再生医療における細胞の品質管理や規格化の需要や,疾患の 早期診断・治療の社会的要請の高まりなどに伴い,細胞の精 密な特徴づけや分類がますます重要になってきた.細胞表面 は さ ま ざ ま な ク ラ ス の 複 合 糖 質 で 覆 わ れ て お り,細 胞 マ ー カーの多くが糖鎖や複合糖質であることが明らかにされてき たことから,糖鎖は細胞マーカーのソースとして有用と考え られる.筆者らは,細胞に存在する複合糖質糖鎖の全容的な 定性・定量情報の取得を目指し,細胞の主要な複合糖質糖鎖 に焦点をあてる総合的なグライコミクスの研究に携わってき た.本稿ではその背景,方法論,および有用性について実例 を挙げて解説する.
はじめに
一個体のすべての細胞は同じDNAをもっているが,
遺伝子のON/OFF制御により,細胞は役割に応じた形 態や性質をもっている.また遺伝子の変異や病態,ある いはストレスなどの外的要因によっても細胞の性質は変 化する.進行したがんの場合,専門家は細胞形態の特徴 を捉えることで,見るだけで疾患部位を判定することが
できるであろう.見るだけで判定できない場合や,浸潤 の程度を確定するためには,病理診断が行われる.疾患 を早期の段階で正常と区別することができればできるほ ど疾患の早期診断につながる.細胞の精密な評価は急速 に発展する再生医療の現場でも求められている.iPS細 胞やES細胞などの多能性幹細胞を臨床応用するために は,細胞の均質な増殖,疾患に応じた目的細胞への均質 な分化が重要であり,さらに品質管理のために異種細胞 を高感度かつ低毒性で検出・分離する技術が求められて いる(1)
.
化合物の記述に関しては,化合物ライブラリーの発展 により数万,数十万の化合物の化学的多様性の指標とな るパラメーター(分子記述子)の算出方法が大きく進展 した(2)
.細胞についても,上述の需要に応えるために精
密な記述方法が今後大きく発展していくものと考えられ る.現在,細胞は細胞形態,細胞形質(たとえば幹細胞 としての分化能やがん細胞としての造腫瘍能),分子
(たとえば細胞表面マーカー,トランスクリプトーム,
エピゲノム,一塩基多様性)などによって記述される.
本稿のテーマである総合グライコームは分子による細胞 記述法の一つである.
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【解説】
Describing Cells by Total Cellular Glycomics
Yasuro SHINOHARA, Jun-ichi FURUKAWA, 北海道大学大学院 先端生命科学研究院
総合グライコミクスで 細胞を記述する
篠原康郎,古川潤一
なぜグライコミクスか:糖鎖は「細胞の顔」
以下の事実は糖鎖が細胞の記述子として有用であるこ とを端的に示唆している.
・細胞表面は一般に糖衣(グリコカリックス)と呼ばれ
る複合糖質の集合体で覆われている.・ABO式,P式,ルイス式,Ii式血液型抗原などの多く
の血液型抗原が糖であり,これらの抗原は赤血球な どの細胞表面に発現している.・汎用される未分化マーカー(たとえばSSEA-3/4/5,
Tra-1-60/81)および厚生労働省やアメリカ食品医薬 品局認可の腫瘍マーカーの多く(たとえばCA19-9, CA125, CEA)は糖鎖または複合糖質である.・インフルエンザウイルスの感染は,宿主の気道の特異
的な細胞表面糖鎖構造を認識することによって成立 する.・肝細胞がんの診断に用いられている α
-フェトプロテイ ン(AFP)の特異度は,AFPに結合する糖鎖のフコ シル化を考慮することで大きく改善する.糖鎖合成には鋳型がなく,糖転移酵素,糖分解酵素,
糖ヌクレオチド合成酵素,トランスポーターなどの600 を超える糖鎖関連遺伝子による複雑な機構で生合成され る(3)
.細胞の糖鎖修飾は,さらにエピジェネティックな
遺伝子発現制御,糖鎖関連酵素の活性や局在の変化,種々の転写因子などさまざまな因子によって制御されて いる.細胞ごとに糖鎖関連遺伝子の発現パターンは異な るので,同じ糖タンパク質の同一の糖鎖修飾部位であっ ても,発現する細胞が異なれば糖鎖構造は大きく異なり うる.
総合グライコームを構成するサブグライコーム グライコームとは細胞や組織,個体が有する糖の総体 である.糖鎖と一口に言ってもタンパク質に結合するも の,脂質に結合するもの,遊離で存在するものなどさま ざまなクラスの糖鎖が存在し,それらは生合成経路に よってさらに細かいサブグライコームに分類できる(図
1
).
タンパク質の糖鎖修飾はアスパラギンに結合するN- 結合型糖鎖,セリンまたはスレオニンに結合するO-結 合型糖鎖の2種類がある.前者の場合,小胞体にお い て ド リ コ ー ル リ ン 酸 結 合 型 糖 鎖(DLOs) と し て Glc3Man9GlcNAc2から構成される14糖が合成され,こ れがオリゴ糖転移酵素の作用によってタンパク質のアス パラギン上に丸ごと転移される.その後,小胞体の
α
-グル コ シ ダ ー ゼ,
α
-マ ン ノ シ ダ ー ゼ の 作 用 に よ っ て Man8GlcNAc2にトリミングされ,この構造がゴルジ体 移行のシグナルとなる(4).N-結合型糖鎖の一部は,ゴル
ジ体において高マンノース型から混成型・複合型にプロ セシングされ,最終的に細胞膜,細胞外などに輸送され る.一方,小胞体でフォールディングに失敗した糖タン パク質は小胞体から細胞質に輸送されて,タンパク質の 小胞体関連分解(ERAD)による分解に先立ちN-結合 型糖鎖は細胞質に存在するペプチド:N -グリカナーゼ(PNGase)の働きで遊離オリゴ糖(FOSs)として切り 出される.FOSsはまた,小胞体の細胞質側に局在する DLOsからもピロフォスファターゼの働きによって産生 するほか,小胞体のなかでも産生されて小胞体から細胞 質に輸送される.細胞質のFOSsはエンド-
β
- -アセチル グルコサミニダーゼ(ENGase)や細胞質のα
-マンノシ ダーゼにより最終的にMan5GlcNAc1まで分解され,そ の後リソソームに輸送されて単糖にまで分解される(5).
O-結 合 型 糖 鎖 は,最 初 に 結 合 す る 単 糖 の 種 類 に よってO-GalNAc型(ムチン型)
,O-Xyl型,O-GlcNAc
型,O-Fuc型,O-Man型,O-Glc型が存在する.このう ちO-GlcNAc修飾は細胞質や核で起こる単糖のみの修飾 で,O-GlcNAc化,脱O-GlcNAc化がダイナミックに起 こる糖鎖修飾である(6)が,ほかは種々の糖転移酵素の働 きによってさらに複雑な構造に伸長する.O-GalNAc型 は最も一般的なO-結合型糖鎖であり,コア1‒8の多様な 構造を形成する(7).
タンパク質のセリンに結合したO-Xyl型糖鎖はさらに 四 糖 リ ン カ ー 構 造(GlcA
β
1→3Galβ
1→3Galβ
1→4Xyl)に伸長し,そこを足場にヘパラン硫酸,コンドロイチン 硫酸,デルマタン硫酸などの2糖単位の繰り返しからな る直鎖のグリコサミノグリカン(GAGs)を伸長させ る.ケラタン硫酸はN-結合型糖鎖上にも合成されるほ か,O-GalNAc型やO-Man型糖鎖上にも形成される.ヒ アルロン酸はほかのGAGsと異なり硫酸基をもたず,タ ンパク質と結合しない遊離糖鎖として存在する(8)
.
糖脂質はスフィンゴ糖脂質(GSLs)
,グリセロ糖脂質
に大別されるが,哺乳動物細胞においては前者が圧倒的 に多い.GSLsはさらにセラミドに最初に結合する単糖 の種類によってグルコセレブロシドとガラクトセレブロ シドの2つに分けられ,前者はラクトシルセラミドを経 由して,それぞれ膨大な多様性を有するグロボ系列,ガ ングリオ系列,(ネオ)ラクト系列の一大サブグライ コームを形成する(9).
上記以外にもGPIアンカー(10)
,糖ヌクレオチド
(11)な どのサブグライコームが存在するが誌面の制限から引用文献および成書(12)を参照されたい.
サブグライコームを総合的に見る意義
上述のサブグライコームは,細胞の種類や状態によっ ていずれも発現が変動する可能性があるので,分子記述 子となると期待される.N-結合型糖鎖,O-GlcNAcを除 くO-結合型糖鎖,GAGs, GSLs, GPIアンカーは細胞表面 に存在することが多いことから,細胞表面マーカーとし て有望である.細胞内に局在するFOSs, O-GlcNAc, 糖 ヌクレオチドなどは細胞の状態を表すマーカーとなる可 能性がある.O-GlcNAc修飾と小胞体ストレスの相関が 報告され注目を集めている(13)
.
これらを個別にではなく総合的に見る意義として以下 の4点を挙げる.
・DLOs, N-結合型糖鎖,FOSsは相互に密接に連動して
いるので3者を見ることで,総合的なN-グライコーム を理解することができる.
・細胞表面に存在するさまざまなクラスの複合糖質群は
巧妙に配置されて機能しているため,さまざまなク ラスの複合糖質糖鎖を包括的に俯瞰したい.・同一のエピトープ構造(たとえばSSEA-1)は,しば
しばN-, O-結合型糖鎖,GSLsなどのさまざまなクラ スの複合糖質に発現するため,サブグライコームの 解析だけでは細胞全体が提示するエピトープ情報を 捉えることが困難である.・あるクラスの糖鎖の合成不全がほかのクラスの糖鎖に
よって補償される可能性が考えられる.総合グライコミクスを解析する技術
mRNAレベルと糖鎖の構造や発現量の相関に関する 図1■細胞の総合的なグライコームは細胞に存在するさまざまなクラスのサブグライコームによって構成される
理解は乏しく(14)
,糖鎖そのものの発現動態を見ないと
細胞のグライコームを正確に理解することはできない.このため,個々のサブグライコーム解析技術の構築と効 果的な統合が重要である.糖鎖はDNAやタンパク質と 異なり結合位置(たとえばマンノースの場合,2,3,4,6位 の水酸基)やアノマー構造(
α
/β
)に多様性があり,し ばしば分岐構造をとるため,構造は極めて複雑になる.このため,グライコームの解析はゲノム,トランスクリ プトーム,プロテオームなどの解析に比較して大きく遅 れをとっていたが,近年さまざまな手法の開発や質量分 析装置をはじめとする分析機器の開発・高度化に伴い大 きく進展した.これらの方法論については文献15, 16を 参照されたい.しかし,細胞に存在する複合糖質糖鎖の 全容的な定性・定量情報はほとんどなかった.そこで筆 者らは,この課題に取り組み,細胞のN-結合型糖鎖(17)
,
O-結合型糖鎖(18),GSLs
(19),ヘパラン硫酸(HS) ,コン
ドロイチン硫酸(CS),ヒアルロン酸(HA)などの
GAGs(20),遊離オリゴ糖などのさまざまなクラスの複合
糖質糖鎖の解析法を確立してきた(図2
).
N-結合型糖鎖とGSLsはそれぞれ,PNGase F, エンド グリコセラミダーゼによって糖鎖部分を遊離し,GAGs はコンドロイチナーゼABC, ヘパリナーゼ,ヘパリチ ナーゼ,ヒアルロニダーゼSDによって構成二糖に分解 したものを解析対象とする.これは糖鎖部分の構造が極 めて複雑であるため,タンパク質や脂質の多様性を排除 して複雑性を低減させるためである.また,糖鎖をタン
パク質や脂質から遊離させることで糖鎖の還元末端に存 在するヘミアセタール(開環した場合にはアルデヒド)
基を利用した糖鎖解析の高速な前処理法であるグライコ ブロッティング法(17)を用いることができる.すなわち,
細胞破砕液などの複雑な混合物中から糖鎖を固相担体に 化学選択的に捕捉させ(21)
,夾雑物を洗浄した後に,中
性糖鎖とシアリル化糖鎖の質量分析法における一斉分析 を可能にするために固相上でシアル酸のメチルエステル 化を行い(22),最後に捕捉された糖鎖を高感度試薬の標
識体として回収する.O-結合型糖鎖については構造非依存的に切断する酵 素がないため,グライコブロッティング法の適用が困難 である.そこでわれわれは,ピラゾロン試薬共存下に
β
脱離反応を行う(BEP法)ことで,O-結合型糖鎖の化 学的遊離と同時にピラゾロン試薬による標識を行う手法 を確立した(23, 24).アルカリ条件下に切断された糖鎖は
直ちにピラゾロン試薬によってラベル化され,副反応で あるピーリング反応を最小限に抑えることができる.BEP法では脱グリコシル化されたペプチドも同一の試 薬で標識できるため,糖鎖結合部位も同定できる.
N-, O-結合型糖鎖,GSL糖鎖,FOSsはMALDI-TOF による解析による解析に供し,GAGsは液体クロマトグ ラフィーによってHS, CS, HAの構成二糖の一斉分析を 行う.濃度既知の内部標準を添加することでいずれも絶 対定量を行うことができる.これらの方法論を統合し,
一 つ の 試 料 か らN-, O-結 合 型 糖 鎖,GSL糖 鎖,FOSs, 図2■細胞のN-, O-結合型糖鎖,スフィンゴ 糖脂質糖鎖,グリコサミノグリカン,遊離 オリゴ糖の解析スキーム
GAG二 糖 を 解 析 す る た め の プ ロ ト コ ー ル を 確 立 し
た(23, 25)
.筆者らは2×10
6個の細胞を用いてルーチンで上記すべてのクラスのグライコーム解析を行っている.
糖鎖合成不全が細胞の総合グライコミクスに与える 影響
細胞の糖鎖発現ネットワークの一部が撹乱されたとき に,細胞の総合的な糖鎖発現はどの程度影響を受ける
(あるいは受けない)のだろうか.この疑問に対する知 見を得るために,筆者らはチャイニーズハムスター卵巣
(CHO)細胞およびそのレクチン変異株であるLec1と Lec8を選び,総合グライコームを解析した(23)
.Lec1は
-アセチルグルコサミン転移酵素I(GlcNAc-TI)活性 を,Lec8は糖鎖生合成の糖供与体であるUDP-Gal輸送 体をそれぞれ欠損している.GlcNAc-TIはN-結合型糖 鎖の生合成において高マンノース型から複合型への変換 を担う鍵酵素であることから,複合型のN-結合型糖鎖 の発現が大幅に減少することが予想される.また,Lec8では細胞質からゴルジ体内腔へのUDP-Galの輸送 が阻害されるため,すべてのクラスの複合糖質のガラク トース修飾が大きく抑制されると予想される.
個々の細胞の総合グライコームプロファイルを図
3
に 示す.五角形の各頂点の円グラフの大きさと色はそれぞ れの複合糖質糖鎖の絶対量(タンパク質100μ
gあたりの 糖鎖量,pmol)と構成する糖鎖構造を表している.本 表記法は複合糖質のクラスごとの糖鎖の発現変動の違い を一目瞭然に示している.予測されたとおり,Lec1で は複合型のN-結合型糖鎖は大幅に低下していた.また,Lec8におけるO-結合型糖鎖とGSLsの発現量の大幅な低
下は,O-glycanのなかで最も主要なO-GalNAc型糖鎖お よびGSLsのそれぞれの前駆構造であるT-抗原(Gal
β
1→3GalNAc)とラクトシルセラミド(Galβ
1→4Glc)の 生合成にガラクトシル化が必須であることを考えれば妥 当な結果である.他方,変異株の性質からは予想が困難 な糖鎖の発現動態の変化も数多く認められた.たとえ ば,Lec-1においてはN-,O-結合型糖鎖,GAG, GSL糖 鎖の発現量がすべてCHOに比べて増大した.また,Lec8の主要なN-結合型糖鎖はCHOには僅かしか存在し ない非還元末端がGlcNAcである複合型糖鎖であった.
これらの構造はガラクトース転移酵素の受容体であり,
細胞はゴルジ体のUDP-Gal濃度の低下に対応して,受 容体を大量に生合成することによってN-結合型糖鎖の 恒常性を保とうとしたのかもしれない.あるいは,発現 量が低下したO-結合型糖鎖やGSLsを補償している可能 性も考えられる.
予想される糖鎖の発現変動を定量化し,予想が困難な 糖鎖発現の変動も広範に描出できたことは,総合グライ コームの細胞の記述子としての有用性を実証するものと 考える.種々の糖鎖関連遺伝子を標的にしたトランス ジェニックマウスやノックアウトマウスにおいて明確な 表現型が認められないことがしばしば報告されてお り(26)
,ほかの糖鎖関連遺伝子により補償される可能性
が考えられている.総合グライコームはそのような場合 でもサブグライコーム内,およびサブグライコーム間の ネットワークを解明する直接的な手段を提供すると考え られる.図3■CHO細胞とレクチン変異株(Lec1, Lec8)の総合グライコミクス
実線の(青い)矢印は変異株の性質から予想できる変動.点線の(赤い)矢印は予想が困難な変動.
総合グライコミクスによる細胞マーカーの探索 歴史的には,未分化マーカーをはじめとする細胞マー カーの多くは抗体の作製とエピトープの解明によって発 見されてきた.細胞の総合グライコームの比較に基づく データドリブンなアプローチはマーカー探索において有 効な手段となるであろうか.筆者らは,ES細胞4株,
由来の異なるiPS細胞5株を含む計18種類のヒト由来細 胞の総合グライコーム解析を行い,計200以上の複合糖 質糖鎖(65種のGSLs, 93種のN-結合型糖鎖,16種のO- 結合型糖鎖,15種のFOSs, 17種のGAG二糖)の発現情 報を取得した(23)
.本研究で総合グライコームが高度に
細胞特異的であることが明らかになる一方で,ES細胞 間やiPS細胞間の糖鎖プロファイルは高い相関が認めら れ,性質の似ている細胞がよく似た総合グライコームを 有することが示された.N-結合型糖鎖,FOSs, GAGs, GSLs, O-結合型糖鎖すべての発現プロファイルに基づく 階層型クラスター解析の結果,幹細胞マーカーとして ルーチンに用いられるSSEA-3, 4, 5, Globo H(GSLs),
Tra-1(O-glycan),SSEA-5を部分構造に有すると考え
られるN-結合型糖鎖は,200種類を超える糖鎖のなかで ES細胞,iPS細胞とほかの細胞を分離するのに貢献した 糖鎖群として一つのグループに分類された.すなわち,本解析により,予備知識なしにこれらの糖鎖群を未分化 マーカーとして同定することができた.これらの結果は 総合的なグライコーム解析が有力な糖鎖関連マーカーの 探索法となることを示している.
筆者らは本法を臨床検体に応用して疾患関連マーカー の探索に応用するとともに,段階的な遺伝子導入により 作製した不死化・がん化のモデル細胞に応用して悪性度 の進行に伴う糖鎖の発現変動を網羅的に探索している.
おわりに
筆者らの研究を含めて近年の多くの研究によって,細 胞に存在する複合糖質糖鎖が細胞に高度に特異的である こと,性質の似た細胞が似たグライコームを有すること が明らかになってきた.今後,より多くの糖鎖を解析対 象とできるように高感度化,網羅化は重要な鍵となる.
膨大なグライコームデータから重要な変動をマイニング するインフォマティクスの整備も重要である.細胞を記 述するという観点からは,総合グライコームはたくさん 考えられる記述子の一部に過ぎず,ほかの記述子との高 度な統合が重要である.また,細胞は細胞を取り巻く環 境要因によって性質を変化させるため,環境を考慮した
柔軟な記述が今後求められていくと考えられる.
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プロフィル
篠原 康郎(Yasuro SHINOHARA)
<略歴>1986年名古屋市立大学薬学部製 薬学科卒業/1988年同大学大学院博士前 期課程修了/同年大正製薬総合研究所研究 員/1993年アマシャムファルマシア主任 研究員,研究開発室長/2004年北海道大 学大学院理学研究科特任助教授/2006年 同大学大学院先端生命科学研究院特任教 授,現在に至る<研究テーマと抱負>分析 化学,生化学,糖鎖生物学,システム糖鎖 生物学<趣味>ドライブ,旅行
古川 潤一(Jun-ichi FURUKAWA)
<略歴>1996年北海道大学理学部高分子 学科卒業/2001年同大学大学院地球環境 科学研究科博士課程修了/同年日本学術振 興会特別研究員(北海道大学理学部および The Scripps Research Institute)/2003 年 北海道大学産官学連携研究院/2008年同 大学大学院先端生命科学研究科特任助教,
現在に至る<研究テーマと抱負>生物有機 化学,分析化学<趣味>スキー<所属研究 室ホームページ>http://www.hucc.hoku- dai.ac.jp/˜e20694/index.html
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.586