CO2 海洋隔離技術の開発*
村井重夫**
1. はじめに
地球温暖化ガスとしてのC O2は大気中濃 度低減が求められている。本稿では、 C O 2 を海洋の中深層へ溶解希釈する海洋隔離技 術を紹介する。この隔離技術は図1に示す ように、省エネルギーやクリーンエネル ギーの拡大などの努力をしても、なお大気 ヘ排出せざるをえないC O 2を火力発電所や 製鉄所等で分離回収して海洋へ隔離貯留す る技術である。海洋はC O 2を吸収して貯留 する自然界の能力を有しており 、海洋隔離 技術はその能力を促進する技術ともいえ る。洵水中においてC O2は大半がH C 0 3 イ
オンとして溶解するが、長期的には大洋の 大循環や海水中の拡散によって、海洋の表 面を介して大気と平衡関係にある。した がって、何時かは大気中へ戻る分と大気中 から吸収する分が平衡関係になるため、大 気中で使用 した化石燃料等のC O 2増加分は 大気中濃度の増加をきたす(図2参照)
[ 1] 。現状の大気中C O 2増加を放置すると、
海洋の吸収速度が大気中のC O2増加速度よ り遅いため、大気中C O 2濃度は急激に増加 すると推定されている。海洋隔離するとそ の濃度を低く 抑え ることができ 、かつ、最 終的に達する平衡濃度への増加時期を遅ら
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* 第22回石橋雅義先生記念講演会 〔2002年4月27日〕講演 ** (財)地球環境産業技術研究機構
(R[TE) C O 2海洋隔離プロジェクト 〒619‑0292 京都府相楽郡木津町木津川台9‑2
Transactions of T he R esea rch Instilnl e of
Oceanochcmislry Vol.15, No.2 , Nov., 2002 (89)
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気中C O2の増加呈的にみた
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西暦(年)
(a)全量大気放出,(b)SO% を深度 1500m に注入,(c)SO% を海底(4000m)に注入 (d) 100 %を深度 1500m に注入,(e)100% を海底(4000m)に注入
図2 化石燃料由来C O2の海洋注入に伴う大気中濃度の予測 [Hoffert, M .I. et al., Climatic C hange, 2 , 53, (1977)]
⇒
{a)⇒ (b) (e)
せることができる 。この効果によって 、地 球温暖化の被害を抑えることができるし、
与えられる 時間で革新的に有用な温暖化防 止技術の開発へ繋ぐことができる。海洋隔 離技術以外にC O2貯留技術として期待され ている地中貯留技術や、砂漠緑化や森林再 生なども数百年以上のスパ ンで考えると同 様な効果を期待していることになる 。
2. C O2海 洋 隔 離 の 方 法
C O2を大気から海洋へ隈離する方法とし ては、図3に示すように回収したC O2ガス をパイプラインで沿岸部の海水へ溶解希釈 する方法と 、本報告で紹介する 航走船舶で 移動しながら海洋の中深層へ液体C O2を溶
解希釈する方法 (Moving Ship方式)と、深 海底へ液体C O2の状態で貯留する方法とが
ある。
Moving Ship方式は液体C O2を船舶から パイ プで 1,000 ‑ 2,500 m の中深層へ送り込
み、5 1 0 m mの液滴にして海水中へ放出
すると、そ の水深とその水温では比重が軽 いため液滴が浮上してゆく 。そ の過程で C O2が海水へl‑IC O;ィオンとして溶解希釈 される原理を利用している 。液滴が海水中 を 500‑ 1,000m 上昇してゆく間に徐々に溶 解するため、海水の急激なp H低下がおこ
らないほか、船が航走することによ って広 い海域へ溶解希釈されるため 、 この点で も、 p H の低下が抑えられる [2] 。
(90) 海 洋 化 学 研 究 第15巻第2号 平 成14年11月
図3 各種海洋隔離技術と地中貯留技術の概念
陸上プ
呂旦旦ニー一, , ̲ . . . ‑ .
1,000m 2,500m
送船
図4 Moving Ship 方式による溶解希釈型海洋隔離のイメージ
3. 液 体C O2の特性と溶解の原理 海洋の中深層へ放出された液体C O2の液 滴は、水圧が約100 200気圧、水温が0 10
℃ではその表面に固体のハイドレート膜を 形成する。液体C O2はこのハイドレート膜 を通して徐々に海水中へ溶解する。 C O2が 溶解した海水は比重が重くなり沈降する。
一方、ハイドレート膜を形成した液体C O2 の液滴は周辺の海水より比重が軽いため上 昇する。計算によると 、液滴が5 8 m mの
場合、約100 m 上昇す る間に液滴は海水中
Transactions of Th e R•sea r r h Insti tute of
Or•anor hemi s tr y Vol.I,. N o.2, Nov., 2002 {9 1)
ヘ溶けてしまう。したがって、水深1,000 m 以上深いところへ放出すれば、液滴は水深
500 m 以上の洵洋生物が多い浅い表面層へ
は上がって来ず、生物への影響は抑 えられ る。このような液滴の特性は種々の物性測 定のデータを元にしたシミュレーションの 計算結果や、高圧水槽中でのC O2液滴挙動 の観察実験結果によって確認されている[3, 4] 。図 5 はその模式図と、高圧水槽中 の液 滴周辺をレーザーを用いて観測した結果で ある。液滴の極周辺はpHが約4まで低下し
CO2液滴の溶解模式図
・液滴は浮上
.溶解した周辺は沈降
レーザーを用いたC O2液滴の 可視化写真
・液滴周辺の薄色部分 p H = 3.8‑4.2
・周辺部分 p H = 5.4‑6.0
図5 溶解希釈型海洋隔離における液体
co2
の溶解過程ていることが分かる。なお、放出する水深
が3,000m 以上の深さになると、液体C O2
凡
c o3=
H + + H C 03‑ ( 2 ) は比重が海水より重くなり、海底へ向けて沈降し海底へ貯留される。これは、深洵底 H C 03‑
= w
+ C 03 2c
3)貯留法として研究されている。
3 . 海洋中深層への希釈モデル
中深層へ放 出されたC O2は次式(1) (3) の平衡関係に左右されるので、溶解して (4) 式 の反応によって80%以上がH C 03イ オンになり、洵水のpHを若干低下させる。
C O2 + H 20 + C O/
=
2 H C 03‑ ( 4 ) この反応と液体C O2の放出量、放出速度、液 滴サイズ、放出船の速度等をもとに海水中 のp H分布を流体力学のモデルを用 いてシ ミュレーションした計算結果が図6である [5l。X軸は船の方向と逆の方向へ海水の流 c o 2 + H O 2=
H C O 2 3れを想定している 。Y 軸は水深 2,000m の (1) 放出点から鉛直方向海表面へ向かっての距 (92) 海 洋 化 学 研 究 第1S巻第2号 平 成14年11月
200
00 50
.' 深さ 方向 の距 離
'm
ー︐ 50
濃度増加分は約1 ppmである 。中深層のC O 2 磯度は通常2,000 2,500 ppmであり、 1 ppm の増加は許容できる 可能性が高い 。
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流れ方向の距離40 80 (m)120図 6 放出された液滴のサイズ分布と C O2が溶解した海水のp H分布 離を示ている。放出された5 m mの液滴は 等高線図で示されたように約 100m 上昇す る間に0.1m mまで小さくなる。また、海水 のp Hは放出点近傍では約6.0と低くなって いるが、高さで JOOm の場所では約 7.5 ま で回復している。 X 軸方向でも100m 離れ た場所では約 7.5 まで回復している。この 計算は放出ノズルを 1個のみ想定したもの であり、 C O2供給船は放出パイプの後方に 図6の分布を引きずって走行することにな る。なお、この場合ノズルの幅は小さいの で、 pH分布の幅はせいぜい数m である。す なわち、カーテン状のp H分布を形成する。
したがって、放出後、時間とともに周辺海 域へ更に希釈してゆく。今、 100k m四方の 悔域で水深 1,000 ‑2,000 m の水陳へ年間 1,000万 tのC O2を溶解希釈したとすると、
そのC O2が均一希釈されたときの最終的な
4. 生 物 へ の 影 響
海洋中深層への溶解希釈型海洋隔離は周 辺海域へのp H低下を低く抑える方法では あるが、 C O2の環境への影帯を調べC O2の 希釈率や希釈方法を改善する必要がある。
C O2の生物への影響を調べた結果の1つを 図7に示す。中層プランクトンを採取し、そ のまま船上でC O 2曝露試験をおこなった結 果である。中層プランクトンの死亡率は、
C O2の分圧が2,900μatmあると、明らかに 涌常の530μatmの場合と比較し大きくなっ ている。 2,900μatmは、数 %のC O2濃度で あり 、本報告の溶解希釈方法ではC O2放出 ノズルの極近傍のみで予測され、放出海域 全体では予想されない濃度である[6]。この ほか 、 ヒラメを用いた実験では血液への C O2の影菩を調べたり、ウニの発生段階で のC O2の影響を調べたりしている。いずれ も高濃度のC O2では何 らかの影響が見られ る[7]。C O2が低濃度の場合の生物への影響 については、ウニについてのC O2咽露試験 の結果が報告されている[8]。この結果では 約200 ppmのC O2増加でウニの成長率に差 異が見出されている。このことは、溶解希 釈によるC O2の濃度の増加分を約200 ppm 以下に抑えることが重要であることを意味
しており、中深層溶解希釈法は前節で述べ たように最終的にはC O2は計算上1 ppmの 増加にとどまるので、生物への影響は低く 抑えられる可能性が高い。なお、 200 ppm のC O2濃度の増加で生物影響が見出された ことは 、C O2の煕離や貯留を行わないと大 気中の CO2増加 によって海洋の全表面で 近々何らかの生物影響が出て来ることを意 味している。
Transactions of T h e R esearc h Instilnle of
Oceanochemistry V ol.I S, No.2, Nov., 2002 (93)
死亡 率︵
︶%
6
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p CO2=2,9001.1 atm pH=6.:35
p C02=5:3Oμ atm p H= 8.02
8 10 1 2 1 4
曝露時間 (日)
図7. 中層プランクトンの船上C O2曝露実験の結果
5. 海洋隔離サイトの必要条件 CO2海洋隔離の水域としては100 k m四方 を想定しているが、その水塊の条件として は、 1,000 ‑ 2,500 m の水深、0 10℃の水 温であること以外に、隔離したC O2が海洋 表面へできるだけ上がってこないことがあ る。 北部大西洋で沈降し北部太平洋で湧昇 する大洋大循環の流れが知られているが、
その周期は約2,000年といわれており海洋 隔離の貯留時間を大局的に制限することに なる。北西部太平洋についていえば、その 中深層を調査した結果によると、 1,000‑2,000 m の水深では潮汐流は観測されるが、大き な上昇流は観察されていない [9] 。図 8 は、 日本近海における全炭酸の分布を調査した 結果であり、 1,000‑3 ,000 m の深さに約 2,300 ‑ 2,400 μmol/kgの高濃度層が観測さ れている。この全炭酸 の分布か ら見る 限
り、表面層へ上昇する高濃度層は見られな いので、 CO2を海洋隔離するサイトとして の条件を備えている。海洋隔離サイトとし ては、物理的な条件以外に生物学的にも考 慮が必要である。通常、 1,000 ‑ 2,000 m の
中深層の生物現存量は少なく、 C O2の濃度 が低い場合は影響が少ないと推定される。
化学的には、 C O2の洵洋隔離は海洋の自然 現象である前記(4) 式の化学平衡をl‑Ico3‑
イオン増加の方向へ若干促進することにな る。したがって 、これ らのことも含めて海 洋熙離のサイト選定を行う必要がある。な お、生態系の変化や生物多様性なども含め た環境影響評価や、海洋の炭素循環への影 響評価などは今後の検討課題である。
6 . 海洋隔離技術の位置付け
わが国においては海洋隔離が地理的に有 利なため、今後、大いにこ の技術の開発を 進めるとともに、この技術への社会的認知 を高める必要がある。地球温暖化対策とし て緊急避難的にこの技術を使わなければな らなくなることを想定して 、この技術 の準 備をしておく必要がある。図9はCO2の排 出量削減をど のような技術で達成する かを シミュレーションした結果であり、各技術 の削減贔または貯留量を示し たも のである [10l。 この計算の前提条件によれば、 海洋 (94) 海 洋 化 学 研 究 第15巻第2号 平 成14年11月
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図8 日本近海における全炭酸(溶存態無機炭酸)の分布
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1990亡二二]省エネルギーによる削減効果 ー 化 石 燃 料 転 換 に よ る 削 減 効 果 ーバイオマスによる削減効果 IIIIIIIIIIIIIII 太陽光による削減効果
ごニニ3風力による削減効果
ー水カ・地熟による削減効果 ー 原 子 力 に よ る 削 減 効 果 ー 海 洋 隔 離 に よ る 削 減
= 地 下 帯 水 層 貯 留 に よ る 削 減
医翠蕊3植林による削減
= 正 味C O 2排出ヨ
ーーー「基準ケース」の C O 2 排出盪 C O 2排出抑制目標値 2000 2010 2020
西暦年
2030 2040 2050
図9 C O 2削減計画対策効果の試算例
Transactions or T h e R esearch Institute or
Oceanochemistry Vol.IS , N o.2, Nov. , 2002 (95)
隔離は2,030年頃には本格的にC O2削滅に 寄与することが求められる。
7. おわりに
本報告では、海洋の中深層へ溶解希釈する 海洋隔離技術をその方法、原理、生物影響、
熙離サイト、その必要時期について紹介し た。本研究は主に、新エネルギー/産業技 術開発機構 (NEDO) からの委託を受けて 地球環境産業技術研究機構 (RITE) と関 西 総合環境センター (KANSO) が実施した
「CO2海洋隔離に伴う環境影響予 測技術研 究開発」の成果である〔RITEのホームペー
ジ参照 :http://www.rite.or.jp。〕 参考文献
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"二酸化炭素の海洋隔離に伴う環境影響 予測技術研究開発(海洋調査及びC O2隔 離能力評価技術の開発)",関西総合環境 センター,平成12年3月
[10]友田 利正,秋元圭吾,RITE NOW,42, 10, (2001)
海 洋 化 学 研 究 第 15 巻第 2 号 平 成 14年11月