800 化学と生物 Vol. 55, No. 12, 2017
低分子リガンドによる選択的タンパク質分解誘導作用
新たな細胞内タンパク質代謝調節機構の発見と , その創薬への応用
およそ50年前,サリドマイドは不眠症やつわりの治 療薬として販売されたが,強い催奇形性が明らかとな り,世界的な薬害事件へと発展した.しかしその後,ハ ンセン病ならびに骨髄がんに対する治療効果が証明さ れ,薬剤としての使用が再度承認されるに至っている.
さらに,サリドマイドの類縁体であるレナリドマイド は,多発性骨髄腫およびB細胞性リンパ腫の治療におい て,現在,極めて重要な地位を確立している.サリドマ イドとその類縁化合物が毒性や薬効を発揮する作用機序 は,その標的タンパク質も含めて長らく不明であった が,2010年,サリドマイドがCullin 4(CUL4)ユビキ チンリガーゼの基質認識タンパク質DCAF(DDB and Cullin 4-associated factor)の一つであるCereblon(CRBN)
に結合し発生異常を誘起することが 誌に報告さ れた(1).さらに2014年には,レナリドマイドがCRBN を介して転写因子IKZF1およびIKZF3のユビキチン化 とプロテアソームによる分解を亢進し,抗腫瘍効果を発 揮することが明らかにされた(2, 3).つづいてサリドマイ ドならびにその類縁体とCRBNの共結晶構造が相次い で報告されたことにより,50年来の難題にほぼ決着が ついたと言える.
一方,20年以上にわたり抗がん剤として研究開発が 行われてきたインドールスルホンアミド化合物E7070
(indisulam)(4)とE7820(5)は,長らくその標的分子および 作用機序が不明であったが,これら抗がん剤がCRBN と同じCUL4ユビキチンリガーゼ複合体の基質認識タン パク質であるDCAF15と結合し,スプライシング因子 の一つであるCAPER
α
(別名:RBM39)を選択的に分 解誘導することが,2017年に明らかとなった(6, 7).報告 では,網羅的なプロテオーム解析により薬剤の細胞に与 える影響をモニターし,これらの低分子化合物が大腸が ん細胞株HCT116と血液がん細胞株K562において,ス プライシング因子CAPERα
を選択的に分解誘導するこ とが示されている.さらに詳細な分子レベルでの解析 は,本スルホンアミド系抗がん剤がDCAF15に直接的 に結合することで,DCAF15とCAPERα
のタンパク質‒タンパク質結合とCAPER
α
のユビキチン化を引き起こ す こ と を 証 明 し て い る.こ の 新 た な 作 用 機 序 は,遺伝子のノックアウト,ならびに遺伝子編集 による
α
のアミノ酸残基置換を伴う遺伝子変異 が腫瘍細胞に薬剤耐性をもたらすことによっても検証,確認されている.
CAPER
α
はRNAの選択的スプライシング因子として 機能することが知られているが,生体内においてどのよ うな役割を担っているかについてはほとんど明らかに なっていない.これまではRNAiによる遺伝子ノックダ ウンによって培養細胞や線虫におけるCAPERα
の機能 を解析するほかなかったが,当該タンパク質を選択的に 分解誘導する新たなケミカルプローブが発見されたこと により,動物の生体内,特にヒトにおけるCAPERα
の 役割に対する理解が大きく進展することが期待される.さらに,サリドマイドとレナリドマイドの作用機序解明 に続くスルホンアミド系抗がん剤の再発見は,低分子化 合物によるユビキチンリガーゼを介した選択的なタンパ ク質分解誘導が,これまでundruggable(薬剤の標的に ならない)と考えられていた分子を狙い撃ちする新たな 創薬戦略として有望であることを示唆している.DCAF には数十のファミリータンパク質分子が存在することが 知られており,サリドマイド類縁体やスルホンアミド系 抗がん剤のほかに,これらDCAFに結合して基質タンパ ク質を分解誘導する新たな低分子の発見が期待される.
低分子化合物によるタンパク質の分解誘導(ケミカル ノックダウン)については,サリドマイドとレナリドマ イドに代表される免疫調整薬の作用機序発見以前より,
PROTAC(Proteolysis-targeting Chimera)と呼ばれる
「ハイブリッド分子」が研究されてきた.PROTACの技 術コンセプトは,Cullin 2(CUL2)ユビキチンリガーゼ の基質認識タンパク質であるVHLタンパク質に結合す るケミカルプローブと,標的タンパク質に結合する化合 物とをリンカーでつなぐことにより,VHLを標的タン パク質に結合させ,そのユビキチン化とプロテアソーム によるタンパク質分解を誘導するものである.さらに,
サリドマイド系免疫調整薬の作用機序発見の後には,
VHL結合ケミカルプローブの代わりにサリドマイドを 用いることで,CUL4ユビキチンリガーゼを介したケミ カルノックダウンを誘導する,PROTACの亜流ともい
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える方法が開発されている(8).いずれの技術において も,2つの化合物をリンカーで結合するために薬物の構 造が巨大化・複雑化することから,薬剤として物理化学 的性質および薬物代謝を適切にコントロールすることは 容易ではないと考えられるが,タンパク質のノックダウ ンという新たな創薬戦略の実用化として,今後の展開が 注目されている.
ところで,低分子化合物によるユビキチンリガーゼを 介した選択的タンパク質分解誘導は,サリドマイドや PROTACなどの人工の化合物のほかに,植物ホルモン であるオーキシンやジャスモン酸の作用機序として報告 されている.植物の成長を制御する物質として最も古く から研究されてきたオーキシンであるが,その受容体お よび分子レベルでの作用機序が明らかとなったのは21 世紀に入ってからである.オーキシンがSCF(Cullin 1)
ユビキチンリガーゼの基質認識タンパク質であるTIR1
(Transport Inhibitor Response 1)に結合して転写抑制 因子Aux/IAAを分解誘導することが明らかにされると ともに,オーキシン化合物とTIR1, Aux/IAAの共結晶 構造が 誌に報告されている(9).その後,同じく 植物ホルモンであるジャスモン酸類も,SCFユビキチ ンリガーゼの基質認識タンパク質COI1に結合し,JAZ タンパク質を分解誘導することが報告された(10, 11).こ れら植物ホルモンによる標的タンパク質の分解誘導と,
ヒト細胞における人工の薬物に依存するタンパク質分解 誘導の関連性は明らかではないが,サリドマイド系免疫 調整薬およびスルホンアミド系抗がん剤の作用機序の生
物学的意義を明らかにするうえで,同様の作用メカニズ ムをもつ植物ホルモンの存在は重要な鍵となるかもしれ ない.
以上,長年にわたって標的分子および作用機序が不明 であった2つの独立した系統の低分子化合物が,共に CUL4ユビキチンリガーゼの基質認識タンパク質である DCAFに結合し,選択的なタンパク質分解を誘導する こと,さらに低分子リガンドによる選択的タンパク質分 解作用/ケミカルノックダウンの創薬における可能性に ついて概説した.サリドマイド系免疫調節薬ならびにス ルホンアミド系抗がん剤共に,はじめからユビキチンリ ガーゼを標的としてデザインされた化合物ではなく,そ の作用機序は偶然の産物とも言える.そのため,本作用 機序に基づく新たな薬剤開発には多くの課題が残されて いるが,今後,酵素阻害によらない新たな低分子医薬品 の可能性を押し広げるうえで,本研究分野のさらなる発 展が期待される.
1) T. Ito, H. Ando, T. Suzuki, T. Ogura, K. Hotta, Y. Ima- mura, Y. Yamaguchi & H. Handa: , 327, 1345 (2010).
2) J. Krönke, N. D. Udeshi, A. Narla, P. Grauman, S. N.
Hurst, M. McConkey, T. Svinkina, D. Heckl, E. Comer, X.
Li : , 343, 301 (2014).
3) G. Lu, R. E. Middleton, H. Sun, M. Naniong, C. J. Ott, C.
S. Mitsiades, K. Wong, J. E. Bradner & W. G. Kaelin, Jr.:
, 343, 305 (2014).
4) T. Owa, H. Yoshino, T. Okauchi, K. Yoshimatsu, Y. Ozawa, N. H. Sugi, T. Nagasu, N. Koyanagi, & K. Kitoh:
, 42, 3789 (1999).
5) Y. Funahashi, N. H. Sugi, T. Semba, Y. Yamamoto, S.
図1■低分子リガンドが誘導する標的タンパク質 分解機構の模式図
サリドマイド類縁体ならびにスルホンアミド化合 物は,それぞれユビキチンリガーゼの基質認識タ ンパク質であるDCAFを標的タンパク質に結合さ せる.ユビキチンリガーゼに取り込まれた標的タ ンパク質はユビキチン化され,プロテアソームに よって分解される.サリドマイドとブロモドメイン 阻害剤からなるハイブリッド分子は,ブロモドメイ ンタンパク質をユビキチンリガーゼに結合する.
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802 化学と生物 Vol. 55, No. 12, 2017 Hamaoka, N. T. Tsukahara, Y. Ozawa, A. Tsuruoka, K.
Nara, K. Takahashi, : , 62, 6116 (2002).
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7) T. Han, M. Goralski, N. Gaskill, E. Capota, J. Kim, T. C.
Ting, Y. Xie, N. S. Williams & D. Nijhawan: , 356, 397 (2017).
8) G. E. Winter, D. L. Buckley, J. Paulk, J. M. Roberts, A.
Souza, S. Dhe-Paganon & J. E. Bradner: , 348, 1376 (2015).
9) X. Tan, L. I. Calderon-Villalobos, M. Sharon, C. Zheng, C.
V. Robinson, M. Estelle & N. Zheng: , 446, 640 (2007).
10) B. Thines, L. Katsir, M. Melotto, Y. Niu, A. Mandaokar, G. Liu, K. Nomura, S. Yang He, G. A. Howe & J. Browse:
, 448, 661 (2007).
11) A. Chini, S. Fonseca, G. Fernández, B. Adie, J. M. Chico, O. Lorenzo, G. Garcìa-Casado, I. López-Vidriero, F. M. Lo- zano, M. R. Ponce : , 448, 666 (2007).
(上原泰介,大和隆志,エーザイ株式会社)
プロフィール
上原 泰介(Taisuke UEHARA)
<略 歴>2000年 東 北 大 学 農 学 部 卒 業/
2002年東京大学大学院生農学生命科学研 究科修士課程修了/同年よりエーザイ株式 会社研究員<研究テーマと抱負>新薬創出 による患者様への貢献<趣味>ダイエット
大和 隆志(Takashi OWA)
<略歴>1986年東京大学薬学部製薬化学 科卒業/1991年同大学大学院薬学系研究 科博士課程修了/同年エーザイ株式会社入 社/1996〜1998年ハーバード大学化学・
化 学 生 物 学 科 客 員 研 究 員/2011年 よ り エーザイ株式会社執行役/2013年より米 国Eisai Inc. 取締役兼任,現在に至る<研 究テーマと抱負>オンコロジー領域におけ るグローバルな創薬探索研究と臨床開発,
画期的な新薬の創製を通じて医療現場や社 会に貢献を果たしたい<趣味>旅行,滝巡 り
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.800
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