83
化学と生物 Vol. 54, No. 2, 2016
直鎖状ポリユビキチン鎖生成酵素 LUBAC の阻害剤開発
疾患治療から LUBAC の新たな機能解明まで
ユビキチンはすべての真核生物に存在する76アミノ 酸から構成される小球状タンパク質であり,基質タンパ ク質に結合することでプロテアソーム依存的な分解に導 く因子として広く知られている.しかし,近年の研究に より,ユビキチンの機能はタンパク質の分解のみにとど まらず,多彩な様式でタンパク質の機能を調節する翻訳 後修飾系であると認識されている.多くの場合,ユビキ チンはポリマーであるポリユビキチン鎖としてタンパク 質に結合することでその機能を制御するが,細胞内には 多様な種類のユビキチン鎖が存在しており,その種類に よってタンパク質の制御様式が異なると考えられてい る.これまで,ユビキチン鎖はユビキチン分子内に7個 存在するリジン残基のいずれかの
ε
-アミノ基と,ほかの ユビキチンのC末端グリシン残基のカルボキシ基との結 合により形成されると考えられてきたが,本稿のトピッ クである「直鎖状ポリユビキチン鎖」は,ユビキチンの リジン残基ではなくN末端のメチオニン残基のα
-アミノ 基を介して形成されるポリユビキチン鎖であり,HOIL- 1L (heme-oxidized IRP2 ubiquitin ligase 1L), HOIP(HOIL-1L-interacting protein), SHARPIN (shank-asso- ciated RH domain-interacting protein)の3種のサブユ ニットから構成されるlinear ubiquitin chain assembly complex (LUBAC)ユビキチンリガーゼにより特異的 に生成される(1, 2).LUBACによる直鎖状ポリユビキチ ン鎖生成は,免疫応答のみならず,過剰活性化が発がん に関与することが知られている転写因子NF-
κ
B (nucle- ar factor ofκ
B)の活性化や,細胞死抑制に関与するこ とが示されている(2).加えて,LUBACの活性亢進はマウス骨肉種の肺転移(3)やある種のヒトB細胞リンパ腫の 発症(4),汎用されている抗がん剤シスプラチンへの耐性 に関与すること(5)などが報告されており,LUBACは有 力な抗がん剤のターゲットであると考えられる.
上述のような背景を踏まえ,筆者らはLUBACの酵素 活 性 阻 害 剤 を 探 索 し た.LUBACの 酵 素 活 性 中 心 は HOIPのC末端領域に存在し,HOIL-1LとSHARPINは そ の 補 助 サ ブ ユ ニ ッ ト で あ る.LUBACは 分 子 量 約 600 kDaの大きな複合体であり,ハイスループットスク リーニングを施行するために十分な精製タンパク質を得 ることは困難であった.そこで,大腸菌発現系を用いて 大量に発現・精製が可能である直鎖状ポリユビキチン鎖 伸長活性をもつLUBACの部分配列を検索し,HOIPの C末端部分とHOIL-1LあるいはSHARPINのHOIP結合 領 域 か ら な るpetit-LUBAC, petit-SHARPINを 作 製 し た.それらを用いておよそ14万の小分子化合物のスク リーニングをした結果,LUBACの酵素活性を阻害する 化合物としてグリオトキシンを見いだした(6)(図1).同 化合物は,試験管内においてLUBACの酵素活性中心で あるHOIPのC末端領域に結合することが確認されてお り,petit-LUBAC, petit-SHARPINのみならず,LUBAC 全長の直鎖状ポリユビキチン鎖生成活性も阻害すること が示されている.さらに,グリオトキシンを添加するこ とでヒトT細胞株であるJurkat細胞のTNF-
α
刺激依存 的なNF-κ
B活性化が抑制された.グリオトキシンはNF-κ
B活性化阻害剤として以前より知られていたが,その 詳細なメカニズムや標的分子は不明であった.LUBAC による直鎖状ポリユビキチン鎖生成はIKK (Iκ
B kinase)図1■グリオトキシンはLUBACを阻害す ることによりNF-κBの活性化を抑制する
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
今日の話題
84 化学と生物 Vol. 54, No. 2, 2016
複合体の活性化を通じてNF-
κ
Bの活性化へと導くが,筆者らはグリオトキシンがTNF-
α
刺激依存的なIKK複 合体の活性化を抑制することを示し,グリオトキシンは LUBACを阻害することでNF-κ
B活性化を抑制すること を明らかにした.加えて,グリオトキシンを添加するこ とによりTNF-α
やシスプラチン依存的な細胞死が亢進 することも観察しており,LUBAC阻害剤の創薬への応 用可能性が期待される.グリオトキシンがLUBACの活性を阻害するという発 見は病理的にも意義深い.なぜなら,グリオトキシンは 臨床的によく見られる日和見感染症であるアスペルギー
ルス症の原因真菌 などが産生する
二次代謝産物であり,その病原性に深く関与する病原性 因子として知られているためである.NF-
κ
Bが免疫応 答においても中核的な役割を果たす転写因子であること を鑑みると,LUBACによる直鎖状ポリユビキチン化が などの真菌に対する感染防御時に おいても中心的な役割を果たしていることが予想され る.グリオトキシンによるLUBAC活性の阻害がNF-
κ
B活 性化を抑制するとともに,細胞死を亢進させるという結 果は,がんなどの疾患への治療におけるLUBAC阻害剤 の有効性を強く示唆するものである.また,LUBACの 酵素活性はシスプラチンのみならず,ほかの汎用されて いる抗がん剤であるエトポシドやドキソルビシンへの抵 抗性にも関与することが示唆されているため,LUBAC 阻害剤の適用範囲がさらに拡大することが期待される.し か し,高 濃 度 の グ リ オ ト キ シ ン を 添 加 す る と,
LUBAC以外にもさまざまなタンパク質と結合してそれ らの活性を阻害することが示されているため,LUBAC に高い選択性をもち,非特異的な阻害による副作用の少 ない薬剤を開発することが望まれる.
1) T. Kirisako, K. Kamei, S. Murata, M. Kato, H. Fukumoto, H. Kanie, S. Sano, F. Tokunaga, K. Tanaka & K. Iwai:
, 25, 4877 (2006).
2) F. Tokunaga, T. Nakagawa, M. Nakahara, Y. Saeki, M.
Taniguchi, S. Sakata, K. Tanaka, H. Nakano & K. Iwai:
, 471, 633 (2011).
3) M. Tomonaga, N. Hashimoto, F. Tokunaga, M. Onishi, A.
Myoui, H. Yoshizawa & K. Iwai: , 40, 409 (2012).
4) Y. Yang, R. Schmitz, J. Mitala, A. Whiting, W. Xiao, M.
Ceribelli, G. W. Wright, H. Zhao, Y. Yang, W. Xu : , 4, 480 (2014).
5) C. Mackay, E. Carroll, A. F. Ibrahim, A. Garg, G. J. In- man, R. T. Hay & A. F. Alpi: , 74, 2246 (2014).
6) H. Sakamoto, S. Egashira, N. Saito, T. Kirisako, S. Miller, Y. Sasaki, T. Matsumoto, M. Shimonishi, T. Komatsu, T.
Terai : , 10, 675 (2015).
(坂本裕樹*1,岩井一宏*2,長野哲雄*3,*1 東京大学大 学院薬学系研究科,*2 京都大学大学院医学研究科,
*3 東京大学創薬オープンイノベーションセンター)
プロフィール
坂本 裕樹(Hiroki SAKAMOTO)
<略歴>2010年東京大学薬学部薬科学科 卒業/2015年同大学大学院薬学系研究科 博士課程修了/同年ライオン株式会社入 社,現在に至る<研究テーマと抱負>直鎖 状ポリユビキチン鎖生成酵素LUBACの阻 害剤探索およびgliotoxinによるNF-κB活 性化阻害機構の解明<趣味>バスケット ボール,読書
岩井 一宏(Kazuhiro IWAI)
<略歴>1985年京都大学医学部卒業,臨 床研究を経て1992年同大学大学院医学研 究科博士課程内科系専攻修了/2001年大 阪市立大学大学院医学研究科教授/2008 年大阪大学大学院生命機能研究科/医学系 研究科教授/2012年京都大学大学院医学 研究科教授<研究テーマと抱負>ユビキチ ン修飾系による生命機能制御機構,ユビキ チン系によるNF-κB活性化機構とその炎 症,疾患への関与,生体の鉄代謝調節メカ ニズムとその破綻による疾患に関する研究
<趣味>いろいろなことを深く考えること
<所属研究室ホームページ>http://mcp.
med.kyoto-u.ac.jp/
長野 哲雄(Tetsuo NAGANO)
<略歴>1977年東京大学大学院薬学系研 究科修了(薬博)/1996年同大学薬学部教 授/2008年日本薬学会会頭/2010年東京 大学大学院薬学系研究科研究科長・薬学部 長/2011年同大学創薬オープンイノベー ションセンター教授(兼任)/同年日本学 術会議会員(役員会幹事・現在第二部部 長)/2013年定年退職・東京大学名誉教 授/2015年創薬機構客員教授,現在に至 る/紫綬褒章・島津賞・上原章・日本薬学 会学会賞等を受賞<研究テーマと抱負>ケ ミカルバイオロジー,創薬化学<趣味>読 書,旅 行<所 属 研 究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>
http://www.ddi.u-tokyo.ac.jp/
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.83
日本農芸化学会