─ 143 ─ Microbiol. Cult. Coll. 26(2):143─146, 2010
Coccidioides immitis(コクシジオイデス・イミティス)
コクシジオイデス症の原因菌 Coccidioides immitis Rixford et Gilchrist, 1896 はバイオセイフティレベル
(BSL)3 にランクされる菌種の中でも最強の病原真 菌である.子嚢菌門の Onygenales,Onygenaceae の Uncinocarpus(ウンキノカルプス)属に関連し(Pan et al., 1994),性分化も指摘されているが(Burt et al., 1996),有性型は発見されていない.長年 1 属 1 菌種 とされて来たが,2002 年にマイクロサテライト 9 カ 所の集団遺伝学的解析により non-California type と されていた菌株は新種 Coccidioides posadasii Fisher,
Koenig,White et Taylor として分けられ,California type は狭義の C. immitis とされた.本属は通常の培 養では菌糸形を取るが,生体内や特殊な培養条件では 球状体を形成する,二形性真菌である(図 1-4).今回 はその寄生環(生活史)と疫学を中心に述べる.
菌学と寄生環:初代分離株の菌糸形は温度に関係な く,培養 3-4 日で灰色膜状の発育を示す.その後数日 で気中菌糸が立ち上がり,集落の色は白色から淡灰褐 色を呈し,培養が古くなると褐色を帯びる.表面は無 毛状からフェルト状,やがて綿毛状,梳毛状で,特に 色素の産生はない.集落中心部から菌糸苔が同心円状 に陥没した部分が現れる事がある(図 1).多くの株 で発育は早く,25℃よりも 35℃ないし 37℃での発育 の方が一般的に旺盛である.約 2
mm 幅の隔壁を持っ
た菌糸は,やがて多隔となり細胞は一つ置きに,円筒形〜樽形で幅 3-4.5
mm,長さ 3-12 mm の細胞壁の厚い
分節型分生子(arthroconidia)を形成する(図 2).間に挟まれた菌糸細胞は枯れ,分生子は僅かな気流や 平板培地の蓋を不用意に開けたといった僅かな外気圧 変化により容易に飛散する.ラケット菌糸,ラセン菌 糸も観察されており,無性型菌属 Malbranchea と酷 似しているという(Sigler et al., 1998).
空中に浮遊した分節型分生子は肺に吸引されると次 第に膨らみ球状体(spherule)になり,内部では外壁 内層から発達してくる壁を伴いながら細胞が分裂し小 区画に分かれ,更にその区画内で細胞が増え,最後は 1 細胞性,直径 2-5
mm の内生胞子(endospore)となる.
やがて球状体は内生胞子が充満した袋状構造(直径 20-200
mm)となる(図 3,4).図 4 は細胞性免疫能
が損なわれているヌードマウスに内生胞子を 3.3×105 を静注入して経日的に肝臓組織内で観察された寄生環 である.正常マウスは 6 日目に,ヌードマウスは 5 日 目に全頭斃れ,病理組織学的には球状体は成熟し,壁 が破れて内生胞子は組織内に放散していた.つまり一 次寄生環は約 5 日間で一巡りしていた.内生胞子は血 流やリンパ流にのって遠隔転移して同じサイクルを繰 り返す. 実験感染としては極めて小数の 530 個の内 生胞子を接種した時にはヌードマウスはやや抵抗性を 示して 14 日目に,正常マウスは 13 日目に全頭斃れ,二次寄生環が一巡りして内生胞子が散布している時期 であった(Miyaji & Nishimura, 1982; Miyaji et al., 1985; 宮治, 1989).ヌードマウスの平均死亡日数が若 干長いのは最初の防衛を担う白血球の機能が代償的に 良いからと考えられた.ヒトの肺感染巣内では成熟し た球状体は 8,000 〜 25,000 個の内生胞子を内蔵すると
* 現在は千葉大学名誉教授(真菌医学研究センター)
*Present status: Professor Emeritus, Medical Mycology Research Center, Chiba University
コラム「ヒト病原真菌」5
西村和子
千葉大学真菌医学研究センター * 〒260-8673 千葉市中央区亥鼻 1-8-1
Fungi pathogenic for humans 5
Kazuko Nishimura
Medical Mycology Research Center, Chiba University*
1-8-1 Inohana, Chuo-ku, Chiba, Chiba 260-8673, Japan
西村和子 コラム「ヒト病原真菌」5
─ 144 ─ 言われている.他の臓器や実験感染マウスの場合は,
球状体は肺病巣内より小さい傾向があるが,数千の内 生胞子を内蔵している.例え宿主の防御機構が正常で 殺菌能が働いても,一次寄生環で多数の内生胞子が放 出されると防御機構をしのいで生き残った内生胞子が 二次寄生環を巡って爆発的に増殖,宿主に強い炎症反 応を起こし死に至らしめたと推測された.
疫学と生態学:コクシジオイデス症は 1892 年にア ルゼンチン・パンパ地帯に駐在していた軍人に第一例 が発見され原虫感染とされた.まもなく,アメリカ・
カリフォルニア州,サンホアキン渓谷地方において渓 谷熱,砂漠熱,砂漠リュウマチと呼ばれていた疾患が,
病理学的には同じ起因菌による事が明らかになった が,寄生形態と組織培養で得られたカビとが余りにも 異なるために直ちに原因菌と確定されなかった.しか しながら,1900 年にこのカビ C. immitis が原因であ ると決着がつき,真菌症である事が認められた.コク シジオイデス症はアメリカ西南部諸州,特にカリフォ ルニアとアリゾナ,メキシコ,アルゼンチンの半砂漠 地帯と周辺地域に風土病として発生している.本菌種 はこれら地域の乾燥性アルカリ性土壌に生息し,春先 と秋の短い雨期の後に土壌中で菌糸を伸ばし,夏に向 かい乾燥するにつれて分節型分生子となって風で舞い 上がり,感染源となる.アメリカ合衆国では毎年平均 25,000 人の患者が発生し,75 人が死亡しているが,
風が多かった年には患者が多く(1977 年 12 月のカリ フォルニア・ベイカーズフィールドの砂嵐が有名),
1994 年のカリフォルニア地震の後も症例が増加した.
分生子を吸引したヒトに必ずしも症状が出る訳ではな く,多くは無症状か風邪,肺炎で収まってしまうが,
小数は重症肺炎に移行し,更にその一部は全身感染へ
と発展する.本症は人-人感染はなく,直接患者に接 触する医師や看護師は感染しない.培養菌体を取り扱 う臨床検査技師,研究者は危険にさらされており,ア メリカでは約 200 例の実験室内感染が記録されてい る.特に妊婦は危険である.Coccidioides spp. の分節 型分生子は飛散しやすいので,実験当時者だけでなく,
同じ実験室内で作業している人にも感染事故が起こっ ている.
日本では 1937 年の第一例(23 歳男)の報告後はし ばらくなかったが,1961 年に第二例が報告されて以 来,徐々に症例が蓄積され,2009 年末までに 60 症例 が把握されている(千葉大学真菌医学研究センター 図 1 Coccidioides immitis
ポテトデキストロース寒天,37℃,
7日間培養.
図 2 C. immitis の分節型分生子
ブレイン・ハート・インフュージョン・1% デキスト ロース斜面寒天培地,37℃,10 日間培養.培養試験管 を顕微鏡鏡台に横たえ,管壁越しに撮影.
図 3 播種性コクシジオイデス症の生検組織の病理組織 標本,PAS 染色,×100.濃いピンク色に染まっ ているのが菌で,内生胞子から種々の成熟段階の 球状体がある.
─ 145 ─
Microbiol. Cult. Coll. Dec. 2010 Vol. 26, No. 2
ホームページ,輸入真菌症患者発生最新状況).若年,
中年(平均 34 歳)の男性が 87%,ビジネスマンが多 いが,アメリカで調査した地震学者,若い留学生もい た.感染地の 70% はアリゾナで,次いでカリフォル ニアである.2 症例は海外渡航,滞在の経験はない,
輸入原綿を扱う工場作業員で,原綿に付着していた内 生胞子を吸引して感染が起こったと推定されている.
日本人死亡率は約 6% である.ちなみに本邦症例の多 くは C. posadasii 感染であった(Sano et al., 2006).
コメント:アメリカにおいては重要感染症であるた めに菌学,診断,治療,疫学の研究は多い.特に第二 次大戦前後にはアメリカ中から免疫のない若者が兵役 訓練のためにカリフォルニア,サンホアキン渓谷平原 に集められて深刻な事態となったために皮膚テスト等
免疫学的,血清学的テストが開発されてきた.培養検 査による種同定は, 37℃で成長の良い分節型分生子形 成菌というだけで,決定的な決め手を欠く.球状体を 証明するために in vitro あるいは in vivo 方法が開発 されたが,いずれも危険が伴い,習熟した研究者,技 術者および BSL3 微生物の取り扱い設備が必要であ る.本邦においても比較的安全に施行できる in vivo 法が開発されたが,研究レベルの球状体観察法でルー チン検査とは言えなかった(Miyaji & Nishimura, 1985).
近年は迅速診断と実験室内感染防止を目的として,
危険な分節型分生子ができる前,培養数日の菌糸体を 用いた遺伝子同定法の開発研究が多いが,広義の C.
immitis の同定で,両種を判別する簡便迅速な方法は Parasitic cycle of
10
図 4 Coccidioides immitis の寄生環
分節型分生子を静脈内接種されたヌードマウスの肝における寄生環の観察所見.左最上図から時計回りに,分節型分生子が マウス体内で膨らみ,内部で内生胞子が形成され,放出されていく様子を示している.右最上部の初期の球状体の壁が破れ ているが,これはアーチファクトである.ホルマリン固定された肝組織を凍結し,ミクロトームで割断して走査型電子顕微 鏡標本を作製した.
西村和子 コラム「ヒト病原真菌」5
─ 146 ─ なかった.本邦では輸入感染症と位置づけられ,四類 感染症として全例届出が必要であるため,安全かつ迅 速な属同定と両菌種の鑑別を目指して研究がなされ,
ワンステップで迅速診断と両菌種の鑑別による感染地 のおおよその推定が可能となった(Umeyama et al., 2006).最後に付記するとすれば,医師,臨床検査関 係者は疑わしい症例からの検体培養時,あるいは接種 済の場合はなるべく培養早期に専門機関に相談すべき である.また,流行地での土壌資料の採取,考古学,
古生物学,地震学などの発掘作業に当たる研究者は本 疾患について予備知識をもってあたってほしい.
文 献
Burt, A., Carter, D.A., Koenig, G.L., White, T.J. &
Taylor J.W. 1996. Molecular markers reveal cryp- tic sex in the human pathogen Coccidioides immi- tis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93: 770-773.
Fisher, M.C., Koenig, G.L., White, T.J. & Taylor, J.W.
2002. Molecular and phenotypic description of Coccidioides posadasii sp. nov., previously recog- nized as the non-California population of Coccidioides immitis. Mycologia 94: 73-84.
Miyaji, M. & Nishimura, K. 1982. Murine coccid- ioidomycosis -Reproductive cycle of spherule and tissue responses. Jpn. J. Med. Mycol. 23: 287-296.
Miyaji, M., Nishimura, K. & Alello, L. 1985. Scanning electron microscope studies on the parasitic cycle of Coccidioides immitis. Mycopathologia 89: 51-57.
Miyaji, M. & Nishimura, K. 1985. Conversion of Coccidioides immitis from a myclial to spherules u s i n g t h e “a g a r i m p l a n t a t i o n m e t h o d”.
Mycopathologia 90: 121-123.
宮治 誠 1989. Coccidioides immitis 感染と組織応答.
真菌誌 30:260-265.
Pan, S.C., Sigler, L. & Cole, G.T. 1994. Evidence for a phylogenetic connection between Coccidioides immitis and Uncinocarpus reesii (Onygenaceae).
Microbiology 140: 1481-1494.
Sano, A., Miyaji, M., Kamei, K., Mikami, Y. &
Nishimura, K. 2006. Reexamination of Coccidioides spp. reserved in the Research Center for Pathogenic Fungi and Microbial Toxicoses, Chiba University, based on a multiple gene analysis. Jpn.
J. Med. Mycol. 47: 113-117.
Sigler, L., Flis, A.L. & Carmichael, J.W. 1998. The genus Uncinocarpus (Onygenaceae) and its syn- onym Brunneospora: new concepts, combinations and connections to anamorphs in Chrysosporium, and further evidence of relationship with Coccidioides immitis. Can. J. Bot. 76: 1624-1636.
Umeyama, T., Sano, A., Kamei, K., Niimi, M., Nishimura, K. & Uehara, Y. 2006. Novel approach to designing primers for identification and distinc- tion of the human pathogenic fungi Coccidioides immitis and Coccidioides posadasii by PCR ampli- fication. J. Clin. Microbiol. 44: 1859-1862.