【解 説 】
組換 え大腸菌 を利用 した光学活 性化合物 生産 プ ロセ ス
片岡道彦, 喜多恵子, 清水 昌
生体 触媒 を用 い る有用 物 質生産 プ ロセスの 実用 化が 進 ん で い る中, 遺 伝子 工 学技術 の発 展 に よ り, 様 々 な生 体 触媒 の ク ロ ー ニ ング ・大 量発 現系 の構 築が 達成 され てい る. 本 稿 で は, 生 体触 媒 を大量 発 現 させ た組換 え大 腸菌 を触 媒 とす る物 質 生産 プ ロセ ス につ いて紹 介 す る.
近 年, 生 体 触 媒 (酵 素) を用 い る有 用 物 質 生 産 に関 す る 研 究 が盛 ん に行 な わ れ, 実 際 に工 業 化 さ れ て い る例 も多 くみ られ る よ う に な っ た(1〜4). 生体触 媒 反 応 を通 常 の 有 機 化 学 反 応 と比 較 した 場 合 の 特 長 と し て は, 反 応 条 件 が 常 温 ・常 圧 とい う穏 和 な条 件 で あ る こ と, 基 質 特 異 性 が 高 い こ と, 立 体 選 択 性 が 高 い こ と, 位 置 特 異 性 が 高 い こ と, 二 酸 化 炭 素 の 排 出 が 低 い な どの 環 境 調 和 型 プ ロ セ ス で あ る こ とな どが挙 げ られ る. この よ う に, 触 媒 と して 優 れ た特 長 を もつ 生 体 触 媒 が, これ まで 工 業 用 触 媒 と し て 用 い られ る例 が 少 なか った 理 由 と して は, 有 機 化 学 触 媒 と比 較 し た場 合, そ の汎 用 性 や 安 定 性 の低 い こ とな ど が 挙 げ られ る.
生 体 触 媒 は本 来, 生 体 内 にお い て 特 異 性 (基 質 ・立 体 ・ 位 置) の 高 い反 応 を触 媒 して お り, これ に よ り生 体 内 の 生 合 成 系 ・代 謝 系 は ス ム ー ズ に機 能 し て い る. 生 体 触 媒
を物 質 生 産 の 場 に利 用 す る場 合 も, まさ に この 生 体 触 媒 の もつ 高 い 特 異 性 を利 用 し よ う とし て い るの で あ る. し か し逆 に 言 う と, そ の 特 長 を 生 か す た め に は, 目的 とす る反 応 ご と に最 適 な特 異 性 を有 す る酵 素 を探 し出 す こ と が 必 須 条 件 とな る. そ し て, この 汎 用 性 の 低 さ が工 業 用 触 媒 と して の 普 及 に ネ ッ ク とな っ て い た. 一 方, そ の 安 定 性 に つ い て も, 生 体 内 で の 反 応 条 件 が 一 般 に 中 性, 30〜40℃付 近 で あ り高 度 な安 定 性 を必 要 と し な い た め, この こ とが や は り工 業 用 触 媒 と し て の利 用 を妨 げ て きた 原 因 の 一 つ で もあ った. しか し最 近, これ ら の ネ ガ テ ィ ブ な 要 因 を 克 服 し, 工 業 生 産 プ ロセ ス に つ な げ られ る よ うな 生 体 触 媒 ( ス ー パ ー 生 体 触 媒) の発 見 ・生 産 プ ロセ ス の 開 発 が 成 し遂 げ られ て い る.
本 稿 で は, そ の 中 か ら, 筆 者 らの 研 究 室 で 研 究 して き た組 換 え大 腸 菌 を触 媒 と して 用 い る キ ラ ル ビル デ ィ ン グ ブ ロ ッ ク (キ ラル シ ン トン, 光 学 活 性 合 成 素 子 と も呼 ば れ る) の生 産 プ ロ セ ス に つ い て, 微 生 物 の 生 産 す るカ ル ボ ニ ル 還 元 酵 素 に よ る不 斉 還 元 反 応 を利 用 し た光 学 活 性 4‑ク ロ ロ‑3‑ヒ ドロ キ シ酪 酸 エ チ ル (CHBE) の 生 産 を 例
に とっ て解 説 す る.
光 学 活 性 化 合 物 を生 産 す る プ ロ セ ス にお い て, 古 くか ら用 い られ て きた 方 法 の 一 つ と し て, キ ラ ル ビ ル デ ィ ン グ ブ ロ ッ ク を 利 用 す る 方 法 が あ る. 本 稿 で 紹 介 す る
Enzymatic Production of Chiral Compounds Using Escheri‑
chia coli Transformants
Michihiko KATAOKA*1, Keiko KITA*2, Sakayu SHI‑
MIZU*1, *1京都 大 学 大 学 院 農 学 研 究 科, *2鳥取 大 学 工 学 部
CHBEは, (R)‑体 がL‑カ ル ニ チ ン な ど に, ま た (S)‑体 がHMG‑CoA還 元 酵 素 阻 害 剤 な ど に転 換 で き る化 合 物 で あ る. この よ うな化 合 物 は, 光 学 活 性 を保 持 した ま ま 他 の 化 合 物 の 合 成 単 位 と して利 用 で き, 結 果 と して 様 々 な 光 学 活 性 有 用 化 合 物 に 変 換 可 能 な 中 間 原 料 と な る.
した が っ て, この よ う な キ ラ ル ビル デ ィ ン グ ブ ロ ッ ク を 効 率 よ く生 産 す る こ とが で きれ ば, 非 常 に有 効 な 手 段 と
な る.
この よ うな 目的 か ら, カ ル ボ ニ ル 基 の 不 斉 還 元 反 応 に よ る キ ラ ル ビル デ ィ ン グ ブ ロ ッ ク と して の 光 学 活 性 ア ル コ ー ル類 の 生 産 に つ い て は, 古 くか ら多 くの 研 究 が な さ れ て きた. 特 に, 入 手 が 容 易 な 市 販 パ ン酵 母 を用 い た プ ロ キ ラ ル な カル ボ ニ ル 化 合 物 か ら の様 々 な 光 学 活 性 ア ル コ ー ル類 の 生 産 に 関 す る研 究 は, 生 化 学 ・有 機 化 学 を 問 わ ず 現 在 で も盛 ん に行 な わ れ て い る. パ ン酵 母 中 に は, 様 々 な ア ル コ ー ル脱 水 素 酵 素 や カ ル ボ ニ ル 還 元 酵 素 が 存 在 して お り, 様 々 な カ ル ボニ ル 化 合 物 に対 して還 元 活 性 を示 す. 場 合 に よ って は, 1つ の基 質 に対 して複 数 の還 元 酵 素 が 作 用 して, 様 々 な 立 体 選 択 性 を伴 って 還 元 す る.
し た が って, 生 成 す る ア ル コー ル 類 の光 学 純 度 を高 め る た め に は, 反 応 条 件 を整 え るな どの工 夫 が 必 要 とな る.
す な わ ち, 目的 とす る物 質 の 光 学 純 度 を常 に高 く保 つ た め に は, 特 定 の還 元 酵 素 の み が 作 用 す る条 件 を設 定 しな け れ ば な ら な い.
微 生 物 の生 産 す るカ ル ボ ニル 還 元 酵 素 1. 微 生 物 の 生 産 す るカ ル ボ ニル 還 元 酵 素 の 多 様 性
4‑ク ロ ロ‑3‑オ キ ソ酪 酸 エ チ ル (COBE) を基 質 と して, 立 体 選 択 的 にCHBEを 生 成 す る微 生 物 の ス ク リー ニ ン
グ を行 な った と こ ろ, 様 々 な微 生 物 が還 元 活 性 を示 し, そ の 立 体 選 択 性 も様 々 で あ った(5)(図1). 一 般 的 に, こ の よ うな 反 応 を触 媒 す る カ ル ボ ニ ル還 元 酵 素 は, 補 酵 素
と してNADHま た はNADPHを 要 求 す る. そ こで, 菌 体 の もつ 還 元 活 性 の 強 さ の み を評 価 す るた め に, 反 応 液 中 にNAD+, NADP+, グ ル コ ー ス, グ ル コ ー ス脱 水 素 酵 素 (GDH) を添 加 し, 補 酵 素 の供 給 系 (グ ル コー ス の 酸 化 に伴 いNADH, NADPHが 生 成 す る) を付 加 し て ス ク リー ニ ン グ を行 な った. (R)‑体 のCHBEを 優 先 的 に 生 成 す る菌 株 は そ れ ほ ど多 くは な く, Sporobolomyces salmonicolor が 最 も高 い光 学 純 度 (62% ee) で (R)‑体 を 与 え た. 一 方, (S)‑体 を生 成 す る菌 株 は Candida 属 酵 母 に多 く見 い だ さ れ, Candida magnoliae で は90% ee 以 上 の光 学 純 度 で (S)‑体 を与 えた.
2. Sporobolomyces salmonicolor 由来 の ア ル デ ヒ ド 還 元 酵 素
S. salmonicolor 菌 体 中 に はCOBEを 還 元 す る酵 素 が 少 な く と も2種 類 存 在 して い た(6〜9)(表1). (R)‑CHBE
を与 え る 酵 素 (ARI) は, 哺 乳 類 な ど に そ の 存 在 が 知 ら れ て い る ア ル ド‑ケ ト還 元 酵 素 フ ァ ミ リー に属 す る 酵 素 で あ り, (S)‑CHBEを 与 え る 酵 素 (ARII) は, 哺 乳 類 3β‑ヒ ドロ キ シ ス テ ロ イ ド還 元 酵 素/植 物 ジ ヒ ドロ フ ラ ボ ノ ー ル‑4‑還 元 酵 素 フ ァ ミ リー に 属 す る酵 素 で あ る こ とが 明 らか とな っ た. い ず れ の 酵 素 もNADPH依 存 性 で, 各 種 ア ル デ ヒ ド類 に 広 く作 用 す る こ とか ら, アル デ ヒ ド還 元 酵 素 の1種 と考 え られ た. また, ARIお よ び ARIIは 厳 密 な 選 択 性 を も っ て, そ れ ぞれ(R)‑体 な らび に(S)‑体 に還 元 す る こ とが 明 らか と な った. ス ク リ ー
図1 ■微 生 物 に よ るCOBEの 還 元 と そ の 立 体 選 択 性 バ ク テ リア, 放 線 菌, 酵母, カ ビな どを用 い て, COBEに 対 す る不 斉還 元 能 の 検 討 を行 な った. 休 止 菌体 反 応, 反応18時 間. □: バ ク テ リア, ■: 放 線 菌, △: 酵 母, ○: カ ビ
用語解説
生体 触媒: 生物 の もつ触 媒 活性 を実 用的 生産 に用 い る場 合, 精製 され た酵 素以 外 に も, 微 生物 細胞, 動植 物細 胞, 細 胞 内小器 官 な どを, 生 き て い る状 態, あ るい は増 殖性 な どの活 性 の ない状 態 で利 用 す る. これ らを総 称 して生 体触 媒 と呼 ぶ.
キ ラ ル ビル デ ィ ン グ ブ ロ ッ ク: 不斉 中心 を有 す る 低分 子量 化 合物 で あ り, 天然物 ・生理 活性 物質 な どの分 子 内 に不斉 中 心 を有 す る光 学 活性 な化 合物 を合 成 す る際 の合 成 素 子 として用 い られ る.
不斉 還 元反応: プ ロキ ラルな ケ トン を, 光 学活 性 なア ル コール類 へ変 換 す る還 元 反 応. 2‑ブ タ ノ ン か ら(S)‑あ る い は(R)‑2‑ブ タ ノ ー ル へ の 変 換 反 応 が 簡 単 な例 で あ る.
314 化 学 と 生 物 Vol. 38, No. 5, 2000
ニ ン グ に お い てS. salmonicolor 菌 体 を 用 い た 反 応 で は, これ らの酵 素 が と も に作 用 して, 見 か け 上(R)‑体 ・ (S)‑体 の 混 合 物 を 与 え て い る と推 察 され る.
3. Candida magnoliae 由来 の カル ボ ニ ル 還 元 酵 素 C. magnoliae 菌 体 中 に は, COBEを 還 元 す る 酵 素 が 少 な く と も4種 類 存 在 して い た(5,10,11)(表1). このうち, 最 も多 く存 在 す る酵 素 は(S)‑体 の み を生 成 す るS1で あ った. S1は, ア ミ ノ酸 配 列 の 比 較 に よ り短 鎖 ア ル コ ー ル 脱 水 素 酵 素/還 元 酵 素 フ ァ ミ リー に属 す る こ とが 判 明 し た. S1以 外 に, (S)‑CHBEを 優 先 的 (約50% ee) に 生 成 す るS3, S4と, (R)‑CHBEの み を生 成 す るRが 得 ら れ た. S3, S4はS1と 同 様 に 短 鎖 ア ル コ ー ル 脱 水 素 酵 素/還 元 酵 素 フ ァ ミ リ ー に, ま たRはS. salmonicolor のARIと 同 様 に ア ル ド‑ケ ト還 元 酵 素 フ ァ ミ リー に 属 す る酵 素 で あ る こ とが わ か った. これ ら の酵 素 は い ず れ もNADPH依 存 性 で あ り, S1の 安 定 性 が 最 も高 く, C.
magnoliae の 菌 体 反 応 で も S1の み が 主 に作 用 し て(S)‑
体 の み が 生 成 した もの と考 え られ る.
こ の よ う に, 2種 の 菌 株 だ け を と って み て も, 数 多 く の カル ボ ニ ル 還 元 酵 素 が 存 在 して い る こ とが わ か る. ス ク リー ニ ン グ に よ り, 目的 とす る酵 素 活 性 を有 す る菌 株 は必 ず 見 つ か る は ず で あ る. ま た, こ う し て 得 られ た 種 々 の酵 素 につ い て も, 基 質 特 異 性 の検 討 を行 な い, 基 質 とな る化 合 物 の幅 を広 げ て い く こ とで, さ ら に異 な る 有 用 化 合 物 生 産 へ の 応 用 が 期 待 さ れ る.
水‑有 機 溶 媒2相 系 に よ る反 応 の 効 率 化 1. S. salmonicolor 由 来ARIに よ る(R)‑CHBEの 生 産
S. salmonicolor 菌 体 中 に は, 目 的 とす る(R)‑CHBE を生 成 す る酵 素 (ARI) 以 外 に も, (S)‑CHBEを 生 成 す
る 酵 素 (ARII) が 存 在 して い た. そ こで, この 酵 素 活 性 を 除 去 す る た め の 検 討 を行 な っ た と こ ろ, S. salmonicolor の粗 抽 出 液 に対 して, 熱 処 理 お よび ア セ トン分 画 を施 す
こ とで, 光 学 純 度 の 大 幅 な 向 上 が 認 め られ た(12). そ こ で, この 画 分 を触 媒 と して, 補 酵 素NADPH再 生 系 を添 加 した 反 応 系 で反 応 を 行 な わ せ た と こ ろ, 約30mg/ml の(R)‑CHBEが モ ル収 率74%, 光 学 純 度85% eeで 得
られ た(12). 基 質 は 完 全 に 消 費 さ れ て い た に も か か わ ら ず, 収 率 が74%に と ど ま った 原 因 を検 討 した と ころ, 次 の よ う な点 が判 明 した. す な わ ち, (1)基質COBEが 水 溶 液 中 で は不 安 定 で あ る こ と, (2)ARIお よび 補 酵 素 再 生 系 のGDHが 高 濃 度 基 質 に よ り失 活 す る こ と, (3)ARI が 高 濃 度 の基 質 お よ び 生 成 物 に よ り反 応 阻 害 を受 け る こ
と, が 挙 げ られ る(13).
この 問題 を解 決 し, 収 率 を上 げ る た め に水‑有 機 溶 媒 2相 系 反 応 の 導 入 を 試 み た. 本2相 系 反 応 シ ス テ ム で は, 基 質COBEお よ び 生 成 物CHBEの ほ とん どは有 機 相 に 存 在 し, 一 部 水 相 に移 動 した 基 質 が 酵 素 反 応 の基 質 とな る とい う原 理 で あ る (図2). この 場 合, 水 相 中 に 存 在 す る基 質 ・生 成 物 の濃 度 を低 く抑 え る こ とが で き, 上 述 の 収 率 低 下 の 原 因 をす べ て 回 避 で き る もの と考 え られ た. 実 際 の反 応 で は, 添 加 す る有 機 溶 媒 の 酵 素 に対 す る 影 響 を最 小 限 に し な け れ ば な らな い. そ こで, 様 々 な 有 機溶 媒 を用 い て, 基 質 ・生 成 物 の 抽 出 効 率 な らび にAR
I・GDHに 対 す る失 活 効 果 を検 討 した 結 果, 酢 酸 ブ チ ル を有 機 相 に用 い る こ とが 最 適 で あ る こ とが わ か っ た. そ こで, この 水‑酢 酸 ブ チ ル2相 系 で 反 応 を行 な わ せ た と ころ, 期 待 通 り収 率 の 向 上 が み られ, 77mg/mlの(R)‑
CHBEが, モ ル 収 率95%, 光 学 純 度86% eeで 生 成 し た(13).
2. C. magnoliae 菌 体 に よ る(S)‑CHBEの 生 産 C. magnoliae 菌 体 中 に は, (S)‑CHBEの み を生 成 す 表1 ■ S. salmonicolor お よ び C. magnoliae 由 来 の ア ル デ ヒ ド還 元 酵 素 とカ ル ボ ニ ル 還 元 酵 素 の 諸 性 質
ND: 未 測 定, AKR: ア ル ド‑ケ ト還 元 酵 素, HSR/DFR: 3β‑ヒ ドロ キ シス テ ロ イ ド還 元酵 素/ジ ヒ ドロ フ ラボ ノ ール‑4‑還 元 酵 素, SDR:
短 鎖 アル コー ル脱 水 素 酵素/還 元 酵 素
る酵 素 で あ るS1が 主 に 存 在 し, 洗 浄 菌 体 を用 い る 反 応 で は 主 と して 本 酵 素 が 作 用 す る こ とに よ り(S)‑CHBE が 高 い 光 学 純 度 で 生 成 す る こ とが わ か っ た. ま た, S1
は, S3, S4, Rに 比 べ る と, 酢 酸 ブ チ ル 添 加 に対 す る耐 性 が 高 く, ARIと 同 様 の水7‑酢酸 ブ チ ル2相 系 反 応 に供 す る こ とで 生 成 物 の光 学 純 度 の さ らな る向 上 が期 待 さ れ た. C. mgnoliae の 洗 浄 菌 体 を触 媒 と し て, NADPH 再 生 系 を添 加 し た 水‑酢 酸 ブ チ ル2相 系 反 応 を行 な っ た
とこ ろ, 90mg/mlの(S)‑CHBEを, モ ル収 率99%, 光 学 純 度97% eeで 生 成 さ せ る こ とに 成 功 した(14).
組 換 え大 腸 菌 に よ る生 産 プ ロセ ス の 開 発
S. salmonicolor のARIに つ い て は, 遺 伝 子 レ ベ ル で の 解 析 も行 な っ た. ク ロ ー ン化 さ れ たARI遺 伝 子 を, 大 腸 菌 の 高 発 現 ベ ク タ ーpKK223‑3の tac プ ロモ ー タ ー の 支 配 下 に発 現 さ せ た と ころ, ARIタ ンパ ク 質 の 発 現 量 は全 可 溶 性 タ ンパ ク質 の 約17%に 達 し た(8). 組換 え体 大 腸 菌 か ら得 られ た 酵 素 は, S. salmonicolor 由 来 の 酵 素 と同 じ性 質 を 示 し た こ と, ま た宿 主 大 腸 菌 に は, COBEを 還 元 す る酵 素 活 性 が認 め られ な い こ とか ら, こ の 組 換 え大 腸 菌 を直 授接触 媒 と し て 用 い れ ば, ARIを 精 製 して用 い る前 述 の 生 産 シ ス テ ム に比 べ て, よ り実 用 性 が 高 くな る と考 え られ た. そ こで, 組 換 え大 腸 菌 を用 い た 生 産 プ ロ セ ス の 開 発 を行 な っ た 結 果 に つ い て 紹 介 す
る.
1. 還 元 酵 素 大 量 発 現 大 腸 菌 に よ る生 産 プ ロセ ス ARIを 大 量 発 現 させ る こ と に成 功 した E. coli JM 109 (pKAR) の 洗 浄 菌 体 を触 媒 と して, GDHな どの補
酵 素 再 生 系 を添 加 した 水‑酢 酸 ブ チ ル2相 系 反 応 を行 な った. そ の 結 果, モ ル収 率91%, 光 学 純 度91% eeで255 mg/mlの(R)‑CHBEが 生 成 した(15). これ に よ り, 酵 素
を大 量 発 現 させ た 組 換 え大 腸 菌 を触 媒 とし て用 い る こ と が 可 能 な こ とが 示 され た. そ こで, これ ま で補 酵 素 再 生 系 酵 素 と し て用 い て い た市 販GDHに 関 して も, 同 酵 素 を発 現 させ た組 換 え大 腸 菌 を用 い る こ とが で きな い か を 検 討 した.
Bacillus megaterium 由来 のGDH遺 伝 子 を大 量 発 現 させ た 大 腸 菌 E. coli JM109 (pGDA2) を E. coli JM109 (pKAR) と と も に 水‑酢 酸 ブ チ ル2相 系 反 応 に 供 し た と こ ろ, 市 販GDHを 用 い た と き と同 様 に(R)‑
CHBEを 生 産 で き る こ と が 明 ら か と な っ た(表2)(16).
GDHは, NADPHだ け で な くNADHも 再 生 で き る こ とか ら, GDH高 発 現 大 腸 菌 は他 のNADH, NADPH要 求 性 の 還 元 酵 素 を触 媒 とす る反 応 プ ロセ ス に も応 用 で き
る もの と考 え られ る.
2. 還 元 酵 素 お よ び 補 酵 素 再 生 系 酵 素 共 発 現 大 腸 菌 に よ る生 産 プ ロ セ ス
ARI遺 伝 子 な ら び にGDH遺 伝 子 を個 々 に大 量 発 現 させ た 組 換 え大 腸 菌 が 触 媒 と して有 効 で あ る こ とが 示 さ れ た こ とか ら, さ らにARIとGDH両 遺 伝 子 を 同 じ大 腸 菌 菌 体 内 に共 発 現 させ る こ とを 試 み た(17). 2つの 遺 伝 子 を大 腸 菌 で 同 時 に発 現 させ る 方法 と し て, 2つ の 方 法 を検 討 した. 1つ 目 は, そ れ ぞ れ の遺 伝 子 を異 な る プ ラ ス ミ ド (pKK223‑3お よびpACYC177) に組 み 込 み, 2 つ の プ ラ ス ミ ドが 共 存 ・共 発 現 す る組 換 え大 腸 菌 とす る 方 法 で あ り, 2つ 目 は, プ ラス ミ ドpKK223‑3の tac プ ロ モ ー タ ー 下 流 にARI‑GDH遺 伝 子 の 順 ま た は 図2 ■水‑有 機 溶 媒2相 系 反 応 の 概 念 図
基 質 ・生 成 物 の ほ とん どは有 機 相 に存 在 し, その うち の一 部 が水 相 に移 動 して酵 素 反 応 を受 け る. この た め, 基質 ・生 成 物 に よる酵 素 反応 阻害 ・酵 素失 活 が 抑制 され, 基 質 の安 定 性 も向上 す る.
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GDH‑ARI遺 伝 子 の順 に組 み 込 ん だ組 換 え プ ラ ス ミ ド を形 質 転 換 す る 方 法 で あ る.
これ ら3種 類 の組 換 え大 腸 菌 の粗 抽 出 液 を調 製 し, そ れ ぞ れ の 酵 素 活 性 を測 定 した と ころ, 別 々 の プ ラ ス ミ ド で 共 発 現 させ た (E. coli JM109 (pKAR, pACGD)) 場 合, ARI・GDH活 性 と も に十 分 量 発 現 して い た. 一 方, ARI‑GDH遺 伝 子 の 順 に 同 じ プ ラ ス ミ ド上 に組 み 込 ん だ 場 合 は両 酵 素 の 発 現 は み られ た も の の, E. coli JM109 (pKAR, pACGD) と比 較 す る と1/3程 度 で あ っ た. ま た, GDH‑ARI遺 伝 子 の順 で 組 み 込 ん だ場 合 は, ARIが ほ とん ど発 現 して い な か っ た. これ は, GDH遺 伝 子 とARI遺 伝 子 の 間 にGDH遺 伝 子 由来 の ス テ ム ル ー プ構 造 が 存 在 し て い る た め, そ の 下 流 のARI遺 伝 子 の 転 写 効 率 が 低 下 し た た め と考 え られ る. ARI遺 伝 子 との 共 発 現 系 の 構 築 で は, 別 々 の プ ラ ス ミ ドを用 い る 方 法 が 効 果 的 で あ っ た が, 他 の還 元 酵 素 遺 伝 子 との 共 発 現 系 を構 築 す る場 合, そ れ ぞ れ に適 し た 方 法 を検 討 す る必 要 が あ る.
両 酵 素 活 性 が 十 分 量 発 現 し て い た E. coli JM109 (pKAR, pACGD) の 洗 浄 菌 体 を触 媒 とし て, 水‑酢 酸 ブ チ ル2相 系 で 反 応 を行 な っ た. この 場 合, 補 酵 素 再 生 系 に 必 要 な グ ル コ ー ス お よ び 触 媒 量 のNADP+を 添 加 す る必 要 が あ る. こ の結 果, モ ル 収 率94%, 光 学 純 度92%
eeで268mg/mlの(R)‑CHBEを 生 産 で き た(18). この 結 果 を, 精 製ARIお よ び市 販GDHを 用 い る系, な ら び に2つ の酵 素 遺 伝 子 を別 々 の 大 腸 菌 で発 現 させ た 菌 体 を用 い る系 と比 較 した場 合, モ ル 収 率 ・光 学 純 度 と もに ほ とん ど差 は み られ な か っ た (表2). さ ら に, 共 発 現 大 腸 菌 を 用 い る 系 で は, 反 応 時 間 の 短 縮, 収 量 の 増 加, NADP+の 回転 数 の 向上 な どの改 良 が み ら れ た. 反 応 時 間 の 短 縮 は, 大 腸 菌 菌 体 内 でARIとGDHが 近 い場 所 に あ る た め, 還 元 反 応 と補 酵 素 再 生 反 応 の 共 役 が効 率 よ
く起 こ って い るの で は な い か と考 え られ る. また, 収 量 の 増 加 やNADP+の 回転 数 の 向 上 は, 反 応 時 間 が 短 縮 さ れ る こ とで 基 質 やNADP+の 分 解 が抑 制 さ れ, これ らを 途 中添 加 す る こ とな く反 応 が 行 な え る こ とに起 因 す る も の と思 わ れ る.
同様 に して, C. magnoliae 由来 のS1遺 伝 子 をGDH 遺 伝 子 と と も に 共 発 現 さ せ た 大 腸 菌 を用 い る と, 250 mg/mlの(S)‑CHBEを モ ル 収 率89%, 光 学 純 度99%
eeで 生 産 す る こ とが で きた(18).
*
本 稿 で 紹 介 した 共 発 現 組 換 え大 腸 菌 を触 媒 とす る物 質 生 産 プ ロ セ ス は, これ まで の 有 機 化 学 的 合 成 法 を凌 駕 す
る ほ どの 高 濃 度 ・高 モ ル 収 率 で, 高 い光 学 純 度 のCHBE を得 る こ とが で き る. ま た本 シ ス テ ム は, 他 の カ ル ボニ ル 還 元 酵 素 を用 い る不 斉 還 元 プ ロ セ ス に も応 用 が 可 能 で あ る. す な わ ち, 上 述 の シス テ ム のARI遺 伝 子 を他 の カ 表2 ■組 換 え大 腸 菌 な ど に よ る(R)‑CHBE生 産 シ ス テ ム の 比 較
NADP+ の回 転 数: NADP+ 1分 子 がCHBE何 分 子 を生 成 す るた め に使 わ れ た か を表 わ す値. 反 応 後 に生 成 したCHBEの モ ル数 と反 応 液 に添加 したNADP+の モ ル 数 か ら計 算 した. NADP+は 反 応 液 に添 加 す る もの の 中で 最 も高 価 で あ る こ とか ら, 反 応効 率, 生 産 コス トな ど の 指標 として 用 い られ る.
図3 ■共 発 現 大 腸 菌 に よ る光 学 活 性 ア ル コ ー ル の 生 産 シ ス テ ム
NADHあ る い はNADPHを 補 酵 素 とす る カル ボニ ル 還 元 酵 素 遺 伝 子 とGDH遺 伝 子 を共 発 現 させ た 大 腸 菌 を用 い て, 様 々 な カ ル
ボニ ル化 合 物 の 不 斉還 元 が 可 能 で あ る.
ル ボ ニ ル 還 元 酵 素 遺 伝 子 に 置 き 換 え る こ と で, 様 々 な 化 合 物 の 生 産 プ ロ セ ス に 応 用 で き る も の と考 え ら れ る (図 3).
本 稿 で 紹 介 し たARIやS1以 外 の カ ル ボ ニ ル 還 元 酵 素, た と え ばS. salmonicolor のARIIやC. magnoliae のS3, S4, Rに つ い て も, 共 発 現 大 腸 菌 の シ ス テ ム を 用 い る こ と に よ り, さ ら に 様 々 な 化 合 物 の 不 斉 還 元 反 応 に 応 用 で き る も の と期 待 し て い る. ま た, 遺 伝 子 工 学 的 手 法 を 利 用 し た カ ル ボ ニ ル 還 元 酵 素 の 改 良 や 大 腸 菌 以 外 の 宿 主 の 利 用, 菌 体 の 固 定 化 な ど に 関 す る 検 討 も, こ の 種 の 還 元 シ ス テ ム の さ ら な る 利 用 拡 大 へ と つ な が る も の と 期 待 さ れ る.
文 献
1) S. Shimizu, J. Ogawa, M. Kataoka & M. Kobayashi:
New Enzymes for Organic Synthesis, Advances in Bio‑
chemical Engineering Biotechnology , Vol. 58, Springer‑
Verlag, 1997, p. 45.
2) J. Ogawa & S. Shimizu: Trends Biotechnol., 17, 13 (1999).
3) 日本 化 学 会(編): バ イ オ フ ァイ ン ケ ミカ ル ズ , 季 刊 化 学 総 説, No. 33, 学 会 出版 セ ン ター, 1997.
4) 清水 昌, 熊 谷英 彦, 古 山種俊, 浅野 泰 久, 加藤 康 夫, 喜 多 恵 子, 片 岡 道彦, 池 中 康裕, 高 橋 里 美: 生 物 工 学会 誌, 76, 419 (1998).
5) M. Wada, M. Kataoka, H. Kawabata, Y. Yasohara, N.
Kizaki, J. Hasegawa & S. Shimizu: Biosci. Biotechnol.
Biochem., 62, 280 (1998).
6) H. Yamada, S. Shimizu, M. Kataoka, H. Sakai & T.
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