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光をもとめて - PLUS i Vol.10

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Academic year: 2023

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(1)

 

ブルウは︑孤独な雨の猫でした︒ 四肢のしなやかな動きに揺れる︑群青色の毛並

み︒まるでエメラルドのような透き通った眼の中

には︑黒くて鋭い瞳孔が輝きます︒それは︑とて

も美しい猫でした︒

二月の冷たい雨が降り続く中︑ブルウはもう

日の暮れた︑暗い森の中を歩いています︒森は︑

一様に深い緑の葉をつけた針葉樹で覆われてい

ます︒すこし気味が悪いとも感じますが︑それが

雨を凌ぐ傘になってくれるのは幸いでした︒さす

がの猫でも︑冬の夜の雨は堪えるのです︒

ブルウの首には︑くすんだ暗紅色のバンダナが

巻かれていました︒もっとも︑それはかなり色あ

せていて︑ひどく汚れてもいたので︑元はもっと

鮮やかであったと思われました︒

ブルウは︑自分の首に巻かれたバンダナについ て︑よく覚えてはいませんでした︒ただ︑それは

ブルウにとっての唯一の持ち物であり︑何だか大

切なもののように感じられました︒

そして︑自分がなぜ︑孤独に当てもなく歩き続

けているのかも︑ブルウにははっきりとはわかり

ませんでした︒一人ぼっちの旅︑それはブルウの

記憶の全てでした︒

しかし︑ブルウは夢の中に︑一人の少年の面影

を︑おぼろげに感じることがありました︒黒い髪︑

大きくて凛とした眼︑薄汚れた︑アイボリーのシャ

ツ︒自分にも︑一人じゃなかったことがあったの

だろうか︒自分の首に巻かれたバンダナは︑その

人がくれたものだろうか︒

それでも︑ブルウは何の当てもない︑何の道し

るべもない道を︑ただひたすらに︑歩くことしか

できませんでした︒

ぱちぱちと雨が葉を打つ音の中に︑いくつかの

小さな声を︑ブルウは聞きました︒ 森にすむ獣は︑たいていあまり親切ではありま

せん︒それでも︑暗い森を歩き続けて進んでいた

方角を見失っているのかも分かりません︒ブルウ

は︑話を聞きに行くことに決めました︒

獣の正体は︑灰色の狼でした︒ひときわ大きな

大木の根元に凛とした立ち︑こちらを伺っている

ようでした︒視界に映るのは︑一匹だけでしたが︑

その後方の木々の陰に︑もう二匹ほどの息遣いを

感じました︒

﹁こんばんは︒灰色の狼︒﹂

﹁はぐれた猫が︑何の用だ︒言っておくが︑よそ

者に食わせるものはないぞ﹂

﹁そのつもりはありません︒この森を︑東に抜け

たいのです︒その先には︑大きな湖と︑小さな町

があると聞いています﹂

﹁そうか︒それでは︑この根の指す方向に三万歩

進め︒川に突き当るだろう︒その川に沿っていけ

ば︑トゥーンレイという町にたどり着くだろう﹂

その狼は︑大木の一つの根に前足を置き︑そ

(2)

う言いました︒

﹁ありがとう︑助かりました﹂

ブルウは頭を下げて礼を言うと︑すぐに︑歩き

出しました︒

何とか︑飢え死にせずに︑森を抜けられそうで

す︒

   

﹁なんでブルウが︑連れてかれなきゃいけないん

だ!﹂

ダイチは怒っていた︒ついさっき︑強引にブル

ウを連れ去らっていった村の大人たちに︑それを

どうすることもできなかった自分に︒

﹁なあ父さん︑あいつらどうにかしてくれよ!﹂

いつもは威勢が良くて︑頼りになる父だが︑今

回ばかりは顔を渋くゆがめていた︒

﹁村の皆が決めたことだ︒俺にはどうすることも

できない﹂

﹁何が村の皆だ! 決めたのは汚い大人たちだ﹂

﹁よく聞け︑ダイチ︒ここ一か月間︑雨がほとん

ど降っていない︒このままだと︑小麦は枯れ死ん

でしまう︒食糧庫の蓄えも十分でない以上︑今年

の冬は飢饉になるかもしれないのだ︒あの青い子

猫は︑雨を降らせる︑特別な力があるかもしれな い﹂

﹁何が飢饉だ! 俺には関係ない﹂

﹁お前は飢饉の恐ろしさを知らないのだ!﹂

突然父が︑声を荒げた︒

﹁私の両親も飢饉で死んだ︒私に食糧を与えて︑

骨と皮だけになって︑死んでいった﹂

﹁⁝⁝﹂

ダイチは︑何も言えず︑瞳に涙をため︑外に駈

け出した︒

﹁⁝⁝すまない﹂

ダイチが去った後︑父は小さくつぶやいた︒ ブルウは︑ダイチが名づけた︑親のいない幼い

野良猫だった︒

ダイチは家の裏で︑雨の中飢えで弱っているそ

の猫を介抱し︑面倒をみるようになった︒

時が経ち︑ブルウもダイチに懐くようになり︑

いつも一緒に遊んだ︒ダイチは︑その村ではとて

も珍しい︑黒い髪を持ち︑そのせいで他の子供

たちから仲間はずれにされていた︒最初こそ悔し

さを感じたが︑その次の日には︑そんな奴らと一

緒に時間を潰すこともないと考えた︒ダイチとブ

ルウは︑日に日に強い絆で結ばれていった︒

両親は仕事で夜まで家に帰らなかったので︑ブ

ルウはダイチにとって︑学校が終わってからの︑ 唯一の友達であり︑拠り所であった︒

いつか︑ブルウと共に︑こんな小さな村から抜

け出して︑未知なる世界を見たい︒そう思ってい

た︒

ダイチは︑弱っているブルウと初めて会った時

のことを思い出す︒あの時はひどい雨だったのだ

が︑ブルウを家に運び︑食べ物をやると︑雨雲が

いつの間にか薄れ︑太陽の光が地に射していた

のだった︒それはダイチに︑奇妙で強い印象を与

えた︒

群青色の毛をもった︑ブルウという猫には︑不

思議な力がある︒それを誰よりも感じていたのは︑

ダイチだった︒

それでも︑ダイチはブルウを︑ただ一人の大切

な友達を失いたくはなかった︒

ブルウはこのままだと︑雨乞いの生贄にされる

かもしれないのだ︒

皆が寝静まった夜中に︑ダイチはブルウが連れ

て行かれた︑長老の家に忍び込んだ︒村の上空に︑

暗雲がただよい始めた︒天候が変わった訳も︑ダ

イチには分かった︒だから助けに来たのだ︒村の

作物はもう大丈夫だろう︒しかし︑こんな大人た

ちの村では︑いつブルウが危険な目に遭うとも分

(3)

からない︒ダイチは決心をして︑ブルウを抱いて

村の外へと出て行った︒

   夜明けに︑湖畔の町︑トゥーンレイにたどり着

きました︒

トゥーンレイは︑静かできれいな町でした︒朝

の早い時間でしたが︑通りの家々からは︑小さな

声や生活音が聞こえました︒しかし︑雨のせいか︑

人通りはまだありませんでした︒

ブルウには︑雨を降らせるという︑不思議な力

がありました︒それはどうやら無意識のもので︑

自分でどうすることも出来ませんでしたが︑ブル

ウにとって雨とは︑もはや当たり前のことでした︒

とても長い間︑彼の上空はぐずついた天気が続い

ていました︒

ブルウは︑雨の町で︑数匹の猫とすれ違い︑気

付いたことがありました︒この町に住む猫は︑ブ

ルウがあいさつをしても何も答えないのです︒

それはおそらく︑獣の言葉を︑話せないのでし

た︒野生の動物は︑仲間たちとよく話し︑情報を

共有して生き延びますが︑この町では︑その必要

がないのでしょう︒人間たちが面倒を見てくれる

のでしょうか︒それでも︑豊かな環境にありなが らそれに甘んじて退化してしまうことは危険なこ

とだぞと︑ブルウは思いました︒

﹁君は︑この町に雨を連れてきたね﹂

町のはずれで︑人の住む気配のない小屋のそば

で休もうとしていたブルウは︑低くて深い獣の声

をどこからともなく聞き︑驚いて起きてあたりを

見回しました︒

﹁どこです?﹂

﹁ここさ﹂

謎の声がまた響いたその途端︑小屋の屋根から

足音が聞こえ︑その声の主はブルウの目の前に

降り立ちました︒

﹁私の名はノエル︒言葉を話せる猫と会うのは

久々だ﹂

﹁あなたは︑なぜ雨のことが⁝⁝﹂

ブルウは︑自分の雨を降らす力を初めて見抜

いたノエルという猫に︑尋ねました︒

﹁何でもないさ︒他の奴より︑ちょっとだけ繊細

なだけさ﹂

この猫なら︑今の境遇を変えてくれる何かを︑

自分に与えてくれるかもしれない︑ブルウはそう

感じました︒

﹁ある人を探しているのです︒名前も分かりませ

ん︒けれども︑夢の中に︑幼く︑遠い記憶の彼方 に︑その人の影が映ることがあるのです︒わたし

は︑彼に逢ってみたい﹂

ブルウは︑今自分が言ったことを︑頭の中で反

芻しました︒自分から自然に出てきた言葉は︑今

までよりもちょっとだけ確かな︑自分の進むべき

道を見つけてくれた気がしました︒

﹁わたしは何の手助けもできない︒君が見つける

べきものは︑君が探すしかない﹂

その答えを聞いて︑ブルウは少しだけ肩を落と

しましたが︑その通りだと感じ︑感謝の意を述べ

ようとしましたが︑ノエルが先に︑また口を開き

ました︒

﹁大山の向こうへ行ったことはあるか?﹂

大山とは︑この島の中央を縦に連なり大地を

区切っている大きな山脈︑フォールズマウンテン

のことでしょう︒

﹁大山を超えたことはありません︒非常に苛酷な

道のりだと聞いたことがあります﹂

﹁この町を北に進むと︑つい最近開通した横断鉄

道がある︒どこかの駅で︑作物を運ぶ車両に潜

り込むといい︒そして西の終点︑ガリアへ行くの

だ﹂

ガリアとは︑この島で一番大きく︑進んだ科学

と大規模な軍隊をもつ都でした︒ノエルは説明を

続けました︒

(4)

﹁ガリアには︑大きな情報板がある︑島中のいた

る情報がそこに集まっている︒もし君が逢いたい

という人も︑君に逢いたがっていれば︑何かの情

報を載せているかもしれない︒例えば︑赤いバン

ダナ首に巻いた︑青の猫について﹂

ブルウの︑次の目的地が決まりました︒

﹁本当にありがとう︑ノエル﹂

ブルウは︑深々と頭を下げて︑言いました︒

﹁ところで︑なぜあなたは︑この町にいるのですか?

ここら辺の猫は︑みんな話せないでしょう?﹂

﹁私は︑静かに暮らしたい﹂

ノエルは︑小さく笑いました︒

﹁こうしてたまに来訪者と話すぐらいが︑わたし

にとって丁度よい﹂

    バウロンダッドの町での生活は悪くなかった︒    誰にも使われていない︑古い農具の倉庫の隅

に藁で寝床を作り︑朝には新聞を配り︑昼には

小さな果物屋の店番を引き受けた︒始めてもらっ

た賃金はとても輝いてみえて︑ブルウと喜びを共

有したいと思い︑赤のバンダナを買って彼の首に

巻いた︒もっとお金をためて︑旅の道具を整え︑

大山の向こう︑フォールズマウンテンの西側を旅 したい︑ダイチはそう思っていた︒

この町で︑ダイチのお気に入りの場所があった︒ 町の北にある︑小さな公園︒ 中央広場よりも幾分小さいが︑この公園に立っ

ているサクラという木が︑ダイチは好きだった︒

ダイチとブルウが︑この町にたどり着いた時︑桃

色の花びらで出迎えてくれた木でもあった︒初め

て見るその綺麗さに︑感動を覚えたのであった︒

ダイチは昼の休みの度に︑ジャムの付いてない安

いパンを買って︑その公園でブルウと時を過ごし

た︒

ダン!︒ ダイチたちが暮らしている古い倉庫で︑扉が勢

いよく開かれたような物音が鳴り︑ダイチとブル

ウは目を覚ました︒

この町での生活も数カ月が過ぎた︑ある夏の夜

だった︒耳を澄ますと︑二人分の足音が聞こえた︒

嫌な予感がした︒

﹁おい! 支払いの期限は今日だ! 金はどうし

た!﹂

﹁す︑すみません! ただ⁝⁝私は︱︱﹂

﹁言い訳は無用! さあ! どう落とし前をつけ

てもらおうか﹂ ﹁で︑ですが︑金利が法外です! 私が判を押し

た契約書と︑桁が違っている!﹂

その怒鳴る男の声は︑若干の笑いも含んでい

た︒悪質な借金の取り立てなのは︑明らかだった︒

︵どうしよう︒どうにかして︑あの人を救うこと

はできないだろうか︒例えば︑何かで気絶させて︑

縄で縛り︑警備隊を呼ぶ︶

隣では︑ブルウが心配そうな目でダイチを見つ

めていた︒

︵やるしかない!︶

ダイチは︑近くにあった長めの鍬︵くわ︶を逆

さに持って︑立ちあがった︒倉庫の中は暗闇であっ

たが︑声の方向からある程度の居場所は分かる︒

ダイチは駈け出した︒

﹁︱︱っ! おっと︑ネズミがいたようだ﹂

ダイチの攻撃は︑失敗に終わった︒その悪党は︑

ダイチの思っていた以上に上背があり︑鍬の柄は

頭を捉えることができなかった︒

﹁動くな﹂

反動で尻もちをついてしまったダイチの喉元

に︑銀色のナイフが光った︒

その間︑取り立てられていた男は︑ただ震えて

立ち尽くすだけだった︒

︵どうして? 今なら逃げることができるのに︶

その時︑倉庫の扉が︑再び開いた︒

(5)

﹁おい︑どうしたよ? 相棒﹂

︵くそう︒悪党は二人いたのか︶

﹁たちの悪いネズミだよ︒そっちの男を頼む﹂

﹁あーだるい︒早いとこ金搾り取って︑帰ろうぜ﹂

﹁そうだな︑このネズミも︑売れば少しは金にな

るだろう﹂

この悪党たちは︑その町の住人ではなかった︒

捕まる危険を避けるために︑定住する町とは別

の場所で悪事を働いているのだった︒

その刹那だった︒ ブルウは︑ダイチにナイフを突き付ける悪党の

腕にかみついた︒

﹁こ︑このやろうが!﹂

悪党はブルウがかみついた腕を強く振ると︑ブ

ルウは勢いよく飛ばされ︑壁に強打して地に伏

せた︒

﹁ブルウ!﹂

ナイフがダイチの喉元から離れたその一瞬は︑

反撃の機会であった︒しかし︑ダイチはブルウが

無事かどうか︑それ以外を考えることができな

かった︒

ダイチは怒りに震え︑再びナイフを突きつける

悪党に言った︒ 

﹁おい悪党! その猫には手を出すな! そうで

ないなら︑ナイフで体を切られようとも︑お前の 顔面に拳を叩きこむぞ!﹂

ブルウは︑太陽が昇るころ︑体に強い痛みを感

じながら︑目を覚ました︒

ダイチは︑どこにもいなかった︒ バウロンダッドの町を︑暗雲が立ち込めた︒     島で一番の都であるガリアは︑ブルウの予想を

超える大きな町でした︒

道路には馬車ではなく︑機械仕掛けの無機質な

乗り物が多く走っており︑灰色の煙を吐き出し

ていました︒

ブルウは︑初めて見る機械の乗り物に恐れを

抱きながらも︑路地裏などに住む野良猫に町の地

理や情報を聞き︑早足に駆けていきました︒

町の中央には︑大きな議会場と見たことも無

いような高さの時計塔︑それに隣接する広場には︑

豊かさ︑華やかさを象徴するかのような大きな噴

水︒

その中央地区からは︑放射線状に八方︑大通り

が伸びており︑それぞれ市場や駅︑大きな工場や

軍隊の訓練施設など︑重要な機関に繋がっている

のでした︒ 春の到来はそろそろでしょうか︒わずかに温み

のある風が︑ブルウの群青の毛並みを揺らしまし

た︒

ブルウは︑ふとその風に︑懐かしい香りがした

気がしました︒反射的に立ち止まって風上を向

きます︒すると放射線状に伸びる大通りをつなぐ︑

環状の通りが見えました︒

道の脇にはまだ蕾の木々が並んで植えられてい

ました︒きっと︑春に咲く花なのでしょう︒

島で最大の情報板は︑町の東の役所のそばに

ありました︒

広大なスペースに︑張り紙がされた大きな板が

均等な間隔で並び︑その前には大勢の人が立ち

止まり興味深そうにそれを眺めていました︒

ブルウは難しい言葉は知りませんでしたが︑そ

れでも情報の意図をつかむには十分でした︒

情報板は︑いくつかの種類にまとめられている

ようでした︒職業案内︑犯罪者の指名手配から︑

島中での様々な催し事について︑そして捜索願︒

ブルウは︑昼から日が暮れるまで︑何度も何度

も情報板を見て回り︑自分についての張り紙を

探し続けました︒

あたりは︑真っ暗になりました︒

(6)

赤いバンダナをした青い猫についての掲示は︑

ありませんでした︒

ブルウは︑どこかの︑誰かの家の床下で︑泣き

続けました︒

もはや昼と夜も関係なく︑空腹を満たす事も

せずに︑ひたすら泣き続け︑それに疲れたら死ん

だように眠る︑その繰り返しでした︒夢は全く見

ませんでした︒

地上では︑強い雨と風が連日続き︑混乱に陥っ

ていました︒

町の水害に対する造りは︑十分なはずでありま

したが︑町中は水浸しになり︑いくつかの機械工

場は︑安全を考えて稼動を停止しました︒

ガリアは海のそばに位置していたため︑下流で

の氾濫の被害が無かったことは幸いでした︒

新聞の見出しには︑千年に一度の大雨と書か

れ︑気象学者が連日の荒れた天候は科学的に説明

がつかないと言及しました︒

近隣の町に避難する人々も増えてきました︒し

かし︑その流れに反してガリアに向かう人々も︑

ごく僅かに存在しました︒その異常気象は︑島中

にニュースとして伝わっていました︒    

ブルウは︑幾度も泣いては眠りを繰り返し︑そ

してまた目を覚ましました︒

しかし︑今回の目覚めはいつもとは違いました︒ とても小さな︑でも確かな感情︒ブルウの心の

扉をそっとノックするような︑今までに感じたこ

とない︑不思議な感情でした︒

ブルウは︑外へ飛び出しました︒ 外は奇妙な天気でした︒雨は弱まっていました

が︑風が強く︑ガリアの上空を暗い雲がゴウゴウ

と音を立てるように︑通り過ぎて行きました︒

ブルウは︑中央地区の広場を駆けて回りました︒ 刻は夜明け前でまだ薄暗く︑人はめったにいま

せんでした︒

自分はどこへ向かっているのだろう︑すさまじ

い空腹と体の疲れ︑満身創痍の体で︑ブルウは考

えました︒

その時︑ある場所が何故だか︑ブルウの頭に思

い浮かびました︒ それは︑ガリアに着いて間もない時に見た︑放

射状に伸びる大通りを繋ぐ︑木々が植えられた環

状の通りでした︒

一目散に駆けました︒その通りに入ると︑道の

向こう側に︑朝日が頭を出しているのが見えま

した︒

ブルウは︑強い眩しさを感じました︒ その光に向かい︑進んでいきます︒

ある人の影が朝日の光を背景に︑目に映りま

した︒

懐かしい香り︑ブルウの胸に︑何かがこみ上げ

ました︒

    ブルウは︑温もりの中にいました︒ ブルウは︑光の中にいました︒ これほど温かいものが︑この世にあったとは︒ これほどの幸せが︑この世にあったとは︒ ブルウは︑体を抱いてくれている︑その人を見

上げました︒

体つきは︑夢で見たおぼろげな記憶より︑だい

ぶたくましくなっていましたが︑彼の輝く瞳と︑

(7)

親しみを感じさせるその笑顔は︑少しも変わっ

ていないように感じられ︑遥か昔の光景がよみが

えってくるようでした︒

爽やかな風は︑雨雲を追い払い︑日は高く昇

りました︒

通りの木々は︑その中心に佇む︑一人の青年と

一匹の猫を祝福するように︑鮮やかな桃色の花

を咲かせました︒

春が︑やってきました︒

Referensi

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