• Tidak ada hasil yang ditemukan

God's Help In The Sea

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2023

Membagikan "God's Help In The Sea"

Copied!
7
0
0

Teks penuh

(1)

God’s Help In The Sea法学部  法律学科

 1年平井宏典

『誰でもいいから私を殺してほしい』真夜中に人が疎らな街を歩いているといつもそう思う。これは私が病んでいるとか死にたいからというわけではない。もどかしいことにただ何となくそう思うだけである。通りすがる人々に、そのポケットに突っ込んだ手の中にナイフが握られていることを希求する。「ねえ、ちょっと由奈聞いてる?」咲が私を覗き込むようにしている。「ん、あーえっとー何だっけ、ティンダー始めようかなって話?」「いつの話してるのさ」そう言ってにこっと笑って見せた。咲はオトナだ。私に何か非がある時は咎めることはなく、いつも微笑むばかりである。最初の頃はその姿に苛立ちとか動揺を覚えていたが、今では心地よいほど安心する。なんだか咲には私の一挙手一投足が見透かされているような気さえする。「花火大会の話よ、去年は由奈と二人で行ったけど今年は彼氏と行きたいなあって。」「もううちは諦めたよー大人しく今年もうちと行くんだな!」「ちょっと由奈と一緒にしないよ。こーゆーのは諦めないのが大事なの!」咲はまた微笑んで綺麗 な細長い人差し指をピシッと立てながら言った。「違う違う。うちは来年の花火大会を見据えてるのよ。」「あ、それ去年も言ってたよ。」

もう二十四時を過ぎていた。明日、私は夕方からバイトがあるだけであるし、咲は一日中休日で何もないと言うからもういっそのこと飲み明かそうということになった。「あのさ、うちらって決まって恋バナするじゃない?恋をするために生きてるのかなって錯覚しちゃうぐらい。でもそれってたまに思うんだけど、うちらって生きる意味を見失ってる時に恋しようとしてるんじゃないかって。」

『君は何のために生きているんだい?』

彼にそう言われた気がして、私ははっとした。高校二年生の冬休みが明けた頃、私に初めての彼氏ができた。彼の目は妙に据わっていていつも何かに打ちひしがれているような表情をしている。そんな彼が魅力的で以前から私は一方的に好意を抱いていた。そうして遠目で見ているだけでは耐えられな くなってとうとう私から告白したのだ。半分、いや八割ダメもとだった。「諦めるため」そんな言い訳を用意しながら少し期待して。でも、あんなにも降り積もった雪でしっかりとアスファルトがまだ覆われているうちに。あの真っ黒な地べたが見えたらもう手遅れ。そんな心地がしてならなかった。彼は意外にも笑顔で承諾してくれた。こんな私に一足早い春が訪れたわけだが、なんだか素直に喜ぶことができなかった。彼の浮かべた笑顔に一抹の希望を乗せたような眼差しが伺えてしまったからなのかは定かではないが、少し興が醒めてしまった。そんな私の面持ちを察知したのか電車のホームで別れ際に彼は言った。「僕一人だけだと思ってた。」「えーと、何がなの?」私は思わず聞き返した。「君も僕と同じ目をしてる。」そうして彼は帰る方へと向き直り、階段を下ろうとする。「ちょっと待って、それってどういうこと?」「そのままだよ。人はみんな大小なりとも何かしらの目標をもって生きてる。生きること自体が目標になることもあるけど、君も僕と同様にその本能を疑う目をしてる。でも、一番罪なのは、それを自覚して許されようとすることだ。みんな似たような服装をして齷齪とそれぞれの持ち場へ向か

(2)

う様子を見て安堵することだ。」私はぽかんとしてしまっている間に、彼は階段を降り切ってしまっていた。そうして彼が振り返ってくれたので私は少し恥ずかしかったが手を振った。彼が振り返ってくれた事がうれしくて暫く上の空であったが、家に帰って一人で彼との会話を思い出した。「『本能を疑う目』ってどんな目よ。」私は一人でツッコんでいた。それとも何か目標を持った方がいいってことなのか。そんなの彼氏に心配されることではない。でも、初めて彼ときちんと会話をした気がするがやはり私の思った通り面白い人だ。

『ね、明日の夜空いてない?ブルームーンって土曜だよね?』初めて彼とLINEをする。断られてもいいようにわざと図々しいくらいの文面にしておく。『ごめん、土日は忙しいんだ。』こんな時のために心だけは準備しておいたつもりだったのに、私はなんて返信したら良いのかわからなくて既読にすることができなかった。少し間をあけてからどうしようか考えようと思い、もうその日は寝ることにした。白い息が出てしまうのではないかと思うくらい冷たい空気で満たされている部屋で一人春を待つ蛹のように布団にくるまっている。もう自分には来たはずの春がまだ実感できないでいる。いっそのことずっとこのまま包まっていたい。 すると、ケータイに通知がきた。ケータイもこの寒さに震えあがったのか、と一人で笑いを堪えて、どうせLINEの公式から何か来ただけだろうといつに無く枕元に置いたそれに手を伸ばす。『日曜日の夜なら会えるかも。』『おけ』また悪い癖が出てしまった。私が浮かれていることを文面から悟られないようにした結果そうなってしまったが、素っ気なくしすぎてしまった気もする。

お母さんから何も言わずに借りてきたバーバリーのダッフルコートを纏って、待ち合わせの河川敷に向かった。堤防の雪が深いこの道にはここを通った先人たちによって踏み固められた歪な線が描かれている。川の流れは冷気を押し出すように北へと進んでいる。今夜の月はそれらすべてをキラキラと反射させている。そしてその中に彼の姿があった。「おまたせ!今夜は何ムーンかな?!」「ごめんね。本当に毎週忙しいんだ土日は。」「いやいや。別に嫌味を言いたかったわけじゃないんだよ。」「いや、ごめん。あとこの前言えなかったんだけど僕も前から気になってはいたんだ。後出しじゃんけんみたいでごめん。ほんと。」「ごめんしか言ってないよさっきから。らしくないなあ」私は笑って彼の肩を叩く仕草をした。「由奈さんにただ恋をするのが怖かっただけなんだ。何か大事なものが見えなくなる気がして。」 彼は悲しそうな面持ちで少し俯いて続けた。「でも、何が見えなくなりそうなのか、と言われればそれは分かんないんだ。それが自分の探してるもの、大事なもののような気がしてならない。」彼は涙を浮かべて悔しそうな表情にも変わったように感じたが俯いたままだった。私はそっと傍に寄って抱きしめた。「大丈夫。うちといれば新しい発見だってあるかもしれない。進んでみなきゃわからないじゃない。まだまだこれからなんだから。まあ、でも私も気をつけなきゃ『恋は盲目』って言うし、来年受験生だし。」「うん。そうだね。」彼の震えた白い息が私の前髪を撫でる。『か弱い。』その時初めて明確にそう感じたのだ。

高校三年の六月の末頃、彼は突然姿を消した。前の日はいつものように一緒に帰り何事もない平穏な日々の一頁に過ぎなかった。彼の両親はその日のうちに捜索願を出したようだが二度と帰ってくることはなかった。私もLINEで電話を掛けたり、心当たりのある場所は手当たり次第に回ったが私の前にも姿を現すことはなかった。生きていてほしい。花火大会だってたくさんあって、どれに行こうか、いや一年に一度だけ行くから花火大会はいいんだとか。あの時間は何だったのだろう。楽しかった。楽しかったのだけれど、彼がいないと意味がない。

(3)

私を今まで躍らせていた恋心は、生き甲斐という引き出しにぱんぱんに仕舞われていた。その引き出しに今更何を敷き詰めればいいのか、彼ならこんな時私にどんなアドバイスをしてくれるだろうか。人それぞれだと言われてしまうだろうか。いや、だとするならば、私は彼に恋をする以前には何を目標にしようとしていたのだろうか。私の築き上げた張りぼてにも思われる塔が崩れていく心地がする。忘れもしない。六月も終わるというのにも関わらず地から這い強烈に体に纏わりつく郭公の声。その鳴き声は誰に向けているものなのか、一体なぜそんなに鳴く必要があるのだろうか。

「ねえってば、ちょっと今日私の話全然きいてくれないじゃん。」咲はとうとう呆れたように見覚えのある光景で私を覗き込んでいた。「あ、ほんとごめん。で、ティンダーの話だっけ。」私は今度こそ何も思い出せなく、ボケに転じる他なかった。「え、聞いてたの?」不本意ではあるが言ってみるものである。「私、てっきりまた由奈ワールド入ったのかと思って一人で語ってたの。エピソードトーク。」「ラジオかよ。」「それはいいんだけどさ。どこのお店はいる?私たちさっきから割と歩いてるけど。」「確かに。なんか落ち着いたところがいいよね。 バーみたいな。」程なくして、咲が驚いた様子で私の肩を珍しく揺すってきた。「ねえ、あの人」咲の目線の先を私も辿った。バーの店員なのだろうか、私たちと同じ年齢にも見える。「あの人がどうしたの?」「海斗君に似てない?」私に少し被せて言ってきた。その店員の顔がちらりと見えた瞬間私は驚きのあまり裏路地の方へ隠れてしまっていた。宮本海斗。正真正銘私の元カレだ。行方不明になったあの。「ちょっと、入ってみようよ。」彼女はお酒も入っているからかなぜか乗り気だ。「ごめん。私飲みすぎたかも、ちょっとそこのコンビニのトイレ借りてくる。」私ののど元にせりあがってくる感覚がする。これはお酒のためではないことは私にははっきりとわかっていた。これはダメである。正直もう海斗はいないと思っていた。精いっぱい諦めて飲み込んで自分の中で成仏したつもりだったのに、そう思っていた彼を予想もしない時に目の当たりにすると体が異常に反応してしまう。咲のところに戻ろうと顔を上げると、暗がりで腕を回しあい見つめあうカップルに目に入る。この世界には私の居場所はあるのかなと思えてしまう程自分がちっぽけな存在になっている気がする。そんなことを思いながらそそくさとその場を抜けていった。咲の姿がない。もしかして、と思ったがその通りだった。もうすでに一人でそ のバーの中に入り、隅の方の席に座っていた。私はそうっとその店の方へと近づき、前にあるお品書きを見ながらチラチラと店内を見ていた。すると、何か外の仕事から戻ってきたと思われる店員に声を掛けられた。「一杯だけでも。どうですか。」「あ、あの!」「はい。」その店員は落ち着いた様子でにこっと微笑んで見せた。「えーっと。あそこにいる方って、宮内海斗ですか。すみませんいきなり。私の友達に似てるなあって。」先ほどの店員のにこやかさが消えた気がした。そして少し低い声で言った。「いや、人違いですねそれは。」その時私はほっとしてしまった。あそこに立っているのが海斗ではないことを知って心の底から安心してしまっていた。思えば、海斗は近づけば今にも消えてしまいそうな、蜃気楼のような存在だった。海斗が姿を消した時、心のどこかで府に落ちていたしそんな儚さを身に纏っていた。それはものすごく悲しかったし寂しかったことには変わりはない。それでも、その中で仕方がなかったのかもなとも感じていた。「そうだったんですね。変なこと言ってすみません。」私は戯けた様子を装いながら、店内に入ろうとした。「彼はゆうとって言います。宮内祐斗。」

(4)

私はそこで立ち止まざるを得なかった。「祐斗は異父弟がいたって話をしてくれたことがあります。名前が海斗君だったかまではわかりませんが。」「いたってことは。もういないんですかね。やっぱり。」「二年前に原型もわからないような状態で見つかったって言っていました。だから、それが本当に祐斗の弟くんなのか不確かなまま受け入れなくちゃいけないのは本当に辛かったと思います。すみません長々と。」「いえ、こちらこそすみません。」少し想像していたことだったのであまり驚くことはなかった。二年前か。私はその時何をしていただろうか。何を思っていただろうか。なんとなくこなした大学受験、入ってから目標は見つければと言い訳をして結局なあなあでここまで来て、就活に向けて準備をしている。今までどんな道を通ったかすら覚えていない。年を重ねるごとに。日を追うごとに脳裏で増幅していくそれだけが、それに思い悩まされることが僅かな生き甲斐としてあるだけだった。「遅いなと思ったら。ナンパしてたのか。」私の後ろから声がした。「あっ祐斗、違う違う。お客さんだよ。」「すみませんね。いらっしゃいませ。こちらどうぞ。」海斗とは対照的な人だ。何というかキラキラしている。左耳にはシンプルな銀色のピアスがあしらわれている。クセのある髪の毛を店内の暖 色のライトが浮き彫りにする。「ああっ!由奈、どこに行ってたのさ!」咲はもう完璧な程に仕上がっているようだ。「こっちのセリフなんですけど。」咲は頬杖を突きながら瞼を重そうにしている。私は咲の隣に座った。「ほら!海斗!いたでしょ~今までどこのいたのよぉ。もうー」そう咲の口から言い放たれた時、祐斗さんは驚いたような表情をした。「ちょっと咲!何言ってるのって、え、寝てるの?」こんなに周りを凍りつかせるような寝言のおかげで物凄く気まずくなって逃げだしたくなる。「あの、海斗を知ってるんですか。」祐斗さんが少し怪訝そうに聞いてきた。「あ、はい。同級生だったんです。えーと、少しだけ聞きましたさっきの人に。」「そうでしたか。すみませんね。せっかく来てくださったのにこんな暗い話を。何飲みますか。」そう言ってぎこちなく笑みを浮かべた。「じゃあー、カクテルの何かおすすめので。」祐斗さんは慣れたような所作でグラスに氷を入れて冷やし、シェイカーに黄色や紺色や無色透明やら三種類の液体を入れ味見をする。いつも通り美味しいといったような面持ちで先ほどグラスに入れておいた氷を取り出し、どこかで見覚えのあるような感じでシェイカーが振られていく。薄暗い店内にジャカジャカジャカと反響し耳に纏わり付いてそれだけで酩酊してしまいそうである。 「ブルームーンというカクテルになります。」三色が混ぜ合わさった時の無数の泡が空に浮かぶ雲のようだった。あの時の海斗と見ることができなかった夜空はこうだったのかもしれないと思うと少し目頭が熱くなる。「こんな名前のカクテルがあるんですね。」「カクテルにも花言葉のようにそのお酒にちなんだ言葉があります。こうしてお客様のお話を聞いてその内容に関連したカクテルを提供するんです。」「ちなみに、どういう意味なんですか。」「ブルームーンには『完全なる愛』と『叶わぬ恋』という相反する二つの意味があります。弟の当時の日記に書いてあったことなんですが、まさにその狭間にいるようだと。でも。」祐斗さんはルージュグラスを純白のナプキンで手際よく拭きながら言った。「でも、ユナという一人の女性のおかげで、だからこそ生まれてきてよかったと思える。そう書いてあったんです。だから、弟のことを思い出すと日記に書いてあったその女性のことも思い出すんです。僕も母親も実際その一言でかなり救われました。」いつも海斗からは私に何も言ってくれなかった。私が質問しさえすればそれに答える。それ以上でも以下でもないから少し踏み込んだ話とかも私のその時の勇気次第だった。そんなもんだからずっと私に興味がないのかと思っていた。でも、海斗の日記に私の名前があったことだけでも心が

(5)

温かくなった。『救われた』その言葉で私も救われる心地がした。その日記に私が今まで追い求めていた答えがある気がして、海斗があの時何を思い、それをどう感じていたのか、私は知りたかった。いや、知らなければ進めない。そう思った。「その日記私に貸してくれませんか。」祐斗さんは少し驚いていたがすぐに何かを了知したような面持ちで快く承諾してくれた。「実家に取りに行くから、そうだな、来週の土曜には用意しておくので、都合のいい日に取りに来てください。」「ありがとうございます。」私はそう言って、初めてブルームーンカクテルに口を付けようとした。淡い青紫が店内の琥珀の光に照らされて、今にも二つの斧を持った女神とかが現れそうである。「んんんっー。」思わず渋い声を出してしまった。「意外と濃いんですね。」「30%弱はあるはずです。」「え、にしては飲みやすいですね。」時計の針は二時を指していた。「ほらー咲帰るよ。」咲の肩をゆするともともと起きていたのではないかというぐらいの不自然な目の覚まし方をしたのがわかった。どうやら一部始終聞いていた様子である。そうか、あの時酔って寝言を言ったのかと思っていたけれど、私が祐斗さんにこの話を自分からできない性格だということを知っていて、そのアシストをくれたのかもしれない。それか、やっぱり興味本位かのどちら かだ。

日記と呼ばれるそれは日記とは程遠いような薄さで、どちらかというとメモ帳のような有り様である。この日記は一一月三〇日から疎らに綴られているので、気が向いたら書くようにしていたのかもしれない。海斗らしいと言えば海斗らしい。

一一月三〇日  今日、神経病院というところで ALSだと診断された。どうやら治らない病気らしい。余命も言われた。両親は悲しそうだったけど僕はよくその重大さがわからない。悲観的になっているわけではない、ただあと一年や二年で何をしろと言うのだろうか。だからと言って、自ら命を絶つ理由もないのでとりあえず生きてみることにする。

私はこの一ページ目を見た時驚愕した。余命幾ばくも無かったなんて初耳だ。この時の海斗はどれほど辛かっただろうか。私にはわからない。わかってはいけない。そう思った。明日があると、来年があると感じながら生きる私には。「同じ目をしている」そう言われたことがあった。海斗は、私にはまだ未来が確約されていながらそんな目をして贅沢だとか思わなかっただろうか。そう自分を戒めながら読み進めていく。だが、健康である人々に対する羨望だとか嫉妬を吐露するような言葉はひとつもない。 一月三〇日  ユナにブルームーンを見ないかと言われた。でも、月に二回、土日は検査入院の日だ。欠かすわけにはいかない。お母さんにどうにか行けるように説得したがダメだった。それどころか、父親には恋をすること自体否定された。誰かを愛したり、愛されたりすることで何か残り僅かの中に意味が見つかるんじゃないか。そういう期待もあるけど、父親の言う通りかもしれない。やっぱり怖い、それがあるだけで一体何を僕の人生たらしめるのだろうか。

一月三一日  初めてブルームーンを見る。というか久しぶりに夜空を見る。ユナに言われなかったら、今日も夜空を見ずに終わっていただろうな。夜の病室の窓から見るそれは周りが物静かで何もなく、皮肉にもものすごく綺麗に見えた。

二月一日

  『恋は盲目』とユナは言っていたが、

僕にとっては目隠しや失明の類であるのかもしれない。恋はやっぱり人生を彩るスパイス、それ以上でもないはずなのに。長く生きられない僕には残酷かもしれない。

二月九日  手が痙攣することが多くなってきた。ユナには寒いからと言って胡麻化しているが、知られるのも時間の問題。心配かけられないとかカッコはつける余裕がなくなってきている。

(6)

日記はその次のページから破られた跡が五枚分ほどある。これは海斗自ら破ったものなのか、祐斗さんやご家族の仕業なのかは定かではない。続きはもう六月の初めからだったので、約四か月分のがそこに書いてあったのであろうが、どんなことが書かれてあったのだろうか。私はその間どんな時間を海斗と一緒に過ごしていたんだろうか。まさかそんな病気にかかっていたとは知らなくて、なんとなく時間も忘れるぐらい、何ならそれさえも超越して永遠なんて本気で考えていたかもしれない。その時海斗は刻一刻と迫る終わりを感じながらその流砂の中で精一杯踠いていたに違いない。

六月六日  進行はさほど早いわけではないらしい。それどころかこの遅さは奇跡的だと先生は言っていた。母親はすごくうれしそうだったけど、それっていい事なんだろうか。というか、体感ではものすごい速さで体が言うことを聞かなくなっている気がするのだが。思っていたよりも少しだけ長く生きられるくらいでなんなのだろうか。僕の人生にはもう十分すぎる程大事なものを授かった。そう胸を張って言える。もう満たされている。逆に、ここらでそろそろ終わらないともっと欲しがってしまって後悔とか「なんで僕だけこんな目に」みたいな憎しみが生まれてきてしまいそうな気がした。自分が弱気なのもスポーツが苦手なのも全部愛してくれる人がいたおかげで、この世界に未練を残さずに済んだ。 六月一二日  最近暇さえあれば自分のお葬式を頭の中で再現している。一体誰がどんな弔辞を読むのだろうか。誰が来てくれるだろうか。どれだけの人が涙するだろうか。どれだけの人がお経を聞いている間、欠伸をするだろうか。どの色の花が僕いる箱のどこに添えられるのだろうか。

六月一四日  ユナはいつも天真爛漫な感じだが、時々瞳の奥が見える時がある。そう感じるだけであるが、僕が居なくなったらどう思うだろうか。きちんとユナなりに前に進んで行けるだろうか。時々心配になることがある。これは思い上がりとかそういうものではない。やりたいこと、なりたいものを見つけて、素敵な人たちに会って欲しい。切にそう願うだけである。僕の分までとかそういったことはなしに、幸せな道を歩んでほしい。

六月一八日  僕のすべてを受け入れてくれたユナは、僕のこの病気や死までの受け入れてくれるであろか。僕が死に際であるというのに、安らかにこんなに満ち足りたまま最期を迎えられるのは幸せな人生だ。「ユナのおかげで」何度そう思っただろうか。私に生きる意味を、生きた意味を与えてくれたユナのおかげで。

日記はここで終わっていた。私はずっと海斗の虚無感というか、それが変わらなかったし、変え られなかったから自ら死を選んだのだと、そんな何も変えられない自分を負い目に感じていた。今の今まで自分がいる意味すら感じられていられなかった。何にも影響を及ぼすことはなく、言われたことをこなす社会人を経てやっとの思いで死んでいけるのかな。そう思っていた。『ユナのおかげで』

その言葉で私は救われる感じがした。こんな私でも。それだけでも生きることを無下にしてはいけない。そう思えた。でも、私は一つだけどうしても奇妙さが拭えなかった。それは、彼の死期を早めたのは病気なんかではなく私なのではないかということである。私と出会わなければ彼はいつまでの命だったかは分からないけれど、病院で自然に迎えた方が安らかな眠りにつけたのではないか。でもこうしてもう少し生きてほしかったと悲しみ嘆くのは一種のエゴな気もする。それに長寿への諦念からくるものなのかもしれないが、一分でも一秒でも長く生きることが少なくとも海斗にとっては大事ではなかったことが日記からも読み取れた。海斗がいたならどんな声を掛けてくれるであろうか。いや、いちいちこう思い悩むこともない。全てこうやって書き残したくれたのだから。海斗が前を向いて進むことができたのなら、その一助になれたのなら、私も前へ進む希望を持てる。

(7)

私は日記を返しに行くために一人で祐斗さんのいるバーに向かった。時刻は二一時を回ったところだ。浴衣を着た人たちが行き来して、それなりに賑わっている。お祭りだろうか、花火大会だろうか、いや浴衣は何もない日に着るからいいのかとか考えながら水分をたっぷりと含んだ空気をかき分けるように進んでいく。私の身体にぴったりと絡みつくそれはむしろ鬱陶しいとは感じなかった。行き交う甲高い笑い声が私の頭上でアーチを描き夜空の星を際立たせる。海中に彷徨うおおぐま座。以前の私ならその尻尾を掴んでいっそのこと連れ去って欲しいとか無謀なことを考えたりしていただろう。あるいは、引き寄せようとして、そこで初めて無駄なことだと悟り絶望していたかもしれない。しかしもとよりそのおおぐまは彷徨っていたわけではないのである。一面がガラスでできたバーの扉はいつもより軽かった。「これ、ありがとうございました。」祐斗さんは私の表情から何か理解したような感じだった。「いいえ、こちらこそです。一番読んでもらいたい人のもとへ届いたみたいですし。」「あの、一つだけいいですか。」「なんでしょう。」「この日記の破れてるのってどうしてなんですか。」「あー、それが僕も分からないんです。すみませ ん。僕が見たときにはもうすでに破れてました。海斗のことだからコーヒーとかでもこぼして、破ったら失くしちゃったみたいな感じじゃないですかね。たぶん。」祐斗さんは海斗との思い出を回顧したのか、懐かしむように言った。「そうかもしれないですね。」久しぶりにお腹から笑い声が出た気がする。「何か飲んでいきますか。特別にタダで作りますよ。」「じゃあ、お言葉に甘えます。」祐斗さんはゆっくりとグラスを手に取り琥珀色の光に宛がう。そしてゆっくりと一つずつ逆三角錐型のそこに氷を敷き詰めグラスを冷やす。透き通ったジンがメジャーカップを経由しシェイカーに向かっていく様は庭園にある筧を連想させる。これと同じように、パルフェタムールとレモンジュースを注いでいく。それらをバースプーンで混ぜていき、手の甲に乗せ味見をする。どの動作も祐斗さんにとっては褻であるはずなのに、一つ一つの動きを洗練させるように何か特別な思いを乗せて作っているのが分かった。私はカウンターからその様子をじっと見つめていたが、祐斗さんは今にも流れ出てしまいそうなそれを浮かばせ、目は充血しきっていた。シェイカーに丁寧に密度の高い氷を敷き詰め、一心に打ち震わす。店内に響き渡る振動は私の鼓動とシンクロし脈打つ感覚がした。目の前に静かに現れた青い月は私を照らし出し小さな芽を息吹かせる。どこまでも地を這うよう に根を張り、限界なんて感じさせないほどに上空に伸びることを渇望させる。そんな煌めきを一身に浴びて明日へと闊歩する。コメントは、期「て、た。が、た。て、た。回、YouTube調ら試行錯誤して書き上げたのも特徴の一つです。て、が、味、ど、た。で、ら生きる意味を模索していく主人公を描きました。

Referensi

Dokumen terkait

何をどう学んだのか 齋藤(2019) • 他の人がどのようなことを考えている かわかった。 • 書きにくいトピックも、他の人のコメ ントを見たら、そんな捉え方もあるん だと思って自分も書くようになった。 • どう表すか知りたかった表現が、他の 人が書いた中にあって、こうすればい いとわかった。 • 助け合ってコミュニケーションした。