閉リーマン面上の正則円板束の ベルグマン核について
足立真訓
東京理大・理工
2017年3月7日
閉 Riemann 面上の正則円板束
Σ: 種数2以上の閉Riemann面.
一意化Σ =D/Γを固定. Γ ↷ D⊂CP1に作用を拡張. 対角作用Γ ↷ D×CP1による商X :=D×CP1/Γ.
D:={z ∈C| |z|<1}, D∗ :=CP1\D, S1 :=∂D. Ω :=D×D/Γ, Ω′ :=D×D∗/Γ, M :=D×S1/Γ.
X = Ω⊔M⊔Ω′と分解. Ω, Ω′ の関数論的性質を調べたい. 第一射影によりX は正則CP1束, Ω,Ω′は正則D束, MはS1束. X, Ω, Ω′は平坦束でもある. つまり,
水平な円板D× {t} (t∈CP1)の族がX 上に正則葉層を定める. 特に, Mは正則葉層の安定集合となる (Levi平坦実超曲面).
一般的な問題
X: 複素多様体, Ω⋐X: 相対コンパクト領域.
∂Ω: 滑らか, Levi平坦 (i.e. Xの複素超曲面による葉層を持つ) Ω上の正則関数の振る舞いを, ∂Ωの葉層の振る舞いから説明せよ.
∂ΩがLevi平坦 ⇐⇒ ∂Ωが“擬凸”かつ“擬凹”.
∂Ωが“強擬凸”の時, 状況は大変よく理解されている.
▶ 例. X =Cn,Ω: 単位球体.
▶ ΩはStein空間の改変.
▶ 有界正則関数の空間は無限次元.
▶ Bergman核(L2正則関数の空間の再生核)の境界挙動.
ΩはSteinか? (非)Liouville性? Bergman核の境界挙動?
cf. 予想「CP2上の特異正則葉層において, どの葉の閉包も葉層の特 異点を含む. 特にLevi平坦実超曲面をなす安定集合を持たない.」
既知の事実 1
Ω / Ω′はStein空間の改変 / Stein多様体. (Diederich–大沢 ’85) Proof.
▶ Ω =D×D/(z,w)∼(γz, γw), γ∈Γ. δ:= 1− w−z
1−zw
2. φ:=−logδ.
φは proper な多重劣調和関数で,D:={(z,z)|z ∈D}/Γ≃Σを除き,強 多重劣調和. Grauertの定理より,ΩはStein空間の改変.
▶ Ω′≃D×D/(z,w′)∼(γz, γw′), γ ∈Γ. δ′:= 1− w−z
1−zw
2. φ:=−logδ′. φはproperな強多重劣調和関数. Grauertの定理より,Ω′はStein多様体.
注 Ω′はtotally real 部分多様体D′ :={(z,z)|z ∈D}/Γ≈Σを含み, その複素化 (Grauert tube) となっている.
既知の事実 2
Ω, Ω′はLiouville. (E. Hopf のエルゴード性定理 ’36 の系) Proof.
▶ f をΩまたはΩ′上の有界正則関数とする.
▶ Fatou の定理から,f はM上に境界値を持ち,f はMの葉層に沿って正則
であり,特にその実部・虚部は調和.
▶ MはΣの単位接束となめらかに同型で,Mの葉層はΣ上のPoincar´e計量 に関する測地流の不安定葉層と同型.
▶ 測地流のエルゴード性から,葉層に沿う有界調和関数はa.e. で定数.
▶ したがって,f は定数.
Ωにおける別証明に後で触れる. 3F2の性質に帰着される.
主結果
問題 (大沢, 三松)
ΩやΩ′上の正則関数を具体的に書き下し, 定量的な性質を調べよ. O(Ω)≃ {f ∈ O(D×D)|f(z,w) =f(γz, γw), γ∈Γ}.
O(Ω′)≃ {f ∈ O(D×D)|f(z,w) =f(γz, γw), γ∈Γ}. (大沢) ∑
γ∈Γ(γ(z)−γ(w))n∈ O(Ω)for n ≥2.
主結果 (A.)
∃I:
⊕∞ n=0
H0(Σ,KΣ⊗n),→ O(Ω), ∃I′:
⊕∞ n=0
Ker(∆−λnI),→ O(Ω′) ここで, ∆をΣ上のPoincar´e計量に関するLaplacianとして,
H0(Σ,KΣ⊗n) :={Σ上の正則n次微分ψ=ψ(τ)(dτ)⊗n}, Ker(∆−λnI) :={f : Σ→C|∆f =λnf}.
主結果続き
I:
⊕∞ n=0
H0(Σ,KΣ⊗n),→ O(Ω), I′:
⊕∞ n=0
Ker(∆−λnI),→ O(Ω′) の像は広義一様収束位相で稠密であり, さらにα >−1に対し,
∫
Ω
|I(ψ)|2δαdV <∞,
∫
Ω′
|I′(f)|2δ′αdV <∞,
の意味で重み付き二乗可積分. ここでdV はX 上の(任意の)体積形式. 主結果の系として, Ωにおける重み付きBergman核の級数表示が得 られる. 漸近展開はまだできていない.
証明の概略
I: ⊕∞
n=0H0(Σ,KΣ⊗n),→ O(Ω)をψ∈H0(Σ,KΣ⊗n), n ≥1に対し, I(ψ)(z,w) :=
∫ w
z
1 B(n,n)
((w −τ)(τ−z) (w −z)dτ
)⊗(n−1)
ψ(τ)(dτ)⊗n で定める. ψ=ψ(τ)(dτ)⊗nは不変被覆Dτ 上で表示している. 複比の性 質から, well-defined である.
I′: ⊕∞
n=0Ker(∆−λnI),→ O(Ω′) は与えられた関数f ∈Ker(∆−λnI) をD′上の実解析的関数とみなし, D×Dへ解析接続して定める. 一般論 から well-defined であることが従う. (cf. Kr¨otz–Schlichtkrull, ’09) Ωの側について, I で作られる正則関数の可積分性の証明を説明する.
可積分性の証明の概略
I は, 次の抽象的構成の結果として得られた: ψ∈H0(Σ,KΣ⊗n)を同型 KΣ ≃TΣ∗ ≃TD∗ ≃ND/Ω∗ , D={(z,z)|z ∈D}/Γ⊂Ω, を利用して, D ⊂Ωに沿う正則関数のn次のジェットとみなし, この ジェットをL2ノルムが最小となるようにΩ上に拡張する.
第1段 (方程式の導出) Dz×Dw 上の非正則な座標(z,t)を
t := (w −z)(1−zw)−1で定める. f =f(z,w)∈ O(Ω)Γをtを用いて展 開f =∑∞
n=0fn(z)tnすると, 係数{fn}は次を満たす:
∂fn
∂z + nz
1− |z|2fn+ n−1
1− |z|2fn−1= 0.
φn:=fn(z) (√
2dz 1−|z|2
)⊗n
∈C(0,0)(Σ,KΣn)とおけば, {φn}は方程式
∂φ0 = 0, ∂φn=−n−1
√2 φn−1⊗ω (n≥1)
可積分性の証明の概略 ( 続 )
第2段. ψ∈H0(Σ,KΣ⊗N)に対し, φn:= 0 (n<N), φN :=ψと定める.
∂φn=−n−1
√2 φn−1⊗ω
のL2ノルム最小解を順次取り, 帰納的にφn (n>N)を定める. ラプラシ アンの固有関数分解を利用すると, φnの次の表示が得られる:
φN+m=∂∗N+mGN+m(1) (
−N+m−1
√2 φN+m−1⊗ω )
=−
√2(N+m−1)
m(2N+m−1)∂∗N+m(φN+m−1⊗ω)
ここで ∂∗nは∂:C(0,0)(Σ,KΣ⊗n)→C(0,1)(Σ,KΣ⊗n)の形式的随伴, Gn(1)は C(0,1)(Σ,KΣ⊗n)上のGreen作用素.
可積分性の証明の概略 ( 続 )
第3段. 形式解f =∑∞
n=0fn(z)tn, φn=fn(z) (√
1−|z|2dz2
)⊗n
のL2α(Ω), α >−1, での収束は,
∥f∥2α=π
∑∞ n=0
∥φn∥2 Γ(n+ 1) Γ(n+α+ 2)
=π
∑∞ m=0
∥φN+m∥2 Γ(N+m+ 1) Γ(N+m+α+ 2)
=π∥ψ∥2∑∞
m=0
Γ(N+m+ 1) Γ(N+m+α+ 2)
(2N−1)!
{(N−1)!}2
{(N+m−1)!}2 m!(2N+m−1)!
=π∥ψ∥2 Γ(N+ 1) Γ(N+ 2 +α)3F2
( N+ 1,N,N 2N,N+ 2 +α; 1
)
<∞.
から従う. f の正則性も同様の計算から従う. なお, α=−1では収束し ないことから, ΩのLiouville性が従う.
可積分性の証明の概略 ( 終 )
第4段.
∑∞ n=0
fn(z)tn=
∫ w
z
1 B(N,N)
((w −τ)(τ−z) (w −z)dτ
)⊗(N−1)
ψ(τ)(dτ)⊗N を示すには, {0} ×D上で直接計算すれば十分:
∑∞ n=0
fn(0)tn= (2N−1)!
(N−1)!
∑∞ m=0
(N+m−1)!
(2N+m−1)!
1 m!
∂mψ
∂zm(0)tN+m
= (2N−1)!
(N−1)!tN
∫ 1
0
dtN. . .
∫ t3
0
dt2
∫ t2
0
t1N−1ψ(tt1)dt1
= (2N−1)!
(N−1)!tN
∫ 1
0
t1N−1(1−t1)N−1
(N−1)! ψ(tt1)dt1
=
∫ t
0
1 B(N,N)
((t−τ)τ t
)(N−1)
ψ(τ)dτ.
Bergman 空間
Ω⋐X: 複素多様体内の相対コンパクト領域, dV: 体積形式に対し,
Bergman空間を次で定める:
A2(Ω) :={f: Ω→C正則| ⟨f,f⟩<∞},
⟨f,g⟩:=
∫
f g dV.
さらにδ:X →R, Ω ={δ >0}, dδ̸= 0 on ∂Ω を用いて, 重み付きBergman空間, Hardy 空間を次で定める:
A2α(Ω) :={f : Ω→C正則 | ⟨f,f⟩α<∞},
⟨f,g⟩α:=
{∫ f gδαdV/Γ(α+ 1) for α >−1.
limα↘−1∥f∥2α for α=−1.
Hardy 空間は正則関数の境界値の空間とみなせる.
Bergman 核
A2αの再生核Bαを(重み付き)Bergman 核, Sz˝ego核と呼ぶ:
f(z) = 1 Γ(α+ 1)
∫
Ω
Bα(z,w)f(w)δαdV for any f ∈A2α. A2αの正規直交基底e1,e2, . . . を1つ取ると,
Bα(z,w) =
∑∞ j=1
ej(z)ej(w).
例: X =Cn, Ω ={z ∈Cn| ∥z∥<1} (単位球体)のとき, δ = 1− ∥z∥2, dV: Lebesgue 測度と取れば,
Bα(z,w) = Γ(n+α+ 1) πn
( 1 1−zw
)n+α+1 .
Bergman 核を利用して双正則不変量が構成できる. 歴史的にも
Riemann の写像定理の解析から導入された概念である.
Bergman 核の級数表示
主結果の系
体積形式dV = |1−4zw|4 i
2dz∧d z∧2idw∧d wに関するΩのBergman核は Bα((z,w); (z′,w′)) = Γ(α+ 2)
π2(4g −4)+ 1
π
∑∞ n=1
1 cn,α
1 B(n,n)2
∫
τ∈zw
∫
τ′∈z′w′
Bn(τ, τ′)(dτ ⊗dτ′)⊗n ([w, τ,z]⊗[w′, τ′,z′])⊗(n−1). ただし, gはΣの種数, Bn(τ, τ′)(dτ ⊗dτ)⊗nはΣのn次微分に関する (i.e. H0(Σ,KΣ⊗n))の) Bergman核であり,
cn,α= Γ(n+ 1) Γ(n+ 2 +α)3F2
( n+ 1,n,n 2n,n+ 2 +α; 1
)
,[w, τ,z] = (w −z)dτ (w−τ)(τ −z).