米国とインドが二国間関係の強化に着手したのはなぜか? その誘因とは何か?
米国とインドはともに、相互の関係を強化したいという、いくつかの理由を有している。
それぞれの国の視点からみた場合の主たる理由について議論する前に、いくつかの一般的 な事柄について述べておこう。第一に、インドと比べた場合の、米国の経済的・外交的・
軍事的な影響力の大きさを考慮すれば、米国よりもインドにとってのほうが、二国間関係 の強化を求める理由が多いと言って間違いない。いくらか単純化して言い換えれば、イン ドは、その国家的な目標を達成するために米国との関係強化を必
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要
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と
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し
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て
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い
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る
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が、米国に とっては、インドとの関係強化は非・常・に・有・益・で・は・あ・る・が・、必・須・で・は・な・い・のである。将来的 に、インドが経済的に成長を続け、さまざまな領域におけるインドの全体的な影響力が増 大していけば、二国間関係の強化に関するインドにとっての必要性と、米国にとっての利 益との間のギャップは小さくなっていくであろう。両国は、二国間関係をより良くしてい くことについて、同等の利害関係をもつようになっていくはずである。
第二に、米国とインドはともに、相互の関係を強化することについて、大
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ま
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か
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に
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は
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同
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じ
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理・由・を有しているが、それらの理・由・は・完・全・に・一・致・し・て・い・る・わ・け・で・は・な・い・。米国とインドが 価値観だけでなく、経済的な目標や大まかな地政学的目標を共有している、と論じること はたやすいであろう。しかし、二国間関係のさらなる強化のしかたを複雑なものにしてし まっているのは、これらの内・部・の・詳・細・に関する事柄なのである。たとえば、貿易や投資、
技術協力についての関係が強化されれば、米国とインド双方にとっての利益となるだろう。
しかし、双方が完全な利益を獲得するためには、世界的な貿易レジーム、投資に対する国 内の規制、技術提携などに関する互いの考え方の違いに対処し、それらを克服していかな ければならない。同様に、米国とインドは、南アジアとアジア地域全体の安定について、
間違いなく利害を共有しているが、それをどのように達成するのかという点や、両国が互 いに想定する役割、他の関係に及ぼされる影響などについては、今後しばらくの間、取り 組んでいかなければならない問題であろう。
第三に、明白ではあるが留意しておくべき点は、印米関係の強化を求める理由は変化し うるということである。印米両国の内部や外部の状況が変化するにつれて、そういった理 由もまた変化し続けていくのである。たとえば、1980年代に米国とインドの関係改善をも たらした要因は、今日のものとは異なっている。そして、ここ数年の間に米国とインドの
Satu P. Limaye
関係改善をもたらした要因は、今後
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年間同じものであることはないだろう。さらに、ま ったく考えにくいことではあるが、インドとの関係を強化し・
な
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い
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という理由が出てくる状 況が現われる可能性もありうるのである。
インドとの関係強化についての米国側の理由
なぜインドとの関係を強化しているのか、なぜ強化すべきなのか、という点について、
米国では、数多くのさまざまな理由や、理由の組み合わせが示されており、あらゆる対外 政策や安全保障政策と同じように、多くの論争と意見の相違がみられる。以下では、頻繁 に引き合いに出される重要な要素について、その相対的な重要性のランク付けを試みたが、
米国では、インドとの関係を強化する理由について、一致した見解は示されていない。
(1) 大国化するインド
インドとの関係を強化する理由として、おそらく最もよく言及されているのは、インド が過去数年間にわたって、潜在的なだけではなく実際上も勢力を拡大させているというこ とである。インドの経済成長率は、中国のそれに後れをとってはいるが、過去
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年間にわ たって著しく上昇してきた。そして多くの米国人は、より一般的な研究者だけでなく政府 当局者なども、インドが経済大国となり、今世紀の後半には、より強力な外交的・政治 的・経済的なプレーヤーに、さらには強力な軍事的なプレーヤーになる可能性があると考 えている。多くの者は、今世紀にもたらされる難題に対してともに対処していくために、インドとの関係強化にすぐに着手する必要があると主張している。このような考えは、し ばしば行なわれる以下のような議論をより際立たせるものである。すなわち、強力で安定 的かつ民主的なインドが今世紀の世界に存在すれば、特定の政策イシューについて代償が あったとしても、米国にとっての利益になるという議論である。最近では、中国の経済や 国内総生産
(GDP)
成長率、貧困の緩和などの面での「縮小」がみられ、このことは、イン ドを、中国と比べても遜色ない、中国と比べてそれほど後れているわけではない、という ようにみせる効果を及ぼしている。現実とは異なっているとしても、インドが本当に大国 になりつつあるのだというイメージが強まっているのである。(2) インドとアジア
大国化するインドという議論における一つの側面は、今世紀のアジアがどのような形の ものになっていくのか、という点についての認識と関係している。米国の多くの専門家は、
中国の興隆、日本の相対的な勢力低下、南アジアや東南アジアの他の国々の成長の限界な どを考慮している。そして、このような文脈において、インドが中国やアジアの「トラ」
に対してどれほど後れをとっているとしても、いずれはアジアの主要なプレーヤーになる だろうと予測している。すなわち、他の国々の限界や勢力低下、中国の並外れた成長など が、インドの重要性を際立たせているのである。また、この「リアリズム」は、一定の規 範的な傾向や目標とも結びついている。
(3) 米国と価値観を共有する民主主義国家としてのインド
大国化するインドという考えと関連しているのは、リアリズムは別としても、米国の価
値観と民主主義へのコミットメントを共有している強国と連携していくことは、米国にと って重要だという見方である。インドほどの規模と潜在力をもち、米国の価値観と民主主 義にコミットしているような国は、世界でもそれほど多くはない。日本と韓国を別にする と、そのような国はアジアではさらに少なくなる。一部にはもちろん、日本や韓国との現 在の同盟関係が今世紀にはどうなっていくのか、という点についての懸念もある。また、
後でより詳しく議論するように、中国の興隆とその非民主的な性質は、特に新保守主義者 の間でのインドのイメージ向上につながっている。
(4) 印米関係強化のための米国側の個人の関与
印米関係の強化に対する、個人によるコミットメントの重要性もまた、過小評価するこ とはできない。米国のジョージ・
W・ブッシュ政権は、インドとの関係強化にコミットし、
インドとの関係を推し進めるために、ロバート・ブラックウィル大使〔2001年から
03年まで
駐インド米大使〕やアシュレイ・テリス博士といった重要な関係者に対して、政治的な機会 と支持を与えた。言い換えれば、政府側からの「高度な援護」によって、印米関係の強化 のために非常に肯定的な雰囲気がもたらされ、実際の政策を改良していくことも可能にな ったのである。ただし、米国の新しい政権が、過去数年間にみられた関係強化を維持・確 立することに対して関心をもち、それに専念してくれるかどうかを予測することは、もち ろん不可能である。他方、インド側では、インド人民党(BJP)政権も、2004年にそれを引 き継いだインド国民会議派の率いる統一進歩連合(UPA)政権も、(さまざまな制限や複雑さ はありながらも)米国との関係強化を維持している。ただし、インド側の姿勢に継続性がみ られるという事実は、個人の関与があったということよりはむしろ、先に述べたような、インドが米国との関係強化を必
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し
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ということによるものである。
(5) インド系米国人のコミュニティー
印米関係の強化に対して米国やインドが関心をもつようになった要素として、インド系 米国人のコミュニティーの力は大きい。米国とインドの政治家の双方にとって、このコミ ュニティーの規模や影響力、資金力が魅力的であることは、疑問の余地がない。著名なイ ンド系米国人が、(ルイジアナ州のボビー・ジンダル州知事のように)国内の政治や、(アシュ レイ・テリス博士のように)印米関係の強化に対して直接的にかかわるようになったという 事実は、この要素がさらに重要であることを示している。両国間の経済的な変化や、技術 上あるいはイメージ上の変化を促進するうえで、このような「生まれついての」つながり は、明らかに重要なものとなっている。ただし、この要素の重要性を過大評価してしまう 可能性もありうる。
(6) 中国の興隆
米国において、インドとの関係強化をもたらす別の要素としてしばしば言及されるのは、
中国の興隆である。多くの「リアリスト」たちは、中国による脅威のために、アジア地域 において、そしておそらくはアジアを超えた地域において、地政学的な均衡をはかるうえ で、インドがいっそう重要な存在になっていると主張している。このような考え方は、い わゆる保守的な思想のなかで特に明確に示されているが、中道派のリアリストの間にもみ
られる。
(7) インドと世界的テロリズム
印米関係の確立のための根拠として、時おり言及される別の要素は、テロリズムに関す ることである。その考え方によれば、インドはイスラム教徒によるテロを直接に経験して おり、同時に、世俗主義と民主主義にコミットしているので、急進主義やテロリズムとの 戦いにおいては不可欠の長期的パートナーになりうるという。この要素もやはり、米国の 新保守主義者の間で特に強く主張されているようであるが、この考え方は新保守主義者だ けに限定されたものというわけではない。
米国との関係強化についてのインド側の理由
米国との関係強化に関するインド側の理由を明らかにすることは、いくらか容易なこと である。なぜなら、米国との関係は注意を要する問題ではあるが、米国との関係強化を支 持している者は、一般に、その利益について理解しているからである。第一に、米国はイ ンドにとっての最大の貿易相手国である。インドの貿易相手国としては中国が急追してお り、いずれは米国と肩を並べるであろうことは事実である。しかし、印米間の貿易関係は 質的により良いものであり、インドは、原材料や単一の製品を輸出して、付加価値の高い 加工品を輸入しているというだけではない。第二に、米国は、インドに対する送金元とし て最も重要である。インドに対する送金額のおよそ
50%
は、米国からのものである。過去 数年間に、米国からの送金額の伸びが米国との貿易額の伸びを上回ることもあったという 事実は、そのような送金がインド経済にとって重要であることを示している。またこのこ とは、インド系米国人やインドからの移住者をインドにとって重要なものにしている要因 の一つでもある。インドからの輸出額は昨年初めて1000億ドルの大台を突破したが、イン ドへの送金額は、今やその約20%に相当している。第三に、世界銀行や国際通貨基金(IMF)などの主要な国際機関だけでなく、商業銀行やプライベートバンクから資金を調達するう えでも、米国はインドにとって不可欠である。最後に、国際社会における米国の政治的・
軍事的な役割を考慮すれば、対パキスタン関係や対中関係、国際貿易交渉、気候変動に関 する話し合いなど、インドのさまざまな外交政策に対して、米国は影響を及ぼしている。
したがって、インドが国益にかかわる主要な問題にうまく対処できるかは、米国との実際 的な関係を維持できるかどうかにかかっている。その一例として、インドの民生用核エネ ルギーの開発計画がある。この計画については、米国との間で協定を結ぶことがなければ、
国際社会からの協力が得られる見通しはほとんどない。簡単に言えば、インドが勢力を拡 大させるためには、米国の手助けが必要なのである。
他方、今日の国際社会におけるインドの立場は、さまざまな面でより活発になっており、
ソ連と東側ブロックに依存しつつも相対的には孤立した状態にあった冷戦時代と比べても 向上している。しかし、まったく問題がないというわけではない。インドと近隣諸国との 関係は、良くても、複雑で問題を抱えているという状態である。中国などの主要な大国と の関係は限定的である。国境や領土をめぐる紛争など、関係改善に対する根本的な障害が
今すぐに解決される見込みはほとんどない。ロシアとの関係は、最近では深刻な問題に直 面しており、見通しは良好ではない。インドは軍備のおよそ70%をロシアに依存している ため、この状況はきわめて深刻である。また、インドと中東諸国や東アジア諸国との間の より広範な関係は、まだ発展途上であり、米国との関係が不調で非協力的なものになった としても、それを埋め合わせられるほどの内容はまだ有していない。このような状況のも とでは、米国との関係はインドにとって非常に重要である。インドが相対的な孤立主義か ら抜け出したという、まさにそのことによって、多くの面で米国と付き合っていくことが 必要になっているのである。
もちろん、米国との関係をめぐっては、インド国内でも多くの議論がある。このことを 如実に示しているのが、米国との核協力をめぐる論争である。インド国内で米国との良好 な関係を望んでいる者の間では、米国との関係を良好なものとすべきなのはな
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ぜ
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なのかと いう点について、コンセンサスがみられる。しかし、対米関係のさまざまな要素に関する インド国内での一般的な言及のされ方は、政治的にはさほど好ましいものではない。これ は、米国との関係が注意を要するものであるためである。このことは、米国との関係強化 についてのインド側の理由に関する、主要な難問の一つである。インドが米国との関係強 化に向かうべき具体的な根拠が多数存在し、米国にとってより緊密な同盟国の多くと比べ ても、インド国内の米国に対するイメージが非常に好意的であるにもかかわらず、米国と の関係を強化することがインド側にとってそれほど難しく、注意を要するものであるのは なぜなのか?
安全保障や経済の分野において二国間協力はどの程度まで進展するか?
本稿執筆時点〔2008年
1
月〕の状況では、民生用の核エネルギーでの協力に関する印米間 の協定は、失速した状態にある。国際原子力機関(IAEA)との協定や、原子力供給国グル ープ(NSG)による承認、米国議会による承認などの問題があり、米国のブッシュ政権が任 期を終えるまでに本協定に関する結着がつけられるかは、まったくもって疑問である。現 状では、核協力に関する協定の結果は、ある程度までは、印米関係が次にどこへ向かうの かという点と強く関係している。協定が無事に成立すれば、それは米国の新政権にとって は(そしておそらく、遅くとも2009
年には成立するインドの新政権にとっても)、今後の印米関 係のための非常に良い基盤となるだろう。しかし、もし協定が失敗に終われば、両国がど うすれば「もとの関係に戻る」ことができるのか、非常に不透明なものになってしまう。より長期的な観点で、重大かつ回答を与えるのが難しい問題は、(前述したような)印米両 国を関係強化に向かわせる要因が、どの程度持続可能なのかということである。ここまで 述べてきたことからわかるように、インドが米国との関係強化を必要としているのは、構 造的なものである。すなわち、米国とインドの相対的な力の大きさや、世界情勢などの現 実によるものである。これに対して、米国がインドとの関係強化を必要としている要因は、
それほど構造的なものではない。米国側が印米関係の強化を推し進めている主たる要因が、
個人の動きやタイミングによるものであったということが明らかになれば、印米間の関係
強化を維持していくことは困難になるであろう。他方で、インドの経済成長率やインドに ついての新しい概念やイメージなど、根本的な変化が実際にみられるのだということが明 らかになれば、米国の新しい政権もブッシュ政権の後を引き継ぐことになるだろう。ただ し、多くはまだ不明確である。
安全保障上の協力に関しては、できることには限界がある。たとえばアフガニスタン問 題に関しては、米国とインドは密接に連携することはできない。なぜなら、それによって、
米国とパキスタンとの関係が複雑なものになってしまうからである。イラク問題に関して は、イラク国内の安定化がさらに進むことにより、インドのような新しいメンバーが関係 国に加わり、協力関係を結ぶことができるようになるかもしれない。しかし、そのような 可能性は、現時点ではまったく不明確である。米国は、4ク ァ ド リ ラ テ ラ ル者間での
活動といったことに熱心 であるが、アジア太平洋地域における米国の他のパートナーはそれほど熱心ではないし、
中国のような重要なプレイヤーはそれに反対している。したがって米国は、より広範なア ジア太平洋地域において、インドとの安全保障上の協力関係を進めていくためには、特段 の注意を払っていかなければならないだろう。一方、インドの西側、中東地域に目を向ける と、印米間の協力関係は、米国とパキスタンとの関係を注意深く取り扱う必要性や、イス ラム教徒の問題などのインドの微妙な国内問題によって、制約を受けることになるだろう。
他方、インドと米国の海軍は緊密な関係を構築しつつあり、協力関係をさらに強化しよ うという熱意もみられる。しかしこれは、漸進的なプロセスとなるだろう。インドが多目 的な軍用機を購入することについては、多くの話し合いが行なわれている。米国との核協 力協定が無事に成立すれば、インドが実際にすべての軍用機を米国に発注するだろうとい う、さらに大きな期待もある。しかし、インドが計画している126機すべてを米国から購入 するかどうか、予想するのは難しい。国防に関する印米間の協力関係は、1980年代初頭に 艦船の訪問が再開されて以来、約30年間にわたって進められている。現在の段階に到達す るまでには、多くの努力を要した。現在の傾向は明らかに、国防上の協力関係がますます 緊密化することを示している。しかし、すべての状況を考慮すれば、国防に関する通常の 持続的な協力関係は、漸進的なものになるだろう。
経済的な面においては、印米間の貿易や投資、その他の商取引が急速に拡大しているこ とが指摘されている。しかし、留意すべきであるのは、米国の他の多くのパートナーと比 べれば、貿易や投資に関する印米間の関係は、相対的には非常に限定的なものとなってい ることである。たとえば、世界貿易機関(WTO)のドーハ・ラウンドに関しては、印米間の 意見の相違は解消されていない。
二国間協力を強化するうえで生じる問題とは何か?
二国間協力を強化するための、米国とインドによる真剣な取り組みは、いくつかの問題 に直面している。
(1) 国内政治
国内政治に関しては、印米両国の間には非常に大きな非対称性が存在する。米国では一
般に、インドとの関係強化については、政治的な立場にかかわらず支持されている。核協 力協定に反対している者であっても、インドとの関係強化に対しては明確に賛成している。
しかし、インドとの関係は、(イラク問題や中国への対応のように)米国の外交政策や政治的 キャンペーンの基盤となるほどの重要性を有しているわけではない。このことが意味する のは、印米関係は多くの場合、(核協力協定、アウトソーシング、宗教の自由、インドの対イラ ン政策や対ミャンマー政策など)特定のイシューに関する論争の影響を受けやすい、という ことである。一方、インドでは、米国との関係は今なお、非常に注意を要する事項である。
それゆえにインドは、核協力協定がインドの主権を侵害したり、インドの外交政策におけ る柔軟性を妨げたりするものになるのか、などといった「メタ・イシュー」や、ひとつひ とつの行動について、継続的な精査を行なうことを必要としている。さらに、印米両国に おける民主主義は、国内政治の複雑さをさらに大きなものとしており、時として、両国間 の関係強化の見通しを不確実なものにしてしまうこともある。
(2) 官僚制度
印米両国ともに、二国間関係の強化に強く抵抗している官僚の一派が、組織的にも個人 のなかにも存在する。組織としての抵抗がみられる理由は、比較的理解しやすい。それは、
そのような組織に影響を及ぼすような特定のイシューに対する、彼らのアプローチのしか たや、利害関係を反映したものである。関係の強化に対する、個人としての抵抗の理由を 理解することは、当然ながらより難しいことであるが、通常は、国家にとっての利益やイ デオロギー、哲学などに関する、真摯で誠実な認識によるものである。印米関係の過去の 歴史において、特に、関係を強化するための熱心な努力がなされていた時期に、そういっ た努力を台無しにさせていた決定的な要因は、官僚からの抵抗であった。しかし、そのよ うな抵抗も、関係強化に向かう全体的なトレンドを狂わせることはできなかった。こうい ったパターンは、今後も続いていくものと思われる。
(3) 利害関係と将来への展望における相違
過去数年間、印米関係において「友好的な感覚」が多くみられたこともあって、時おり 見落とされてきたのは、米国とインドがそれぞれもっている利害関係や将来への展望は、
根本的に異なっているということである。両国の異なった歴史や、地理的条件、発展の度 合い、世界各国との関係、野心などを考慮すれば、これはまったく当然のことである。イ ンドと米国が、そのような違いをもっていないのだとしたら、そちらのほうがもっと奇妙な ことであろう。核協力協定も、両国間の相違が解消された例というよりはむしろ、相違に ついて妥協に達した例であると言える。米国もインドも、核協力協定によって、それぞれ にとっての最大限の利得(米国にとっては、インドが核開発計画を後退させること、インドにと っては、核兵器保有国として正当に承認されること)を上げることはできなかった。印米両国 が、互いの相違を明確化・最小化して、相互の共通性にもとづいて関係を構築するために 熱心に取り組んでおり、それに成功していることは明らかである。しかし、このプロセス には限界がある。そして、両国の関係が深まり、インドの勢力が増大するにつれて、これ らの限界はよりいっそう目立つものになっていくと思われる。
二国間関係の強化はアジアの安全保障環境に対してどのような影響を与えるか?
米国側の観点からは、印米関係を強化することは、多くの点で、アジアの全体的な安全 保障環境にとって利益となりうる。
第一に、印米両国の政府間の外交上・政治上・安全保障上の交流が拡大すれば、両国間 の数十年におよぶ不信感が減少し、もしかすると、多くの分野における協力への道が開か れるかもしれない。たとえば、米国もインドも、さまざまな困難を抱えた南アジア地域の 問題に関して、より良い意思の疎通ができるかもしれない。米国が南アジア地域により積 極的に関与してくることを、インド側が懸念するだろうことや、南アジアの安全保障に関 して、米国とインドそれぞれの利害や見方がまったく異なっていることは事実である。し かし、印米関係の強化によって、最低でも、地域的な問題に関して両国が実質的な対話を 行なえるようになるだろうし、うまくいけば、政策調整を行なうことも可能になるだろう。
このような対話と調整は、最近のネパールでの危機の際に、いくつか明らかなものとなっ た。これに対して、パキスタンやスリランカ、バングラデシュに関する対話と調整は、は るかに面倒な問題である。しかし結局のところは、印米関係の強化は、南アジアに関する 展望や利害、政策の違いを最小化し、それらに対応するための手助けとなるのである。
また、アジア全体では、印米関係が強化されることは、米国にとっていくつか利益とな る。具体的には以下のとおりである。
−印米関係の強化は、日本やオーストラリア、シンガポールといった、長年にわたる米 国の同盟国やパートナーと、インドがより緊密な協力関係を結ぶことを容易なものに する。このことはさらに、安全保障に関する多国間での協力と負担の分担を促進する かもしれない。最近行なわれた
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ヵ国が参加しての海軍演習や、インドによる(返礼と しての)日本、オーストラリア、シンガポールへの接近は、過去のしがらみから脱する ものであり、米国の緊密なパートナー同士が連携していくための、より広範なネット ワークに関する展望を与えてくれるものである。−印米関係の強化は、より広範なアジア地域における、「ニッチ」とも呼べるような安全 保障上の協力関係をすでに促進している。たとえば、アジア地域での高付加価値輸送 の護衛に対するインドの支援や、2004年12月に発生した津波の後の災害救助に関する 協力などである。
−印米関係の強化はまた、東アジア首脳会議(EAS)のような地域的機関を形成するうえ での手助けにもなっている。これは、インドやオーストラリア、ニュージーランドを メンバーに含めることにより、米国の利益にかなうようなやり方で行なわれている。
印米関係が非常に緊張した状態にあったのだとしたら、米国はおそらく、インドをメ ンバーに含めることに対して好意的ではなかっただろうし、逆に、この地域における 米国のパートナーは、インドをメンバーに含めるために活動していただろう。
■参考文献
印米関係の強化に対する米国側の誘因に関して、米国の専門家の見方を取りまとめたものとしては、
Henry Sokolski(ed.), Gauging U.S.-Indian Strategic Cooperation, Strategic Studies Institute, March 2007を参 照。
国防に関する印米間の協力関係が1980年代に進展した背景については、Satu P. Limaye, US-India Relations: The Pursuit of Accommodation, Boulder: Westview Press, 1989を参照。
印米関係の基礎をなしている誘因に関する、米国政府当局者による優れた概説としては、Nicholas Burns, “America’s Strategic Opportunity with India,” Foreign Affairs, November/December, 2007を参照。
印米間の経済関係が直面している問題に関する、米国政府当局者による優れた見方としては、
Ambassador David C. Mulford, “Advancing US-India Economic Relations,” speech delivered to the Indian Chamber of Commerce, August 18, 2005を参照。
印米核協力協定に関する、米国側からの重要な批判については、George Perkovich, Faulty Promises: The US-India Nuclear Deal, Carnegie Policy Outlook 21, September 2005を参照。
[訳者注] 原文中のイタリック体部分には傍点(・)を付し、太字部分はゴシック体とした。
「連載講座:インドの台頭とアジア地域秩序の展望」
*取り上げるテーマと執筆者は次のとおりである(☆印は既刊)。 第1回 成長するインド― 外交政策の再定義(2007年12月号)☆
D・スバ・チャンドラン/レカ・チャクラバルティ(平和研究所〔ニューデリー〕) 第2回 印中関係の現状と展望(2008年1・2月合併号)☆
堀本武功(尚美学園大学教授)
第4回 インドの核政策(2008年4月号)
伊藤 融(島根大学准教授)
第5回 日印関係(2008年5月号)
湯澤 武(日本国際問題研究所研究員)
Satu P. Limaye イースト・ウェスト・センター(ワシントン)所長
原題=United States India Relations Continuity and Change(訳=三輪博樹)