化学と生物 Vol. 50, No. 2, 2012 79
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ツハイマー症の特徴である学習・記憶障害を抑制するこ とが示されたことから,CQAのこの新しい生理活性作 用が今後,高齢化社会のQOL (Quality of Life) 向上に 貢献することを期待したい.
1) J. Han, Y. Miyamae, H. Shigemori & H. Isoda :
, 169, 1039 (2010).
2) Y. Miyamae, M. Kurisu, J. Han, H. Isoda & H. Shige-
mori : , 52, 502 (2011).
(韓 畯奎*1,宮前友策*1, 2,繁森英幸*1,礒田博子*1,
*1筑波大学大学院生命環境科学研究科,*2京都大学大 学院生命科学研究科)
合成代謝経路を導入した大腸菌によるイソプロパノール生産
140 グラム毎リットル以上の生産を達成
低炭素循環型社会実現の観点から,バイオ燃料および バイオプラスチックなど,バイオマスから生物変換に よって得られるバイオアルコールに関心が集まってい る.この中でも,すでに実用化レベルに到達しているバ イオアルコールであるエタノールから,さらに炭素鎖の 長い次世代バイオアルコールの研究が盛んである.イソ プロパノールは,エタノールより炭素を1つ多く有した 二級アルコールであり,プラスチックとして広く利用さ れているプロピレンの材料になることから,グリーンケ ミストリーの観点からも重要な目的生産物となる.これ らのことから,イソプロパノールの微生物による生産は 重要性を増すと期待できる.
イソプロパノールは,一部の 属細菌に よって生産される.しかし,これらの微生物は遺伝子組 換えが比較的難しく,代謝制御も完全には解明されてい ない.一方,大腸菌は最も詳しく調べられている微生物 の一つで,遺伝子工学的手法によって最も改変しやすい 微生物の一つである.もし,大腸菌にイソプロパノール を代謝する経路を導入することができれば,代謝工学の 手法を用いることで,より容易にイソプロパノール生産 の最適化が可能になるであろう.大腸菌内に構築された 代謝経路は合成代謝経路と呼ばれ,このような方法論は 合成生物学と呼ばれることがある.
このような背景から,筆者らはイソプロパノール代謝 経路を大腸菌内に構築し,グルコースからイソプロパ ノールの生産を実現した(1).また,培養条件の最適化と ガスストリッピング法により生産物阻害を回避すること で,大量生産を実現することができた(2).
イソプロパノール生産菌として知られる
は,Acetyl-CoA acetyltransferase (ACoA AT), acetoacetyl-CoA-transferase (ACoAT), acetoace- tate decarboxylase (ADC), secondary alcohol dehydro-
genase (SADH) の4つの酵素によって,アセチルCoA からイソプロパノールを生産する.筆者らは,この
のイソプロパノール生産関連酵素群を大腸 菌に遺伝子導入することとした.なお,大腸菌由来の ACoATを用いたほうが,よりイソプロパノール生産性 が高いことわかったため,ACoAT以外は
由来の遺伝子を,ACoATは大腸菌由来の遺伝子を組み 込んだ株で,より詳細な検討を行なうこととした.
上記の株を用いて,三角フラスコによる生産試験を行 なった.終濃度が2%となるようにグルコースを初発に 添加し,24時間後に再度,終濃度が2%となるようにグ ルコースを添加したところ,培養開始約30時間で最高 濃度は81.6 mm,最高生産速度は6.9 mm/h (培養3 〜9.5 時間の値)となった.ちなみに,現在入手可能なイソプ ロパノール生産菌で最も生産量が高い NRRL B593による生産では,最高濃度が約30 mm,最 高生産速度が3 mm/hである.
初めての発酵試験で,培養開始直後からpHが低下 し,グルコースが短期間で枯渇することが明らかになっ たため,培養期間を通じpH調整とグルコースの添加を 行なった.この結果,培養開始後60時間まで,イソプ ロパノールは順調に生産され続け,その濃度は673 mm となった.このときの最大対糖収率は81.0%であった.
生産が停止した理由を調べてみると,イソプロパノール 濃度が600 mm以上になると,急激に増殖と生産に阻害 がかかることがわかった.
イソプロパノールによる生産物阻害を回避するため,
揮発性物質の除去法として有用と考えられるガススト リッピング法(4)を用いた発酵試験を行なった.培養装置 を図1-Aに示す.この結果,培養期間を通じて,培養液 中のイソプロパノール濃度は400 mm以下となり,生産 物阻害は回避された.細胞増殖速度が低下した際に,培
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地成分の枯渇が考えられたため,濃縮培地を添加する新 たな長時間培養を行なうこととした.その結果を図1-B に示す.イソプロパノールは240時間まで生産され続 け,培養液と回収瓶で回収されたイソプロパノールを合 計し,培養液にすべて溶解しているとして計算した実生 産濃度は2,378 mm(148 g/ ) となり,満足のいく結果が 得られた.ただし,最大対糖収率は67.4%とやや低く なった.また,平均生産速度は10.2 mm/h (0.64 g/・h)
となり,さらなる向上が望まれた.
筆者らは,同様のアプローチで1-ブタノール(3)および イソブタノール(4)の生産に成功している.筆者らがこの ような研究を始める頃から,このような研究例は報告さ れていたが,ここ数年,同様のアプローチを用いた様々
な化学物質の微生物による生産に関する報告例が,急速 に増加している.
今後は,メタボロームデータを利用した代謝流速解析 や代謝シミュレーションなどの理論解析を利用すること で,競合する代謝経路遺伝子の効率的な破壊を行ない,
代謝経路の最適化を行なう予定である.
1) T. Hanai, S. Atsumi & J. C. Liao : , 73, 7814 (2007).
2) K. Inokuma, J. C. Liao, M. Okamoto & T. Hanai : , 110, 696 (2010).
3) S. Atsumi, A. F. Cann, M. R. Connor, C. R. Shen, K. M.
Smith, M. P. Brynildsen, K. J. Chou, T. Hanai & J. C.
Liao : , 10, 305 (2008).
4) S. Atsumi, T. Hanai & J. C. Liao : , 451, 86 (2008).
(猪熊健太郎,花井泰三, 九州大学大学院農学研究院)
メイラード反応による着色機構
メラノイジン前駆体 Blue-M1 と褐変との関わりを探る
食品の代表的な褐変反応であるメイラード反応がフラ ンスのMaillardにより発見(1)されてから,今年でちょう ど100年となる.近年,生体内においてもメイラード反 応が進行し,その生成物が糖尿病合併症などの疾患の発 症に関与することが明らかとなっており,医学・生物学 研究者からの注目を浴びるようになってきている.一 方,食品の製造・加工の現場において,メイラード反応
に起因する褐変の制御はいまも重要な課題である.しか し,その複雑さゆえ,反応生成物および反応機構の解明 は,発見から100年を経た現在もなお十分とはいえな い.
メイラード反応で生成する褐色色素メラノイジンにつ いては,その“amorphous”な性質から直接的な機器分析 を適用することは困難である.したがって,メラノイジ 図1■ガスストリッピング装置の模 式図 (A) と培養条件を最適化した ガスストリッピング法によるイソプ ロパノール生産 (B)
(A) ①エアポンプ,②ニードルバル ブ,③滅菌フィルター,④加湿用ボ トル,⑤培養フラスコ,⑥回収瓶,
⑦ウォーターバス.(B) pH調整,グ ルコース添加,濃縮培地添加を行 なっている.矢印は,5倍濃縮SD-8 培地を添加したタイミングを示して いる.◆:イソプロパノール,▲:
グルコース,●:OD600