第7章 粘性流体の力学−その1
第 7 章 粘性流体の力学−その1
7.1 概要
粘性流体の力学では、理論的な考察は完全な答えを導き出せない。特に乱流という複雑 な現象を含む流れを解析するためには、人間が持つ直感力が実用的な道具を生み出す。純 粋数学的な理論よりも、現象を直感的に把握し、それを単純なモデルに置き換える工学的 センスが流れを理解するために必要である。この分野には、先人が苦労の末に見出した単 純でも現象の本質に迫るモデル化の見本が数多く見受けられる。粘性流体力学の学問とし ての内容とともに工学的センスに溢れたモデル化を学び取ることも忘れないで欲しい。
粘性を考慮した流れを扱うには、粘性によるせん断応力と壁面上でのnon-slip条件を考 慮しなければならない。ニュートンによるせん断応力の仮定はNavier-Stokesの方程式を 導く基礎となった。このN-S方程式はその確かさが十分に認められているが、正確な方程 式であるが故に工学的な実用性には乏しい方程式になっている。
実用的な目的、すなわち乱流を解析するためのレイノルズの方程式と、ブーシネスクが 導入した渦動粘性係数は現在でも用いられ、数値解析の分野において必須の考え方であ る。特に乱流をモデル化し物理量を定常成分と乱れ成分に分離する考え方は複雑な現象を 分析、解析するための基本的な手法である。
プラントルが示した混合距離理論はブーシネスクの仮定を支持し、乱流の本質を理解す るための有力でかつ単純なモデルの一つである。プラントルの仮定は当初の目的とは異 なるが、乱流内の速度場を実用的に表す対数則を導き、乱流の工学的応用に大きな力を与 えた。
7.2 粘性によるせん断応力
粘性流体の流れを考える場合には流体粒子間に働く 粘性によるせん断応力の評価が必要である。ニュー トンはこのせん断応力τ が流速ベクトルと垂直な 方向への速度勾配に比例すると仮定した。
7.2.1 non-slip条件
x z
O
u
基本的な粘性流体の流速分布
図のような単純な流れを対象として説明する。この図は壁面を流れる流れの流速分布を示 したもので、流れは当然壁面と平行に流れている。壁面では流速が0となっており、壁面 から離れるとともに流速が大きくなっている。壁面上を流れる場合、まず壁面では粘性の 影響により流速が0となる。壁面に付着した汚れが水を流してもなかなか流れないことが ある。汚れの厚さが薄ければ薄いほど汚れは水だけでは洗い流すことが難しくなる。流れ の中にある汚れと同じ厚さのゴミはいとも容易く流れることと比べれば、壁面近傍では流 速が非常に小さいことが理解できる。流体粒子のような非常に小さな粒子は壁面に付着し
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流れの科学 講義ノート
た場合は流れない、すなわち壁面上では流速が0であると考えるべきであろう。これを粘 性流体のnon−slip条件と呼ぶ。したがって、図のような単純な流れでは壁面上で流速が 0となる。
7.2.2 ニュートンの仮定
ニュートンはこのような流れに対して壁面と平行な方向にせん断応力τが流速と垂直な 方向の速度勾配に比例するものと仮定し、以下のようなせん断応力の式を提案した。
τ =µdu
dz (7.1)
ここで、µ:粘性係数と呼ばれる係数であり、流体の性質だけで定まることが様々な実験 より確認されている。特に、流体の種類によって概略値が定まり、流体の温度によって多 少変化する。粘性係数の高い流体ほど粘り気の強い流体である。
せん断応力τは、圧力と同じ次元・単位を有し、「単位面積あたりの力」としての性質 がある。当然、運動量保存則や運動方程式を考える場合には圧力と同様に流体に作用する 外力の一つとして考慮する必要がある。すなわち、オイラーの運動方程式は粘性流体には 適用できない1。したがって、オイラーの運動方程式に代わる方程式が必要となる。
オイラーの運動方程式に代わる方程式を考えるために、オイラーの運動方程式中のp ρと 同様な形式にするために、通常せん断応力τ を次のように書き変える。
τ =ρνdu
dz (7.2)
ここで、ν = µ
ρ:動粘性係数であり、20◦Cの水でν = 0.0100cm2/s2の値を持つ。温度に よる変化としては次の表のように60◦Cで動粘性係数の値は20◦Cの約半分になる。
温度(◦C) 0 10 20 30 40 60 80 水の動粘性係数 0.0179 0.0131 0.0100 0.0080 0.0066 0.0048 0.0037
単位はcm2/s
7.3 Navier-Stokes の方程式
ニュートンの仮定によるせん断応力を考慮すると運動方程式は次のようになる。
∂u
∂t +u∂u
∂x +w∂u
∂z = −1 ρ
∂p
∂x +ν µ∂2u
∂x2 + ∂2u
∂z2
¶
(7.3)
∂w
∂t +u∂w
∂x +w∂w
∂z = −g− 1 ρ
∂p
∂z +ν µ∂2w
∂x2 + ∂2w
∂z2
¶
1粘性の影響を無視できるような流れに対しては、この仮定の下にオイラーの運動方程式を適用すること は良く用いられる方法である。
2次元としては[L2]/[T]である。空気の動粘性係数は20◦C(1気圧)で0.150と、水と比べるとかなり粘 性の強い流体である。
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この方程式をNavier-Stokesの方程式、あるいはN−S方程式と呼ぶ。
連続式あるいは質量保存の式はその誘導仮定で粘性を考える必要がないことから、粘性 流体も非粘性流体も、質量保存に関しては同じ方程式になることは明らかである。N-S方 程式は様々な検討と実験によって、その正しさが確認されている3。オイラーの運動方程 式と比べると、右辺の動粘性係数の掛かった項が加えられているだけである。
N-S方程式の解析な解としては単純な層流の場合だけに限られる。日常生活で見られる 乱流の場合にはコンピュータを用いた数値計算が必要となる。
7.3.1 層流に対する解析解
N-S方程式の解析解としては平行平板間の定常流れを表すクエット流(Couette flow)と 2次元ポアズイユ流れ(Poiseuille flow)、および円筒管内のポアズイユ流れ(Poiseuille flow) の3種類が見つけられている。いずれも定常層流の解であり、実用的な流れである乱流に 対する解は見つかっていない。
これらの3種類の解は教科書(pp.111-114)に示されているので、各自で確認しておくこ と。このとき、non-slip条件が使われていることに注意すること。
7.4 流体粒子の変形
流体粒子は、その形を変形させながら流れます。流体粒子の変形のみに注目すると、そ の変形は(i)伸び変形、(ii)角変形、(iii)回転の3種類の変形が組み合わせで表現できる。
つまり、どのような変形もこの3つの変形を組み合わせることで表すことができる。
構造力学や土質力学のような静止した物体を扱う場合は、変形はひずみ量で表される。
流体力学では流体粒子の重心位置から測った粒子の周辺の相対速度によって変形を表現で きる。
伸び変形 軸線方向の相対速度が重心位置から見て逆方向になっている。水のような非圧 縮性流体では粒子の体積が保持されるような相対速度分布になる。この変形の際、
粘性によって変形量を減少させる方向に力が作用する。
=⇒ 粘性による抵抗はν∂2u
∂x2、ν∂2w
∂z2
回転変形 体積変化を伴わない変形の一つで、流体では渦または渦度と表現することが多 い。渦による相対速度は重心から離れるほど大きくなる。この変形に対する粘性抵 抗はせん断応力である。
=⇒粘性による抵抗はν∂2u
∂z2、ν∂2w
∂x2
角変形 体積変化を伴わない変形の一つで、回転と組み合わせることで、ずれ変形とかせ ん断変形を生じさせる。軸線方向の相対速度は重心からの距離に比例して大きくな
3この式の誘導はあまり単純ではなく、連続体力学の知識が必要である。本科目ではこの部分は省略す る。
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る。粘性によるせん断応力はこの変形を減少させるように作用する。
=⇒粘性による抵抗はν∂2u
∂z2、ν∂2w
∂x2
x z
G
伸び変形
x z
G
回転変形
x z
G
角変形
x z
G
ずれ変形
壁面近傍では壁面の影響でずれ変形(せん断変形)が生じる ので、角変形と回転を組み合わせた変形が生じていることに なる。左の図では角変形の後に回転を加えてずれ変形を説明 しているが、順序はどちらからでも良い。このような変形は せん断応力が作用すれば壁面近傍に限らず、流体内部ではど こでも発生する可能性がある。したがって、粘性流体の流れ ではいたる所に渦が生じていると考えることができる。後述 する乱流を理解するためには、この渦の存在を考えておく必 要がある。
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