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化学と生物 Vol. 53, No. 9, 2015
融合・統合の可能性
中嶋睦安
巻頭言 Top Column
Top Column
今世紀に入って間もない頃,大学のグ ローバル化の必要性が叫ばれるなかで,筆 者が在職した大学でも,このことを意識し た新たな大学院研究科を開設することにな り,これに深くかかわりました.本稿の執 筆依頼を頂戴したこの機会に,このことに ついて,つねづね感じていたことを述べて みたいと思います.
この大学院は,学部に基礎を置かない5 年一貫制博士課程の大学院で,そのため,
研究機構を立ち上げて,この研究機関に教 育組織を置く,いわゆる学府として設置す るものでした.特定の分野の専門性を活か しながら他分野と連携し,人文科学,社会 科学,自然科学といった従来の学問体系の 枠を越えて,新たな領域を構築する,融 合・統合を目指すものでした.しかし,こ の大学院は,諸事情から10年目の今春廃 止され,今はないのですが,もう少し辛抱 強さが必要であったように思われました.
廃止の直接的な理由ではありませんが,
学問分野の融合・統合の難しさを強く感じ ておりました.それは,専門分野にとど まって,そこから思い切って踏み出せない 自身を見たからでもありました.
学問分野の融合・統合を意味のあるもの にするためには,たとえば,2つの分野が融 合されることにより,それらを足し合わせた ものよりも,当然,広範で体系的な学問分 野(研究領域)を構築することが求められま す.しかし,どのような分野を,どのよう な方法で融合させることができるか,融合 された分野がどの程度意味のある分野にな りうるかは事前に評価することは極めて難 しく,長期的な試行錯誤が必要になります.
このような不確実性を伴う試みは,研究 面においては許されても,大学院教育とい う観点からは多くの問題が生じます.
融合・統合を前提とした教育において は,既存学問の知識や応用力の涵養と,そ
れに基づいた他分野との連携を考慮した教 育のシステムの構築が必須の条件であると 痛感した次第です.
一方で,「化学と生物」に代表されるよ うに,広領域の学問を包含する農芸化学 は,分化しながら,ますますその範囲を広 げています.
たとえば,筆者が在職した学部には,農芸 化学領域の,生命化学科(旧 農芸化学科)
と食品生命学科と応用生物科学科の3学科 があります.応用生物科学科は,バイオサイ エンスの著しい発展に連動した社会的ニー ズに応えるとして,昭和年代末期に,農芸化 学科から発展的分裂をしてつくられました.
ことほどさように,学科レベルのみなら ず細分化が進み続けると,農芸化学領域の 枠を越えた,従来の枠組みでは収まらない ものが出てくるはずであります.やがて,
このことに直面する特に若手の研究者たち は,農芸化学からほかの分野の学会などへ 転進することが予想されます.このこと は,すでに始まっているかもしれません.
これらを無理に収めようとすると,分野の
外に
“Miscellaneous”
としてひとまとめにされるような状況が生まれてきます.
実は,このMiscellaneous枠の課題こそ が,農芸化学領域と他領域との接点とし て,また,境界領域としての融合・統合領 域が生まれる起点として,さらなる発展が 期待されると思っています.これらを受け とめる農芸化学の寛容な包容力をこれまで 以上に期待している次第です.
「農芸化学とは?」と,お尋ねをして,
「君が,今やっていることが農芸化学です」
と,故 丸尾文治先生がお元気な頃のお言 葉が思い出されます.
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.567
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化学と生物 Vol. 53, No. 9, 2015 プロフィル中嶋 睦安(Mutsuyasu NAKAJIMA)
<略歴>1964年日本大学農獣医学部農芸 化学科卒業/1967年同大学農獣医学部農 芸化学科助手,専任講師,助教授.その 間,カナダ・ブリテッシュコロンビア大学 食品科学科客員研究員/1988年同学部応 用生物科学科助教授,教授/1996年同大 学生物資源科学部(改組による学部名称変 更)応用生物科学科教授/2005年同大学 大学院総合科学研究科教授(兼担)/2008 年同大学総合科学研究所所長(兼担)/
2010年定年退職,日本大学名誉教授/現 在,JRJ(株)技 術 開 発 研 究 所 顧 問<研 究 テーマと抱負>現在,天然生理活性物質の 探索を,それらの活用を想いながら楽しん でいます<趣味>絵画やオペラの鑑賞など