今日の話題
496 化学と生物 Vol. 52, No. 8, 2014
アレルギー炎症と IgE Heterogeneity
ヒスタミン遊離因子によるマスト細胞活性化調節
ヒトの体は外来から異物が侵入すると,それを排除し ようと免疫応答が起こる.しかし,この免疫反応が生体 内で過剰に起こると,生体防御反応のバランスは崩れ,
さまざまな疾患が発症する.その一つにアレルギー疾患 がある.喘息,アトピー性皮膚炎,花粉症および食物ア レルギーといったアレルギー疾患は多種多様な病態を形 成し,さまざまな免疫担当細胞が病態形成にかかわって いる.また,これらの疾患において抗原特異的IgE抗体 が非常に重要な役割を担っていることは周知の事実であ る.
マスト細胞はその細胞表面上に高親和性IgE受容体
(Fc
ε
RI)を発現し,Fcε
RIの架橋が起こるとマスト細胞内 に活性化シグナルが伝達される.活性化したマスト細胞 は,さまざまな化学伝達物質(ヒスタミンやロイコトリエ ン)および炎症性サイトカイン(TNF-α
やIL-6)を放出 し,全身性および局在性のアレルギー炎症を惹起する.一般的にマスト細胞は2段階の機序を経て活性化する と考えられていた.最初のステップは 感作 と呼ば れ,Fc
ε
RIに抗原特異的IgEが結合する.次に,この IgEに抗原が結合することにより 受容体の架橋 が発 生し,マスト細胞の活性化が誘導される.しかし,われ われとKrystalらは今までの常識をくつがえす現象を報 告した.すなわち,マスト細胞は,抗原が存在しなくて もIgE単独で活性化される(抗原非依存性マスト細胞活 性化機序)ということである(1, 2).おもしろいことに,われわれの用いたIgEでは生存延長のみが誘導されたの に対し,Krystalらが使用したIgEは,さまざまなマス ト細胞の活性化イベントを誘導した.このことから,わ れわれはIgEは個々で異なる性質を保持している(het- erogeneity)のではないかと考え,検証を試みた.そし て,ある種類の単量体IgEはすべてのマスト細胞活性化 イベント(ヒスタミン遊離,生存延長,分化/増殖,サ イトカイン/ケモカイン産生,細胞遊走,細胞接着な ど)を惹起するが,別な単量体IgEでは生存延長のみ誘 導するという結果を得たのである(3)(図1).われわれは こ れ ら の 単 量 体IgEを そ れ ぞ れhighly cytokinergic
(HC) IgEおよびpoorly cytokinergic (PC) IgEと分類 した.しかし,この単量体IgEによるマスト細胞活性化
機序が解明された段階では,分子レベルで何がIgEの多 様性を決定しているかは不明であった.
ヒスタミン遊離因子(histamine-releasing factor ; HRF)
は1980年代にその存在が明らかとなった液性因子であ り,その後,MacDonaldらにより遺伝子が単離され,
アミノ酸配列が決定された(4).HRFは別名translation- ally controlled tumor protein (TCTP)と呼ばれ,細胞 内および細胞外の両方で機能するタンパク質である.細 胞内機能としては細胞増殖,細胞死抑制,悪性形質転 換,細胞骨格調節などにかかわる一方,細胞外では一部 のアレルギー患者由来のIgE (IgE+)が結合した好塩基 球を活性化し,ヒスタミン遊離やIL-4/IL-13産生を誘導 することが知られていた.しかしこの作用は,健常者な どのIgE (IgE-)が結合した好塩基球では観察されない.
そのほかにHRFはT細胞,B細胞,好中球および好酸 球に対しても細胞外機能を示すことが報告されている.
さらにHRFは喘息患者気管支肺胞洗浄液中などに検出 されることから,アレルギー炎症,特に遅発型もしくは 慢性アレルギー炎症に関与することが示唆されていた.
しかし,遺伝子決定から10年以上も経過したにもかか わらず,つい最近までその受容体は同定されてこなかっ た.また,HRFを欠損したマウスが胎生致死であるこ とや,細胞内と細胞外の機能を別々に解析する手段がな かったことから,詳細な作用機序,特に での HRFの役割に関しては全く不明であった.
HC IgE/PC IgEの概念はこのHRFによるIgE+/IgE− のそれと非常に類似していることから,われわれは HRFの受容体がある種類のIgEなのではないかと推測 した.そこで,さまざまなマウスIgEクローンを用いて 反応性を調べた結果,一部のIgEがHRFと結合するこ とを証明した(5).また,一部のIgGに対してもHRFは 結合能を有し,その結合には抗体の可変部領域が必要で あることが証明された.さらに,ヒトIgEにおいても同 様に一部のIgEはHRFと結合した(6).一方,HRF分子 内の結合部位の同定を検討したところ,N末19アミノ 酸部分およびH3部位(107‒135番目のアミノ酸部分)
であることがわかった.次に,細胞レベルでのHRFの 機能を解析するため,HRFに結合するIgE(HRF反応
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性IgE)と結合しないIgE (HRF非反応性IgE)を用い てマスト細胞のヒスタミン遊離反応およびサイトカイン 産生能を検討した.HRF反応性IgEが結合した骨髄由 来培養マスト細胞(BMMC)はHRFによって活性化 し,ヒスタミン遊離およびサイトカイン産生を起こすの に対し,HRF非反応性IgEが結合したBMMCではこれ らの反応が誘導されなかった.次に,生体内での機能を 確かめるため,マウスの皮膚アレルギーモデルにおける 検討を行った.HRF反応性および非反応性IgEを用い て,HRF誘導性即時型アナフィラキシー反応(マスト 細胞のヒスタミン遊離反応などがかかわる生体内反応)
および遅発型アナフィラキシー反応(マスト細胞から産 生されるTNF-
α
がかかわる生体内反応)を調べたとこ ろ,HRF反応性IgEを用いた場合にのみHRFによる両 アナフィラキシー反応が観察された.これらの結果か ら,HRFは生体内においてIgE依存性アレルギー反応 にかかわっていることが示唆された.次に,HRF分子の結合部位同定結果をもとに競合的 拮抗剤を開発し,その阻害作用を検討したところ,
HRFとHRF反応性IgE/IgGとの結合を阻害することが でき,さらにこの阻害剤は細胞内機能には全く影響しな かった.そこで,これを用いて,先ほどのHRF/HRF反 応性IgEによるアレルギー反応に対する阻害効果を検討 した.阻害剤を投与したマウスにHRF誘導性即時型お よび遅発型アナフィラキシー反応,さらにはマスト細胞 依存性気管支喘息を誘導したところ,阻害剤非投与群と
比較して有意な炎症反応抑制効果を示した.これらの結 果から,われわれが開発した阻害剤は,新規アレルギー 治療薬のプロトタイプとして今後の発展に希望を見いだ す薬剤と考えられる.
HRFはその分子内に2カ所のシステインが存在し,特 にC末側のシステインはHRF分子の二量体形成に重要 な役割を果たしている.われわれは二量体形成ができな い変異体を作成し,生体内におけるHRFの効果に二量 図2■HRFおよびHRF反応性IgEによるマスト細胞活性化機 序
HRF分子内には2カ所の結合部位があり,さらに,HRFは二量体 を形成する結果,二量体には4カ所のIgE結合部位が存在する.
二量体HRFがHRF反応性IgEの結合したマスト細胞に近づくと,
4つの受容体を架橋し,その結果,マスト細胞の活性化およびシ グナル伝達が起こり,アレルギー反応が誘導される.
Highly cytokinergic (HC) IgE Poorly cytokinergic (PC) IgE IL-6, TNF-
Fc RI
Fc RI
MAP
Akt 図1■Highly cytokinergic IgEと
Poorly cytokinergic IgEの分類 Highly cytokinergic (HC) IgE Poorly cytokinergic (PC) IgE
IL-6, TNF-
Fc RI
Fc RI
MAP Akt
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体形成が重要かどうか調べたところ,その変異体は HRF反応性IgEに対する結合能はあるにもかかわらず,
HRF誘導性遅発型アナフィラキシー反応を誘導できな いことから,HRFおよびHRF反応性IgEによるマスト 細胞活性化には二量体形成が必要であることを立証した
(図2).
アトピー性皮膚炎(AD)はアレルギー疾患の一つ で,マスト細胞やIgEの関与が示唆されている.事実,
われわれが開発した抗原誘導によるADモデルではマス ト細胞とFc
ε
RIが重要であることが示されている(7).ま た,われわれのADモデルおよび患者血清中に存在する ポリクローナルIgEが単量体IgEの効果を発揮すること を報告しており(8),AD患者における単量体IgEの効果 にHRFがかかわっているのではないかと興味をもって いた.そこで患者血清中のHRF量およびHRF反応性 IgEを測定した.HRF量は健常者と比較して有意に高 値を示した.HRF反応性IgEに関しては一部のAD患者 で検出されることから,HRF/HRF反応性IgEがAD の病態形成にかかわっている可能性が考えられる(6).HRFはその存在が明らかになってから30年近くが経 過しようとしている.詳細な作用機序に関してはほとん ど解明されていなかったが,われわれの研究により HRF分野は飛躍的に進歩した.特に,マウスレベルで アレルギー反応におけるHRFの役割を解析できたこと,
さらには細胞外機能(アレルギー反応のみ)を抑制でき る阻害剤を開発できたことは,新規治療薬の礎を築いた と考えられる.今後はほかのアレルギー疾患における HRFの役割および阻害剤の効果,さらには新規阻害剤 の開発とその効果を検討し,将来のアレルギー治療に役 立てる研究を行いたい.
1) K. Asai, J. Kitaura, Y. Kawakami, N. Yamagata, M. Tsai, D. P. Carbone, F.T. Liu, S. J. Galli & T.
Kawakami : , 14, 791 (2001).
2) J. Kalesnikoff, M. Huber, V. Lam, J. E. Damen, J. Zhang, R. P. Siraganian & G. Krystal : , 14, 801 (2001).
3) T. Kawakami & J. Kitaura : , 175, 4167
(2005).
4) S. M. MacDonald, T. Rafnar, J. Langdon & L. M.
Lichtenstein : , 269, 688 (1995).
5) J. Kashiwakura, T. Ando, K. Matsumoto, M. Kimura, J.
Kitaura, M. H. Matho, D. M. Zajonc, T. Ozeki, C. Ra, S.
M. MacDonald : , 122, 218 (2012).
6) J. Kashiwakura, Y. Okayama, M. Furue, K. Kabashima, S. Shimada, C. Ra, R. P. Siraganian, Y. Kawakami & T.
Kawakami : , 4, 332
(2012).
7) T. Ando, K. Matsumoto, S. Namiranian, H. Yamashita, H.
Glatthorn, M. Kimura, B. R. Dolan, J. J. Lee, S. J. Galli, Y.
Kawakami : , 133, 2695 (2013).
8) J. Kashiwakura, Y. Kawakami, K. Yuki, D. M. Zajonc, S.
Hasegawa, Y. Tomimori, B. Caplan, H. Saito, M. Furue, H. C. Oettgen : , 58, 411 (2009).
(柏倉淳一*1,安藤智暁*1,川上敏明*1, 2,*1 理化学 研究所統合生命医科学研究センターアレルギー研究 チ ー ム,*2 Division of Cell Biology, La Jolla Insti- tute for Allergy and Immunology)
プロフィル
柏 倉 淳 一(Jun-ichi KASHIWAKURA)
<略歴>2002年星薬科大学大学院博士 課程修了/同年理化学研究所免疫アレル ギー科学総合研究センター研究員/同年 米 国 La Jolla Institute for Allergy and Immunology博 士 研 究 員/2012年 日 本 大 学医学部先端医学系研究員/2014年理化 学研究所免疫アレルギー科学総合研究セ ンター研究員<研究テーマと抱負>アレ ルギー炎症におけるヒスタミン遊離因子
(HRF)の機能解析および新規アレルギー 治療薬の開発<趣味>スポーツ観戦 安藤 智暁(Tomoaki ANDO)
<略歴>2002年東京大学医学部医学科卒 業/小児科医として6年間勤務の後,2008 年より米国サンディエゴに留学し,川上 研究室にてアレルギーの基礎研究に携わ る.2013年より理化学研究所統合生命医 科学研究センターアレルギー研究チームの 研究員としてアレルギー研究に従事してい る<研究テーマと抱負>アトピー性皮膚炎 をはじめとするアレルギー疾患のメカニズ ム,マスト細胞の生物学<趣味>登山,写 真,博物館めぐり
川上 敏明(Toshiaki KAWAKAMI)
<略歴>1978年東京大学医学部医学科卒 業/東大医学部助手,NIH留学,京大医学 部助手,La Jolla Institute for Allergy and Immunology教授,理化学研究所統合生命 医科学研究センターアレルギー研究チー ム・チームリーダー<研究テーマと抱負>
マスト細胞の生物学,アレルギーの治療法 の開発<趣味>ポスドクを いじる こと