化合物半導体と聞いて何を想像するだろう? バイオ研究者 にとってはなかなかなじみのない言葉かもしれないが,おお よそ導体と絶縁体の中間的な物質のことを半導体と呼んでい る.近 年 の 情 報 化 社 会 を 支 え て い る ス マ ー ト フ ォ ン,テ レ ビ,車,洗濯機,エアコンなどの電子機器はもちろん,新幹 線,ロケット,宇宙ステーションほとんどの電化製品のなか に半導体素子が存在している.このような半導体素子は無機 物でできているため,細胞やタンパク質などとは全く関係な いように思えるが,実は多くの生物がさまざまな無機物を戦 略的に利用しながら生存している.本稿では生体分子の機能 を活用したバイオマテリアルの作製と利用について述べる.
半導体の種類と特徴
一口に半導体物質といっても多種多様であるが,材料 から分類すると大きく3つに分けられる.
・元素半導体;単一無機元素からなるもの(シリコン
(Si)など)
・有機物半導体;有機物からなるもの(ペンタセン,ア
ントラセンなど)
・化合物半導体;化合物からなるもの(CdSeなど)
シリコン(Si)は地球上の地殻に非常に豊富に存在す る元素であり価格も安定で取り扱いも簡単なので,現在 の半導体素子の多くはシリコン系半導体である.また,
有機物半導体は近年,注目されている有機ELディスプ レイなどに用いられている半導体で,色彩の鮮やかさと フレキシブル化が可能なことや製造コストが安いなどの メリットがある.また化合物半導体は周期表でIIから VI族の組み合わせで形成されるものが多くII‒VI族化合 物半導体やIII‒V族化合物半導体などが存在する.さら に3種類以上の物質からなる三元系の半導体もある.こ れらはスマートフォンやモニター,テレビなどの液晶で 話 題 と な っ て い る 高 性 能 液 晶(IGZO) や 太 陽 電 池
(CIGS)などに用いられている.IGZOはインジウム,
ガリウム,酸化亜鉛(InGaZnO)からなる化合物(酸 化 物) 半 導 体 で あ る.CIGSは 銅(Cu)
,イ ン ジ ウ ム
(In)
,ガリウム(Ga) ,セレン(Se)からなる化合物半
導体であり,非常に丈夫で光変換効率も高いので人工衛 星などの高性能太陽光パネルや砂漠地帯における大規模 発電などに利用されている.また数年前にノーベル賞で Synthesis and Application of Compound Semiconductor NPs byUsing Bio-mineralization and Bio-template
Kenji IWAHORI, 科学技術振興機構さきがけ専任研究者, 奈良先 端科学技術大学院大学物質創成科学研究科
バイオミネラリゼーションを利用し た化合物半導体材料の合成と利用
タンパク質で電子デバイスをつくる!
岩堀健治
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
【解説】
話題となった青色発光ダイオード(LED)は窒化ガリ ウム(GaN)にインジウム(In)を少量混ぜた,InGaN の化合物半導体である.Inを少量添加することでバン ドギャップを変化させ青色発光を誘導している.このよ うに半導体にはいろいろな種類があり,その性質や特性 を生かして最適なものが利用されている.
半導体ナノ粒子の作製方法とバイオミネラリゼー ション
さらに半導体はナノ粒子化することで,表面積の増大 による触媒活性の上昇や粒子径による蛍光発光変化(サ イズ効果)などの特徴も現れるため,ナノ粒子の作製研 究が盛んに行われている.すでに一分子計測用の蛍光 マーカーや遺伝子標識剤として市販されているものもあ る.これらの半導体ナノ粒子は主に,物理学的方法,化 学的方法,生物学的方法の3つの方法で作製されている
が,それぞれの方法にはメリットとデメリットが存在 し,目的,使用量,精度,特質などでベストな作製方法 が選択される.最も研究され実用化されているのは化学 的方法である(1)
.代表的なコア‒シェル法では大量かつ
ある程度精度の良い化合物半導体ナノ粒子を大量に生産 することが可能である.一方,われわれが行っている生物学的方法(バイオテ ンプレート法)による化合物半導体ナノ粒子の作製は,
イギリスのMann博士らのグループにより約30年前に 始まったものであり(2)
,内部空洞を保持する球殻状のウ
イルスやタンパク質をテンプレートとし,空洞内部に目 的金属イオンを導入後,バイオミネラリゼーションによ る酸化還元によりナノ粒子を自発的,自己組織化的に作 製する方法である(図1
).バイオミネラリゼーション
とは生体鉱物形成作用のことを言い,この結果生成した 鉱物をバイオミネラルと言う.このバイオミネラルは実 フェリチンは直径12 nm内部に7 nmの空洞がある球状タンパク質であり,細菌から藻類,植物,哺乳 類まで多くの生物に存在している.われわれヒトの 体内にも存在し,生体鉱物形成作用(バイオミネラリ ゼーション)という能力で二価鉄を酸化鉄にして空洞 内に貯蔵することで生体内の二価鉄の濃度を調整し ている.そして体内の鉄イオンが減少すると貯蔵し た鉄を還元し二価鉄にして体内に再供給するため,
フェリチンの貯蔵鉄の減少は貧血と関連しており貧 血検査では必須のタンパク質となっている.
フェリチンがもつバイオミネラリゼーション能力 はなにも特別なものではなく自然界ではよく見られ る.たとえば,貝殻やウニの殻は炭酸カルシウムが,
ヒトの骨や歯はハイドロキシアパタイトがバイオミ ネラリゼーションした結果である.また真珠は炭酸 カルシウムとコンキオリンなどのタンパク質が層状 構造になっている最も美しいバイオミネラリゼー ションの一つである.
このフェリチンの形状と能力を上手に利用すると,
さまざまな化合物半導体粒子を作製することができ る.二価鉄イオンの代わりに化合物半導体を形成す
るイオンを用いて,フェリチンのバイオミネラリ ゼーションにより粒子をつくってもらうのである.
半導体は条件によって電気を通したり,通さなかっ たりする物質のことであるが,特に半導体の中でも 無機物質の化合物からなるものを化合物半導体と言 う.たとえばCdSe (セレン化カドミウム)やGaAs
(ヒ化ガリウム)などは太陽電池や電子材料に使われ ており,現代社会にはなくてはならない材料である.
このような化合物半導体はいろいろな方法で作製さ れているが,フェリチンを用いて作製すると多くのメ リットがある.たとえば,外側にタンパク質の殻がある ので,直径7 nmの均一な粒子がたくさんできる.これ はたこ焼き器でたこやきをつくるのと同じである(下 図).化合物半導体粒子の応用にはきちんとサイズを そろえることが最も重要となるため大きなメリットで ある.またイオンの組み合わせを変えれば,多種類の 化合物半導体粒子がビーカーに材料とフェリチンを添 加して混ぜるだけで簡単に作製できるのである.
元々,フェリチンは生体内では二価鉄イオンをミ ネラリゼーションにより酸化鉄にしてため込む役割 をしている.この太古の昔より連綿と続いてきたタ ンパク質の機能をわれわれはちょっとだけ借りて産 業に利用する粒子をつくっている.
図■フェリチンのバイオミネラリゼー ションによる CdSe 粒子の作製
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コ ラ ム
は至る所で観察される.たとえば,真珠の美しい光沢は 炭酸カルシウムとタンパク質の積層構造からなるバイオ ミネラルに由来し(3)
,われわれの骨や歯もバイオミネラ
リゼーションによって形成される.またヨーロッパの地 中海沿岸によく見られる白亜の断崖絶壁は,炭酸カルシ ウムなどでできた円石と呼ばれるバイオミネラルを外殻 にまとっている円石藻という藻類が長い年月をかけて降 り積もった結果形成されたものである(4).
われわれのバイオテンプレート法は,
・粒子がタンパク質外殻以上にならないので均一で精度
良いナノ粒子が作製できる・遺伝子工学によりタンパク質殻の外部,内部に修飾基
を導入でき改良しやすい・常温,常圧の水溶液中で作製ができ,環境にやさしく
誰でも簡単に可能であるなど多くのメリットがある.
タンパク質による化合物半導体の作製
われわれはこのようなメリットを最大限に生かしつつ 応用展開を視野に入れて化合物半導体ナノ粒子を作製し ている.現在,世界中で利用されているタンパク質テン プレートはフェリチンタンパク質(5)
,TMV(タバコモ
ザイクウイルス)(6),Dps(DNA binding protein from
starved cell)(7),CCMV(ササゲクロロモットルウイル
ス)(8)などの球殻状およびロッド状タンパク質である.これらのタンパク質は内部空洞をもち,遺伝子配列が明 確であり,さらにバイオミネラリゼーションのメカニズ ム解明も進められているものである.以下,最も研究が 進んでおりわれわれも利用しているフェリチンを中心に 説明する.
1. フェリチンタンパク質
フェリチンタンパク質は細菌から哺乳類まで多くの生 物に普遍的に存在する鉄貯蔵タンパク質の一つである
(図1A)
.われわれ人間の体内にも存在しており,体内
の鉄イオンが過剰になると内部空洞に蓄積し,鉄イオン が不足するとトランスフェリチンと呼ばれるタンパク質 と協同して酸化鉄を二価鉄に還元し体内に放出し鉄濃度 を一定に保つ働きをしている.体内の鉄イオンの約 30%以上はこのフェリチンに蓄積されていると言われ,貧血検査ではおなじみのタンパク質である(5)
.このフェ
リチンタンパク質はヒトのほか,ウマ,ラットさらにダ イズ(9)やトウモロコシ(10),ラン藻
(11),ケイ藻
(12)また,近年胃がんの原因として有名となった細菌のヘリコバク ターピロリ(9)など多くの生物に存在しているが,その基 本構造と機能はほとんど共通である(図
2
).たとえば,
馬の肝臓由来のフェリチンタンパク質は1本のポリペプ チド鎖から形成される分子量約20,000のサブユニットが 非共有結合で24個集合した(24量体)球殻状タンパク 質であり,直径は12 nmで直径7 nmの空洞をもつ.こ の空洞に1フェリチン分子あたり約4,500個の鉄をフェ リハイドライト(5Fe2O3
・9H
2O)結晶の形で貯蔵する ことができる(5)(図1B).また鉄イオンと同様にカチオ
ンは溶液条件の検討を行えば比較的簡単に任意のナノ粒 子を作製することができるため,世界中でフェリチン内 部に多くのナノ粒子が作製されてきた.われわれも現在 までにフェリチンを用いて15種類以上のナノ粒子を空洞 内に作製している.これらの二価カチオンをはじめとす る金属や金属酸化物ナノ粒子の作製方法については多く の参考文献があるのでそれを参照していただきたい(13).
2. フェリチンタンパク質を用いた化合物半導体ナノ粒 子の作製
一方,バイオテンプレートによる化合物半導体ナノ粒 子の作製については,1990年に報告されたCdSナノ粒子 の作製が最初である(14)
.われわれは将来的な産業利用も
視野に入れCdSeやZnSeなどの化合物半導体ナノ粒子の 作製を中心に,一溶液中でのone-pod大量合成を行って きた.フェリチン内部にこれらの化合物半導体ナノ粒子 図1■ウマ由来フェリチンとリステリアDpsの模 式図(A)とバイオミネラリゼーション機構の モデル図(B)哺乳類由来のフェリチンは直径12 nmで24個のサブ ユニットからなっており,一方,細菌由来のDps は直径約9 nmで12個のサブユニットからなる(A). また,二価鉄イオンは3回対称チャネルから空洞 内部に入りバイオミネラリゼーションによって酸 化鉄になり不溶化することでナノ粒子コアを形成 する(B).
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の作製をone-podで行う場合,プラス電荷イオン(Cd2+, Zn2+)とマイナス電荷イオン(S2−, Se2−)を反応溶液に 添加するとCdSeやZnSeのバルク沈殿を誘発するため フェリチン内部にナノ粒子を形成することができない.
そこで,われわれは反応溶液中に過剰のアンモニウムイ オンを添加しCd2+やZn2+をテトラアンミン鎖体にする ことで,プラス電荷イオンを保護しバルク沈殿を押さえ ながらゆっくり粒子形成を行うSlow Chemical Reaction System(SCRY) を 開 発 し た(15)(図
3
A).
た と え ばCdSeナノ粒子の作製は1 mM酢酸カドミウムと0.3 mg/
mLウ マ 由 来 ア ポ フ ェ リ チ ン,5 mMア ン モ ニ ア 水,
40 mM酢酸アンモニウムを添加した溶液に5 mMセレノ ウレアを添加し溶液をpH 8.0に調整後,一晩室温で反 応させる.一晩放置後に得られる褐色の溶液を遠心分離 後,透過型電子顕微鏡(TEM)で観察すると図3Bのよ うなきれいなCdSeナノ粒子を観察することができる(16)
.
作製したナノ粒子はX線光電子分光(XPS)とX線回折 解析(XRD)により,
cubicとhexagonal crystal相のCdSe 図3■Slow Chemical Reaction System(SCRY)の原理(A)とフェリチン内部に作製された種々の化合物半導体ナノ粒子の電子 顕微鏡写真(B)CdSeナノ粒子作製溶液中にアンモニアを添加しないとカドミウムイオンとセレニウムイオンがすばやく反応し,溶液中にCdSeの沈殿を形 成するためアポフェリチン空洞内部にCdSeのコアを形成できない(A, a).しかし,過剰のアンモニウムイオン添加によりテトラアンミン カドミウム鎖体が形成され,カドミウムイオンが保護されることによりセレニウムイオンとゆっくり反応するために溶液中にCdSeの沈殿 は形成されず,アポフェリチン空洞内部に優先的にCdSeナノ粒子が形成する(A, b).フェリチン内部にはさまざまな化合物半導体ナノ粒 子を作製可能である.外側の白く見える部分がタンパク質の外殻で,内側の黒いドット部分がナノ粒子部分である.LisDpsは細菌である リステリア由来のDpsである(B).
図2■さまざまなフェリチンの立体構造モ デル
フェリチンタンパク質はさまざまな生物種に 存在している.ほとんどが直径12 nmで24個 のサブユニットからなっており,3回対称 チャネルと4回対称チャネルという2種類の チャネルを保持している.
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の多結晶体であると示された.なお,このCdSe多結晶 コアは約500 Cの不活性ガス中での熱処理により単結晶 ナノ粒子にすることも可能である(16)
.
このSCRY法がブレークスルーとなり,現在までに反 応溶液条件の検討を行うことでCdSe(16)
,
ZnSe(15),
CdS(17),
ZnS, CuS(18),Au
2S(19),ZnO
(20)などの化合物半導体ナノ 粒子の作製に成功しており,本法はフェリチンにおける 化合物半導体ナノ粒子作製に対して非常に汎用性が高い 方法であることが実証されている(図3B).これらの化
合物半導体はそれぞれバンドギャップが異なるため使用 用途が異なり,発光する際の波長つまり蛍光色も異なる ためさまざまな工学的利用が可能である.特にCdSと ZnSナノ粒子に関してはUV光照射により,赤色および 青色の欠陥格子発光と思われる蛍光発光が確認されてお り,現在,さまざまな応用研究が進められている.また,細菌由来の直径9 nm内部空洞直径4.5 nmのフェ リチン様小型球殻状タンパク質であるリステリアDps
(リステリアDps)の内部にもSCRYによるCdSナノ粒 子作製に成功している(21)
.作製されたナノ粒子は直径
4.2 nm(±0.4 nm)の非常に直径がそろったものであり,XRD分析よりCdSのcubic crystalであることが確認さ れている.また,350 nmの励起波長の照射によって赤色 蛍光発光が観察されており,これはDpsを用いて化合 物半導体ナノ粒子を作製した初めての報告例である(21)
.
3. ウマ由来フェリチンにおける化合物半導体ナノ粒子 形成メカニズム
フェリチンには3回対称チャネルと4回対称チャネル と呼ばれている2種類のチャネルが存在する.このうち 3回対称チャネルは直径0.2〜0.3 nmで負電荷アミノ酸で あるグルタミン酸とアスパラギン酸から構成されており
二価鉄などの正電荷イオンを取り込みやすい構造になっ ている(図
4
A).また内部空洞表面には二価鉄を酸化す
るferrooxidase活性部位や結晶を作製する際の足場であ る核形成部位(nucleation site)が存在する(図4B).
われわれはこれらの部分を遺伝子変異させた数々のリコ ンビナントウマ由来フェリチンを用いてZnSeナノ粒子 形成機構の解明を行った(15).
まず,3回対称チャネル部分のグルタミン酸(E134S)
やアスパラギン酸(D131S)をセリンに変えたFer8S フェリチンではZnSeの粒子ができにくいことよりZn2+
はすでに明らかになっている二価鉄の場合とほぼ同じよ うに3回対称チャネル部分を通して空洞内部に流入する ことが示唆された.またnucleation site部分のグルタミ ン酸(E58K, E61K, E64K)をリジンに変えたFer8AK フェリチンのナノ粒子形成率が13.6%に激減したため Zn2+もFe2+と同様にnucleation siteに結合し,結晶核 形成の足場にしていることがわかった.さらに,反応溶 液中に先にSe2−を入れ次にZn2+を添加した場合ZnSe ナノ粒子が全く形成されないので,空洞内部へはZn2+
が先に導入され,その後Se2−が入ることが明らかに なった.つまりまとめるとZnSeナノ粒子形成機構は Zn2+が3回対称チャネルを通過し,内部空洞表面に存在 するnucleation siteに結合する.その後,空洞内部の電 位変化によりSe2−が内部に流入しZnと結合することで 小さなZnSeの結晶核を形成し,その後結晶成長がタン パク質殻いっぱいまで進むことで直径7 nmのZnSeナノ 粒子が形成すると考えられる.同じSCRY法によって作 製可能なほかの化合物半導体ナノ粒子に関してもおおよ そ同じ機構で形成されていると考えているが,Se2−の 詳細な流入経路やDpsにおけるミネラリゼーション機 構などはまだまだ未知の部分もあるため,引き続き機構 図4■フェリチン内部におけるCdSeナノ粒 子形成機構のモデル図と3回対称チャネル
(A),nucleation site(B)およびCdSeナノ 粒子の電子顕微鏡写真(C)
Cd2+は3回対称チャネルより内部空洞に流入 し内側のnucleation siteに結合してここから CdSeの核形成を行いCdSeナノ粒子を形成す る.3回対称チャネルおよび nucleation siteに はグルタミン酸とアスパラギン酸が集まって いる.反応開始12時間後のCdSe‒フェリチン を電子顕微鏡で観察すると中心部が白色にで あり空洞が残存している様子が観察されるた め,空洞内部表面から結晶成長していること が示唆される.
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解明を進めている.
4. 新型フェリチンにおけるバイオミネラリゼーション 機構解明とCdSeナノ粒子作製
2009年に世界で初めて,海洋性のケイ藻(
)から新規のフェリチンが単離さ れた(12)
.このケイ藻は貧鉄海洋域と呼ばれている鉄イ
オン濃度が極端に低い海洋から単離されたケイ藻で,ウ マ由来フェリチンの1/500以下の低濃度の鉄を利用する ことができる.われわれはこのケイ藻由来フェリチンを 利用した極低濃度の有用金属イオン回収とバイオマテリ アル作製を目指し研究を進めている.まず,海洋性ケイ 藻由来のフェリチン遺伝子を大腸菌にクローニングし,温度制御を伴った大量培養法と精製方法を構築すること でケイ藻由来フェリチンの大量合成に成功し3 Lの培養 で100 mg以上の精製リコンビナントケイ藻由来フェリ チン(FerA)を取得することが可能となった.この FerAのferrooxidase centerや空洞内部構造をウマ由来 フェリチンのものと比較するとグルタミン酸やアスパラ ギン酸といった負電荷アミノ酸が非常に多い構造となっ ており,これが低濃度二価鉄イオンの取り込みに影響を 与えていることが考えられた.そこで精製したケイ藻由 来フェリチンとウマ由来フェリチンの鉄酸化活性(fer- roxidase活性)を比較すると3倍以上の違いがあること が明らかになった.
このような構造を持つケイ藻由来フェリチンは低濃度 二価鉄イオンのみならず,低濃度カチオンの取り込みに 非常に特化したフェリチンに進化しているのではないか と考え,われわれはさらにこのFerAの外殻に存在する システイン残基を除去することでCdイオンの結合を抑 えたFerA‒dCysリコンビナントフェリチンを作製し,
環境汚染物質であるが半導体材料としては非常に重要な カドミウムイオン(Cd)低濃度の取り込みとCdSeナノ 粒子の作製を試みた.その結果,ウマ由来のフェリチン 場合1 mMのCdイオン存在下でCdSeナノ粒子を作製し ていたが(16)
,FerAはウマ由来フェリチンの1/50以下の
0.02 mMという低濃度CdイオンでもCdSeナノ粒子を作 製が可能であることを明らかになった(22).現在,ケイ
藻由来フェリチンの詳細なCdイオン取り込み機構と CdSeナノ粒子形成機構の解明を行っており,今後,さ らにイオン取り込み能力を改良,強化することでCdイ オンのみならず環境中の低濃度有害金属の除去とバイオ ナノ粒子の作製の同時達成を目指して研究を進めていく 予定である.バイオ半導体粒子の利用
現在までにフェリチンを用いた30種類以上のナノ粒 子の作製が可能となっており,CdSe, ZnSe, CdS, ZnS, Au2S, PtSなど6種類以上の化合物半導体ナノ粒子も作 製できるようになっている(13)
.このように作製したバ
イオ半導体ナノ粒子の特徴を生かしたさまざまな応用展 開も行っている.ここでは最近のいくつかの試みを示し たいと思う.1. CdS‒バイオナノ粒子におけるCPL蛍光発光の利用
フェリチン内部にCdSナノ粒子を作製したCdS‒バイ オナノ粒子は波長 700 nm付近の赤色の蛍光発光が観察 される.この蛍光発光を詳細に検討した結果,CdS‒バ イオナノ粒子が円偏光蛍光発光(CPL)を発しているこ とが世界で初めて確認された(23)
.CPLというのは光の
振動方向が円を描くように変化する蛍光発光であり,高 輝度液晶ディスプレイ用の偏光光源,3次元ディスプレ イ,セキュリティーペイントや光通信などの高度な光情 報プロセシングへの応用が期待される.今まで,化学合 成法などでは円偏光性の蛍光発光が観察される化合物半 導体ナノ粒子を作製することが難しかったが,フェリチ ンの内部空洞を用いることで初めて円偏光を発する粒子 の作製に成功した.これは,フェリチン外殻がキラルな タンパク質テンプレートとしてナノ粒子作製に役立って いるためではないかと考えられ,タンパク質で作製した 化合物半導体ナノ粒子は一般的な化学合成のものとは異 なる性質を付与できる可能性を示している(23).この円
偏光性CdS‒バイオナノ粒子を利用して,現在,さまざ まな光デバイスへの応用展開を進めている.2. CdSe‒バイオナノ粒子の熱電素子への利用
ワイヤレスセンサーネットワークなどに使われる孤立 電子機器の電源として,人体を含む生活空間から出る微 小廃熱を利用した発電が進められている.人間一人が発 生する熱量は約100 Wと言われており,このような微少 な熱を効率的に電気に変える熱電素子の開発が進んでい る.奈良先端科学技術大学院大学の中村グループは,
カーボンナノチューブ(CNT)とCdSeナノ粒子を内包 したリステリアDps タンパク質を用いることでより効 率良い熱電素子の作製を行っている(図1)
.Dpsは疎
水性のCNTに結合しないが,Dps外殻にCNTに特異的 に結合するペプチドを修飾したCNTリコンビナント Dps(C-Dps)を作製し選択的にCNTに結合するように し,さらに内部にCdSeナノ粒子を作製した(C-Dps‒日本農芸化学会
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CdSe)
.炭素繊維であるCNTにはP型とN型が存在す
る がN型CNTにC-Dps‒CdSeを 結 合 さ せ る と,ゼ ー ベック効果(物体の温度差が電圧に直接変換される現 象)がさらに増強される可能性が示唆されており(24),
バイオ半導体ナノ粒子を用いたより効率の良い熱電素子 の開発が期待される.3. CuS‒バイオナノ粒子を利用したシステムオンパネ ル作製
シリコン(Si)薄膜やアモルファスシリコン(a-Si)
薄膜は現在,携帯電話,TV,パーソナルコンピュー ターなどのディスプレイ画面に利用されている.さらに 近年,多結晶ゲルマニウム(poly-Ge)でできた薄膜は 高い電子移動度が実現できるため大変注目されている.
この薄膜が低温で簡単に作製できれば,紙やプラスチッ クのように熱に弱いものにもCPUやメモリを低価格で 作製できるようになるため,プラスチックや紙製のパネ ル上にCPUやメモリが搭載したシートパソコンや使い 捨てデバイスといった次世代の柔らかいシステムオンパ ネルの実現が可能となる.そこで,フェリチン内部に作 製したCuS‒バイオナノ粒子をアモルファスゲルマニウ ム(a-Ge)薄膜表面に配置し,この部分を結晶成長の核 として熱処理することで大面積のpoly-Ge薄膜を簡単に 作製する方法の開発を行っている.これはMILC法と呼 ばれ,今まではニッケル(Ni)-バイオナノ粒子を用いて 結晶核形成をしていたが(25)
,CuS‒バイオナノ粒子を結
晶成長の核にすることで,今まで500 Cで作製していた poly-Ge薄膜を300 C以下の温度で作製することが可能 となった(26).現在,さらに温度を下げるべく研究を進
めている.そのほかにAu2S-バイオナノ粒子を用いたバイオセン サーやPtS‒バイオナノ粒子を用いた新型メモリである 抵抗変化メモリ(ReRAM)(27)あるいは,太陽電池作製 などへの応用展開も行っており,化合物半導体バイオナ ノ粒子の応用展開は電子デバイス分野を中心に,環境や 医療分野へも広がりつつある.
おわりに
われわれは球殻状タンパク質であるフェリチンタンパ ク質の形状とその特徴であるバイオミネラリゼーション 能力を有効に利用することで,空洞内部に多種多様なバ イオナノ粒子を作製し,さらにバイオ電子デバイス分野 への展開を行ってきた.現在,フェリチン以外のタンパ ク質も含めて世界中でこのような研究が積極的に進めら
れている.タンパク質がもつ特殊機能を有効活用するこ とで,今までの技術では作製が難しかった水溶液に分散 したり,CPL発光するといった新機能をもつ半導体材 料の作製が可能となり,さらにタンパク質‒化合物半導 体ナノ粒子をバイオマテリアル素材として,さまざまな デバイスに利用できるようになってきている.さらに,
近年では,ケイ藻由来フェリチンのように従来フェリチ ンの能力を凌駕しているものも発見され,われわれはこ の能力を用いて有害金属からの有用物質作製と環境浄化 の両立という環境分野への展開も始めている.自然界に はまだまだ不思議なタンパク質が数多く存在する.もと もとタンパク質と金属は切っても切れない関係であり,
太古の昔より生物の生存戦略を支えてきたものでもあ る.タンパク質のバイオミネラリゼーション能力を理解 しバイオとマテリアルの融合研究を行っていくことで,
現代の多くの問題を解決する新素材マテリアルを創成す ることができるのではないかと考えている.
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24) M. Ito, N. Okamoto, R. Abe, H. Kojima, R. Matsubara, I.
Yamashita & M. Nakamura: , 7, 065102 (2014).
25) H. Kirimura, Y. Uraoka, T. Fuyuki, M. Okuda & I. Yama- shita: , 86, 262106 (2005).
26) M. Uenuma, B. Zheng, K. Bundo, M. Horita, Y. Ishikawa, H. Watanabe, I. Yamashita & Y. Uraoka:
, 382, 31 (2013).
27) M. Uenuma, B. Zheng, K. Kawano, M. Horita, Y. Ishi- kawa, I. Yamashita & Y. Uraoka: , 100, 083105 (2012).
プロフィール
岩堀 健治(Kenji IWAHORI)
<略歴>2000年岡山大学自然科学研究科 博士課程修了/同年松下電器産業(Pana- sonic)(株)先端研究員制度研究員/2003 年科学技術振興機構(JST)CREST研究 員/2008年 同 機 構 さ き が け 専 任 研 究 者
(ナノシステム機能創発研究代表者)/2012 年同機構さきがけ専任研究者(藻類バイオ エネルギー研究代表者,現在に至る<研究 テーマと抱負>さまざまな形状や機能をも つ微生物やタンパク質の機能解明,新規探 索を行いながらバイオマテリアルやバイオ 新素材開発を行うとともに,作製したバイ オマテリアルを用いてバイオセンサーなど のバイオデバイスの作製を行っています.
また,最近ではバイオ,マテリアル,環境 を融合させることで環境浄化をしながらデ バイス作製を両立する環境バイオプロセス の構築を目指して研究を進めています<趣 味>お城巡り,ドライブ,魚釣り
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.166
日本農芸化学会