Compactin (ML-236B)は,青かびの一種, Pen-51の代謝産物からコレステロール合成阻害物 質として単離されたHMG-CoA reductaseの競合的阻害物質である.培養細胞系に添加すると,ステロール合成を 強く阻害したが,脂肪酸合成を阻害せず,また,DNA合成,RNA合成,タンパク質合成を全く阻害しなかった.
しかし,高濃度で長時間培養すると,細胞内に充分コレステロールが存在するにもかかわらず細胞増殖は停止し た.この増殖停止はメバロン酸によりブロックされたので,コレステロール以外にステロール合成系(バイパス 経路を含む)の何らかの産物が細胞に必須であると推定された.既存のクロフィブレート系薬剤はCompactinと 異なり,無細胞系ではHMG-CoA reductase活性を全く阻害しないが,培養細胞系に添加すると,分解系を亢進さ せHMG-CoA reductase酵素量を低下させた.Compactinはラットでは良い結果は得られなかったが,イヌ,サル では,劇的にコレステロール値を低下させた.世界初の臨床試験でも優れた治療効果が得られていたが,動物の 長期毒性実験の結果で中止になった.しかし,compactinの代謝産物pravastatin(メバロチン)の開発を成功さ せ,上市に至った.現在では,類縁物質の7種のスタチンが心筋梗塞予防薬として世界中で使用されている.
スタチン(statin)は今でこそ世界的に有名なコレス テロール低下剤であるが,その研究の始まりは三共株式 会社の小さな研究所(発酵研究所)の古びた研究室の一 角から始まった.今まで,その経緯を内部関係者から 語ったことがないので,今回,回想録という形で紹介 し,あわせてスタチンの基礎研究について述べる.
私は,薬学系の博士課程を修了し,三共に入社し
(1974年),配属されたのは発酵研究所の第3室であっ た.その発酵研3室は,大きな研究棟の中ではなく,離 れにある旧工場の試験室を改造した小さな研究室であっ た.部屋の方々は発酵関係の実務者タイプの方が多く,
概して,楽天的であり,酒好き,おおらかで,おおざっ ぱな人が多かった.細胞生物学[生化学]を専攻した者 にとって当初はずいぶんと戸惑いを感じたものである.
その中で,遠藤さんのみが,突出した優れた研究資質を 持ち合わせていることに気がつくのはすぐのことであっ た.当初,私は遠藤さんとは別のチームに所属していた が,どういう訳か気が合い,よく帰りに場末の飲み屋
(大崎屋)で飲むことが多かった.遠藤さんは寡黙で物 静かな方であったが,お酒を飲むと和やかになるタイプ
である.そこで,今でもはっきりと印象に残った遠藤さ んの言葉を極めて鮮明に覚えている.米国留学で悟った とのことであるが,「なんだかんだ言っても,結局は新 しい物質を得ることが極めて大事.新しい物質を発見で きれば,その後の道は大きく開ける」という言葉であっ た.遠藤さんはcompactin(ML-236B)を発見し,その 後,世界に大きな貢献を果たしたのである.
私の担当テーマと異なるが,コレステロール関係の研 究には私は大いに興味をもっていた.米国では心筋梗 塞・狭心症が多発し,若い人でも突然に死ぬことが希で はなかった.その原因である血中コレステロールを低下 させることが急務であったが,血中コレステロールの 80%は肝臓で生合成され,残りの20%が食事由来であ ることを考慮すると,肝臓での生合成を阻害することが 必須と考えられていた.一方,GoldsteinとBrown博士 は,疫学調査での心筋梗塞が多発する家系から,その細 胞を培養し,LDL受容体を発見し,LDL受容体を介し て,細胞のコレステロール合成系が制御されることを見 いだしていた(1, 2).そして,その律速酵素がHMG-CoA reductaseであり,まさに,その特異的阻害剤の研究を 遠藤さんが行っていたのである.
Compactin(ML-236B)は,肝臓の抽出液の酢酸から
2017
年ガードナー国際賞受賞記念特集スタチンの作用の基礎研究(回想録)
金子 勲
Isao KANEKO, 理化学研究所情報基盤センター
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
コレステロール生合成系を用いて,約6000種の微生物
(カビ)代謝産物からスクリーニングし,青かびの一種,
Pen-51から単離精製して得られた ものである(3, 4)(図1).特許としては,構造不明のまま
新規生理活性物質,コレステロール合成阻害物質として 登録した.物質特許は辛うじて2〜3カ月の差で勝つこ とができた.相手は英国のビーチャム社で抗カビ剤とし て登録し,特許と同時にX線解析による構造解析の論
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● 化学 と 生物
心筋梗塞や狭心症などの動脈硬化症は現在でも主 要な死亡原因の一つであり,その予防は極めて重要で ある.その動脈硬化の原因の一つに血中コレステ ロール値の上昇が考えられている.過剰なコレステ ロールが動脈に沈着し,動脈硬化を引き起こすと,
血流が滞ることになる.特に,心臓の冠状動脈で動 脈硬化が進行すると,心症および心筋梗塞が多発す る.実際,LDLコレステロール値が高いと死亡率が 増加する.特に,脂質が多い肉食が中心の欧米では 深刻な状態である.したがって,食事由来のコレス テロールの摂取を制限する試みがなされているが,
余り有効ではない.その理由は,血中コレステロー ルの80%は肝臓で生合成され,残りの20%が食事由 来であるからである.したがって,肝臓でのコレス テロールの生合成を阻害することが重要と考えられ ている.
コレステロールは酢酸から種々の中間物質を経て スクワレンになり,さらに環が巻いて最終的にコレス テロールになる(経路)(左図).その中で,律速酵素 は,HMG-CoAからメバロン酸(mevalonic acid)に変 換 す るHMG-CoA (3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA) reductaseである.
コレステロールの生合成系
Compactin (ML-236B)は青かびの一種,
Pen-51 の代謝産物より,コレステロール
合成阻害物質として単離された物質である(右図).
Compactin (ML-236B)およびそのアナログであるスタ チンは,すべて正にこの律速酵素を阻害し,コレス テロール合成を阻害する.
なお,最終産物のコレステロールはフィードバッ グレギュレーションによりHMG-CoA reductaseの産 生をとめ,ステロール生合成を阻害する.一方,細 胞外のコレステロールはLDL受容体を介して細胞内 に入り,ステロール合成を制御する.この受容体が 欠損した患者(FH-ミュータント)の細胞には外来性 のコレステロールが中に入らず,HMG-CoA reduc- taseが非常に高い.Compactin (ML-236B)は正常人細 胞でもFH-ミュータント患者細胞でもコレステロール 合成を特異的に阻害した.Compactin (ML-236B)は ラットの動物実験では効果がなかったが,イヌ,サ ルでは劇的にコレステロール値を低下させた.世界 初の臨床試験でも優れた治療効果が得られていたが,
動物の長期毒性実験の結果で中止になった.しかし,
compactinの代謝産物pravastatin(メバロチン)の開 発を成功させ,上市に至った.現在では類縁物質の 7種のスタチンが心筋梗塞予防薬として世界中で使 用されている.本稿では,その経緯と基礎研究を通 じて得た知見を紹介する.
Compactin (ML-236B)の構造
コ ラ ム
文も発表された.このことから類推すると,ビーチャム 社は抗かび作用が弱いため興味を示さず,さらにコレス テロール合成阻害作用には全く気づいていなかったと思 われる.抗生物質にのみ注目していたものと,ステロー ル合成阻害という観点から着目していたものの違いが勝 負を分けたことになる.この頃を境にして,世の中は,
微生物代謝産物から抗生物質を見つける時代から,
compactin(ML-236B)のような生理活性物質を見つけ る時代に移行したと言える.私も,補体の阻害物質を探 索 し,complestatinと い う 新 規 化 合 物 を 発 見 し て い る(5).
そんな折,遠藤さんよりcompactin(ML-236B)の基 礎研究に参加して欲しいとの依頼があった.生化学,細 胞生物学を専攻してきた私にとっては格好のテーマで あったことは言うまでもない.Compactin(ML-236B)
はコレステロール生合成系の律速酵素であるHMG-CoA reductaseの特異的な競合的阻害物質であり(6),また,
マウスでの急性毒性がほとんどないことがわかってい た.しかし,培養細胞に添加して実際にコレステロール 合成を阻害するのか,また,それにより,細胞がどのよ うな影響を受けるかについては全く不明であった.
研究に用いた細胞はマウスL細胞株,初代ヒト正常人 皮膚繊維芽細胞株(GM-442)と初代LDL受容体欠損患 者(FH-ミ ュ ー タ ン ト) 繊 維 芽 細 胞 株(GM-486) で あった.ステロール系の最終産物がデスモステロールで あるマウスL細胞株は,デスモステロールを内在性のス テロールとして,コレステロールを培地由来の外来性ス テロールとして区別して測定できる特徴をもつ.初代 LDL受容体欠損患者(FH-ミュータント)繊維芽細胞株
(GM-486)は,LDL receptorが欠損し,培地からのコ レステロールが細胞内に供給されず,HMG-CoA reduc- tase活性が高く,コレステロール合成が高い細胞であ る.Compactin(ML-236B)は急性毒性がほとんどない ことから,直接的な細胞毒性はすぐには出現しないと思 われた.実際,Compactin(ML-236B)を5%FBS存在 下のL細胞に添加すると,用量依存的に酢酸からのコレ
ステロール合成を強く阻害(IC50=0.02 µg/mL)した
(図2).一方,脂肪酸合成を全く阻害せず,また,5 µg/
mLでもタンパク質合成,RNA合成,DNA合成を阻害 しなかった(7)(表1).
図1■ Pen-51(左)
とHMG-CoA(中 央) とTwo forms of compactin(右)
図2■Compactin(ML-236B)によるHMG-CoA reductaseの 拮抗的酵素阻害
図3■Compactin(ML-236B)によるコレステロール合成(●,
■)と脂肪酸合成(○, □)に及ぼす効果
A: mouse L cells (●, ○), B: human cells (GM-442 (●, ○), nor- mal, and GM-486 (■, □), homozygote).
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そこで,Compactin(ML-236B)を添加しさらに長時 間(〜10日)培養したところ,0.5 µg/mLまでは細胞毒 性は全くなかったが,5 µg/mLでは強い細胞毒性が出現 した(図4).細胞は添加10時間ほどで丸くなり,接着 面から脱落した.しかし,Compactin(ML-236B)と同 時にメバロン酸を添加すると,この5 µg/mLの細胞毒 性は完全に消失した.これは,ML-236BがHMG-CoA Reductaseの特異的拮抗阻害物質であることを考慮する と,極めて納得のいくデータであった.すなわち,
HMG-CoA Reductaseの代謝産物メバロン酸がML-236B の作用を完全に打ち消したことを意味する.したがっ て,当初はエンドプロダクトのコレステロールが低下す ることが細胞毒性の原因と考えた.
ところが,実際に,細胞内のコレステロールを定量す ると,コントロール細胞以上にCompactin(ML-236B)
添加細胞には充分量のコレステロールが存在した(表 2).さらに,コレステロールを添加しても細胞毒性は全 く変化がなかった.これは,初期の予想に反する想定外 のデータであった.一体何が起きているのであろうか? 一般に細胞は,内在性のコレステロールと細胞培養液か ら摂取する外来性のコレステロールから成り立つ.前述 のように,マウスL細胞の最終産物はデスモステロール である.そこで,デスモステロールの含量を測定する と,デスモステロールは全ステロールの10%を示すが,
Compactin(ML-236B)により著しく強く抑制されてい た(表2).一方,外来性のコレステロール(90%程度)
は変化がなかった.このことはCompactin(ML-236B)
5 µg/mLの細胞毒性は内在性のバイパス経路を含むステ ロール合成活性阻害によるものであり,コレステロール 含量の低下によるものでないことを示す.
同様な現象はヒト線維芽細胞でも観察された.初代ヒ ト正常人皮膚繊維芽細胞株(GM-442, normal)と初代 LDL受容体欠損患者(FH-ミュータント)繊維芽細胞株
(GM-486, homozygote)も,L細胞と同様に,Compac- tin(ML-236B)によりステロール合成は強く阻害され たが,脂肪酸合成は全く阻害されなかった.しかし,何
れの細胞も長時間(72時間)培養すると,L細胞と同様 に細胞毒性効果が観察された(図5).この細胞毒性も メバロン酸を添加すると完全に消滅することから,ML- 236Bがメバロン酸の合成を特異的に阻害したためと考 えられる.しかし,最終産物のコレステロールが不足し て毒性が発現したとは考えにくい.図5は,正常細胞
(GM-442, normal)とFHミュータント細胞(GM-486, homozygote)に対するCompactin(ML-236B)の毒性 の用量依存性をみたものであるが,正常細胞のほうが FHミュータント細胞に比べ,はるかに低い濃度で毒性 表1■Compactin(ML-236B)のマウスL細胞のタンパク質合
成RNA合成およびDNA合成に及ぼす影響 表2■Compactin(ML-236B)で処理したマウスL細胞中のデ
スモステロール,コレステロールおよびフォスフォホリピッド の含量
図4■Compactin(ML-236B)のマウスL細胞の増殖に対する 影響
A: compactin (ML-236B) alone, B: compactin (ML-236B)+ace- tate, C: compactin (ML-236B)+mevalonate. Concentrations of compactin (ML-236B) (µg/mL) were 0 (○), 0.05 (●), 0.5 (■)
and 5.0 (▲).
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が発現していることが観察される.正常細胞(GM-442, normal)は培地からのコレステロールを取り込みHMG- CoA reductase活性も低いが,FH-ミュータント細胞
(GM-486, homozygote)はLDL受容体が欠損している ため,培地からのコレステロールを取り込めず,その結 果,自前でコレステロールを生合成するためHMG-CoA reductase活性が非常に高い.したがって,最終産物の コレステロールが不足して毒性が発現するならば,FH- ミュータント細胞(GM-486, homozygote)のほうが低 濃度で毒性が出るはずであるが,実際は正常細胞(GM- 442, normal)の方が低濃度で毒性が出た(図5).この ことから,高濃度のCompactin(ML-236B)による細胞 毒性はコレステロール含量の低下によるものでなく,内 在性のバイパス経路を含むステロール合成活性阻害によ るものであること示唆された.
それでは,どのような物質が不足して細胞毒性が出る のであろうか? そこで,メバロン酸以降のコレステ ロール合成経路の中間産物(ラノステロール,スクワレ ン,ファルネシル,ゲラニオールなど)およびバイパス 経路産物(コエンザイムQ,ドリコール,イソペンテ ニールアデニンなど)を添加したが,いずれもML- 236Bの細胞毒性を打ち消すことはできなかった.唯一,
一時的に効果があったのは,天然のクルードなレシチン であったが,合成品の純粋レシチンは全く活性がなかっ
た.おそらく,クルードなレシチン中に含まれる微量な 物質が必須と思われた.この問題は5年近く不明だった が,結局,がん遺伝子のRas遺伝子産物と細胞膜を繋ぐ リンカー(ゲラニオール)であることが,後に別グルー プから報告された.私もこのリンカー物質を試したが,
おそらく細胞内に移行できなかったと思われる.
以上,まとめると,Compactin(ML-236B)は非常に 低い濃度でコレステロール合成を抑制する.そして,さ らに高濃度にするとバイパス経路産物の合成を阻害し細 胞毒性を発揮するものと考えられる.それでは,実際の 動物ではどうであろうか? Compactin(ML-236B)は ネズミではほとんど毒性を示さない.したがって,この 必須物質は外来性の食事より供給されるものと推定され た.しかし,ヒトで,スタチン類に共通に希に見られる 副作用の横紋筋融解症とは関係があるかもしれない.
さて,それまで,脂質低下剤として市販されていたク ロフィブレート系はTGレベルを低下させると同時にコ レステロールレベルも低下させる.しかし,そのコレス テロール低下作用の作用機作は不明であった.クロフィ ブレートはCompactin(ML-236B)と異なり,セルフ リーレベルではHMG-CoA reductaseを阻害せず,コレ ステロール合成を阻害しない.しかし,培養細胞系に添 加すると,HMG-CoA reductase活性を低下させ,著し くコレステロール合成を阻害した(8)(図6).
この現象はいわゆるクロフィブレート系関連薬剤でも 共通してみられ,その強さはクロフィブレート系の
の薬効の順位と相関した(論文ではフェノフィブ レートのデータを出していないが,実際は強いHMG- CoA reductase活性の低下(IC50= 1ug/mL)が見られ た).コレステロール系の律速酵素のHMG-CoA reduc- taseは細胞内ではその生合成速度と分解速度のバランス で一定のレベルを保つ.クロフィブレートを添加する と,急速にHMG-CoA reductaseレベルが低下し,やが て一定のレベルまで低下して平行になる.しかも,合成 速度には無影響であるが,分解速度が著しく上昇してい た(図7).これは,当時,明らかになったばかりの25- ヒドロキシコレステロールの作用機作と全く同じであ る(9).通常のコレステロールは遺伝子に働いて,HMG- CoA reductase遺伝子の発現をオフにしてそのレベルを 低下させるが,25-ヒドロキシコレステロールはHMG- CoA reductaseの分解系を促進する.このことは,クロ フィブレート系薬剤25-ヒドロキシコレステロールと同 様に,細胞のHMG-CoA reductaseの分解系を促進し,
その酵素レベルを低下し,コレステロール系を阻害する ことを示す.つまり,Compactin(ML-236B)などのス 図5■Compactin(ML-236B)のヒト繊維芽細胞の増殖に対す
る影響
Human normal cells GM-442 (○, ●) and FH-mutant homozy- gote cells. GM-486 (□,■) were grown for 2 days. The monolay- ers received the indicated amounts of ML-236B with (●, ■) or without (○, □) 50 µg/mL of mevalonate. After 72 h at 37 C, cells assayed for cell growth
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タチンはHMG-CoA reductase酵素を直接阻害しコレス テロール合成を阻害するのに対し,クロフィブレート系 は細胞のHMG-CoA reductase酵素レベルを低下させ間 接的にコレステロール合成を阻害することを示す.大事 なことは両薬剤もHMG-CoA reductaseがターゲットで あることである.ちなみに,クロフィブレート系の毒性 はスタチンと同様に横紋筋融解症であり,両薬剤の同時 投与は禁忌である.
さ て,compactin(ML-236B) は 培 養 細 胞 のHMG- CoA reductaseを阻害するが,それに対して,細胞はど のように対処するのであろうか? 実は,細胞はcom- pactin(ML-236B)を投与されると,HMG-CoA reduc- taseの酵素量は増大した(10)(図8).しかし,その活性 はcompactinにより阻害されるため表面的には非活性で あり,細胞からHMG-CoA reductaseを単離すること で,compactin(ML-236B)投与の細胞では本酵素生成 量は増大していることが初めてわかった.この酵素量の
増大はマウスL細胞,ヒト正常繊維芽細胞(GM-442), FHミュータント細胞(GM-448)でも観察される.しか も,培地中にLDLコレステロールが存在してもHMG- CoA reductaseの増大は起こった.一方,コレステロー ルとともに少量のメバロン酸を添加すると,その増大は 完全に抑制された(図9).
このことは,培地由来のLDLコレステロールととも に,メバロン酸以降の内在性のコレステロール(バイパ ス経路も含む)がHMG-CoA reductaseの酵素量増大に 関 与 す る こ と を 示 す.す な わ ち,compactin(ML- 236B)の細胞毒性の場合と同じ現象である.
以上,纏めると,compactin(ML-236B)はコレステ ロール生合成系の律速酵素を特異的・可逆的に阻害し,
ネズミ,およびヒト正常・FHミュータント繊維芽細胞 のステロール合成を阻害し,その阻害は,HMG-CoA reductaseの産物メバロン酸で打ち消されるという,薬 物学的には理想的な化合物であった.
それでは,実際の動物に投与したら血中コレステロー ル値は低下するであろうか?
当時,脂質低下剤の評価は,クロフィブレート系化合 物が効果を発揮するラットに投与するのが標準であっ た.そこで,この通常の評価系で調べたが,クロフィブ レートは効果があったが,compactinはコレステロール 値を低下させなかった.そのため,この時点で,本プロ ジェクトは非常な窮地に追い込まれた.当時の中央研究 図6■クロフィブレート,シンフィブレートは25ハイドロキシ
コレステロールと同じように細胞に働いてHMG-CoA reduc- tase酵素量を低下させ,ステロール合成を阻害する
A: HMG-CoA reductase酵素量の低下作用.B: 酢酸からのステ ロール合成活性(●, ▲, ■),酢酸からの脂肪酸合成(○, △,
□).Cf: clofibrate, Sf: simfibrate, Hc: 25-hydroxycholesterol.
図7■クロフィブレート,シンフィブレート,25ハイドロキシ コレステロールはHMG-CoA reductaseの細胞による分解反応 を促進する
Cf: clofibrate, Sf: simfibrate, Hc: 25-hydroxycholesterol, Cx: cyclo- heximide.
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所はこれ以上のサポートをしてくれない.しかし,良く 検討するとラットで投与直後(3 h)では,30%近くコ レステロール値を低下させるが,18 h後にはその効果は なくなり,さらに6日まで繰り返し投与しても効果はな いことがわかった(表3).
このことは,投与されたラットが時間とともに,
compactin(ML-236B)の作用を打ち消すことを示して いる.実際に,投与後のHMG-CoA reductase活性はコ ントロールの10倍ほど上昇していた(11).すなわち,培 養細胞で観察されたHMG-CoA reductase上昇効果が起 きたのである.ラットで無効な理由はこのHMG-CoA
reductaseの上昇のためと思われる.
一般に,脂質低下作用の効果は動物種により大きく異 な る こ と が 知 ら れ て い る.実 際 にcompactin(ML- 236B)をニワトリに餌混ぜで投与すると,卵のコレス テロールは50%も低下した.そこで,自前(醗酵研)
で,より大型動物のイヌでの投与を行ったところ,
50 mg/kg, p.o.でコレステロール値が42%低下するとい う劇的な効果が観察された(12)(図10).重篤な毒性は全 くなかった.
今でも,実務担当者が休日出勤をしてイヌに投与して いる光景が目に浮かぶ.これで,社内の雑音は消えた.
同様な劇的な効果はサルでも観察された(13).
すなわち,compactin(ML-236B)はラットには無効 であるが,よりヒトに近い動物種(イヌ,サル)では劇 的な効果を示したのである.これをもって,本プロジェ クトは窮地から大逆転し,後に スタチン として称さ れるHMG-CoA reductaseの特異的阻害剤の第1号とし てヒトでの臨床試験に入ったのである.後日,遠藤さん 図8■Compactin(ML-236B)と正常人繊維芽細胞を7日間培
養した後のコレステロール合成活性(A),脂肪酸合成活性
(B) とHMG-Co reductase活 性.Compactin(ML-236B) は コレステロール合成を阻害しているが,HMG-CoA reductase 活性は著しく増強されている(C)
図9■Compactin(ML-236B) に よ り 誘 導 さ れ たHMG-CoA reductase活性はメバロン酸により低下する
表3■Compactin(ML-236B)はラットで7日間の投与では効 果がないが,投与3〜8時間直後ではコレステロール値を低下さ せる。
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● 化学 と 生物
と二人でいつもの大崎屋で飲みながら,私が遠藤さん に,「これで,ノーベル賞は確実ですね」と言ったとこ ろ,遠藤さんは暫く沈黙し,「もし,後がうまくいった らね」と控えめな反応をしたのが記憶に鮮明に残ってい る.その後すぐ,私は米国に留学し,他分野(免疫学)
の研究に進み,遠藤さんも間もなく大学のほうへ移籍さ れた.
臨床試験では,初めに試験的にコレステロール値が異 常に高いFHホモ患者に投与していただいたところ,約 30%のコレステロール値の低下が観察され,さらにヘテ ロ患者に6〜8週間に50〜100 mg/day投与すると,平均 で28%のコレステロール値が低下し,compactin(ML- 236B)がヒトでも有効なことがわかった(14, 15).1978年 にはPhase 1およびPhase 2試験が開始され,Phase 2 では12の施設で行われ,compactin(ML-236B)は30〜
60 mg/dayで平均20〜40%のLDLコレステロールを低 下するという驚くべき結果が得られた(15).しかも,副 作用はほとんど観察されず,極めて順調な推移を示して いた.
ところが,突然1980年に動物実験の長期毒性実験で がんが発生したとの理由で治験は中止になった.その用 量は非常に高濃度の100〜200 mg/kgであり,しかも不 必要な2年間の試験の結果であり,納得のいくものでは なかった.しかし,「それみたことか,がんが発生した ではないか」と,手の平を返すように,社内の多くの人 がcompactin(ML-236B)担当グループを非難し,その 考え方そのものを否定した.ちょうどそのころ,私は帰 国し,その状況に驚いた次第である.しかし,メルクが Lovastatinの臨床試験を開始したとの知らせが入ると,
社内の態度は一変し,ポストcompactin(ML-236B)の 研究が再開された.残念ながら,「天下のメルクがやっ ているなら大丈夫だろう」との発想である.結局,
compactin(ML-236B)の代謝産物であるCS-514(後の Pravastatin,商品名メバロチン)に注目して,種々の 困難を乗り越えて製品化したのである(17)(図11).
Pravastatinはcompactin(ML-236B)に水酸基(
β
位)が付加したものであるが,compactinよりも阻害活性が 強く,また,肝臓,小腸,血管内皮細胞に選択的に集ま るが脳などのほかの末梢組織には移行しにくい特徴があ る.しかし,その長期毒性動物実験では,サル,ネズミ では全く問題がなかったものの,イヌでのみ強い毒性
(脳出血)が見られた.これは,イヌに特有にみられる 現象であるが,脳の毛細血管は平滑筋細胞の裏打ちがな く血管内皮細胞だけで構成されており,透過性の良い Pravastatinが血管内皮細胞に障害を与えるものと考え られた.Compactin(ML-236B)にはそのような作用は ない.その意味で,臨床試験の失敗が悔やまれる(中止 する必要はなかった).現在では,Pravastatinを始め,
compactin (ML-236B)のアナログであるAtorvastatin, Simvastatin, Pitavastatin, Fluvastatin, Rosuvastatinな どのstatin類が上市され(図11),これらは血中のコレ ステロール値を低下させ,あれほど問題であった実際の 心筋梗塞患者の死亡率を20〜30%ほど低下させている 次第である.この大きな社会的貢献には,遠藤さんの優 れた研究能力,指導力,先見性,情熱および強い意志が あったことは言うまでもない(18).
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強い血中コレステロール値低下作用を発揮する
イヌは3匹,サルは3匹使用. 図11■Compactin(ML-236B)と7つの上市されたスタチン
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● 化学 と 生物
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16) Outline of CS-500: (ML-236B). Conference on the clinical trials phase II of CS-500(ML-236B). Sankyo Co., Tokyo.
August 22, 1979 and testimonies of researchers and physicians involved in the development of compactin.
17) Y. Tsujuta, M. Kuroda, Y. Shimada, K. Tanzawa, M.
Arai, I. Kaneko, M. Tanaka, H. Masuda, C. Tarumi, Y.
Watanabe : , 877, 50 (1986).
18) A. Endo: , 12, 1153 (2017).
プロフィール
金 子 勲(Isao KANEKO)
<略歴>1969年東京大学薬学部製薬化学 科卒業/1974年同大学薬学系大学院薬学 研究科博士課程修了/同年三共株式会社
(現在の第一三共)に入社し,醗酵研究所 に所属/以後,バイオ研究所,がん研究所 を経て,神経科学研究所研でアルツハイ マー病の基礎研究に従事/2006年厚生労 働省創薬プロテオームファクトリープロ ジェクトに責任者として参加/2010年大 正製薬シニアリサーチアドバイザー勤務/
2014年理化学研究所情報基盤センター所 属し,現在に至る<研究テーマと抱負>1)
新しい作用機序の抗うつ病薬の基礎研究.
2)アルツハイマー病の発症原因であるβ- アミロイドのラセミ化説の検証<趣味>自 然散策,テニス,ピアノ,旅行
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.143
日本農芸化学会