798 化学と生物 Vol. 55, No. 12, 2017
多価不飽和脂肪酸によるリポタンパク質の質的制御を介した生理作用
多価不飽和脂肪酸の新しい作用機序
リポタンパク質は,コレステロール,トリグリセリド,
リン脂質などの脂質とアポリポタンパク質からなる複合 体である.末梢では低密度リポタンパク質(LDL)と高 密度リポタンパク質(HDL)が血中における脂質の運 搬に大きな役割を果たす.このうちHDLはアポリポタ ンパク質(apo) A-Iを主なアポリポタンパク質として含 み,末梢細胞の余剰のコレステロールを回収して末梢細 胞から肝臓へのコレステロール逆転送に働くことで,動 脈硬化を抑制する作用がある.反対に,LDLは肝臓か ら末梢細胞にコレステロールを供給して動脈硬化を促進 する作用があることから,LDLコレステロールとHDLコ レステロールはそれぞれ悪玉コレステロール,善玉コレ ステロールとも呼ばれる.また,中枢神経系ではapoE含 有リポタンパク質(LpE, apoE-HDL)がグリア細胞から 神経細胞への脂質の供給や,神経細胞の保護,神経細胞 の修復に働く.HDLとLpEの生成には,ATP-binding cassette(ABC)トランスポータースーパーファミリー に属するABCA1とABCG1が関与し,ABCA1とABCG1 が協調しながら細胞膜のコレステロールとリン脂質をア ポリポタンパク質に受け渡すことで,HDLやLpEが形 成される(1).
近年,リポタンパク質の量よりも質が重要であると考
えられ始めている.HDLコレステロール量が高いほど 動脈硬化リスクは低くなるが,それ以上にHDLが末梢 細胞に蓄積したコレステロールを引き抜く能力,すなわ ち質が高いほど動脈硬化のリスクが低くなることが報告 されている(2).
多価不飽和脂肪酸は,炭素鎖に複数の二重結合をもつ 脂肪酸である.たとえばエイコサペンタエン酸(EPA)
やドコサヘキサエン酸(DHA)などのn-3(オメガ3)
多価不飽和脂肪酸は魚油に多く含まれ,炭素鎖端から3 番目の炭素に二重結合があるのに対し,アラキドン酸
(AA)のようなn-6多価不飽和脂肪酸は肉に多く含まれ,
6番目の炭素に二重結合がある.多価不飽和脂肪酸には,
細胞膜脂質の構成成分,抗酸化物質,転写因子のリガン ドなどさまざまな生理作用が報告されている.n-6多価 不飽和脂肪酸であるAAがエイコサノイドの前駆体とな り炎症や血圧調節に関与するのに対し,n-3多価不飽和 脂肪酸は抗炎症作用を示し動脈硬化抑制作用がある.
DHAは脳に多くに含まれており,EPAとDHAは神経 突起伸長作用や神経保護作用によりアルツハイマー病の リスクを低減させることも報告されている.多価不飽和 脂肪酸は細胞に取り込まれてリン脂質の脂肪酸鎖となる ことから,ABCA1とABCG1によって輸送され,リポ
図1■多価不飽和脂肪酸によるリポタンパク 質の質的変化と生理作用
多価不飽和脂肪酸が細胞に取り込まれると,リ ン脂質中に脂肪酸鎖として取り込まれる.この リン脂質はコレステロールとともにABCA1と ABCG1の働きによって細胞外へと排出され,
末梢ではHDL(善玉コレステロール),中枢神 経系ではLpE(脳のHDL)が形成される.リ ン脂質脂肪酸鎖として多価不飽和脂肪酸を含 むリポタンパク質の質的変化によって炎症の 抑制作用や神経突起伸長作用がもたらされる.
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タンパク質の構成成分となることが予想される.そこで,
多価不飽和脂肪酸がリン脂質としてリポタンパク質に多 く含まれることで,リポタンパク質の質的変化がもたら され,新たな生理作用をもつと仮説を立て,実験を行っ た.その結果,リポタンパク質の質的制御を介する炎症 抑制効果と神経突起伸長効果を明らかにした(図1).
泡沫化したマクロファージにおける炎症反応は動脈硬 化の悪化因子となる.HDLには,マクロファージから コレステロールを引き抜くだけでなく,炎症抑制効果に よっても動脈硬化の進行を防ぐ作用がある(3).また,n-3 多価不飽和脂肪酸にも炎症抑制効果が知られている.そ れでは,n-3多価不飽和脂肪酸を含むHDLはさらに強い 炎症抑制効果をもつのだろうか? マクロファージ様細 胞に分化させたTHP-1細胞にn-3多価不飽和脂肪酸を添 加し,培地中に分泌されたHDLを精製した.精製した n-3多価不飽和脂肪酸含有HDLをTHP-1細胞に添加し,
LPS刺激で誘導される炎症性サイトカインのmRNA量 を定量的PCRで調べた.その結果,n-3多価不飽和脂肪 酸含有HDLが,インターロイキン(IL)-1, IL-6, TNF-
α
な どの炎症性サイトカインの産生をコントロールのHDL に比べて抑制することが明らかとなった.グリア細胞から分泌されるLpEは神経細胞の軸索伸長 を促進すること(4)から,多価不飽和脂肪酸含有LpEが,
神経突起伸長促進作用をもつか調べた.多価不飽和脂肪 酸を取り込ませたラット大脳皮質由来グリア初代培養細 胞の条件培地からLpEを精製した.LpEの解析によって,
実際に多価不飽和脂肪酸をリン脂質脂肪酸鎖として含む ことを確かめた.精製LpEをラット海馬由来神経初代 培養細胞に添加し,神経突起成長を調べた結果,多価不 飽和脂肪酸含有LpEは,コントロールのLpEに比べて 神経突起伸長促進作用をもつことがわかった(5).このメ カニズムは現在のところ明らかではないが,成長円錐に 多く存在し神経突起伸長にかかわるGAP-43のmRNA
発現量が増加していたことから,GAP-43を介している ことが示唆された.
以上の結果から,多価不飽和脂肪酸はリポタンパク質 の質的制御を介して,炎症の抑制や神経細胞突起伸長促 進などの生理作用をもつことが示唆された.これまで,
多価不飽和脂肪酸の生理作用は,多くの場合直接細胞に 遊離脂肪酸を添加して研究されてきたが,リポタンパク 質中のリン脂質脂肪酸鎖として含まれる多価不飽和脂肪 酸の効果,すなわちリポタンパク質の質的制御を介した 効果も考慮に入れる必要がある.そして,リポタンパク 質を考えるうえでは,量だけではなくその構成要素であ る脂肪酸などの質も含めて考える必要があるだろう.
1) M. Matsuo: , 74, 899 (2010).
2) A. V. Khera, M. Cuchel, M. de la Llera-Moya, A. Ro- drigues, M. F. Burke, K. Jafri, B. C. French, J. A. Phillips, M. L. Mucksavage, R. L. Wilensky :
, 364, 127 (2011).
3) X. Zhu & J. S. Parks: , 32, 161 (2012).
4) M. Matsuo, R. B. Campenot, D. E. Vance, K. Ueda & J. E.
Vance: , 1811, 31 (2011).
5) M. Nakato, M. Matsuo, N. Kono, M. Arita, H. Arai, J.
Ogawa, N. Kioka & K. Ueda: , 56, 1880 (2015).
(松尾道憲,京都女子大学家政学部)
プロフィール
松尾 道憲(Michinori MATSUO)
<略歴>1995年京都大学農学部農芸化学 科卒業/2000年同大学大学院農学研究科 博士課程修了/同年オックスフォード大学 博 士 研 究 員/2001年 京 都 大 学 農 学 部 助 手/2013年京都女子大学家政学部准教授,
現在に至る<研究テーマと抱負>ABCト ランスポーターを利用した健康の維持<趣 味>ドライブ
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.798
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