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2008年9月のリーマン・ショックは、世界経済に

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はじめに

2007年夏に発生したサブプライム危機、2008年9月のリーマン・ショックは、世界経済に

激震を引き起こした(以下こうした一連の経済的混乱を「世界金融危機」と呼ぶ)。これに対し て、各国は必死になって、独自に、または協調して金融面、実態面への経済的悪影響を抑 えようとしてきた。アメリカでは、2009年1月に発足したオバマ政権がこうした経済政策を 主導することとなった。本稿では、そのオバマ政権における経済政策を中心に、世界金融 危機への政策的対応について考察する。

1 世界金融危機とアメリカ経済

まず、世界金融危機とアメリカ経済の関係を整理しておこう。世界金融危機とアメリカ 経済は、二重の意味で関連しあっている。ひとつは、アメリカ経済の歪みが世界金融危機 の原因になったということであり、もうひとつは、その世界金融危機によってアメリカ経 済が大きな打撃を受けたということである。

(1) バブルの発生と崩壊

今回の世界金融危機の発端がアメリカの住宅バブルの崩壊であったことは間違いない。

アメリカの住宅の販売価格を示すケース・シラー指数(主要10大都市の住宅価格を示す)は、

2000年1月からピークの2006年4月までに2.2倍となっている。こうして上昇する住宅価格 のなかで低所得者向けのサブプライム・ローンが大幅に増加した。ローン会社は、「何年か たてば住宅価格が上昇して、より低金利でより多額のローンを組めるようになるから、住 宅を入手できるだけでなく、値上がり益も得られる」という説明で、ローンを提供し続け たようだ。さらに、住宅金融機関がローン会社からローンを買い取り、これを証券化して 投資銀行に売り、投資銀行はさらに各種のローンを混ぜることによってリスクを分散させ たうえでこれを金融商品に仕立てて、欧米の投資家に売却した。

今から考えれば、これは明らかに異常な住宅価格の上昇というバブルの上に築きあげら れた脆弱な経済発展モデルだったのだが、バブルの恐ろしさは「バブルの最中には誰もが 利益を得ることもあり、誰もバブルであることに気がつかない(またはバブルだと思いたく ない)」という点にある。上記のようなメカニズムが作用するなかで、①低所得者も住宅の 入手が可能となり、②住宅ローン金融関連業界は収益が上がり、③投資家は高い利回りを

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得ることができ、④経済が拡大して世界経済全体が潤うという夢のような状態が実現した。

しかし、2006年頃から住宅価格の上昇が止まり、サブプライム・ローンの延滞率も上昇 し始めた。そして、2007年8月、ヨーロッパ大手金融機関のBNPパリバが、傘下の投資ファ ンドの償還凍結を発表し(いわゆる「パリバ・ショック」)、これをきっかけに世界の金融界に 動揺が広がった。こうした事態に対応して、先進諸国の金融当局は、かなり迅速に金利の 引き下げ、流動性の供給などの措置を実施していったが、大手証券会社ベアー・スターン ズ、政府系住宅金融機関(GSE)であるファニーメイ、フレディマックの経営破綻が懸念さ れるなど、金融面の動揺はさらに広がっていった。

この頃から実体経済への影響も現われ始め、アメリカ経済は2007年12月以降、景気の後 退局面に入っていった。

(2) リーマン・ショックと景気の停滞

そして、世界は2008年9月のリーマン・ショックを迎えることになる。アメリカ第4位の 大手証券会社リーマン・ブラザーズは2008年9月、連邦破産法第11条の適用を申請した。

リーマン・ブラザーズの破綻によって、それまで市場が信じていた「大きな金融機関は影 響が大きいので潰せない」(too big too fail)という原則はもはや成り立たないことが明らかに なった。このため金融市場の参加者は極度の相互不信に陥り、資金の流れが一気にストッ プしてしまった。

こうした金融危機は実体経済も巻き込んで、経済状態を悪化させていった。金融面の混 乱が実体経済を悪化させ、その実体経済の悪化が金融の傷を深くするという形で、金融と 実体経済の悪循環が発生した。

まず、世界金融危機により金融機関が保有する住宅ローン証券化商品の価値が下落して 金融機関のバランスシートが悪化する。すると、金融機関は財務状況が悪化するので、家 計や企業への貸し出し態度を厳格化する。これが企業の設備・在庫投資、家計の消費を抑 制した。また、投資家はリスクを恐れて株式市場から資金を引き揚げたので、株価は下落 し、これが消費を冷やした(いわゆる「逆資産効果」)。

一方、実体経済の悪化が金融情勢を悪化させるルートとしては、住宅市場の低迷が住宅 ローンの延滞、差し押さえを増加させ、住宅ローン関連商品の取引を阻害すること、実体 経済の悪化が企業の倒産を増大させ、銀行の貸し出しリスクをさらに引き上げることなど がある。

2 オバマ政権下の経済政策

2008年11月に行なわれたアメリカ大統領選挙は、まさにリーマン・ショック後の世界金 融危機、アメリカ景気の落ち込みのなかで行なわれた。このため選挙では経済問題が最大 の論点となった。

ブッシュ政権下でも2008年10月3日には緊急経済安定化法が成立し、経済の安定化策が とられた。ただ、ブッシュ政権下での取り組みは、需要刺激策を含む本格的なものではな かったこともあり、選挙までにその成果を現わすまでには至らなかった。

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オバマ大統領はこうして就任前から経済問題に大きな政策的関心を払わざるをえない状 況となっており、選挙当時の公約を果たすうえでも、就任直後から精力的に経済対策を打 ち出していったのである。

(1) 財政面からの景気刺激策

オバマ大統領は、大統領就任前から経済再生計画を検討してきており、就任後1ヵ月足ら ずの2009年2月には「アメリカ再生・再投資法」が成立した。この法律に基づく支出は総額

7872億ドル(国内総生産〔GDP〕比約5.5%)に達しており、過去最大の景気刺激策であった。

その主な内容は次のようなものだった。

第1は、減税である。具体的には、勤労者向け減税(単身世帯400ドル、夫婦世帯800ドル)、 住宅ローン減税(新規購入者に最大8000ドル)、設備投資刺激のための企業減税などが行なわ れた。2009年度の減税総額は706億ドル(名目GDP比0.5%)である。

第2は、州財政の支援である。景気が後退するなかでアメリカの州・地方政府の財政状況 が大幅に悪化したため、メディケイド(低所得者向け医療保険制度)、州財政安定基金(教育 関係中心)などを中心に2009年度は438億ドル(名目GDP比0.3%)が州財政支援のために支 出された。

第3は、政府投資の増額である。道路・橋梁の近代化や高速鉄道へのインフラストラクチ ュア整備、環境関連事業、医療情報技術支援など向けに2009年度は261億ドル(名目GDP比 0.2%)が支出された。

第4は、自動車の買い替え支援である。これは、燃費の悪い中古車から燃費効率のよい新 車に買い替えた場合、最大4500ドルの補助を得られるというもので、2009年7月から8月に かけて、総額30億ドル(名目GDP比0.02%)の規模で実施された。

なお、今回の世界金融危機のきっかけとなった住宅市場に対しては、このアメリカ再 生・再投資法による住宅減税に加えて、いくつかの措置が実施されている。そのひとつが 政府系住宅金融機関(GSE)2社の支援である。アメリカには、ファニーメイとフレディマ ックという2つの政府系住宅金融機関があり、住宅ローンの買い取りと証券化を行なってき た。ところが、世界金融危機のなかで保有資産の損失が拡大したため、この2社が経営危機 に陥った。そこで政府はこの2社を公的管理下に置くこととし、公的資本を注入するなどし て経営を支援した。

住宅市場へのもうひとつの対策は、借り手である家計への支援である。財務省、連邦準 備制度(FRB)は、住宅ローン金利を引き下げるため、2008年9月以降、GSEの債務やGSE の住宅ローン担保証券を買い取っている。また、2009年3月には、住宅ローン借り換え支援 プログラムを実施した。これは、差し押さえられるリスクのある住宅ローンの低金利借り 換えを促すもので、10月末までに65万件以上の申し込みがあったという。

こうした大規模な景気対策は当然ながらそれなりの効果をもたらしたとみられる。ロー マー大統領経済諮問委員会(CEA)委員長は議会証言で、景気刺激策が実質GDPをどの程度 押し上げたかについて、2009年4―6月期で2―3%、7―9月期で3%程度としている。

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(2) 金融政策の対応

金融政策は言うまでもなく行政府とは独立してFRBによって担われている。FRBは世界 金融危機の発生直後から、幅広い金融政策を実施してきた。これは、通常の「伝統的金融 政策」と臨時・異例の「非伝統的金融政策」に分けることができる。

伝統的金融政策としては政策金利を引き下げてきた。FRBは2008年12月に政策金利(フ ェデラル・ファンド〔FF〕レート)を0―0.25%にまで引き下げた。さらに2009年3月の連邦 公開市場委員会(FOMC)の声明文で、この異例の低金利がさらに長い期間妥当となる公算 が高いということを明らかにした。これは、かつて日本銀行が採用した「時間軸効果」を 狙ったものだと考えられている。すなわち、金融政策は短期金利しか動かせない。そこで、

「低金利が今後も続く」という期待を市場に根付かせることによって長期金利も引き下げよ うとしたのである。

しかし、リーマン・ショック後は、金融市場が異例の混乱に陥ったため、非伝統的金融 政策にまで踏み込んでいった。すなわち、リーマン・ショック後コマーシャル・ペーパー

(CP)市場がほとんど壊滅状態となってしまったため、すぐに、資産担保CPを買い取る金融 機関に貸し出しを行なう制度(AMLF)、CPそのものを買い取る制度(CPFF)、マネー・マー ケット・ファンド(MMF)から資産の買い取りを行なう民間の特別目的会社に対して貸し 出しを行なう制度(MMIFF)等を次々に創設した。さらに、2009年3月には国債の買い取り 措置も始まった。

こうした非伝統的な金融政策には、一定の効果があったものと考えられる。CPの買い取 りによって企業の資金調達はかなり助かったはずだし、国債の買い取りも国債市場の需給 を引き締めて、長期金利を引き下げる効果があったものと考えられる。

(3) 金融システム安定化策

世界金融危機は、金融システムそのものを危機に陥れた。これに対してブッシュ政権下 で2008年10月に緊急経済安定化法が成立し、金融機関から不良債権を買い取るために7000 億ドルのプログラム(TARP)が準備された。その後、このTARP資金は、当初の目的であっ た不良資産の買い取りには使われず、金融機関への資本注入に用いられることとなり、大 手金融機関に総額1250億ドルの資本注入が行なわれた。

これに加えてオバマ政権は、2009年2月、新しい包括金融安定化策を発表した。これは、

①金融機関に対する財務状況の検査(ストレス・テスト)と資本注入の実施、②不良資産買 い取りのための官民投資ファンドの設立、③消費者・企業向けの貸し出し促進策の拡充、

④住宅の取得促進と差し押さえ防止策―などを主な内容とするものであった。

このうちストレス・テストについては、2009年5月にその結果が発表され、対象となった

19行のうち10行については、合計746億ドルの資本不足が指摘された。これを受けて、各

金融機関は増資などにより自己資本の拡充を図りつつある。一方、資本が充足していると された9行は、それまでの公的資金の返済を行なっている。

こうした一連の安定化策にもかかわらず、アメリカの金融情勢はまだ不安定であり、経 済にマイナス圧力をかけ続けている。金融機関の不良債権比率は依然として高く、貸し出

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し態度は引き続き厳しい状況にある。特にアメリカの金融機関は、商業用不動産市場への 貸出残高が大きく、その商業用不動産市場が低迷しているため、延滞率の上昇や不良債権 化の動きが続いている。アメリカの金融についてはまだまだ予断を許さない状況にある。

(4) 金融への監督・規制の強化

今回の世界金融危機は、金融の実態変化に監督・規制体制が追いつけなかったことがひ とつの原因だと考えられている。特にこれまでのアメリカの金融機関の監督体制は、きわ めて複雑に入り組んでいたため、一貫した方針の下での監督ができなかったり、抜け穴が あったりという問題があった。

こうした問題点に対処するため、2009年6月に金融規制改革法案の概要が発表された。そ の内容は、①金融機関に対する厳格な監督・規制の推進、②政府への金融危機を管理する ための手段の供与、③金融市場に対する包括的な規制の実施、④金融に関する不正からの 消費者、投資家の保護、⑤国際的な規制基準の引き上げと国際協調体制の強化――という5 つの柱からなっている。内容は多岐にわたっているが、今回の金融危機との関連で特徴的 な点をピックアップしてみると、次のようなことがある。

第1に、これまでの金融規制は、一般からの預金を受け入れているか(預金保険対象機関 であるかどうか)によって区分されていた。預金がなければ、被害は取引当事者だけで済む が、預金があると広く一般にまで影響が及ぶからである。しかし、今回の金融危機では、

預金保険対象機関ではなくても、投資銀行や保険会社などを通じても金融危機が起こりう ることが示された。このため、金融システムの安定を脅かす危険性のある金融機関すべて をFRBの監督下に置くことを提案している。

第2に、今回の金融危機のきっかけとなった証券化商品市場やデリバティブ(金融派生商 品)取引についての規制・監督体制が不十分だったという指摘がある。こうした要請に応え て、証券化商品に対しては、証券化商品の組成者や資金提供者に信用リスクの5%を保持す ることを求めるという提案をしている。また、デリバティブについては、すべての店頭デ リバティブについての包括的な規制を導入するとしている。

第3に、今回の危機では、消費者が実態を知らないまま、高リスクの投資をした結果、大 きな被害を被ったということが多発した。このため、新たに消費者金融保護庁を創設する ことや、消費者・投資家向け商品・サービスについての透明性、公正性、適合性を改善す るため規制を強化することを提案している。

(5) ビッグスリーの救済

世界金融危機でアメリカ経済が大きな打撃を受けるなかで、大きな議論のタネになった のが、アメリカの自動車メーカービッグスリー(ゼネラル・モーターズ〔GM〕、クライスラー、

フォード)の救済問題である。ビッグスリーは、もともとアメリカ市場でのシェアを低下さ せていたのだが、①2007年以来の石油価格上昇に伴い、燃費効率の悪さが目立ってきたこ と、②サブプライム危機後の消費の低迷のなかで、高額耐久消費財である自動車消費が特 に大幅に落ち込んだこと、③金融不安が高まるなかで自動車ローンも組みにくくなってき たことなど、多くの要因が重なり、経営が極度に悪化してきた。

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このビッグスリーを救済するかどうかについては、アメリカ国内でも激しい議論があっ たが、結局、政府としても見捨てるわけにいかず、とりあえずGMとクライスラーに公的資 金を活用したつなぎ融資を行なうことになった。

オバマ政権下でこの問題をどう処理するかが注目されていたが、結局、クライスラーは4 月、GMは6月に破産法11条を申請して新たな再建の道を歩み始めている。特にGMについ ては法的整理の後生まれる新生GMに政府が過半の出資を行なうこととし、実質的な国有化 に踏み込むこととされた。

こうした処理はオバマ大統領にとってはかなり苦渋の決断だったようで、「本当はまった く関与したくなかったが、GMが倒れれば深刻な景気後退となり、経済全般にひどい影響を もたらす」と語ったと報じられている(『日本経済新聞』2009年6月1日)。

3 オバマ政権の経済政策と経済政策上の論点

以上のようなオバマ政権の経済政策は、経済政策論という観点からいくつかの重要な論 点を提起している。代表的な論点を紹介しよう。

(1) ケインズは復活したのか

財政政策については、ケインズ政策の復活が大きな論点である。不況期に財政支出を増 やしたり、減税をすることによって需要を拡大しようという政策は、いわゆる「ケインズ 型の経済政策」と言われる。こうしたケインズ型の政策は金融危機前までは評価が低く、

「ケインズは死んだ」とまで言われていた。しかし、それが今回の世界金融危機で大復活を 遂げた。前述のアメリカの「アメリカ再生・再投資法」は財政支出、減税を柱としたもの で、「ケインズ型政策」そのものである。今回の世界金融危機によって、マクロ経済政策 は「ケインズ主義否定」から「ケインズ主義肯定」へとパラダイム転換を遂げたのであろ うか。

この点を考えるには、そもそもなぜケインズ主義は評判が悪かったのかを考えておく必 要がある。その理由としては、①金融政策に比べて、政策決定に時間がかかるため、機動 的な運営が難しい、②不況期には財政支出拡大が通りやすいが、好況期の増税・歳出カッ トは通りにくいので、結局財政赤字が累増しやすい、③資本移動が自由な経済では、財政 支出を拡大すると、為替レートが上昇し、輸出が減ってしまうなどの点が指摘されていた。

しかし、こうした問題点はあるものの、「財政政策には景気刺激効果はない」とまで主張 するエコノミストは少数であった。つまり、やれば効果はあるが副作用が大きい、または それほど効果は大きくないというのが主な理由であった。このことは、「臨時・異例の場合 には財政政策を景気刺激に使うことはありうる」ということでもあった。

今回のような異例の世界金融危機で需要が落ち込んだ場合には、あらゆる政策を総動員 する必要があるというのが多くの政策当局の考えであり、それはまた1930年代の世界大恐 慌の際の教訓でもあった。つまり、ケインズ型の経済政策は、各国の政策メニューには残 っていたのであり、それを必要とする事態が発生したからケインズ主義が復活したのだと 考えられる。

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(2) 金融政策でバブルを防止すべきか

金融政策については、バブルへの対応が論点となりそうだ。

これについては、住宅価格が頭打ちとなった当初の局面では、政策当局の危機感は薄か ったようだ。FRBのミシュキン理事は、2007年1月に、「中央銀行として重要なのは、バブ ルを止めることではなく、バブルが崩壊した後に即座に対応することだ」という趣旨の発 言をしている。これは当時のFRBの代表的な考えであった。FRB議長だったグリーンスパ ンは2002年に「バブルは崩壊して初めてわかる」、「バブルを阻止するには急激な金利引き 上げが必要だが、それは経済に深刻な打撃を与えてしまう」と発言している。つまり、中 央銀行の役割は、バブルが崩壊してから迅速に金利を引き下げ、円滑に後始末することに あるという考え方である。

この議論は本質的な論点を内包している。それは、「金融政策は資産価格の安定を政策目 的にすべきか」という問題である。経済を専門としない一般の人々は「金融政策がバブル を防止するため、資産価格を安定的に保つことは当然ではないか」と考えがちだが、それ ほど簡単ではない。今回の世界金融危機前には、前述のミシュキン理事のような考え方が 支配的だったのである。それは、資産価格の安定を政策目標とすると、次のような問題点 が出てくるからである。

第1に、「資産価格の安定」とは何かという大問題がある。一般の物価であれば、物価上

昇率を1―2%に安定的に保つことが望ましいという点でほとんど誰もが賛成する。しかし、

資産価格はこれが難しい。例えば、経済が成長すれば、土地の生産性が上がるから地価は 上昇し、企業の収益力が高まれば株価は上昇する。そのこと自体はむしろ望ましいことで ある。すると「バブル的な上昇が問題なのだ」ということになるが、今度は「今がバブル であるかどうかをどう判定するのか」という難しい問題が出る。

第2に、インフレの抑制と資産価格の安定は政策目標として両立するかという問題もある。

つまり、金融政策に対して「資産価格安定」と「一般物価安定」という2つの目標を割り当 ててしまうと、この2つが逆になった場合、つまり「物価は安定しているが資産価格が上昇 した場合」にどう対応するのかがわからなくなる。

第3に、もしバブルつぶしを狙った場合は、金融政策当局だけが貧乏くじを引くことにな るという現実的な問題もある。元FRB議長のウィリアム・マーチンは「パーティーが盛り 上がっている時に、パンチボールを片付けるのがFRBの仕事だ」と言ったことがある。こ れは通常の金融政策について言ったものだが、ましてやバブルの時には前述のように誰も が損をせず、皆が得をする状態になる。そんな時に経済を引き締めたら、多くの人は嫌な 顔をする。しかも、バブルの未然防止に成功した場合は、バブルの崩壊そのものを経験し ないことになるのだから、金融政策が評価されることもまずない。

しかし今回の世界金融危機を経て、こうした考え方もかなり修正されつつある。これに は2つの方向がある。ひとつは、やはりバブルの未然防止のために、資産価格をウオッチす ることは必要だという点についてはほぼ誰もが同意するようになった。さらに進んで、バ ブル的な状況がかなり明らかになった場合には、本来の物価の安定と矛盾しない範囲で、

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金融政策を発動すべきだという考えも同意する人が多くなってきている。

(3) 事業会社への政府介入の日米比較

今回の経済危機に際しては、アメリカで、主に自動車産業を中心に企業支援策が行なわ れてきたことはすでにみたとおりである。これを日本の場合と比較しつつ評価してみると、

次のような問題点がある。

第1に、日本の政府介入は、中小企業への金融支援などのようにあらかじめ特定の産業を ターゲットとしているわけではないのに対して、アメリカの措置は自動車産業に偏ってい る。このため、政府は、企業経営だけではなく、産業構造のあり方そのものに介入してい ることになる。

第2に、アメリカの措置は国際的影響力が大きく、各国における自動車産業保護競争を誘 発した面がある。アメリカ政府がビッグスリー救済に乗り出したことを受けて、多くの国 が同様に自動車産業への救済措置を行なっている。アメリカの調査機関センター・フォ ー・オートモティブ・リサーチによると、2009年における自動車産業への政府支援は、ア メリカ(900億ドル)を筆頭に、欧州(600億ドル)でも巨額なものとなっており、世界全体 では1642億ドル(約15兆6000億円)に達していると推計している(『日本経済新聞』2009年8 月9日)。

政府が企業活動を支援することは、それ自身が貿易制限的な措置ではないものの、結果 的に自国産業を国際競争上有利にするから、間接的に他の国の貿易を阻害することになる。

こうした意味で、産業支援は保護貿易につながることとなる。アメリカのビッグスリー救 済は、世界的な保護貿易への流れを誘発したことになる。

第3に、アメリカの自動車産業の援助措置が長期化する懸念がある。アメリカの自動車産 業の業績悪化が経済危機に伴う一過性のものであれば、一時的な政府の救済で立ち直る可 能性があるが、アメリカの自動車産業の不振には長期的・構造的な課題が相当大きく関係 している。アメリカの自動車産業は、環境対応の遅れなどにより長期的にシェアを低下さ せてきた。こうした構造問題の解決なしに、政府の支援を続ければ、介入は長期化するこ とになるだろう。

(4) 出口戦略の必要性について

最後にいわゆる「出口戦略」について述べておこう。2008年9月のリーマン・ショック後、

世界経済は未曾有の経済的大混乱に陥った。金融市場から資金が引き上げられ、経済活動 は大幅にダウンした。金融面、実体活動面での混乱は、金融市場、貿易を通じて国際的に 波及し、大恐慌の再来もありうると真剣に懸念されるほどの事態となった。

こうしたなかで、各国は経済的混乱に歯止めをかけるため、次々に臨時・異例の政策的 対応を打ち出した。未曾有の危機に対して、未曾有の対応がとられたのである。金融の超 緩和と非伝統的手段の採用、大規模なケインズ型の財政出動、ビッグスリー支援に代表さ れる企業支援などである。

こうした各種の臨時・異例の政策措置の評価は難しいが、仮に大恐慌に近い事態が発生 した場合の経済的打撃は想像を絶するものとなったはずであり、それが避けられたという

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ことだけでも、今回の各国における一連の政策はひとまずは妥当なものだったと評価され よう。しかし、真の評価が定まるのはこれからである。臨時・異例の政策措置は、あくま でも一時的なものであり、適当なタイミングで手を引いていくことが必要となる。いわゆ る「出口政策」である。アメリカの政策に基づいてこの問題を考えてみよう。

第1に、異例の強さで継続されている金融緩和措置は、将来のインフレの種をまく可能性 がある。また、金融機関への公的資金の注入も、長期化すると「いざとなれば国が助けて くれる」というモラルハザードを生む可能性がある。

この点について、FRBのバーナンキ議長は、出口のタイミングについて、需給ギャップ の解消、雇用環境の改善、インフレ期待の兆候などに注目し、将来のインフレを助長しな いよう円滑に撤退するという考えを述べている。

第2に、財政面からの刺激措置は、言うまでもなく財政赤字を拡大させ、将来世代への負 担の先送りを生じさせる。アメリカの財政赤字は、歳出拡大と減税、税収の落ち込みを背 景に急拡大している。2009年度の赤字額は1兆4171億ドル、名目GDP比10.0%となった。

2008年度(4548億ドル)の3倍である。

オバマ大統領は、2009年2月の議会での演説で、任期中に財政赤字を半減するという公約 を明らかにした。すなわち、ブッシュ政権から引き継いだ1兆3000億ドルの財政赤字を、任

期末の2013年1月までに半減するとしている。そのための手段としては、税制改革(高所得

者世帯の増税)、海外軍事活動の縮小(イラクからの撤退など)、医療保険制度改革、温室効果 ガス排出権取引の導入などを挙げている。

第3に、企業支援は長期的には市場の資源配分機能を損なう可能性がある。言うまでもな く、自由な経済活動を基本とする市場は、国民が所得をどんな分野に振り向けるか、その 需要を誰が供給するかを効率的に決めていくという機能を備えている。政府が特定の分野 における需要を刺激したり、特定の企業を支援したり、特定の産業・企業に資金を供給す ることは、その効率的な決定機能を阻害することになる。

こうして、一連の臨時・異例の措置については、経済実態の推移を見極めながら、徐々 にこれを解除していくという「出口戦略」を進めることがこれからの大きな課題となる。

これは、言うは易く行なうのは難しい課題である。経済が停滞している時にあまりにも早 く出口を目指すと、景気の失速、デフレの深刻化を招いてしまう。かといって遅すぎれば 前述のような諸困難に直面してしまう。この出口戦略に成功するかどうかが、今回の一連 の政策的対応の歴史的評価を決めることとなる。

■参考文献

小峰隆夫ほか(2009年)『データで斬る世界不況―エコノミストが挑む30問』、日経BP社。

内閣府(2009年6月)『世界経済の潮流 2009年Ⅰ―世界金融・経済危機の現況』

内閣府(2009年11月)『世界経済の潮流 2009年Ⅱ―雇用危機下の出口戦略:景気回復はいつ? 出 口はどのように?』

こみね・たかお 法政大学教授

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