はじめに
陸上植物の細胞壁は一次細胞壁と二次細胞壁に大きく 二分される.すべての植物細胞がもつ一次細胞壁は,セ ルロース,キシログルカンなどのヘミセルロース,ペク チンの3つのグループからなる多糖類と構造タンパク質 から構成され,植物細胞全般的にその形や生理学的機能 を制御している.これに対して二次細胞壁は,セルロー ス,主にキシランなどのヘミセルロース,そしてリグニ ンを主要な構成成分とし,維管束組織や表皮組織などの 一部の組織・細胞で特定の発生段階で形成される.二次 細胞壁は,細胞に機械的な強度や化学的・生化学的な抵 抗性を付与することで,「植物体の物理的な支持」,維管 束組織における「水の輸送」と表皮組織における「水分 の損失防止」といった植物の陸上化・大型化に必要な機 能を担っている.一次細胞壁成分の分子構造や機能につ いては,本セミナーシリーズの第1回目で詳細に解説さ れているので,今回は主に,二次細胞壁の分子構造と機 能,および細胞壁生合成の転写制御について解説する.
二次細胞壁の分子構造と機能
二次細胞壁は主に,維管束組織や表皮組織などの機械 的な強度が必要とされる組織の一部の細胞に発達する.
樹木で木材を構成する維管束木部組織の道管や繊維細胞
がその代表例であり,二次細胞壁は伸長・拡大成長が終 わった細胞において一次細胞壁の内側に形成される.一 般に二次細胞壁にはフェノール化合物であるリグニンが 含まれており(木材の二次細胞壁では20〜30%),セル ロースやヘミセルロース同士を架橋することで二次細胞 壁にさらなる物理的・化学的な強度を与えている.この ように書くと,「二次細胞壁とはリグニンを含む特殊な 細胞壁」との定義になりそうだが,ワタの胚珠の表皮細 胞から分化する繊維細胞(いわゆる綿繊維)の二次細胞 壁はリグニンを含有しないし,傷害やUV照射などのス トレスによって一次細胞壁にリグニンが沈着することも あることから,必ずしも二次細胞壁=リグニンが成り立 つわけでない.比較のために一次細胞壁の構造を見てみ ると,一次細胞壁ではセルロース微繊維が骨格となり,
ヘミセルロース(主にキシログルカン)が複数のセル ロース微繊維と水素結合で接着することでセルロース微 繊維間を架橋している.さらに,セルロース微繊維とヘ ミセルロースの間隙をゲル状のペクチン分子が充填して いる(図1A).これに対して二次細胞壁では,セルロー ス微繊維の骨格をヘミセルロースであるキシランが架橋 し,それらの間を多量のリグニンが架橋しながら埋める ことで極めて堅固な構造になっている(図1B).また一 般に,二次細胞壁のセルロースの含量と重合度はそれぞ れ約50%と10,000〜15,000であり,一次細胞壁のセル ロースの含量(20〜30%)と重合度(2,500〜4,500)より
セミナー室
植物細胞壁の情報処理システム-3植物細胞壁:細胞壁形成の設計図
転写制御機構
出村 拓,大谷美沙都
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
も高いことが知られており,このことも二次細胞壁の堅 固な構造を生み出す要素になっていると言える.このよ うな二次細胞壁の基本構造は(綿繊維などを除いて)共 通しているが,構成成分の含量や性質は植物種や細胞の 種類ごとに異なる.特にリグニン組成の違いについては よく知られており,たとえば,針葉樹の仮道管ではコニ フェリルアルコールが脱水素重合によって作られるグア イアシルリグニンが主成分であり,広葉樹の木部繊維細 胞ではグアイアシルリグニンとシナピルアルコールの重 合体であるシリンギルリグニンの共重合体が主成分であ る.また,被子植物の道管と繊維細胞では,それぞれグ アイアシルリグニンとシリンギルリグニンの比率が高 い.さらに,傾斜地に生育する樹木の幹や枝において は,特殊な二次細胞壁をもった「あて材」と呼ばれる特 殊な材が分化する.針葉樹では傾斜の下側に,セルロー ス量が少なくリグニン量が多い二次細胞壁をもつ「圧縮 あて材」が作られ,広葉樹では傾斜の上側に,セルロー スを主成分としてリグニンをほとんど含まない「ゼラチ ン層(実際にはゼラチンを含むわけではない)」と呼ば れる細胞壁をもつ「引張あて材」が作られる.このよう な二次細胞壁の組成の違いがそれぞれの細胞の機能の違 いを生んでいると思われるが,その実態はほとんどわ かっていないのが現状である(1).
二次細胞壁の組成の違いに加えて,細胞の種類によっ て二次細胞壁の形態(パターン)も異なる.図2は木部 繊維細胞,仮道管,道管の構造を示している.木部繊維 細胞の形は両末端が先細り(テーパー状)の紡錘形に なっていて,その全面に二次細胞壁が沈着している(図 2A).木部繊維細胞も最終的に細胞死を起こし死細胞と
して植物体を支える役割を果たすが,仮道管と道管は,
その分化の途中に,はっきりとしたプログラム細胞死に よって死細胞となる点が大きく異なっている.仮道管の 形は木部繊維細胞と同様に紡錘形で,隣接した仮道管の 間に壁孔(へきこう)と呼ばれる二次細胞壁の沈着が起 こらない部分が多数あり,これを通して隣の細胞へ水が 運ばれる(図2B).一方で道管は紡錘形ではなく筒状の 形をしていて,効率的な水の通導のために,上下の細胞 のつなぎ目には穿孔(せんこう)と呼ばれる大きな孔が 空いている(図2C).また,道管の側面の二次細胞壁の パターンは環状,らせん状,網目状,孔紋状など多様で ある(2).一般に,各植物器官の発生の初期には作られる 原生木部の道管は,周りの組織の成長に伴って伸びるこ とができるように環状やらせん状の二次細胞壁をもつ
(図2D).一方で,発生後期に作られる後生木部の道管 は二次細胞壁を網目状や孔紋状にすることで,より強固 な構造をもつ(図2E).
一次細胞壁形成の転写制御
一次細胞壁は細胞分裂の際に細胞の内部から円盤状の 構造をした細胞板として新生される.初期にはカロー ス,その後にはセルロースを主成分とする多糖類が小胞 輸送によって細胞板に運ばれて,細胞板は遠心的に発達 し,最終的に既存の細胞壁と合着する.細胞板の形成過 程の詳細については他書(1)を参照していただきたい.細 胞板形成における転写制御については,細胞周期を同調 図1■植物細胞壁構造の模式図
一次細胞壁の主成分はセルロース微繊維,キシログルカン,ペク チンであり,セルロース微繊維の骨格をキシログルカンが架橋し,
その間をペクチンで充填された構造をもつ(A).二次細胞壁の主 成分はセルロース微繊維,キシラン,リグニンであり,セルロー ス微繊維の骨格をキシランが架橋し,その間をリグニンが埋めて いる(B).いずれも図の下側が細胞の内側(シンプラスト)で図 の上側が細胞の外側(アポプラスト)である.(B)の二次細胞壁 の模式図では,本来は二次細胞壁の外側(図の上側)に存在する 一次細胞壁部分を省略している.
図2■二次細胞壁をもつ細胞の模式図
木部繊維細胞(A)と仮道管(B)は両末端が先細りの紡錘形,道 管(C)は筒状の形をしている.仮道管と道管はそれぞれ,壁孔 と穿孔を介して水を輸送する.道管は,環状やらせん状の二次細 胞壁パターンをもつ原生木部道管(D)と網目状や孔紋状の二次 細胞壁パターンをもつ後生木部道管(E)に分類できる.
させたタバコとシロイヌナズナの培養細胞を用いたマイ クロアレイ解析などをもとに,細胞板形成時のフラグモ プラスト微小管の安定性を制御するタバコのNACK1タ ンパク質や細胞板形成に特異的なシンタキシンであるシ ロイヌナズナのKNOLLE(KN)タンパク質をコードす る遺伝子などの細胞周期G2/M期特異的な遺伝子が MSAエレメントと呼ばれる共通シス配列をもつことが 示されている(3, 4).そして,このシス配列に結合する転 写因子として,Mybドメインを3つもつR1R2R3型の Myb転写因子(NtmybA1, NtmybA2, NtmybB)がタバ コから同定された(4).さらに,NtmybA1/NtmybA2の シロイヌナズナホモログであるAtMYBR1とAtMYBR4 が 遺伝子の発現を正に制御することが示され,
二重変異体で観察される細胞質分裂異常 が, 発現活性化不全による細胞板形成異常によるこ とがわかっている(5).現時点では,細胞板形成にかかわ るほかの遺伝子の発現制御に関する報告はなく,今後の 解析が待たれるところである.
細胞板を由来として作られた一次細胞壁は,細胞の成 長の間も継続的に合成され,あるいはさまざまな修飾を 受け続ける.この過程ではさまざまな遺伝子が高度に調 和されて発現する必要があるのは間違いないが,その制 御についてはほとんどわかっていない.陸上植物の細胞 壁の主要成分であるセルロースは,セルロース合成酵素 CesAによって合成される.シロイヌナズナは10個の 遺伝子( 〜 )をもつが,その中で
, , の3つが一次細胞壁のセルロー ス合成で主要な役割を果たしていると考えられてい る(1).これら3つの 遺伝子はいずれも,二次細胞 壁を形成する組織を除くほとんどの組織で非常に強く発 現している(6).この3つの 遺伝子のいずれか一つ にでも変異が入るとセルロース合成に重篤な異常を引き 起こすことから考えても,これら3つの 遺伝子が 協調して高発現する仕組みが正常な一次細胞壁形成に欠 かせないと言える.しかしながら, 遺伝子の直接 的な発現制御に関しての報告は,「ブラシノステロイド の外的な投与によってブラシノステロイドの合成変異体 である における 遺伝子の発現抑制が回復す ること」と「ブラシノステロイドによって活性化される 転写因子であるBES1が 遺伝子プロモーター上の シス因子に結合すること」を示したXieらの論文1報の みである(7).
人為的な実験系ではあるものの,プロトプラストから の細胞壁の再生は一次細胞壁形成における遺伝子発現制 御の仕組みを知るうえでの重要なヒントを与えてくれる
かもしれない.これまでに,ワタとヒメツリガネゴケ,
そしてシロイヌナズナのプロトプラストからの細胞壁再 生過程でのトランスクリプトーム解析が行われてい
る(8〜10).興味深いことにいずれの場合でも,細胞壁再
生の過程で一次細胞壁の形成にかかわる遺伝子群が強い 発現誘導を受けることを示すデータはなく,シロイヌナ ズナの場合はむしろ,発現が抑制される遺伝子リストの 中に や などの細胞壁形成にかかわる遺伝 子群が含まれていた(8〜10).筆者らの研究室で行ったシ ロイヌナズナ葉肉細胞のプロトプラストからの細胞壁再 生過程のトランスクリプトーム解析でも,CesA1や CesA3などの一次細胞壁の生合成酵素をコードする遺 伝子群の発現レベルの上昇は見られず,一部の細胞壁分 解にかかわる酵素遺伝子の発現レベルの極端な低下が見 られた(米田,出村,未発表).これらのことから考え ると,一次細胞壁形成においては,細胞壁成分の生合成 と分解にかかわる主要な遺伝子群の発現は恒常的に強く 誘導されており,細胞壁生合成の活性化が必要になった ときには分解側の酵素遺伝子の発現を抑制するという転 写制御が働いているのかもしれない.
二次細胞壁形成の転写制御
二次細胞壁の分子構造と機能の項で述べたように,二 次細胞壁をもつ細胞は多様であり,二次細胞壁の構成成 分やパターンは細胞ごとに異なるため,細胞ごとに異な る二次細胞壁形成のプログラムが存在すると考えられ る.本稿では,このプログラムの解明に向けた研究の成 果として明らかになってきた「道管や繊維細胞における 二次細胞壁の形成に関連する遺伝子の転写制御の仕組 み」について紹介する.
二次細胞壁の主要な成分は,セルロースとキシラン,
そしてリグニンである.一般に二次細胞壁の形成過程で はセルロースとキシランが一次細胞壁の内側に合成さ れ,その後にリグニンが沈着する.このとき,セルロー スを合成する二次壁型 遺伝子(シロイヌナズナで は , , の3つ),キシランの生合成 にかかわる酵素遺伝子群,コニフェリルアルコーやシナ ピルアルコールなどのリグニンモノマーの生合成酵素 群,リグニン重合にかかわるペルオキシダーゼやラッ カーゼをコードする遺伝子群が同調して発現上昇す
る(11〜13).道管(とおそらく仮道管)の分化の過程では,
これら二次細胞壁の生合成にかかわる遺伝子に加えて,
二次細胞壁のパターン形成にかかわる遺伝子(MIDD1
など)(2, 14)やプログラム細胞死にかかわる遺伝子(シス
テインプロテアーゼやヌクレアーゼなど),さらには壁 孔や穿孔の形成にかかわると予想される細胞壁分解酵素 遺伝子(ポリガラクチュロナーゼなど)の発現も同時に 誘導される.なお,プログラム細胞死にかかわるシステ インプロテアーゼやヌクレアーゼは,翻訳された後に液 胞の中にいったん蓄えられて,セルロースとキシランの 合成が十分進んだ後に,液胞膜の崩壊によって細胞質に 放出され,細胞内容物を分解し細胞死を進めることが示 されている(15, 16).また,リグニン重合にかかわるペル オキシダーゼやラッカーゼは二次細胞壁生合成開始と同 時に作られアポプラストに分泌され,二次細胞壁に埋め 込まれることが二次細胞壁に特徴的なリグニン沈着の要 因となっている(17, 18).このような二次細胞壁形成にか かわる遺伝子群の同調した発現の制御については研究が 非常に進んでおり,これを担う転写ネットワークの概要 がこの10年の間に明らかになってきた (図3).
この転写ネットワークの起点となるのが,同じサブ ファミリーに属する一群のNAC転写因子(二次細胞壁 NAC転 写 因 子[VND1〜VND7, NST1, NST2, NST3/
SND1])である(1).シロイヌナズナ培養細胞をブラシノ ステロイドとホウ酸を含む液体培地で培養することで高
頻度の道管分化を誘導することができるが,この培養系 を用いたトランスクリプトーム解析により,道管分化過 程で発現が上昇する遺伝子として,一つのサブグループ のメンバーである 〜 が見いだされた(13). 詳細な解析の結果,VND6とVND7がそれぞれ,網目状 の二次細胞壁パターンをもつ後生木部道管とらせん状の 二次細胞壁パターンをもつ原生木部道管の分化を制御す るマスタースイッチ(鍵遺伝子)として,二次細胞壁形 成やプログラム細胞死にかかわる遺伝子の発現を正に制 御していることが示された(13).その後,VND1〜VND7 とは別のサブグループのNST1およびNST3/SND1が繊 維細胞のマスタースイッチとして二次細胞壁形成にかか わる遺伝子の発現を正に制御することが明らかにされ
た(19〜21).さらに最近,VND1〜VND5もVND6やVND7
と同様に道管細胞分化の正の制御にかかわることが示さ
れた(22, 23).また, や を含む二次細胞壁形
成関連酵素遺伝子の多くがこれら二次細胞壁NAC転写 因子によって直接的に制御されうることがわかってき
た(24〜26)(図3).
上記の二次細胞壁NAC転写因子遺伝子群と同調して発 現するほかの転写因子として,二次細胞壁NAC転写因子 とは別のグループに属するNAC転写因子(XND1, VNI2, SND2, SND3, ANAC075),多数のMYB転写因子(MYB46, MYB83, MYB52など),LBD転写因子(LBD15, LBD18, LBD30),GAT A転写因子(GAT A12)やホメオボッ クス転写因子(KNAT7)が同定され,二次細胞壁NAC 転写因子を起点とする転写ネットワークに参画している ことがわかってきた(図3).そのなかでも,二次細胞 壁NAC転写因子の直接のターゲットであるMYB46と そのホモログのMYB83は,二次細胞壁形成のマスター スイッチとも言える重要な制御因子である.MYB46と MYB83は道管と繊維細胞の両方で発現し,これらの二 重変異体では道管の二次細胞壁形成が強く抑制され道管 機能不全が起こるため,芽生えの段階で成長が止まって しまう(27).また,過剰発現体やT-DNA挿入変異体,ド ミナントリプレッション(CRES-T)による機能解析の 結果から,MYB46とMYB83の下流にさらに二次壁形 成を制御するMYB転写因子群が存在しており,あるも のは二次細胞壁形成を正に,あるものは負に制御してい ると考えられている(28).一方で,こうしたNAC〜MYB
〜二次壁形成の直接的な流れの外側に存在する転写因子 もあり,KNAT7やXND1も二次細胞壁形成を負に制御 していることを示唆するデータが得られている(28).し かしながら,これらの転写因子が具体的にどのような作 用機序で二次細胞壁形成を負に制御しているかの詳細は 図3■二次細胞壁形成における転写制御ネットワーク
二次細胞壁形成の転写ネットワークの起点となるのは二次細胞壁 NAC転 写 因 子 群 で あ る.二 次 細 胞 壁NAC転 写 因 子 の う ち,
VND1〜VND7は 道 管 に お け る 二 次 細 胞 壁 形 成,NST1, NST2, NST3/SND1は繊維細胞や葯内被細胞などにおける二次細胞壁形 成の起点となっている.二次細胞壁NAC転写因子は多くの二次細 胞壁合成酵素遺伝子の発現を直接制御することもできる.また,
VND7はLBD18やVNI2などのほかの転写因子によって発現や機 能の促進や抑制を受けている.二次細胞壁NAC転写因子のすぐ下 流の2つのMYB転写因子(MYB46とMYB83)が,さらに下流の 転写因子群の発現を制御し,最終的に二次細胞壁合成酵素などの 実働部隊となる遺伝子群の発現が正(ポジティブ)または負(ネ ガティブ)に制御される.この転写制御ネットワークを微調整す ることによって細胞ごとの二次細胞壁の構成成分やパターンの違 いが生み出されていると考えられる.
まだわかっていない.
ここまで述べたように,二次細胞壁NAC転写因子が 二次細胞壁形成における転写制御の中心的役割を果たし ている.すなわち,これら二次細胞壁NAC転写因子の 遺伝子群がどの細胞のどの時期に発現するかの制御自体 も極めて厳密である必要があるだろう.現時点では,道 管細胞分化のスイッチである 遺伝子の発現制御 機構に関していくつかの知見が得られている.Soyano らは, 遺伝子と 遺伝子がVND6とVND7 の支配下で未成熟な道管に発現し,少なくともLBD18 が 遺伝子の発現を正に制御することを見いだし,
これらが 遺伝子の発現に対する正のフィード バックループ制御にかかわっている可能性を示した(29). また,最近, プロモーターの活性化能のルシフェ ラーゼをレポーターに用いた 解析の結果から,
GAT A12とANAC075, さらにはVND1〜VND6が 遺伝子の発現を正に制御する機能をもつことが示唆され た(23).さらには,酵母ワンハイブリット解析による網 羅的な転写因子‒プロモーター相互作用解析の結果をも とにした詳細な解析から,VND7プロモーターにE2Fc 転写因子が結合し, 遺伝子の発現を正に(あるい は場合によっては負に)制御することが示された(30). また,VND7に関しては翻訳後機能調節の重要性も示さ れており,VND7と相互作用するタンパク質のスクリー ニ ン グ に よ っ て 見 い だ さ れ たNAC転 写 因 子 で あ る VNI2がVND7と結合することでVND7の転写活性化能 を抑制すること(31),VND7はプロテアソームによる分解 制御(32)やリン酸化修飾を受けることもわかってきてい る(小川,出村,未発表).このように, 遺伝子 の発現とVND7の転写活性化能の制御に関する知見は 増えつつあるが,これまでの制御模式図は植物体全体で の過剰発現や 発現系など,人工的操作に基づい た断片的なデータをもとに描かれている.実際のVND7 機能制御の仕組みを知るためには,今後はVND7が発 現する植物組織や細胞(道管前駆細胞)を用いた
解析が欠かせないと考えられる.筆者らは現在,道 管前駆細胞のセルソーティング解析やマイクロキャピラ リーを用いての道管前駆細胞のシングルセルトランスク リプトーム解析を進めるべく準備を進めており,これら の解析によって新たな知見獲得を試みる予定である.ま た,細胞ごとに異なる二次細胞壁の構成成分やパターン の差異が,この転写制御ネットワークのなかでどのよう に調節されているのかを明らかにしていくことも今後の 重要な課題である(図3).
おわりに
比較ゲノム学的解析によると,本稿で説明した細胞壁 形成の転写制御のメカニズムは陸上植物間でよく保存さ れているようである.二次細胞壁NAC転写因子はコケ 植物からシダ植物,裸子植物,被子植物(単子葉類,双 子葉類)のすべてに存在し,被子植物であるポプラ,
ユーカリ,トウモロコシ,イネ,ブラキポディウム,タ ルウマゴヤシの二次細胞壁NAC転写因子について,下 流の二次細胞壁生合成酵素遺伝子の発現を正に制御する ことが実験的に示されている(28).興味深いことに,コ ケ植物であるヒメツリガネゴケにも8つの二次細胞壁 NAC転写因子ホモログ(PpVNS1〜PpVND8)が存在 するが,筆者らは,①「PpVNSをシロイヌナズナで過 剰発現させると道管様の細胞分化を異所的に誘導できる こと」,②「ヒメツリガネゴケで周りの柔細胞よりも厚 みのある細胞壁(これを二次細胞壁と呼んでもいいかも しれないが本稿では単に「厚みのある細胞壁」とする)
を作るステライドと呼ばれる細胞群に強く発現する PpVNS1, PpVNS6, PpVNS7の三重変異体を作ると,ス テライドの細胞壁が薄くなること」,③「茎の通水細胞 であるハイドロイド(厚い細胞壁をもたずプログラム細 胞死を起こした空洞の細胞)に強く発現するPpVNS4 の変異体では茎のハイドロイドの分化が起こらないこ と」,そして④「ヒメツリガネゴケでこれら二次細胞壁 NAC転写因子ホモログを過剰発現すると植物体全体で プログラム細胞死が起こるとともに,さまざまな二次細 胞壁形成関連遺伝子群のホモログの発現が上昇するこ と」を見いだし,二次細胞壁NAC転写因子が植物の進 化の非常に早い段階から細胞壁の肥厚とプログラム細胞 死の制御を司ってきたことを明らかにした(33).近年の 次世代・次々世代DNAシーケンサーの発達によって,
これまでは遺伝子レベルでの研究が難しかった植物を研 究対象とすることができるようになってきている.今後 は,二次細胞壁形成に関する研究が全くあるいはほとん ど行われてきていないシダ植物や裸子植物も研究対象と することで,二次細胞壁形成の転写制御の理解がより深 まると期待される.特に,シダ植物と裸子植物に見られ る仮道管における転写制御機構の研究によって,通水細 胞(コケ植物のハイドライド,維管束植物の仮道管や道 管)や支持細胞(コケ植物のステライド,維管束植物の 繊維細胞)が植物進化の過程でどのように発達してきた のかを知るための重要な手掛かりが得られると思われ る.
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プロフィル
出 村 拓(Taku DEMURA)
<略歴>1990年東北大学理学部生物学科 卒業/1995年同大学大学院理学研究科生 物学専攻博士課程修了/同年同大学大学院 理学研究科助手/1997年東京大学大学院 理学系研究科助手/2000年理化学研究所 植物科学研究センターチームリーダー/
2009年奈良先端科学技術大学院大学バイ オサイエンス研究科教授,現在に至る<研 究テーマと抱負>シロイヌナズナの木質細 胞分化における転写制御ネットワーク研究 をもとに,陸上植物の木質細胞の進化的な 多様性と共通性を解明したい<趣味>釣 り,ワイン
大谷 美沙都(Misato OHTANI)
<略歴>2000年東京大学理学部生物学科 卒業/2005年同大学大学院理学系研究科 博士課程修了/同年同大学大学院理学系研 究科研究支援員/2006年理化学研究所基 礎 特 別 研 究 員/2009年 同 特 別 研 究 員/
2011年同研究員/2014年奈良先端科学技 術大学院大学バイオサイエンス研究科助 教,現在に至る<研究テーマと抱負>植物 細胞の分化・分裂の柔軟性の秘密を,遺伝 子の転写制御〜 RNA代謝制御〜翻訳制御 といったさまざまな観点から解き明かした い<趣味>美術鑑賞,読書
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