310 化学と生物 Vol. 56, No. 5, 2018
生物活性化合物にアジド基のみを導入したプローブを用いる標的タンパク質同定法
クリック反応を用いた標的タンパク質の同定
生物活性化合物は,生体内で受容体などのタンパク質 と相互作用することでその生物活性を示す.そのため,
生物活性化合物の作用機序の解明には,標的タンパク質 の同定は不可欠である.光親和性標識法(図1, A)は,
生物活性化合物の標的タンパク質を検出する方法の一つ であり(1),生物活性化合物の詳細な機能解析に広く用い られてきた.光親和性標識法では,光親和性標識基(ア ジドベンゼン,ベンゾフェノンおよびジアジリンなど)
および検出用官能基(ビオチン,蛍光官能基および放射 性同位体など)が生物活性化合物に導入された光親和性 標識プローブを使用する.光親和性標識基は,特定の波 長の光を照射すると活性化され,その近傍にある分子と 不可逆な共有結合を形成するという性質をもつ.検出用 官能基は,特異的に標的タンパク質を検出する目印とし て利用される.光親和性標識プローブと標的タンパク質 を相互作用させた後,光照射を行うことで2つの分子間 に共有結合が形成される.生成した光親和性標識プロー ブと標的タンパク質の複合体は,検出用官能基を介して 検出される.
光親和性標識法は有用性が高く,これまで多くの研究 報告がある.しかし,光親和性標識基および検出用官能 基の生物活性化合物への導入は,その標的タンパク質に 対する親和性を低下させ,生物活性に影響を与える場合 が多い.そして,光親和性標識プローブと標的タンパク 質の親和性の低下は,光親和性標識法による標的タンパ ク質の検出感度を低下させるため,本方法の問題点の一 つとなっている.
この問題点を解決するため,筆者らは光親和性標識基 および検出用官能基を生物活性化合物に直接導入するこ となく,化学修飾を最小限に抑えたプローブを用いる標 的タンパク質同定法を考案した(2).本手法では,代表的 なクリック反応であるアジド基とアルキンのヒュスゲン 環化付加反応に注目した.クリック反応は,温和な条件 下でも高収率で特定の官能基同士を結合させる反応であ る(3).クリック反応の利点として,溶媒を選ばず水溶液 中でも進行することや,解析に支障をもたらす副生成物 が生じないことが挙げられる.また,クリック反応は,
多くの生体分子が存在していても,特定の官能基選択的 に進む特徴がある.その中でも,アジド基とアルキンの ヒュスゲン環化付加反応は,銅触媒の添加により反応速 度が著しく加速することが2002年にSharplessらにより 報告されて以降(4),代表的なクリック反応として注目さ れてきた.
そこで,筆者らが考案した新規な標的タンパク質同定 法では,アジド基のみを生物活性化合物に導入したプ ローブ(アジドプローブ)を標的タンパク質とインキュ ベートし複合体を形成させた後に,ヒュスゲン環化付加 反応により光親和性標識基および検出用官能基を有する 化合物(リンカー)をアジドプローブと標的タンパク質 複合体に導入することとした(図1, B).アジド基は,
コンパクトかつ無極性な官能基であるため,生物活性化 合物への導入により著しい生物活性および標的タンパク 質に対する親和性の低下を引き起こす可能性が低いと予 想された.
図1■既存の光親和性標識法とアジドプローブを用いる新規な標的タンパク質同定法
日本農芸化学会
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化学と生物 Vol. 56, No. 5, 2018
本手法の有効性を確認するため,植物ホルモンである ジャスモン酸の生合成酵素のアレンオキシドシンターゼ
(AOS)(5)とAOS阻害剤を用いて実験を行った(2).イミ ダゾール環を基本骨格とした化合物1がAOS阻害活性 を有することが報告されている(6)(図2).そこで,化合 物1のアルキル鎖の末端にアジド基を導入した化合物2 をアジドプローブとして合成した(図2).アジドプ ローブ2のAOS阻害活性を調べたところ,化合物1と同 等の阻害活性が示された.アジドプローブ2を用いて標 的タンパク質を特異的に検出できることを確認するた め,組換えAOSタンパク質を過剰発現させた大腸菌の 粗タンパク質抽出液にアジドプローブ2を添加しイン キュベートした.その後,アジドプローブ2とリンカー 3をヒュスゲン環化付加反応で結合させ,さらに光照射 することで,アジドプローブ2,リンカー3およびAOS の複合体を形成させた.本反応液をウェスタンブロッ ティングに供した結果,AOSに由来するシグナルのみ が検出されたため,本手法を用いて特異的に標的タンパ ク質を検出できることが示された.さらに,アジドプ
ローブ2とリンカー3をあらかじめヒュスゲン環化付加
反応により結合させた化合物をプローブとして用いた場 合,AOSに由来するバンドは検出されなかった.これ は,プローブとなる化合物に大きな修飾基を導入するこ
とによりAOSとの相互作用が著しく減少したことが原 因であると予想された.したがって,本手法はこれまで の光親和性標識法と比較し,より効率的に標的タンパク 質を検出できる可能性が示唆された.
以上,生物活性化合物にアジド基のみを導入したプ ローブを用いる新規な標的タンパク質同定法の有効性に ついて概説してきた.植物の生命現象はまだまだ未解明 な部分が多いため,今後は本手法を用いて生物活性化合 物の標的タンパク質の同定,さらに作用機序の解明に取 り組んでいきたい.
1) M. Hashimoto: “Photoaffinity Labeling for Structural Probing within Protein”, ed. by Y. Hatanaka & M. Hashi- moto, Springer Japan, 2017, p. 1‒11
2) T. Anabuki, M. Tsukahara, H. Matsuura & K. Takahashi:
, 80, 432 (2016).
3) H. C. Kolb, M. G. Finn & K. B. Sharpless:
, 40, 2004 (2001).
4) V. V. Rostovtsev, L. G. Green, V. V. Fokin & K. B.
Sharpless: , 41, 2596 (2002).
5) F. Schaller: , 52, 11 (2001).
6) K. Oh & N. Murofushi: , 10, 3707 (2002).
(穴吹友亮*1,高橋公咲*2,*1 北海道大学大学院農学院,
*2 北海道大学大学院農学研究院)
プロフィール
穴吹 友亮(Tomoaki ANABUKI)
<略歴>2015年北海道大学農学部生物機 能化学科卒業/2017年同大学大学院農学 院共生基盤学専攻修士課程修了/同年同大 学大学院農学院共生基盤学専攻博士課程入 学(日本学術振興会特別研究員DC1),現 在に至る<研究テーマと抱負>標的タンパ ク質同定を通して生物活性化合物の作用機 序を解明したい<趣味>バドミントン,野 球観戦
高橋 公咲(Kosaku TAKAHASHI)
<略歴>1993年北海道大学大学院農学研 究科修士課程修了/同年雪印乳業入社/
2002年(独)食品総合研究所特別研究員/
2004年北海道大学大学院農学研究科助 手/2014年,同大学大学院農学研究院講 師,現在に至る<研究テーマと抱負>低分 子生理性物質を介した植物のシグナル伝達 経路の解明<趣味>草月流生け花
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.310 図2■アジドプローブとリンカーの構造
日本農芸化学会