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想 随 - J-Stage

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Academic year: 2023

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ビタミン B1発見 100 周年 祝典・記念シンポジウム

鈴木梅太郎博士  

鈴木梅太郎博士ビタミンB

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発見 100 周年に寄せて

化学と生物 Vol. 50, No. 9, 2012

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鈴木梅太郎先生のお名前を初めて拝見したのは,獣医 学の専門書がぎっしり詰まった父の書棚の中であった.

今思えばその中で,書名は忘れたが鈴木梅太郎先生と住 江金之先生の著書が,農芸化学に関係した2冊であっ た.終戦後疎開を重ねて落ち着いた先の宮城県でのこと で,父が学生時代に聴講した思い出を処分できずに残し ていたものと思う.何度も父の話を聞くあいだに,伝記 などを読むことになり,自分もこのような分野で研究を したいと中学に通っている頃思うようになった.そして 大学卒業間近で就職試験を受ける頃には,尊敬する人物 には常に鈴木梅太郎先生のお名前を書くようになった.

農芸化学科に進んだ後に高峰譲吉翁の話を聴講する機会 があり,研究成果の産業化ということに非常に強い関心 を抱くようになった.

大学卒業後,農林省食糧研究所(現食品総合研究所)

に入り,熱海の文化服装学園の研修施設で毎年開催され ていた澱粉工業学会の大会に出席するようになった.会 の終了後,会長の尾崎準一先生(当時は東大教授,食糧 研究所長を退官されていた)を学会会場から新大久保の 御自宅の奥様の元までお送りするのが新人の筆者の仕事 であった.尾崎先生は熱海から東京に着くまでの間,歯 切れの良い語り口で農芸化学の歴史を数多く話してくだ さった.東海道線の車窓に映る町の灯りを見ながらの話 であったが,学問の流れ以上に面白かったのは,鈴木梅 太郎先生を中心にした研究者の人間模様であった.雲の 上の存在と思っていた著名な先生方の人間としての側面 を詳しく話してくださった.

鈴木梅太郎先生の研究の流れを汲む尾崎準一先生,二 国二郎先生,櫻井芳人先生,中村道徳先生,鈴木繁男先 生らにご指導を受けた筆者の澱粉科学と関連酵素の研究 は,最近本誌(1, 2) に詳細に書かせていただいた.本稿で

は鈴木梅太郎先生が実践された農芸化学研究の成果の産 業化および産業行政について書かせていただき,最後に 研究に基づく産業政策の重要性についてお伝えしたい.

農林水産省における研究方針決定の司令塔―農 林水産技術会議―

第一次鳩山一郎内閣の河野一郎農林大臣が,1955年 に欧米の農業研究組織を視察して,日本にも農業技術革 新のための司令塔を置くことの必要性を強く感じて帰国 された.

大臣の強力な指導のもと1956年に農林本省の付属機 関として,大臣任命の6名の委員からなる農林水産技術 会議が設置され,試験研究の基本方針の策定,総合調 整,研究状況および成果の調査の3項目を所掌し,局長 を頂点とする事務局が置かれた.組織は変遷を経ながら 現在に至っているが,1959年に設立された国の科学・

技術研究全般の方針を司る総理府科学技術会議(現在の 総合科学技術会議)より3年早い.

農林水産技術会議では農芸化学研究の重要性は設立当 初から認識されており,初代の農林水産技術会議委員と して坂口謹一郎(1956年),続いて山田浩一(1974年), 蓑 田 泰 治(1980年),高 橋 信 孝(1988年),鈴 木 昭 憲

(1996年)の各先生のお名前が歴代の委員名簿に見られ る.筆者は2004年から4年間委員を務めた.現在は農芸 化学出身の三輪睿太郎氏が農林水産技術会議会長を務め ている.

筆者が経験した農芸化学研究と産業行政 筆者は研究者として食品総合研究所(食総研)で28 年間,農林水産技術会議事務局で6年弱,国際農林水産 業研究センターで3年間を過ごした.

農芸化学と産業行政

貝沼圭二

九州大学大学院農学研究院特別顧問・元農林水産省農林水産技術会議事務局長

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化学と生物 Vol. 50, No. 9, 2012 689 この間産業政策の策定など研究以外の仕事に関係する

機会も多くあった.食総研在籍中に農林水産省の「食品 産業におけるバイオリアクターシステム技術研究組合」

の設立企画に参加した(1984年).米国のクリントン コーン社で見学したグルコースイソメラーゼのバイオリ アクターのシステムを日本の食品産業に導入したいとい う強い意志のもとに異業種連携のチームを作り,技術研 究を開始した.この産業間連携を密にした共同研究が実 を結び,現在新しい産業を形成しているものも少なくな い.

農林水産技術会議事務局に在籍した6年間は研究者の 生活とは全く異なる時代で,多くの農業・食品研究の企 画に携わった.

そのうちの一つ,新形質米(スーパーライス計画)プ ロジェクト(1988年)では米粒だけではなく,米の有 するあらゆる成分を評価して,良食味でないという理由 から栽培されていない,たとえば超多収米,大粒子米,

紫黒米,生理活性物質に富む巨大胚芽や厚い糠層の米,

低アミロース米,高アミロース米など従来の育種目標か ら外れた米に着目したプロジェクトであった.この研究 は育種・栽培等の研究者に加えて農芸化学,調理科学の 研究者,食品企業の協力を得て進めたもので炊飯米以外 の米の利用に焦点を当てたものであった.

また遺伝子組換え作物の野外試験のためのガイドライ ン(1989年)も研究者の経験をもとに農林水産省内,

関係する各省庁,農業・経済団体および消費者団体と議 論を重ねて作成したものであり,日本で初めての遺伝子 組換え作物の実験指針であった.このガイドラインは経 済協力開発機構 (OECD) の大規模開放系実験ガイドラ インに沿い,そのうえで日本の農業事情を加味したもの であり,現在のカルタヘナ法に基づく遺伝子組換え作物

のバイオセーフテイの法律の基礎になっている.

農林水産省を退官後,国内の研究政策ばかりではな く,国際委員会の委員に就任することが多くなり,農林 水産省顧問の辞令を受けて参加した.その一つであるア ジア太平洋経済協力会議 (APEC) はアジア太平洋地域 の21の国と地域が参加する経済協力の枠組みで,貿易・

投資の自由化,ビジネスの円滑化,人間の安全保障,経 済・技術協力等の活動を行っている.農業技術協力部会 は,APECの 中 で 唯 一 農 業 に 関 す る 部 会 で,2000 〜 2002年日本が議長国を担当した際に筆者は議長を務め,

参加国内の多面にわたる農業技術についての議論をまと める任に当たった(写真

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ま た,2003年 にOECD新 食 品・飼 料 安 全 性 タ ス ク フォース (TF) の副議長に就任した.このTFは参加30 カ国内の遺伝子組換え食品の安全性の取り組みを議論す る委員会で,モダンバイオテクノロジー由来生産品の安 全性評価の国際的なハーモナイゼーションを継続的に推 進する活動をしている.日本は一色賢司(北海道大学), 貝沼圭二,山本和貴(食品総合研究所)と副議長を送 り,現在は山本が担当している(写真

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これらはいずれも農芸化学の研究者として実験室で過 ごした時間の延長線上にあり,研究者視線を外さずに実 践してきたが,いろいろな分野の人に会える楽しい機会 でもあった.

生研機構での経験―基礎研究と実用化技術の距 離

筆者は農林水産省を退官(1995年)した後,生研機 構の新技術担当理事として,基礎研究,異業種融合など の提案公募型研究,ベンチャー企業への出資,融資など 写真1APEC農業技術協力部会 議長席(左よりビジャラボス共

同議長(メキシコ),筆者,農林水産省児玉広志コーデイネーター)

写真2昼食を兼ねてOECD日本代表部との打ち合わせを行う タスクフォース日本チーム(左より2人目筆者,3人目山本和貴氏)

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化学と生物 Vol. 50, No. 9, 2012

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の事業にかかわった.

これは基礎研究の振興から,成果の産業行政への移転 までを想定した一連の研究プロセスであり,研究成果を 産業技術に連携させることを目的としたものであった.

この間,よく経験したことは,研究者が陥りやすい落 とし穴である基礎研究がただちに産業技術になるという 錯覚であった.実際,数多くの研究者から研究の成果を 産業化したいという要望を持ち込まれた.話を聞くと産 業化に必要な技術的な問題点およびターゲットとする産 業の方向が見えづらいものが多かった.ブドウ糖のアル カリ異性化の研究で,基礎研究が産業技術化するための 認識の甘さで敗北を喫した苦い経験(2)  をもっていた筆 者は,産業技術化に対して厳しい判断基準を用いてい た.ここでも研究者に研究成果の産業化への道程の厳し さを伝えることの難しさを幾度も経験した.

結び

近年は加工,流通を含む食品関連産業の規模が,農業 生産額の10倍近くなり,農業生産とリンクした地産地 消,六次産業(一次×二次×三次)の創生などをキャッ チフレーズとした行政が進行しており,農芸化学的な思 考を必要とする食品研究の重要性が急激に増してきてい る.筆者は,産業政策を思考する際に,農学以外の研究

分野,研究業績に目を配った.特に参考にしたのは化学 工学,基礎生物学,調理科学などの分野であった.農芸 化学専門家とは一味異なるヒントを得ることが多かっ た.

優れた産業政策は,分野にかかわらず産業界の強い ニーズ,技術的なフィージビリテイ,そして政策を担当 する企画者に十分な理解と情熱がある人材を得たときに 生まれる.科学に徹する学会と異なる産業行政の企画に は,緻密な分析力,解析力は必要であるが,「足して2 で割る」という大局的な視点と判断が必要なときがあ る.これは農林水産省や総合科学技術会議基本政策専門 調査会などで経験した国内ばかりではなく,国際組織に おいても同様であった.これができる人材が農芸化学分 野から輩出されるときに,農業,食品分野において,農 芸化学の優れた基礎研究が産業行政に大きく生かされる ようになると信じている.

中学生の頃,人間の生活に役立つ研究をしたいと漫然 と考え,その後農芸化学の道に進んだが,鈴木梅太郎先 生の基礎研究の重要性とその成果を産業につなげるとい う大きな理念のなかで過ごした50年間であった.

文献

  1)  貝沼圭二:化学と生物,50, 203 (2012).

  2)  貝沼圭二:化学と生物,50, 289 (2012).

Referensi

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