第 5 章 サービタイゼーション戦略における原価企画と
3. サービタイゼーション戦略の下での LCC の意義
3.1 ライフサイクル・コスティングの意義と 2 つの視点
物理的な製品にサービスが付加されると,製造業者には追加コストが発生する。例えば,
従業員の教育とトレーニング,保守契約,スペアパーツ・サービスのための追加の請求書を 発行しなければならない。長期的な負の影響を回避するには,競争力を高めるために製品関 連サービスに対する直接的な請求が必要になる。しかしながら,製品関連サービスに対して 課金しようとすると,すぐに新たに別の課題が生じる。Lerch and Gotch(2014)は,当該サ ービスのコストを説明するには,サービス提供プロセスを可視化する必要があり,さらに,
便益も分析されなければならないと指摘する。そのためには,製造業者が製品ライフサイク ル全体にわたって生じるサービスのコストと便益を決定しなければならない。ただし,コス トは顧客から直接的にも明らかであり短期的に発生する一方で,便益はしばしば顧客から 知覚されず長期的に発生する。
そこで,Lerch and Gotch(2014)は,短期的効果と長期的効果を別々に検討するために,
LCCが有用であると提案している。LCCの概念は,1960年代に米国国防総省で開発され,
1970 年代には民間企業などにも広く活用されるようになった(中島 2011)。ライフサイク ル・コストは,あるシステム/製品ごとの研究,設計・開発,生産,構築,試験,消費用の 使用,支援ごとのコストから構成される。しかし,従来は,これらのコスト項目は,LCCの ような総合的な視点から集計され,全体的な広範囲に及ぶ検討や処理がされずに断片的に 考察されてきたにすぎないという(Blanchard, 1978)。とりわけ,容易に把握できる初期購入 費等(研究・開発や生産のコスト)だけでなく,経済的耐用期間にわたって生じる支援費(訓 練費,試験・支援機器費,サービス人件費,補給支援費,運輸・取扱費,施設・設備費,交 換・廃却費,技術資料費など)にも考慮を払って意思決定することが肝要であると指摘され ている。
さらに,Lerch and Gotch(2014)は,製品のライフサイクルには製造業者側と顧客側とい
う異なる視点が存在することを強調している。顧客にとって,発生するトータル・コスト
(TCO: Total Cost of Ownership)と製品の経済寿命は重要であり,購入の意思決定は,取得
コストと,運用および保守コスト・廃棄コストとの間にトレードオフをもたす(Taylor, 1981)。 このトレードオフ関係は,物理的な製品のライフサイクルに密接に関連しているサービス にも適用できるため,ライフサイクル全体にわたって生じる種々のコストと関連する便益
とを評価するのに役立つ。LCC は,物理的な有形製品のさまざまなライフサイクルの段階 を構造化する。これらの段階で考慮されるコストは,顧客の入力データによって数量化され,
すべてのコストは適切な割引率を使用して基準期間で割引計算される。したがって,LCCの 計算には次の要素が考慮される(Lerch and Gotch, 2014):
① 製品購入価格による投資額
② 初期費用に含まれる設置費およびプロセス組込費
③ 直接・間接の労務費,材料費,直接費,および設立費などの運用コスト
④ 生産工程で生じ,再加工率またはスクラップ率の影響を受ける可能性がある品質 コスト
⑤ 直接労働,材料,または燃料動力からなるメンテナンスと修理のコスト(計画メン テナンスコスト,故障発生時の計画外メンテナンスコスト,および大規模改修など の断続的なメンテナンスコスト)
⑥ 当該資産のライフサイクルの最後に,処分または他の用途に転用するために発生 する処分費用
⑦ ライフサイクル全体にわたって追加で提供および配信され,提供されるサービス の種類に依存するサービスのサービス・コスト
これらの要素は,資本予算や投資計画を合理的に策定する際には,当然に考慮しなけれ ばならない。もし製品売却価額がある場合には、これも考慮しなかればならない。
3.2 LCC と顧客側のライフサイクル・コスト( TCO )のケース
顧客側のライフサイクル・コストについて,A社のケースを用いて説明する6。A社は,
ヨーロッパに拠点を置く世界的なロボットメーカーであり,物理的な製品に加えて,顧客に 製品関連のサービスを提供している。本ケースでは,A社の顧客として小規模な鉄鋼鋳造会 社を想定している。ロボットは,新技術によって操作され,顧客企業のスタッフによる直感 的な操作によってプログラミングできる。このロボットは,生産活動の最終工程の一つとし て,鉄鋼製品のフェトリングと燃焼に使用される。この鉄鋼鋳造会社は,高品質の製造工程 において労働力を使用することを目的として,ロボットによってこの最終工程を自動化し たいと考えている。
まずは,第一段階のLCCによって,鉄鋼鋳造会社におけるロボットへの投資計画の財務 上の影響を明らかにする必要がある。分析の結果は,次の通りであった:①8年以上にわた るロボットのライフサイクル・コスト合計(TCO)は約493,000ユーロであり,購入時点へ 割引計算される。このロボットへの投資額はTCOの8.2%であった。②開始コストと廃棄コ ストはそれぞれ1.3%と0.4%であった。③運用コストは最大のドライバーであり,80.0%を 占めていた。④残りのコスト・ドライバーである,メンテナンスと修理のコスト,および品 質コストは,それぞれ7.8%と2.3%であった。
LCCにおけるトレードオフ関係を利用して,製品関連サービスを通じてライフサイクル 全体のコストを最適化する。その結果,鉄鋼鋳造会社は,追加のサービスによって削減可能 である三つの主要なコスト・ドライバーとして,切替,スクラップ,および修理に起因する コストに着目することができた。これらのコスト・ドライバーを削減するために,トレーニ ング,メンテナンス契約,およびスペアパーツ・サービスを含むサービス・パッケージが検 討された。当該サービス・パッケージの選択は,純粋な製品から生じるTCOよりも,製品・
サービスをバンドルした場合のTCOが経済的に有利である場合に正当化される。結果とし て,この両代替案の違いは,サービスに起因する価値を示し,したがって,サービスの価格 設定においてサービス提供者をサポートする。
本ケースにおけるLCCでは,鉄鋼鋳造会社の従業員は特定のトレーニングによりスキル が向上しているため,スクラップ率はすべての鉄鋼部品の 1.5%から 1.0%に削減されると
想定した。このトレーニングのコストは2,500ユーロであった。さらに,トレーニングによ り切替時間を平均で30 分から 25 分に短縮できる。最後に,保守契約と組み合わせたスペ アパーツ・サービスは,スペアパーツの入手可能性が高まるため,平均故障間隔を伸ばすと 同時に,平均修理時間を削減できる。平均故障間隔は4,000時間から5,000時間へと延長さ れ,修理時間は18時間から12時間に減少すると想定した。スペアパーツ・サービスの価格
は年間2,500ユーロ,保守契約の価格は年間400ユーロであると想定した。
これらの新しい条件で,サービス・パッケージを含む第二段階の LCC を実行した結果,
切替,スクラップ,および修理に起因するコストは大幅に削減される見込みとなった。具体 的には,切替のコストが57,880ユーロから38,587ユーロに削減され,スクラップのコスト
が34,072 ユーロから23,098 ユーロに削減され,スペアパーツのコストが完全に回避され,
最大の経済効果をもたらす修理のコストが37,081から18,521ユーロへ削減される。すべて のコスト・ドライバーからの財務的影響は,8年間のライフサイクル全体にわたるサービス により,合計で約 54,300 ユーロが回避可能であることが判明した。この節約額は製品関連 サービスによって提供される価値を示しているといってよい。
生み出される約54,300ユーロのサービス価値は,提供されるサービスの価格を通じてサ ービス提供者である製造業者と顧客との間で配分される。ライフサイクル全体にわたるサ ービス・パッケージ全体,および8年間の割引価格は,合計で約20,900ユーロであり,こ れはサービス提供者にとっての付加価値といえる。同様に,サービス価値の残りの部分であ
る約23,400ユーロは,顧客に帰属する部分であるといえる。
Lerch and Gotch(2014)は,本ケースの検討からLCCには次の利点があると指摘してい
る。第一に,LCCは,企業がサービスのコストと便益の財務的影響を特定するのに役立ち,
したがって企業が間接費トラップを回避するのに役立つ。第二には,LCC は,製品のライ フサイクル全体にわたるサービス・パッケージによって生み出す価値を見積もることがで きるため,顧客・サービス提供者間での価格設定と価値共有に関する情報を提供できる。
3.3 Lerch and Gotch ( 2014 )の貢献
製造業のサービス化をめぐる管理会計システムについての研究蓄積が十分ではない中
で,Lerch and Gotch(2014)がLCCに着目したことは興味深い。とりわけ,製品・サービ
スの提供者側および顧客・消費者側という2つの側面から検討し,コストと便益を可視化 するべき旨を提示したことは注目に値する。伝統的なLCCは自社の投資計画におけるライ フサイクル全体から生じるコストを適切に組み込んだ経済性計算であり購入・調達の意思 決定モデルであったが,顧客側の視点に立脚したLCCでは,顧客側のライフサイクル・コ スト(TCO)を最適化し,製品の正味現在価値を増加させる。そのような価値提案によっ て,より高い顧客満足とロイヤルティを獲得できる。とくに,サービタイゼーションにお いては顧客との長期的関係の構築が重要であるため,顧客側視点に立脚した価値提案に期 待される役割は大きい。さらに,顧客側の視点に立脚したLCCはサービスの販売価格設定 にも有用である点には注目してよい。ただし,サービタイゼーション戦略にとってLCCの 適用が十分条件というわけではない。Lerch and Gotch(2014)は,サービタイゼーション におけるLCCの有用性を強調した上で,LCCにくわえて,ファンクションポイント分析 およびバランスト・スコアカードの利用を提案した。
顧客側視点のLCCによって顧客側のライフサイクル・コスト(TCO)が可視化される と,提供者側における設計段階での製品・サービスの品質,信頼性,および支援可能性の 作り込みが重要になる。そこで,Lerch and Gotch(2014)は,ソフトウェア開発における 機能規模の測定・見積りの手法であるファンクションポイント分析を用いることを提案し ている。ファンクションポイント分析は,利用者側が求める仕様に基づいて,機能をポイ ント化し,開発工数の見積りを行う。したがって,コストと便益ではなく,サービスに関 する数多くの指標を測定できる。そのため,ファンクションポイント分析は,顧客とのコ