事例研究 ( ミクロ経済政策・問題分析 I) - 規制産業と料金・価格制度 -
(#405 – 空間経済モデルと政策評価への応用 ) 2017 年 12 月
戒能一成
0. 本講の目的 ( 手法面)
- 応用データ解析の手法のうち、空間経済
モデル
を応用した分析の概要を理解する
(内容面 )
- 計量経済学・統計学を実戦で応用する際の 留意点を理解する
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1.
空間経済モデルの概念
1-1.
空間経済モデルとは
-
空間経済モデル
(Spatial Economic Model)と は、
経済活動の地理的分布や配置など地理的・空間
的な選択や変化を取扱うモデルをいう
・ 大都市・産業集積などの形成・発展分析
・ 工場立地・店舗展開など配置・構造分析
・ 産業立地と分布の差異に起因した貿易分析
- 現状で多くのモデルは
Krugman, Fujitaなどが
1990
年代後半に再開発した新経済地理学
(NewEconomic Geography; NEG)
に依拠している
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1. 空間経済モデルの概念
1-2. 空間経済モデルの概念 (Krugman ・ Fujita(1995))
- 集中便益 (収穫逓増・費用増減 ) → “ 引力”
経済活動が特定の地理的・空間的な位置に集
中することにより得られる経済的便益 (・不便益 ) ・ 正の場合 - 効率・迅速性 , 規模利益
・ 負の場合 – 混雑・汚染性 , 犯罪・疫病
- 移動費用 (物的輸送・人的移動 ) → “斥力”
ヒト・モノ・情報の地理的・空間的な移動に要す
る経済的費用 (ほぼ必ず正 )
- 「経済活動の地理的・空間的な配置・変化は上記 集中便益と移動費用の程度により決定される」
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1.
空間経済モデルの概念
1-3. 空間経済モデルと「 (正の )集中便益」
-
古典的理解
;「外部性 」
(Marshall(1920))・ 特化した中間財生産者 (
群)の存在・集積 ・ 専門化された多数の労働力へのアクセス ・ 人的交流・情報交換による創造性発現
-
現代的理解
;「収穫逓増・独占的競争 」
(Krugman(1980・
09)他)
・ 収穫逓増 (≒ 古典的外部性
)又は
・ 独占的競争 消費・中間財調達の選好・差別 化と不完全競争
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1. 空間経済モデルの概念
1-4. 空間経済モデルと「移動費用」
- 移動費用としてはヒト・モノ・情報などあらゆる財 サービスの移動に伴う費用を含めて考える
・ 物的輸送費用 ,人的移動費用 ,情報通信費用 (特にヒト・情報については「時間」も費用 )
・ 工場・店舗の移転費用
(資本再立地費用、労働再募集費用など ) ・ 顧客・消費者への招致広報費用
・ 原材料・製品・サービスの輸送時の減耗
(腐敗・変質・揮発、送電損失、陳腐化など )
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1. 空間経済モデルの概念
1-5. 空間経済モデルの系譜
- 古典的空間経済モデル
(単一産業の分布を中心とした分析 )
- Thünen モデル (1826) 農作物生産分布 - Marshall モデル (1920) 産業集積形成 - Hotelling モデル (1929) 空間的競争 - 新経済地理学 (NEG) モデル
(複数産業・都市への拡張、貿易問題への展開 )
- Krugman モデル (1980 ・ 09) 製造業立地・貿易 - Krugman ・ Fujita ・ Mori モデル (1999) 都市形
成
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2. 古典的空間経済モデル
2-1. Thünen モデル (1826) 「同心円」モデル (1)
- 問. 産業革命以前のドイツでは都市郊外 の農地
は都市近郊から花卉・酪農、野菜、小 麦の順
に同心円的に利用されていたが、理 由如何 ?
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都市中心からの距離 z
小麦 花卉酪農 畑作
z=0 ( 都市中心 )
輸送費 Tri(z) = Tc(z) [ 運搬費 ] + Tdi(z) [ 輸送中劣化・減損 ]
2. 古典的空間経済モデル
2-2. Thünen モデル (1826) 「同心円」モデル (2)
- 解 . 距離 z に応じて値付された農地の地 代を、
輸送費を考慮した上で最も高い値 で支払い
得る作物が順番に生産されている
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都市中心から の距離 z z=0 ( 都市中心 )
農地の地代 ( 包絡線 ) Φ(z)
花卉・酪農 φ1
支払可能地代 ( 関数 ) φi
= Si (都市での作物売却収入 ) -Cpi( 育成費 ) - Tr i(z)(
輸送費 )
野菜 φ2
小麦 φ3
2.
古典的空間経済モデル
2-3. Hotelling モデル
(1929)「
Hotelling‘ s Beach」
(1)
-
問. 長さ
1kmの海水浴場で 2 人の同じ氷菓の 売
手がいるが、①同じ値段で販売する場合 の
最適な販売地点
, ② 販売地点が予め決まっ
ている際の最適な販売価格如何
?
但し消費者は一様に分布し、氷菓は販売後
“
t ・
d2 ”の速度で「溶解」する
(d;輸送距
離 )10
pa pb
x X b X a
0km 1km
天涯海角 南天一柱
2.
古典的空間経済モデル
2-4. Hotelling モデル
(1929)「
Hotelling’s Beach」
(2)
-
解. ①値段が同じ場合、 2 人とも海水浴場の
中央 0.5km 地点で売ることが最適となる
(解法 ; Lerner & Singer(1937))
無差別点
x; pa + t・
(x-xa)2 = pb + t(xb- x)2→ x = 0.5
・
(xb–xa) + 0.5・
(pb-pa)/(t・
(xb-xa))pa=pb
なら
Nash均衡解は
xa=xb=0.5X a= X 11
b=0.5km
?!
0km 1km
天涯海角 南天一柱
2.
古典的空間経済モデル
2-5. Hotelling
モデル
(1929)「
Hotelling’s Beach」
(3)
-
解. ②販売地点が決まっている場合、 2 人は距 離に応じ最適な均衡価格を付けること
とな
り機会があれば距離を広げる傾向が出 る
(解法
; (2)と同じことを価格について解
く
)
pa
*
= t・
(Xb-Xa)・
(2 +(Xa+Xb))/3 pb*
= t・
(Xb-Xa)・
(4 –(Xa+Xb))/3X 12
a
pa*
0km 1km
pb*
X x b
天涯海角 南天一柱
2. 古典的空間経済モデル
2-6. Hotelling モデル (1929) 「 Hotelling’s Beach 」 (4)
- 問. ① ,② と同じ条件設定の下で、突然に 3 人目
の売手が現れた場合、結果はどうな るか ?
但し 3 人は全く非協力的であり、
個々の利益
最優先で行動する [ 宿題 ]
13
c
13
!!
0km 1km
!! ♪ ~
a,b
天涯海角 南天一柱
3. 新経済地理学 (NEG) モデル
3-1. Krugman モデル (1980 ・ 2009) (1)
- 問. 2 国の市場に自動車を供給する企業 X は、
どのような条件により工場立地と貿易 (輸出 ) の有無を決定しているか ?
(= a. “1” 国の工場で全部生産し” 2” 国分を 輸
出 又は b. 両国それぞれの工場で現地生 産を何に基づいて決定しているか ?)
・ 2 国での平均市場需要 S1, S2 ; S1 > S2 ・ 両国に工場を建てる際の追加固定費用 F
( “1” 国には既に大きな工場があると仮定 ) ・ 自動車の単位輸出費用 τ
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3. 新経済地理学 (NEG) モデル
3-2. Krugman モデル (1980 ・ 2009) (2)
- 解.基本的に費用最小化が決定要因であり、
“規模の経済 (F/S2)” と“輸送費 (τ)” の大小 関係が問題となり、大きい場合は” 1” 国への 生産の再帰的集中が発生・継続する
F > τ ・ S2 (= F/S2 > τ)
⇒ a. “1” 国で全部生産し” 2” 国分は輸出 F < τ ・ S2 (= F/S2 < τ )
⇒ b. 両国それぞれの工場で現地生産 - 但し両国での市場構造・価格・需要の弾力性や 政府規制などは考慮していない
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3. 新経済地理学 (NEG) モデル
3-3. Krugman モデル (1980 ・ 2009) (3)
- 従って動学的には下記 3 つの要素が重要である ・ 産業の歴史的経緯と発展経路
(= 当該企業の発祥は” 1” 国か” 2” 国か ? ) ・ “規模の経済 (F/S2)” の変化
(= 自動車生産技術革新と消費者嗜好変化 ) ・ 輸送費用 (τ) の変化
(= 海上輸送技術の革新・貿易費用の変化 ) - 日米の自動車産業の場合、技術革新による規 模の経済増加と輸送費用低下が同時に発生
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3. 新経済地理学 (NEG) モデル
3-4. Krugman モデル (1980 ・ 2009) (4)
- モデルとしての特徴は以下に要約される ・ “規模の経済 (F/S2)” の分析
→ Dixit-Stiglitz(1977) の「独占的競争モ デル」
の採用、市場での消費者嗜好による製品 差別化と不完全競争状態の記述
・ 輸送費用 (τ) の分析
→ 一般化「氷塊」型モデルの採用、運搬費に 加えて財サービスの輸送時の減耗を記述
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4. 空間経済学モデルの実戦的応用例
4-1. 日本国内の発電所立地 (戒能 (2005)) (1)
- 問 . 首都圏などにおいて、何故都市近郊には LNG 火力発電所が多数立地し、都市から 遠隔した地域に石炭火力発電所・原子力発 電所が多数立地しているのか ?
(≒ 「何故東京には原子力発電所がなかっ たのか ? 」という問題を、事故に関す
る
リスクを別として空間経済学的な視点 から見た場合、どう捉えられるのか ? ≒ 首都圏などの送電網はどう整備されて きたのか ? )
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4. 空間経済学モデルの実戦的応用例
4-2. 首都圏の発電所立地 ( 事故前 (2009))
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東京湾岸 油
G G
G G
茨 城 栃 木
群 馬
山 梨
埼 玉
静 岡 (伊豆)
千 葉
神奈川
G
炭 炭
炭
炭
炭
油
油 油G
GG
G G
[佐久間 300]
[新清水 100(300)]
新信濃 600
柏崎刈羽 8212
[電発奥只見 480]
水力 9859
相馬双葉 6000
[栃尾]
[相馬共同 2000]
[原町 2000]
[原電東海2 1100]
[常磐共同 1625]
福島第1 4696 福島第2 4400 広野 3800
油
炭 常陸那珂 1000
[鹿島共同 1400]
鹿島 4400 東京湾岸 石油 4150
LNG 26151
石炭 600
福島東部・茨城東部 石油・石炭 18225
原子力 11096
長野・新潟・群馬・栃木 原子力 8212
水力
9859
長 野
新 潟
福 島
G
油
4. 空間経済学モデルの実戦的応用例
4-3. 日本国内の発電所立地 (戒能 (2005)) (3)
- 発電所立地の空間経済モデル
Ci(z,w) = Cmi(w) + CLi(z,w) + CT(z,w) Ci(z,w) 種別 i・出力 w の発電所の新設固定費用
Cmi(w) 種別 i・出力 w の発電所の機器費用
CLi(z,w) 種別 i・出力 w の発電所の用地費用
→ 都心からの距離 z に応じ地価が変化 CT(z,w) 出力 w の発電所の送電線敷設費用
→ 都心からの距離 z に応じ変化 (増加 ) → 発電所立地問題における「輸送費」
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4. 空間経済学モデルの実戦的応用例
4-4. 日本国内の発電所立地 ( 戒能 (2005)) (4)
- 種別 i毎の発電所立地距離 z の最適解の存 在
Ci(z,w) = Cmi(w) + CLi(z,w) + CT(z,w)
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総新設固 定費用 Ci
都心からの 距離 z km
用地費用 CLi(z,w) ( ~ 地価 ( 対数減 )) 送電線費用 CT(z,w) ( ~ 距離比例増 )
都心 (z = 0)
総費用 Ci (z,w) ( → 最適解有 )
z*
設備機器費用
( 距離と無関係 )
最小費用 Ci*
( 最適解 )
4. 空間経済学モデルの実戦的応用例
4-5. 関東圏・関西圏の工業地地価 ( 戒能 (2005)) (5)
- 工業地地価は距離zに対し指数的に減少
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4. 空間経済学モデルの実戦的応用例
4-6. 日本国内の発電所立地 ( 戒能 (2005)) (6)
- 発電種別 i( 稼働率帯別 ) 毎の生涯平均運 転費用
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40 %帯 80 %帯
100km 圏に LNG複合火
力 300km圏に 石炭・原子力
4. 空間経済学モデルの実戦的応用例
4-7. 現実の首都圏と費用最小化距離
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東京湾岸 油
G G
G G
茨 城 栃 木
群 馬
山 梨
埼 玉
静 岡 (伊豆)
千 葉
神奈川
G
炭 炭
炭
炭
炭
油
油 油G
GG
G G
[佐久間 300]
[新清水 100(300)]
新信濃 600
柏崎刈羽 8212
[電発奥只見 480]
水力 9859
相馬双葉 6000
[栃尾]
[相馬共同 2000]
[原町 2000]
[原電東海2 1100]
[常磐共同 1450]
福島第1 4696 福島第2 4400 広野 3800
油
炭 常陸那珂 1000
[鹿島共同 1400]
鹿島 4400 東京湾岸 (100km圏) 石油 4150
LNG 26151 石炭 600
福島東部・茨城東部 (300km圏)
石油・石炭等 18225
原子力 11096
長野・新潟他 (300km 圏)
原子力 8212
水力
9859
福 島 新 潟
長 野