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化学と生物 Vol. 55, No. 4, 2017
オートファジー ~師の背中を見て~
桐浴隆嘉
キリン株式会社日本農芸化学会
● 化学 と 生物
巻頭言 Top Column
Top Column
「大隅先生が受賞したよ」
2016年10月3日 午 後6時30分,私 は 妻 と2人で空の上から日本の街の明かりを楽 しんでいました.午後7時過ぎに成田空港 にランディング,ほどなくモバイルの使用 が可能のアナウンス,妻が地上に降りて発 した言葉でした.
1995年,修士課程の研究室を探してい るときに出会ったM教授に,「大隅良典先 生が面白い研究をしている」と教えていた だきました.その情報を携え,研究室紹介 を聞きに駒場まで出向きましたが,残念な がら大隅先生の話は聞くことができません でした.その当時はオートファジーのこと を全く知りませんでしたので,「オート ファジーの研究をしたい」という学術的な 興味があったわけではありません.今で は,どのように大隅先生とコンタクトを とったのか,どうして大隅先生の研究室を 選んだのか覚えておりませんが,私の心を 魅了する何かを,大隅先生やオートファ ジーに感じたのだと思います.
私がオートファジー研究に従事したのは 1996〜2002年 の6年 間 で す.Atg8(当 時 はApg8と呼ばれていました)の機能解明 を行い,幸運にもいくつか重要な発見をす ることができました.私が在籍した時代 は,オートファジー研究の黎明期と言って いいと思います.オートファジーが本当に 少しずつですが認知され,その重要性をい ち早く認識された優秀な研究者が集まって 来られました.そして,皆さんもご存じの とおり,オートファジー研究は世界中に拡 散し,その重要性がますます認知され,今 回のノーベル生理学医学賞の受賞へとつな がっていくのです.
このムーブメントの始まりは何だったの でしょうか?
「他人がやらないことをやる」
まさに,大隅先生のオリジナリティーか ら産まれたものにほかならないと思いま す.
「化学と生物」の読者には,アカデミア
の研究者はもちろんですが,学生や企業研 究者が多くいらっしゃると思います.企業 では,アカデミアで研究生活を続けていた ら知らなかったであろう考えに出合うこと があり,その一つにマズローの「欲求の5 段階説」がありました.この説によると,
人間の欲求の最終段階には「自己実現欲 求」があり,4段階の欲求が満たされた後 に到達するステージだというのです.何と も言えない違和感を覚えたのを記憶してい ます.その理由は,「他人がやらないこと をやる」と「自己実現欲求」の本質が似て いると思ったからです.大隅先生は4段階 の欲求を満たした後に,「自己実現」を目 指したのでしょうか? おそらくそうでは ないでしょう.ほかの生物にはない特質で ある「創造力」をもつ人間は,そのような 4つの欲求が満たされなくても「自己実 現」を目指すのだと思います.マズローも 晩年には,欲求の5段階の建付けは間違っ ており,逆さまのほうが正しいと言ってい たそうです.
齢45の私のような若輩者が巻頭言を書 くことは,希なことだと思います.お話を いただいたときは,お断りしようと思いま したが,大隅先生の言葉を思い出し,お引 き受けすることにしました.
「他人がやらないことをやる」
大隅先生がオートファジーの研究を始め たのは40歳を過ぎてからだと聞いていま す.人生100歳時代が到来しようとしてい る昨今,私のような中年世代にもまだまだ 大きな花を咲かせるチャンスがあると信じ ています.そのために欠かせないこと,そ れは「健康でいること」そして「社会や環 境が健全であること」だと思います.人類 の繁栄を支えるためにも,農芸化学のさら なる発展が望まれているでしょうし,私も その一助となればと考えています.
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.223
プロフィール
桐浴 隆嘉(Takayoshi KIRISAKO)
<略歴>1996年東京工業大学生命理工学 部卒/1998年東京大学大学院総合文化研 究科修士課程修了/2001年総合研究大学 院大学生命科学研究科博士課程修了/同年 学術振興会特別研究員/2002年大阪市立 大学大学院医学研究科助教/2008年キリ ンビール株式会社入社/2013年キリン株 式会社出向,現在に至る<研究テーマと 抱負>キリンではCSV(Creating Shared Value)経営を軸に事業活動を進めていま す.端的に言うと,事業活動を通じて社会 貢献をしていくということ.社会貢献につ ながる科学技術などの発展に寄与できれば と考えています<趣味>読書,映画鑑賞,
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