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化学と生物 Vol. 53, No. 3, 2015
細胞の大きさを規程する分子基盤
脊椎動物特異的細胞サイズ調節因子 Largen の同定
われわれの身体はさまざまに分化した細胞から成り 立っている.その大きさは,長く突起を伸ばした神経細 胞から微小なリンパ球まで多岐にわたる.しかしながら 分化した細胞集団それぞれについて調べると,多くの場 合,細胞の大きさはその集団固有の一定の分布を示すこ とがわかる.一方で,免疫系で働くB細胞は分化の過程 で一時的に大きくなりまた元に戻ることが知られてい る.さらに一般的に,組織が傷害を受けると周囲の細胞 が損傷を治癒するために増殖を始めるが,この際にも細 胞は一時的に大きくなる.これらの事実は,「細胞は自 身の大きさを恒常的に保ち,必要に応じて別の定常状態 に遷移することが可能な調節機構をもつ」ということを 示す.ではその制御の実体は何か? それは遺伝子レベ ルで記述できるのだろうか?
細胞サイズの変異体の分離は1970年代に酵母で始ま り,近年ではRNA干渉を使った体系的なスクリーニン グがショウジョウバエでも行われ,細胞サイズの調節に お け るmTOR経 路 の 重 要 性 が 明 ら か に な っ た(1, 2). mTORは細胞の増殖や代謝調節において中心的な役割 を果たすセリン/スレオニンキナーゼで,増殖関連シグ ナルはおしなべてこのキナーゼに集約され,mTOR複 合体1もしくは複合体2を介して下流に伝達される(3, 4). 興味深いことに,mTORの活性を特異的に阻害する抗 生物質ラパマイシン(RAP)を作用させると,多くの 細胞が小さくなることが知られている(5).われわれはこ の現象を利用して,RAPによる細胞サイズ縮小作用に 拮抗する遺伝子を探り出す方法を開発した(6).
まず,enhanced retroviral mutagen (ERM)法でJur- kat細胞の変異体プールを作る.ERM法とは,テトラサ イクリン感受性転写活性化因子によって制御されるプロ モーターの下流にHAタグとスプライス供与配列(以上 合わせてERMタグとする)を挿入したレトロウイルス ベクターを感染させることにより,標的細胞の遺伝子を ランダムに活性化するシステムである(7).これにより,
ウイルスが挿入されたゲノム部位近傍の遺伝子が常時活 性化され,テトラサイクリン[あるいはその安定誘導体 ドキシサイクリン(DOX)]でその発現がオフになる変 異細胞が作出される.もしRAPによる細胞サイズ縮小
作用に拮抗する遺伝子があるとすれば,それをERM法 により過剰発現している細胞はRAPで処理しても小さ くならずほかの細胞と区別できるはずであり,フローサ イトメトリー上で単純に「大きい細胞」をソートするこ とで濃縮されると考えられる.ソートを繰り返して目的 とする変異細胞を十分に濃縮したのち限定希釈法で細胞 をクローン化し,各細胞クローンのRAPに対するサイ ズ応答性がDOXの有無で変化するかを検討して擬陽性 を排除する.この原理に従い,ERMで動かされている 遺伝子の作用によってのみRAPによる細胞サイズ縮小 作用に拮抗する表現型を示す変異細胞を200個以上単離 した.その後,ERMタグを指標にして増幅したRT- PCR産物の塩基配列をゲノム情報と照会することで各 クローンにおける原因遺伝子を同定し,細胞サイズに影 響すると考えられる数十個の遺伝子を明らかにした(6).
その中のある機能未知遺伝子のcDNAを発現ベク ターに挿入してJurkat, 293T, HeLa細胞に過剰発現させ たところ,実際にそれらの細胞が大きくなり,RAPで 処理してもコントロールの親株細胞より大きいままであ ることがわかった.反対に,その遺伝子の内在性発現を siRNAによって阻害すると細胞が小さくなり一部で細 胞死が誘導された.以上の観察結果から,データバンク 上でProline-rich protein 16 ( )として分類されて いたこの遺伝子産物を「Largen」と名づけ,さらに解 析を進めた.Largen過剰発現細胞内には正常な細胞と 比較してより多くのタンパク質が蓄えられていたことか ら,標識アミノ酸の取り込みやレポーターアッセイ系を 用いた実験を行い,Largenの過剰発現でmRNAの翻訳 効率が上がることを確認した.次に,翻訳開始因子との 相互作用を想定して免疫沈降実験を行ったが,一部の開 始因子(eIF4A, 4B, 4E)が緩く会合するほかはLargen と結合している因子は見いだせなかった.同様に,
mTORやHippo経路(8) の各因子についても調べたが,
相互作用は検出できなかった.そこでリボゾームをショ 糖密度勾配遠心により分画し,ポリゾームに含まれる翻 訳途中のmRNAの種類をマイクロアレイで解析したと ころ,Largen過剰発現細胞では特にヒストンやミトコ ンドリアタンパク質などの翻訳が著しく促進されている
今日の話題
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ことが明らかになった.
この結果に基づき,Mitotracker染色やミトコンドリ アゲノムの定量によって細胞内のミトコンドリア量を調 べたところ,実際にLargen過剰発現細胞ではミトコン ドリアが増えていることが判明した.これに対応して Largen過剰発現細胞では酸素消費率が上昇し,より多 くのATPが生産されていることが確認された.そこで,
細胞サイズとミトコンドリアの活性の相関を見るために 正常細胞をミトコンドリア呼吸鎖の阻害剤であるFCCP で処理したところ,細胞の縮小が見られた.Largen過 剰発現細胞でもFCCPによる細胞サイズの縮小は起こる が,その度合いは正常細胞よりも小さい.この差は,
Largen過剰発現細胞におけるミトコンドリアの活性化 によるものと考えられる.
Largenの過剰発現で誘導されるこれらの現象が でも再現されるかどうかを調べるために,Largen のトランスジェニックマウスを作製した.まず,Lar- genを全身で過剰発現するマウスは胎生致死となった.
このことはLargenの発現量は発生過程において厳密に 制御される必要があることを示唆する.これに対し,肝 臓または筋特異的にLargenを過剰発現するトランス ジェニックマウスは正常なメンデル比で生まれ,その成 体において心筋や肝臓の細胞が大きくなることが確認さ れた.したがって,Largenは生体内においても細胞の 大きさを制御していることが証明された.
以上の結果から,細胞がその大きさを制御する仕組み として,ミトコンドリアを介したタンパク質合成の寄与 という側面が明らかになった.その重要な調節因子とし てLargenが同定されたが,その分子機作についてはま だ不明である.しかしながらLargenは,ミトコンドリ ア機能の制御という点から細胞の代謝調節に関与してい ると考えられ,今後その機能が解明されれば,代謝異常
によって引き起こされるがんやメタボリックシンドロー ムなどの理解を深めるとともに,これら複合的な疾患に 対する新規な創薬へとつながることが期待される.
1) P. Jorgensen & M. Tyers: , 14, R1014 (2004).
2) M. Cook & M. Tyers: , 18, 341 (2007).
3) M. Laplante & D. M. Sabatini: , 149, 274 (2012).
4) M. Shimobayashi & M. N. Hall: ,
15, 155 (2014).
5) D. C. Fingar, S. Salama, C. Tsou, E. Harlow & J. Blenis:
, 16, 1472 (2002).
6) K. Yamamoto, V. Gandin, M. Sasaki, S. McCracken, W.
Li, J. L. Silvester, A. J. Elia, F. Wang, Y. Wakutani, R. Al- exandrova : , 53, 904 (2014).
7) D. Liu & Z. Songyang: , 446, 409 (2008).
8) K. Tumaneng, R. C. Russell & K.-L. Guan: , 22, R368 (2012).
(山本一男,長崎大学医学部共同利用研究センター細胞 機能解析支援部門)
プロフィル
山本 一男(Kazuo YAMAMOTO)
<略歴>1992年大阪大学大学院理学研究 科単位取得退学(1994年理学博士)/同年 埼玉医科大学医学部第二生化学教室助手/
1997年長崎大学医学部腫瘍医学教室講 師/2000年同大学大学院医学系研究科新 興感染症病態制御学系講師/2002年同大 学大学院医歯薬学総合研究科感染分子病態 学 講 座 講 師/2003年 同 助 教 授/2007年 キャンベルファミリー癌研究所上席研究 員/2012年長崎大学医学部共同利用研究 センター准教授,現在に至る<研究テーマ と抱負>細胞の大きさを規定する分子基盤 の解明から,組織・個体サイズとのかかわ りまでさまざまな生命現象を「大きさ」と いう観点から俯瞰してみたい<趣味>ジャ ズ演奏・鑑賞
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