ヒトとマウスFcεRI β鎖遺伝子は7つのexonからなる.ヒト FcεRI β鎖 に は2つ のsplicing variant(βTとMS4A2trucと 呼ばれる)があり,タンパク質に翻訳される.Full lengthの FcεRI β鎖 は,4カ 所 の 疎 水 性 の 強 い 膜 通 過 部 分 を 有 し,N 端,C端 と も に 細 胞 内 に あ る.C端 に は,Immunoreceptor tyrosine-based activation motif (ITAM) と 呼 ば れ る シ グ ナ ル 伝 達 モ チ ー フ が あ る.チ ロ シ ン リ ン 酸 化 し たFcεRI β鎖 ITAMには,Lynなどのシグナル分子が会合する.FcεRI β 鎖ITAMは 定 型 的 な チ ロ シ ン 残 基(YXXLX7-11YXXL) お よ び3つ 目 の非 定 型 的 な チ ロ シ ン 残 基(YEELNVYSPIYSEL)
をもつ.マウスFcεRI β鎖ITAMの定型的なYを介したシグ ナ ル が,FcεRIの 架 橋 刺 激 に よ る 脱 顆 粒 お よ び 脂 質 メ デ ィ エーターの産生に対してamplifierとして働いている.一方,
FcεRI β鎖ITAMの非定型的なYは,サイトカン産生に対し て 抑 制 的 な 制 御 を 行 っ て い る.す な わ ちFcεRI β鎖 が そ の ITAMの定型的および非定型的Yを介してIgE依存性のマス ト 細 胞 活 性 化 に お け る 正 負 両 方 向 性 の 調 節 に よ る フ ァ イ ン チューニングを行っている.ヒトFcεRI β鎖の発現が抑制さ れたヒトマスト細胞ではFcεRIの架橋による脱顆粒,PGD2 産生,サイトカイン産生は統計学的有意に抑制される.これ は,単 にFcεRIの 細 胞 表 面 の 発 現 が 減 少 し た た め の み な ら
ず,Lynの細胞膜への移行が阻止されていたため下流のシグ ナル伝達が抑制されたことによる.細胞膜に発現しているβ 鎖を標的とした薬剤が,アレルギー疾患の新規治療薬となる 可能性がある.
はじめに
高親和性IgE受容体(Fc
ε
RI)の発現は,齧歯類にお いてはマスト細胞と好塩基球に特異的であり,その構造 は,α
鎖,β
鎖,γ
鎖のダイマーの4量体構造である(1). ヒトにおいてはマスト細胞と好塩基球以外に樹状細胞,ランゲルハンス細胞および単球にも発現している.樹状 細胞,ランゲルハンス細胞および単球に発現している Fc
ε
RIはα
鎖とγ
鎖のダイマーから形成されている3量体 構造である(1).Fcε
RIβ
鎖は,1989年に羅ら(2, 3)により 遺伝子のクローニングがされた.ヒトとマウスFcε
RIβ
鎖遺伝子は7つのexonからなる(4)(図1A).スタート コドンとストップコドンはそれぞれexon 1と7に存在し ている(図1B).ラット,マウスとヒトFcε
RIβ
鎖遺伝 子のホモロジーは約69%である.ヒトFcε
RIβ
鎖には2 つのsplicing variant(β
TとMS4A2trucと呼ばれる)が あり,タンパク質に翻訳される.β
Tは,第5イントロ【解説】
Roles of FcεRI β-Chain in Human Mast Cells
Yoshimichi OKAYAMA, Satoshi NUNOMURA, Chisei RA, *1 日 本大学医学部総合医学研究所,*2 日本大学医学部微生物学
ヒトマスト細胞における
高親和性IgE受容体 β 鎖の役割
岡山吉道 * 1 ,布村 聡 * 1 ,羅 智靖 * 2
ンにあるストップコドンで転写が止まり,免疫受容体チ ロシン活性化モチーフImmunoreceptor tyrosine-based activation motif(ITAM)を含むC端を欠損している(4)
(図1C).ITAMとは,チロシン残基を二つ含み,シグ ナル伝達に関与するモチーフである.そのため,シグナ ル伝達の機能はない.また,
β
Tとα
鎖,γ
鎖の会合によ るFcε
RIの 細 胞 膜 発 現 は 減 少 す る.MS4A2trucは,exon 3を欠損しそのため細胞膜領域を欠損しているた め(図1C),細胞膜には発現せず,核や核周囲に存在 し,Ca2+依存性のmicrotuble形成に関与し,脱顆粒や サイトカイン遊離に関与している(5, 6).本稿では,Fc
ε
RIβ
鎖の役割と細胞内シグナル制御機構の解説をする.Fc
ε
RIの構造と発現細胞分布齧歯類においてはFc
ε
RIの発現はマスト細胞と好塩基 球に限られており,その構造は,α
鎖,β
鎖,およびγ
鎖 のダイマーが非共有結合によって会合した4量体構造を とる.マウスにおいてはFcε
RIが細胞表面に発現するた めにはβ
鎖が必須であり,αβγ
2の4量体構造のみが存在 する(1).一方,ヒトのFcε
RIはαβγ
2の4量体構造のみな らず,αγ
2の3量体構造でも細胞表面に発現することが 遺伝子導入の実験から示されているが(1)(図2),ヒトの 臓器でこの2つのサブタイプがどのような局在を示すの かは全く不明であった.ヒトにおいてはマスト細胞と好 塩基球以外に樹状細胞,ラングハンス細胞および単球に も発現していることが報告されているが,樹状細胞,ラングハンス細胞および単球に発現しているFc
ε
RIはα
鎖 とγ
鎖のダイマーから形成されている(1).α
鎖は細胞外ド メインを主体とした分子で,細胞膜を1回貫通する.細 胞外ドメインは,システインを介したS‒S結合による2 つの免疫グロブリン相同ドメインを形成することから,免疫グロブリンスーパーファミリーに属し,IgE結合能 を有する.
β
鎖には4カ所の疎水性の強い膜通過部分を 有 し,N端,C端 と も に 細 胞 内 に あ る.C端 に は,ITAMと呼ばれるシグナル伝達モチーフがある.ヒト
β
鎖はFcε
RIの細胞表面発現とγ
鎖を介する細胞内シグナ ルの増強作用(amplifier)をもつと遺伝子導入の実験か ら報告されている(7).マウスFcε
RIβ
鎖は,IgE依存性 のマスト細胞活性化のファインチューニングの機能をも つ(8).γ
鎖は,ダイマーを形成し,ITAMをもち細胞内 シグナル伝達に関与し,またFcε
RIの細胞表面発現に関 与している.γ
鎖は,齧歯類,哺乳類で種を超えてよく 保存されており,約90%のアミノ酸が一致する.CD3 複合体のζ
,η
鎖と同一のファミリーを形成しておりT細 胞受容体とも会合する.また,γ
鎖は,Fcγ
RI, Fcγ
RIIIA およびFcα
Rとも会合する(9).また,マウスではFcγ
RIV とγ
鎖は,会合する.Fc
ε
RIを介したLyn‒Syk‒LATシグナル複合体に よるシグナル伝達機構抗原特異的IgEはマスト細胞表面のFc
ε
RIに結合し,再び侵入してきた特異的抗原と細胞表面の抗原特異的 IgEの結合によりFc
ε
RIは架橋されlipid raftに移行す る.チロシンキナーゼやアダプター分子が細胞膜上でシ グナル伝達複合体を形成してlipid raftと呼ばれるマイ クロドメイン構造をとって物理的に相互作用が可能な単 位を構成する(10).図3に示すようにFcε
RIβ
鎖の細胞内1 2 3 4 5 6 7
1 2 3 4 5
1 2 4 5 6 7
start
start
start
stop
stop
stop
β
MS4A2truc
Full length
ITAM欠損(βT) TM
TM
TM COOH
COOH COOH NH2
NH2
NH2 ITAM
TM領域欠損 (MAS4A2truc) タンパク構造
転写構造
1 2 3 4 5 6 7
A
C B
図1■高親和性IgE受容体(FcεRI)β鎖遺伝子はfull-lengthの β鎖と2つのalternative splicing form(βT, MS4A2truc)を encodeする
(A) FcεRI β鎖遺伝子.(B)FcεRI β鎖の転写構造.(C)タンパク 質 構 造TM: 細 胞 膜 ド メ イ ンITAM: Immunoreceptor tyrosine- based activation motif (ITAM).
図2■高親和性IgE受容体(FcεRI)の構造
FcεRIの4量体および3量体モデル.上方に細胞外ドメイン,中間 に細胞膜ドメイン,下方に細胞内ドメインを示す.
, 17, 931 (1999)より改変.
1 2 3 4 5 6 7
1 2 3 4 5
1 2 4 5 6 7
start
start
start
stop
stop
stop
β
MS4A2truc
Full length
ITAM欠損(βT) TM
TM
TM COOH
COOH COOH NH2
NH2
NH2 ITAM
TM領域欠損 (MAS4A2truc) タンパク構造
転写構造
1 2 3 4 5 6 7
A
C B
領域のITAMには,チロシンキナーゼLynが会合し,
Fc
ε
RIの架橋によりLynはチロシンリン酸化され,活性 化されたLynはβ
鎖とγ
鎖のITAMのチロシンをリン酸 化する(11).γ
鎖のITAMには,チロシンキナーゼSykが 会合し,Lynによって活性化される.Lynは脱リン酸化 酵素であるSHIP-1を活性化し,リン酸化酵素と脱リン 酸化酵素の動的なバランスによってシグナルが調節され ている.Sykによってアダプター分子LATをリン酸化 し,LATにSLP76がGadsを介して会合し,SLP76に結 合しているチロシンキナーゼItkによってホスホリパー ゼC (PLC)γ
が活性化され,いくつかのカスケードを介 して細胞内カルシウム濃度が増加し,脱顆粒を惹起す る.詳細なシグナル伝達機構の解説はほかの総説(10, 12) を参照されたい.Fcε
RIβ
鎖の細胞内領域のITAMと Lynの会合に始まるシグナル伝達によって脱顆粒,脂質 メディエーターの産生およびサイトカインの産生が惹起 される.Fc
ε
RIβ
鎖と会合するシグナル分子Fc
ε
RIβ
鎖ITAMは 定 型 的 な チ ロ シ ン 残 基(YXX- LX7‒11YXXL)および3つ目の非定型的なチロシン残基(YEELNVYSPIYSEL)をもつ(図4).すなわち3つの チロシン残基をもつ.定型的なYをチロシンリン酸化 したマウス
β
鎖ITAMのペプチドを作成してpull down assayを用いてチロシンリン酸化したβ
鎖ITAMとどの ようなシグナル分子が会合するかを調べた結果,SHIP- 1, SHP-2, PI3 kinase(p85)およびLynが会合した(8). 一方,RBLセルラインを用いた研究では,定型的なY をチロシンリン酸化したβ
鎖ITAMとSyk, Grb2, Shc, SHIPおよびSHP-1が会合した(13).われわれはヒトの定 型的なYをチロシンリン酸化したβ
鎖ITAMペプチドを 作成してこのペプチドはLynと会合することを確認し た.LynはFcε
RIの架橋の強さによって脱顆粒およびサ イトカイン産生に対して正負の両方の制御を行う(14). すなわち,単量体IgEやIgEプラス低価数の抗原(たと え ば,抗hapten 2,4, dinitrophenyl (DNP) IgEプ ラ ス3 価のDNPをもつbovine serum albumin)の刺激で惹起 される弱いFcε
RIの架橋ではLynは脱顆粒およびサイト カイン産生に対して正の制御を行い,IgEプラス高価数 の抗原(たとえば,抗DNP IgEプラス21価のDNPをも つbovine serum albumin)の刺激で惹起される強いFcε
RIの架橋ではLynは脱顆粒およびサイトカイン産生に 対して負の制御を行う.Lynは,強いFcε
RIの架橋でよ り活性化されβ
鎖ITAMとの会合も強くなる.SHIPお よびSHP-1は強いFcε
RIの架橋でより強くリン酸化され る(14).Lynを欠損したマウスの骨髄由来培養マスト細 胞(BMMC)ではFcε
RIの架橋によってSHIPおよび SHP-1のリン酸化は消失する.強いFcε
RIの架橋での Lynによる脱顆粒およびサイトカイン産生に対して負の 制御はβ
鎖ITAMと会合するSHIPおよびSHP-1のリン 酸化によると考えられる(14).マウスFc
ε
RIβ
鎖ITAMによるマスト細胞活性化 のファインチューニングの分子機構Fc
ε
RIの架橋によるマスト細胞活性化におけるβ
鎖の 役割を検討する目的にて,それぞれ3つのチロシン残基(Y)をフェニルアラニン(F)に置換した変異体
β
鎖(YYY, FYY, YFY, YYF, FYF, FFF)を作製して,
β
鎖 ノックアウトマウス由来のマウスBMMCに遺伝子導入 し た.そ し て,そ れ ぞ れ の ト ラ ン ス フ ェ ク タ ン ト BMMCのFcε
RIの架橋刺激による細胞活性化の分子機 構を検討した(8).β
鎖ITAMのすべてのYをFに置換し た(FFF) お よ び 定 型 的 なYをF置 換 し た(FYY, YYF, FYF)BMMCで は,Fcε
RIの 架 橋 に よ りLynとβ
鎖 の 会 合 や,Syk, LAT, Fcε
RIγ
鎖,β
鎖,PLCγ
1/γ
2, LynおよびSHIP-1のチロシンリン酸化やカルシウム流 FcεRIβ γ γ α
Lyn Syk
LAT
RAS GRB2
GADS PLCγ1/2 SLP76
Ptdins(4,5) P2
SOS VAV 細胞膜
MAPKKK
MAPKs MAPKK
転写因子の活性化 PLA2
脂質メディエーター サイトカイン 脱顆粒
InsP3 DAG
PKC Ca2+
Itk SHIP-1
NF-kBの活性化など
(ERK1/2,p38MAPK, JNK)
SHP-1
図3■FcεRIを介したLyn-Syk-LATシグナル複合体によるシ グナル伝達機構
FcεRIの架橋反応によりLynは,チロシンリン酸化されFcεRI β鎖 の細胞内領域のITAMには,チロシンキナーゼLynが会合し,
Lynはβ鎖 とγ鎖 のITAMの チ ロ シ ン を リ ン 酸 化 す る.γ鎖 の ITAMには,チロシンキナーゼSykが会合し,Lynによって活性 化される.Lynは脱リン酸化酵素であるSHIP-1を活性化し,リン 酸化酵素と脱リン酸化酵素の動的なバランスによってシグナルが 調節されている.いくつかのカスケードを介して脱顆粒,脂質メ ディエーターの産生およびサイトカインの産生が惹起される.
DAG: diacylglycerol; InsP3: inositol triphosphate; MAPKs: Map kinases; MAPKK: MAPK kinase; MAPKKK: MAPKK kinase;
PKC: protein kinase C; PLA2: phospholipase A2; PLCγ1/2: phos- pholipase Cγ1/2; Ptdins(4,5)P2: phosphoinositide 4,5.
FcεRI
β γ γ α
Lyn Syk
LAT
RAS GRB2
GADS PLCγ1/2 SLP76
Ptdins(4,5) P2
SOS VAV 細胞膜
MAPKKK
MAPKs MAPKK
転写因子の活性化 PLA2
脂質メディエーター サイトカイン 脱顆粒
InsP3 DAG
PKC Ca2+
Itk SHIP-1
NF-kBの活性化など
(ERK1/2,p38MAPK, JNK)
SHP-1
入が減少し,脱顆粒および脂質メディエーターの産生が 野生型(YYY)BMMCと比較して減少した(図5).こ の効果は抗原濃度に依存しており,低い抗原濃度でより 顕著に生じることから
β
鎖ITAMの定型的なYを介した シグナルが,Fcε
RIの架橋刺激による脱顆粒および脂質 メディエーターの産生に対してamplifierとして働いて いることが明らかとなった.一方,非定型的なYがF置 換 さ れ たFFFお よ びYFY型BMMCは,Fcε
RIの 架 橋 刺激によるERK, p38MAPK, IKKβ
, IKβ
のリン酸化亢進 とNF-κ
Bの核内移行が増強し,SHIP-1のチロシンリン 酸化が減少していた.その結果,IL-6, およびIL-13産生 が,野生型に比べて増加しており,サイトカン産生に対 してβ
鎖ITAMの非定型的なYは抑制的な制御を行って いることがわかった(8)(図5).すなわちFcε
RIβ
鎖がそ のITAMの定型的および非定型的Yを介してIgEに応 答したマスト細胞活性化の正負両方向性の調節による ファインチューニングを行っていることを明らかにした(図5).
ヒトFc
ε
RIβ
鎖の役割NIH3T3細胞にヒトFc
ε
RIα
鎖とγ
鎖を共発現した細胞 とヒトFcε
RIα
鎖とβ
鎖とγ
鎖を共発現した細胞にさらに SykとLynを共発現させた細胞を作製し,β
鎖の役割を 検討した報告では,Fcε
RIの架橋後Fcε
RIα
鎖とβ
鎖とγ
鎖を共発現した細胞のほうが,α
鎖とγ
鎖のみを共発現 した細胞に比較してSykとLynのリン酸化の程度が5〜7倍大きかった.したがって
β
鎖はシグナル情報伝達の amplifierであると報告されている(15, 16).また,β
鎖の欠 損マウスにヒトα
鎖を過剰発現させ,さらにヒトβ
鎖を 導入したマウスのほうがヒトβ
鎖を導入しなかったマウ スと比較してI型のアレルギー反応が大きかった(17). Onら(18)は単球系のセルラインU937細胞にβ
鎖ITAMの すべてのYをFに置換した(FFF)および定型的なYを F置換した(FYY, YYF, FYF)とヒトFcε
RIα
鎖とγ
鎖 を共発現させ,Fcε
RIの架橋後の,γ
鎖のチロシンリン 酸化,Sykのチロシンリン酸化,細胞内カルシウム動 態,Lynとβ
鎖の会合を調べたところ,定型的なYの一 つTyr-219がamplifier作用に必須のチロシン残基であ ると報告している.ヒトのアレルギー疾患患者のアレルギー炎症組織の マスト細胞のFc
ε
RIβ
鎖の発現私たちは感度が高く,特異性の高い抗体を作成し た(19).この抗体を用いて慢性アレルギー性結膜炎患者
( =10)および疾患コントロール( =10)の結膜にお けるFc
ε
RIβ
鎖の発現を調べたところ,アレルギー性結 膜炎患者においてマスト細胞数の統計学的有意な増加が 認められたのみならず,Fcε
RIβ
鎖+cells/Fcε
RIα
鎖+ cellsの比率が,アレルギー性結膜炎において0.69±0.08 であり,コントロール(0.07±0.16)に比較して有意な 増加が認められた(20).また,Fcε
RIβ
鎖+マスト細胞は アレルゲンに接触しやすい上皮細胞周囲に局在してい た(20).したがってアレルギー性結膜炎においてマスト 細胞に発現しているFcε
RIβ
鎖の発現制御を行うことは 治療につながる可能性がある.ヒトマスト細胞細胞膜に存在するFc
ε
RIβ
鎖は Fcε
RIのシグナル増幅因子であるFc
ε
RIの架橋後の脱顆粒および脂質メディエーターの 産生能,サイトカイン産生能におけるβ
鎖の役割を検討 する目的にてレンチウイルスベクターを用いたshRNA 技術にて培養ヒト末梢血由来マスト細胞Fcε
RIβ
鎖の発 現抑制を行った.Fcε
RIβ
鎖の発現が抑制されたマストFcεRI β γ γ α マウスマスト細胞 細胞膜
SHIP-1 Lyn
Β鎖とγ鎖のリン酸化↑
LynとSykのリン酸化↑
LATのリン酸化↑
PLCγ1/2のリン酸化↑
Ca2+動員↑
SHIP-1のリン酸化↑
YEELNVYSPIYSEL 定型的チロシン残基による 正の制御
SHIP-1のリン酸化↑
ERK1/2, p38MAPK↓ NF-κB活性化↓
YEELNVYSPIYSEL 非定型的チロシン残基による
負の制御 Syk
脱顆粒・脂質メディエーター産生↑ IL-6, IL-13,TNF-α産生↓
図5■マウスFcεRI β鎖ITAMによるシグナル伝達の調節機構 FcεRI β鎖がそのITAMの定型的および非定型的チロシン残基を 介してIgEに応答したマスト細胞活性化の正負両方向性の調節に よるファインチューニングを行っている.
ヒトFcεRIβITAM マウスFcεRIβITAM
定型的ITAM D R LD R VY E E LY E E LN V Y S P I Y S E L N I Y S A TY S E L EDKGEDPG D_ _ Y x x L/I _ _ _ _ _ _ Y x x L/I_ _ _
Y219 Y225 Y229 K V P E
K V P D
図4■マウスとヒトFcεRI β鎖ITAMと定型ITAMとの比較 β鎖ITAMには定型的なチロシン残基(YXXLX7‒11YXXL)と3つ 目の非定型的なチロシン残基(YEELNVYSPIYSEL)がある.
ヒトFcεRIβITAM マウスFcεRIβITAM
定型的ITAM D R LD R VY E E LY E E LN V Y S P I Y S E L N I Y S A TY S E L EDKGEDPG D_ _ Y x x L/I _ _ _ _ _ _ Y x x L/I_ _ _
Y219 Y225 Y229 K V P E
K V P D
FcεRI β γ γ α マウスマスト細胞 細胞膜
SHIP-1 Lyn
Β鎖とγ鎖のリン酸化↑
LynとSykのリン酸化↑
LATのリン酸化↑
PLCγ1/2のリン酸化↑
Ca2+動員↑
SHIP-1のリン酸化↑
YEELNVYSPIYSEL 定型的チロシン残基による 正の制御
SHIP-1のリン酸化↑
ERK1/2, p38MAPK↓ NF-κB活性化↓
YEELNVYSPIYSEL 非定型的チロシン残基による
負の制御 Syk
脱顆粒・脂質メディエーター産生↑ IL-6, IL-13,TNF-α産生↓
細胞ではFc
ε
RIの架橋による脱顆粒,PGD2産生,サイ トカイン産生は統計学的有意に抑制された(21).これは,単にFc
ε
RIの細胞表面の発現が減少したためのみなら ず,細胞内シグナルに影響を及ぼし,活性化が抑制され た.Fcε
RIの 架 橋 後 にβ
鎖 はLynな ど のSrc kinaseに よってITAMのチロシン残基がリン酸化され,同時に チロシンリン酸化されたβ
鎖ITAMにLynが会合し,Lynが細胞膜へ移行するが,
β
鎖の発現抑制されたマス ト細胞ではLynの細胞膜への移行が阻止されているこ とがわかった(図6).したがってFcε
RIβ
鎖がIgE依存 性のヒトマスト細胞の活性化を制御していることがこれ らのデータから示唆され,Lynの細胞膜への移行を阻止 することがIgE依存性のヒトマスト細胞の活性化を抑制 できるのではないかと考え,ドミナントネガテイブな効 果を期待しFcε
RIβ
鎖のITAMチロシン残基をリン酸化 させたペプチドに細胞膜透過性ペプチドと結合させたペ プチドを作製しその効果を検討したところ,Fcε
RIの架 橋による脱顆粒を有意に抑制した.β
鎖ITAMのチロシ ン残基を3つリン酸化したペプチドおよび定型の外側2 つのチロシン残基をリン酸化したペプチドがIgE依存性の脱顆粒を統計学的有意に抑制した.
ヒトマスト細胞細胞質に存在するFc
ε
RIβ
鎖は Fcε
RIのシグナルを抑制するヒトマスト細胞に改良型アデノウイルスベクターを用 いてFc
ε
RIβ
鎖の全長を遺伝子導入した(22).導入された Fcε
RIβ
鎖がFcε
RIα
鎖と会合できる範囲ではマスト細胞 表面のFcε
RIα
鎖の発現は上昇するが,せいぜい1.5倍 程度に過ぎなかった.発現した過剰なβ
鎖タンパクは細 胞質内に存在し,Fcε
RIα
鎖とは,会合せずLynなどの シグナル分子と会合していた.その結果IgE依存性のヒ トマスト細胞の活性化は,過剰発現させた細胞質内β
鎖 によって抑制された(22).おわりに
マスト細胞と好塩基球に特異的に発現しているFc
ε
RIβ
鎖は,IgE依存性のマスト細胞および好塩基球の活性 化を精密に制御している.今後マスト細胞と好塩基球の 活性化を特異的に制御するため,細胞膜に発現している 図6■ヒ ト マ ス ト 細 胞 細 胞 膜 に 存 在 す る FcεRI β鎖はFcεRIのシグナル増幅因子であ るFcεRI β鎖の発現が抑制されたマスト細胞では FcεRIの架橋による脱顆粒,PGD2産生,サイ トカイン産生は統計学的有意に抑制された.
β鎖の発現抑制されたマスト細胞ではLynの細 胞膜への移行が阻止された.
Fc
ε
RIβ
鎖を標的とした薬剤が,アレルギー疾患の新規 治療薬となる可能性がある.文献
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22) Y. Okayama, A. Matsuda, J. I. Kashiwakura, T. Sasaki- Sakamoto, S. Nunomura, T. Shimokawa, K. Yamaguchi, S. Takahashi & C. Ra: , 44, 238 (2014).
プロフィル
岡山 吉道(Yoshimichi OKAYAMA)
<略歴>1985年産業医科大学医学部医学 科卒業.直ちに群馬大学医学部第一内科入 局その後英国サザンプトン大学医学部内科 大学院博士課程修了,サザンプトン大学研 究員,シニア研究員,群馬大学医学部第一 内科助手,米国国立衛生研究所アレルギー 感染研究所アレルギー研究室客員科学者,
理化学研究所を経て日本大学医学部分子細 胞免疫・アレルギー学分野准教授<研究 テーマと抱負>アレルギー・免疫疾患にお けるヒトマスト細胞の多様性の解明<趣 味>筋力トレーニング
布 村 聡(Satoshi NUNOMURA)
<略歴>東海大学大学院医学研究科にて免 疫学を専攻後,2001年より日本大学医学 部分子細胞免疫・アレルギー学分野研究 員・助教を経た後,2013年より現職<研 究テーマと抱負>マスト細胞における免疫 受容体を介したシグナル伝達制御機構の解 明<趣味>4カ月前から始めたウォーキン グ
羅 智 靖(Chisei RA)
<略歴>1980年千葉大学医学部卒業.そ の後NIHへの留学,順天堂大学医学部免 疫学講座助教授を経た後,2001年より日 本大学医学部分子細胞免疫・アレルギー学 分野教授,2013年より日本大学医学部微 生物学分野客員教授<研究テーマと抱負>
免疫・アレルギー疾患におけるマスト細胞 の多彩な役割の解明<趣味>写真撮影 Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会