【解説】
生物に学ぶ・タンパク質の高次自己 組織化を活かしたバイオナノプロセス
岩堀健治 * 1 ,山下一郎 * 2
ヒトを始め多くの生物は生体内の鉄の保存と循環に関与して
いる直径12 nmの小さな球殻状タンパク質を保持している.
フェリチンと呼ばれるこのタンパク質は内部に直径7 nmの 空洞を保持しており,この空洞内にバイオミネラリゼーショ ン能力により金属イオンを取り込み種々のナノ粒子を作製す ることができる.本稿ではこのフェリチンタンパク質により 作製したバイオナノマテリアルの特徴とフェリチンの機能を 上手に利用することで電子デバイス作製を行うバイオナノプ ロセスによって展開されるいくつかの応用について紹介する.
はじめに
およそ10年前,パーソナルコンピューターに搭載さ れているコンピューターの心臓部とも言われるCPUは 当時の微細加工技術の叡智を集めて作製したものであ り,100 nmを切る最小加工単位で作られた数十億個を 超えるトランジスタから作られていた.現在,この最小
単位は30 nmに迫るものが実用化され,パーソナルコン ピューターの性能は以前のスーパーコンピューターをも 凌駕しているものもある.将来,さらなる電子デバイス の小型化や高機能化に伴い,最小加工単位は10 nm以下 に達すると予想されているが,現在の微細加工技術は限 界に近づきつつある.いろいろな代替方法も多く提案さ れているが,X線リソグラフィーや電子線描画,走査プ ローブ顕微鏡 (SPM) を用いた加工技術などのトップダ ウン的手法では,数億円の装置が必要であったり,生産 性が低いこともありナノサイズの機能構造を本格的に生 産するのは難しく,今後,数々の問題に直面することが 予想されている.一方,バイオ,化学,材料,環境,医 療といった分野では一分子操作,遺伝子治療,燃料電 池,高効率触媒や新素材開発といった多くの新技術開発 のために,ナノメートルサイズの構造作製と応用研究が 活発に進められている.われわれはこのような状況のも と,タンパク質のもつ特性をナノ領域に有効活用するこ とで新素材開発と現代の緒問題解決を行いたいとの思い で研究を進めている.ここではその一例として,われわ れのバイオナノプロセスを用いたナノ構造作製およびそ の応用展開について解説したい.
Bio-Nano-Process : Fabrication of Defined Nano-Structures through Use of Advanced Self-Organizing Property of Proteins Kenji IWAHORI, Ichiro YAMASHITA, *1科学技術振興機構さき がけ専任研究者,*2奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研 究科
バイオナノプロセスとは?
ヒトの体内には1万種を超えるタンパク質が存在して いると言われている.われわれは多種多様なタンパク質 から,形,機能,特徴などを考慮し,さらに重要な特性 である自己組織化能とバイオミネラリゼーション能を有 効活用することで,今まで実現が困難で産業利用可能な 無機ナノ構造(バイオナノデバイス)を,環境にやさし い簡単な方法で行っている.これをバイオナノプロセス と呼んでおり,バイオナノプロセスは生物の行っている 核酸やタンパク質,高分子材料といったナノ材料の合 成,配置,機能化,階層構造化,自己修復などを利用し た新しいナノ〜マイクロ構造の作製法と言える.なお,
バイオナノプロセスは以下のプロセスを含む.
(1) バイオミネラリゼーションによりタンパク質に無 機材料を析出させ機能化する.
(2) タンパク質の自己組織化能力を利用してナノ構造 を作製および配置する.
(3) 作製したナノ構造と現在まで磨かれてきた半導体 微細加工技術を融合する.
以下に,一例としてバイオナノプロセスによるナノ電 子デバイス作製について順を追って述べる.
バイオテンプレートによるバイオナノマテリアル
(バイオナノ粒子)の作製
ナノ粒子やナノワイヤーといったナノマテリアルはさ まざまな分野において基本的重要素材である.特に電子 デバイス分野ではメモリや液晶といったデバイスの高機 能化や新機能素子開発に伴い多種多様な金属あるいは半 導体ナノ粒子が必要とされている.ナノ粒子は使用用 途,作製量や粒子サイズなどに応じて最適な方法で作製 されているが(1)
,われわれは直径12 nmで内部に空洞が
あるフェリチンタンパク質を鋳型として用いて,電子デ バイス用のナノ粒子を精度良く作製している(図1
).
これはバイオテンプレート法と呼ばれており,自然界に 存在する多様なタンパク質から,最適なものをテンプ レートとして選択し,水溶液中,室温,大気圧の条件下 で均一なサイズのナノ粒子を簡単に作製できる環境に優 しい方法である.1. フェリチンタンパク質
フェリチンタンパク質はバクテリアから植物,動物ま で多くの生物に存在する鉄貯蔵タンパク質の一つであ る(2)
.ヒトはもちろん哺乳類のウマ,ラットや,大
豆(3),トウモロコシ
(4),ラン藻
(5),また,近年胃がんの
原因として有名となった細菌のヘリコバクター・ピロリ にも存在している(3).それらの基本構造と機能はほとん
図1■ウマ脾臓由来のアポフェリチ ン (A) およびバイオミネラリゼー ション (B)
フェリチンタンパク質の模式図 (a), 立体構造モデル (b), 3回対称チャネ ル部位の拡大モデル (c) を示してい る.矢印部分は3回対称チャネル部 位を示す.特にその部分のグルタミ ン酸残基,アスパラギン酸をそれぞ れ示しており (c), チャネル部分にマ イナス電荷が集中していることがわ かる.フェリチンは直径7 nmの内部 空洞にさまざまな金属をバイオミネ ラリゼーションによって蓄積しナノ 粒子を作製することができる.
ミネラリ バイオ ゼーション
(A) ウマ脾臓由来アポフェリチン (HsAFr)
(A) ウマ脾臓由来アポフェリチン (HsAFr)
ど同じで,内部に直径数nmの空洞をもっている.哺乳 類のウマの脾臓由来のフェリチンは分子量約19,000のL 鎖と20,000のH鎖の2種類のモノマーサブユニットから なる24量体の総分子量約48万の球殻状タンパク質であ る.上にも述べたが直径は約12 nmで中心には直径 7 nmの空洞があり,この空洞に1フェリチン分子あた り約4,500個の鉄元素をフェリハイドライト (5Fe2O3
・
9H2O) 結晶の形で貯蔵することができる(2).そして生
体内の鉄が不足するとこの鉄を還元排出し,生体内の鉄 イオン濃度のバランスを保っている.フェリチンは自己 組織化能とバイオミネラリゼーション能の両方を保持し ているためバイオテンプレートとしては最適である(図1).
空洞内部にコア(ナノ粒子)があるものをフェリチン,空のものをアポフェリチンと呼んでおり,われわれはア ポフェリチン内部にさまざまなナノ粒子を作製している.
フェリチン以外にも,外部の直径約30 nm, 内部空洞 18 nmの球殻状ウイルスであるCowpea chlorotic mottle virus (CCMV)(6) やCowpea mosaic virus (CPMV), 直 径12 nm内部空洞径6.5 nmのsmall heat shock protein
(HSP)(7) また,直径9 nm内部空洞径4.5 nmのリステリ ア 菌 ( ) 由 来 のDNA binding protein
(LisDps)(8) などへ研究対象が広がっており,さらに新 規タンパク質テンプレートの探索も積極的に行われてい る.
2. バイオミネラリゼーション能
生物が自らのために生体内外で鉱物を作り,利用して いる現象をバイオミネラリゼーションと言う.たとえば ウニの殻やサンゴの外骨格,カニやエビの殻,貝殻など は炭酸カルシウムをバイオミネラリゼーションによって
組み上げたものであり,脊椎動物の歯や骨もリン酸カル シウムが主成分のバイオミネラルである.同様にフェリ チン内では鉄の蓄積のためにバイオミネラリゼーション が起こっている.そのメカニズムは,まず水溶液中の二 価鉄イオンが3回対称チャネルと呼ばれるグルタミン酸 とアスパラギン酸残基の酸性アミノ酸からなるチャネル を通過してフェリチンの空洞内部に入る(2)
.その後H鎖
サブユニット内に存在する鉄酸化活性中心 (ferrooxi- dase center) において二価鉄イオンを酸化した後,空 洞内の内側表面の負電荷領域で結晶核形成を行って約 4,500個の鉄をフェリハイドライト結晶の形にして貯蔵 している(2) (図1).
3. 酸化物ナノ粒子の作製
このようにフェリチンは二価鉄を取り込む能力がある ため,プラス電荷をもつ金属イオン種はフェリチン内部 へ入りやすく,金属イオンを取り込ませるための溶液条 件を詳細に検討することでフェリチン内部に種々のナノ 粒子が作製できるものが多い.
たとえば,われわれのアポフェリチン空洞へのコバル ト (Co) ナノ粒子作製はスターラーとビーカーさえあれ ば 誰 で も 可 能 な 簡 単 な 方 法 で あ る.ま ず100 mM HEPES緩衝液をビーカーに入れ2 〜 4 mMの硫酸アン モニウムコバルト,0.5 mg/mLのアポフェリチンを添加 する.この反応溶液をpH 8.3に調製した後,酸化剤で ある過酸化水素を加え50℃で一晩撹拌を行うとアポ フェリチン空洞内にきれいな酸化コバルトナノ粒子を作 製することができる(図
2
).作製したコバルト粒子は
紫外可視分光法UV-Visスペクトル測定の結果350 nm付 近にピークが存在することや,X線回折解析 (XRD) 結図2■フェリチン‒酸化物ナノ粒子
(A) とフェリチン‒化合物半導体ナ
ノ粒子の透過型電子顕微鏡 (TEM)
観察像
TEM写真の中心の黒いドットがナノ 粒子で周りの白い部分がタンパク質 殻を示している.アポフェリチンに 各金属をバイオミネラリゼーション 後,金チオグルコースにより負染色 を行いTEMで観察した.バーの長さ は50 nm.
果よりCo3O4 であることが確認されている(9)
.現在まで
にアポフェリチン内には酸化鉄,マンガン,硫化鉄,ウ ラン,ベリリウム,アルミニウム,ユーロピウム,コバ ルト,パラジウム,銀,をはじめ近年では医療利用に向 けたカルシウム,磁性体粒子など30種類以上のナノ粒 子が作製されている(10).また,われわれの研究グルー
プでも,主に電子デバイスでの利用を目指してアポフェ リチン内部へコバルト,ニッケル,クロム,銅,酸化イ ンジウム, 酸化亜鉛といった金属酸化物の導入に成功し ている(10) (図2).
4. 化合物半導体ナノ粒子の作製
化合物半導体ナノ粒子は粒子径が10 nm以下になると 高輝度蛍光発光やナノ粒子の直径が変化することによっ て蛍光発光の色が異なるサイズ効果や量子効果といった 現象が観察されるため電子デバイス,光デバイス,バイ オマーカー,一分子計測などへの幅広い応用が見込まれ る.特に,われわれは将来的な産業利用も視野に入れ,
II‒VI族化合物半導体ナノ粒子の大量一溶液中合成(one- pot合成)を中心に研究してきた.
CdSeやZnSeといった化合物半導体ナノ粒子をバイオ テンプレート法により作製する際,プラス電荷イオン
(Cd2+, Zn2+) とマイナス電荷イオン (S2−, Se2−) を反 応溶液に添加すると,素早くCdSeやZnSeといったバ ルク沈殿を形成してしまい,アポフェリチン内部にナノ 粒子は形成されない.そこで,われわれは反応溶液中に 過剰のアンモニウムイオンを添加しテトラアンミン錯体 を形成させプラス電荷イオンを保護することで,バルク 沈殿を抑えつつゆっくり反応させるSlow Chemical Re- action System (SCRY) を開発した.これがブレークス ルーとなり,その後,多くの化合物半導体ナノ粒子作製 が簡単にできるようになった.たとえばCdSeナノ粒子 は,1 mM酢酸カドミウムと0.3 mg/mLアポフェリチ ン,5 mMアンモニア水,40 mM酢酸アンモニウムを添 加した溶液に5 mMセレノウレアを添加し溶液をpH 8.0 に調整後,一晩室温で反応させる.一晩放置後に得られ る褐色な溶液を遠心分離後,透過型電子顕微鏡 (TEM)
で観察すると非常に均一なサイズのCdSeナノ粒子を含 んだフェリチンが観察できる(11) (図2)
.このナノ粒子
はX線光電子分光法 (XPS) とX線回折解析法 (XRD)により,cubicとhexagonal crystal相のCdSeと同定さ れ,またXRDのピーク半値幅から多結晶状態であると 考えられている.またこのCdSe多結晶ナノ粒子は約 500℃ の不活性ガス中での熱処理により単結晶ナノ粒子 に変化することも明らかなっている(11)
.
現在までにこのSCRYを用いて,アポフェリチン内に CdSe, ZnSe, CdS, ZnS, CuS, Au2SやZnOなどの化合物 半導体ナノ粒子の作製に成功しており,SCRYは非常に 汎用性が高い方法であることが証明されている(12〜18)
(図2)
.また近年,本法により作製したフェリチン‒CdS
ナノ粒子複合体が円偏光蛍光発光 (CPL) を発している ことが世界で初めて発見され,CdSナノ粒子の外側の フェリチンがキラルなタンパク質テンプレートとしてナ ノ粒子を作製している可能性が示唆されている(19).
タンパク質のナノ配置方法
上記のように作製したバイオマテリアルであるフェリ チン‒ナノ粒子複合体はそのままでは利用することがで きない.これを目的の場所,たとえばナノ電子デバイス を作製する場合にはシリコン基板上の任意の点に配置し て初めて利用することができる.しかし,作製したバイ オナノマテリアルのサイズは数nm 〜数十nmであるた め,これを既存の技術で思いどおりの場所に配置するの は至難の業である.そこで,われわれはフェリチンのも う一つの重要な特徴である自己組織化能力を利用しナノ メートルオーダーで配置を行いナノ構造を作製している.
1. フェリチンの自己組織化能
フェリチンは自己組織化能力も保持しているため,条 件さえ整えばきれいな二次元結晶を作製する.たとえ ば,前述のウマ脾臓由来のフェリチンのL鎖サブユニッ トには金属結合サイトと呼ばれる部分をもつ.グルタミ ンとアスパラギン酸で構成されたこの部分はフェリチン 外殻に突出しており,フェリチンファミリー内では特に 保存されている.この部分に Cd2+, Ca2+, Zn2+ イオン などの二価カチオンが結合すると,フェリチン分子間に 塩橋のようなものが構成され,フェリチン同士を強く連 結させることができる(2)
.
2. 自己組織化による二次元結晶化
上記の特性を利用し,われわれは金属結合サイトをも つL鎖サブユニットのみで作製したリコンビナントフェ リチンを作製し,二価カチオン共存下でシリコン (Si)
基板上に展開しきれいな二次元結晶を作製することに成 功している.現在までに気液界面にフェリチンの二次元 結晶を作製する方法であるPBLH法をはじめ,いくつか の二次元結晶作製方法が開発されているが,それぞれ溶 液のpHやイオン強度,溶媒蒸発速度などのコントロー ルを行うことで簡単に固体基板上へ作製することができ
る(20, 21)
.たとえば,古野らが開発したPBLH法ではテ
フロンのトラフに,10 mM MES (pH 5.8) に20 mMの NaCl, 5 〜 10 mMの二価カチオン (Ca2+, Mg2+ など),
フェリチン溶液 (20 〜40μ
g/mL) を混合した溶液を満 たし,この溶液上に人工ポリペプチドであるPBLH(ポ リ-1-ベンジル L-ヒスチジン)を静かに展開することで,水溶液表面に支持膜を作製する.このとき形成された PBLH膜は大気面が疎水性,水溶液面は親水性となって おり,pH 5.8ではPBLH膜はプラスに,フェリチンは弱 いマイナスに帯電しているためフェリチンはPBLH膜に 静電的に吸着する.さらに,フェリチンの横方向は上述 した金属結合サイト同士の結合で支えられるためきれい なフェリチン二次元結晶膜が得ることができる(20, 21)
.
3. フェリチンの機能性高分子修飾による二次元結晶と ナノ配置
フェリチンサブユニットのN末端はフェリチン分子 の外殻に突出した構造になっているため,そのN末端部 分に機能性ペプチド,DNAなどを結合するとこれらが フェリチンの外側に突き出た構造になる.近年,金属や プラスチック,ステンレス表面などを認識し結合する結 合ペプチドが多数取得されており,われわれはこれを フェリチンのN末端部分に結合することでナノ粒子を 目的の位置にナノメートルオーダーで配置させること
(ナノ配置)や,ナノ構造構築に利用している(22)
.たと
え ば,チ タ ン (Ti) に 結 合 す る ペ プ チ ド (‒RKLP- DA‒)(23) をN末端部分に修飾したTi結合フェリチンを 用いて,シリコン基板上のTi部分にのみにナノ配置す ることに成功している(24) (図3
).Tiは電極や触媒,さ
らに太陽電池といった多くの電子デバイスに利用されて いるため,このTi結合フェリチンは利用価値が非常に 高い.また,カーボンナノチューブやナノホーンに結合する
フェリチンは炭素のような疎水領域部分に結合しやすい という特徴をもつため,炭素膜を薄く蒸着した基板にこ のフェリチン溶液を展開し,遠心分離で余分な溶液を除 去すると,ペプチドの自己組織化によりナノ粒子の規則 的な二次元配列配列が簡単に作製できる(25)
.最近では,
各種の金属結合ペプチドのほか,ポリエチレングリコー ル (PEG) やDNAなどの機能性高分子を上記のフェリ チンのN末端配列部分に化学修飾することで,フェリチ ンーナノ粒子複合体を間隔の制御を行いながらナノ配置 することができるようになり(26) 自己組織化による二次 元結晶作製やナノ配置技術がさらに発展中である.
フェリチンの電子デバイスへの応用
フェリチンタンパク質のバイオミネラリゼーション能 力により30種類以上のナノ粒子を作製することが可能 であり,また自己組織化能力によりそのフェリチン‒ナ ノ粒子複合体をナノメートルオーダーで制御し,配置す ることもできる.さらにこれらの複合体はカラムクロマ トグラフィーにより簡単に精製が可能である.われわれ はこのような種々のフェリチン‒ナノ粒子複合体を用い て既存の技術では作製が難しい新規ナノ電子デバイス作 製を行っている.ここではそのごく一例をご紹介した い.
1. フローティングゲートメモリ
フローティングゲート型のメモリ (FGM) は,USB メモリやSDカードといった現在のデジタル社会になく てはならない記録素子である.従来のプレート型の FGMは記憶するための電子蓄積層が板状になっており,
一カ所に欠陥が生じると蓄積された電荷がリークして失 われるため,メモリの動作不良を引き起こす可能性が あった.そこで,われわれはこの部分をフェリチン‒鉄
図3■チタン (Ti) 結合フェリチン によるシリコン基板上への選択配置 Ti結合フェリチンは外殻表面からTi 結合ペプチドが24本突出している
(A).シリコン基板上のTi領域(黒 く観察される)へ選択的に配置して いるTi結合フェリチンが白いドット
(フェリチン内部のFeナノ粒子)と して観察される.黒いTi領域のみに フェリチンナノ粒子が結合している 様子がわかる (B).また,(C) はTi 結合フェリチンの選択的配置の模式 図を示しており,Ti領域のみにTi結 合フェリチンが結合している様子を 示している.
(Fe) あるいはフェリチン‒コバルト (Co) ナノ粒子複合 体で作製することで,ナノドット型フローティングゲー トメモリ (FNGM) を作製した.このメモリは欠陥が生 じても一つのナノ粒子の電荷が失われるのみで全体のメ モリ機能は変わらないという利点をもつ.
実際の作製は,まずFeあるいはCoナノ粒子を内包し たフェリチンタンパク質を用いてシリコン基板上にタン パク質のナノ配置方法の2節で述べた方法で二次元結晶 を作製し,次に基板上に配置したフェリチン-ナノ粒子 複 合 体 の タ ン パ ク 質 殻 部 分 の み をUV-オ ゾ ン 処 理
(115℃, 1時間)により完全に除去する.これらの一連 のプロセスにより6‒8
×10
11 dot/cm2 程度の単層二次元 ナノドット配列を得ることができる.その後は現在行わ れている半導体微細加工技術と同じ方法,化学気相成長 法 (CVD) により酸化シリコン膜(絶縁膜)に埋め込み さらに電極を作製するとFNGMの完成である(図4
A).
このようにして作製されたFNGMは明確なヒステリシ スを示し,実際にメモリとして機能していることが世界 で初めて確認された(27).現在,さらにナノ粒子の三次
元化やインテル社などが開発したある程度の厚さがあ り,さらに大量の電流が流せる高誘電素材であるHigh-K材料である酸化ハフニウム (HfO2) を用いた新メモリ の作製にも成功し,より大容量メモリの作製も行っている.
2. 抵抗変化型メモリ
また,フェリチン‒Auナノ粒子複合体を利用して抵抗 変化型メモリ (ReRAM) 作製も行っている.ReRAM は金属酸化物でできた薄膜に電圧印加を行うと高い抵抗 値と低い抵抗値の2つの値をとるという特徴を利用して 情報を記録するメモリであり,その簡単な構造と微細化 のしやすさが次世代新型メモリの一つとしてたいへん注 目されている.詳細な抵抗変化のメカニズムはまだ議論 の余地があるが,金属酸化物の膜中に電圧を印加した 際,電気の通り道(導電パス)が形成されると低い抵抗 値になるが,この導電パスが基本的にランダムで形成さ れるため,高抵抗と低抵抗のそれぞれの値にばらつきが 生じるという問題があった.そこで,われわれは金属酸 化物の膜中に導電性の高い金 (Au) ナノ粒子を内包し ているフェリチン(フェリチン‒Auナノ粒子複合体)を ナノメートルオーダーでナノ配置することで人工的な導 電パスの形成に成功し,安定動作するReRAMの開発に 成功している(28)
.
図4■バイオナノプロセスにより作製したフローティングゲート型メモリ (FNGM)(A) とCDT1を用いた色素増感型太陽電池 (B)
作製したFNGMの断面模式図 (A-a) とその断面TEM写真 (A-b) を示す.破線丸印の部分にコバルト (Co)‒フェリチンの2次元結晶を作 製しデバイスを作製しており,Sはソース電極,Dはドレイン電極を示している.また (B) は,カーボンナノホーン結合ペプチドとTi結 合ペプチドをあわせもつCDT1(B-b右)を自己組織化によってカーボンナノチューブに結合しTiO2をバイオミネラリゼーションすること で高効率の色素増感型太陽電池の作製を行っている.色素増感型太陽電池の模式図 (B-a), CNTの周りに結合したCDT1のTEM像 (B-b 左),実際作製した色素増感型太陽電池 (B-c) をそれぞれ示している(味の素(株)井之上一平博士提供).
3. 色素増感型太陽電池
小型のフェリチン様タンパク質を利用した色素増感型 太陽電池の作製も進んでいる.リステリア菌由来の Dps (LisDps) にカーボンナノホーンに結合するペプチ ドとTi結合ペプチドの2種類のペプチドを連結させ CDT1 (Carbonaceous material binding peptide-Dps-Ti- tanium binding peptide) を作製する.そして,電極と なるカーボンナノチューブ (CNT) の周囲にCDT1を自 己組織化によって吸着させ,次にTi結合ペプチドのも つバイオミネラリゼーション能力により,CDT1の周り にTiO2の膜を形成させることで,太陽電池の電極の導 電性を向上させるとともに,光吸収用色素の吸着に必要 な電極表面積を増加させることができる.そのため,こ のCDT1を用いることで従来の色素増感型太陽電池の光 電変換効率をより向上させることが可能になってきてい る(29) (図4B)
.
おわりに
われわれはタンパク質がもつ自己組織化能力とバイオ ミネラリゼーションという特性を利用してバイオナノマ テリアルを作製し,従来のトップダウン加工技術との融 合により,従来,作製が困難であったナノ電子デバイス を実現するバイオナノプロセスを提案してきた.このよ うなバイオナノマテリアルは現在,世界中で研究されて おりデバイス分野への応用のみならず,さまざまな分野 にも広がりを見せており,たとえば,先程のフェリチ ン‒磁性ナノ粒子にがん組織に強く発現するインテグリ ンに特異的に結合するペプチド (RGD-4C) を結合させ ることにより,がん細胞の迅速選別を目指している(30)
.
さらに,フェリチン内部に触媒金属の一つであるパラジ ウム (Pd) のナノ粒子を作製し,不飽和炭化水素である アルケン,アルキンのサイズ選択的触媒反応を実現する こともできる.これは図1に示したようにフェリチン内 部に通じている3回対称チャネルは直径が0.2 〜 0.3 nm の穴であるのでフェリチン内部で水素付加反応を行う と,この直径より小さいサイズのアルケン,アルキンの みがフェリチン内部に入ることができ,水素添加される というサイズ選択的触媒反応の反応場としても利用が進 んでいる(31).
また近年,貧鉄環境である海洋中で採取されたケイ藻 類から新規のフェリチンが発見された(32)
.これは従来
の 哺 乳 類 由 来 の フ ェ リ チ ン と 比 較 し て 超 低 濃 度 の Fe2+ イオンを取り込むことができ,低濃度の鉄環境で ある貧鉄環境に適応して進化したフェリチンではないかと注目を浴びている.このように自然界には多種多様な 機能をもったタンパク質が存在しており,まだまだたく さんの興味深いバイオ分子材料が眠っているはずであ る.これからも謙虚に生物に学び,生物の巧妙な仕組み を上手に模倣しながら積極的にバイオ分子材料とマテリ アルとの融合研究を行っていけば,必ず,地球問題を解 決する新機能,新素材,新プロセスを創成することがで きるのではないかと思っている.この分野の今後のさら なる発展に期待したい.
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プロフィル
岩堀 健治(Kenji IWAHORI)
<略歴>2000年岡山大学自然科学研究科 生物資源科学専攻/同年松下電器産業(株)
(現 Panasonic) (株)先 端 研 究 員 制 度 研 究 員/2003年 科 学 技 術 振 興 機 構 (JST)
CREST研究員/2008年科学技術振興機構
(JST)さきがけ専任研究者(ナノシステ ム機能創発代表者),奈良先端科学技術大 学院大学研究員(併任)/2012年10月より 科学技術振興機構 (JST) さきがけ専任研 究者(藻類バイオエネルギー代表者),奈 良先端科学技術大学院大学研究員(併任)
<研究テーマと抱負>さまざまな形状や機 能をもつタンパク質の機能開発,新規探索 を行いながらバイオマテリアルや新素材開 発を行うとともに,作製したバイオマテリ アルを用いてバイオナノデバイスの作製を 行っています.また,最近ではバイオマテ リアル,ナノデバイス,環境を融合させる ことで環境浄化をしながらデバイス作製を 目指す環境バイオナノプロセスの研究も推 進しています<趣味>お城巡り,旅行,ド ライブ
山下 一郎(Ichiro YAMASHITA)
<略歴>1978年京都大学大学工学部電気 工学科卒業/1978年松下電器産業材料研 究所研究員/1987年新技術事業団戦略的 創造研究推進事業研究員/1991年松下電 器産業中央研究所主任研究員/1999年松 下電器産業先端技術研究所主席研究員/
2003年同研究所主幹研究員,奈良先端科 学技術大学院大学客員教授/2013年パナ ソニック先端技術研究所アドバイザー,大 阪大学特任教授,東北大学客員教授,現在 に至る<研究テーマと抱負>真のバイオと 半導体デバイスの融合へむけて,デバイス 上でのバイオ分子によるナノ構造作製と,
作製した「バイオ分子ナノ構造+デバイ ス」のシームレスなコミュニケーションを 可能とする多階層なバイオ接合を実現した い.特にバイオ分子がデバイス表面のナノ 近傍で自発的構造作製を行う「ActiveBio 場」の創造を急ぎたい<趣味>テニス,ダ イビングなど