1 分布図と教科書の特色
分布図とは「自然事象や人文事象の配置や範囲などを表わした主題図」のことである(ブリタ ニカ国際大百科事典小項目事典)。教科書においても分布図は高学年を中心に掲載されており,そ の中には1単位時間の中心資料となっているものも多い。そこでは分布図の読み取り技能が必要 とされる。たとえば,小学校高学年の社会科教科書では次のようなものが掲載されている。
○平成27年版第5学年社会科教科書「小学社会」(教育出版)の分布図例
・「都道府県別の米の生産量」
・「日本の主な漁港と,水あげされる主な水産物の量」
・「世界に広がる日本の自動車工場と,現地での生産台数」
・「日本の工業のさかんな地域」
○平成27年版第6学年社会科教科書「小学社会」(教育出版)の分布図例
・「都に運ばれた生産物と,かかった日数」
・「大名の配列(1664年)」
・「空襲を受けた主な都市」
それぞれの分布図には,各主題に沿った地理的 な分布が示されている。日本地図や世界地図に表 れている事象の分布には,それぞれ固有の傾向が ある。地理的な見方・考え方を働かせて学習者はそ の傾向を読み取り,事象の特色を考える。
教科書においても,分布図の読み取り方は重視 されている。右の「日本の主な漁港と,水あげされ る主な水産物の量」の「学びのてびき」には,「① 水あげ量の多い漁港はどの地域に多いか。」「②海 流と,とれる水産物の種類には,どのような関係 があるか。」「③地図帳とも見比べながら,水産業 がさかんな地域の自然条件について考える。」の
3点が,読み取りの視点として示されている。①は水産業が盛んな地域の傾向を読み取るもので あり,②は海流の水温の違いで棲息する水産物の種類を読み取るものである。③は,①と②の要
図 1 「 日 本 の 主 な 漁 港 と , 水 あ げ さ れ る主な水産物の量」
(『小学社会 5上』教育出版) p.75)
教科書の資料の効果的な活用に向けた発話
分布図の発問 ①
佐藤 正寿(東北学院大学)
因について資料から思考するものである。
一見情報量が多いと思われるこのような分布図でも,このような「学びのてびき」があれば,
教師は,授業の発話を考えやすくなる。たとえば,①なら「水あげ量10万t以上の漁港を丸で囲 みなさい。どの地域が多いですか。」,②なら「暖流でとれる魚,寒流でとれる魚をノートに書き なさい。それぞれ何が多いといえますか。」といった指示や発問が考えられる。このような教師の 発話は,学習者の地理的分布の見方・考え方を育成するために重要である。その点では,教科書 に掲載されている「学びのてびき」といった学習者用の読み取りの視点は,教師の発話のヒント になるといえよう。
2 分布図を読み取るためのポイント
分布図で先のような視点が教科書に示されているのであれば,学習者は読み取りが行いやすい。
教師自身も分布図の教材研究のポイントがつかめるであろう。しかし,その視点が教科書では常 に示されていると限らない。その点では分布図の読み取りのための一般的な視点を教師がもって いることが重要である。次の4つのポイントは,その例である。
(1)基本的な項目の確認
今までの連載のグラフ資料,絵画資料でも記したが,どのような資料においても,題や出典,
記号等の基本的な項目の確認は不可欠である。その際,注意しなければいけないのは,「読んで終 わり」というような形式的な確認で終わらないことである。
たとえば,先の分布図の題「日本の主な漁港と,水あげされる主な水産物の量」なら,「漁港と は」「水あげとは」「水産物とは」といったように基本的な学習用語の意味の確認が必要である。
これは,「水産物だから魚のことだな」といった学習者の知識の不足(貝類や海藻類が不足)を補 うことにつながる。また,記号についても「水あげ量の丸の大きさは何を表しているか」「暖流は どこへ流れているか」といった確認をしていく。このような基本的な項目の確認は,特に情報の 多い分布図において正確な読み取りのために必要である。
(2)情報を整理する活動の組み入れ
中学年の社会科では,分布図の作成につながる学習活動が行われる。たとえば,各家庭で買い 物に行った店を記録し,それを地図上にシールで貼っていく活動は,学級全員で「家庭での買い 物の店調べ」という分布図を作成しているといえる。
高学年においても,統計資料から白地図に分布図を学習者が作成し,それをもとに傾向を話し 合う活動は,主体的な学びを促すことになる。
ただし,時間に限りがあり,分布図の作成に至らずに資料を直接読み取る場合の方が多いと推 測する。その場合には,調査対象の項目を抜き出して丸で囲んだり,色を塗ったりといった別の 形での活動も可能である。
いわば「情報を整理する活動」を分布図の分析の前に行うのである。そのことにより,事象の 分布の傾向は焦点化される。
(3)分布の要因の追究と新たな理解
分布図を分析する際,学習者は分布が偏在している位置に着目するであろう。これが分析の最 初の段階である。大事なのはその要因は何かということである。これには,学習者の地理的な見 方・考え方を働かせることが必要となってくる。予想を立て,それに関わる資料を調べ,分布の 要因に関連する根拠を見出すことが,学習者の新たな理解につながる。
(4)地理的な知識の積み重ねが前提
分布図の読み取りでは,地理的な知識が前提となることが多い。日本地図であれば,都道府県 名,地方名,海洋名,方位等の知識があることにより,読み取ったことを適切に表現できる。ま た,地形や気候,自然条件といった知識も,事象の傾向の理由を考える際に必要である。それら が既習事項として身につくことで,たとえば,「日本の米
作りが盛んな地方は,北海道地方,東北地方,北陸地方で ある。特に,新潟県,北海道,秋田県の生産量が多い。寒 い地域の方が盛んである。」といった形で表現できるので ある。
では,実際に教科書に掲載されている分布図の指導を どのように行ったらよいのか。次回は,右の分布図を例に 具体的な指導例を考えていきたい。
※参考文献
・井田仁康(2019)「見方・考え方を働かせて学ぶ!地理授業デザイン スケールの重要性「位置・分布」を働かせ て」『社会科教育』2019年6月号(明治図書)
図2 「日本の工業のさかんな地域」
(『小学社会 5上』教育出版) p.144)