【解説】
新しいMRSA耐性克服剤 cyslabdan
その発見から作用機序解析まで
小山信裕,供田 洋
β-ラ ク タ ム 薬imipenemの 抗MRSA活 性 を 回 復 さ せ る 化 合 物 の探索過程において,放線菌の代謝産物中よりラブダン骨格 と シ ス テ イ ン か ら な る 新 規 化 合 物cyslabdanを 発 見 し た.
Cyslabdanは 細 胞 壁peptidoglycan生 成 に 関 与 す るFemAと 結 合 し,そ の 活 性 を 阻 害 す る こ と に よ りimipenemの 抗MRSA 作用を賦活化することを明らかにした.Cyslabdanは,FemA に対する初めての低分子阻害剤であり,新たな抗MRSA薬開 発のリードとなることが期待される.
はじめに
近年,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (methicillin- resistant ; MRSA)は,院内感染 の原因菌として社会的に問題となっている.感染症の中 でも,先進諸国では死亡率が依然として高い疾患であ り,これまでのように抗生物質を使用するのが難しく なっている状況から,耐性菌に有効な薬剤開発が強く求 められている.このような背景のもと,われわれの研究
グループでは,一つのアプローチとして,MRSAに対 して効力がなくなりつつある
β
-lactam薬の抗MRSA活 性を回復させる物質を微生物資源より探索することにし た.その理由として,このような化合物を見いだすこと ができれば,既存薬と組み合わせて使用することで,MRSAによる薬剤耐性の抑制や克服につながり,さら には既存薬による副作用の軽減にもつながると考えたか らである.その探索の過程において,放線菌
K04-0144株の培養液中より,MRSA の細胞壁peptidoglycan生成に関与するFemAをター ゲットとする初めての低分子化合物cyslabdanを発見し た(図1).本稿では,その発見の経緯から作用機序の 解析について紹介したい.
微生物資源からの活性物質のスクリーニング スクリーニングは,
β
-lactam薬として臨床的に重要な imipenemを用い,検定菌として臨床分離株であるMRSA を用い,以下のようにして行った.すなわち,2種類の生 育培地(MRSAの生育に影響を与えないimipenem添加(10
μ
g/mL)あるいは非添加の培地)の表面に,MRSA Discovery and Mode of Action of Cyslabdan, a Restoring Agentof MRSA Susceptibility to β-Lactam Antibiotics
Nobuhiro KOYAMA, Hiroshi TOMODA,北里大学大学院薬学研 究科
菌液を滅菌綿棒で塗抹し,同時にサンプルをしみ込ませた 一組のペーパーディスクを両生育培地に載せ,imipenem 添加培地でのみ阻止円を示す物質を検索するという非常 にシンプルな方法を用いた(図2).サンプルとして北里 大学北里生命科学研究所感染制御科学府より供給された 放線菌や真菌を中心とする微生物培養抽出液(約20,000 サンプル)を対象にスクリーニングを行った結果,沖縄 県石垣島の土壌より分離した放線菌 K04-0144株を選択した(1, 2).
Cyslabdanの単離精製および構造解析
放線菌 K04-0144株(図3)を種菌と し,Jarタンク培養装置を用いて得た培養液(110 L)を 出発材料とした.まず,これを遠心分離することで得た 上清を合成吸着剤Diaion HP-20を用いて活性物質を濃縮 し,次いで酢酸エチルで液液分配することで,余計な夾
雑物を除去した後に,ODSオープンカラムを用いてさら に分画し,最終的に,これをODSカラムを用いた分取 HPLCにより精製し,白色粉末のcyslabdan(31.2 mg)
を単離した.また,本培養液からは同様な精製法により 類縁物質であるcyslabdan B (18.7 mg)およびC (2.5 mg)
を単離した(3).
Cyslabdanの化学構造については,主として,各種機 器分析(HR-ESI-MS解析や1D/2D NMR解析)により,
ラブダン型ジテルペンを基本骨格とし,チオエーテルを 介して -アセチルシステイン残基が連結した構造を有す る新規物質であると決定した(1).さらに,ラブダン型ジ テルペン部分の立体化学については,NOEスペクトル解 析の結果,その相対立体配置を(12 )-labda-12,14-dien- 7
β
,8α
-diolと決定した(1).また,側鎖 -アセチルシステイ ン部分の立体化学については,化合物をRaney nickelで 処理後に生成したアミノ酸( -アセチルアラニン)をキ ラルカラムを用いたHPLCで分析することにより,L体 およびD体の -アセチルアラニン標品と比較した結果,L体の -アセチルアラニンと同定した(1).したがって,
cyslabdanの -アセチルシステインは,L体と決定した.
さらに,cyslabdan BおよびCについても同様に構造解 析し,成分Bはジテルペンに付加したジメチル基の片方 が水酸化された化合物であること,また成分Cは側鎖 -アセチルシステイン残基のカルボキシル基がメチル 化された化合物であることを明らかにした(3)(図1).
これまでに,ラブダン型ジテルペン骨格を有する天然 物は,植物成分として数例が報告されているが(4, 5),原 核生物からの代謝産物としては初めての知見であった.
植物成分の場合には,オレフィンが 体のものが,また 7位水酸基の立体配置が逆のものが知られているが,
cyslabdanのようにチオエーテルを介してアミノ酸が連 結した構造をもつものはこれまでに報告例がなく,非常
H3C R1 CH3
OH S
HN CH3 OH
R2O O O CH2
CH3
H
H
図1■Cyslabdanおよび類縁化合物の構造式
図2■Imipenem活性増強剤のスクリーニング
左側がimipenem未添加培地,右側がimipenem添加培地を用いた 場合のペーパーディスク法でのMRSAに対する活性評価の結果を 示している.Imipenem添加培地でのみペーパーディスク周辺に MRSAに対する阻止円が観察される.
図3■Cyslabdan生産菌 の電子顕微鏡写真
に珍しい例と考えられる.
現在,cyslabdanのすべての立体化学を決定すること を目的とし,本学の合成グループにより全合成研究が進 められている.Cyslabdanの立体化学が生物活性に影響 するかという点もまた興味深い点であり,今後の合成研 究の進展によりその詳細が明らかになることを期待した い.
さらに,われわれの研究グループにおいて,本生産菌 からは,ホスホグリコリピッド系の抗生物質である moenomycinと共通の基本構造を有するnosokomycin類
(抗MRSA剤)(6, 7)やその生合成中間体であるnosokophic acid(イミペネム活性増強剤)(8)を発見している.この ように本菌が,MRSAに対して作用する多様な新規化 合物を同時に生産している事実は,微生物の有する潜在 能力の深さを再確認させるものである.
生物活性
微量液体希釈法(9)に従い,まずcyslabdan自身および imipenem自身の抗MRSA活性を測定した結果,それぞ れのMIC値は64
μ
g/mLおよび16μ
g/mLと測定された.このようにcyslabdan自身は抗MRSA活性をほとんど示 さないことを確認した.次に,cyslabdanをMRSAの生 育に影響しない濃度(4.0
μ
g/mL)で添加した条件下で,imipenemのMRSAに対するMIC値を測定することで,
薬剤に対する増強活性を評価した.その結果,cyslabdan 共存下では,imipenemのMIC値が0.015
μ
g/mLまで低 下し,imipenemの抗MRSA活性を1,067倍にまで増強 させることが明らかとなった(2).一方,cyslabdan Bと Cのimipenem活性増強作用は,それぞれ128倍と533倍であった.したがって,側鎖 -アセチルシステイン残 基のカルボキシル基の修飾は活性にほとんど影響しない こと,またジテルペンの側鎖ジメチル基部分は活性に重 要であることが理解された.
そこで次に,cyslabdanが
β
-lactam薬とは異なる作用 機構を有する抗生物質(streptomycin, vancomycin, tet- racyclineやciprofloxacin)の抗MRSA活性に対しても影 響するのか興味がもたれた.しかしながら,cyslabdan はこれら抗生物質に対する活性増強作用は認められな かった.そこで,さまざまなβ
-lactam薬(penam系,cephem系やcarbapenem系)に対する活性増強作用を調 べたところ,cyslabdanはcarbapenem系の薬剤(imipe- nem, biapenem, panipenemやmeropenem)の抗MRSA 活性を強く増強することが明らかとなった(表1).
さらに,cyslabdanが薬剤感受性菌であるMSSA株
(methicillin-susceptible ) や 種 々 のMRSA株 に対して,同様にimipenemの活性増強作用を示すかど うか明らかにすることにした.検定菌としては,臨床分 離株であるMRSA(22株)とMSSA(5株)を使用し,
寒天平板法を用いてcyslabdan存在下(両菌の生育に影 響しない濃度20
μ
g/mL)と非存在下において,各菌に 対するimipenemのMIC値を測定し,ポピュレーション 解析することで行った.その結果,imipenem自身のMIC 値の範囲は,32 〜64μ
g/mLであり,MIC50値は32μ
g/mL と算出されたのに対し,cyslabdanの共存下では,imi- penemのMIC値 の 範 囲 は,0.03〜64μ
g/mLで あ り,MIC50値は0.25
μ
g/mLと算出された.したがって,cys- labdanは,ほとんどのMRSA株に対し,imipenemに対 する感受性を128倍にまで高めることが明らかとなっ た.一方,MSSAに対しては,cyslabdanの共存下にお表1■Cyslabdanの存在下と非存在下におけるβ-lactam薬のMRSAに対するMIC値
β-Lactam MIC(μg/mL)
増強の割合**(−/+)
非添加 +Cyslabdan添加*
カルバペネム
Imipenem 16 0.015 1067
Biapenem 16 0.03 533
Panipenem 16 0.015 1067
Meropenem 16 0.125 128
ペナム Benzylpenicillin 128 16 8
Ampicillin 256 16 16
Cloxacillin 512 16 32
セフェム
Cefazolin 64 8 8
Cephalexin 1024 256 4
Cefmetazole 128 4 32
Cefotaxime 1024 64 16
*Cyslabdanは,10 μg/mL濃度の条件下で評価している.
**増強の割合は,化合物非存在下におけるMIC値を化合物存在下におけるMIC値で割ることで算出した.
いてもimipenemのMIC値の範囲0.015〜0.03
μ
g/mLお よびMIC50値0.03μ
g/mLは変化しなかったことから,cyslabdanはMRSAに対してのみ影響することが明らか となった.
これまで報告された
β
-lactam薬の活性増強剤 これまでにいくつかの研究グループから報告されてい るβ
-lactam薬の活性増強剤の構造を図4にまとめた.1995年に,Microcide社(米国)による合成ジテルペン 化合物MC-200,616(10)が初めて報告された.つづいて 1999年にPaulら(ニュージーランド)が植物由来のジ テルペンtotarol(11)を報告し,そして2000 〜2001年にか け土屋ら(日本)は数種の植物由来ポリフェノール
(epigallocatechin gallate, corilagin や tellimagrandin
I)(12 〜 14)を報告した.その後,われわれの研究グルー
プより,真菌由来の4環性キノンを基本構造とする stemphone類(15, 16)を,ついでcyslabdanや真菌由来の 芳香環を含むヘテロダイマー構造を有するxanthoradone 類(17)を発見した.2013年には,cyslabdan生産菌から cyslabdanとは基本構造の異なるnosokophic acidを新た に発見した(8).この間,2009年には,Merck社(米国)
より,high-throughputスクリーニングより発見したイ ンドールを基本構造とする合成剤DMPIやCDFIも報告 されている(18).
以上述べてきた
β
-lactam薬の活性増強剤の活性を表2 にまとめ比較した.なかでも,stemphone類,cyslabdan, xanthoradone 類,nosokophic acid, epigallocatechingallate, corilagin, tellimagrandin I, MC-200,616やtotarol は,256 〜 2,133倍までと非常に強い
β
-lactam薬の活性 増強作用を示すことがわかる.一方,DMPIとCDFIは,その増強活性が16倍程度でありとても弱い.さらに cyslabdanと 同 様 に,stemphone類,nosokophic acid, corilaginやtellimagrandin Iは,
β
-lactam以外の抗生物質 に対して,その活性を増強しないことが報告されている.作用機序の解析(19)
MRSAは,
β
-lactam薬に非感受性のトランスペプチ ダーゼ(PBP2′またはPBP2a)を耐性機序の一つとして 保有することはよく知られている.上述したepigallo- catechin gallate, corilagin, tellimagrandin I や MC- 200,616はPBP2′に対する阻害作用(10, 20)が,またtotarol はPBP2′発現の阻害作用(11)が知られていた.さらに,DMPIやCDFIについては,遺伝学的な解析からSAV1754 をターゲットとし,細胞質からペリプラズム領域への lipid II輸送を阻害すると推定されていた(18).Cyslabdan は上述したMC-200,616と構造的に活性的にも多くの類 似点を有することから,cyslabdanもまたPBP2′に対す る影響が予想された.しかしながら,蛍光penicillinや 抗PBP2′抗体を用いた実験から,cyslabdanはPBP2′に 対する結合能,機能さらに発現量には影響していないこ とが確認された.
そこで,cyslabdanの作用機序を解析する別のアプロー チとして,MRSAの抽出タンパク質の中よりcyslabdan と親和性を示すタンパク質を同定し,それを糸口にして
図4■既存のβ-lactam薬の活性増 強剤の構造式
CH3
H3C CHH3OAc HO H3C
MC-200,616
O HO
OH
OH OH OH O O
OH OH OH
HO
OH OH OH HO
OH
O H2C
OH OH O O
O O
O
OH OH OH
Epigallocatechin gallate Corilagin
Totarol O
H3C CH3
CH3 CH3 OH CH3
OH HO HO HO HO
OH O CH2O
O OH
HO OH OH
O
OH OH
OH O
O O
O
O
Tellimagrandin I
Stemphones
Xanthoradones
O O H3C
CH3 HO
CH3 CH3 CH3
O O O O
CH3 CH3 CH3
O
O OH OH
H3C OMe
OH
H3C O
O OMe
NH
N H3C CH3
N F
NH
N H3C CH3 F
Cl
DMPI CDFI
Nosokophic acid
作用機序の解明を試みた. アセチルシステイン残基の カルボキシル基が活性に影響しないことに着目し,この 部分をビオチン化した誘導体を合成した(図5).この ビオチン化誘導体は幸運なことにもcysabdanと同等の imipenem活性増強作用を保持していた.そこでこのビオ チン化誘導体をアビジンビーズに固定化した後,MRSA 由来の抽出タンパク質を混合し,吸着しないタンパク質 を洗浄により除去し,最終的に,cyslabdan結合タンパ ク質をビーズから回収し,SDS-PAGEで分析した.単 にアビジンビーズに吸着するタンパク質との比較から,
cyslabdanに特異的に結合するタンパク質として約50 kDa 付近に再現性良く検出されるバンドを確認した(図6). このバンドを切り出し,トリプシンで消化後,生じたペ プチド断片をLC-MS/MSで解析した結果,本タンパク 質をSAR1388と同定した.さらに本タンパク質を大腸
菌を宿主として発現させ調製した組換えタンパク質との 結合実験から,cysalabdanはSAR1388と結合すること を確認した.また,競合実験の結果からも,このタンパ ク質はimipenem活性増強を示さないcyslabdan誘導体
(図7(A))とは結合性を示さないことが確認された(図 7).以上の結果は,本タンパク質がcyslabdanの標的タ ンパク質であることを強く支持した.
表2■β-Lactam薬の活性増強剤の活性まとめ
化合物名 基本構造 由来
β-Lactam薬の活性増強作用*
β-Lactam MIC(μg/mL)of β-lactam 増強の割合 引用文献
(倍)**
未添加 +化合物添加
MC-200,616 ジテルペン 合成 Imipenem 32 0.03 1,067 [10]
Totarol ジテルペン 植物
(Totara tree) Methicillin 1,024 4 256 [11]
Epigallocatechin
gallate ポリフェノール 植物
(Tea) Imipenem 128 0.5 256 [12]
Corilagin ポリフェノール 植物
( ) Imipenem 64 0.03 2,133 [13]
Tellimagrandin I ポリフェノール 植物
( L.) Oxacillin 512 1 512 [14]
Stemphones 四環性キノン 真菌
( sp. FKI-2136) Imipenem 16 0.03 533 [15, 16]
Cyslabdan ジテルペン 放線菌
( sp. K04-0144)Imipenem 16 0.015 1,067 [1‒3]
Xanthoradones 芳香環を含む 真菌
( FKI-3765-2) Imipenem 16 0.03 533 [17]
Nosokophic acid ホスホグリコリピッド 放線菌
( sp. K04-0144)Imipenem 16 0.03 533 [8]
DMPI インドール 合成 Imipenem 32 2 16 [18]
CDFI インドール 合成 Imipenem 32 2 16 [18]
*1/4 MIC濃度の化合物の存在下と非存在下におけるMRSAに対するMIC値を示す.
**増強の割合は,化合物非存在下におけるMIC値を化合物存在下におけるMIC値で割ることで算出した.
図6■Cyslabdan結合タンパク質の同定
H3C CH3 CH3
OH S
HN CH3 OH
HN O O CH2
CH3
H
H
O O
HN O
S NH HN
O
H H
図5■Cyslabdanのビオチン化誘導体
SAR1388の機能について,これまでの知見を調べた ところ,cyslabdanの生物活性とも関連性の高い機能を 有することがわかった.すなわち,SAR1388はfactor essential for expression of methicillin-resistance A
(FemA)と呼ばれ,黄色ブドウ球菌の細胞壁peptido- glycanの生合成にかかわる酵素であった(21〜24).黄色ブ ドウ球菌のpeptidoglycanは,そのムレインモノマー間 に,5分子のグリシン残基が連結したペンタグリシンに よるブリッジ構造をもつユニークな特徴を有し,このブ リッジ形成に4種の酵素(FemX, FemA, FemBそして PBP)がかかわることが知られる(21, 22).まずFemXの 働きにより,ムレインモノマーのL-リシン残基から1番 目のグリシン残基が付加される.つづいて,FemAの働 きにより,2番目と3番目のグリシン残基が付加され,
さらにFemBの働きにより4番目と5番目のグリシン残 基が付加される.そして最終的に,PBPおよびPBP2 により,末端の5番目のグリシン残基と隣のムレインモ ノマーのD-アラニン残基とが架橋されることでpeptido-
glycanが作られる.このようにFemAは,黄色ブドウ 球菌のpeptidoglycan中のペンタグリシン形成のために 大切な酵素である.さらに遺伝的解析から,FemA遺伝 子の欠失によって,MRSA株の
β
-lactam薬に対する感 受性が回復するという報告もされていた(22, 24).そ こ で,実 際 にcyslabdanがMRSA細 胞 壁peptido- glycanの生合成に影響するかどうかに興味がもたれた.
de Jongeらの方法(25)に従い,cyslabdan処理したMRSA からpeptidoglycanを抽出し,その組成をHPLCを用い て分析したところ,2種(ピークIとII)のムレイン単量 体が蓄積していることが明らかとなり,これらをESI-MS で解析したところ,それぞれをグリシン未置換のムレイ ンモノマーとモノグリシルムレインモノマーと決定した
(図8).一方,グリシン残基が3分子結合したトリグリ シルムレインモノマーは,いずれのピークからも検出さ れなかった.このpeptidoglycanの分析結果は,以前に 報告されているFemA遺伝子を欠損させたMRSA株に おけるpeptidoglycan組成の結果(23)ともよく相関してお り,cyslabdanがFemAを阻害していることと矛盾しな い.そこでさらに,cyslabdanがFemAの酵素活性を阻 害するかどうかを明らかにすることにした.Sahlらの 研究グループ(University of Bonn,ドイツ)はFem酵 素群の評価系(26)を構築している.FemA活性の測定は,
モノグリシルlipid IIを基質とし,グリシン放射標識体,
glycyl-tRNA-synthetaseおよびtRNAの存在下で精製し た組換えFemAタンパク質を反応させた後,生成物であ るトリグリシルlipid IIをTLCで分離し,その放射活性 を測定することで行った.彼らとの共同研究により,
cyslabdan(0.8 mM)においてFemAの活性(モノグリ シルlipid IIからトリグリシルlipid IIへの変換反応)を 図7■Cyslabdanおよびその非活性体を用いたSAR1388との競
合実験
(A)Cyslabdan非活性体の構造式.(B)競合剤の存在下と非存在 下におけるcyslabdan固定化ビーズとSAR1388との結合解析.
Cyslabdanの存在下では,SAR1388との結合が阻止されたのに対 し,非活性体の存在下では,その結合は阻止されなかった.
図8■CyslabdanのMRSA pepti- doglycan組成に与える影響
(A)HPLC に よ る MRSA peptido- glycan組成の解析.Cyslabdan処理 したMRSA peptidoglycanにおいて,
ムレイン単量体の領域においてピー ク1と2の 蓄 積 が 観 察 さ れ た.(B)
ESI-MS解析により同定したムロペ プチド構造.
Gly
(Gly)5
ピーク1 ピーク2
Gly
(Gly)5
ピーク1 ピーク2
80%阻害するのに対して,関連酵素であるFemX (lipid IIから,モノグリシルlipid IIへの変換)およびFemB
(トリグリシルlipid IIからペンタグリシルlipid IIへの変 換)の活性を全く阻害しないことが明らかとなった.以 上の結果に基づき,cyslabdanは,FemAに結合し,その 酵素活性を阻害することでMRSA細胞壁peptidoglycan の生合成に影響すると結論した.
以上の実験事実をもとに,cysladanのimipenem活性 増強の機構について考察したい.現在考えられる作業仮 説を図9に示す.すなわち,imipenemのみの存在下
(PBPは阻害されている条件)で,MRSAは生育できる 事実は,imipenem低親和性のPBP2′の働きによりペン タグリシルムレインモノマーを架橋し,peptidoglycan を生成していると考えられる.また,cyslabdanのみの 存在下においてもMRSAは生育できることから,FemA 阻害下で生じるモノグリシルムレインモノマーをPBP またはPBP2′が架橋できると推定される.しかしながら,
cyslabdanとimipenemの共存下では,MRSAは生育でき ないことから,モノグリシルムレインモノマーをPBP2′ が架橋することができず,peptidoglycan生成が妨げら れMRSAを死に至らしめると考えられる.
このようにPBPは側鎖のグリシン鎖の長さを問わず ムレインモノマーを架橋できるのに対し,PBP2′はペン タグリシル(あるいはトリグリシルの可能性もある)ム レインモノマーしか架橋できないものと推測される.今 後この点を検証することで,本仮説が正しいことを立証 することができると考えている.これによりMRSA耐 性機構に関する新たな知見を得ることにもつながること
を期待している.
おわりに
近年,新しいタイプの抗細菌薬を開発するための一つ のアイデアとして,非抗生物質(それ自身は殺菌作用を もたないが,代わりに別の作用により抗細菌作用を発揮 する化合物)からのアプローチが注目されている(27, 28). たとえば,細菌が有する病原性因子や宿主感染を成立さ せるための因子を阻害する化合物がこれに該当する.興 味深いことに,cyslabdanもまた非抗生物質と同じ特徴 をもつ化合物である.Cyslabdanは,特異な作用として,
imipenemと組み合わせることで抗MRSA活性を発揮す るのにもかかわらず,MRSAをはじめグラム陽性細菌・
陰性細菌やカビなどの種々の微生物に対し抗菌活性をほ とんど示さないという特徴をもつ.実際に,これまでの バイオインフォマティクスや遺伝学的な研究により,そ のターゲットであるFemAは黄色ブドウ球菌に特有な 細胞壁合成酵素であること,また本酵素の遺伝子欠失が 菌に対して致死性に働かないことがわかっており(19), これらの知見はcyslabdanが非抗生物質として作用する 一つの根拠を科学的に説明している.
近年になり,臨床分離株を用いた遺伝学的な研究から,
FemAがMRSAにおいてPBP2′による
β
-lactam薬の耐 性度を決定する重要な因子であることが報告されるよう になった(29, 30).Cyslabdanは,FemAを選択的に阻害す る初めての低分子化合物であり,MRSA細胞壁合成のみ ならずMRSA耐性機構を解析するための研究ツールと 図9■CyslabdanのMRSAに 対 す るimipenem活性増強機構の仮説して,さらには既存薬とは異なるタイプの抗MRSA剤 の薬剤開発の新たなリードとしての発展が期待される.
今後,構造活性相関研究による化学構造の最適化,そし てマウスモデルを用いた感染実験による有効性の評価に 加え,タンパク質との共結晶解析による結合様式の解明 などの研究をほかのグループと共同で進めることを計画 しており,これらの研究によりcyslabdanからの創薬研 究に新たな進展をもたらすことができればと期待してい る.
謝辞:本研究は,上原記念生命科学財団「第7回特定研究助成金」(代表 者:供田 洋),科学研究費補助金基盤研究B 21310146(代表者:供田 洋)および若手研究B 23790020(代表者:小山信裕)の助成のもとで実 施された研究成果の一部である.また,本研究を通して北里大学北里生 命研究所の皆様はじめ非常に多くの方々のご協力をいただき達成された ものである.論文での共著者の皆様はもちろん,実験をともにした研究 室の学生の皆様にも心より感謝する.
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プロフィル
小山 信裕(Nobuhiro KOYAMA)
<略歴>2002年北里大学大学院薬学研究 科修士課程修了/2002年メルシャン株式 会社研究員/2003年北里大学北里生命科 学 研 究 所COE研 究 員/2006年 同 大 学 薬 学 部 助 手/2007年 同 大 学 助 教/2013年 University of California, San Diegoに研究 留学中である.2009年に,北里大学薬学 部において,博士(薬学)を論文審査にて 取得した<研究テーマと抱負>抗生物質を 用いたケミカルバイオロジー<趣味>サッ カー観戦,ドライブ
供 田 洋(Hiroshi TOMODA)
<略歴>1983年東京大学大学院薬学系研 究科博士課程修了/1983 〜 1991年北里研 究所研究員(この間1987年7月〜1989年2 月ジョンズホプキンス大学博士研究員)/
1991年同研究所主任研究員,同研究所生 物機能研究所副所長/2001年北里大学北 里生命科学研究所感染制御科学府教授/
2005年同大学薬学部微生物薬品製造学教 室教授<研究テーマと抱負>微生物は環境 の変化とともに依然として多様な低分子化 合物を生産している.しかし,このような 日本で世界をリードしてきた領域研究が企 業のみならず研究所や大学でも減少してい る.私は微力ながら大学から微生物由来低 分子化合物の重要性を証明していきたいと 思っている<趣味>テニス