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化学と生物 Vol. 53, No. 8, 2015オーキシン輸送の選択的なイメージング
オーキシン輸送系に選択的な蛍光オーキシンアナログの創製
植物ホルモンであるオーキシンは胚発生,発根,頂芽 優勢,光・重力屈性など植物の形態形成や環境応答の制 御において中心的な役割を果たす.主要な天然オーキシ ンとして同定されたインドール3-酢酸(IAA)は,その 化学構造が単純であったことから多くの合成オーキシン が開発され,1-ナフタレン酢酸(NAA)や2,4-ジクロロ フェノキシ酢酸(2,4-D)などの合成オーキシンが農薬 として利用されている.オーキシンによる形態形成や環 境応答の調節には,細胞・組織間におけるオーキシン濃 度分布の制御が重要とされている(1)
.したがって,オー
キシン濃度分布やその調節機構の解明は,植物の基本的 な成長機構を理解するための重要な課題の一つとなって いる.IAAは主にトリプトファンから生合成され,余 分なIAAは酸化やアミノ酸複合体化などにより速やか に不活性化される.IAAは細胞内取込み体AUX1/LAX シンポーターや,排出体であるPIN輸送担体やABCB トランスポーターによって極性輸送される.PINなどの オーキシン輸送体は,その発現量や細胞膜上の局在部位 を変化させて,オーキシン輸送量や方向を調節する.ま た,いくつかのPIN担体は,小胞体に局在化しており,オーキシンの細胞内濃度の維持に関与するとされてい る(1)
.このようにオーキシンの濃度は,局所的な生合成
や代謝分解による調節と,極性輸送系により調節される ことが知られているが,オーキシン濃度分布の制御に対 するそれらの役割分担については,はっきりしていな い.これまでオーキシンの濃度分布については,放射性標 識したホルモンの計測や,ホルモン応答性GFPレポー ター遺伝子の発現応答などの間接的な手法,さらには,
GC-MSやLC-MS/MSによる極微量分析や,抗IAA抗体 を用いた抗体染色などの手法により,数多くの知見が蓄 積されてきた(2, 3)
.これらの手法には一長一短があり,
また空間分解能などの点で解決すべき点が多い.これら の手法で見積もられたオーキシンの分布は,輸送や生合 成・代謝などが統合された内生オーキシンの総量であ り,生合成と代謝,輸送に起因するそれぞれのオーキシ ン量を区別して観察することや細胞内のオーキシン分布 を観察することは不可能であった.今回,これまでの
オーキシン分布の解析手法の欠点を補完する,蛍光標識 オーキシンアナログによるオーキシン輸送の可視化手法 を紹介する(4)
.
生理活性物質の活性を維持したまま蛍光標識した分子 プローブは,その標的タンパク質の同定や細胞内局在の 解析において重要な化学ツールとなっている.蛍光標識 体の空間分解能は非常に高く,その標的タンパク質であ る受容体や酵素タンパクの細胞内局在の可視化にも有効 である.天然オーキシンであるIAAは輸送体タンパク 質により運ばれ,受容体と結合し,その後代謝酵素など で不活性化を受ける.当然ながら,受容体と輸送体で は,そのホルモンの構造認識部位が異なっていると考え られる.オーキシンにおいても,受容体と輸送体では,
オーキシンの構造認識に大きな違いがある.実際,天然 型オーキシンであるIAAは,すべての輸送体に認識さ れるが,合成オーキシンであるNAAは排出体である PINやABCBのみで輸送される.一方,構造が異なる 2,4-Dは極性をもって輸送されないとされている.さら に細胞内のオーキシン濃度が高くなると,直ちにオーキ シン輸送体の局在が変化するので,オーキシンの輸送量 と方向が変わる.すなわちホルモン活性を示す蛍光標識 オーキシンを投与すると,蛍光オーキシンの分布像は,
生理条件にあるオーキシンの分布を反映しない可能性が ある.本来,低分子であるIAAは,細胞内へ拡散に よっても取り込まれ,分布したオーキシンは,IAA不 活性化酵素で,短時間に代謝される.したがって,蛍光 標識したオーキシンを生体内でのオーキシン分布に近似 させるためには,多くの因子を検討する必要がある.ま たオーキシン受容体複合体の結晶構造によるオーキシン 結合部位の形状から,ホルモン活性を保持したままオー キシンを蛍光標識することは極めて困難と推測され る(1)
.
さまざまなオーキシンアナログのうち,IAAやNAA にアルキル基を導入したアルコキシオーキシンアナログ はオーキシン受容体に認識されないが,オーキシン輸送 体であるAUX1, PINやABCBには,オーキシンと同様 に輸送体の基質として認識・輸送されるため,拮抗的に オーキシンの輸送を阻害する(5)
.このオーキシン輸送体
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で輸送されるが,受容体には認識されない ホルモンと しては不活性な オーキシンアナログに,アルキル基の かわりに蛍光基を導入すれば,オーキシン輸送体に認 識・輸送される蛍光オーキシンアナログとなり,擬似的 にオーキシン分布の可視化を達成できると予想された.
このコンセプトに基づき,蛍光色素として分子サイズが 小さいNBD(7-nitro-2,1,3-benzoxadiazole)基で蛍光標 識したオーキシンアナログが合成された(図
1
).蛍光
オーキシンアナログは,TIR1受容体のオーキシン結合 部位に結合せず,オーキシン活性を全く示さない.一 方,蛍光オーキシンアナログは内生オーキシンと同様に 極性輸送され,オーキシン輸送阻害剤や過剰量のオーキ シンとともに処理すると,細胞内への蛍光オーキシンの 過剰蓄積が観察された.また,オーキシン輸送の変異体 ではその蛍光分布像に異常が観察された.植物体内での オーキシン量は代謝分解によっても調節を受けるが,オーキシン不活性化酵素であるGH3を過剰発現させた 植物体においても蛍光オーキシンアナログの分布は変わ らず,蛍光HPLC分析においても代謝物は観察されな かった.
オーキシン応答性レポーターライン( レポー ター)のオーキシン応答パターンから,これまでオーキ シン分布にかかわる多くの知見が得られてきた.シロイ ヌナズナの根,胚軸,側根において,蛍光オーキシンア ナログは,オーキシン応答性レポーターから推定された オーキシン分布と一致する蛍光像を与えた.一方,陰性 コントロール化合物である蛍光標識した安息香酸やイン ドールは, レポーターとは全く異なる蛍光像を示 した.オーキシン生合成酵素は,根端の静止中心付近で 発現すると報告されている.蛍光オーキシンアナログ は,静止中心付近には蓄積しなかったことから,この静
止中心付近でのオーキシン蓄積は輸送によるものではな く,IAAの根端付近の局所的な生合成によることが示 唆された.また細胞内での蛍光オーキシンの局在を観察 すると,小胞体に局在しており,小胞体に局在する PIN5やPIN8輸送担体がオーキシンの細胞内濃度の維持 に関与するとの報告を支持していた.このように蛍光 オーキシンを用いた結果からも,細胞内でもオーキシン 濃度の偏差分布が存在することが支持された.今後,こ れら蛍光オーキシンアナログを用いた手法は,蘚苔類な どの下等植物までの幅広い植物におけるオーキシン分布 の解析に有効なツールになると期待される.
1) K. Hayashi: , 53, 965 (2012).
2) G. Brunoud, D. M. Wells, M. Oliva, A. Larrieu, V. Mira- bet, A. H. Burrow, T. Beeckman, S. Kepinski, J. Traas, M. J. Bennett : , 482, 103 (2012).
3) L. R. Band, D. M. Wells, J. A. Fozard, T. Ghetiu, A. P.
French, M. P. Pound, M. H. Wilson, L. Yu, W. Li, H. I.
Hijazi : , 26, 862 (2014).
4) K. Hayashi, S. Nakamura, S. Fukunaga, T. Nishimura, M.
K. Jenness, A. S. Murphy, H. Motose, H. Nozaki, M.
Furutani & T. Aoyama: , 111,
11557 (2014).
5) E. Tsuda, H. Yang, T. Nishimura, Y. Uehara, T. Sakai, M.
Furutani, T. Koshiba, M. Hirose, H. Nozaki, A. S. Murphy
: , 286, 2354 (2011).
(林 謙一郎,岡山理科大学理学部生物化学科)
図1■蛍光オーキシンアナログによるオー キシン輸送の可視化
A: 蛍光オーキシンアナログの構造.B: 蛍光 オーキシンNBD-IAAは,オーキシン輸送体 によりIAAと同じく輸送体の基質として認 識・輸送されて分布するが,オーキシン受容 体には結合しないので,オーキシン活性を示 さない.C: シロイヌナズナの根での蛍光 オーキシンアナログの分布図とオーキシン誘 導性 レポーターの発現パターン.
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化学と生物 Vol. 53, No. 8, 2015 プロフィル林 謙一郎(Ken-ichiro HAYASHI)
<略歴>1992年大阪府立大学大学院農学 研究科修了後,化学会社の研究員/1996 年農学博士/同年岡山理科大学理学部助 手/2007年同准教授/2012年同教授,現 在に至る<研究テーマと抱負>化学と生物 の両面から,植物ホルモンを含めて植物の 成長制御にかかわる化学シグナル機構の解 明したい.また植物ホルモン制御機構の進 化について取り組みたい<趣味>ガーデニ ング,家庭菜園,キャンプ
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.500