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代謝反応ネットワーク解析の意義と方法 - J-Stage

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LC-MSの よ う な 高 性 能 質 量 分 析 装 置 の 開 発 お よ び 性 能 向 上 により,細胞内代謝物濃度の網羅的測定が可能となりつつあ る.これによりトータルシステムの特性はもとより,サブシ ステム間の調節機構,相互作用などが明らかになるものと期 待 さ れ る.し か し,1,000種 類 を 超 え る 代 謝 物 濃 度 の 時 間 変 化データ(メタボロームデータ)を効率よく解析するための 有効な方法が定まっていない.このため,現在,メタボロー ム デ ー タ か ら 数 式 モ デ ル を つ く り,コ ン ピ ュ ー タ ー シ ミ ュ レーションによってシステムの特性を明らかにする手法づく り が 世 界 的 に 進 行 中 で あ る.こ こ で は,代 謝 反 応 ネ ッ ト ワークの数式モデリングについて解説する.

約20年前,筆者らの一人,白石はミシガン大学医学 部でTCAサイクルのシステム解析研究に携わった.周 りの研究室はすべて実験系であったのに対し,白石のと ころだけが理論的解析を専門とする異質の存在であっ た.研究室には,8ビットコンピューターが2台と,当 時最新鋭のマッキントッシュ IIが1台だけ置かれてい

た.このような環境下で本当に研究成果を出すことがで きるのかと不安を感じたが,その一方で多くの実験系研 究室の中に理論系研究室が置かれていることを不思議に 思った.しかし,この謎はすぐに解明された.時折,周 りの研究者が挙動のおかしな実験データをもって白石の 研究室を訪れた.ボス (M. A. Savageau) はこれらの挙 動を診断し,理論的に考えられる代謝機構を説明した.

研究者はこれにヒントを得て自分の居室へ戻り,実験を 行なった.日本では今も珍しいこのような実験屋と理論 屋の関係が,アメリカでは少なくとも20年前に重視さ れ,実践されていたのである.

興味のある生物あるいは微生物の代謝反応ネットワー クにおいて,すべての酵素の反応速度式を実験により決 定することは,巨額の研究費のもとに大きな研究グルー プを組織して取り組まない限り到底不可能である.そこ で,通常は多くの文献の中から該当する酵素の反応速度 式を探し出し,これらを組み合わせることにより数式モ デルを構成する.ただし,その反応速度式はおそらく酵 素の起源が異なり,またin vitro実験で決定されたもの である.それまで実験に重点をおいて研究を行なってい た白石は,「このような継ぎ接ぎだらけの数式モデルを Significance of Metabolic Reaction Network Analysis and Its

Method

Fumihide SHIRAISHI, Michio IWATA, Kansuporn SRIYUDTH- SAK, *1九州大学大学院農学研究院,*2九州大学大学院生物資源 環境科学府,*(独)理化学研究所植物科学研究センター3

【解説】

代謝反応ネットワーク解析の意義と方法

白石文秀 * 1 ,岩田通夫 * 2 ,シユタサ カンスポーン * 3

(2)

使った計算結果の議論にどれほど意味があるのか」 と疑 問を抱きながらコンピューターに向かった.

しかし,科学の進歩はまさに日進月歩である.その 後,分析装置の性能が著しく向上し,現在では細胞内代 謝物濃度の網羅的測定が可能になりつつある(1, 2).将 来,信頼性の高いメタボロームデータが得られるように なれば,設定した数式モデル中の速度パラメーターをこ の実測値から直接決定することにより,細胞内で実際に 起こっている代謝反応に近いコンピューターシミュレー ションが可能になる.これにより,多くの実験を行なわ ずともシステムの特性を議論できるようになる.また,

シミュレーション結果の検討により,ピンポイントで効 率よく実験を行なうことができるようになる.

大規模代謝反応システムにおける数式モデル作成の 困難さ

代謝反応ネットワーク内のi番目の代謝物Xiの濃度Xi

が時間tの経過に伴って変化しているときの瞬間的変化 速度(Xiの時間微分)は,他の代謝物がXiのプールへ 流入するときの流束v1, i , v2, i , .... から,Xiが他の代謝物 プールへ流出するときの流束vi, 1 , vi, 2 , .... を差し引いた 次式で表わされる(ここで,記号 ʻXʼ のローマン体は物 質を,イタリックはその濃度を意味する).

dXi

dt =(v1, i+v2, i+...)−(vi, 1+vi, 2+...) (1)

(i=1, 2, ... , n)

右辺の各流束式(反応速度式)にはミカエリス–メン テン型式を用いることが多いが,この場合,それぞれの 酵素反応がミカエリス–メンテン型のどのタイプの式に 従うかの情報が必要である.また,この情報が得られた としても,式中に含まれる数多くの速度パラメーターを 線形化プロットにより決定するため,代謝物初濃度を変 えてin vivo実験により初速度を測定することはきわめ て困難である.結局,ミカエリス–メンテン型式に基づ く数式モデリングは破綻を来すことになる.メタボロー ムデータが得られても,これらの測定値を使って数式モ デル中の速度パラメーターを決定しなければ理論的解析 の意味がない.したがって,大規模代謝反応の数式モデ リングには,ネットワーク内の各酵素反応の動力学的情 報がなくても式の設定ができ,またin vivoデータから 速度パラメーターを直接決定できる手法が必要とされ る.

感度と代謝反応解析法

数式モデルを使って代謝反応ネットワークの特徴を調 べる初歩的方法は,ネットワーク内のある酵素活性(ま たはある代謝物濃度)を1つずつ変動させ,これにより システム全体の代謝物濃度がどの方向にどれくらい変化 するかを観察することである.しかし,これには手間と 時間がかかる.また,影響の大きさを定量的に表わすこ とができない.そこで,代謝反応解析では,"定常状態 における感度"(以下,"定常状態感度"と呼ぶ)を用い る(ここでいう定常状態とは,代謝物濃度が時間的に変 化しない状態のことであり,ミカエリス–メンテン型式 の誘導で用いられる定常状態近似と混同しないように注 意されたい).定常状態感度は,定常状態にあるシステ ムにおいて酵素活性Yjが無限小変化したときの代謝物 濃度Xiの変化を意味する.いま,ネットワーク内のn 個の代謝物をXi , m個の酵素を同じ記号Yiで表わし,代 謝物濃度をX1 , X2 , .... , Xn , 酵素活性をY1 , Y2 , .... , Ymと するとき,これは次式で与えられる.

S(Xi*, Yj*)=∂Xi/∂Yj (2)

(i=1, 2, ... , n ; j=1, 2, ... , m)

ここで,記号 “*” は定常状態における値を意味する.し かし,この感度は定常状態での酵素活性,代謝物濃度の 大きさに影響されるため,感度どうしの比較が容易では ない.したがって,一般には (2) 式を酵素活性と代謝 物濃度の変化前の値で正規化した次のような相対感度を 用いる.

L(Xi*, Yj*=∂Xi

∂Yj Yj*

Xi*∂ ln X∂ ln Yij (3)

(i=1, 2, ... , n ; j=1, 2, ... , m) 

本稿で感度と言えば,通常この相対感度を指す.たとえ ば,(3) 式による感度の計算値が2であるとき,これは 簡単には酵素活性が1%だけ変化したとき代謝物濃度が 2 %だけ変化すると解釈すればよい.感度が正であれ ば,変動の結果としてシステムが新たに到達する定常状 態での代謝物濃度が現在の定常状態での代謝物濃度より も大きくなり,負であれば小さくなることを意味する.

変動対象となるものには,酵素活性,代謝物濃度のほ か,反応次数などがある.また,変化を受けるものには 代謝物濃度のほか,流束(代謝物濃度の変化の大きさ,

または反応速度)がある.これらを組み合わせることで 様々な感度の定義が可能である.

これまで,定常状態感度計算に基づく多くの代謝反応 解析法が提案されたが,現在は代謝制御解析法(3, 4)

(Metabolic Control Analysis ; MCA) と生物化学システ

(3)

ム理論(5, 6) (Biochemical Systems Theory ; BST) が主 に利用されている.MCAは1973年頃ヨーロッパで提案 され,現在世界で最も利用されている解析法である.こ れが普及した理由は,その理論が優れていたということ よりも,むしろ提案者らがEuropean Journal of Bio- chemistry誌を舞台に実験屋と上手にコラボレーション し,MCAによる理論的解析のメリットを理解させるこ とに努めたからである.また,感度をたとえば"流束コ ントロール係数 (FCC)"などのように,実験屋が受け 入れやすく名づけたことも大きく貢献した.一方,BST はMCAよりも一足先の1969年に米国で提案された.そ の基本式は次の通りである.

dXi

dt =

α

i

n+m

j=1Xjgij

β

in+m

j=1Xjhij (4) 

(i=1, 2, ... , n)

ここで,

α

iとgi jはXiのプールに流入する流束の速度定 数と反応次数,

β

iとhi jはXiのプールから流出する流束 の速度定数と反応次数,nとmはそれぞれ従属変数(代 謝物,流束など)と独立変数(酵素活性など)の数を表 わす((4) 式は記述の際にはコンパクトで便利な形であ るが,数式モデルに代謝物を追加するなどしてシステム サイズを変更し,改めて番号を付け直すときに問題を生 じる.この修正を容易にするため,筆者らは独立変数を Yiで表わすことにしており,(2) および (3) 式ではこ れに従った記述を用いていることに注意されたい).(1)

式との比較からわかるように,(4) 式はXiプールにお ける流入流束と流出流束をそれぞれに1つのべき乗則型 式で記述したものである.これを"S -システム型式"と いう(SはSynergistic and saturableの省略である).こ のように流束を2つの項にまとめたことで,定常状態に おいて (4) 式から代謝物濃度および感度の式が導かれ る.また,MCAよりも多くの種類の感度が定義され る.さらに,代謝マップを入手すれば,(4) 式のような 代数式の形で数式モデルを設定することができる.

(1) 式の右辺の各流束式にミカエリス–メンテン型式 を使用する場合,システムに定常状態が存在すれば,す なわち (1) 式においてdXi/dt=0を満足する代謝物濃

度の組み合わせが存在すれば,このときの代謝物濃度を 用いて (1) 式を (4) 式へ変換することができる.この 変換により得られた (4) 式は,定常状態において (1)

式と厳密に一致する.また,(4)式を数値的に解いて得 られる各代謝物濃度の時間変化(すなわち,非定常状態 における変化)は,その値が定常状態から大きく離れな ければ (1) 式による計算値とほぼ一致する.ただし,

(1) 式を (4) 式の形で表わすことの大きな目的は,定常 状態における感度計算を容易にすることにある.もし,

元の微分方程式と厳密に同じ代謝物濃度の時間変化を計 算したいならば,(1) 式を"リキャスティング(7)"とい う方法により変数変換し,得られた式をテーラー級数法

(計算誤差が最後の数桁程度しかない超高精度の計算値 を与える計算法)で解けばよい(8, 9)

BSTでは当初,理論の体系化に力を注いだためその 応用研究が遅れた.また,提案者 (M. A. Savageau) が 電気工学の出身であったため,感度の1つをその計算式 の形そのままに"対数ゲイン"と名付けたこと,(4) 式 が複雑な式に見えることなどから,BSTは数学に馴染 みの浅い実験屋に容易に受け入れられなかった.小規模 システムの解析では,MCAとBSTの解析力に大きな違 いはない.しかし,メタボローム解析が重要となり,大 規模システムの大量のデータ処理が要求されるように なった現在,系統的システム解析が可能なBSTの有用 性が再認識されている.

代謝反応システム解析の流れ

代謝反応システムの解析の流れを図1に示す.まず,

ターゲットシステムに対してメタボロームデータ(代謝 物濃度の時間変化データ)を採取する.これと並行して 同システムの代謝マップを入手し,各代謝物に記号Xi

を割り当ててS -システム型式をつくる.次に,式中の 速度パラメーター (

α

i ,

β

i , gi j , hi j) を実験データから決 定する.最後に,構築した数式モデルを使って代謝物濃 度の時間変化のシミュレーション,定常状態または動的 状態の感度,固有値(後で説明)の計算を行ない,シス テムの特性を明らかにする.

図1代謝反応システムの解析の  流れ

(4)

BSTは究極的に一般化された解析法であり,システ ムの規模が大きくなっても系統的に解析を行なうことが 可能である.このことは解析ミスを減らすために必要不 可欠な条件であり,BSTは代謝物濃度の網羅的測定が 可能となった時代に即する解析法である.

計算に用いるソフトウエアの例

BSTの解析手順に基づくシステム解析用ソフトウエ アが開発されているが,使い勝手などで一長一短があ る.ここでは,筆者らが日頃使っているソフトウエアを 紹介する.

PLAS(10) (Power Law Analysis and Simulation) は,

使いやすく,一般化されたソフトウエアである.しか し,S -システム型の数式モデルしか処理できない.そこ で筆者らは,ミカエリス–メンテン型反応速度式のよう なべき乗則型式以外の速度式を含んでいたり,項数が2 よ り も 大 き い 場 合,簡 易 的 に 作 成 し たCOSMOS

(Converting software of Michaelis-Men ten equations to S-system equations) を使って,これをべき乗則型式 へと変換している.このとき,各代謝物濃度に対して定 常状態値の候補値を与える必要がある.これらはまずは 任意の値でよいが,もし計算が困難になれば数式モデル をRunge-Kutta法などにより数値的に解き,計算値がほ ぼ一定となったときの代謝物濃度を候補値として与えれ ばよい.COSMOSは,べき乗則型数式モデルへの変換 のほか,定常状態値,定常状態感度の計算も行なう.し たがって,この他の計算値を得たい場合,べき乗則型変 換式をそのままPLASにセットし,定常状態値,定常状 態感度のほか,S -システム型数式モデルに基づく代謝物 濃度の時間変化,固有値などを計算する.

BSTなどの代謝反応解析法では定常状態感度の計算 しかできない.代謝物濃度が変化している場合,感度は

終始変化している.したがって,システムに定常状態が ない場合や,定常状態がある場合でも定常状態に達する までの感度を計算したい場合には,時間とともに変化す る感度,すなわち"動的感度(11)"を計算する必要があ る.この計算のためには,筆者らは独自に開発した動的 感度計算ソフトSoftCADS (Software for calculation of dynamic sensitivities)(12) を用いている.

BSTによる数式モデリングは簡単

詳細は白石の著書(13)を参考にしていただくこととし,

ここでは簡単な代謝反応システムに対して (4) 式のよ うなS -システム型の数式モデルをどのように導くかを 説明する.図2は3つの代謝物X0 , X1 , X2 からなる逐次 反応システムを表わす.X0からX1が生成する反応は,

X1から生成したX2によりフィードバック阻害を受けて いる.ただし,X0の濃度は終始一定で変化しないもの とする.BSTによれば,次のようなS -システム型数式 モデルが与えられる.

dX1

dt =

α

1X0g10X2g12

β

1X1h11

dX2 (5)

dt =

β

1X1h11

β

2X2h22

上式の誘導の基本は,左辺の目的の代謝物濃度の時間変 化に対して,増加に関わるすべての流束に関係する代謝 物濃度を速度定数

α

iに掛け合わせ,各濃度に反応次数gi j

を付けた流入流束項から,同様に減少に関わるすべての 流束の濃度を速度定数

β

iに掛け合わせ,各濃度に反応 次数hi jを付けた流出流束項を差し引くことである.

図2フィードバック阻害を もつ代謝反応システム

図3フィードバック阻害をもつ代謝反応 システムのシミュレーション

(5)

解析を厳密に行なおうとするならば,式中の速度パラ メーターを代謝物濃度の時間変化データから決定しなけ ればならない.しかし,このようなデータはなかなか手 に入らないので,(5) 式の速度パラメーターを,仮に

α

1

=2.0,

β

1=5.0,

β

2=10.0, g10=1.0, h11=1.5, h22=0.1, X0

=5.0として,また初期値をX10=1.0, X20=0.5として簡 単な計算を行なうことにする.(5) 式中のg12は負の値 をもち,その絶対値は阻害の大きさを表わす.g12=0 のとき阻害はなく,各代謝物濃度は図3-左に示すよう に単調に変化する.一方,g12=−5として阻害作用を 付与すると,各代謝物濃度は振動するようになる(図3- 左).これは,X2の増大により,さらなる増大を抑制し ようとしてX2がX1の生成を抑えることでX2が減少し,

一方,X2が小さな値をとるようになると阻害が緩和さ れてX1が増大し,これに伴いX2も増大するというプロ セスを繰り返すからである.このように,代謝マップが 与えられればS -システム型数式モデルを簡単に導くこ とができ,これを用いることでシステムの大まかな特徴 を知ることができる.

メタボロームデータに基づく速度パラメーター決定 代謝物濃度の時間変化を表わすメタボロームデータの 信頼性が大幅に向上した場合,これらを使って式中の速 度パラメーターを決定してやれば,真実に近いシミュ レーションを行なうことが可能になる.このため,現 在,代謝物濃度の時間変化データから数式モデル中の速 度パラメーターを直接決定するための方法の開発が世界 中で行なわれている.

まず,代謝マップに基づき,(4) 式のようなS -システ ム型式をつくる.次に,その計算値がメタボロームデー タに適合するように,式中の速度パラメーターを決定す る.提案されている主要な手法の基本原理は最小二乗法 と逐次代入法の組み合わせである(9).しかし,逐次代入 法には収束の向きを決めるアルゴリズムがない.このた め,収束までに多くの反復計算が必要であり,計算時間 が長くなる.筆者らは最近,収束が相対誤差の2乗の速 度で進行するニュートン–ラフソン法を導入し,速度パ ラメーターの適切な初期候補値の推算法を含む一連の計 算アルゴリズムを検討した.その結果,本法では収束計 算がほとんどの場合10回程度の反復で完了することを 見いだした(14).現在,ノイズを含むデータ処理につい て検討を行なっている.

システム解析

代謝反応システムの解析において,感度計算は主要な 部分である.BSTには,対数ゲイン,速度定数感度,

反応次数感度がある.これらは,それぞれ独立変数(酵 素活性),速度定数,反応次数の変動が代謝物濃度や流 束へ及ぼす影響の大きさを表わす.(3) 式により与えた 相対感度は,BSTでは"対数ゲイン"と呼ばれる.こ こで,ゲインとはYjの変動に対するXiの変化分を指す.

対数ゲインの名称は,(3) 式に示すように,相対感度が Yjの対数的変動に対するXiの対数的ゲインに相当する ことに由来する.一般には,対数ゲインも感度と呼ばれ る.しかし,BSTでは独立変数の変動に対する相対感 度を対数ゲインと呼び,一方,速度定数,反応次数のよ うなパラメーターの変動に対する感度をそれぞれ速度定 数感度,反応次数感度と呼び,区別する.対数ゲインの 絶対値が非常に大きい場合,そのシステム(または数式 モデル)は"頑健性が低い"という.どの値以上で頑健 性が低いとするかは研究者により異なるが,10以上の 値とすることが多いようである.頑健性が低いと,その システム(または数式モデル)中の代謝物濃度は非現実 的な大きな値をとる.

固有値もシステムを特徴づけるのに重要な特性値であ る.これは定常状態において,(1) 式のような代謝物濃 度の微分方程式から導かれる特性方程式を解くことによ り,式の数と同じだけ得られる(13).固有値は本来複素 数であり,システムの安定性の目安を与える.それらの 実部がすべて負である場合,システムは"局所的に安 定"である.すなわち,定常状態において任意の代謝物 濃度がわずかに変動しても,すべての代謝物濃度は,元 の定常状態へ戻ることができる.ゼロでない虚部をもつ 固有値が含まれる場合,そのシステムはある環境下で振 動する可能性をもつ.実部の絶対値の最大値と最小値は

"硬度比"と呼ばれ,これが大きいとシステムの変動が 起こった場合,すべての代謝物濃度が定常状態に戻るま でに長い時間がかかる.硬度比が1よりも非常に大きな 値(たとえば104以上の値)をもつとき,そのシステム は"硬い"という.実部の絶対値の最小値の逆数は,あ る代謝物濃度が変動した後にすべての代謝物濃度が再び 定常状態値までほぼ戻るのに要する時間を与える.

代謝反応システムに定常状態がない場合,たとえばシ ステムへその外部から流入する流束が終始変化するよう な場合,システム内の代謝物濃度は連続的に変化し続 け,その間中感度も変化するので,動的感度の計算が必 要となる.一般にその計算は厄介であり,数学に馴染み

(6)

が浅い者には到底困難である.また,システムが大規模 になると,数学に精通した者でも式の誘導でミスをおか しやすく,その作業自体重労働である.そこで,筆者ら は (5) 式のような数式モデルをセットし,影響を知り たい酵素または代謝物濃度を指定するだけで簡単に動的 感度を計算できるSoftCADSを開発した.本ソフトで は,感度に対する微分方程式の誘導を高精度数値微分 法(15)で行なうとともに,微分方程式をテーラー級数 法(16)で解くため,動的感度の計算値がコンピューター の有効桁と同程度の精度(14 ~16桁程度の有効桁)で 与えられる(16, 17).したがって,計算結果をいつでも信 頼することができる.本来,定常状態理論であるはずの MCAを使った動的感度計算法が提案されているが,本 法は多くの誤差を含む計算値を与えるので使用すべきで ない(18).システムに定常状態があれば,動的感度は最 終的に定常状態感度へ漸近する.

適用例

最後に,システム解析例のいくつかを紹介する.

1.  TCAサイクルの代謝経路モデルとその数式モデル Wrightら(19~21)は長年にわたって,粘菌Dictyosteli- um discoideumのTCAサイクルに関わる多くの酵素を 単離精製し,in vitro実験によりそれらの反応速度式を 決定するとともに,代謝経路モデルとこれに基づく数式 モデルを提案し,MCAによる感度解析を行なった.報 告された感度値のほとんどは1以下にあり,本システム の感度は低いと結論づけられた.筆者らは,同数式モデ ルを直接入手し,BSTによる再計算を行なった.その 結果,モデル提案者の計算では代謝物濃度の定常状態値 が正しく決定されておらず,真の定常状態値を用いて再 計算すると,絶対値が100以上の異常に大きな感度値が 多く含まれていることを見いだした(22~26)

図4に示す代謝経路モデルは,Wrightらのモデル中 のタンパク質プールからTCAサイクルへ流入する流束 を不可逆から可逆に修正したものである(27).図5は,

この修正した代謝経路モデルに対する数式モデルを用い て計算した定常状態における対数ゲインの絶対値の分布 を示す.その値の大きな個所が酵素の活性変化に対して 影響を強く受ける代謝物濃度である.本数式モデルで は,ピルビン酸プールに3つの流束が流入し,かつピル ビン酸からアセチルCoAが生成する反応がアセチル

図4  TCAサイクルの代謝経路モデル

X1: オキザロ酢酸1, X2: オキザロ酢酸2, X3: アセチルCoA, X4: イソクエン酸,X5: ピルビン酸,X6: グルタミン酸,X7: アスパラギン酸,

X8: アラニン,X9: クエン酸1, X10; 2–オキソグルタル酸,X11: コハク酸,X12: フマル酸,X13: リンゴ酸,X14~ X39: 酵素濃度,X46~ X48: 補酵素濃度,X49: 二酸化炭素プール,X50: タンパク質プール.

(7)

CoAにより強く阻害されるため,ピルビン酸濃度の感 度が高い.本数式モデルに対する固有値を表1に示す.

時間変化する代謝物濃度の数が13個であるため,固有 値も同数だけ得られる.その実部がすべて負であること から,本システムは局所的に安定である.ゼロでない虚 部が存在することから,ある条件下では代謝物濃度が振 動する可能性がある.硬度比が906/0.338=2680であ り,1よりもかなり大きいことから,本システムは硬い ことがわかる.また,実部の絶対値の最小値の逆数か ら,すべての代謝物濃度が定常状態値にほぼ等しくなる までに1/0.338=3.0分程度(厳密には,この値の3倍程 度)の時間がかかることがわかる.

2.  ボトルネック酵素の同定

ネットワーク内の代謝反応を触媒する酵素の中で,そ れらの活性Yjを個々に変化させたとき,定められた時

刻において目的生成物濃度X(t)objを最も大きくする酵 素(ボトルネック酵素)を探し出すことができれば,そ の酵素の活性をなんらかの方法で変化させることにより 生産プロセスの性能向上を図ることができるかもしれな い.ボトルネック酵素を効率よく同定するには,ボトル ネックの指標となる値を大きな順にランキング(順位づ け)すればよい.その有効な指標の一つは動的対数ゲイ ン

L(Xobj(t), Yj)=

∂X∂Yobj(t)j

XobjY(t) j (6)

である(28).反応プロセスの終了時刻における動的対数 ゲインの絶対値をランキングしたとき,最大値を与える 酵素がボトルネック酵素となる.一方,操作期間中に Xobj(t)が最も大きくなる時刻とこれを与える酵素を決 定する場合,この指標は代謝物濃度の大きさの影響を受 けるため使用できない.筆者らは濃度に関して有次元化 した新たな指標

L(Xobj(t), Yj)X(t)i

∂X∂Yobj(t)j

Yj (7)

を定義し,その性能を検討した.その結果,本指標によ ればどのような場合でもボトルネック酵素を同定できる ことを見いだした(29).これらの指標はペニシリンV発

酵モデル(28, 30)とエタノール発酵モデル(30, 31)へ適用され

ている.

図5代謝物濃度への酵素活性の影響を表わす定常状態対数ゲイン

表1TCAサイクルモデルの 固有値

−0.338 −67.0

−0.441 −167

−0.654 −241+42.6 i

−1.940 −241−42.6 i

−3.21 −626

−9.98 −906

−52.8

(8)

3.  生成物阻害の物質生産への影響の見積もり

現在,石油資源の枯渇が深刻な問題となっている.こ れに伴い,微生物内の代謝反応ネットワークを改変し,

バイオ燃料製造プロセスなどの生産性向上を目指す研究 が世界的に進められている.しかし,このような発酵プ ロセスでは,生成物が微生物増殖を強く阻害したり,微 生物を死滅させたりする.ところが,研究開発は代謝反 応ネットワーク改変が目的生成物濃度へどのような影響 を及ぼすかを十分に理解しないまま行なわれていること が多い.筆者らは,阻害とボトルネックが共存するS - システム型数式モデルを構築し,これらの因子の目的生 成物濃度への影響を検討した(32).その結果,代謝反応 ネットワーク改変によりボトルネック問題を解決しても 最終生成物濃度の増大は期待できないこと,これを顕著 に増大させるには目的生成物による阻害や微生物死滅の 軽減のほうがより効果的であることを見いだした.後者 に対する策として,阻害生成物に耐えうる強靱な細胞膜 をもつ微生物の探索,細胞膜の補強,あるいは阻害生成 物の連続抽出を思いつく.しかし,これらは1980年代 から1990年代初めにかけてかなり検討されたが,大き な成果は得られていない.一方で,シミュレーションの 結果から,ボトルネック問題が緩和されるほど生成物濃 度がより早く最終濃度へ向かって増大することが見いだ された.そこで,流通式反応操作において,その濃度が 満足できる高さまで増加した時点で生成物をリアクター から連続的に取り出す方策が考えられる.ただ,これも その後の濃縮行程に大きな手間がかかることから,決定 的打開策ではないと考えられる.

いずれにせよ,BSTによれば,構築した簡易数式モ デルを使ってシミュレーションを行なうことで実験結果 を事前に予測し,研究開発の意義や方向性を見いだしや すくなる.

細胞内代謝物濃度の網羅的測定法が信頼できる技術と なれば,様々な代謝反応システムの特性が着実に明らか にされていくであろう.しかし,この場合,実験的手法 だけでは解析に限界がある.ここで紹介したBSTに基 づく数式モデリングおよびシステム解析法は,特に大規 模システムを解析する際に大きな効力を発揮することで あろう.

文献

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