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化学と生物 Vol. 52, No. 11, 2014
「農芸は世界を助く」?
小鹿 一
名古屋大学大学院生命農学研究科巻頭言 Top Column
Top Column
「芸は身を助く」
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「芸」を広辞苑で引く と一つ目に「修練によって得た技能,学 問,わざ」とあり,その使用例の一つとし て冒頭の句が掲載されている.たしかに,これまでアカデミアで修練してきた自分を 振り返るとそのようにも思える(少なくと も食い逸れてはいない)
.とすると学会名
称に使われている「農芸」は,「農に関連 した技能,学問,わざ」であり,「化学」をつければ「農に関連した技能,学問,わ ざで,化学に関連する分野」となる.なぜ このような言葉遊びをしたかというと,多 くの会員もご経験と思うが,学会名を非会 員に紹介する際に感じる難しさが「芸」と
「化学」(サイエンス)の馴染みにくさから くるのではないか,と感じるからである.
園芸なら関連もあるが,演芸は遠いし,芸 能,芸術を思い浮かべると混乱する.「農 芸化学」は広辞苑にもウィキペディアにも 掲載されている正式な日本語だが,一方 で,多様な学問分野・方法論を包含し明確 に定義することが難しい面もあり,このあ たりの事情が伝統ある名称を絶滅危惧状態 に追いやった理由かと思われる.「多様性」
には,複雑で捉えどころがなく整理や理解 がしづらい面があるが,生態学では極めて 重要なキーワードであり,今やその重要性 は社会学でも論じられる.私が研究に用い ている植物病原菌の一種は,1840年代に アイルランドジャガイモ飢饉を起こし人口 を2/3に激減させたが,この大飢饉の原因 の一つがジャガイモ品種の画一的栽培に あったとされており,多様性の重要さを物 語る一例である.私は学問も同じだと思 う.多様な領域を包含する農芸化学は,世 界に2つとない学問であり,容易には廃れ ない学問と言える.ただ,学問名称が廃れ ては残念である.こうした厳しい状況のな か,この名称を温存している大学や復活さ せた大学があるし,学会でも農芸化学を もっと社会に知ってもらおうと,さまざま な努力がなされているようである.その学
会の取組みの1つとして最近,「農芸化学」
の名前の由来が詳しく調査され学会サイト に紹介されたので,ご一読いただきたい.
こうした広報活動以上に重要なことは,
若者にこの研究分野の面白さや大切さを伝 え研究者の卵を育てることだ.その点で,
年次大会で行われる「ジュニア農芸化学 会」は素晴らしい企画である.2006年度 大会から始まったこの企画も今年度で9回 目,発表数は29件からスタートし多いと きで80件,北は北海道から南は沖縄県ま で,全国の高校生が集いポスター発表す る.目を輝かせて説明してくれる高校生と 話すのが楽しくてときどき訪ねるが,今年 は,私と同じ研究材料を使っているチーム がいたので早速,話を聞きに行った.何と
「…の農芸応用」というタイトルである.
高校生が「農芸」をタイトルに使い,農芸 化学が基礎から応用まで含むことを意識し て(かどうかわからないが)「応用」と続 けることで応用的研究であることをアピー ルするという高度
?
な使い方に驚いた.今年ジュニア農芸化学会に参加した高校生 は16歳前後だから,十年後にはこのうち の何人かは農芸化学の分野で大学院生とし て活躍してほしいと願いつつ会場を後にし た.
学会サイトの「農芸化学ってなんだろ う⁉」をクリックすると,農芸化学という 学問の多様性が解説される.曰く,あらゆ る生き物を対象に,生物から化学まで,基 礎から応用まで,農産物からバイオ技術ま で,そして身近な生活から地球環境まで.
そして,これらは3つのキーワード「生 命・食糧・環境」に集約されている.正に 多様性の中の普遍性である.このグローバ ルな課題を見ていて「農芸は世界を助く」
という言葉が思い浮かんだ次第である.
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化学と生物 Vol. 52, No. 11, 2014 プロフィル小 鹿 一(Makoto OJIKA)
<略歴>1980年名古屋大学理学部卒業/
1982年同大学大学院理学研究科修了,同 大学理学部助手/1988〜89年米国コロン ビア大学化学科博士研究員/1995年名古 屋大学農学部助教授/2001同大学大学院 生命農学研究科教授<研究テーマと抱負>
生理活性天然物の発見と作用機構,ケミカ ルバイオロジー分野の強化を目指す<趣 味>読書,ドキュメンタリー番組視聴,水 泳