化学と生物 Vol. 51, No. 1, 2013
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本会名誉会員山田康之先生の文化勲章ご受章を祝して
秋晴れの2012年11月3日,日本農芸化学会名誉会員 山田康之先生は,栄えある文化勲章を受章されました.
日本農芸化学会の一員として,また,長年,ご指導をい ただいた者の一人として,1999年の文化功労者顕彰に 続くこのたびの文化勲章ご受章を,心よりお祝い申し上 げます.
日本学士院会員・京都大学名誉教授・奈良先端科学技 術大学院大学名誉教授山田康之先生は,1931年10月31 日大阪府に生まれ,1957年京都大学農学部農芸化学科 をご卒業後,同大学院農学研究科修士課程進学,1959 年修了,同年博士後期課程進学,1960年中途退学後,
同学部助手として,研究者の道を開始されました.その 後,休職され,1962年から1965年4月まで米国ミシガ ン州立大学農学部でフルブライト研究員として研究留学 されるとともに,1963年養分の葉面吸収 (Studies on
foliar absorption of nutrients by using radioisotopes)
に関する研究で,京都大学農学博士を取得されました.
留学中は,葉面吸収に関する研究をさらに進展されてお られましたが,無菌植物細胞培養系の重要性と個体再生 能(今でいう分化全能性)に着目され,京都大学助手に 復職後,その当時わが国ではほとんど研究が行われてい なかった植物細胞培養研究に着手されました.当時,イ ネなど重要禾穀類を含む単子葉植物の細胞培養は不可能 であるとの認識がありましたが,この課題に挑戦的に取 り組まれ,イネ,カラスムギなどのカルス培養と個体再 生に成功し,世界の研究者の認識を一変させました.
1967年助教授に昇進された後,1982年には,京都大学 農学部にわが国で初めて植物細胞培養を基幹とする生物 細胞生産制御実験センターを設置することに成功される とともに,細胞育種部門の教授として,その後の植物細 胞培養研究,植物分子細胞生物学,植物バイオテクノロ ジー研究を先導してこられました.その後,1990年組 織改編に伴い,京都大学農学部教授,1994年からは,
自ら設立に努力されました奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス科の教授を併任された後,1994年10 月京都大学を退官され,1995年からは奈良先端科学技 術大学院大学の専任教授として,さらに1997年から 2001年まで同大学学長として活躍されました.
京都大学,奈良先端科学技術大学院における先生のご 研究については,化学と生物文書館「植物培養細胞生物 学の展望:植物細胞によるアルカロイド生産への過 程」(1) に,先生ご自身が詳しく述べておられますが,そ の研究業績をあえて概略しますと,分化全能性をもつ植 物細胞培養の重要性に着目し,その分子機構の理解と応 用のために,いくつもの大きな課題を解決されてきたこ とにあります.これら「植物培養細胞における機能発現 ならびに物質産生機構の解析」に関する一連の研究によ り1987年島津賞ならびに日本農芸化学会賞,さらには,
1991年学士院賞を受賞されました.
化学と生物 Vol. 51, No. 1, 2013 65 先生のご業績のなかでも突出している成果は,先述し
ましたように,1968年当時困難とされていた単子葉植 物イネ細胞培養からの個体再生に初めて成功し,禾穀類 のバイオテクノロジーに先鞭をつけられたことです.さ らに,イネプロトプラストからの個体再生の成功や電気 刺激による細胞融合法の実用化を推進され,植物バイオ テクノロジー時代を幕開けされました.さらに,植物培 養細胞系を用いた植物細胞機能の生化学・分子細胞生物 学研究において,植物培養細胞における機能発現のモザ イク性を明らかにし,光合成のみにより生育できる光独 立栄養培養細胞を確立し,光合成変異株を選抜する一 方,有用二次代謝産物高生産培養細胞株を育成し,有用 二次代謝産物の工業的生産の基盤を確立するなど,世界 の細胞培養研究を先導され続けました.また,これらの 細胞系を用いて有用二次代謝物質の生合成機構を解明さ れました.特に,トロパンアルカロイドとして重要なス コポラミンの生合成にかかわるヒヨスチアミン6-水酸化 酵素が2-オキソグルタール酸型ジオキシゲナーゼであ り,この酵素によって,ヒヨスシアミンからスコポラミ ンまで変換できるということを実証した遺伝子組換え薬 用ベラドンナ植物の作出は,時代を大きく先取りし,薬 用植物の分子育種の道を拓いた先駆的研究として,高く 評価されています.これらの業績により,1992年英国 国際バイオテクノロジー研究所フェロー,1994年ス ウェーデン王立科学協会外国人会員,1999年米国科学 アカデミー外国人会員に選出され,世界的評価の高さが うかがいしれます.
山田先生のご業績のすばらしさは,自らの研究業績と ともに,多くの研究者に常に学問的刺激と支援を与えて こられたことにあります.山田先生は,1990年から3年 間「高等植物における物質集積機能とその発現の分子機 構」に関する重点領域研究を組織され,その後の植物領 域研究推進の礎を築かれるとともに,2000年から5年間 ミレニアムプロジェクトと呼ばれる学術振興会未来開拓 学術研究推進事業「植物遺伝子」の委員長として植物科 学における大型プロジェクト研究を推進されました.こ の間,現在に至るまで続く大学,理化学研究所植物科学 研究センター,農林水産省植物プロジェクトの連携基盤
となる植物科学シンポジウムを企画され,オールジャパ ンによる植物科学研究ネットワークを構築されました.
また,1996年には,ライフサイエンス系で初めての日 本学術振興会産学協力研究委員会「地球環境・食糧・資 源のための植物バイオ160委員会」を設立し,産学の交 流に務められ,遺伝子組換え作物の社会的受容に貢献す る一般書『遺伝子組換え作物の光と影』(2) を発刊される など,植物科学の推進みならず,その社会的受容にも大 きな貢献をされました.また,今回,山田先生ととも に,文化勲章を受章されました山中伸弥博士は,山田先 生が学長のときに奈良先端科学技術大学院大学において 研究を開始され,その研究を発展されたことをご存じの 方も多いと思います.このように,山田先生は,多くの 研究者に,惜しまない支援と刺激を与えてこられまし た.
一方,この間,山田先生は,前立腺がんとも闘ってき ておられたということもよく知られている事実です.
1993年研究者として最も重要な時期に,前立腺がんで あることが発見されて以来,二十年近くにわたり,進行 性前立腺がんを抱えつつ,大学教授,大学学長,さまざ まな公的委員会委員長として,その激務をこなしてこら れたお姿は,多くのがん闘病者にとって大きな救い,指 針となったと思います.その著書『ある科学者の闘病の 軌跡』(3) において,書いておられますように,常に前向 きの気持ちをもって,自らの人生を切り拓いておられる 先生のお姿は,人生の困難に直面したわれわれに強い励 ましと勇気を与えてくれました.
文化勲章の受章決定のテレビニュースに報道されまし たように,後進,特に,学生との語らいを楽しみにして おられる山田先生がいつまでもお元気で,より一層ご活 躍されることをお祈りしております.
(佐藤文彦,京都大学生命科学研究科)
文献
1) 山田康之:化学と生物,49, 795 (2011).
2) 山田康之,佐野 浩編著: 遺伝子組換え植物の光と影 , 学会出版センター,1999.
3) 山田康之: ある科学者の闘病の軌跡―進行前立腺がんと 共に十六年 ,誠文堂新光社,2009.