植物は,その生合成経路からさまざまなフェノール成分を蓄 積している.それらは植物にとって,たとえばファイトアレ キシンのような生物活性を有する物質として古くから研究対 象になってきた.一方で,植物性食品におけるフェノール成 分は,渋みやえぐみの原因物質とされ,それほど有用な物質 とは考えられてこなかったが,フェノール成分が示す多様な 機能が徐々に明らかになるにつれて,食品の重要な健康成分 として認識されるようになった.今では,5大栄養素と食物 繊維についで,第7栄養素といわれることもあり,その化学 構 造 か ら ポ リ フ ェ ノ ー ル と い う 名 称 も 定 着 し た.ポ リ フ ェ ノールは,その構造的特徴から生体機能分子であるタンパク 質などとの相互作用が起き,食品中のみならず生体系におい てもさまざまな機能を発現する.なお,このような従来型の 機能発現機構に加え,ポリフェノールの化学反応性の高さに 由来する機能があり,これがポリフェノールの特徴ともいえ る.本解説では,ポリフェノールの化学反応を基盤にした機 能に焦点を当てる.
はじめに
ポリフェノールの定義は,芳香族環に2つ以上のフェ ノール基を有する物質である.化学反応,特に酸化反応 を基盤にした機能が期待できるものは,少なくとも2つ のフェノール基が共役関係にあることが必要である.よ く見られるカテコール(1,2-ジフェノール)構造に加え,
フラボノールなどに見られる3位と4′位のジフェノール 構造もこれに当たる.これらのフェノール性O‒H結合 のBDE(結合解離エネルギー)はモノフェノールより も低く,通常のフェノール物質より容易にO‒H結合の ホモリシスが起き,周りのラジカル種に水素原子を供与 してフェノキシラジカルとなる.このラジカルは,相当 な共役安定化(熱力学的安定化)や大きな立体障害(速 度論的安定化)がない限り,開裂反応,付加反応,そし てほかのラジカル種とのカップリング反応などを起こ し,比較的安定な物質に変化する.このようにポリフェ ノールがラジカル種となる反応から開始される機能の代 表例が抗酸化性であり,食品における主な抗酸化性は,
特に酸化促進条件でない限り食品中の酸化されやすい成 分,たとえば不飽和脂質などの自動酸化速度の抑制であ
【解説】
Polyphenols: Functional Chemicals Based on Their Chemical Reactions, from Antioxidation to Inter-Substance Reactions Sari HONDA, Toshiya MASUDA, *1 徳島大学大学院総合科学教 育部,*2 大阪市立大学大学院生活科学研究科
ポリフェノール , 化学反応を 基盤とする機能性物質
抗酸化反応から成分間反応まで
本田沙理 * 1 , 2 ,増田俊哉 * 2
る.
食品成分の酸化として一般的な,いわゆる自動酸化と その酸化抑制(抗酸化)のスキームを図1に示した.反 応式1がラジカル開始反応,反応式2から4がラジカル 成長反応で,そのうち4が通常抗酸化反応といわれる段 階に該当する.したがって,反応式4の速度定数 inhの 測定と反応式3の反応速度定数 pとの比較により,ポリ フェノールを含む多くの抗酸化機能物質の評価が物理化 学的になされてきた.一方,反応式5はラジカル停止反 応であり,ラジカル種の最終消去段階として抗酸化性発 現には欠かせない反応であるが,律速段階ではないこと や多様な反応が起きることからそれほど研究対象とは なってこなかった.酸化される食品から見ると,酸化連 鎖反応さえ止まればよく,この反応段階は重要とはいえ ない.しかし,抗酸化機能を有するポリフェノールから すると,その化学構造上の性質が反応に反映する段階で あり,また,ポリフェノール由来の生成物が必ず食品中 に蓄積するため無視することはできない.食品中のポリ フェノールの抗酸化機能は,反応式4ならびに5による 2段階の反応による機能と考えるべきであろう.
ポリフェノールの酸化,抗酸化反応
抗酸化性を有するフェノール類のラジカル反応は,抗 酸化ビタミンであるビタミンE(
α
-トコフェロール)に ついて,古くから検討されている.たとえばFrampton ら(1)は,1950年代にトコフェロールの鉄イオンによる 酸化により生成する色素生成物を確認し,その物理化学 的な性質について報告している.1980年代からは,生 体成分酸化モデルとして各種のペルオキシラジカルとの 反応や脂質酸化中間体との反応が検討され,トコフェ ロール由来のさまざまな酸化生成物が同定された.ま た,廣瀬ら(2)は,抗酸化性を有するポリフェノールとし て,カテキンのラジカル反応による酸化生成物について 研究し,特異的な二量体などの化学構造を明らかにしている.抗酸化フラボノールであるケルセチンなどは,電 極酸化による酸化物研究も多くなされており,川端ら(3) によるプロトカテキュ酸を用いた詳細な酸化・抗酸化反 応機構研究も報告されている.
最近,ある食品メーカーの商品で有名になったクルク ミンは,本来香辛料・ターメリックの黄色色素であり,
日本の国民食ともいえるカレーの色素でもある.また,
アーユルベーダや漢方の薬草ウコンの主要な薬理成分で もあり,その肝臓保護作用などは古くから知られてい る.クルクミンは,2つのフェルオイルユニットが連結 したジフェノール構造ではあるが,そのフェノールは共 役関係にないため,反応性の高いポリフェノールとはい えない.しかし,中央部がエノール構造をとることで,
単純なフェルラ酸と比べると高い抗酸化性を示すとされ ている.このクルクミンの抗酸化機能発現に重要なペル オキシラジカルとの反応を,熱分解時にペルオキシラジ カルを生じるアゾ化合物(アゾビスイソブチロニトリ ル)を用いて行った.その結果,カテキンなどと同様に クルクミンの二量体が生成し,その後,高分子化と酸化 的なフラグメント化が起きることがわかった(4).なお,
クルクミンのラジカル終結反応は主にアルキル鎖部分で 起き,これによりラジカル反応を終結するようである.
アゾ化合物を用いる方法は,ペルオキシラジカルを発 生させるうえで,簡便性や安全性から便利である.しか し,食品や生体成分の酸化ラジカルそのものではない.
そこで,不飽和脂質であるリノール酸エステルを酸化さ せる実験系で抗酸化反応を行ったところ,クルクミンは 脂質のペルオキシラジカルと反応し,さらに,脂質部分 がディールズ‒アルダー型の反応で環を形成して安定化 した物質に変化することがわかった(5).これらの生成物 の化学構造から,クルクミンの不飽和脂質酸化に対する 抗酸化反応の機構は,図2に示した反応式と推定でき る.この脂質ペルオキシラジカルとのカップリングと続 く環形成反応は,クルクミンの部分構造に当たるフェル ラ酸でも確認できた.またカテコール構造を有するため 抗酸化性が高く,クロロゲン酸などの多様な類縁体が知 られているカフェ酸でも起き,さらに,タンパク質のチ ロシン残基においても起きることが最近報告されてい る(6).
セージやローズマリーは地中海性ハーブとして人気が 高い.その抽出物の抗酸化性は高く,なかでもローズマ リー抽出物は高温でも有効な抗酸化剤として利用されて いる.セージとローズマリーは同じシソ科に属し,共通 のポリフェノールとしてカルノシン酸やカルノソールを 含んでいることが知られている.一般的に,抗酸化機能 1) SH S・
2) S・+ O2 S-OO・
3) S-OO・+ SH S-OOH + S・
4) S-OO・+ AH S-OOH + A・ 5) A・ Stable Compounds
酸化反応
(自動酸化機構)
抗酸化反応
SH 生体成分 AH 抗酸化性物質
図1■食品,生体成分の酸化(自動酸化),抗酸化の反応 スキーム
が非常に高いとされるポリフェノールには,電子吸引性 置換基が共役していないカテコール構造を有するものが 多い.カルノシン酸やカルノソールはアルキル基が置換 したカテコール物質であるため,共役カルボニル基が置 換したフェノール酸類と比べてその抗酸化性は極めて高 い.なお,カルノシン酸の抗酸化性の発現機構は,その カテコール構造が食品成分より先に酸化され,オルトキ ノン化合物に変化することにより説明されていた.この オルトキノンの異性化化合物がカルノソールであり,実 際,栽培条件や保存条件で酸化的な環境にさらされた ローズマリーには,カルノシン酸よりカルノソールの含 有量が高いことが知られている.ところが,このカルノ シン酸の脂質酸化に対する抗酸化反応を調べると,予測 されたカルノシン酸のオルトキノン化合物と同時にヒド ロキシパラキノン化合物も生成することがわかった(7). このパラキノン化合物は,一見,主生成物のオルトキノ ン化合物からの酸化物に見えるが,実施した実験の反応 条件ではオルトキノン化合物から生成することはない.
したがって,別の酸化機構で同時に生成したと推察さ れ,図3に示したように,カルノシン酸のフェノキシラ ジカルとペルオキシラジカル種とのパラ位でのカップリ ングを経た反応で抗酸化性を示し,その後,転位反応を 行いながら生成したと考えるべきである.抗酸化性物質 の代表格である
α
-トコフェロールには,エポキシドを有 する酸化生成物が報告されており(8),それは酸化の第一 段階生成物からの酸化生成物とされることが多いが,む しろカルノシン酸の反応同様に,ペルオキシラジカルの 反応位置とペルオキシ結合の開裂により生成したと見る べきであろう.このように,生成したカルノシン酸のキノン化合物は ペルオキシラジカルに対して反応性はなく,したがって 抗酸化性も示さない.しかし,キノン類の潜在的な反応 性は高く,必ずしも最終安定化合物とはいえない.事 実,カルノシン酸酸化物のオルトキノン化合物について は,キノイドケトンのアルキル置換基部分へのエノール 化とそれに続く分子内カルボン酸の共役付加によりカル ノソールが生成する.これは,アルキル置換基へ酸化部 位が移動し,結果としてカテコール構造が回復したこと になる.このようにして生成したカルノソールにはもち ろん高い抗酸化性がある.さらに,カルノソールが抗酸 化反応を示しそのキノン体となると,そのエノール化に 続く,水付加,転位と分子間での酸化還元反応で,カル
リノール酸
ディールズアルダー反応 ラジカルカップリング反応
OH O
OR O
O
OH OCH3
O O
CH3O
OCH3 OH CH3O
O O OO
OR O OH
OR O
O
OR O
OCH3 OH
HO O CH3O
O O
OR OCH3 OH OH O H
O CH3O
O O
O O
O H
H
CH3O
O HO OH OCH3 O
OR
O O O
CH3O HO
OCH3
クルクミン OH
・
・
O2
図2■不飽和脂質(リノール酸)酸化系でのクルクミンの抗酸 化反応機構
HOOC OH HO
HOOC O O
HOOC OH O
O HOOC
OH O
HOOC OH O
HOOC OH O
HOOC OH O
HOOC O O
HOOC O O
ROO
ROO
ROOH
OOR
O OR
O H
OH
カルノシン酸 ROH
オルトキノン生成物
ヒドロキシパラキノン生成物 ROOH
ROO
図3■カルノシン酸の抗酸化反応機構
HOOC O HOOC O
OH HO
OH HO
O O
O O
O O
OH HO
O O
OH 酸化
異性化 酸化
異性化&水付加 カルノシン酸
カルノソール
ロスマノール
図4■カルノシン酸からロスマノールへの酸化変換
ノソールを回復しながら次の酸化物ロスマノールが生成 する(9)(図4).このロスマノールも強力な抗酸化ポリ フェノールとしてローズマリーの中に発見されてい る(10).一 方 で,揚 げ 物 の 調 理 温 度 と も い え る160〜
170oCまでカルノソールのキノン化合物を加熱すると,
アルキル置換基部分が酸化された酸化物を生成すると同 時にカルノソールを再生する(11)(図5).結論として,
セージ,ローズマリーのポリフェノールは,単に酸化・
抗酸化反応的条件で,生体成分より速く酸化されるだけ でなく,その後の分子間,分子内双方での酸化還元反応 を鍵反応に,複雑な反応を繰り返しながら,抗酸化性を 示すカテコール構造を回復することにより分子効率の高 い抗酸化機能を発現している.
ポリフェノールの酸化的成分間反応と機能
効率の違いはあるが,多くのポリフェノールは食品な どの生体成分の酸化を抑制できる.その際にラジカル種 を経て酸化物に変化する.前述のようにカテコール構造 を有する高抗酸化ポリフェノールの直接的な酸化生成物 はオルトキノンである.化学的に反応性が高いキノン物 質は,アミノ酸やタンパク質など求核性の置換基を有す る食品成分との間で,いわゆる成分間反応が進行する.
また,抗酸化反応におけるキノン形成の中間体はセミキ ノンラジカルであり,ラジカル種同志の反応は非常に速 いため,食品や生体系に発生したラジカル性の物質との カップリング反応が速やかに起きることも想定される.
前項の脂質ペルオキシラジカルとの反応生成物も,ラジ カルを介した成分間反応物の一つといえよう.アミノ基 とキノンなどのカルボニル化合物との脱水反応を伴う成 分間反応は食品中でも生体中でもよく知られており,ポ
リフェノールとタンパク質のアミノ基との反応を調べた 例もある.ところで,有機化学的にはアミノ基よりもチ オール基のほうが求核性は高く,またラジカル反応性も 有することが知られている.さらにチオール基はタンパ ク質性アミノ酸であるシステインの特徴的な官能基とし て,食品や生体のタンパク質やペプチドに広く存在す る.最近,細胞内において,Keap1と呼ばれるタンパク 質に結合している転写因子Nrf2が活性化すると,酸化 ストレス防御遺伝子群を発現させることが知られるよう になった(12).このKeap1中のシステインのチオール基 が,キノンのようなポリフェノール酸化物と反応するこ とにより,酸化ストレスセンサーとして働き,Nrf2を 活性化すると考えられている.なぜポリフェノールが,
生体内でも抗酸化的に働くのかという疑問に対する一つ の明確な解答であるが,その機構に,ポリフェノールと システイン残基の酸化的成分間反応が介在すると考えら れているのがたいへん興味深い.
ところで,システインは容易に酸化され,S‒S結合を 介した二量体のシスチンとなり,その酸化的変換速度は 通常のポリフェノールの酸化速度より速い.一方で,シ ステインのアミノ基とカルボキシル基を保護し脂溶性の 環境で扱うと,システインのシスチンへの酸化速度は急 速に低下する(13).ポリフェノールとしてカフェ酸とジ ヒドロカフェ酸のエステルを選択し,システインのアミ ノ基をベンゾイルアミド,カルボキシル基をエステルと した脂溶性ペプチドモデルを用いて成分間反応を行う と,カフェ酸の場合はベンゼン環の2位のみ,ジヒドロ カフェ酸の場合は5′位,2′位と5′位,2′位,5′位および6′ 位にそれぞれ1から3個のシステインが置換した反応物 が生成する.さらに,これらのシステイン置換体の生成 は,元のポリフェノールの抗酸化性(抗酸化持続時間)
を増大するように機能する(14)(図6).
システインとポリフェノールとの成分間反応は,食肉 色素ミオグロビンの鮮赤色の発色と維持にも有効であ る.ミオグロビンは,ヘム鉄を含むタンパク質で,中心 鉄イオンの状態がその発色に深くかかわる.鉄イオンが 還元状態のⅡ価で,さらに分子状酸素を配位しオキシミ オグロビンになると食肉の新鮮さをイメージする鮮赤色 を呈する(ブルーミング現象).その一方で,鉄イオン がⅢ価に酸化されると褐変化し,食肉は見かけ上の商品 価値を失うとともに,配位酸素が還元されるときに発生 する活性酸素による食肉の酸敗につながるとされてい る.抗酸化性が高いとされるポリフェノールであるが,
その多くはオキシミオグロビンの酸化(メト化)を防ぐ ことはできず,むしろ酸化を促進してしまう(15).理由 図5■カルノソールキノンからカルノソール再生による抗酸化
性回復機構
としては,ポリフェノールの酸化反応で一部生じたキノ ン化合物の反応性が高く(プロオキシダント効果),ミ オグロビンと反応し,その高次構造を変化させることよ り,そのヘム部が不安定化するためと考えられる.一 方,ポリフェノールには高い還元性もあるため,メト化 したミオグロビン(メトミオグロビン)のⅢ価鉄を還元 し,Ⅱ価とすることで,鮮赤色の回復が期待できる.し かし,酸化還元反応の原理から必ず生じるポリフェノー ル酸化物が同時にオキシミオグロビンのメト化を促進し てしまうことは避けられない.ところで,ポリフェノー ル酸化物における重合反応の抑制にシステインが有効と されており,このシステインによりポリフェノール酸化 物の反応性を抑えることができるのであれば,メトミオ グロビンの還元オキシ化,すなわち鮮赤色化が可能であ る.実際に,ポリフェノールによるメトミオグロビンの 還元反応系にシステインを同量共存させると,ポリフェ ノールは効率的にメトミオグロビンをオキシ化し,かつ その鮮赤色を維持することが可能であった(16).さらに,
同様の効果は,あらかじめシステインを導入したポリ フェノールにおいても観測された.たとえば,2′位にシ ステインのチオール基を置換したシステイニルカフェ酸
は,メトミオグロビンを効率的に還元し鮮赤色化する が,鮮赤色のオキシミオグロビンに対して褐変化を促進 しない.その理由はまだ明確でないが,硫黄原子の第一 イオン化エネルギーの低さによるポリフェノールの還元 力の増強と,イオウ性置換基の電気吸引的性質の兼ね合 いによるものと推測している(14).ポリフェノール+シ ステインは,その成分間反応のみならず,その反応生成 物も有用な機能を示す.同様な硫黄原子置換ポリフェ ノールは, 効率的な食肉の鮮赤色発色・保持化合物 となる可能性がある(図7).
ポリフェノールの酸化生成物の機能
ポリフェノールは酸化されやすく,その性質のために 高い抗酸化性や還元性,さらに酸化反応を伴う成分間反 応により機能性を示す例を紹介した.なお,ポリフェ ノール自体は,母核の適切な疎水性とフェノール性水酸 基の水素結合性などの構造的要因から,タンパク質など と相互作用しやすく,このことに由来するさまざまな従 来型の機能も報告されている.しかし,ポリフェノール が容易に酸化されることは,化学構造が変化することを 意味し,ポリフェノール本来の機能も変化することを防 ぐことはできない.加工や調理方法次第でポリフェノー ルを含む食品が期待したほどの機能を示さないなどの問 題も起きうる.一方で,元の機能が増強される可能性は ないだろうか.たとえば,プロシアニジンがカテキン類 の酸化生成物に当たると考えると,酵素阻害機能などは 酸化物のほうが増大していると解釈できる.またPinto ら(17)は,レスベラトロールが示す高いリポキシゲナー ゼ阻害活性に,レスベラトロール酸化物の関与を示唆し ている.そこで,ポリフェノール酸化生成物の機能を,
元のポリフェノールが有する機能,特に各種酵素の阻害 機能において比較してみた.多くのポリフェノール酸化 物は元の機能が消失するか低下したが,いくつかの酸化 物について機能が増強する結果を得た.この増強効果 は,チロシナーゼ,リポキシゲナーゼ,キサンチンオキ シダーゼなどの酸化還元酵素や,
α
-グルコシダーゼやリCOOH HO
HO
COOH HO
HO
COOH HO
HO SR SR
COOH HO
HO SR SR
SR HO COOH
HO SR
RSH :抗酸化性のないチオール物質
+ RSH
抗酸化持続時間の増大5ʹ
2ʹ
6ʹ
図6■システイン誘導体共存によるジ ヒドロカフェ酸の抗酸化性増強効果
酸化
還元 酸化
還元
X
Cysの付加
OH OH HOOC
OH OH S H2N COOH
HOOC
O O S H2N COOH
HOOC O
O S H2N COOH
HOOC O
O
HOOC O
O HOOC
(褐色)
(鮮赤色)
(鮮赤色)
(褐色)
図7■ポリフェノール(カフェ酸)およびシステインと反応し たポリフェノールによるオキシミオグロビン‒メトミオグロビ ン間遷移に対する影響
パーゼなどの加水分解酵素阻害能において認められ,酸 化生成物中から機能増強の本体である物質が特定でき,
その化学構造が判明したものの一例を図8に示した(18). チロシナーゼはチロシンを酸化し黒色ポリマー・メラ ニンを生成させる鍵酵素であり,その阻害機能は皮膚の 美白効果へとつながる.ロスマリン酸はシソフェノール ともいわれシソ科植物を中心に広く存在するが,そのチ ロシナーゼ阻害活性の増強に寄与する酸化物として,一 つのベンゼン環部分が特異的に環拡大した新規物質を同 定した.リポキシゲナーゼは不飽和脂質の酸化を触媒す る酵素で,食品では酸化臭の原因,生体では炎症の引き 金となる.レスベラトロールは酸化されにくいポリフェ ノールではあるが,ごく一部生じた酸化オリゴマーのリ ポキシゲナーゼ阻害活性は非常に強い.カフェ酸につい てはそのキサンチンオキシダーゼ阻害活性は強力である という報告と認められないという報告が混在している.
カフェ酸の酸化物はたいへん複雑な混合物であったが,
その中にCAFOX-1と命名した物質が微量に存在し,こ の物質は市販薬を超えるキサンチンオキシダーゼ阻害活 性を示すことがわかった.キサンチンオキシダーゼは,
ヒトのプリン体代謝経路において最終代謝物である尿酸 を生成する酵素で,血清中の過剰な尿酸は痛風や高尿酸 血症の原因となる.痛風は古くから認められている疾病 であるが,近年食生活の変化により罹患者が急増してい る生活習慣病の一つとされている.現在,CAFOX-1の 合成法も確立されており,本物質は,機能性食品中に発 生しうる物質という枠を超えて,痛風軽減薬のリード化 合物となる可能性が出てきている(19).
おわりに
Quideauら(20)が,ポリフェノールをキーワードに,
学術論文の発表数を調査した結果,1990年代前半まで は年間の論文数は500を超えないが,その後急激に報告 数が増えて現在に至っている.もちろん,1990年代ま では,ポリフェノールという名称が現在ほど一般的でな く,生薬学や天然物化学の分野において,植物の成分研
究として行われていたことによる.一方,農芸化学分野 においては,主に食品の酸敗防止のための抗酸化性を示 す物質としてポリフェノールが研究されていた.さら に,日本から始まった機能性食品研究において,食物に よる健康維持・増進機能に関する科学的な解明が進めら れると,ポリフェノールは鍵となる食品成分の一つと なった.最近のポリフェノールの報告論文の急増は,生 体系における酸化傷害(酸化ストレス)抑制への期待か ら,栄養学や医学的な観点から研究が行われた成果によ るものである.その結果,今ではポリフェノールに多様 な機能が認められるようになった.しかし,ポリフェ ノールの性質は 両刃の剣 ともいわれ,実際の利用に 当たっては注意が必要であることに変わりはない.特 に,ポリフェノールの酸化されやすさとそれに続く反応 性の高さは高い潜在的能力をもつことを意味するが,間 違うと予期せぬトラブルにつながる.現在,農芸化学分 野においても,ポリフェノールを化学的に研究するとこ ろは少なくなってきたが,ポリフェノールはわれわれが 日々食する食品の成分であり,また,そのものが容易に 変化する天然の物質である以上,その化学的な情報の蓄 積は今後も必要であろう.
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COOH
O O
O O O
OH HO
O O
HO
OH HO
OH OH
O
OH OH O
OH HO
ロスマリン酸酸化物 レスベラトロール酸化物 カフェ酸酸化物 (CAFOX-1)
図8■機能が増強されたポリフェノール酸化物の例(構造式)
15) T. Masuda, M. Inai, Y. Miura, A. Masuda & S. Yamauchi:
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20) S. Quideau, D. Deffieux, C. Douat-Casassus & L. Pouy-
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プロフィル
本田 沙理(Sari HONDA)
<略歴>2014年徳島大学総合科学部総合 理数学科卒業/同年同大学大学院総合科学 教育部博士前期課程入学/2015年大阪市 立大学大学院生活科学研究科客員研究員,
現在に至る<研究テーマと抱負>ポリフェ ノールの化学的変化と機能の解析<趣味>
絵画鑑賞
増田 俊哉(Toshiya MASUDA)
<略歴>1983年名古屋大学農学部食品工 業化学科卒業/1988年同大学大学院農学 研究科博士後期課程修了/1989年大阪市 立大学生活科学部助手/1996年徳島大学 総合科学部助教授/2004年同教授/2009 年徳島大学大学院ソシオ・アーツ・アン ド・サイエンス研究部教授/2015年大阪市 立大学大学院生活科学研究科(食品機能化 学)教授<研究テーマと抱負>抗酸化ポリ フェノールの食品機能の化学的解明 Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会
DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.442