340 化学と生物 Vol. 53, No. 6, 2015
マスト細胞の脱顆粒反応における DOCK5 の役割
アレルギー反応をコントロールする新しい分子メカニズムの解明
マスト細胞は,花粉症,喘息や食物アレルギーといっ たアレルギー反応を引き起こす免疫細胞の一つで,アレ ルギー反応が重篤な場合にはアナフィラキシーショック という生命に危険な状態を誘発する.マスト細胞は,細 胞の表面にIgE抗体と結合するFc
ε
受容体を発現してお り,抗原がIgE抗体と結合することでマスト細胞が活性 化され,ヒスタミンを含んだ細胞内分泌顆粒が輸送され て細胞外へ放出される(1, 2).この細胞内の分泌顆粒が輸
送されて細胞外へ放出されることを脱顆粒反応と呼び,アレルギー反応を引き起こす原因として知られている.
脱顆粒反応には,細胞骨格成分の一つである微小管のダ イナミックな再構成が関与しており,分泌顆粒が微小管 の管状の構造物に沿って運搬されることが知られていた が(3)
,微小管の動きがどのようにして制御されているか
は不明であった.DOCKファミリーは線虫からヒトに至るまで保存さ れた分子の総称で,共通して保存されたDHR-2ドメイ ンと呼ばれる領域を介して,低分子量Gタンパク質と総 称されるシグナル分子に会合し,その活性化を誘導す る(4)
.DOCK5は こ の フ ァ ミ リ ー 分 子 の 一 員 で,Rho
ファミリー低分子量Gタンパク質の一つであるRacをグ アノシン二リン酸(GDP)が結合した「不活性型」か らグアノシン三リン酸(GTP)が結合した「活性型」へ変換することで,RacのスイッチをONにするグアニ ンヌクレオチド交換因子(GEF)であるが,その生体 機能,特に免疫応答における役割は明らかにされていな かった.
今回,筆者らは,DOCK5がマスト細胞に発現するこ とを見いだし,アレルギー反応におけるDOCK5の役割 を明らかにした(5)
.免疫システムにおけるDOCK5の役
割を明らかにするために,DOCK5ノックアウトマウス を用いてアレルギー反応を解析した.DOCK5を発現す る野生型のマウスをIgE抗体で感作し,抗原を投与する と,強いアレルギー反応であるアナフィラキシーショッ クが引き起こされ,体温が低下した.しかし,DOCK5 ノックアウトマウスでは,野生型のマウスと同じ程度の マスト細胞が存在するにもかかわらず,アナフィラキ シーショックの発症をはじめとするアレルギー反応が著 しく抑制され,血清中のヒスタミン値も上昇しなかっ た.加えて,マスト細胞欠損マウスに,野生型マスト細 胞を移入することでアナフィラキシーショックを発症す るようになったが,DOCK5を欠損したマスト細胞を移 入してもアナフィラキシーショックを誘導することがで きなかった.このことから,DOCK5はマスト細胞で機 能し,アレルギー反応を制御していることが明らかと なった.さらに詳しく解析したところ,DOCK5を欠損したマ スト細胞では,ヒスタミンといった化学物質の放出など の脱顆粒反応に障害があることを見いだした.この脱顆 粒 反 応 に は 微 小 管 が 重 要 な 役 割 を 演 じ て い る が,
DOCK5を欠損したマスト細胞では,微小管の動きが著 しく低下していた.
マスト細胞の脱顆粒反応を誘導するためには,Fc
ε
受 容体を介した2つの細胞内シグナル伝達経路が必要であ今日の話題
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ることが知られている(6)
.一つはLyn‒Syk‒PLC γ
の経路 であり,カルシウム反応を調節することで分泌顆粒が細 胞形質膜と融合し細胞外へ放出することを制御してい る.もう一つはFyn‒Gab2‒PI3Kの経路であり,こちら は分泌顆粒の細胞質から細胞形質膜への輸送を制御して いる.しかしながら,脱顆粒反応を調整するさらに下流 のシグナル伝達経路についてはほとんどわかっておら ず,特に分泌顆粒の輸送に必要な微小管の動きを制御す るシグナル伝達経路は不明であった.DOCK5がどのよ うにしてマスト細胞の微小管の動きを引き起こしている のかそのメカニズムを探索したところ,DOCK5の欠損 によって上流のこれら2つのシグナル伝達には障害は認 められなかった.そして驚いたことに,DOCK5がもつ Racの活性化というこれまでに知られていた機能とは無 関係であることが明らかになった.そこでさらに詳しく解析を進めると,DOCK5はNck2 やAktといった別のシグナル伝達分子と会合し,微小 管の動きを制御しているGSK3
β
の働きをコントロール することで,脱顆粒反応に重要な役割を果たしているこ とを突き止めた(図1
).GSK3 β
は微小管の動きを負に制御しているセリン/スレオニンキナーゼで,未刺激状 態のマスト細胞では微小管関連タンパク質をリン酸化す ることで微小管の動きを抑制している.Fc
ε
受容体から のシグナルをGSK3β
へ伝達するにはDOCK5が必須の分 子であった.このようにして,アレルギー反応の原因と なるマスト細胞の脱顆粒反応を制御する分子として DOCK5を新たに特定するとともに,DOCKファミリー タンパク質がアダプター分子として機能することを明ら かにした.現在アレルギー疾患の治療薬としてヒスタミンの働き を抑える薬剤が主に使われているが,その効果は限定的 である.本研究により,DOCK5を欠損したマスト細胞 では,ヒスタミンといったアレルギー反応を引き起こす 化学物質の放出そのものが障害されることが明らかと なった.このため,DOCK5はアレルギー反応を根元か ら断つための新たな創薬標的になることが期待される.
1) T. Kawakami & S. J. Galli: , 2, 773
(2002).
2) S. Kraft & J. P. Kinet: , 7, 365 (2007).
3) P. Dráber, V. Sulimenko & E. Dráberová:
, 3, 130 (2012).
4) J. F. Côté & K. Vuori: , 115, 4901 (2002).
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Sanematsu, K. Yamamura, M. Terasawa, A. Nishikimi, J.
F. Côté : , 211, 1407 (2014).
6) K. Nishida, S. Yamasaki, Y. Ito, K. Kabu, K. Hattori, T.
Tezuka, H. Nishizumi, D. Kitamura, R. Goitsuka, R. S.
Geha : , 170, 115 (2005).
(田中芳彦
*
1,福井宣規 *
2, *
1 福岡歯科大学口腔歯学部,*
2 九州大学生体防御医学研究所)プロフィル
田中 芳彦(Yoshihiko TANAKA)
<略歴>1991年熊本大学医学部医学科卒 業/同年同大学第二外科臨床研修/1999 年同大学大学院医学研究科博士課程修了/
同年ラホヤ免疫アレルギー研究所博士研究 員/2004年九州大学生体防御医学研究所 助教,准教授/2013年福岡歯科大学口腔 歯学部教授,現在に至る<研究テーマと抱 負>口腔免疫学における研究の推進<趣 味>スポーツ観戦<所属研究室ホームペー ジ>http://www.fdcnet.ac.jp/col/info/
teacher/10̲2.html 図1■DOCK5によるマスト細胞での脱顆粒反応制御の模式図
マスト細胞の表面にはIgE抗体と結合するFcε受容体が発現して おり,抗原がIgE抗体と結合することで細胞内シグナル伝達が惹 起される.DOCK5が複数のシグナル伝達分子と会合し,微小管 の動きをコントロールすることで脱顆粒反応を制御している.
今日の話題
342 化学と生物 Vol. 53, No. 6, 2015 福井 宣規(Yoshinori FUKUI)
<略歴>1986年九州大学医学部医学科卒 業/同年同大学第三内科臨床研修/1992 年同大学大学院博士課程修了/同年同大学 生体防御医学研究所助手/1993〜1995年 スタンフォード大学ハワードヒューズ医学 研究所リサーチアソシエイト/1999年九 州大学生体防御医学研究所助教授/2004 年同大学同研究所教授/2010年同大学主 幹教授,現在に至る<研究テーマと抱負>
免疫細胞の動態や活性化の制御機構.自分 たちの手で同定,解析してきた分子が,臨 床の現場で役立つ日を夢見て格闘中<趣 味>サッカー観戦<所属研究室ホームペー ジ>http://www.bioreg.kyushu-u.ac.jp/
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