電磁コイルの特性
1 レポートを書く前に
実験のレポートを書く際に大切なことは,「実験のテーマがなんであるか」を明確にすることにあります。目的 があって(物理理論で説明),その目的を果たすためには何をするのかを考えて(測定理論で説明),実際に行っ た結果(実験結果で説明)知りたいことへの答えが導かれ(解析結果で説明),考察で「目的に対する答えは何で あったか」を考える述べるのが実験です。ただし,考察については,いわゆる意見論文ではありませんので「〜
だと思う」という主観的な結論ではいけません。「〜であることがわかった。」といった具合に,断定をする必要 があります。ましてや,「難しかった」とか「うまくいった」など,目的にそぐわないことは書いてはいけません。
2 概要
概要は,報告文書である実験レポートのまとめですので,
• 過去形にする。
• 測定したことを示す。
• 考察を簡単まとめる。
事が求められます。そのため,レポートの内部(本文)が書き終わってから(すなわち最後に,)書かれるべき部 分ということになります。
概要は5∼10行 程度にまとめられることが求められますので,必要最小限の内容にまとめましょう。誤差を小 さくするための工夫とか,実験の際に注意しなければならない内容などは,詳細な事項となりますので,本文中 でまとめあげてください。
3 物理理論
物理理論を書く目的は,
• 測定対象を明らかにする。
• 実験目的を明らかにする。
ことにあります。したがって,「概要」を書く際とは逆に現在形でまとめましょう。物理理論は普遍ですので,過 去でも未来でもありません。
今回の主題は「電磁コイルの設計値と実測値を比較する」ことにあります。したがって,
• そもそも,「電磁コイル」とは何か。
• 電磁コイルの動作はどのようなものか。
をはっきりさせましょう(その辺りに関しては,実験テキストの記述は不十分です)。
L R
V
L R
V
(a)直流電源の場合 (b)交流電源の場合
図 1: 電磁コイルと電源の接続
• 電磁コイル
アンペールの法則によれば,電流の周りのは磁場ができます。一般的には,
I H~ ·d~ℓ=I (積分形式), rotH~ =~j (微分形式) (1)
と表されますが,無限に長い直線電流Iを考えた場合であれば,電流の周りの半径rの同心円上にできる磁 場の大きさHと電流の関係が,
2πrH =I (2)
であると考えればわかりやすいでしょう。
この原理を利用し,同一半径の円電流を無限に並べたものがソレノイドの原理です。理想的なソレノイドで あれば,ソレノイドの中心にできる磁場の大きさHは,
H =nI (3)
となります(ただし,nは単に長さ当たりの巻数または円電流の数)。
• 電磁コイルの動作
電磁コイルの動作としては,もちろん,電磁石として流す電流の値に比例した磁場を発生させることが第一 に考えられます。これは前項で説明した通りです。このとき,発生する磁場すなわち磁束Φは電流値Iに 比例するので,この関係を,
Φ=LI (4)
と表わし,Lをインダクタンスと呼びます。
電磁コイルのもう一つの特徴を定性的に示すとするならば,磁場を発生させることを利用して,
– 回路中に流れる電流をそのままの状態に留めるまたは安定させることにあります。
– 交流電圧の電圧変換をする。
– 周波数によって,信号を選別する。
などが挙げられますが,これらはファラデーの電磁誘導の法則によって引き起こされます。ファラデーの電 磁誘導の法則は,1831年にファラデーによって発見されました。これは,磁束Φが時間変化を起こす場合,
その磁束変化を打ち消すような起電力が生じるというもので,
VF=−dΦ
dt (5)
と表されます。図1は電磁コイルと電源の接続を表していますが,一般に,コイルはインダクタンスLと 電磁コイルの持つ内部抵抗Rとを直列接続で表されます。図1(a)は起電力V の直流電源と電磁コイルを 接続した様子を表しています。このとき,キルヒホッフの第2法則(後述)により,回路中に流れる電流I の満たす微分方程式,
(V +VF=)V −LdI
dt =RI (6)
が導かれます。この微分方程式の解は,
I(t) = V R
1−e−RLt
(7)
となり,電圧の変化が緩やかになっていることがわかります。
以上の内容を踏まえた上で,今回の実験では,この電磁コイルの動作を利用して設計値と理論値を比較すること
(空芯時),そして,鉄心を入れることにより,どれだけ磁束密度(透磁率と言い換えてもよいでしょう)を大き くすることができるのか調べることを実験の目的としています。
4 測定理論
設計値と理論値の比較については,今回は2通りの方法を考えます。
4.1 インダクタンスによる比較
電気回路を扱う上での大切な法則の一つにキルヒホッフの法則があります。キルヒホッフの法則は,電流の本 質が荷電粒子の流れであり,起電力はその流れを引き起こしている力であることを法則としてまとめたものです が,この法則には第1法則と第2法則があり,それぞれが以下の内容になっています。
• キルヒホッフの第1法則(電流則)
電気回路の任意の分岐点において,電流の値を流れ込む向きの場合を正,流れ出す向きの場合を負とする
(またはそれを入れ替えた)場合,各線の電流Iiの総和は,
N
X
i=1
Ii= 0 (8)
となる。
• キルヒホッフの第2法則(電圧則)
電気回路に任意の閉路を取って電圧の向きを一方向に取った場合,経路に沿った起電力Eiと電圧降下RjI の和は,
N
X
i=1
Ei=
N′
X
j=1
RjI (9)
の関係になる。
ここで,キルヒホッフの第2法則について考えてみましょう。図1(a)は,直流電源を接続した場合ですが,前述 の通り,電磁コイルL自身は直流電流に対して信号の立ち上がりを緩やかにはするものの,動作そのものには変 化を与えませんので,キルヒホッフの第2法則に従えば,tを十分に大きな値をとった状態における回路を流れる 電流をIとすると,
V =RI (10)
という,いわゆるオームの法則(正確にはもう少し条件が必要となるが)が導かれます。
一方,図1(b)については,電源が交流となっているために違った状況が生まれます。電磁コイルはその名の通 り電磁石ですので,電流値に比例した磁場を作り出します。無限に長いソレノイドを作るわけにはいかないため,
有限長のコイルの作る磁場を表す長岡係数kを必要としますが,長さℓ,巻き数Nの電磁コイルに電流Iを流し て作る磁場の大きさHは(3)式を使って,
H =kN
ℓ I (11)
となります。したがって,その空間の透磁率がµであれば,作り出される磁束密度は,
B=µH =µkN
ℓ I (12)
L Z
R
図2: 電気抵抗とインダクタンスにおける位相差
です。コイルの断面の半径をrとすると,断面積SはS=πr2ですから,磁束は,
Φ=BS=µkN
ℓ ·πr2I (13)
となり,コイルの巻き数がNであることを考えれば磁束はN 倍される(N 回通過する)ので,(5)式に表され た電磁誘導により,
VF=−µkN2
ℓ ·πr2dI
dt (14)
が生み出されることになります。したがって,キルヒホッフの第2法則により,
V +VF=RI (15)
というように,直流電源のときの(10)式とは違った式が出来上がります。このとき,(14)式を,
VF=−µkN2
ℓ ·πr2dI
dt =−LdI
dt (16)
とおいたときのLは,
L=µkN2
ℓ πr2 (17)
であり,電磁コイルのインダクタンスを表し,電磁コイルの形状が決まるとその大きさは,コイル中の心材(の 透磁率)に依存していることが分かります。したがって,(15)式および(16)式により,
V =RI+LdI
dt (18)
を得ます。今回は交流電圧ですので,電圧をV(t) =V0sin(ωt)とすると,電流I(t)はV0 =RI0を満たすI0を 用いてI(t) =I0sin(ωt)となります。したがって,(18)式は,
V0sin(ωt) =RI0sin(ωt) +ωLI0cos(ωt) (19)
となり,図2に示したようなZ,δを定義すると,(19)式は,
V0sin(ωt) =ZI0sin(ωt+δ) (20)
となります。ここで,Zはインピーダンスと呼ばれる物理量ですが,交流電圧計,交流電流計により測定された 交流電圧V,交流電流Iは実効値を示しますので,
Z =V I = V0
I0 (21)
は交流における電気抵抗のような量であることが分かります。したがって,インピーダンスの単位は[Ω](オー ム)です。このインピーダンスZと,電磁コイルの内部抵抗Rを測定することにより,
L=
√Z2−R2
ω =
√Z2−R2
2πf (22)
と,インピーダンスの実測値を得ることができます。
4.2 磁場定数による比較
電磁石は磁石ですので,磁場を測定することによって設計値と実測値を比較することができます。電磁石の作 る磁場の大きさHは,電磁石に流す電流Iに比例するため,
H=CI (23)
と表され,このときのCを磁場定数と言います。したがって,(11)式より,磁場定数の設計値は,
C=kN
ℓ (24)
となります。一方,実際に測定することができるのはホール素子を利用した磁束密度となりますので,電流Iを 流したときに測定された磁束密度の大きさがBであったならば,
H =B
µ → C= B
µI (25)
であることになります。
5 実験結果
5.1 測定状況
測定理論によれば,電気抵抗RとインピーダンスZを知るためには,電圧V をかけた際の電流値Iを測定す ればよいことが分かります。また,磁場の測定については,ガウスメータ(磁束密度を測定する装置)が必要に なります。したがって,実験に必要な機器は,
• 被測定物(電磁コイル)
• 測定器具(電流計,電圧計,ガウスメータ)
ということになります。電磁コイルについては,設計値を知るために巻き数と寸法が必要となります。また,電 流計,電圧計,ガウスメータについては,測定のレンジと最小メモリを書くことを忘れないでください。
5.2 電流,電圧の測定と電気抵抗,インピーダンスに関する誤差の考え方
電気抵抗,インピーダンスの測定については,R, Zのいずれに対しても,電圧V と電流Iを任意の値で測定 を行っている事から,同じ方法で求める事ができます。表1は電気抵抗を求める為に測定した電圧と電流のデー
表1: 電気抵抗の測定例
n 電圧 [mV] 電流 [µA] 抵抗 [Ω] 残差(λ) λ2
1 V1 I1 R1 λ1 λ12
2 V2 I2 R2 λ2 λ2
2
3 V3 I3 R3 λ3 λ3
2
4 V4 I4 R4 λ4 λ42
5 V5 I5 R5 λ5 λ5
2
hRi P
λi 2
タの一般形です。まず,注意をしなければならないのは,電圧と電流は任意の値で測定されており,同じ値にな る(すなわち平均を求める必要のある)物理量は「電気抵抗R」だけであるという点です。平均を求める必要が あるのは電気抵抗Rのみであって,電圧V や電流Iの平均値には意味はありません。また,電気抵抗の平均を
求めていますので,統計誤差(平均誤差)∆Rは電気抵抗の平均値hRiと各測定値Riとの差(残差λi)から求 めればよいことになります。
I[µA]
δI I
0.1
100 200
0
図 3: 電流測定の系統誤差 一方,系統誤差δRの求め方については,オームの
法則による式式から,誤差伝搬の式として,
δR hRi =
s δV
V 2
+ δI
I 2
(26)
を用いればよい事がわかります。ここで,分子にある δV とδIは,電圧と電流を測定する際の系統誤差(つ まりは読み取り限界)の値なのですが,分母にあるV とIの値として何を使うかが問題になります。体積測 定のときは各測定値の平均を用いましたが,今回測定 した電圧V と電流Iの平均値には意味がない事は前述 の通りだからです。
ここで,測定時の工夫が生きてきます。測定時には 電流計の目盛りを1
2 ∼ 3
4の範囲で使用しました。仮に 300µAのレンジを使用した場合,メモリの読み方にも
よりますが,その系統誤差はδR= 1∼2µAとなります。図3は,測定したレンジに対しての系統誤差の値(相 対誤差)を表しています。図3の編みがけの部分が測定に使用したレンジに相当するのですが,δI= 1µAとした ばあいはおよそ0.5 %,δI= 2µAとすれば1 %ぐらいで安定しています。したがって,指定された測定レンジ内 であれば,どの値を使ってもほぼ同じ結果が得られる事になります。一方,電圧の測定にあたっては,自動的に レンジを選ぶように設定をしました。その結果,電圧値の測定は4∼5桁 で測定が行われていますので,δV
V の 値は大きくても10−4程度である事がわかります。電流の測定精度は相対誤差で10−2程度ですから,(26)式より,
δR hRi∼ δI
I (27)
と見なしてもいいでしょう。これを踏まえて,測定値の誤差を計算している事を考えれば,分母の値の考え方と して,例えば,
• 一番大きく見積もる事ができるViのうちの1番小さい値の組み合わせ。
• おおよそ代表的と見なす事のできるViのうちの3番目(真ん中)の値の組み合わせ。
といった考え方ができます。今回は,2番目の考え方 を採用する事にします。
このようにして,実験結果,
R1=hR1i ±∆R1±δR1[Ω]
R2=hR2i ±∆R2±δR2[Ω]
Rs=hRsi ±∆Rs±δRs[Ω]
Rp=hRpi ±∆Rp±δRp[Ω]
(28)
が,得られます。
5.3 磁束密度の測定
磁束密度の統計誤差についてですが,電磁コイルに沿って測定した値が一定の値となった(最大値が複数表れ た)場合は,ほぼ0と考えてよいでしょう。系統誤差についても,ガウスメータによる測定は磁束密度の直接測 定ですので,ガウスメータの読み取り限界が系統誤差になります。
一方,最大値が1つ(上に凸のグラフになった)の場合,その最大値が本当の最大値であるかどうかは確実な ものとは言えません。統計誤差はないものと考えてもいいのですが,系統誤差についてはその一つ手前の測定値 と最大値の違いぐらいを考えた方がよいかもしれません。
6 解析
6.1 インダクタンスによる比較
実測値の計算式,誤差の計算および設計値の計算式はテキストを参照してください。誤差の範囲で一致してい れば問題はないのですが,一般には実測値の方が大きくなる傾向にあります。これは,(17)式に現れるrの考え 方に一因があります。(17)式は単層(1層)のソレノイドを仮定して計算された式なのですが,今回測定に用い た電磁コイルは5層のものを使用しています。そのため,内径(最内層の径)では小さすぎるといった問題が生 じます。実効半径を求めるためには,相互との巻き数を求め,その巻き数の重みをつけた変形の平均値を求めな ければならないのですが,ここでは1∼2 mm程度大きく見積もってみて比較をしてみてください。
また,(17)式からは,電磁コイルの形状が決まれば,インダクタンス(すなわち,電磁コイルが作り出す磁束 密度)の大きさは,電磁コイル内の物質の透磁率によって決まることが分かります。したがって,空芯のときの インダクタンスと鉄芯のときのインダクタンスを比較することにより,鉄の透磁率が分かり,何倍の磁束密度を 得ることができるのかが判断できます。
6.2 磁場定数による比較
磁場定数の誤差は,(25)式により,
δC hCi =
s δB
hBi 2
+ δI
I 2
(29) で求めることができます。
7 考察
「2つのインダクタンスの比較」とは「透磁率の比較」という意味です。鉄芯の存在によって,電磁コイルの 作り出す磁束密度はどの程度に大きくできたのかを考えてみましょう。
電磁コイルの実測値と設計値の比較は2通りの方法で行っています。どちらの方が精度よく比較ができている でしょうか。また,ずれ(誤差と混同しないように)があった場合,何が原因であったかを考察してください。