4.教師の指導性
(1) 児童生徒の理解 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46 (2) 教師と児童生徒の人間関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48 (3) 教育相談 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50
Ⅱ 特殊教育
1.特殊教育の現状と課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 60 2.障害児の発達と学習の基礎
(1) 視覚障害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 62 (2) 聴覚障害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64 (3) 知的障害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66 (4) 肢体不自由 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70 (5) 病弱・身体虚弱 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 72 (6) 言語障害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 74 (7) 情緒障害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 76 (8) 重度・重複障害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80 3.特殊教育の基礎
(1) 特殊教育制度概論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 84 (2) 就学指導 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 88 (3) 教育の場とその実際 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 92 (4) 教育課程の編成 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 94 (5) 自立活動 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 96 (6) 交流教育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 100 4.体験・視聴覚学習
(1) 視覚障害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 102 (2) 聴覚障害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 104 (3) 肢体不自由 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 106 (4) 学習障害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 112 (5) 盲学校,聾学校,養護学校及び特殊学級についてのビデオ視聴 ・・・・ 114 (6) 盲学校,聾学校,養護学校訪問 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 116 (7) 特殊学級,通級指導教室訪問 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 117 (8) 市街地でのバリアフリーの確認 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 118 5.特殊教育の展開
(1) バリアフリー論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 120 (2) 特殊教育の歴史「動向と課題」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 122 (3) 個別の指導計画 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 124
コ ラ ム 一 覧
認知障害とその検査 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 不適切な言語使用−エコラエリア− ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 言語の機能の定義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 発達障害児の社会的スキル ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 小児の意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 読み書きの障害と知覚過程 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 説明事項の例(単元名「学習面の不適応 ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28」 学習障害について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29 総合的な学習の時間の考え方と進め方 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40
〔資料1〕あなたが教師になった
としたらどんなタイプ? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
〔資料2〕親和性を増す教師の働きかけ
(具体的な態度,心構え) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49 教育相談の定義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51 教育相談の意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51 説明事項の例(単元名「保護者の心理 )」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 54 ドクター・ショッピング ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57 国際障害分類(ICIDH‑2)について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 61 知的障害の定義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 68 教育的対応の基本 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 69 領域・教科をあわせた指導 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 69 知的障害教育における自立活動の特色 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 69 知的障害養護学校用教科書 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 69 肢体不自由の定義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 71 肢体不自由の医学的背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 71 病弱,身体虚弱の用語について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73 構音障害とは ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 75
吃音とは ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 75
対人関係と言語障害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 75 情緒障害の定義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 77 自閉症の診断基準と特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 78 自閉症における「対人関係・想像力・
コミュニケーションの3つの障害の関連」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 79 自閉症と知能 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 79 重度・重複障害の定義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 81 重症心身障害児とは ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 81 重複障害児について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 81 障害の重度・重複化への対応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 82 重度・重複障害の教育の内容と方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 82
特殊学級 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86 通級による指導 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86 平成10年9月の中央教育審議会答申「今後
の地方教育行政の在り方について」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86 平成11年3月告示の学習指導要領について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86 平成11年3月告示の盲学校,聾学校及び養
護学校の学習指導要領の改訂のポイント ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86 平成11年3月告示の学習指導要領に関する
移行措置 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 87 学校教育法第71条から第76条 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 89 学校教育法施行令22条の3 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90 就学指導の手続き ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 91 通級による指導に関する通達 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 93 学校教育法第71条 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 95 盲学校,聾学校及び養護学校の学習指導
要領「平成11年3月改訂」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 95 学校教育法施行規則に見られる特殊学級
に関する内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 95
「平成11年3月告示の盲学校,聾学校及び 養護学校の学習指導要領」における「養
護・訓練から自立活動」への改訂について・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 97 平成11年度告示の学習指導要領における
交流教育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・101 統合教育及びインクルージョン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・101 全盲について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・103 全盲についての疑似体験 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・103 弱視について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・103 弱視についての疑似体験 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・103 難聴についての疑似体験 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・105 車椅子の操作図解 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・107 学習障害の疑似体験プログラム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・113 視覚障害者にとってのバリアーと
バリアフリー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・119 聴覚障害者にとってのバリアーと
バリアフリー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・119 肢体不自由者にとってのバリアーと
バリアフリーの点検 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・119 背景となる「障害者」関連の動向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・123 わが国の特殊教育の現状 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・123 わが国の現在の教育改革(最近の動向) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・123 ノーマライゼーションに関する世界の動向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・123
研 究 組 織
研究担当者
岡 直 樹 (福岡教育大学教授) 研究代表者 木 舩 憲 幸 (福岡教育大学教授)
藤 金 倫 徳 (福岡教育大学助教授) 中 山 健 (福岡教育大学講師) 桐 木 建 始 (広島女学院大学教授)
横 田 雅 史 (文部省初等中等教育局特殊教育課教科調査官)
研究協力者
鎌 田 義 彦 (福岡県教育センター特殊教育部肢体不自由・病弱研究室長) 片 平 慎 一 (福岡県教育センター教育経営部教育相談研究室研修主事) 重 松 宏 明 (福岡県教育センター教育指導部教育方法研究室研修主事)
本研究を行うに当たり,次の方々から多大なご支援をいただきました。ここに記 して謝意を表します。
文部省
鈴 木 篤 (初等中等教育局特殊教育課教科調査官) 宍 戸 和 成 (初等中等教育局特殊教育課教科調査官) 吉 田 昌 義 (初等中等教育局特殊教育課教科調査官) 古 川 勝 也 (初等中等教育局特殊教育課教科調査官) 福岡県教育センター
谷 口 好 幸 (教育指導部長) 山 本 直 俊 (教育経営部長)
内 藤 邦 彦 (参事兼学校経営研究室長) 宮 崎 豪 人 (特殊教育部長)
加 来 明 彦 (特殊教育部視覚・聴覚・言語障害研究室長) 中 島 信 行 (特殊教育部視覚・聴覚・言語障害研究室研修主事) 岡 崎 好 宏 (特殊教育部視覚・聴覚・言語障害研究室研修主事) 北 里 純 二 (特殊教育部視覚・聴覚・言語障害研究室研修主事) 古 賀 眞 理 (特殊教育部知的・情緒障害研究室長)
山 本 隆 治 (特殊教育部知的・情緒障害研究室研修主事) 越 智 廣 己 (特殊教育部知的・情緒障害研究室研修主事) 田 中 稔 彦 (特殊教育部肢体不自由・病弱研究室研修主事)
阿 部 輝 彦 (前教育経営部長,現シンガポール日本人学校チャンギ校校長) 川 上 匡 彦 (前特殊教育部長,現柳河盲学校長)
福岡教育大学
志 村 洋 (福岡教育大学教授)
開発研究の基本方針
(1)本授業科目の位置づけと対象学生
今回,開発研究を行う授業科目は,「幼児児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程(障害 のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)」に関する科目として,教員養成課 程の一般学生を対象として開講されるものである。そして,「幼児児童生徒の心身の発達及び 学習の過程(障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)」に関する科目とし て,最初に履修することを前提に,その基礎的な知識・技能の習得を目指したものである。
そのため学校心理学を基盤としながら,幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程に関して 全体的な視野から既存の学問体系を越えて,授業内容を精選した。
(2)理論と実践をつなぐ授業
学校心理学に関する理論を実践の場につなげることができるためには,また学校心理学に 関する知識・技能をより具体的なレベルまで深めるためには,子どもをイメージしながら学 校心理学についての様々な問題について取り組むことが必要である。そのため,できるだけ 具体的事例をあげ,それに基づいて考え,ディスカッションする,あるいは,体験実習を行 う。
(3)体験的実習の重視
教員になってからの日々の教育実践において,さまざまな状況を分析し判断し,問題に対 して適切に対処できる実践的指導力を育成するため,具体的な課題や,事例に基づく体験的 実習を行う。体験的実習をとおして,習得した知識を実践の場で柔軟に活用できるよう,課 題解決能力を高めることができる。またこの体験的実習は,単なる体験に終わらないように するため,大学教員と教員養成実地指導講師等とのティーム・ティーチングなどにより,体 験した内容についての検討会などをとおして,細やかな指導を行う。
(4)教員養成実地指導講師等の活用
知識・技能をより具体的なレベルまで深めるため,教員養成実地指導講師等により具体的
(5)学生へのフィードバック
体験実習に限らず,発表や,演習,レポートなどに対する評価を,確実にそしてきめ細か く学生にフィードバックする。また,このフィードバックにより,体験実習で得たことや,
課題について考えたこと等を受講生全員で共有できるようにする。
(6)授業形式
教官の知識を学生へ一方的に伝える講義形式ですべて行うのでなく,内容に応じて体験実 習や討論や発表,グループ学習など用いる。また,1回の授業の中でも,説明もあれば,実習 的な要素も取り入れたり,討議を組み込んだりする。このように,常に,知識の習得だけで はなく,習得した知識の活用を念頭においた授業とする。
(7)資料,コラムの充実
実際に授業の準備を行うにあたり,参考になる文献をそれぞれの単元に付した。また,障 害児に関する内容については,従来,幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程に関する科 目を担当してきた大学教官が,必ずしも障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過 程に関して豊富な専門的知識を持っていないことを考慮してコラムを設け,当該のコマの内 容を理解しやすい障害児教育に関するエピソード等を付け加えることにした。
利 用 の 仕 方
本研究では,大学の講義30コマのうち,20コマを通常の幼児児童生徒の心身の発達 及び学習の過程について,残る10コマを障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学 習の過程についてあてることを前提として全体を構成した。そして,通常の幼児児童 生徒の心身の発達及び学習の過程については,本研究では「Ⅰ 幼児児童生徒の心身の 発達・学習及び教師の指導性」において,22コマ分のシラバスを作成したが,この中か ら20コマ分を選択することとする。
障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程については,「Ⅱ 特殊教育」に おいて27コマ分のシラバスを作成した。これらの中から,表 1 に示したように,10コ マを必修とする。
なお,内容については平成12年3月20日現在のもので構成しているが,教育改革等が 進む中で,逐一変化することも多いと思われる。その都度,データ,法令等,最新の ものを活用されたい。
また参考までに,学生による本授業に対する評価を調べるための評価表の例を,最 後に掲載した。
表 1 特殊教育に関する必修内容
1.特殊教育の現状と課題 [必修]
2.障害児の発達と学習の基礎 (1) 視覚障害 [必修]
(2) 聴覚障害 [必修]
(3) 知的障害 [必修]
(4) 肢体不自由 [必修]
(5) 病弱・身体虚弱 [必修]
(6) 言語障害 (7) 情緒障害 (8) 重度・重複障害 3.特殊教育の基礎
(1) 特殊教育制度概論 (2) 就学指導
(3) 教育の場とその実際 (4) 教育課程の編成 [必修]
4.体験・視聴覚学習
[以下の中から1コマ必修]
(1) 視覚障害 (2) 聴覚障害 (3) 肢体不自由 (4) 学習障害
(5) 盲学校聾学校、養護学校及び特 殊学級についてのビデオ視聴 (6) 盲学校,聾学校,養護学校訪問 (7) 特殊学級,通級指導教室訪問 (8) 市街地でのバリアフリーの確認 5.特殊教育の展開
[以下の中から1コマ必修]
(1) バリアフリー論
(2) 特殊教育の歴史「動向と課題」
幼児児童生徒の心身の発達・学習及び教師の指導性
Ⅰ
1.本授業で学ぶこと
本授業で学ぶこと 単 元 名
本授業に対する課題意識を高めるとともに,本授業で学習する内容のアウ トラインを示す。
目 標
講義,討論 授 業 形 態
① 教育と学校心理学−教育における様々な問題について学校心理学的見地から考
内 容
える
本授業に対する課題意識を高めるため,教育,特に幼児児童生徒の心身の発達 及び学習の過程(障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)に かかわる,イメージしやすいテーマを提示し,グループで討論させ,その結果を 発表させる。そして,そのテーマについて,学校心理学から何がわかるか,何が いえるかなどを解説する。
テーマの例
・実際の授業のビデオを見せて,教師がどのような工夫をして授業を行って いるか
・小学校1年の算数ではなぜいろいろな教具を使うのか
・勉強しない子どもに,親や教師が叱って勉強させるのはどのような点で問 題があるか
② 学校心理学とは
学校心理学は,教育場面における学習者あるいは教師自身の心理過程を科学的 方法により調べ,客観的事実に基づきその心理過程を理解しようとする学問であ ることを解説する。そして,科学的な知見に基づき教育実践をとらえ,その改善 を図ることの意義を理解させる。
③ 授業内容
本授業では学校心理学を基盤として,幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過 程(障害のある幼児児童生徒の心身の発達及び学習の過程を含む)に関して学ぶこ とを説明するとともに,授業内容のアウトラインを示す。
資 料
参考文献
1. 市川伸一 1995 学習と教育の心理学 岩波書店
(各章の終わりに演習課題として様々なテーマが取り上げられている) 2. 北尾倫彦 1991 学習指導の心理学−教え方の理論と技術− 有斐閣 3. 石隈利紀 1999 学校心理学 誠信書房
2.発達
(1)認知 単 元 名
子どもの発達をとらえていく上では,身体の発達過程とともに,認知機能
。 ,
の発達がどのように達成されていくのかを知ることが重要となる ここでは まず認知とは何かについて説明し,ピアジェの認知発達の段階について解説
目 標
する。また,このような発達段階を踏まえながら学習指導の在り方について 考える。
講義,討論 授 業 形 態
① 認知とは
内 容
最近の認知心理学では,「認知」とは,環境へ主体的に働きかけることによって 外界から情報を取り入れ,それが何であるかを知り,自分にとってどのような意 味があるのかを解釈する一連の過程としてとらえている。この中には,感覚・知 覚,記憶,学習,言語,思考・判断といった知的活動の重要な側面が含まれてい る。これらの情報処理メカニズムについて説明し,知的発達と教育のかかわりに ついて考えさせる。
さらに,認知心理学における人間観についても考える。つまり,「人間は生まれ ながらに人間として成長していくための合理的な知性をもっており,個人が主体 的に環境に働きかけることで,生きていくために必要な知識・技能を獲得しなが ら,自らを成長させていく存在である」という考えを実験・観察の例をあげながら 提示し,この観点が教育においてどのように位置づけられるかを討論させる。
② 認知の発達
認知発達におけるピアジェの発達段階(感覚・運動知能の段階,前操作段階,具 体的操作段階,形式的操作段階)について,各段階での思考様式,認知の特性につ いて説明する。また,対象の永続性,象徴機能,保存,脱中心化,抽象的思考,
水平的デカラージュなどの概念を踏まえながら,認知発達の推移について解説す る。また,このような発達の過程で,知覚,言語,社会性,遊び,道徳判断など の行動にどのような変化があらわれるのかについても説明する。
③ 認知発達の学習指導
以上のような認知心理学の人間観,認知発達の過程を考慮したうえで,学習指
資 料
参考文献
○ 認知とは
1. J.R.アンダーソン 富田達彦他訳 1982 認知心理学概論 誠信書房 2. 市川伸一・伊東裕司編 1987 認知心理学を知る ブレーン出版 3. 佐伯 胖 1986 認知心理学の方法(認知科学選書10) 東京大学出版会
○ 認知の発達
1. J.ピアジェ・B.イネルデ 波多野完治他訳 1969 新しい児童心理学 白水社 2. 波多野完治編 1965 ピアジェの認識心理学 国土社
3. 古浦一郎編 1977 認知の発達心理学 誠信書房
4. 岡本夏木 1986 ピアジェ,J.(別冊発達4 発達の理論をきずく) ミネルヴァ書房
○ 認知発達と学習指導
1. 市川伸一 1995 学習と教育の心理学 岩波書店
2. 波多野誼余夫編 1980 自己学習能力を育てる−学校の新しい役割− 東京大学出版会
コ ラ ム
認知障害とその検査
認知障害とは,感覚,知覚,記憶,学習,イメージ形成,判断,推理など情報処理の過程に生 じる障害をさす。このような子どもの認知過程や認知障害を測る検査の代表例に,WISC‑ⅢとK‑A BCがあげられる。
WISC‑Ⅲとは,5歳から17歳を対象にしたウェクスラー(Wechsler)により開発された知能検査で ある。検査は言語性の検査と動作性(非言語性)の検査の2つに別れている。言語性及び動作性の 認知能力について分析的・診断的に検討することができる。
K‑ABCとは,2歳から12歳を対象にしたカウフマン(Kaufman)により開発された心理・教育的評 価を行う検査である。カウフマンは認知心理学の研究を展望し,認知処理の様式には継次処理様 式と同時処理様式があることを指摘し,子どもの継次処理や同時処理をK‑ABCにおいて測定でき るようにした。継次処理様式とは,情報を1度に1つずつ連続的・時間的な方法で分析的に処理 して問題を解決する。同時処理様式とは,1度に多くの情報を空間的に統合し,全体的に処理し て問題を解決する。
2.発達
(2)言語・コミュニケーション 単 元 名
子どもの言語・コミュニケーションの発達の基礎的な様相を理解する。
目 標
講義(実習を含むこともあり得る) 授 業 形 態
① 言語・コミュニケーションの定義
内 容
言語・コミュニケーションとは何かについて,その定義とともに理解させる。
この考え方については様々なものがあるが,認知心理学的言語研究と行動分析的 言語研究の2つを解説する。
② 言語の機能
言語の定義と言語の機能の分類について解説する。ことばにはどのような機能 のものがあるかについて,その定義も含めて説明する(表出言語の側面を中心に 取り扱う 。)
③ 言語発達
乳幼児期の言語発達について,前言語期,移行期(一語発話期),言語期それぞ れについてその特徴を説明する。その際,ことばには生得的な側面と学習性の側 面があることを理解させる。
④ コミュニケーション発達促進の留意事項
コミュニケーション発達の促進には,ことばの聞き手の対応が重要であり,子 どものコミュニケーション行動に対して教師がいかに応じるかということで,子 どもの言語行動が変化することを理解させる。
ことばが環境の変化(聞き手の行動)によって変容することを示すために,場合 によっては,言語条件づけ等の実習(実験)を行う。
さらに,言行一致等,ことばによる非言語的行動のコントロールについて触れ る。
資 料
参考文献
○言語・コミュニケーションの定義
佐藤方哉編 現代基礎心理学6 学習Ⅱ 東京大学出版会
1. 1983
○言語の機能
1. Dore, J. 1975 Holophrases, speech acts and language universals. Journal of Child Language, 2,21-40.
大伴 茂訳 児童の自己中心性 同文書院 2.Piaget, J. 1954
3.Skinner,B. F. 1957 Verbal Behavior. Copley.
4. Wetherby, A. M., Cain, D. H., Yonclas, D. G., & Walker, V. G. 1988 Analysis of intentional communication of normal children from the prelinguistic to the multiword stage. Journal of Speech and Hearing research, 31, 240-252.
藤金倫徳・林部英雄 言語の機能に関する行動分析学的解釈の試み 福岡教育大学障
5. 1991
, 4,3-10.
害児治療教育センター年報
○言語発達
山内光哉 発達心理学 上 ナカニシヤ出版
1. 1993
2. Coogins, T. E., Olswang, L. B., & Guthrie,J. 1987 Assessing communicative intents in young children: Low structured observation or elicitation tasks? Journal of Speech and Hearing Disorders,52,44-49.
3.林部英雄 1989 言語の発達における年齢の影響 日本音響学会誌,45(3),172-178.
村田孝次 幼児の言語発達 培風館
4. 1968
正高信男 ことばの誕生−行動学からみた言語起源論− 紀伊国屋書店
5. 1991
○コミュニケーション発達促進の留意事項
桑田 繁 心理学専攻の大学2年生に対する言語条件づけ実験実習の試み 行動分析
1. 1989
,4,39-56.
学研究
明星大学心理学研究室 心理学基礎実験とテスト 明星大学出版部
2. 1975
コ ラ ム
不適切な言語使用−エコラリア−
言語障害には様々なものがある。その一つに,知的障害児や自閉症児など発達障害をもつ子ど ものことばの側面の問題がある。これらの子どもが示すことばの問題の一つに,「エコラリア」が ある。エコラリアとは,他者のことばをオウム返しするような言語反応である。
これらの言語使用は不適切ではあるが,単に不適切だと片づけてしまうことにも問題がある。
例えば,Durand and Crimmins(1987)は,課題が子どもにとって困難になると,子どものエコ ラリアが増大すること,エコラリアの結果,10秒間のタイムアウトを実施したところ,同様にエ コラリアの生起頻度が高まったことを示した。これらのことは,エコラリアが課題からの逃避の 機能を持っている可能性を示していることから,「Help me」を教示してみたところ,エコラリア の生起頻度が低下した。
すなわち,子どものエコラリアは,課題からの逃避行動として機能しているので,機能の側面 だけをみれば,何ら問題がない。したがって,単にエコラリアを抑制することを目的とした対処 は適切ではないと言える。問題なのは逃避をエコラリアという形で表現していることなので,こ とばの形態を「Help me」等に置き換えるという対処が望ましいと言える。
このようなこと−すなわち,一見不適切だと思われるような行動が実はコミュニカティブな機 能を帯びていること−は,エコラリアに限らず,自傷行動等でも証明されている。子どもが示す 行動が何であるか(例えば自傷行動;Iwata, Dorsey, Slifer, Bauman, and Richman, 1994)とい うことだけではなく,それが生活場面で如何に機能しているかという検討を行うことが重要であ る。この「機能」とは,上で示したように,その行動が他者を含めた環境とどのようなかかわりを 持っているかで規定することができる。
引用文献
1. Durand, V. M. and Crimmins, D. B. 1987 Assessment and treatment of psychotic speech inanautisticchild.JournalofAutism&DevelopmentalDisorders, 17(1), 17-28.
2. Iwata, B. A., Dorsey, M. F., Slifer, K. J., Bauman, K. E., and Richman, G. S. 1994 Toward a functional analysis of self-injury. Journal of Applied Behavior Analysis, 27, 197-209.
言語の機能の定義 a Piaget(1954)の定義
自 己 中 反復 同じ語,句の繰り返し。ある内容を伝達しようという意図はなく(人がそこにいる 心 性 言 いないにさえ関係ない),話すこと自体を楽しんでいる。
語 独言 「声によって考える」。誰かに話しかけようとする意図は全くない。
集団独語 仲間のいるところだけで生じ,仲間は談話の発動のための誘発刺激ではあるが,
それ以上のものではなく,仲間に対してその応答を求めるということがない。仲間 がそこにいることが意識されているだけで,仲間にある内容を伝えたいという意図 はない。
適用的報告 情報を相手に与えることを意識してなされる談話。自分から自発的に話を切りだ 社会性 した場合だけを言う。
言語 批判 一定の聞き手に対して,感情的な主張を行うときのことば。自己優越の感情およ び主張が含まれ,多くは相手をけなすことばを含んでいる。好戦・競争の性質が強 く,非知識的な傾向があれば,すべて「批判」に入る。
命 令 ・ 要 求 ・ 遊びの中で必要な仲間の間の意志の交流において,相手の果たして欲しい役割を 威嚇 必要限度まで縮小するために用いることば。命令・要求・威嚇の間の厳密な区別は
なされていない。
質問 応答を求めており,応答に対する反応が積極的であれば,それは質問とし,それ がかけていれば,独言ないしは集団独語とみなされる。
応答 相手の要請に応じて,適応的に報告した場合が応答である。質問に応じ,質問内 容に密接に対応することば。
b Dore(1975)の分類
命 名 話し手は事態ないし事象に注意している。発話は,聞き手には向けていない。聞き手は,話し ての発話を反復することがあるが,ほとんどの場合,反応しない。
反 復 話し手は,発話する前に他者の発話に注目する。発話は,聞き手に向けられてはいない。聞き 手は,話し手の発話を反復することがあるが,ほとんどの場合,反応しない。
, 。 , 。 ,
応 答 話し手は 発話する前に他者の発話に注目する 発話は 聞き手に向けられている 聞き手は 話し手の反応を待っており,話し手が発話すると,返答することが多い。つぎに,行為を遂行す る。
行為要求 話し手は,対象ないし事象に注目し,発話は聞き手に向けられている。話し手は聞き手の反応 を期待しており,合図の身振りが伴う。聞き手は,行為を遂行する。
回答要求 発話は,聞き手に向けられている。聞き手の反応を期待しており,対象に関しての身振りを行 う。聞き手は,反応を発する。
呼びかけ 聞き手の名前を大声で発することによって,発話は聞き手にさしむけられる。聞き手の反応を 期待している。聞き手は,話し手に注意するか,応答することによって反応する。
挨 拶 話し手は,聞き手あるいは対象に注意する。聞き手は,挨拶発話を返す。談話事象は,開始す るか終了する。
抗 議 話し手は,聞き手に注意する。発話は聞き手にさしむけられている。聞き手の行為に抗議ない し否定する。話し手が嫌う行為を行うことによって,聞き手の方から先に談話事象を始める。聞 き手の行為が終結するか,あるいは話し手が行為を防ぐ。
練 習 話し手は,特定の対象ないし事象に注意していない。発話は聞き手には向けられていない。ま た,聞き手の反応も期待していない。聞き手の反応はない。発話に関係のあるような文脈の明瞭 な側面は存在しない。
c Skinner(1957)の分類 マンド(mand) タクト(tact)
2.発達
(3)情緒・社会性 単 元 名
子どもの情緒・社会性の基礎的な様相を理解する。
目 標
講義 授 業 形 態
① 社会性とは何か
内 容
「社会性」とは,①社会的参加の程度,②社会的な規範にそった行動ができるこ と,③個人の特徴を表す性格特性としての社会性というような意味を持っている ことを,それぞれについて例示しながら理解させる。
② 社会性の発達と遊びの役割
a アタッチメントの形成についてHarlowの代理母親の例,Ainsworth らの 法等を用いながら説明する。
strange-situation
b 仲間との相互作用を通して社会性を獲得していくことを説明する。その際,
社会性の発達に大きく影響を及ぼすものの一つである遊びの役割について説明 する(含,遊びの発達)。
③ 社会的学習の原理 a 社会的強化
b モデリング(社会的観察学習)
④ 情緒とその発達 a 情緒とは
発達の初期にあっては母子関係,その後,友人関係などを含めた環境との相 互作用において適応的必要性から生起する感情状態をいう。特に,教育領域で は,子どもの様々な刺激の受容の仕方を決定する重要な要因として,学校での 友人関係や学習活動の基盤になるものと位置づけられる。
b 情緒の発達
乳児期から様々な情緒の形態が教育文化的背景との関連で分化していくこと を教育との関連の中で説明する。
c 幼児期における情緒発達の意義
情緒の発達がその後の性格形成及び,学校での対人関係や学習上,重要な意 義を持つことを教育との関連で説明する。
資 料
参考文献○ 社会性とは
依田 新・沢田慶輔 児童心理学第二版 東京大学出版会
1. 1981
2. 大羽 蓁・奥野茂夫編 1992 児童心理学 ナカニシヤ出版 (第9章 社会性の発達)
○ 社会性の発達と遊びの役割
1. Ainsworth, M. D. S., Blehar, M. C., Waters, E., and Wall, S. 1978 Patterns of attachment: A psychological study of the strange situation.Hillsdale,N.J.:Erlbaum.
2. Harlow, H. F. 1958 Thenature of love. AmericanPsychologist, 13, 673-685.
3. 山内光哉編 1993 発達心理学 上 ナカニシヤ出版 (第10章 遊びの発達)
○ 社会的学習の原理
1. Bandura, A. 1963 Imitation of film-mediated aggressive models. Journal of Abnormal andSocialPsychology,66(1),3-11.
2. Bandura, A. (ed.) 1971 Psychological modeling: Conflictingtheories. Aldine・ Atherton, 原野広太郎・福島脩美訳 モデリングの心理学−観察学習の理論と方法− 金子書房 3. Haring, T. G., Kennedy, C. H., Adams, M. J., and Pitts-Conway, V.Inc. 1987 Teaching
generalization of purchasing skills across community settings to autistic youth using videotapemodeling. Journal of AppliedBehaviorAnalysis,20,89-96.
安永 悟・荒木紀幸 山内光哉編 発達心理学 上 ナカニシヤ出版 第 章 社会
4. 1993 ( 11
) 性と道徳性の発達
5. Matson, J. L. and Ollendick, T. H. 1988 Enhancing Children's Social Skills assessment 佐藤容子・佐藤正二・高山 巌訳 子どもの社会的
and Training. Pergamon Press. 1993
スキル訓練−社会性を育てるプログラム− 金剛出版
○情緒とその発達
曻地三郎・篠原しのぶ 児童心理学 峯書房
1. 1990
山内光哉編 発達心理学 上 ナカニシヤ出版
2. 1993
○適応行動に関する検査
1.「AAMD適応行動尺度」(AAMD Adaptive Behavior Scales: ABS)(Nihira, Foster, Shellhaas, and Leland, 1974)
2.「ABS学校版」(School Edition of the ABS)(Lambert and Windmiller, 1981)
3.「改訂版ヴァインランド適応行動尺度」(Revised Vineland Adaptive Behavior Scale)(Sparr ow, Balla, and Cichetti, 1984)
4.「自立行動尺度」(Scales of Independent Behavior)(Bruininks, Woodcock, Weatherman, an d Hill, 1984)
5.「適応行動総合テスト」(Comprehensive Test of Adaptive Behavior)(Adams, 1984)
コ ラ ム
発達障害児の社会的スキル
玩具等を他の子どもに 要求 したり,それを要求された場合に 貸してあげる(要求充足) とい「 」 「 」 う行動は,発達障害幼児においても重要な社会的スキルである。藤金(1999)はこのような要求・
要求充足の関係をみて,他児の(玩具の)要求を拒否することの多い軽度発達障害児では,発達障 害児自身が玩具を要求した場合,他児にその要求を拒否されることが多いことを示した。
ところで,如何にして発達障害児の要求充足行動を高めるかという点について,上の例では,
発達障害児の 拒否 はそれによって生じる玩具での遊びの継続によって強化されていることが推「 」 察された。このような強化刺激の配列は,遊びの継続(強化)が拒否(行動)の目的になっている。
そしてこのような強化随伴性は,言語強化等の強化効力を上回る非常に強力な強化法であること が知られている(鈴村, 1977)。したがって,発達障害児の要求充足行動の生起を待って,それを 言語的に強化するような方法では要求充足行動の生起を高めることが困難なことが予測された。
そこで,この藤金(1999)の研究では,ビデオテープモデリングを行って対象児の要求充足行動 を高めることを試み,対象児の要求充足行動が高まれば,対象児が他児に要求した場合にも,他 児が対象児の要求に応じる確率が高まったことを報告している。
2.発達
(4)身体・運動・発育 単 元 名
身体・運動・発育について理解する。
目 標
講義,ビデオ視聴 授 業 形 態
① 発育(生理的発育)
内 容
a 神経系の成熟
神経系のネットワーク形成と髄鞘化
成熟3段階−脊髄・延髄・橋レベル,中脳レベル,大脳皮質レベル b 神経系の成熟・姿勢反射反応・姿勢運動発達
上記の神経系の成熟段階と姿勢反射反応の成熟及び姿勢運動発達が,対応 することを理解する。
姿勢反射反応の成熟の3つの段階−原始反射,立ち直り反応,平衡反応 姿勢運動発達の過程−臥位と寝返り,座位と上肢の使用,立位と歩行
」 c ソフトサイン「微細な神経学的兆候 d 内分泌発育
② 身体の発育
身長,体重,体格などの発育について理解する。
③ 運動と姿勢の発達 a 運動発達の方向
身体の正中線から左右へ 頭部から尾部へ
b 粗大な姿勢運動の発達
姿勢の発達 臥位 肘位 手位 座位 四つ這い位 立位 運動の発達 寝返り 這い 手の使用 ハイハイ 歩行
上記の2つの発達過程とその対応を理解する。
c 微細運動の発達
手と腕の運動の発達段階を理解する。
資 料
参考文献1. Gesell, A. 他著 新井清三郎訳 1982 小児の発達と行動 福村出版
2. Gesell, A. 他著 山下俊郎他訳 1983 学童の心理学:5歳より10歳まで 改訂版 家政教 育社
3. Knoblock, H. 他著 新井清三郎訳 1983 発達診断マニュアル 日本小児医事出版 4. 多和健雄他著 1983 身体と運動機能の発達と指導 柳原書店
5. 宮本茂雄・林 邦雄編著 1983 身体・運動 学苑社(講座・障害児の発達と教育,第3巻) 6. Barnes, M. R. 他著 愛知理学療法士中枢神経研究会訳 1984 運動発達と反射 : 反射検
査の手技と評価 医歯薬出版
7. 家森百合子他著 1985 子どもの姿勢運動発達:早期診断/早期治療への道 ミネルヴァ書房 (別冊発達,3)
8. 橋口英俊編 1992 身体と運動機能の発達 金子書房 (新・児童心理学講座,3)
9. Fiorentino, M. R. 著 松村 秩・ 矢谷令子訳 1975 正常児・異常児の運動発達検査 医歯薬出版
10. R.M.マリーナ & C.ブシャール著 高石昌弘・小林寛道監訳 1995 事典発育・成熟・運動 大修館書店
11. 小林 登他監修 1993 乳幼児発育評価マニュアル 文光堂 参考ビデオ
神経系の成熟・姿勢反射反応・姿勢運動発達」に関しては,以下のビデオがわかりやすい。
「
1. 森まさ子監修 乳児の脳の発達と反射 ビデオパックニッポン 「テレビ朝日六本木センター 内」
2. 鳴門教育大学企画 四国放送制作・著作 1992 子どもの身体と運動機能
3. 乳児の正常運動発達 ジェムコ出版(GEMCO VIDEO LIBRARY ; 乳児期の運動の発達とその障害 第1巻)
コ ラ ム
小児の意義, , ,
小児あるいは児童という言葉は 一般には 成人や老人という言葉に対応して用いられており 心身の成長発達期にあるもの,成熟への途上にあるものをさしている。
ヒトの成熟過程は,身体・精神・社会性などの面から考察されるが,これらの各面における成 熟は平行して進展していくものではないし,個人差も大きい。したがって成熟・未成熟の境界を 簡単に暦年齢の線または狭い幅で定めることはできない。
どの年齢までを小児,児童あるいは未成年者として取り扱うかは,生物学的,心理学的あるい は社会性のどの観点を重視するかによって意見が分かれる。一般には18〜20歳未満のものをさす としてよかろう。
「ヒト は哺乳動物のうちで 最も長い在胎期間を有するものの1つで 出生時には 発達は」 , , , , 他の動物に比べ,はるかに進んだ段階に到達している。しかし,成人に比べ,はるかに小さく,
機能的に未成熟である。そしてまた出生後も,長い未成熟期間をゆっくりと経過する。
肉体的には,女子は18歳ころに,男子は20歳ころに成熟が到達する。すなわち一生の約1/3〜1
2.発達
(5)知能 単 元 名
知能の定義,知能の構造,知能の発達,知能の測定について理解する。
目 標
講義 授 業 形 態
① 知能の定義
内 容
知能の代表的な定義及びそれぞれの定義の長所,短所について理解する。
a 思考能力 b 適応能力 c 学習能力
② 知能の構造
知能の因子説に基づいて,知能の構造を理解する。
a サーストンの説 b スピアマンの説 c ギルフォードの説
③ 知能の測定−知能検査
二つの代表的な知能検査,田中ビネー知能検査とWechsler知能検査について理 解する。この二つの検査は標準化の手続きもしっかりしており,また,最も頻繁 に用いられている。しかし,基礎となる定義も違うし,検査の構造や検査結果の 表示法もまったく異なるものである。
a Wechsler知能検査 b 田中ビネー知能検査
④ 知能の測定−知能検査結果の表示法
知能検査の結果から知能を表示する三つの指標としての,MA,IQ及び偏差値IQ
。 , 。
を理解する これらの指標の意味するものは 知能の異なった側面を示している a MAとIQ
b 偏差値IQ
⑤ 知能の発達
知能の発達を,量的発達と質的発達の二つの観点から理解する。
a MA,IQ及び偏差値IQを指標とした知能の量的発達
資 料
参考文献
○ 知能の定義,機能,構造,測定等全般
1. 山下 勲編著 1991 精神発達遅滞児の心理と指導 北大路書房 (第2章 知能) 2. 住田勝美 1970 知能の研究 北大路書房
3. 杉原一昭監訳 1992 知能心理学ハンドブック 田研出版
○ 知能検査,知能の表示法
1. 日本版WISC‑Ⅲ刊行委員会訳編著 1998 日本版 WISC‑Ⅲ知能検査法 日本文化科学社 2. 中野善達・大沢正子訳 1982 知能の発達と評価 : 知能検査の誕生 福村出版 3. 滝沢武久 1971 知能指数 中公新書
4. 山下 勲編著 1991 精神発達遅滞児の心理と指導 北大路書房 (第3章 知的機能の診断) 5. 田中敏隆・田中英高共著 1988 知能と知的機能の発達−知能検査の適切な活用のために
田研出版
○ 知能の発達
1. 滝沢武久 1984 子どもの思考力 岩波新書
2. J.ピアジェ著 谷村覚・浜田寿美男訳 1978 知能の誕生 ミネルヴァ書房
3. J.ピアジェ著 波多野完治・滝沢武久訳 1998 知能の心理学(改訂版) みすず書房
4. H.W.メイヤ著 大西誠一郎監訳 1983 児童心理学三つの理論 : エリクソン/ピアジェ/シア ーズ(新装版) 黎明書房
2.発達
(6)読み書きの発達 単 元 名
読み書き の基礎的なメカニズム及びその発達について理解する。
「 」
目 標
講義,体験学習 授 業 形 態
① 読み書きの基礎としての感覚運動発達
内 容
視覚の発達について,視力の発達,調節作用の発達,視覚探索の発達,眼球運 動の発達などの面から理解する。運動の発達については,特に手の運動発達をと りあげ,視覚と運動の協応の発達について理解する。また,注意の発達について も言及する。
② 文字言語(書きことば)の獲得と内言の発達
日本語の文字表記の特徴,特に仮名と漢字について,英語の場合と比較しなが ら理解を図る。そして,文字の読みの学習の基本となる文字と音との対応関係の 理解や,音節分解の発達について解説する。また,語彙の発達についても解説す る。
③ 単語の認知過程−視覚情報処理−
単語の(読みの)認知過程について,情報処理モデル(McClelland & Rumelhart の相互活性化モデルなど)を取り上げ,文字レベルや音素レベル,単語レベル,意 味レベルや統語レベルの処理の仕組みの理解を図る。その際,誤字や脱字を含む 文章を実際に読ませることにより,眼球運動について理解し,また,ボトムアッ プ処理とトップダウン処理,あるいはその処理の並列性などについて実感できる ようにする。
④ 読み能力の発達
音読と黙読について,その速さと読みとりの正確さの発達について解説する。
⑤ 作文能力の発達
文章の産出過程の特徴,及びその発達について,書字能力,文法力,描写力の 発達,内言の外言化,表現意図と表現の調整過程,書きの過程とその読み返しで ある読みの過程の関係などの面から解説する。
資 料
参考文献1. 若井邦夫・高橋道子・高橋義信・城谷ゆかり 1994 乳幼児心理学−人生初期の発達を考え る− サイエンス社
2. 乾 敏郎編 1995 認知心理学 1 知覚と運動 東京大学出版会
3. 鹿取廣人編 1984 現代基礎心理学 10 発達Ⅱ 個体発生 東京大学出版会 4. 大津由紀雄編 1995 認知心理学 3 言語 東京大学出版会
5. 国立国語研究所 1972 幼児の読み書き能力 東京書籍
6. 内田伸子 1990 子どもの文章−書くこと・考えること− 東京大学出版会
7. 大田 堯他編 1979 岩波講座 子どもの発達と教育5 少年期 発達段階と教育2 岩波 書店
8. 岡本夏木他編 1994 講座 幼児の生活と教育 4 理解と表現の発達 岩波書店 9. 坂本龍生編 1992 発達障害臨床学 学苑社 (第Ⅲ部 学習障害)
コ ラ ム
読み書きの障害と知覚過程
読みを,文字を読むということと考えてみよう。このことから,まず考えられることは,視覚 が読みに関係するということである。だが,読みに関係するのは視覚だけであろうか。小学校の 低学年の時,教科書の音読をした経験のない人はいないであろう。音読とは,文字を音声に変換 して出力することである。音声には,聴覚が関係する。
では,読みに視覚と聴覚がどのように関係しているのであろうか。読みの第1段階では,視覚 刺激である文字が形として認知される。第2段階として,形として認知された文字が聴覚音声言 語,つまりはなしことばに翻訳される。第3段階として,はなしことばの内容が理解されて記憶 される。人間には,視覚型と聴覚型があると言われているが,多くの人は文字をはなしことばに 置き換えて理解し,記憶する。つまり,視覚刺激を聴覚的内容に変換して理解するのが,読みの 過程である。小学校における音読は,この視覚から聴覚への変換の練習と言える。この変換が学 習されると,黙読が可能となる。黙読の段階では,もはや文字を声に出してしゃべることは必要 ない。声に出さなくても,頭の中で自然に音声が流れていくようになっている。
次に書きについて考えてみよう。記憶した内容は,主としてはなしことばとして保存されてい る。その内容を書くためには,はなしことばから再び文字へ翻訳せねばならない。ここでは,読 みの過程と逆の変換,つまり聴覚から視覚への変換が必要となる。
これまで述べてきたように,読みと書きの過程には視覚‑聴覚連合が密接に関係している。こ れらの視覚,聴覚及び視覚‑聴覚連合になんらかの機能不全があれば,当然ながら読みや書きの 障害が現れることになる。
3.学習
(1)学習の基礎−1 単 元 名
記憶実験の体験を通して学習の基礎的なメカニズムを理解する。
目 標
講義,体験学習 授 業 形 態
① 学習とは何か
内 容
「学習」とは何か,「学習」はどのようになされるものなのか,この問に対して自 分のこれまでの体験から「学習」について考えさせる。そして学習した結果, 知 っている , できる ようになっていること(知識を獲得していること)を理解さ せる。
② 知識獲得と記憶
繰り返し経験したことを知識として身に付けるためには,それを記憶していな ければならない。そしてそれは,必要なときに検索して利用できなければならな い。したがって,学習を知識の獲得としてとらえるなら,学習の問題を理解する 上では,経験したことがどのように記憶され,貯蔵され,検索されるのか,さら には記憶,貯蔵,検索はどうすれば促進されるのか,そのようなメカニズムを知 ることが重要である。
③ 自由再生実験
12語程度の記銘材料を読み上げて自由再生実験(直後再生,遅延再生)を行い,
その結果を集計する。そして黒板にその結果の系列位置曲線を描き,人間の記憶 の特徴をつかませる。
④ 短期記憶
短期記憶について説明する。
⑤ 長期記憶
長期記憶について説明する。
, , , 。
2重貯蔵モデルにしたがい 人間の記憶 貯蔵 検索のメカニズムを理解させる
資 料
参考文献
○ 学習とは何か,知識獲得と記憶
1. 市川伸一 1995 学習と教育の心理学 岩波書店
2. 北尾倫彦 1991 学習指導の心理学−教え方の理論と技術− 有斐閣 3. 若き認知心理学者の会 1993 認知心理学者教育を語る 北大路書房
○ 短期記憶,長期記憶,自由再生実験
1. 箱田裕司編 1996 認知心理学重要研究集 2 記憶認知 誠信書房 2. 石田 潤他 1995 ダイアグラム心理学 北大路書房
3. 小谷津孝明編 1982 現代基礎心理学 4 記憶 東京大学出版会 4. 高野陽太郎編 1995 認知心理学 2 記憶 東京大学出版会
3.学習
(2)学習の基礎−2 単 元 名
記憶と知識の関係について理解し,知識(意味記憶)の構造と検索のメカニ ズム,及びその獲得過程を知るとともに,知識を生かしていくための指導上
目 標
の留意点について考える。
講義,討論 授 業 形 態
① 知識(意味記憶)の構造と検索
内 容
長期記憶は,個人の経験内容を主として保持するエピソード記憶と,言語や概 念,一般的知識を構成する意味記憶とに分類され,それぞれの記憶が人間の知的 活動に重要な役割を果たしていることを理解させる。また,言語理解,思考・判 断,意思決定などを支える意味記憶がどのような構造で記憶されているのか,そ してどのように検索され利用されるのかを理解させるために次の内容について説 明する。
・意味記憶のネットワーク・モデルとプライミング効果
・スキーマ,スクリプト,物語文法
・プロダクション・システム
② 知識獲得とメタ認知
利用可能な知識を獲得するためには,経験した事象をよく理解し,既有の知識 に組み入れる(体制化する)ことが重要となる。そのためには,自分が今どのよう な知識をもっており,どのようにすれば新しい知識を獲得しやすいのかを知って いること,どこまで学習できているのかを必要に応じて確認(モニター)すること などが必要となる。このような認知的機能を総称してメタ認知とよばれている。
, , 。
ここでは メタ認知の機能とその発達過程 及び知識形成との関係を理解させる
③ 知識を生かすために
人間の記憶について,さらにワーキングメモリー,潜在記憶,展望記憶の概念 と研究成果を説明した上で,日常生活の中での記憶の働きについて考えさせる。
そして,学習指導を行う際に,いかにすれば効率よく知識を獲得し,その知識を 活用していくことができるのかを討論させ,具体的な指導方法を提案させる。
資 料
参考文献
○ 知識(意味記憶)の構造と検索
1. J.R.アンダーソン 富田達彦他訳 1982 認知心理学概論 誠信書房 2. 石田 潤他 1995 ダイアグラム心理学 北大路書房
3. E.タルヴィング 太田信夫訳 1985 タルヴィングの記憶理論 教育出版
○ 知識獲得とメタ認知
1. A.L.ブラウン 湯川良三・石田裕久訳 1984 メタ認知 サイエンス社 2. 森 敏昭他 1995 グラフィック認知心理学 サイエンス社
3. 橋口英俊他編 1991 児童心理学の進歩 金子書房 (第4章 メタ認知)
○ 知識を生かすために
1. G.コーエン 川口 潤他訳 1992 日常記憶の心理学 サイエンス社 2. 市川伸一 1995 学習と教育の心理学 岩波書店
3.学習
(3)理解 単 元 名
学習することの最終的な目的は,学ぶべき内容をその後の思考・判断・問
。 目 標 題解決などに有効に活用できる知識として獲得することにあるといってよい
そのためには,内容をただ記憶するだけでなく,十分に理解したうえで既有 知識に位置づけていく必要がある。ここでは,理解するということはどうい うことか,理解を促進するためにはどうすればよいのかについて考える。
講義,体験学習,討論 授 業 形 態
① 学習過程での理解
内 容
理解とは,新しく提示された情報が,現在もっている既有知識を利用してもう まく解釈できない(「わからない」)状態から,その情報を既有知識と関係づけるこ とによって解釈可能な(「わかる」)状態へと移行する過程である。
このことを実体験するために,ブランスフォードとジョンソン(1973)の文章記 憶の実験(資料参照)を実施し,関連づけるための情報を導入することによってい かに理解が促進されるかを認識させる。
② 「わかる」とはどういうことか
学習場面において,どのような認知レベルに至れば「わかった」といえるのかを 考えさせる。たとえば,「大学教授問題」(佐伯,1995)を提示して解答させた後,
正解した者にはなぜその答えが正解なのかを説明させ,正解しなかった者にはそ の理由を述べさせる。そして,「わかる」までの認知過程と「わかった」ことの本質 的な意味について討論させる。
③ 理解の規定因
理解を規定する要因を,教師の側の要因(授業のスキル,教材の内容と配列,学 習者の把握),伝達情報の要因(わかりやすさ,興味・関心の度合,既有知識との 関連性),学習者の側の要因(既有知識,動機づけ,自己効力感,メタ認知)に分類 し,それぞれの特性について説明する。
また,オーズベルの有意味受容学習における先行オーガナイザー,教材配列に おけるルーレッグ方式や「ルール・事例・例外」構造などをとりあげ,理解を促進 する実践例を紹介する。
④ 理解を促進するためにはどうすればよいか
以上の説明と体験学習をふまえて,教科指導において子どもたちの理解を促進
資 料
参考文献
○ 学習過程での理解,「わかる」とはどういうことか 1. 市川伸一 1995 学習と教育の心理学 岩波書店
2. 佐伯 胖編 1982 認知心理学講座3 推論と理解 東京大学出版会 3. 佐伯 胖 1985 理解とはなにか 東京大学出版会
4. 佐伯 胖 1995 「わかる」ということの意味 岩波書店
5. D. E. ルーメルハート(御領 謙訳) 1979 人間の情報処理 サイエンス社
○ 理解の規定因,理解を促進するためにはどうすればよいか
1. 森 敏昭編 2000 教育の方法・技術 協同出版 (第2章 知識・理解と学習指導) 2. 東江平之・前原武子編 1989 『教育心理学―コンピテンスを育てる』 福村出版 (第3章
知的コンピテンス)
3. 細谷 純 1983 プログラミングのための諸条件 学習と環境(講座現代の心理学3) 小学 館
4. 真柄啓一 1986 例外のあるルールが学習者の興味に及ぼす影響 教育心理学研究,34,13 9‑147.
教材
1. ブランスフォードとジョンソン(1973)の文章記憶の実験:ルーメルハート(1979)「人間の情 報処理」(pp.179‑180)の文章例と図
2. 「大学教授問題」:佐伯 胖(1995) 「わかるということの意味」(pp.15‑22)の問題例