【解説】
鉄はすべての生物にとって必須な金属元素である.鉄は土壌 中に豊富に存在するが,水に溶けにくく植物には利用されに く い た め,植 物 は 鉄 を 獲 得 す る た め の 戦 略 を 進 化 さ せ て き た.イネやトウモロコシなど主要な穀類の属するイネ科植物 は「ムギネ酸類」と呼ばれるキレーターを根から分泌して土 壌中の三価鉄を可溶化し,「鉄・ムギネ酸類」として吸収す る.ム ギ ネ 酸 類 生 合 成 酵 素 遺 伝 子 の 単 離 を は じ め と し て
「鉄・ムギネ酸類」吸収トランスポーターの同定,鉄欠乏に よって制御される遺伝子の発現にかかわるシス配列や転写因 子など,イネ科植物の鉄獲得にかかわる分子が次々と明らか に さ れ た.一 方,ム ギ ネ 酸 類 を 根 圏 へ と 分 泌 す る ト ラ ン ス ポーターの同定はなされておらず,残された最大の課題とし て国内外の多くの研究者がこのトランスポーターの発見にし のぎを削っていた.本稿では,筆者らが世界に先駆けてイネ と オ オ ム ギ か ら 同 定 し た ム ギ ネ 酸 類 分 泌 ト ラ ン ス ポ ー タ ー
「TOM1」 に つ い て 紹 介 す る と と も に,ム ギ ネ 酸 類 に か か わ る遺伝子を用いた鉄欠乏耐性作物の創製に向けた取り組みに ついても解説する.
はじめに
世界の人口は年々増え続けており,2100年には現在 の72億人から109億人にまで達すると予測されている.
人口爆発に伴う食糧不足について実現可能な解決策を早 急に考えていく必要がある.また,二酸化炭素濃度上昇 に伴う地球温暖化やエネルギー資源の枯渇も深刻な社会 問題となっている.その打開策の一つとして,遺伝子導 入手法を用いた高収量・高栄養価作物の創製,あるいは 不良土壌でも生育可能な作物の創製による耕地面積の拡 大が有効であると考えられる.
石灰質土壌は世界の陸地の約30%を占める不良土壌 である.石灰質土壌における植物の生育阻害の主要因 は,鉄欠乏である.鉄は生命活動に重要な働きを担うタ ンパク質の補因子として働くため,植物や動物にとって なくてはならない必須元素である.鉄は地殻中に約6%
存在する元素であり土壌中には豊富に存在するにもかか わらず,大部分が水に溶けにくい三価鉄として存在す る.特に石灰質土壌のようなpHの高い土壌中では,ほ とんどが水に溶けない状態で存在している.石灰質土壌 で生育した植物は,鉄が十分に吸収できないために葉脈
土壌中の鉄を溶かして吸収するための ムギネ酸類分泌トランスポーターの発見
野副朋子 * 1 ,中西啓仁 * 1 ,西澤直子 * 2
Identification of the Efflux Transporter of Mugineic Acid Family Phytosiderophores, Which Is Necessary to Solubilize and Ac- quire Iron in the Soil
Tomoko NOZOYE, Hiromi NAKANISHI, Naoko K. NISHIZAWA,
*1東京大学大学院,*2石川県立大学生物資源工学研究所
間黄白化症(クロロシス)などの鉄欠乏症状を呈し収量 が激減し,深刻な場合は枯死する(図1).石灰質土壌 でも生育できる作物を開発できれば,今後さらに深刻化 すると予測される食糧不足やエネルギー問題,さらには 環境破壊にも対応できると期待される.筆者らは鉄欠乏 耐性作物の創製を最終目標とし,植物の鉄獲得機構の全 容解明を目指して研究を行ってきた.
ムギネ酸類とは 1. ムギネ酸類の発見
「ム ギ ネ 酸 類 (mugineic acid family phytosidero- phores ; MAs)」は1976年,岩手大学名誉教授の高城成 一により鉄欠乏オオムギ(品種:ミノリムギ)の根から 分泌される鉄溶解性物質として発見されたムギネ酸
(MA) とその類縁体の総称である(1).この発見が契機 となり,高等植物の鉄獲得機構として,双子葉植物を含 む多くの植物がもつStrategy-Iと,イネ科植物のみがも つStrategy-IIが提唱された(2).図2はその後の筆者らの 研究結果を踏まえて記した植物の鉄獲得戦略モデルであ る(3).Strategy-Iでは,根の細胞膜上の三価鉄還元酵素 FROにより三価鉄が二価鉄に還元され,二価鉄トラン スポーター IRT1を介して吸収される(図2a).一方,
Strategy-IIでは,まずイネ科植物特有の三価鉄キレー ターであるMAsが根から分泌される(図2b).根圏へ と分泌されたMAsは,土壌中の難溶態の三価鉄をキ レートして可溶化する.イネ科植物は,「三価鉄‒MAs」
錯体として鉄を根から吸収する.
現在までに9種のMAsが単離・構造決定されている.
分泌されるMAsの種類と量,およびその構成はイネ科 植物によってさまざまである.たとえば,イネやコム ギ,トウモロコシが2′-デオキシムギネ酸 (DMA) のみ を分泌するのに対し,ライムギやオオムギは DMA, MA, 3-エピヒドロキシムギネ酸 (epiHMA) などの複数 のMAsを分泌する(4).イネ科植物の鉄欠乏耐性は鉄欠 乏条件下におけるMAs合成,分泌能力に支配されてい ると考えられる.MAsの分泌量はオオムギ>コムギ・
ライムギ>エンバク≫トウモロコシ≫ソルガム≫イネの 順であり,経験的に知られてきたこれらの作物種の鉄欠 乏耐性の強さの順序と一致している(4).
2. ムギネ酸類の生合成経路
MAsは,メチオニンを出発点として(5), -アデノシ ルメチオニン (SAM) を経て図3に示す経路で生合成さ れ る.3分 子 のSAMか ら ニ コ チ ア ナ ミ ン 合 成 酵 素
(NAS) の触媒によりニコチアナミン (NA) が合成され る(6).NAはNAアミノ基転移酵素 (NAAT) により3′′- ケト体になり(7),DMA合成酵素 (DMAS) により最初 のMAsであるDMAが合成される(8).その後,DMAか らさらに水酸化酵素 (IDS2, IDS3) の働きで,MA, epi- HMA, 3-エ ピ ヒ ド ロ キ シ-2′-デ オ キ シ ム ギ ネ 酸 (epi- HDMA) などのMAsが合成される(9, 10).
イネ,トウモロコシ,オオムギでは図3に示すMAs 生合成経路上のすべての酵素の遺伝子が単離されてい る.MAs合成量および分泌量は鉄欠乏によって上昇す るが,これらの MAs生合成にかかわる遺伝子は鉄欠乏 処理によって発現が上昇する.また基質となるメチオニ ンは根において,メチオニンサイクル(図3)により供 給されると考えられており,メチオニンサイクルで働く 酵素の遺伝子もそのすべてが鉄欠乏により発現が上昇す る.
3. ムギネ酸類の合成制御機構
鉄は生物にとって必須元素であるためその欠乏が問題 となるが,一方で過剰な鉄も生体に深刻なダメージを与 える.そのため,生体内の鉄の恒常性は厳密に制御され ている.鉄欠乏条件下でMAs生合成経路上で働く酵素 遺伝子の発現を制御する分子機構が明らかにされつつあ る(3).鉄欠乏応答性シス配列IDE1およびIDE2は鉄欠 乏応答性遺伝子のプロモーター領域に数多く存在してお り,これらシス配列に転写因子が結合することにより,
鉄欠乏に応答した遺伝子発現が誘導されると考えられ 図1■石灰質土壌水田で栽培したイネ
石灰質土壌はpHが高いために水に溶けている鉄が極端に少ない.
そのため,植物は深刻な鉄欠乏症状(クロロシス)を示す.
る.IDE1, IDE2 にそれぞれ結合する転写因子として IDEF1, IDEF2 が単離・同定されている.また,鉄欠乏 によりその発現が強く誘導される転写因子OsIRO2は,
IDEF1の制御下で,MAs生合成経路で働く遺伝子群の
発現を正に制御していることが示されている.
図2■高等植物の鉄獲得戦略 イネ科以外の植物がもつStrategy-I
(a) とイネ科植物がもつStrategy-II
(b) に大別される.楕円はこれらの 鉄獲得戦略で中心的な役割を果たす ト ラ ン ス ポ ー タ ー や 酵 素 で あ る.
MAs, ムギネ酸類;PEZ, フェノール 性酸分泌トランスポーター;HA, H
+ATPase;FRO, 三価鉄還元酵素;
IRT, 二 価 鉄 ト ラ ン ス ポ ー タ ー;
TOM1, ムギネ酸類分泌トランスポー ター;YS1/YSL;「三価鉄‒ムギネ酸 類」錯体吸収トランスポーター.
(a) Strategy-I (b) Strategy-II
MAs
細胞質 細胞壁 フェノール性
物質
Fe(III)- キレート錯体
キレート 物質 FRO
Fe(II) H+
H+
根圏
不溶態 三価鉄 Fe(III)
IRT HA
Fe(II)
細胞質 細胞壁
フェノール性
PEZ? 物質 TOM1
YS1/YSL MAs
Fe(III)-
MAs Fe(III)-MAs
Fe Fe
APRT
CO2
NAD+ NADH
HCOO- RCOCOO- RCHCOO-
NH3+
CH3S CH2CH2COCOO-
KMTB
CH3S CH2CH2 COO CH2
CHNH3+ O Ade OH OH +
CH3S CH2CH2CHNH3+COO-
Methionine
O OH CH2 Ade
S
OH CH3
MTA
OH CH2O
OH OH CH3S
MTR
OPO3H- CH2 CH3S
O
OH OH
MTR-1-P
S CH2CH CH2OPO3H- CH3 CH CO
OH OH
MTRu-1-P
S CH2CH2 CHO- CH3 CO C=OH
KMTP
S CH2CH2 CH2OPO3H- CH3 CO COH
[ ]
S CH2CH2 CH2OPO3H-
CH3 CO CO
[ ]
NH NH2 COOH COOH COOH
N
Ade
AMP ATP PRPP ATP
ATP H2O ADP
HPO42-
O2 IDI1
IDI2 FDH
SAMS
MTN
DEP MTK IDI4
NH O
COOH COOH
N
3"-ケト体
COOH
NH OH
N
COOH COOH COOH
OH
NH OH
N HO
COOH COOH COOH
OH
NH OH
N HO
COOH COOH COOH
IDS3
NH OH
HO N
COOH COOH COOH
OH
(NAAT)
IDS3 IDS2
NH OH
COOH COOH COOH
N
(DMAS) ニコチアナミン(NA) S-アデノシル-
L-メチオニン(SAM)
ムギネ酸(MA)
2'-デオキシムギネ酸
3-エピヒドロキシ- 2'-デオキシムギネ酸
3-ヒドロキシムギネ酸 3-エピヒドロキシムギネ酸
(DMA)
(HMA) (epiHMA)
(epiHDMA) ニコチアナミン
アミノ基転移酵素
DMA合成酵素
ムギネ酸類
(MAs)
ニコチアナミン合成酵素(NAS)
メチオニンサイクル
PPi
IDS2
図3■ムギネ酸類生合成経路
ムギネ酸類はメチオニンから -アデノシルメチオニン (SAM) を経由して合成される.SAMからニコチアナミン (NA) 合成酵素の触媒に よりNAが合成され,NAアミノ基転移酵素により3′′-ケト体となり,デオキシムギネ酸合成酵素により2′-デオキシムギネ酸 (DMA) が合 成される.DMAからムギネ酸類合成酵素によりさまざまなムギネ酸類が合成される.SAMはメチオニンサイクルにより供給されると考 えられている.メチオニンサイクルにかかわる酵素を四角で囲んだ.MTA, methylthioadenosine ; MTR, methylthioribose ; MTR-1-P, me- thylthioribose-1-phosphate ; MTRu-1-P, methylthioribulose-1-phosphate ; KMTP, 1,2-dihydroxy-3-keto-5-methylthiopentene ; KMTB, 2-keto- 4-methylthiobutyrate ; PRPP, phosphoribosyl pyrophosphate ; SAMS, SAM synthetase ; MTN, methylthioadenosine nucleosidase ; MTK, methylthioribose kinase ; IDI1, 2, 4, iron-deficiency induced protein 1 ; 2, 4 ; DEP, dehydrase‒enolase‒phosphatase ; FDH, formate dehydro- genase ; APRT, adenylphosphoribosyl transferase
4. 生体内での金属輸送におけるニコチアナミン (NA)
の役割
SAMからNASの触媒により合成されるNAはDMA の構造アナログであり,MAsと同じくキレーターとし て,鉄だけでなく亜鉛やマンガン,銅などの二価金属と 結合する.MAsの合成はこれまでのところイネ科植物 のみでしか見られないが,NAはシロイヌナズナやトマ ト,タバコなどの双子葉植物でも合成され,広く植物界 に存在する.鉄はフリーの二価鉄で生体内に存在すると フリーラジカルを発生して細胞に障害を与えるため,植 物体内では何らかのキレーターと錯体を形成して輸送さ れると考えられる.トマト自然変異体である
はNAが欠損しているため,深刻な鉄欠乏症状を 呈す.また,NAが激減したタバコは花や種子へ金属が 十分に輸送されず不稔となる(11).これらのことから,
NAは植物体内においてさまざまな部位への金属輸送を 担っていると考えられる.イネにおいても, の高 発現により種子中の鉄,亜鉛含量の増加が見られた(12). イネ科植物においても,NAは種子への金属輸送に重要 な役割を果たしていると考えられる.
5. 「三価鉄‒ムギネ酸類」錯体吸収トランスポーター YS1
( ) は通常条件で生育した場合でも 葉脈間クロロシスなどの典型的な鉄欠乏症状 (
) を示すトウモロコシの自然突然変異体である
(図4). はDMAの生合成とその分泌は正常である一 方,根に投与した 59Fe-DMAを吸収しないことから
「三価鉄‒MAs」錯体吸収トランスポーター欠損体と考 えられた.その後, では Oligopeptide transporter
(OPT) family に属するトランスポーター遺伝子に変異 があることが明らかとなり,この遺伝子は と名づ けられた(13).酵母を用いた相補実験によりYS1は「三 価鉄‒DMA」錯体を吸収することが示された.イネゲノ ムには に相同性の高いオーソログが18個存在する
(OsYSL1-18(14)).このうち, は鉄欠乏の根に おいてその発現が強く誘導され,その翻訳産物は「三価 鉄‒DMA」錯体を輸送することから,YS1と同様に土壌 からの「三価鉄‒DMA」錯体吸収を主に担っていると考 えられる.一方, は根や地上部の維管束,登 熟中の種子で発現し,その翻訳産物は二価鉄‒NA,二 価マンガン‒NAを輸送することから種子への金属の輸 送に重要な役割を果たしていると考えられている.また OsYSL18とOsYSL16は「三価鉄‒DMA」吸収活性をも ち,維管束や花の特異的な部位で発現し,植物体内の局
所的な鉄輸送に関与していると考えられる(15, 16).
ムギネ酸類分泌機構
1. ムギネ酸類分泌トランスポーターTOM1の発見 オオムギにおいてMAsは日の出後3 〜 4時間で一気 に分泌されるという明確な日周変動を示す.また,
MAs分泌は等モルのカリウムの放出を伴い,アニオン チャネル阻害剤によって阻害されたことから,MAsは 一価のアニオンとして放出されると示唆された(17).こ のことから,濃度勾配に伴う受動的な輸送ではなく,何 らかのトランスポーターがMAsの分泌を担っているで あろうことは以前から想定されてきた.しかし,MAs がどのように分泌されるのかは長い間謎のままだった.
筆者らはMAs分泌を担うトランスポーターの単離を目 指し研究を開始した.
MAs生合成酵素遺伝子や 遺伝子の発現は鉄欠乏 処理により強く誘導されるため,MAs分泌を担うトラ 図4■トウモロコシの鉄栄養変異体 ,
鉄欠乏条件下で水耕栽培した鉄栄養変異体 , ( ,
) の様子.野生型 (WT) に比べ , の生育は著しく阻害 される.
ンスポーターも鉄欠乏により発現が誘導されると考え た.そこで,イネのマイクロアレイ解析から,鉄欠乏処 理によりその発現が強く誘導され,放出型トランスポー タ ー と 想 定 さ れ る4つ(完 全 長 番 号:AK069533, AK102457, AK064089, AK069084)をDMA分泌トラン スポーターの候補として絞り込んだ.候補遺伝子のなか でも, の発現パターンはMAs生合成酵素遺 伝子の発現パターンと非常に類似しており,OsIRO2の 制御を受けることから,DMA分泌に何らかの関与をし ている可能性が高いと考えられた.そこで,まず大腸菌 で作らせたNAS, NAATリコンビナントタンパク質を 用 い て,14C-SAMか ら 14C-DMAを 合 成 し た(図5a). これにより微量での測定が可能な 14C-DMAが得られ,
また同時に 14C-NAも中間物質として合成することがで きた.さらに,東北大学の研究グループと共同で,アフ リカツメガエルの卵母細胞において 14C-DMAおよび
14C-NA放出活性能を調べる方法を確立した(図5b).ア フリカツメガエルの卵母細胞に候補トランスポーター遺 伝子のcRNAを注入して発現させ,その後同じ卵母細胞 に 14C-DMAまたは 14C-NAを注入し,卵母細胞の外側 に出てくる 14Cを測定するというものである.この方法 により,4つの候補遺伝子のうちAK069533のみが 14C- DMAの放出活性を示すことが明らかとなり,これを Transporter Of MAs 1 (TOM1) と命名した(図5c). さらにオオムギからAK069533と相同性の高い遺伝子を コロニーハイブリダイゼーションにより単離し,その翻 訳産物が 14C-DMA放出活性を示すことも見いだした
(HvTOM1).これら2つはいずれも 14C-NAの放出活性 は 示 さ な か っ た(図5d).TOM1は Major Facilitator Superfamily (MFS) antiporter に属する膜14回貫通型 のタンパク質である. も もその発現は 鉄欠乏条件下の根において強く誘導され,日の出ととも に増大しその後減少するという日周変動パターンを示し た.このことは,MAs分泌が日周変動を示すことと一 致している.タマネギの表皮細胞,イネの根の細胞にお いてTOM1と緑色蛍光タンパク質sGFPとの融合タンパ ク質は細胞膜に局在したことから,TOM1は根の細胞 から根圏へとDMAを分泌するトランスポーターである と考えられる. を過剰発現させたイネ,
の発現を抑制したイネをそれぞれ作出して,根から分泌 されるDMA量を調べたところ, 過剰発現イネ ではDMA分泌が高まり, 発現抑制イネでは DMA分泌が減少した.ムギネ酸類の発見から35年,つ いにムギネ酸類を用いた鉄獲得機構の役者がすべて出そ ろった(18).
2. ニコチアナミン分泌トランスポーターENAの同定 MAs分泌トランスポーターの候補として輸送活性を 調べた4つの遺伝子のうち,AK102457およびAK064089 はアフリカツメガエルの卵母細胞において 14C-DMA分
DMA 0.5hr
0 0.1 0.2
N AK069533 HvTOM1 AK102457 AK069684 AK064089
NA 1hr
0 0.1 0.2
N AK069533 HvTOM1 AK102457 AK069684 AK064089
(a)
(c)
分泌されたDMA(%)
( d )
分泌されたNA(%)
14 C-SAM
14 C-NA
14 C-DMA
14 C-3"- ケト体 NAS NAAT NaBH 4
(b)
図5■ムギネ酸類分泌トランスポーターの基質特定
(a) 放射性同位体 14Cで標識した 14C-DMA, 14C-NA の作製法.
(b) ムギネ酸類分泌候補の基質特定に用いたアフリカツメガエル
(上)と卵母細胞(下).スケールバーは1 mmを示す.(c) 各遺伝子 候 補 (AK069533, HvMFS, AK102457, AK069084, AK064089) を 発現させたアフリカツメガエル卵母細胞に 14C-DMAを注入し,30 分 間 静 置 し,細 胞 外 に 分 泌 さ れ る 14Cの 割 合 を 測 定 し た.
AK069533とHvTOM1のみが 14C-DMA分泌活性を示した.N, 遺 伝子候補の代わりに水を注入したネガティブコントロール.(d)
14C-NAについても同様に,1時間静置し,細胞外へ分泌される
14C-NAの割合を測定した.AK102457, AK064089 は 14C-NA分泌 活性を示した.
泌活性は示さなかったが,14C-NA分泌活性を示した
(図5d).そこで,AK102457, AK064089 をそれぞれ Ef- flux transporter of NA (ENA) 1, 2 と名づけた(18).NA やMAsは根圏からの鉄獲得だけでなく,植物体内にお いて金属元素をキレートし,適切な部位に金属を運ぶ運 搬役も果たしている.ENAは植物体内の金属の分配に かかわっていると考えられ,興味深い.
3. トウモロコシ自然突然変異体 の解析
が発見されたほぼ同時期に, と同様に通常条 件で生育した場合でも葉脈間クロロシスを示す自然突然 変異体として も見いだされた(図4). はDMA 分泌能を欠損していることが明らかにされたが(19),そ の原因遺伝子は特定されていなかった.筆者らはトウモ コロシのマイクロアレイ解析を行い, と野生型株で 発現が変化している遺伝子を網羅的に調べた(20).野生 型株と比較して ではMAs生合成経路上の酵素遺伝 子やメチオニンサイクルの酵素遺伝子, の発現が 上昇しており, は野生型に比べてより強く鉄欠乏に 応答していることが示唆された.一方, ではトウモ ロコシの 相同性遺伝子 (GRMZM- 2G063306, GRAMENEデータベース)の発現が野生型 株に比べて著しく低下していることを見いだした.
の の転写産物は,想定される大きさ以外に3 つの異なるサイズのものが見られた.これらにはイント ロンの一部が含まれていた.また, では想定サイズ に近い転写産物にも4塩基の挿入が見られ, の Zm- TOM1は機能していない可能性が示唆された.
は第3染色体の の変異が位置するとされる 領域に含まれており, の原因遺伝子は であることが強く示唆された.
4. ムギネ酸顆粒
オオムギのMAs分泌は,明確な日周性を示すが,根 内のムギネ酸類の集積量は一日をかけて直線的に増加す る(17).MAsは分泌されるまで細胞内のいずれかの場所 に蓄えられていると推測された.MAs分泌の起こる日 の出前のオオムギの根端細胞では,細胞膜近傍に粗面小 胞体由来の小胞が多量に集まっている様子が観察され る(21) (図6a).オオムギのMAs生合成経路で働く酵素 であるHvNASやHvNAATはこの粗面小胞体由来の小 胞 に 局 在 す る こ と が 免 疫 電 顕 に よ り 示 さ れ て い る
(Naga saka , 未発表).この小胞は鉄十分条件の根 ではほとんど観察されないことから,ムギネ酸顆粒と名 づけられ,MAsはこの小胞で合成されると考えられて
いる.また,ムギネ酸顆粒は日の出前の細胞では細胞膜 付近に局在することから,小胞輸送システムにより細胞 内を移動すると推測されている(22, 23) (図6b).NASは 膜2回貫通型のタンパク質であり,ムギネ酸顆粒の膜に 局在すると考えられる.またNASのN末端には極性輸 送にかかわるとされるダイロイシン (LL) とチロシンモ チーフ (YXXΦ) のアミノ酸配列が存在し,ムギネ酸顆 粒の細胞内小胞輸送に関与していると推測される(24).
ムギネ酸顆粒は,細胞膜との融合は観察されておら ず,また粗面小胞体由来のため,エキソサイトーシスに よるMAsの細胞外放出は考えにくい.MAsは合成され たムギネ酸顆粒内からいったん細胞質へと放出された 後,TOM1により根圏へと分泌されると考えられる.
MAs分泌は光および温度変化により制御されているこ とが知られている(17).ムギネ酸顆粒からTOM1へどの ようにムギネ酸類が受け渡されるのか,ムギネ酸顆粒は 細胞質内でどのような挙動を示しているのか,また,環 境因子がどのようにTOM1 やムギネ酸類顆粒の細胞内 図6■ムギネ酸顆粒の細胞内小胞輸送
(a) オオムギ鉄欠乏根皮層細胞の電子顕微鏡観察図.矢印,ムギ ネ酸顆粒.スケールバーは500 nmを示す.(b) ムギネ酸顆粒の細 胞内小胞輸送モデル.黄色三角;極性輸送シグナル.
輸送を制御しているのか,まだ不明な点が多く残されて いる.
鉄欠乏耐性作物の創製
これまでに遺伝子導入手法を用いて鉄欠乏耐性植物の 創製が試みられている.オオムギのNAAT遺伝子
, の2つを含むゲノム断片を導入 したイネは野生型株のイネと比べ,鉄欠乏条件下で MAsの分泌量が増加し,高い鉄欠乏耐性を示した(25). オオムギの や 遺伝子を導入したイネは野外 の石灰質土壌水田において高い鉄欠乏耐性を示した(26). 酵母の三価鉄還元酵素 を植物型のコドンに置換し,
さらに進化工学的に改変し,高いpH条件下でも高い活 性 を 示 す を 得 た.こ の を
プロモーターの制御下でイネに導入したとこ ろ,鉄欠乏耐性が増強された(27).転写因子OsIRO2を 過剰発現するイネはMAsの合成・分泌量が増大し,鉄 欠乏耐性も高まった(28).このように,鉄獲得機構で働 く遺伝子を用いて鉄獲得能を強化することは鉄欠乏耐性 植物の作製において非常に有用であることが示されてい る.今回新たに発見したMAs分泌トランスポーター TOM1の能力をさらに高めることができれば,より鉄 欠乏に強い作物が開発できるかもしれない.また,
MAsは植物体内における金属運搬も担っている.鉄欠 乏耐性にするには,根圏からの鉄の効率的な獲得だけで なく,植物体内での効率的な輸送も重要であると考えら れる.今回発見したTOM1やENAは植物体内での金属 の輸送にも関与していると考えられるが,その詳細は未 解明である.今後の研究により,ムギネ酸類分泌の分子 機構をさらに明らかにすることにより,世界の不良土壌 でも生育できる作物のさらなる開発につなげていきたい と考えている.
謝辞:本稿を執筆するにあたりご推薦いただいた東京大学大学院農学生 命科学研究科応用生命科学専攻の中嶋正敏先生に感謝いたします.
文献
1) S. Takagi : , 45, 993 (1976).
2) V. Römheld & H. Marschner : , 80, 175
(1986).
3) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa : , 63, 131 (2012).
4) S. Takagi :“Iron Chelation in Plants and Soil Microorgan- ism,” Harcourt Brace Jovanovich, 1993, p. 111.
5) S. Mori & N. Nishizawa : , 28, 1081
(1987).
6) K. Higuchi, K. Suzuki, H. Nakanishi, H. Yamaguchi, N. K.
Nishizawa & S. Mori : , 119, 471 (1999).
7) M. Takahashi, H. Yamaguchi, H. Nakanishi, T. Shioiri, N.
K. Nishizawa & S. Mori : , 121, 947 (1999).
8) K. Bashir, H. Inoue, S. Nagasaka, M. Takahashi, H. Na- kanishi, S. Mori & N. K. Nishizawa : , 281, 32395 (2006).
9) H. Nakanishi, H. Yamaguchi, T. Sasakuma, N. K. Nishiza- wa & S. Mori : , 44, 199 (2000).
10) T. Kobayashi, H. Nakanishi, M. Takahashi, S. Kawasaki, N. K. Nishizawa & S. Mori : , 212, 864 (2001).
11) M. Takahashi, Y. Terada, I. Nakai, H. Nakanishi, E. Yo- shimura, S. Mori & N. K. Nishizawa : , 15, 1263
(2003).
12) H. Masuda, K. Usuda, T. Kobayashi, Y. Ishimaru, Y. Ka- kei, M. Takahashi, K. Higuchi, H. Nakanishi, S. Mori & N.
K. Nishizawa : , 2, 155 (2009).
13) C. Curie, Z. Panaviene, C. Loulergue, S. L. Dellaporta, J.
F. Briat & E. L. Walker : , 409, 346 (2001).
14) S. Koike, H. Inoue, D. Mizuno, M. Takahashi, H. Nakani- shi, S. Mori & N. K. Nishizawa : , 39, 415
(2004).
15) Y. Kakei, Y. Ishimaru, T. Kobayashi, T. Yamakawa, H.
Nakanishi & N. K. Nishizawa : , 79, 583
(2012).
16) T. Aoyama, T. Kobayashi, M. Takahashi, S. Nagasaka, K.
Usuda, Y. Kakei, Y. Ishimaru, H Nakanishi & N. K.
Nishizawa : , 70, 681 (2009).
17) 高城成一,森 敏: 金属関連化合物の栄養生理 ,日本
土壌肥料学会編,1995, p. 5.
18) T. Nozoye, S. Nagasaka, T. Kobayashi, M. Takahashi, Y.
Sato, Y. Sato, N. Uozumi, H. Nakanishi & N. K. Nishi-
zawa : , 286, 544 (2011).
19) S. Lanfranchi, B. Basso & C. Soave : , 47, 181
(2002).
20) T. Nozoye, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa : , 8, e62567 (2013).
21) N. Nishizawa & S. Mori, , 10, 1013 (1987).
22) T. Negishi, H. Nakanishi, J. Yazaki, N. Kishimoto, F. Fujii, K. Shimbo, K. Yamamoto, K. Sakata, T. Sasaki, S. Kiku- chi, S. Mori & N. K. Nishizawa : , 30, 83
(2002).
23) T. Nozoye, R. N. Itai, S. Nagasaka, M. Takahashi, H. Na- kanishi, S. Mori & N. K. Nishizawa : , 50, 1125 (2004).
24) T. Nozoye, S. Nagasaka, K. Bashir, M. Takahashi, T. Ko- bayashi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa : , in press.
25) M. Takahashi, H. Nakanishi, S. Kawasaki, N. K. Nishiza- wa & S. Mori : , 19, 466 (2001).
26) M. Suzuki, C. K. Morikawa, H. Nakanishi, M. Takahashi, M. Saigusa, S. Mori & N. K. Nishizawa :
, 54, 77 (2008).
27) Y. Ishimaru, S. Kim, T. Tsukamoto, H. Oki, T. Kobayashi, S. Watanabe, S. Matsuhashi, M. Takahashi, H. Nakanishi,
S. Mori & N. K. Nishizawa : ,
104, 7373 (2007).
28) Y. Ogo, R. N. Itai, T. Kobayashi, M. S. Aung, H. Nakani- shi & N. K. Nishizawa : , 75, 593 (2011).
プロフィル
野副 朋子(Tomoko NOZOYE)
<略歴>2001年お茶の水女子大学理学部 生物学科卒業/2003年東京大学大学院農 学生命科学研究科修士課程修了/2006年 同大学大学院農学生命科学研究科博士課程 修了/同年同大学大学院農学生命科学研究 科特任研究員<研究テーマと抱負>ムギネ 酸類分泌の分子機構の解明,ニコチアナミ ン含量の高いダイズの作出<趣味>旅行,
ミュージカル,カラオケ,料理,読書 中西 啓仁(Hiromi NAKANISHI)
<略歴>1990年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1992年同大学大学院農学系研究 科農芸化学専攻修士課程修了/1995年同 大学大学院農学生命科学研究科農芸化学専 攻博士課程中退/1996年同大学大学院農 学生命科学研究科助手・助教/2008年同 大学大学院農学生命科学研究科特任准教 授,現在に至る<研究テーマと抱負>イネ 科植物の鉄,亜鉛などの必須金属,カドミ ウムなどの有害金属の吸収や集積に関する 研究<趣味>野球(観戦,実践)
西澤 直子(Naoko K. NISHIZAWA)
<略歴>1968年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1973年同大学大学院農学系研究 科農芸化学専門課程博士課程修了/1982 年同大学農学部農芸化学科助手/1995年 ロックフェラー大学植物分子生物学研究室 研究員/1996年東京大学大学院農学生命 科学研究科講師/1997年同教授/2009年 石川県立大学生物資源工学研究所教授<研 究テーマと抱負>イネ科植物の鉄栄養に関 する分子機構,石灰質土壌耐性作物の作 出,ミネラル栄養価の高いイネの作出<趣 味>サッカーのテレビ観戦とオペラ観賞