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プロダクト イノベーション

香気分析の網羅性向上の鍵

3 軸ロボット型システムの活用 ゲステル株式会社

落合伸夫

ヘッドスペース(HS)法による香気成分の分析 食品などに含まれる香気の分析では,微量の揮発性成 分を対象とするため,古くからガスクロマトグラフィー

(GC)が用いられてきた.通常は,試料の前処理操作に より揮発性成分を抽出,濃縮し,そのごく一部をGCで 分析するが,十分な感度を得るためには多くの試料を必 要とする.また,GC分析に悪影響を与える不揮発性成 分の除去などには,熟練者であっても多大な労力と時間 が必要となる.そのため,試料前処理のスケールをミニ チュア化し,抽出した揮発性成分を効率良くGCへ導入 する種々の手法が開発されている.ミニチュア化した試 料前処理法の中には,全工程を自動化しGCにオンライ ンで導入可能なものもあり,香気分析における代表例と しては,ヘッドスペース(HS)法が挙げられる.HS法 では,試料バイアル中の気相部分(ヘッドスペース)に 移行した揮発性成分のみをGCに導入するため,不揮発 性成分の影響がなく,有機溶媒も使用しない.HS法は,

試料とHS間で揮発性成分の分配を平衡状態とした後,

サンプリングを行うスタティックHS(SHS)と,HS相 あるいは試料相(水系試料)に連続的にパージガスを流 し,試料からHSへ揮発性成分を移行させながらサンプ リングを行うダイナミックHS(DHS)に大別される.

SHSでは,GCへの導入量が少ないため(通常0.1 mL以 下),感度的な制限が大きいものの,ヒトが鼻腔から感 じる香気(オルソネーザル,トップ〜ミドルノート)の 組成に近い分析が可能となる.DHSでは,パージガス によるHS相の捕集管への濃縮を伴うため,ヒトが咀嚼 中に口腔から鼻腔にぬける香気(レトロネーザル,ミド ル〜ベースノート)に含まれるやや揮発性が低い成分も 対象となる.SHS/DHSの装置は,GCの初期からさま ざまなタイプのものが市販されているが,HSとGCの

接続部(トランスファーライン),およびHS装置内の 回転バルブ部における一部成分の損失が問題として指摘 されてきた.長いトランスファーライン(1 m以上)や 回転バルブ内の試料経路では,温度勾配や活性部位が生 じやすく,特にレトロネーザルへの寄与が大きい揮発性 の低い極性基をもった香気成分の損失が発生しやすい.

それゆえ,DHSのサンプリングを自作デバイスによる マニュアル操作で行い,GCへの導入を加熱脱着装置な どで行う オフラインDHS も根強く使用されている.

このような背景から,3軸ロボット型の多機能オートサ ンプラーと小型の加熱脱着装置を組合せたDHSシステ ムを開発し,その短い試料経路とバルブレスの構造がレ トロネーザル香気の分析にも威力を発揮している.本稿 では,この次世代DHSシステムによる食品中の香気成 分の網羅的分析法の開発について紹介する.

3軸ロボット型DHSシステム

『HS-GC分析の熟練者には,従来のDHS装置よりも古 典的なオフラインDHSのほうが好まれている』.長年に わたるこの歯痒い状況に対して,3軸ロボット型オート サンプラーによる小型加熱脱着装置の開発を終えて間も ないドイツGERSTEL社は,オランダの顧客,および代 理店との会話からオフラインDHS用の周辺装置の3軸 ロボット化の構想を得た.そして,その数カ月後の 2006年前半,筆者は3軸ロボット型オートサンプラーに 装着する前段階のプロトタイプによる測定の機会を得 た.このとき,従来のHS装置では安定した検出が難し いと感じていたチーズ中の脂肪酸類,フェノール類,イ ンドールなどの顕著なピークが得られたことにより,つ いに回転バルブ,長いトランスファーラインと決別した 次世代のDHSシステムが登場するという実感を得た.

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● 化学 と 生物 

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本DHSシステムは,主に3軸ロボット型の多機能 オートサンプラー , DHSモジュール,加熱脱着装置

{GC注入部の昇温気化型(PTV)注入口に装着}で構 成される(図1.多機能オートサンプラーのインジェ クションユニットは,レール上を任意に移動し,試料バ イアルや吸着捕集管を,試料トレイ,DHSモジュール,

加熱脱着装置に運ぶ.この3軸ロボットの動きにより,

あたかもヒトの代わりにオフライン的なDHSを行い,

サンプリング後の捕集管をすぐに加熱脱着装置に挿入す ることができる.そのため,マニュアル操作並に短い試 料経路(約3 cm)を達成し,従来の装置の弱点であっ た試料経路における温度勾配や活性部位の問題を克服し た.また,サンプリングごとに捕集管の交換が可能なた め,連続分析における異なる捕集管の使用や前回のサン プリングに由来するメモリーの影響を解消することがで る.さらに,一つの試料に対して異なる捕集管による複 数のサンプリング条件を組み合わせることが可能なた め,より網羅的な分析が期待できる.多機能オートサン プラーは通常の液体注入に加え,シリンジ式SHS,固 相マイクロ抽出(SPME)も自動化でき,加熱脱着装置 と組み合わせることにより,大量注入(LVI),濃縮を 伴うシリンジ式SHSとSPMEも可能となる.

DHSのメソッド

DHSによる食品の香気分析において,メソッドの作 成(サンプリング条件の設定)時に留意する点として,

①水,発酵食品中のエタノールなどGC分析に影響を与 える揮発性主成分の除去,②対象成分の破過容量と加熱 脱着効率に見合った捕集管の選択,③サンプリング温度 の影響,などが挙げられる.①に関しては,特に任意の サンプリング温度における適切な水分の除去が成功の鍵 となる.本DHSシステムでは,サンプリング後の捕集

管に一定温度で乾燥ガスを流す古典的な ドライパー ジ を用いるが,このときサンプリング条件(試料温度 と捕集温度)に見合った適切なドライパージを行うため に,ソフトウエア(LVI Calculator)による理論的なア プローチを行う.すなわち,任意のサンプリング温度,

捕集温度,パージガス量における水の気化体積,凝縮時 の体積を計算し必要最低限のドライパージ量を推定す る.さらに,本DHSシステムで使用するガラス製の捕 集管は,長さ約6 cm,外径約6 mmと軽量であり,サン プリングの前後はオートサンプラーのトレイ上にあるた め,ドライパージ前後の捕集管の重さを量ることによ り,捕集管中の水分の残留量を容易に確認することがで きる.従来の装置では,装置内に捕集管が固定されてい ることに加え,試料経路が長いため,水分の再凝縮など による計算値との誤差が大きく,実際のGC分析による 検討が必須であった.②に関しては,一般に揮発性の高 い成分(蒸気圧>1 kPa)には多層構造の活性炭系吸着 材を充填した捕集管を用い,揮発性が低い(蒸気圧<

1 kPa)成分にはポリマー系吸着材を充填した捕集管を 用いることが多い.活性炭系吸着材の捕集管では,ポリ マー系吸着材の捕集管よりも水分,エタノールの保持が 強いため,LVI Calculatorによる推定結果よりも多少余 裕をもたせた設定を行う.③に関しては,一般に室温付 近(25 C)から80 C程度までを用いるが,サンプリン グ温度の上昇とともに水分の影響が急激に増すため,室 温付近のサンプリング以外ではポリマー系吸着材の Tenax TAなどを用いるのが望ましい.また,食品中の アミノ酸,糖などの加熱により香気成分を生成するメイ ラード反応や配糖体の熱分解は,サンプリング温度が 100〜110 C以上になると反応が進み始めるため,通常 は80 C以下のサンプリング温度を用いる.本DHSシス テムには,上記事項を考慮して開発したトップ〜ミドル ノート用メソッド(BXX1, BXX2, BX),ミドル〜ベー 図13軸ロボット型多機能オートサンプ ラーを用いたDHS-GC-MSシステム

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スノート用メソッド(TX),親水性,極性成分用メソッ ド(FEDHS, SE-FEDHS)の6つのメソッドがあり,対 象成分の範囲,試料形態,試料マトリックスにより適し たものを使用する.メソッドBXX1は,3層構造のカー ボン系吸着材(Carbopack B/Carbopack X/Shincarbon  X)を充填した捕集管を用いて,室温付近(25 C)でサ ンプリングを行い,非常に揮発性の高いアセトアルデヒ ド(蒸気圧120 kPa),フラン(蒸気圧79 kPa),ジメチ ルスルフィド(蒸気圧64 kPa)などのトップノートに対 応する.メソッドBXX2は,メソッドBXX1と同じ捕集 管とサンプリング温度を用いるが,パージ量とドライ パージ量を増やすことにより,蒸気圧20 kPa以下の トップノートから蒸気圧1 kPa程度のミドルノートまで 対応する.メソッドBXは,2層構造のカーボン系吸着 材(Carbopack B/Carbopack X)を充填した捕集管を 用いて,室温付近(25 C)でサンプリングを行い,発酵 食品などに含まれる高濃度のエタノールを破過させ,蒸 気圧20 kPa以下のトップノートから蒸気圧1 kPa程度の ミドルノートまで対応する.メソッドTXは,ポリマー 系吸着材(Tenax TA)を充填した捕集管を用い,比較 的高めの温度(60〜80 C)でサンプリングを行い,蒸気 圧1 kPa以下のミドルノートからベースノートに対応す る.メソッドFEDHSは,Tenax TAを充填した捕集管 を用いて,少量(100 µL以下)の水系試料に対して 80 Cでサンプリングを行い,水分を全量気化させるこ とによって,低揮発性の親水性,極性成分であるフラネ オール(蒸気圧0.000077 kPa,水‒オクタノール分配係 数log  ow 0.82),マ ル ト ー ル(蒸 気 圧0.0000057 kPa,  log  ow −0.19),クマリン(蒸気圧0.000088 kPa, log  ow  1.51),バニリン(蒸気圧0.000060 kPa, log  ow 1.05)な どに対応する(メソッドFEDHSについては次項で解 説).メ ソ ッ ドSE-FEDHSは,溶 媒 抽 出 後 の 抽 出 液

(1 mL以下)に対してメソッドFEDHSを行う手法で,

水系試料に加えて固体試料にも対応する.表1にメソッ ドの種類と特徴を示した.

Full Evaporation DHSFEDHS)による親水性, 

極性香気成分の分析

従来のSHS/DHSによる水系試料の分析では,試料バ イアル(通常10〜20 mL)内における試料体積とHS体 積の比(相比)が比較的小さい.そのため,HS相には 揮発性が高い疎水性の成分が移行しやすいものの,揮発 性が低い親水性,極性の成分は移行しがたい.サンプリ ング温度を上げることにより改善はされるものの,前項 にも挙げたフラネオール(カラメル様),マルトール

(カラメル様),バニリン(バニラ様)などの成分はHS 相への移行が非常に難しい.したがって,得られたデー タには揮発性が高い疎水性の香気成分が強く反映されや すく,揮発性が低く親水性,極性の香気成分は反映され にくい.そのため,これらの成分の分析には,HS以外 のほかの抽出・蒸留法を用いる場合が多い.

1993年にMarkelov博士とGuzouski博士が開発した Full Evaporation Technique(FET)(1)では,水系試料 の体積を数µLまで小さくし(相比を極端に大きくした 状態で),100 C以上でのサンプリングを行う.そのた め,ほとんどの水分が気化して,揮発性が低い親水性,

極性成分の回収率が格段に向上する.しかし,FETは 極端に試料量を小さくしたSHSとほぼ同じであり,濃 縮を伴わずにGCへのスプリット導入を行うため,実際 のHS導入量は非常に少ない(0.1 mL).試料マトリック スの影響が少なく,親水性,極性成分を含めた均一な回 収率が得られるという利点があるものの,感度的には古 典的な液体注入(スプリット)と同程度である.そのた め,SHS的なFETの実際試料への応用は工業廃水など ごく一部に限られ,香気分析とはほぼ無縁の手法であっ た.本DHSシ ス テ ム 登 場 後 の2009年 後 半,ド イ ツ GERSTEL社のAndreas Hoffmann氏(文献3, 4, 6の共 著者)が,その試料経路と排気経路の短さに着目し,水 系試料のFETのDHS化に着手し始め,溶媒で希釈した シャンプーなど消費剤試料10 µLの全量導入に成功し た(2)(Hoffmann氏 は,90年 代 にHewlett Packard社/

現Agilent Technologies社が主催したGCワークショッ

表1DHSシステムの代表的なメソッド

DHSメソッド 捕集管 試料温度 特長

BXX1 Carbopack B & X Shincarbon X 25 C トップノート(蒸気圧>20 kPa)

BXX2 Carbopack B & X Shincarbon X 25 C トップ〜ミドルノート(蒸気圧<20 kPa)破過容量>BX BX Carbopack B & X 25 C トップ〜ミドルノート(蒸気圧<20 kPa)発酵食品

TX Tenax TA 60‒80 C トップ〜ミドルノート(蒸気圧<1 kPa)発酵食品

FEDHS Tenax TA 80 C 親水性,極性成分,発酵食品

SE-FEDHS Tenax TA 80 C 有機溶媒抽出液,親水性,極性成分,発酵食品

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プなどでMarkelov博士と交流があったため, 忘れ去 られていたFET の原理をよく覚えていたとのこと). 翌年,筆者らが検討に加わり,飲料中の親水性,極性の 香 気 分 析 を 目 的 と し たFull Evaporation DHS

(FEDHS)の開発を始めた.FEDHSにおける水系試料 量は,パージ中に捕集管に凝縮する水分量,および DHSシステム内の排気効率を検討し,100 µLを上限と した(3).図2にFEDHSの操作フローを示した.

最近のGC-質量分析計(GC-MS)の全イオンモニタリ ングにおける検出感度では,単一成分として100 pg以 上導入できれば,ほぼ十分な定性情報が得られやすい.

よ っ て,FEDHSに よ り100%近 い 回 収 率 が 得 ら れ,

GC-MSへの全量導入を行うと仮定すると,親水性,極 性の香気成分1 ppb(100 pg/100 µL)の全イオンモニタ リングが可能となる.18種の香気成分(各成分100 ng/

mL)をモデルとした水試料への添加回収試験では,

log  ow −0.31〜4.79,蒸 気 圧0.0015〜0.39 kPaの 全 成 分 の回収率が92〜111%となり,GC-MSの全イオンモニタ リングにおける検出下限値は,0.21〜5.2 ng/mLとなっ た.FEDHSとGC-MSによる熟成後のシングルモルトウ イスキー 100 µLの分析では,従来のDHSと比べて,親 水性,極性の香気成分である炭素鎖4〜6の脂肪酸類

(蒸気圧0.037〜0.22 kPa, log  ow 1.07〜2.05),フェノー ル/ グ ア イ ア コ ー ル 類(蒸 気 圧0.00051〜0.033 kPa,  log  ow 1.34〜2.65),バ ニ リ ン(蒸 気 圧0.000060 kPa,  log  ow 1.05)などを顕著に検出し,14〜420倍の面積値 の向上が得られた.

FEDHSでは,揮発性が低い親水性,極性成分も高い 回収率が得られるため,思いがけない試料導入量の過多 によるGC注入口,GCカラム,MSなどへの負荷を引き 起こすことがある.たとえば,蒸留直後(樽熟成なし)

のウイスキー100 µLをFEDHSで分析すると,ジオール 系の化合物などがカラムの負荷量を超える場合があるた め,WAX系のカラムでは保持時間が大きく動いてしま う.また,通常のカラム焼き出し操作などでは抜けきら ない蒸気圧の低い極性成分も導入されるリスクがあるた め,カラムバックフラッシュ機能を用いたり,無極性カ ラムを用いたりするなどの配慮も必要となる.測定の経 験がない試料の場合,まずは10 µL以下の試料量でのス クリーニング分析を行いたい.

Multi-Volatile MethodMVM)による  香気成分の網羅的分析

本DHSシステムを用いた食品の香気分析においては,

上記6つのメソッドを適宜使い分けることにより,高感 度化とともに網羅性の向上も期待できる.しかし,トッ プ〜ミドル〜ベースノートに寄与するすべての成分を対 象とする場合は,少なくとも3つのメソッドによる測定 が必要となり,たとえば,飲料など水系試料の場合,

トップ〜ミドルノート用にメソッドBXX2,ミドル〜

ベースノート用にメソッドTX,親水性,極性成分用に メソッドFEDHSなどを用いる.オルソネーザル,レト ロネーザルに寄与するそれぞれの成分を詳細に調べる場 合などは,これらのメソッドを個別に用いるアプローチ が向いているが,試料中の揮発性成分全体の特徴を捉え て,統計的な解析を行う場合などは,1回の分析におい てできるだけ多くの成分を対象とするメソッドが望まし い.化学分析においても多変量解析ソフトウエアによる データ解析が主流となり,分析結果における試料の網羅 性をより意識し始めたある日,『目的別のDHSメソッド をまとめて1回でGC-MS分析すると良いのでは?』,『そ れなら,試料量を100 µLにして,一つの(試料)バイ アルにメソッドを続けて,最後にFEDHSで(試料バイ アルを)カラカラにしよう』というラボでの会話が発端 となり,Multi-Volatile Method(MVM)(4)の開発に至っ た.MVMは,一つの試料に対して複数のメソッドを用 いる手法で,異なるDHSメソッドによる連続的なサン プリングを行った後,使用した捕集管すべてを加熱脱着 してPTV注入口に再濃縮する.そして,最後にPTV注 入口から全量導入してGC-MS分析を行うため,1回の 分析においてトップ〜ミドル〜ベースノート,および親 水性,極性成分を対象とすることができる.基本的には 試料形態によらず,メソッドの組み合わせを任意に設定 することができるが,飲料など水系試料の場合は,3つ のDHSメソッドによる連続サンプリングを採用した.

試料量は100 µLとして,まず25 CでメソッドBXX1に 図2FEDHSの操作フロー

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よるトップノートのサンプリングを行い,次に同じ温度 のままメソッドBXX2によるミドルノートまでのサンプ リングを行う,そして,最後に試料温度を80 Cとして メソッドFEDHSによるベースノート,および親水性,

極性成分のサンプリングを行う.その後,サンプリング 時とは逆の順番に3つの捕集管を加熱脱着し,GC-MSへ の導入を行う.サンプリング後の試料バイアル中の水分 は完全に気化し,ほとんどの揮発性成分がパージされて いるため,バイアル内の残渣を嗅いでみるとほとんど匂 いがしないことが多い.図3にMVMのサンプリング,

および加熱脱着のプロセスを示した.

MVMの発案からすぐに検討を開始したものの,装置 制御のソフトウエアには目的に見合ったメニューがな かったため,当初はGC-MSの空分析を含めた複雑かつ 非効率なプログラムを要した.しかし,非効率な分析に もかかわらず,その後数日でMVMの特長を証明する データが得られたのは印象深い.21種の香気成分(各 成分100 ng/mL)をモデルとした水試料への添加回収試 験では,蒸気圧20から120 kPaの成分は1段目のメソッ ドBXX1,蒸気圧1から20 kPaの成分は1段目のメソッ ドBXX1と2段目のメソッドBXX2,蒸気圧1 kPa以下 の成分は3段目のメソッドFEDHSを加えた全メソッド により,回収率94〜111%に到達した.すなわち,トッ プノートからベースノートに関連する幅広い香気成分を ほぼ均一に回収することが可能であった.MVMと GC-MSによるコーヒー 100 µLの分析では,デコンボ リューションソフトウエア(NIST AMDIS)と質量ス ペクトルライブラリーを用いた解析により,658成分相 当のピークを選別した.さらに,この658成分に香気成 分データベース(Aroma Office 2D)(5)を適用し,コー ヒーの香気分析の文献に記載の67成分とそのほか15成 分を仮同定した.コーヒーなど飲料中の香気成分を定量 する場合,従来のSHS/DHSでは,試料中のマトリック スによる回収率への影響が大きいため,標準添加法を用 いる場合が多い.一方,試料量が極端に少なく水分も完 全に気化してしまうMVMでは,試料中のマトリックス の影響が少ないため,対象成分によっては,外部標準法 による定量分析が期待できる.そこで,コーヒー試料か ら仮同定した香気成分のうち30成分を選択し,標準添 加法による定量値と外部標準法による定量値を比較し た.その結果,蒸気圧0.015 kPaのグアイアコールから 120 kpaのアセトアルデヒドまでの24成分では,試料マ トリックスの外部標準法への影響は少なく,2つの手法 による定量値の差が±20%以内となった.一方,蒸気圧 0.000060 kPaのバニリンから0.0057 kPaの4-エチルフェ

ノールまでの6成分では,外部標準法による定量値が標 準添加法の値の60〜70%となり,試料バイアルに残っ た不揮発性残渣の影響が示唆された.また,30成分の 標準添加法による定量値は,4-エチルフェノールの 33 ng/mLからアセトアルデヒドの4,300 ng/mLとなり,

五重測定による無添加試料の再現性は相対標準偏差

(RSD)10%以下であった.揮発性が低い一部の成分に は,標準添加法による補正が必要なものの,多検体の試 料をスクリーニング的に定量分析する場合などは,

MVMと外部標準法の組み合せが威力を発揮すると考え らえる.

MVMの高感度化

水系試料のMVMにおける試料量の上限は,3段目の サンプリングにメソッドFEDHSを用いる場合100 µLと なる(4).試料量を100 µL以下とすると,感度的な制限は あるものの,試料バイアル(通常10〜20 mL)内におけ る試料相とHS相の相比をかなり大きくすることができ るため,メソッドBXX1/BXX2による室温付近(25 C)

のサンプリングにおいて,トップ〜ミドルノートに関連 する親水性,極性成分の回収率が向上する.また,メ ソッドFEDHSにおける水分の完全気化も早く進行する ため,ベースノートに関連する親水性,極性成分の回収 にも貢献する.コーヒーなど比較的香気成分に富む試料

(各成分の濃度が数ppb〜数ppm)の場合は,試料量が 100 µLのMVMで主要な成分の全体像を容易に把握する ことができる.しかし,コーヒーに比べると香気成分の 濃度が低い(〜数十分の1)茶系試料などの場合は,一 般的なGC-MSの全イオンモニタリングでは感度の不足 が否めない.そこで,緑茶など香気成分濃度が低い水系 図3MVMの操作フロー

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試料にもMVMを適用するため,本DHSシステムの排 気系に真空ポンプを加えた仕様による試料量1 mLの MVMを検討した(6).まず,2層構造のカーボン系吸着 材(Carbopack X/Shincarbon X)を充填した捕集管2 本を用いて,真空ポンプは作動せずに室温付近(25 C)

で2段階のサンプリングを行い,トップ〜ミドルノート を回収する(ここで用いる捕集管はメソッドBXX1/

BXX2で使用する捕集管よりも破過容量が大きい).次 に,試料バイアルを80 Cまで加熱し,Tenax TAを充 填した捕集管3本を用いて,真空ポンプを作動したメ ソッドFEDHSを行い,ベースノート,および親水性,

極性成分を回収する.100 µLのMVM評価に用いた21 種のモデル香気成分の添加回収試験では,17成分の回 収率が88〜101%となり,アセトアルデヒド,ダイアセ チル,

β

-ダマセノンら3成分の回収率は67〜71%,プロ パナールの回収率は44%となった.最も回収率の低い プロパナール(蒸気圧42 kPa, log  ow 0.33)に関しては,

試料量の増加に伴い相比が10分の1になったことから,

HS相への移行が抑制され,より多くのパージ量が必要 となったものの,試料相からの回収率が40%付近にお いて捕集管の破過が発生したためと推測される.真空ポ ン プ を 組 み 合 わ せ た5段 階 サ ン プ リ ン グ のMVMと GC-MSによる緑茶1 mLの分析では,デコンボリュー ションソフトウエア(NIST AMDIS)と質量スペクト ルライブラリーを用いた解析により,329成分相当の ピークを選別した.さらに,この329成分に香気成分 データベース(Aroma Office 2D)を適用し,緑茶の香 気分析の文献に記載の39成分とそのほか11成分を仮同 定し,標準品により24成分を同定した.標準添加法に よる24成分の定量値は,2,3-ジメチルピラジン0.86 ng/

mLからフラネオール320 ng/mLとなり,三重測定によ る無添加試料の再現性は相対標準偏差(RSD)10%以下 であった.また,試料量100 µLの3段階サンプリングの MVM(真空ポンプなし)との感度の比較では,定量し た24成分において3.4〜15倍の面積比の向上が得られ た.香気成分の濃度が低い茶系飲料の場合などは,まず 代表的な試料を試料量1 mLのMVMとGC-MSの全イオ ンモニタリングにより定性分析を行い,主要な対象成分 を 選 択 す る.そ し て,多 検 体 の 試 料 に は,試 料 量 100 µLのMVM(真空ポンプなし)とGC-MSの選択イ オン検出による定量分析を行う.これにより,定性分析 における網羅性と感度の向上,定量分析における試料ス ループットの向上, および(対象成分によっては)外部 標準法による定量操作の簡略化も期待できる.

まとめ

3軸ロボット型オートサンプラーと小型の加熱脱着装 置を組み合わせたDHSシステムの登場により,従来の HS法では難しかった香気成分の網羅的分析が可能と なった.その要因としては,FETの感度と実用性を一 気に高めたFEDHSの開発が最も大きく,従来のHS法 では原理的に難しかった微量の親水性,極性の香気成分 のデータも得られるようになった.また,従来の装置で は構造的に難しかった複数の捕集管を(3軸ロボットが 運んで)用いることにより,高揮発性から低揮発性まで の香気成分を一度に扱えるようになった.2009〜2012 年開発のFEDHS(3)から5年,2013〜2014年開発のMVM(4) から3年が経ち,香気分析の現場における本DHSシス テムの活躍を感じる場面もあるが,今後の進展が望まれ る部分もまだまだ多い.たとえば,トップノート用の捕 集管については,より破過容量が大きく,疎水性が高 く,発酵食品中のエタノールの影響が小さいものが理想 的 で あ る し,一 部 の 食 品 に は,よ り 低 い 温 度 で の FEDHSが必要となる場合もある(現在は60 C以下での FEDHSメソッドを開発中).FEDHS/MVMでは,試料 マトリックスの回収率への影響が比較的少ないため,環 境汚染物質のモニタリングなどで普及し始めている自動 定量用データベースを用いる相対定量法(7)(標準物質を 使わず,内部標準物質のみを添加するスクリーニング的 な定量分析法)の応用にも期待が高い.

謝辞:FEDHS, MVMの開発,および実用化においてご協力,ご支援い ただきました笹本喜久男氏(ゲステル),角川 淳氏(ゲステル),石塚 雄貴氏(ゲステル),岡野谷和則氏(伊藤園),Andreas Hoffmann氏

(GERSTEL),Kevin MacNamara博士に深謝いたします.

文献

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プロフィール

落合 伸夫(Nobuo OCHIAI)

<略歴>1993年成蹊大学大学院工学研究 科工業化学専攻修士課程修了/同年横河ア ナリティカルシステムズ株式会社(アプリ ケーション開発)/2004年豊橋技術科学大 学工学博士/同年ゲステル株式会社(シニ アアプリケーションケミスト)/2007年同 社テクニカルディレクター/2012年同社 取締役/2014年同社専務取締役,現在に 至る<研究テーマと抱負>GC-MSによる 微量分析のための試料前処理・導入技術と 多次元GC技術の開発<趣味>ヴィンテー ジギター

Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.644

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

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