調 査 報 告
ホッキガイの資源管理型漁業 †
―
相馬双葉漁協相馬原釜支所・新地支所の事例
―福島大学経済経営学類
阿 部 高 樹
福島大学経済経営学類
井 上 健
1.序
我々の研究グループは,これまでにホッキガイの資 源管理についての訪問調査を実施してきた。調査は 2006年3月に開始し,2008年末までの調査地区数は41
(茨城県3,福島県6,宮城県3,青森県4,北海道 25)となっている。調査開始当初は,特徴的な取り組 みを発見しその実態を確認することに力点を置いてい たが,調査が進むにつれて,地区による管理手法の多 様性を観測するに至った。そこで,多様性の要因,更 には組織の性質と管理手段の関連性について調査する ことが目的として加わり,広範囲かつ網羅性の高い調 査を実施する方向を目指すこととなった。このような 趣旨から,調査地区としては,必ずしもほっきがい漁 業を主要漁業としている地区に限定してはいない。
宮城県南部から福島県浜通りは,全国的にみても ホッキガイの重要産地である。一方で,各漁協(支 所)においてほっきがい漁業の占める割合は異なって いる。本稿は,未調査であった相馬双葉漁業協同組合 相馬原釜支所・新地支所(2009年2月23日訪問)にお いて実施した訪問調査に関する報告である1。
なお,現在の相馬双葉漁業協同組合は,2003年(平 成15年)10月,相馬双葉地方の7漁協(新地,相馬原 釜,松川浦,磯部,鹿島,請戸,富熊)が合併してで きたものである。合併前のそれぞれの漁協は新たな漁 協の支所となったが,相馬原釜支所が本所を兼ねてい る(図1の地図を参照されたい)。
図2は相双地区におけるホッキガイの漁業地区別の 漁獲割合を示している。原釜は磯部や請戸に比べると 漁獲量は小さいが鹿島とそれほど大きく異ならないこ
<図1> 福島県相双地区のほっきがい漁業地域
旧小高町
浪江町
双葉町
大熊町 富岡町
楢葉町 相双漁協請戸支所 相双漁協鹿島支所 相双漁協磯部支所
旧原町 旧鹿島町 相馬市 新地町 宮城県山元町
相双漁協相馬原釜支所 相双漁協新地支所 宮城県漁協山元支所
相双漁協富熊支所 海岸線
市町村境界 漁場境界
相双漁協松川浦支所
とが分かる。新地は後に紹介するように,2000年前後 に中断したほっきがい漁業を,2008年中に再開したば かりであり,漁獲量はこの時点ではそれほど大きくは ない。
以下,第2節で,相馬原釜支所におけるホッキガイ の資源管理型漁業について述べ,第3節で,2000年前 後にほっきがい漁業から撤退しつつも2008年11月に再 開した新地支所における調査の報告を行う。
2.相馬原釜支所
2.1 組織の概要
相馬原釜支所は,2007年度で正組合員413名,准 組合員21名を有する。2005年度の正組合員は422名 であり,減少傾向にある。調査時時点(2009年2月)
での確定数は把握できなかったが,400名前後では ないかということであった。昭和50年代後半では,
700名を数えたそうである。沖合底びき網漁,固定 式さし網や船びき網漁などが中心である。
ほっきがい漁業に従事するのは2008年3月現在で 12名であり,全船,乗組員なしの一人操業である。
2005年には18名であったが,年々減少してきている。
貝桁網漁業の許可を持つ者は,実際の操業者数の2 倍ほどになるが,水揚量などを勘案してこの人数の みがほっきがい漁に従事している。従事者の平均年 齢は70歳前後であって,過去に底びき漁を行ってい た人も多いという。
ほっきがい漁のメンバーを構成員とした任意的な
「ほっき部会」がある。意思決定の場が「操業委員会」
<図2> ほっきがいの漁獲数量(相双地区)
(沿岸漁況速報2008年版を元に作成)
新地 3% 富熊 2%
磯部38%
請戸32%
鹿島14%
原釜11%
相双地区計452t
(2008年)
<図3> ホッキガイの漁場
新地町
相馬市 宮城県山元町
松川浦
共第26号
共第25号 共第24号
共第23号
共第22号
相双漁協相馬原釜支所 相双漁協新地支所
相双漁協磯部支所
南相馬市
海岸線 市町村境界 漁場境界 相双漁協磯部支所
であり,リーダーが操業委員長である。操業委員会 では,出漁の判断や相場の値段に対応した生産調整 等の日常的な判断から,プール制(後述)の運営と いったことが,操業委員長のリーダーシップのもと で決定される。
2.2 漁期・漁場
ホッキガイの漁期は,県の定める漁業調整規則通 りの6月から1月(禁漁期間が2月1日〜5月31 日)である。漁が行われる共同漁業権の設定区域は,
地図上の共第23号と共第24号,共第25号であるが,
第23号は原釜支所と磯部支所との入会,共25号は原 釜と新地の入会となっている2。ただし,共第25号 の区域は,ほとんどを相馬港で占められており狭隘 である。
入会は歴史的なものであり,過去からの慣例を継 承しているとのことである。磯部支所との入会であ る第23号での実際の漁については,ある程度の棲み 分けがなされており,これは,毎年6月の解禁前に 話し合いが行われている。
2.3 漁獲金額
近年の漁業実績の状況は図4,5の通りである。
原釜支所では壊れたホッキガイは,剥き身にして出 荷される。図4,図5には入手データの関係上,剥 き身分については含まれていないが,全体に占める 割合はごく僅かであり,大勢を把握する上でほとん ど影響はない。
300トン以上の水揚げが記録された2001年以降,
金額,数量ともに減少傾向にある。従事者の減少は,
当然,影響していると考えられるが,資源量が減少 している可能性もあるだろう。
2.4 漁法・操業体制
ほっきがい漁は,3トンから5トンの小型船での 貝桁網によって行われ,マンガと呼ばれる爪のつい た櫛状の漁具で海底の砂を掘り起こし,ホッキガイ を網に集める。各船一人での操業であり,一つのマ ンガのみで漁を行う。(2つのマンガを用い,片方 を錨のようにして網を巻き取る方法もあるが,この 地区では採用していない。)近年他地域で普及しつ つある噴流式も導入していない。
出港は朝5時前後である。天候等によっては,出 漁前に,岸壁に全員で集まり相談して出港の判断を する。値段が安い場合は,生産調整のため出漁を見
合わせることもある。ばらばらに出港しても,結局 は同じ操業区域,互いに目の届く距離で漁を行うこ とになる。漁をする時間は2時間から2時間半で,
マンガを3回から4回曳く。
一日あたりの漁獲制限は設けていない。殻長7.5
㎝以上という県の調整規則に従い,7.5㎝未満のも のは,その場で放流する。寄港は8時から8時半で,
寄港後すぐに殻の大きさに従って大・中・小に選別 し,9時からのせり(入札)に入る。
2.5 プール制
全国に先駆けて,1978年(昭和53年)にプール制(水 揚げの均等分配)を導入した磯部漁協に続き,相馬 原釜漁協でも,昭和50年代後半にプール制を導入し た。ただし,操業隻数を半分にするために2人一組 で操業するような磯部とは異なり,原釜では,船主
年 漁
獲 金 額︵ 百万 円︶
0 2001 80 70 60 50 40 30 20 10
2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
年 漁
獲 数 量︵ t︶
平 均 単 価︵ 円/
㎏︶ 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 0
50 100 150 200 250 300 350
0 100 200 300 400 500 600 漁獲数量 平均単価
<図4> ホッキガイの漁獲金額の推移(相馬原釜)
(福島県水産事務所所蔵資料および漁協提供資料 を元に作成)
<図5> ホッキガイ漁獲数量及び平均単価の推移
(相馬原釜)
(福島県水産事務所所蔵資料および漁協提供資料 を元に作成)
一人での個人操業である。分配は操業した者のみを 対象とする。ほっきがい漁の経験が少ない者がいる ときは,例えば分配が8割程度に減額されるような 仕組みになっている。個々の貢献は記録され,また,
漁場によって妥当な水揚げが共通認識となっている ので,手抜きなどは容易に把握されることになる。
2.6 市 場
ホッキガイの入札に参加するのはほとんど地元の 鮮魚店である。大口の仲買人は1社か2社参加する 程度である。地元の民宿や旅館の需要などもある。
大きいものほど高い値段になる傾向があるが,さら に,仲買人の需要に応じた量になっていると入札で 高値がつく傾向にある。
ホッキガイに限ったものではないが,相馬原釜支 所の「企画」として,郡山市や福島市,さらには,
日本海側の酒田市などの鮮魚店や生協との直接契約 も始めている。ただし,買参権の点から,地元の業 者に委託して買い上げたものを出荷する。いろいろ な魚と組み合わせて出荷できたり,値段が安定した りという効果があるという。
2.7 試験操業等
6月の漁期開始前,福島県の水産試験場が行う資 源量調査(試験操業)の他,支所独自の資源操業を 行う。これによって漁の開始を遅らせるかどうかな どは,操業委員会で判断する。
操業委員会で,休漁する場所を決めたりすること もある。3,4年前までは,市の補助で移植を行っ ていたが,現在は行っていない。30隻以上が操業し ていた時代,稚貝の購入を行っていたが,今は行っ ていない。
3.新 地 支 所
新地支所は,2008年度で正組合員70名,准組合員4 名を有する。コウナゴ,メロードや,カレイの水揚 げ割合が大きい。その中で,ホッキガイについては,
2000年前後まで漁を行っていたものの,その後撤退し ていたが,近年再開したということである。極めて興 味深い事例であり,以下では,撤退の経緯と再開する に至った判断,現在の操業体制について紹介する。
3.1 新地支所におけるほっきがい漁の撤退と再開 新地支所では,2000年前後まで,多い時では30隻
を超える規模でほっきがい漁を行っていた(図6, 図7参照)が,当時設定していた漁獲制限(一隻あ たり30㎏・殻長8㎝以上)のもとで,値段の低下等 によって採算が取れなくなったこと,さらには,ほっ きがい漁の従事者が高齢により次第に漁から引退す るという要因も重なって,新地支所ではほっきがい 漁が行われなくなったということである。
しかしながら,新地支所の海域は,北に宮城県山 元町,南に相馬市磯部という,全国屈指のホッキガ イ産地の間にある。資源が枯渇してしまっていると は考えにくい。ホッキガイが一定程度存在している だろうという予想のもとに,2006・2007年(平成18 年・19年)に,漁協の青年部(50歳以下)の活動の 一環として,資源調査と需要調査を行った。その結 果,管理型漁業を行うことによって「持続的な操業 が可能」という結果になったという。なお,資源調 査の際,福島県から借用した噴流式マンガを使って 調査にあたったということである。
年 漁
獲 数 量︵ t︶
平 均 単 価︵ 円/
㎏︶ 1991 1992 1993 1994 1995 1996 199719981999 2000 2001 0
5 10 15 20 25
0 100 200 300 400 500 700 600 漁獲数量 平均単価
年 漁
獲 金 額︵ 百万 円︶
0 1991 16 14 12 10 8 6 4 2
1992 1993 1994 1995 1996 1997199819992000 2001
<図7> ホッキガイ漁獲数量及び平均単価の推移
(新地)
(福島県水産事務所所蔵資料を元に作成)
<図6> ホッキガイの漁獲金額の推移(新地)
(福島県水産事務所所蔵資料を元に作成)
この結果を受けて,組合員の中で,新たにほっき がい漁を行いたいという声があがり,組合での検討 を経て,2008年11月から本格的な漁が再開されるこ ととなった。2009年1月までの漁期において,従事 者は6隻7名であり,マンガ等を新たに装備しつつ 操業している。この間の操業実績は,45日操業で 19.5tとなっている。
3.2 操業体制等
漁場は共第26号(図3参照)の防波堤の中の限ら れた場所である。ここでのみ,漁獲サイズが安定し ているという。漁は3.5トン前後の船で,噴流式で はない普通のマンガで行われている。
漁獲量の制限は特に設けず,マンガを曳く回数を 3番としている。今のところ資源の密度が高く,1 番で50〜80㎏になる。ただし,それでは獲りすぎと なる心配があり,当初設定していた殻長制限8㎝を 8.5㎝にひき上げた。2009年時点では,まだ,ほっ きがい漁業に関する部会のような組織は立ち上がっ ていないが,この殻長制限の厳格化は6隻の漁師の 間での話し合いによって決定されたものである。再 開後,ホッキガイの選別(再開当初は,9.5㎝以上 特大・9.5㎝〜9㎝大・8.5㎝〜9㎝中・8.5㎝〜8
㎝小の4段階であり,のち,特大を大に含めたり,
採補を8.5㎝以上に制限したりしている)が不徹底 で,入札結果にも影響したので,共通の選別用の升 を新調し,統一化を図った。
漁の時間は日の出から昼までと決まっているが,
まとまって出漁するわけではなく,個人操業の度合 いが強い。プール制のような制度も導入されていな い。ただし,従事者の人数が少なく,漁業者間の意 思の疎通はしやすく,上述の殻長制限厳格化など,
しだいに自主的なルールが確立されつつある段階に ある。
青年部で行った資源量調査の際,福島県水産事務 所の普及員に乗船してもらったり,結果をまとめて もらったりした。漁協としては,もう少し幅広い海 域での調査の必要性を感じているということであっ た。
4.結 語
相馬原釜地区は,県内最大規模の漁獲実績を有する 漁業地区であり,県内の漁業における最重要地区であ ると言って良いだろう。一方で,ほっきがい漁業に関
しては漁獲実績が減少傾向にあり,決して見通しが明 るいとは言えない。隣接する磯部地区と同様に漁獲金 額の生産に関してプール配分を採用している点が注目 に値するが,漁獲量の減少,従事者の減少などへの対 応も含め,従事者自身や関連組織による今後の工夫が 期待される。
新地支所については,本調査報告ではあまり多くの ことが紹介できなかった。ほっきがい漁業を再開した ばかりであり,制度の確立や自主管理の導入などが進 んでいくと思われる。今後の進展に期待するとともに,
更なる調査を行っていきたい。
参考文献
阿部高樹・小島彰・井上健(2007)「ホッキガイの資 源管理型漁業―宮城県山元町漁協の事例―」
『福島大学地域創造』第19巻第1号,55-62頁.
井上健・阿部高樹(2010)「ホッキガイの資源管理型 漁業―宮城県漁業協同組合矢本支所・亘理支所 の事例―」『福島大学地域創造』第21巻第2号,
80-88頁.
井上健・阿部高樹・小島彰・東田啓作(2009)「ホッ キガイの資源管理型漁業―釧路支庁,根室支庁 の事例―」『福島大学地域創造』第21巻第1号,
83-104頁.
井上健・阿部高樹・小島彰・星野珙二(2008)「ホッ キガイの資源管理型漁業―苫小牧漁協,いぶり 中央漁協虎杖浜支所・白老支所・登別支所の事例
―」『福島大学地域創造』第19巻第2号,48-59頁.
井上健・阿部高樹・東田啓作(2008)「ホッキガイの 資源管理型漁業〜東北地方主要漁場について〜」
『海洋水産エンジニアリング』第81号,海洋水産 システム協会,18-23頁.
井上健・小島彰・東田啓作(2008)「ホッキガイの資 源管理型漁業―相馬双葉漁協請戸支所,いわき 市漁協久之浜支所・沼之内支所の事例―」『福 島大学地域創造』第20巻第1号,46-55頁.
熊本 尚雄・阿部 高樹・井上 健・初澤 敏生(2010)
「漁業協同組合における経営改善・漁業振興に関 する取り組み―魚津漁業協同組合の事例―」
『商学論集』第79巻第1号,57-68頁.
小島彰・阿部高樹・井上健(2006)「ホッキ貝漁業に おける水産資源管理―青森県北浜地区4漁協
(八戸市みなと,市川,百石町,三沢市)の事例―」
『福島大学研究年報』第2号,19-23頁.
小島彰・初澤敏生・阿部高樹・井上健・熊本尚雄(2009)
「ハマグリ漁におけるプール制について―鹿島 灘漁協,はさき漁協,大洗町漁協の事例―」『福 島大学研究年報』第5号,33-37頁.
佐々木浩一(1993)『ウバガイ(ホッキガイ)の生態 と資源』,日本水産資源保護協会.
初澤敏生・小山良太・東田啓作(2008)「ホッキガイ の資源管理型漁業―鵡川漁協,ひだか漁協の 事例―」『福島大学地域創造』第19巻第2号,
60-77頁.
東田啓作・井上健・阿部高樹(2010)「ホッキガイの 資源管理型漁業―渡島支庁の事例―」『商学 論集』第78巻第4号,121-142頁.
東田啓作・井上健・小島彰(2009)「ホッキガイの資 源管理型漁業―網走支庁4漁協の事例―」『福 島大学地域創造』第20巻第2号,57-68頁.
東田啓作・小島彰・阿部高樹・井上健(2006)「ホッ キ貝漁業にみる水産資源管理―いわき市漁協四 倉支所,相馬双葉漁協磯部支所,鹿島支所のケー スより―」『福島大学地域創造』第18巻第1号,
55-62頁.
福島県水産試験場『沿岸漁海況速報』
注
† 本稿は,平成18年度から20年度科学研究費補助金
(萌芽研究)「漁業協同組合の資源管理に関するルー ル・罰則の生成要因と効果の経済分析」の研究成果 の一部である。
1 相馬双葉漁業協同組合相馬原釜支所・新地支所の 方々には,長い時間を割いて頂くとともに,貴重な 資料を提供して頂きました。この場を借りて,心か ら感謝の意を表明いたします。
2 共〜号という表現は,福島県内の共同漁業権の設 定漁場に対して付けられている名称であり,共第1 号から共第27号まで設定されている。