大阿久 俊則
1 複素数の数列と級数
αn ∈C として(複素)数列 {αn} を考察する.
定義 1.1 αn ∈C (n= 0,1,2, . . .)とする.
(1) 複素数列 {αn} が α ∈ C に収束するとは,任意の正の実数 ε に対して,ある自然 数 N が存在して n ≥ N ならば |αn −α| < ε が成立することである.このとき
nlim→∞αn = α と表す.
(2) 複素数列 {αn} がCauchy列(基本列)であるとは,任意の正の実数 εに対してあ る自然数 N が存在して,n, m ≥N ならば |αn−αm| < ε が成り立つことである.
補題 1.1 複素数列{αn} が収束すれば,{αn} は有界である.すなわち,ある実数M ≥0 が存在して,任意の n について|αn| ≤M が成立する.
証明: {αn} が複素数 α に収束するとすれば,ある自然数 N が存在して n ≥ N のとき
|αn−α|< 1,従って
|αn|= |(αn−α) +α| ≤ |αn−α|+|α|< |α|+ 1 (∀n ≥N) が成立する.よって
M = max{|α1|,|α2|, . . . ,|αN−1|, |α|+ 1} とおけばよい.□
命題 1.1 複素数列{αn} がある極限値に収束することと{αn} が Cauchy列であることと は同値である.
証明: αn が α ∈C に収束すると仮定すると,任意の正の実数 ε に対してある自然数 N が存在して,n≥N ならば |αn−α|< ε が成立する.よって m, n ≥N ならば
|αn−αm|= |(αn−α) + (α−αm)| ≤ |αn−α|+|α−αm| <2ε が成立するから {αn} は Cauchy列である.
1
逆に {αn} は Cauchy列であると仮定する.任意の正の実数 ε に対してある自然数 N が存在してn, m ≥ N ならば |αn−αm| < ε が成立する.αn = an+ibn (an, bn ∈ R)と おくと,|an−am| ≤ |αn−αm| かつ|bn−bm| ≤ |αn−αm| であるから,{an} と {bn} は 共に実数のCauchy列である.実数列については収束することとCauchy列であることは 同値である(「連続と極限」)から,実数列 {an} はある a ∈ R に,実数列 {bn} はある b∈R に収束する.よって αn =an+ibn は α:= a+bi に収束する.□
定義 1.2 αn ∈C (n= 0,1,2, . . .)とする.
(1) 無限級数
∑∞ k=0
αk が(ある複素数 S に)収束するとは,部分和の数列 Sn :=
∑n k=0
αk
が S に収束することである.
(2) 無限級数
∑∞ k=0
αk が絶対収束するとは,無限級数
∑∞ k=0
|αk| が収束することである.
補題 1.2 無限級数
∑∞ k=0
αk が収束すれば,数列 {αn} は 0 に収束する.
証明: 部分和を Sn とすると,数列 {Sn} は Cauchy列であるから,任意の正の実数 εに 対してある自然数 N が存在して,n, m ≥ N のとき |Sn−Sm| < ε が成立する.特に n > N のとき
|αn|= |Sn−Sn−1|< ε であるから {αn} は 0 に収束する.□
命題 1.2 絶対収束する無限級数は収束する.
証明: {αn} を複素数列として Sn =
∑n k=0
αk, Tn =
∑n k=0
|αk|
とおく.
∑n k=0
αk が絶対収束すると仮定すると,数列 {Tn} は Cauchy列であるから,任意 の正の実数 ε に対して,ある自然数 N が存在してn > m≥N のとき Tn−Tm < ε が成 立する.従って n > m≥N ならば
|Sn−Sm|=
∑n k=m+1
αk
≤
∑n k=m+1
|αk|= Tn−Tm < ε
が成り立つ.従って {Sn} は Cauchy列であるから収束する.すなわち,無限級数
∑∞ k=0
αk
は収束する.□
例 1.1 αを複素数とするとき,等比級数
∑∞ k=0
αk が収束するための必要十分条件は|α| <1 であることである.また,|α|< 1 のとき,この等比級数は絶対収束する.証明)|α| <1 であればlimn→∞|α|n = 0 であるから,
Sn :=
∑n k=0
αk = 1−αn+1
1−α → 1
1−α (n→ ∞)
である.一方,|α| ≥1 ならば |αn|= |α|n ≥1 であり,αn が 0 に収束しないから,無限 級数
∑∞ k=0
αk は発散する.
命題 1.3 (d’Alembert の判定法) αn ∈ C かつ αn ̸= 0 (n = 0,1,2, . . .)として,r :=
nlim→∞
|αn+1|
|αn| が存在するかまたは r = ∞ であると仮定する.
(1) r < 1 ならば無限級数
∑∞ k=0
αk は絶対収束する.
(2) r > 1 (r = ∞ の場合も含む)ならば無限級数
∑∞ k=0
αk は発散する.
証明: (1) r < R < 1 をみたす実数 R がとれる.R−r > 0 であるから,収束の定義によ り,ある自然数 N があって,n≥N ならば
|αn+1|
|αn| −r
< R−r 2 が成立する.従って三角不等式により
|αn+1|
|αn| = |αn+1|
|αn| −r+r ≤
|αn+1|
|αn| −r
+r < R−r
2 +r = R+r 2
が成立する.ここで m = (R+r)/2 とおけば m < R <1 であり,n ≥N のとき,
|αn| =|αN||αN+1|
|αN|
|αN+2|
|αN+1|· · · |αn|
|αn−1| ≤ |αN|mn−N
が成立する.そこでcn =|αN|mn−N とおけば{cn}は公比 mの等比数列であるから
∑∞ k=1
ck
は収束する.これと |αk| ≤ ck より,
∑∞ k=1
αk は絶対収束する.
(2) 1 < r < ∞ とすると,r > R > 1 をみたす実数 R がとれる.r −R > 0 であるか ら,ある自然数 N があって,n≥N ならば
r− |αn+1|
|αn| ≤ |αn+1|
|αn| −r
< r−R 2
が成立する.従って
|αn+1|
|αn| > r−r−R
2 = R+r 2
が成立する.ここで m = (R+r)/2 とおけば m > R >1 であり,n ≥N のとき,
|αn| =|αN||αN+1|
|αN|
|αN+2|
|αN+1|· · · |αn|
|αn−1| ≥ |αN|mn−N が成立する.従って n → ∞ のとき |αn| → ∞ となるから,
∑∞ k=1
αk は収束しない.□
定義 1.3 複素数列 a0, a1, . . . と複素数 z0 に対して,無限級数
∑∞ k=0
ak(z−z0)k (1)
のことを z0 を中心とするべき級数(power series) という.(「べき」の漢字は「冪」,略字 として「巾」を用いることもある.)べき級数(1)に対して
R:= sup
{|z−z0| z ∈C,
∑∞ k=0
ak(z−z0)k は収束する }
をその収束半径(radius of convergence)という.(右辺の集合が上に有界でないときは R=
∞ とする.)R = 0 のときは z = z0 のときのみ収束する.R > 0 であることと (1)が収 束するようなz ̸= z0 が存在することとは同値である.R >0 のとき(1)を収束べき級数 (convergent power series)という.
命題 1.4 べき級数(1)の収束半径を R とする.複素数 z が |z−z0| < R を満たすとき (1)は絶対収束し,|z−z0| > R ならば(1)は発散する.特に R= ∞ ならば,(1)は任意 の z ∈C について絶対収束する.
証明: z0 = 0 としてよい.z ∈C が |z| < R を満たすとする.収束半径 R の定義により
∑∞ k=0
akz1k が収束し |z| < |z1| ≤ R を満たす複素数 z1 が存在する.このとき数列 {akz1k} は 0 に収束するので有界であるから,ある実数 M >0 があって|ak||z1|k ≤M が任意の k ≥0 について成立する.従って
|akzk|= |ak||z1|k (|z|
|z1| )k
≤M (|z|
|z1| )k
(∀k≥0)
が成立する.これと |z|< |z1| より
∑∞ k=0
akzk は絶対収束することがわかる.
一方,|z| > R とすると R の定義により
∑∞ k=0
akzk は収束しない.□
べき級数(1)の収束半径 R は正であるとする.|z−z0|< R のとき f(z) :=
∑∞ k=0
ak(z−z0)k
と定義すれば,f(z) は開円板 U(z0;R) = {z ∈C | |z−z0| < R} で定義された複素関数 である.
命題 1.5 複素数列 {ak}k≥0 について ak ̸= 0 (∀k)であり,かつR := lim
k→∞
|ak|
|ak+1| が存在 するかまたは R= ∞ であれば,べき級数
∑∞ k=0
ak(z−z0)k の収束半径は R である.
証明: z0 = 0 としてよい.0 でない任意の複素数 z に対して
k→∞lim
|ak+1zk+1|
|akzk| =|z| lim
k→∞
|ak+1|
|ak| = |z|
R (R= 0 のときは ∞ に発散)
が成立する.従って d’Alembert の判定法により,|z| < R ならば
∑∞ k=0
ak|z|k は収束し,
|z|> R ならば発散する.以上によりべき級数(1) の収束半径はR である.□
例 1.2 lim
k→∞
k
k+ 1 = 1 であるから,べき級数
∑∞ k=1
kzk の収束半径は 1 である.
定理 1.1 (べき級数の項別微分定理) べき級数f(z) :=
∑∞ k=0
ak(z−z0)kの収束半径をR >0 とする.f(z) はU(z0;R) ={z ∈C| |z−z0| < R} で正則であり,
f′(z) =
∑∞ k=1
kak(z−z0)k−1
が任意の z∈U(z0;R) について成立する.この右辺のべき級数の収束半径も R である.
証明: z0 = 0としてよい.z∈U(0;R) を固定して.r = R− |z| >0, R1= R−r
2 とおく.
∆zを |∆z|< r
2 を満たす複素数とする.このとき |z+ ∆z| ≤ |z|+|∆z|< R−r+r 2 = R1
かつ |z| = R−r < R1 が成立する.R1 < R より R1 < R2 < R を満たす実数 R2 をと れば,
∑∞ k=0
|ak|R2k は収束するから,ある正の実数 M が存在して任意の k ≥ 0 について
|ak|R2k ≤M が成立する.
f(z+ ∆z)−f(z)
∆z =
∑∞ k=0
ak
(z+ ∆z)k−zk
∆z
=
∑∞ k=1
ak{(z+ ∆z)k−1+z(z+ ∆z)k−2+· · ·+zk−1}
ここで gk(∆z) = (z+ ∆z)k−1+z(z+ ∆z)k−2+· · ·+zk−1 とおくと,
|akgk(∆z)| ≤ |ak|{
|z+ ∆z|k−1+|z||z+ ∆z|k−2+· · ·+|z|k−1}
≤ |ak|kRk−11 = k|ak|Rk−12 (R1
R2
)k−1
≤ M R2
k (R1
R2
)k−1
が成立する.べき級数
∑∞ k=1
kzk−1 の収束半径は 1 であるから,無限級数
∑∞ k=1
k (R1
R2
)k−1
は収束する.従って |∆z|< r
2 のとき
∑∞ k=1
akgk(∆z) は絶対収束する.特に∆z = 0とすれ ば
∑∞ k=1
akgk(0) =
∑∞ k=1
kakzk−1 も絶対収束する.
さて,ε を任意の正の実数とする.
∑∞ k=1
k (R1
R2 )k−1
は収束するから,ある自然数 K が 存在して
∑∞ k=K+1
k (R1
R2
)k−1
=
∑∞ k=0
k (R1
R2
)k−1
−
∑∞ k=K+1
k (R1
R2
)k−1
< R2 Mε
が成立する.一方 lim∆z→0gk(∆z) =kzk−1 であるから,ある正の実数δ < r
2 が存在して,
|∆z| < δ ならば任意の k= 1,2, . . . , K について
|akg(∆z)−kakzk−1| < ε K が成立する.以上により |∆z|< δ ならば
f(z+ ∆z)−f(z)
∆z −
∑∞ k=1
kakzk−1 =
∑∞ k=1
{akgk(∆z)−kakzk−1}
≤
∑K k=1
|akgk(∆z)−kakzk−1|+
∑∞ k=K+1
{|akgk(∆z)|+k|akzk−1|}
≤
∑K k=1
ε
K + 2M R2
∑∞ k=K+1
k (R1
R2
)k−1
< K ε
K + 2M R2
R2 Mε
=ε+ 2ε= 3ε
を得る.ゆえに f(z) は U(0;R) で正則であり,f′(z) =
∑∞ k=1
kakzk−1 が成立する.特に f′(z) は U(0;R) で収束するから f′(z) の収束半径は R 以上である.一方,
|akzk| ≤ |z||kakzk−1| (∀k ≥1)
であるから,f′(z)(を表すべき級数)が収束すれば f(z) も収束する.よってf′(z) の収 束半径は f(z) の収束半径 R以下である.以上により f′(z) の収束半径は R であること が示された.□
この定理の f′(z) を表すべき級数のことをべき級数 f(z) の項別微分(termwise differ- entiation)という.
系 1.1 べき級数 f(z) :=
∑∞ k=0
ak(z−z0)k の収束半径を R > 0 とすると f(z) は U(z0;R) において複素微分の意味で何回でも微分可能であり,任意の自然数 n について,n次導 関数 f(n)(z) は U(z0;R) で正則である.そして f(n)(z0) =n!an が任意の非負整数 n につ いて成立する.
証明: 定理1.1を f(z) の導関数に次々に適用して n回項別微分すれば,
f(n)(z) =
∑∞ k=n
k(k−1)· · ·(k−n+ 1)ak(z−z0)n−k
が任意のz ∈U(z0;R) について成立することがわかる.z = 0を代入してf(n)(z0) =n!an を得る.□
例 1.3 f(z) :=
∑∞ k=0
zk = 1
1−z の収束半径は1 であるから, U(0; 1) において 1
(1−z)2 = f′(z) =
∑∞ k=1
kzk−1
が成立する.同様して n を1以上の自然数とするとき,f(z) を n回微分して n!
(1−z)n+1 = f(n)(z) =
∑∞ k=n
k(k−1)· · ·(k−n+ 1)zk−n (|z| <1) を得る.この右辺のべき級数の収束半径も 1 である.
問題 1.1 次のべき級数の収束半径を求めよ.
(1)
∑∞ k=1
2k
k2zk (2)
∑∞ k=1
k(1 +i)kzk (3)
∑∞ k=0
k!
(2k)!zk (4)
∑∞ k=1
k!
kkzk
問題 1.2 f(z) =
∑∞ k=1
1
kzk, g(z) =
∑∞ k=0
zk とおく.
(1) f(z) の右辺のべき級数の収束半径は 1 であることを示せ.
(2) f′(z) =g(z) が任意の z ∈U(0; 1) について成立することを示せ.
(3) f(z) = −Log (1−z) が任意の z ∈ U(0; 1) について成立することを示せ.ここで,
Logz は C\ {x |x ∈R, x ≤0} における logz の主値を表す.(主値が定義できるこ とも示すこと.)(ヒント:両辺の導関数を考察せよ.)
2 一致の定理
命題 2.1 f(z) を C の開集合 D で正則な関数として z0 ∈ D とする.任意の非負整数 k = 0,1,2,3, . . . について f(k)(z0) = 0 であれば,ある正の実数 R が存在して,任意の z ∈U(z0;R) について f(z) = 0 が成立する.
証明: U(z0;R) ⊂ D となるような正の実数 R をとる(D は開集合だからこのような R は存在する).定理6.1と仮定によって,任意の U(z0;R) に対して
f(z) =
∑∞ k=0
1
k!f(k)(z0)(z−z0)k = 0 となる.□
定理 2.1 (一致の定理) f(z) を C の(弧状)連結開集合 D で正則な関数とする.S を D の部分集合とする.ある z0 ∈ D が S の集積点である,すなわち,任意の正の実数 ε に対して0< |ζ−z0| < εを満たす ζ ∈S が存在すると仮定する.このとき,f(ζ) = 0 が 任意の ζ ∈S について成立すれば,f(z) = 0 がすべての z∈D について成立する.
証明: z0 ∈D を S の集積点とする.f(k)(z0) = 0 が任意の非負整数 k について成立する ことを示そう.もしそうでなかったとすると,
f(z0) =· · ·=f(m−1)(z0) = 0, f(m)(z0) ̸= 0
となるような非負整数mが存在する.m≥1 ならばz0 はf(z)のm位の零点であるから,
f(z) = (z−z0)mg(z), g(z0)̸= 0
を満たす U(z0;r) (∃r > 0)で正則な関数 g(z) が存在する.m = 0 のときは g(z) = f(z) とすればよい.g(z) は z0 で連続であるから,ある正の実数 δ ≤ r が存在して任意の z ∈ U(z0;δ) について g(z) ̸= 0 が成立する.従って複素数 z が 0 < |z−z0| < δ を満 たせば f(z) ̸= 0 である.一方 z0 は S の集積点であるから0 < |ζ −z0| < δ を満たす ζ ∈S が存在し,仮定により f(ζ) = 0 となる.これは矛盾であるから最初の主張が示さ れた.従って命題2.1により,R を U(z0;R) ⊂D を満たすような正の実数とすれば,任 意の z∈U(z0;R) についてf(z) = 0 が成立する.
C
U(z0;R) D z0
z1
ϕ(t0)
S
U(ϕ(t0);R0)
z1 を D の任意の点とする.D は弧状連結であるから,D 内の曲線 C :z =φ(t) (a≤t≤b)
であって φ(a) = z0 かつ φ(b) = z1 であるようなものが存在する.f(z) = 0 という性質 が曲線C に沿って伝わることを示す.実数の区間 [a, b] の部分集合 I を
I ={t∈[a, b]| f(φ(s)) = 0 (0 ≤ ∀s≤t)}
によって定義し t0 = supI とおく.前半の議論より tが a に十分近いときは f(φ(t)) = 0 であるから t0> a である.t0= b であることを背理法で示そう.t0 < b と仮定する.
S0 ={φ(t) |a≤t < t0}
とおくと φ(t0) はS0 の集積点であり,任意のζ ∈S0に対して f(ζ) = 0が成立する.従っ て前半の議論によりf(k)(φ(t0)) = 0 がすべての非負整数 k について成立し,よって R0
を U(φ(t0);R0) ⊂D を満たすような正の実数とすれば,任意の z ∈U(φ(t0);R0) につい
て f(z) = 0 が成立する.φ(t) は連続関数であるから,ある正の実数 δ が存在して
t0−δ < t < t0+δ ⇒ |φ(t)−φ(t0)|< R0
が成立する.これとt0の定義によりa≤s < t0+δ を満たす任意のsについてf(φ(s)) = 0 が成立することになる.これは t0 の定義に反する.従って t0 = b であるからf(z1) = f(φ(b)) = f(φ(t0)) = 0 を得る.z1∈D は任意であったから定理の主張が示された.□
f(z), g(z)が連結開集合Dで正則であるとき,f(z)−g(z)に対して一致の定理を適用す ることができる.たとえば,D を Cの連結開集合であって D∩R̸=∅ であるようなもの として,f(z) とg(z) を D で正則な関数とする.もし f(x) =g(x), すなわちf(x)−g(x) が任意の x ∈ D∩R について成立すれば,f(z)−g(z) = 0 すなわちf(z) = g(z) が任 意の z ∈D について成立する.あるいは,さらに条件をゆるめて f(x) =g(x) が任意の D∩Q について成立すれば同じ結論が成立する(Q は有理数全体の集合).実際 D が開 集合であることから D ∩R は R のある開区間 I = (a, b) (a < b) を含み,I の任意の点 はI ∩Qの集積点となるからf(z)−g(z) に一致の定理を適用すればよい.
これから,たとえば C で正則な関数 f(z) であって,R のある開区間 I に属する任意 の実数(有理数としてもよい)x に対して f(x) =ex となるようなものは,2章で定義し た f(z) =ez しかないことがわかる.
系 2.1 f(z) を C の連結開集合 D で正則な関数であって定数関数ではないものとする.
z0 ∈ D が f(z) の零点,すなわち f(z0) = 0 であるとすると,ある正の実数 ε が存在し て,0 < |z−z0| < ε ならば f(z) ̸= 0 である.この事実を,「定数でない正則関数の零点 は孤立している」という.
証明: 結論を否定すると,任意の自然数n に対して0< |zn−z0|< 1/n かつf(zn) = 0を 満たす zn ∈D が存在することになる.このとき S ={zn | n= 1,2,3, . . .} とおけば,z0
は S の集積点だから一致の定理により f(z) は D で恒等的に 0 となり仮定に反する.□
命題 2.2 D を C の連結開集合とする.f(z) と g(z) が D で正則であり f(z)g(z) が D で恒等的に 0 ならば,f(z) または g(z) の少なくとも一方は D で恒等的に 0 である.(す なわち,D で正則な関数の全体が和と積についてなす環は整域である.)
証明: f(z)は D で恒等的に 0ではないとすると,f(z0)̸= 0 を満たすz0 ∈D が存在する.
f(z)は連続であるから,ある正の実数r が存在してf(z)̸= 0が任意のz ∈U(z0;r)につい て成立する.仮定よりf(z)g(z) = 0 が任意の z∈D について成立するから,z ∈U(z0;r) ならば f(z) ̸= 0 より g(z) = 0 でなければならない.U(z0;r) は D内に集積点を持つ (U(z0;r) の各点がその集積点である)から,一致の定理によって,g(z) = 0 がすべての z ∈D について成立する.□
3 べき乗関数とその積分
x が正の実数でaが実数のとき,xa は正の実数であるから対数をとるとlogxa =alogx となる.従ってxa = exp(alogx)と表せる.そこで,一般にαを複素数の定数,zをC\{0} に属する複素数の変数とするとき
zα = exp(αlogz)
と定義する.logz= log|z|+iargz は C\ {0} では多価関数となり,(α が整数でなけれ ば)exp(αlogz) の値を1つに決めることができない.そこで,たとえば D+ = C\ {x ∈ R| x ≤0} においては,−π < argz < π によって Logz = logz を定めればexp(αLogz) の値を一つに決めることができる.これを D+ における zα の主値または主枝という.特 に x が正の実数のときは x ∈ D+ であり Logx = logx は通常の対数(実数)であるか ら,α が実数ならば xα (の D+ における主値)は実数値をとる.正則関数の合成関数と して zα の主値は D+ で正則である.
また,D− = C\ {x ∈R|x ≥0} において0 <argz < 2π によって Logz = logz の値 を決めたときのexp(αLogz) のことを zα の D− における主値または主枝という.これは D− で正則な関数である.
例 3.1 D+ = C\ {x∈R|x ≤0} における z12 の主値を f(z) = exp (1
2Logz )
とすると,
f(2) = exp (1
2Log 2 )
= exp (1
2log 2 )
= exp(log√
2) = √
2, (log 2 は通常の実数の対数)
f(i) = exp (1
2Logi )
= exp (1
2 π 2i
)
= cosπ
4 +isinπ
4 = 1 +i
√2
D− =C\ {x ∈R|x ≥0} における z12 の主値を g(z) = exp (1
2Logz )
とすると,
g(−1) = exp (1
2Log (−1) )
= exp (1
2πi )
= cosπ
2 +isinπ 2 = i
例 3.2 D− = C\ {x∈R|x ≥0} における zi の主値を f(z) = exp(iLogz) とすると,
f(2) = exp(iLog 2) = exp(ilog 2) = cos log 2 +isin log 2, f(−1) = exp(iLog (−1)) = exp(i·πi) =e−π
べき乗関数の主値に対しては,たとえば zαβ = (zα)β など実数のときに成立する等式は 必ずしも成立するとは限らないので注意が必要である.
命題 3.1 一般に複素数 α に対して,zα をD+ = C\ {x ∈ R | x ≤ 0} またはD− = C\ {x ∈R| x≥0} における主値を表すこととすると次が成立する.
(1) z ∈D+ または z∈D− のとき zαzβ =zα+β. 特に (zα)−1= z−α. (2) n を整数とすると,z ∈D+ または z∈D− のとき(zα)n = znα. (3) zα は D+ および D− で正則であり d
dzzα= αzα−1 が成立する.
証明: (1) 複素数の指数関数の性質より
zαzβ = exp(αLogz) exp(βLogz) = exp(αLogz+βLogz) = exp((α+β)Logz) =zα+β 特にzαz−α= z0 = exp(0) = 1 より z−α= (zα)−1 が従う.
(2) n >0 のときは(1)を用いて,
(zα)n = z| {z }α· · ·zα
n
= zα+···+α = znα
n <0 のときはこの式が n を −n として成立するから(1)より (zα)n = 1
(zα)−n = 1
z−nα = znα n= 0 のときは z0 = 1 だから成立する.
(3) 正則関数の合成関数に対する微分の公式と d
dzLogz = 1 z より d
dzzα = d
dz exp(αLogz) = α
z exp(αLogz) =αz−1zα =αzα−1
□
定理 3.1 (一般2項定理) α を複素数の定数として,zα を D+ = C\ {x ∈R|x ≤0} に おけるべき乗関数の主値とすると単位円板 U(0; 1) ={z ∈C| |z|< 1} において
(1 +z)α =
∑∞ n=0
(α n
) zn,
(α n
)
:= α(α−1)· · ·(α−n+ 1) n!
とTaylor展開される.
(α n
)
を一般2項係数という.
証明: f(z) = (1 +z)α は U := C\ {x ∈ R| x ≤ −1} で正則であるから,特に単位円板 U(0; 1)で正則である.f(n)(z) =α(α−1)· · ·(α−n+ 1)(1 +z)α−n であるから,定理10.1 により U(0; 1) において
f(z) =
∑∞ n=0
f(n)(0) n! zn =
∑∞ n=0
α(α−1). . .(α−n+ 1)
n! zn
が成立する.□
べき乗関数を含む広義積分の計算をしよう.
例 3.3 a を −1 < a < 1 かつ a ̸= 0 を満たす実数として
∫ ∞
0
xa
x2+ 1dx の値を求めよ う.zα を D− = C\ {x ∈R| x ≥0} における主値としてf(z) = zα
z2+ 1 とおく.R >1, 0 < ε <1, 0< δ < π として,
CR,δ : z= Reit (δ ≤t≤2π −δ), Cε,δ :z = εeit (δ ≤t≤2π−δ)
とする.CR,δ, 「Re−δi と εe−δi を結ぶ線分」,−Cε,δ, 「εeδi と Reδi を結ぶ線分」をつな いでできる閉曲線を CR,ε,δ と表す.
−R
CR,ε,δ CR,δ
−Cε,δ C1
−C2
−ε i
−i
δ →0
−R
CR,ε,0
−ε i
−i
CR,ε,δ は星形開集合 D− に含まれるから留数定理により
∫
CR,ε,δ
f(z)dz = 2πiResz=if(z) + 2πiResz=−if(z) = 2πiia
2i + 2πi(−i)a
−2i
= πia−π(−i)a =πexp (πi
2 a
)−πexp (3πi
2 a )
を得る(−i の偏角は 3
2π であることに注意).一方,εeδi と Reδi を結ぶ線分を C1 とお き,εe−δi と Re−δi を結ぶ線分を C2 とおくと,向きを考慮して
∫
CR,ε,δ
f(z)dz =
∫
CR,δ
f(z)dz−
∫
Cε,δ
f(z)dz+
∫
C1
f(z)dz −
∫
C2
f(z)dz
が成立する.δ →0, R→ ∞, ε→0 としたときの,右辺の各項の振る舞いを考察しよう.
まず z ∈D− のとき|za| = |exp(aLogz)| = exp(Re (aLogz)) = exp(alog|z|) = |z|a であ ることと |z2+ 1| ≥ ||z|2−1| に注意すると a < 1 より
∫
CR,δ
f(z)dz
≤2(π−δ)R Ra
R2−1 ≤2π Ra−1 1− 1 R2
−→ 0 (R −→ ∞)
を得る.また a >−1 より
∫
Cε,δ
f(z)dz
≤2(π−δ)ε εa
1−ε2 ≤ 2πεa+1
1−ε2 −→0 (ε−→ 0) も成立する.次にパラメータ表示
C1 : z =teδi (ε≤t≤R), C2 : z =te−δi (ε≤t≤R) を用いて,
∫
C1
f(z)dz−
∫
C2
f(z)dz =
∫ R ε
(teδi)a
(teδi)2+ 1eδidt−
∫ R ε
(te−δi)a
(te−δi)2+ 1e−δidt
ここで D− に属する複素数の偏角は 0 と 2π の間であるからarg(teδi) = δ, arg(te−δi) = 2π −δ であることに注意すると,δ →0 のとき
(teδi)a = exp(aLog (teδi)) = exp(alogt+aδi) −→exp(alogt) =ta
(te−δi)a = exp(aLog (te−δi)) = exp(alogt+a(2π −δ)i))−→ exp(alogt+ 2πia) =e2πiata となるから,δ →0 とすると
∫
C1
f(z)dz−
∫
C2
f(z)dz −→
∫ R ε
ta
t2+ 1dt−
∫ R ε
e2πiata
t2+ 1 dt= (1−e2πia)
∫ R ε
ta t2+ 1dt ここで R→ ∞, ε→0 として以上をまとめると
∫ ∞
0
ta
t2+ 1dt= lim
R→∞,ε→0
∫ R ε
ta
t2+ 1dt = 1 1−e2πia
( πexp
(πi 2 a
)−πexp (3πi
2 a ))
= πexp (πi
2 a
) 1−eπia
1−e2πia =πexp (πi
2 a
) 1−eπia (1−eπia)(1 +eπia)
= πexp (πi
2 a ) 1
1 +eπia = π
exp (πi
2 a )
+ exp (−πi
2 a
) = π 2 cosπ
2a 問題 3.1 次のべき乗のD− =C\ {x ∈R|x ≥0} における主値を求めよ.
(1) ( − 1)
13(2) i
13(3) ( − i)
13(4) i
i問題 3.2 (1−z)−12 の主値の z = 0 におけるTaylor展開を求めよ.
問題 3.3
∫ ∞
0
√x
x3+ 1dx の値を求めよ.
4 Riemann 球面上の正則関数と有理形関数
Riemann球面 C = C∪ {∞} において正則関数や有理形関数を考察しよう.Riemann
球面は1次元複素射影空間とも呼ばれ,P1(C) とも表される.
C の2つの開集合 U = C とV = (C\ {0})∪ {∞} に着目する.V は複素数平面から 0 を除いて無限遠点 ∞ を加えた集合である.立体射影によってC を2次元球面 S2 と同一 視すると.U は S2 から北極 N を除いた集合であり,V は S2 から南極 S を除いた集合 である.
V からCへの写像 φを w =φ(z) =z−1 (z∈V) によって定義する.ただしφ(∞) = 0 とする.φ は V から C への全単射である.w平面 Cにおいて w = 0 は z = ∞ に対応 すると考えることができる.(Reimann球面は1次元複素多様体と呼ばれるものの一つで あり,U, V は Cの座標近傍と呼ばれる.)U ∩V =C\ {0} である.
f(z) があるR >0 に対して{z∈C| |z|> R} で正則であるとき,無限遠点 ∞は f(z) の孤立特異点であるという.g(w) =f
(1 w
)
とおくとg(w)は 0< |w|< 1
R で正則である.
w = 0 が g(w) の除去可能特異点あるいは m位の極であるとき,z = ∞ は f(z) の除去 可能特異点あるいは m位の極であるという.特に z =∞ が f(z) の除去可能特異点であ るとき,f(z) は z =∞ で正則であるという.
定理 4.1 f(z) が Riemann球面全体で(すなわち Cおよび ∞で)正則ならば f(z)は定 数関数である.
証明: f(z) は C で正則だから,
f(z) =
∑∞ n=0
anzn (∀z ∈C) とTaylor展開できる.このとき
g(w) :=f (1
w )
=a0+
∑∞ n=1
anw−n
は g(w) の w = 0 における Laurent展開であるが,仮定により w = 0 は除去可能特異点 であるから,任意の n≥1 に対して an = 0 でなければならない.従って f(z) =a0 とな り f(z) は定数関数である.□
f(z) が C で有理形であるとは,任意の z0 ∈ C について,f(z) が z0 の近傍で正則で あるか z0 が f(z) の極であることと定義する.このとき特に z = ∞ はf(z) の除去可能 特異点または極である.
定理 4.2 Riemann球面 C における有理形関数は有理関数である.
証明:極は孤立しているから,f(z) の Cにおける極の集合は集積点を持たない.Riemann 球面は球面 S2 に同相であるからコンパクト集合であり,C の無限部分集合は集積点を持
つ.従って f(z) の極は有限個しかない.それらのうち ∞ とは異なるものを z1, . . . , zm
とし,zk における f(z) の Laurent展開の主要部を gk(z) とする.このとき g(z) :=f(z)−g1(z)− · · · −gm(z)
は C で正則であるから C において
g(z) =
∑∞ n=0
bnzn
という形にTaylor展開できる.このとき g
(1 w
)
=b0+
∑∞ n=1
bnw−n
が w = 0 における Laurent展開であるが w = 0 は g (1
w )
の高々極であるから,g (1
w ) は w の有理関数である.従って g(z) は z の有理関数である.z1, . . . , zm は極であるから g1(z), . . . , gm(z) も有理関数である.以上により f(z) は有理関数である.□
C で定義された有理形関数 f(z) について,極での値を∞ と定義すれば f(z) は C か ら C への写像と見なすことができる.
定理 4.3 C における有理形関数 f(z) から定まる C から C への写像が全単射であるた めの必要十分条件はf(z) が1次分数変換であることである.
証明: 1次分数変換は C から C への全単射であることは4章で示したから,有理形関 数 f(z) が C からC への全単射であると仮定して f(z) が1次分数変換であることを示 せばよい.定理4.2により f(z) は有理関数である.f(∞) = ∞ と仮定しても一般性を 失わない.実際,f(∞) = γ ̸= ∞ としてg(z) = 1
f(z)−γ とおくと g(∞) = ∞ であり,
φ(w) = 1
w−γ は1次分数変換であるから,g = φ◦ f も C から C への全単射である.
従って g(z) が1次分数変換であることが示されればf = φ−1◦g も1次分数変換である ことがわかる.
そこで,f(∞) =∞ と仮定する.f は単射であるから z ∈C のとき f(z)∈C であり,
f(z)は Cに極を持たない.有理関数f(z)の分母がもし 1次以上であれば代数学の基本定 理により分母の値が 0になるような複素数が存在するから f の値は∞ となる.以上によ り f(z) は多項式でなければならないことがわかる.f(z) = 0 を満たす複素数はただ一つ であるから,それを α とすると,ある c∈C\ {0} と自然数 n があってf(z) =c(z−α)n と表される.
ここで,n ≥2 と仮定する.ζ = exp (2πi
n )
とおいて,α と異なる複素数 z1 に対して z2−α= ζ(z1−α) すなわちz2 = ζ(z1−α) +α によって z2 を定めるとz1 ̸=z2 かつ
f(z2) =cζn(z1−α)n = c(z1−α)n = f(z1)