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化学と生物 Vol. 53, No. 11, 2015
古くて新しい植物の O- 結合型糖タンパク質の世界
生合成の鍵となる糖転移酵素群がついに解明
タンパク質の糖鎖修飾には -結合型と -結合型とが 知られているが,基本的な生合成のしくみが動植物間で 類似している -結合型に対して, -結合型糖鎖は最初に 付加される糖とアミノ酸の組み合わせが大きく異なる.
ヒトやマウスの -結合型糖鎖では,セリン(Ser)また はスレオニン(Thr)の水酸基に -アセチルガラクトサ ミンが付加するのが一般的であるのに対し,植物ではヒ ドロキシプロリン(Hyp)にL-アラビノース(L-Ara)が 付 加 する例や,HypまたはSerにD-ガラクトース(D- Gal)が付加する例が広く知られている.こうした植物 特異的な -結合型糖タンパク質の研究の歴史は古く,そ の始まりは今から50年ほど昔にまでさかのぼる.
植物における -結合型糖タンパク質の代表例の一つ は,エクステンシンである.エクステンシンは,1960 年代に植物培養細胞の細胞壁画分に発見された糖タンパ ク質であり,Hyp残基には直鎖1 〜 4残基のL-Araが,
Ser残基には1残基のD-Galが付加している(1).シロイヌ ナズナでは65種類のエクステンシンが知られており,
その一つEXT3の欠損株では,細胞壁の形成異常のため に根や葉が極端な奇形を示す.エクステンシンは,重量 の50%以上を占める糖鎖の立体的な効果によって棒状 のコンフォメーションをとり,さらに互いにチロシン残 基を介して分子間架橋している.この網目状の構造がセ ルロース微繊維の足場として細胞壁の形成に不可欠な役 割を果たしていると考えられている(1).
また,細胞間シグナリングを担う短鎖ペプチドホルモ ンにも -結合型糖鎖修飾されるものが見つかっている.
細胞伸長にかかわるPSY1, 茎頂メリステムの幹細胞数 を制御するCLV3, 根粒数の制御に関与するCLE-RSなど が代表的な例である.これらのペプチドでは,Hyp残 基の一つに直鎖3残基のL-Ara糖鎖が付加しており,糖 鎖の存在が活性に重要である(2).
-結合型糖タンパク質のもう一つの大きなグループ は,古くから乳化剤として用いられてきたアラビアガム の成分でもあるアラビノガラクタンプロテイン(AGP)
である.AGPは,D-GalやL-Araに富んだ複雑な枝分か れ構造の糖鎖をもち,糖鎖部分が重量の90%程度にも なる(3).AGP生合成の鍵となるのはHyp残基にD-Galが
付加する反応であり,このD-Galを起点としてさらに糖 鎖が枝分かれしながら伸長することで,巨大な分子とな る.シロイヌナズナには85種類のAGPが見いだされて おり,それらの欠損はさまざまな形態異常を引き起こす ことから,AGPは植物の生長や分化に重要な機能をも つと考えられている.
このように,長い研究の歴史をもつ植物の -結合型 糖タンパク質であるが,それぞれの糖鎖修飾の第1段階 を担う酵素,すなわちHyp -アラビノシル化,Hyp - ガラクトシル化,およびSer -ガラクトシル化にかかわ る糖転移酵素群が,ここ数年の間に立て続けに同定され 注目を集めている(表1).
エクステンシンや短鎖ペプチドホルモンのHyp残基 にL-Araを転移する酵素,Hyp -arabinosyltransferase
(HPAT)は,2013年に筆者らのグループが,シロイヌ ナズナ培養細胞由来の膜画分から精製することに成功し た(4).HPATはゴルジ体に局在する約42 kDの膜タンパ ク質である.シロイヌナズナに 遺伝子は3種類存 在し,それらの2つを欠損させると,その組み合わせに よって胚軸の徒長,細胞壁の薄化,花成の促進,葉の老 化の促進,花粉管伸長異常などのさまざまな表現型が見 られる.一方,三重変異株は花粉管伸長不全のために得 られていない.興味深いことに,欠損株が根粒過剰着生 の形質を示すが機能は未知であったエンドウのNOD3や クローバーのRDN1が,1次配列の類似性からHPATオ ルソログであることが明らかとなった.この事実は,根 粒菌の着生により根粒がある程度形成されると,アラビ ノシル化されたペプチドCLE-RSが根粒形成の抑制シグ ナルとして分泌され,根粒数が一定に保たれるというし くみを解き明かした最近の報告を裏づけるものである(5).
また,エクステンシンのSer残基にD-Galを転移する 表1■同定された植物の -結合型糖転移酵素群
糖転移反応 酵素名 細胞内
局在 文献 Hyp -アラビノシル化 HPAT1, HPAT2, HPAT3 ゴルジ体 (4) Ser -ガラクトシル化 SGT1 小胞体 (6) Hyp -ガラクトシル化 GALT2 小胞体 (7) HPGT1, HPGT2, HPGT3 ゴルジ体 (8)
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酵 素,Ser -galactosyltransferase(SGT) は,2014年 にSaitoらによって藻類であるクラミドモナスの膜画分 から精製された(6).SGTは91 kDの膜タンパク質であ り,主に小胞体に局在する.シロイヌナズナのSGTは1 遺伝子しかなく,その欠損株では,野生型よりもやや根 が長く,葉も大きくなるという表現型が観察されてい る.この表現型は,エクステンシンの機能低下による細 胞壁の緩みによるものと考えられているが,HPAT欠 損株の表現型よりも軽微で質的にも違うことから,エク ステンシンの機能に対する2種類の糖鎖修飾の寄与はか なり異なるようである.
一方,AGPのHyp残基にD-Galを転移する酵素,Hyp -galactosyltransferase(HPGT)は,当初,既知のガラ クトース転移酵素群の配列上の特徴に基づいたバイオイ ンフォマティクスにより候補の絞り込みが行われ,
Basuらにより2013年にそれらの一つであるGALT2に 微弱ながらも酵素活性があることが示された(7).しか し,シロイヌナズナGALT2の欠損株にはまだ相当量の ガラクトース転移酵素活性が残っており,表現型も観察 されなかったため,主要な酵素はまだほかに存在するこ とが予測されていた.このような状況のなか,2015年 に筆者らは,シロイヌナズナ培養細胞由来の膜画分から 高い酵素活性を示す分子群を精製し,HPGT1, HPGT2 およびHPGT3と名づけた(8).HPGTはゴルジ体に局在 する膜タンパク質である.HPGTの三重変異株では AGPの糖鎖修飾が著しく減少し,側根や根毛の伸長と 密度増加,根端細胞の肥大,植物体の矮化,稔性の低下 など,いくつかのAGP欠損株と類似した多面的な表現 型が観察されたことから,HPGTこそがAGP生合成に おいて主要な酵素であると考えられる.
これらHyp -アラビノシル化,Hyp -ガラクトシル 化,およびSer -ガラクトシル化にかかわる糖転移酵素 群の同定がもたらすインパクトは多岐にわたる.たとえ ば,これらの欠損株の表現型は,それぞれの糖鎖修飾が 非常に低下している状態を反映しており,これを手がか りに今まで遺伝子重複のために隠れていた -結合型糖 タンパク質の機能が見つかる可能性がある.また近年,
植物培養細胞を用いた抗体やサイトカインなどの生産が 試みられているが,それには植物特有の -結合型糖鎖 の付加を抑制する技術の開発が必要不可欠である.世界 的に花粉症患者が多いヨモギやブタクサなどの花粉のア レルゲンが -結合型糖鎖であるという報告もある(9〜11).
同定された -結合型糖転移酵素群の遺伝子情報は,基礎 研究のみならず応用面にも今後大きく貢献するだろう.
1) D. T. Lamport, M. J. Kieliszewski, Y. Chen & M. C. Can-
non: , 156, 11 (2011).
2) Y. Matsubayashi: , 65, 385 (2014).
3) M. Ellis, J. Egelund, C. J. Schultz & A. Bacic:
, 153, 403 (2010).
4) M. Ogawa-Ohnishi, W. Matsushita & Y. Matsubayashi:
, 9, 726 (2013).
5) S. Okamoto, H. Shinohara, T. Mori, Y. Matsubayashi &
M. Kawaguchi: , 4, 2191 (2013).
6) F. Saito, A. Suyama, T. Oka, O. T. Yoko, K. Matsuoka, Y.
Jigami & Y. I. Shimma: , 289, 20405 (2014).
7) D. Basu, Y. Liang, X. Liu, K. Himmeldirk, A. Faik, M.
Kieliszewski, M. Held & A. M. Showalter: , 288, 10132 (2013).
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Petersen, J. O. Duus, M. Himly, C. Radauer, G. Gadermai- er, E. Razzazi-Fazeli : , 285, 27192 (2010).
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Becker & A. Petersen: , 340, 657 (2005).
11) N. Gupta, B. M. Martin, D. D. Metcalfe & P. V. Rao:
, 98, 903 (1996).
(小川(大西)真理,松林嘉克,名古屋大学大学院理学研 究科)
プロフィル
小 川( 大 西 ) 真 理( M a r i O G A W A - OHNISHI)
<略歴>2001年名古屋大学農学部応用生 物科学科卒業/2003年同大学大学院生命 農学研究科博士前期課程修了/同年同研究 科研究員/2010年基礎生物学研究所研究 員/2013年名古屋大学大学院理学研究科 研究員,現在に至る<研究テーマと抱負>
糖鎖修飾ペプチドの機能解析と情報メカニ ズムの解明<趣味>子育て,マラソン,ド ライブ,読書,美容
松林 嘉克(Yoshikatsu MATSUBAYASHI)
<略歴>1997年名古屋大学大学院生命農 学研究科博士後期課程修了,博士(農学)/
1999年同大学大学院生命農学研究科助 手/2002年同大学大学院生命農学研究科 准教授/2011年基礎生物学研究所教授/
2014年名古屋大学大学院理学研究科教授,
現在に至る<研究テーマと抱負>リガン ド̶受容体ペアの同定から植物のかたちづ くりや環境応答のしくみを解き明かす<趣 味>純米無濾過生原酒,銀塩写真
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.729