病原真菌は広い意味では,感染性,アレルギー起因 性,更にはマイコトキシン生産性真菌を含むが,この コラムではヒトに感染性を有する真菌の中から,筆者 が研究してきた黒いカビと酵母をテーマとして取り上 げる.
いわゆる黒色真菌は菌糸と胞子,特に菌糸が褐色で,
有性生殖が知られていない菌群を指し,ヒト感染性の 主要菌種に限っても 9 属 19 種以上が含まれている.
病原性黒色真菌の本来の生息域は自然界で,ヒトは軽 微な外傷によって皮膚,皮膚深部に感染する.何らか の理由で感染抵抗性に問題がある患者では皮膚病巣か ら血行,リンパ行性に内臓や脳に播種したり,肺に胞 子を吸入して肺その他の内臓,脳に感染することが稀 にある.抵抗性の弱い患者に発生する感染は日和見感 染と呼ばれている.バイオセイフティレベル(BSL)
は 1 か 2 で,3 が例外的に 1 菌種ある.
病原性黒色真菌は無性胞子の一種の分生子によって 分類されているため,それらの形成様式の解釈の違 いによって異論が多く,分類学的な混乱が長い間続 いてきた.1980 年代の電子顕微鏡による観察が混乱 の一部を解決し,更に近年は,分子系統解析によっ て論争に決着がついた菌種も多い.一方,Exophiala, Phialophora の各属のように形態は単純ながら遺伝子 多型が著しく,新属,新菌種として次々に細分化され て,臨床医学界を困惑させている菌群もある.
黒色真菌のコロニーは地味であるけれど,顕微鏡下
では多様な分生子形成を示すので,分生子発生を知る ためのよい教材でもある.分生子の多様性を示しつつ,
最近の分類動向についても述べる予定である,病原真 菌のほとんどに和名がないので菌名の表題にはカタカ ナを添えたが,筆者個人の読み方であることを申し添 える.
(フォンセカエア・ペドロソイ)
不 完 全 菌 類 の Fonsecaea pedrosoi(Brumpt)
Negroni 1936 は,ヒト病原性黒色真菌の最重要性菌 種.中国山東省,ヴェネズエラ・ファルコン州(共 に Cladophialophora carrionii が主要菌種)を除く全 世界,特に熱帯,亜熱帯で皮膚深部組織の難治性の慢 性肉芽腫性病変クロモブラストミコーシスから分離さ れ,日本は先進諸国の中では分離頻度が高い. 分生 子形成の様式が 3 種類あり,どの様式を主要と見なす かによって Hormodendrum pedrosoi, Brumpt, 1922 から Phialophora pedrosoi Emmons 1944 まで,主要 な異名だけでも 10 以上ある.Fonsecaea 属の Negroni の原記載は本菌種に適合していない部分があった が,属概念の方が本菌種に適合するように修正され
(Carrión, 1942),現在は医真菌学領域に広く受け入れ られている.生活史の中で順を追って各種胞子が生じ るのではなく,異なる様式の分生子が一緒に現れる,
いわゆる多形成性真菌で,BSL 2 である.
菌学と分布:集落の生育はやや遅いが,病原性黒色 真菌の中では早い.サブローデキストロース寒天培地
(SDA)では僅かに緑褐色を帯びた灰黒色,ポテトデ キストロース寒天培地(PDA)では最初は僅かに緑 色を帯びた黒色,やがて黒色,フェルト状となる(図
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コラム「ヒト病原真菌」
西村和子
千葉大学真菌医学研究センター* 〒260-8673 千葉市中央区亥鼻 1-8-1
Fungi pathogenic for humans
Kazuko Nishimura
Medical Mycology Research Center, Chiba University* 1-8-1 Inohana, Chuo-ku, Chiba 260-8673, Japan
*現在は千葉大学名誉教授(真菌医学研究センター)
Present status: Professor Emeritus, Medical Myco logy Research Center, Chiba University
─ 150 ─ 1).
本菌種の菌糸と分生子は褐色で,分生子は発生様式 により 3 種類に分けられる.①クラドスポリウム様 の出芽型分生子:親菌糸(分生子柄)の先端から複 数の芽が出て分生子になる(図 2-4).Cladosporium 属では生まれた分生子自体が親となって分生子を生 み,その分生子がまた次の分生子を生み,分生子の鎖 となるが,Fonsecaea 属は,分生子の先端で数個の分 生子を生むために,鎖というより,分生子の連結が 扇形に拡がる.連結する分生子は 4,5 個止まりであ る.②リノクラディエラ様のシンポジオ型分生子:
分生子柄の側壁の小突起上に並列して生じる(図 2,
5).Rhinocladiella 属の分生子は二次分生子を生まな いが,本菌種ではしばしば二次分生子が観察される.
③フィアロ型分生子:徳利様の親細胞(フィアライド)
の先端開口部から,小さい無色の分生子が次々生じて ダンゴ状の集塊となる(図 3).菌株によって①②が
出現するバランスは異なり,①が多い菌株が多い.し かしながら,①の場合に各段の分生子先端に複数の成 長点が現れるので,この部分はシンポジオ型ともいえ,
②で二次分生子が現れるのはクラドスポリウム様でも ある.これらが 1 つの分生子柄に共存し中間型という べき分生子形成が実際には最も多い(図 2).③は稀で,
菌株によっては認められない場合がある.37℃で生育 し,上限温度は 38 〜 42℃である.病巣外では落ちた 小枝,木片,切り株など腐植植物と土壌から分離され ている.最近,本邦でカビの生えた食品からも分離さ れ,頻度は低いが生活環境にも生息する可能性が示さ れた.
コメント:従来,F. pedrosoi と同定されていた 菌株はミトコンドリア DNA の RFLP とリボソーム RNA 遺伝子 ITS 領域によって遺伝子多型が明らかに され(Kawasaki et al., 1999; Tanabe et al., 2004),あ まり厳密とはいえないが,遺伝子型と分離地域との関 図 1-5 Fonsecaea pedrosoi
図 1 SDA および PDA,25℃,5 週間培養の集落
図 2 クラドスポリウム様の出芽型,リノクラディエラ様のシンポジオ型,および中間型分生子形成 図 3 フィアロ型とクラドスポリウム型の分生子形成
図 4 出芽型(クラドスポリウム様)の分生子形成の SEM 像.分生子の先端に 1-4 箇所の成長点が生じ 扇状に拡がる.
図 5 シンポジオ型(リノクラディエラ様)の分生子形成の SEM 像.大方の分生子は遊離して,分生子 柄の壁に多数の小突起(小歯)が残っている.
─ 151 ─ 連性が指摘されていた.一方,CBS のグループは同 じく ITS によって本菌種は大きく 2 型に分れ,それ ぞれが病原性に関連し,皮膚病巣の分離菌は本来の F. pedrosoi,日和見感染菌としてリンパ節,内臓,脳 からの分離菌と環境分離菌は F. monophora と名付け た新種に属すると報じた (De Hoog, et al., 2004).しか しながら, ITS に cytochrome b を加えた検討では F.
monophora の遺伝子型にも 3 型あり,日本産の 25 株 の皮膚病巣分離菌,3 株の内臓分離菌からなる 28 株 はすべて遺伝子型 F. monophora B-2 に集約し,本邦 産菌株は病型に関わらず同一の遺伝子型を持つこと や,遺伝子型と分離地域の関連性が明らかになった
(Yaguchi et al., 2007).形態的には狭義の F. pedrosoi と F. monophora に違いは認められない.遺伝子型の 違いによって菌種を分けることの是非については用い た遺伝子と一致率の程度によっても菌種毎に意見があ り,病原菌の場合は病原性の違い,地域性などにも関 連して,今後も問題になろう.今回示す図は日本産の 遺伝子型 F. monophora 株に由来するが,筆者は表現 型が両菌種共通であることから,敢えて,よく知られ た種名 F. pedrosoi をもって代表させた.
文 献
Carrión, A.L. (1942). Chromoblastomycosis.
Mycologia 34: 424-441.
De Hoog, S.G., Attili-Angelis, D., Vicente, V.A., Gerris van den Ende, A.H.G. & Qwueirez-Telles, F.
(2004). Molecular ecology and pathogenic potential of Fonsecaea species. Med. Mycol. 42: 405-416.
Kawasaki, M., Aoki, M., Ishizaki, H., Miyaji, M., Nishimura, K., Nishimoto, K., Matsumoto, T., De Vroey, C., Negroni, R., Mendonca, M., Andriantsimahavandy, A. & Esterre, P. (1999).
Molecular epidemiology of Fonsecaea prdrosoi using mitochondrial DNA analysis. Med. Mycol. 37:
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Tanabe, H., Kawasaki, M., Mochizuki, T. & Ishizaki, H. (2004). Species identification and strain typing of Fonsecaea pedrosoi using ribosomal RNA gene internal transcribed spacer regions. Jpn. J. Med.
Mycol. 45: 105-112.
Yaguchi, T., Tanaka, R., Nishimura, K. & Udagawa, S. (2007). Molecular phylogenetics of strains mor- phologically identified as Fonsecaea pedrosoi from clinical specimens. Mycoses 50: 255-260.